2017.01.18

今年最初の資源・不燃物ステーション


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 2017年1月13日(金)は、高知市二葉町町内会による資源・不燃物ステーションが午前6
時より8時までの間、下知コミュニティ・センター前で行われます。荒木三芳二葉町町内
会副会長(衛生委員)の指揮の下、各班の当番が仕分け指導に来られています。
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 まだ夜が明けない午前6時過ぎに自宅の資源・不燃物を持参しました頭にヘッドランプ
をつけて行きました。足元が明るく両手が使えます。。雑紙(印刷ダンボール)と瓶類
(透明・青・茶黒)を出しました。
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 高知方式の町内会単位の仕分けステーションが運営されています。月に一度町内の人達
が顔合わせする機会ですが、今朝は寒く真っ暗でしたので出足は遅いようでした。

 高知方式の仕分け

 https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E7%9F%A5%E6%96%B9%E5%BC%8F-887612

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2017.01.17

高知新聞夕刊に「追悼式」が掲載されました

 2017年1月17日午前5時46分。22年前の阪神大震災が起きた時刻に、参加した下知地区減災連絡会(森宏会長)の有志8人が、青柳公園で黙とうしました。高知新聞夕刊に掲載(早崎康之・記者)されていることは坂本茂雄さんのFBで知りました。

 震災当時兵庫県在住で金融機関に勤務されていた皆本隆章さん(青柳末広町防災会長・下知地区減災連絡会副会長〉が、当時の体験を参加者皆に話していただきました。「どうすることもできませんでした。」と言われていました。

 2年前の2015年1月17日に有志が集まり始まりました。昨年は岡﨑修一さん(南金田自主防災会会長〉が、竹を加工しろうそくをセットしたキャンドルを作成していただきました。

 今回は細々した追悼式でした。かつては中央公園でも大きな追悼式が開催されyていました。追悼はイベントではありません。規模の大小ではなく「追悼する気持ち」「命がけで伝えていただいた神戸の想い」を共有する場でもあります。高知でも追悼式をしたのは私たちだけでした。

 今年は昭和南海地震から71年目です。両親の世代は体験者です。高知もいつ南海地震が起きるのかわかりません。事前の準備と対策をまず自分たちが行い、生きのびることが大事です。

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阪神大震災から22年目の追悼


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 2017年1月17日は、午前5時10分過ぎから、高知市青柳公園へ行きました。岡﨑修一さんが制作していただいた竹製のキャンドルとろうそくを持って行きました。坂本茂雄さんの呼びかけで2年前から追悼の集いを始めました。

 「1・17」とろうそくを立て、下知地区減災連絡会の有志8人が集まり阪神大震災から22年目の慰霊をしました。未災地の高知ですが、71年前の昭和南海地震では下知地域は壊滅的な地震による被害を受け、堤防決壊で海水が地域に流れ込み、長期浸水状態となりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-7f5a.html

 岡村眞高知大学特任教授によれば、過去6500年の間に大きな南海地震は16回も起きています。100年に1度の規模の地震。300年に1度の地震、1000年に1度の地震が起きていました。
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 災害に備えることにはきりがありません。まだまだやりつくしてはいません。今年は少しでも個人的に、地域的にも減災になるような活動をしていきたいと思います。.
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 高知県内には追悼の行事はないようです。報道関係ではテレビ高知・読売新聞・高知新聞など寒い中取材に来られていました。参加者の中で22年前に阪神大震災を体験された皆本さんが個別取材をされておられました。

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両親の介護判定結果の通知が来ました。


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 西村吉正と春子の「介護保険・要介護認定・要支援認定結果報告書」が自治体のほけん福祉課から来ました。

 西村吉正 要介護1

 西村春子 要介護3     です。

 父(97歳)はこの1年で身体能力(歩行能力)が格段に衰え、前年の要支援2から介護1になりました。母(91歳)は、要介護3のままです。

 両親ともトイレの失敗、尿失禁、便失禁が多くなりました。正直仕事しながらの在宅介護の限界近くまで来ています。社会福祉事業の関係者の皆様のご支援とサポートを受けて、今後も、健康に自宅で暮らしていけるようにしたいと思います。

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2017.01.16

父(97歳)の血液検査


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 今朝の高知市は寒いです。午前10時過ぎでも外気温は5度です。南国土佐人は寒さにはとても弱いです。

 週明けの月曜は、父の植田医院での診察と点滴です。

「血液検査の結果ですが、尿素窒素の値が上昇していますが、おおむね許容範囲です。クレアチリン値も2・14で小康状態を維持できていますね。

 ヘモグロビン値は9・5までに回復してきました。もう1歩です。」とのことです。

 週末は寒かったので、父はゴルフ・リハビリしませんでした。自分から辞退しました。引きこもっていましたので、足腰が少し弱くなっているようです。歩行時の転倒防止にはも見守りと介助が常時必要となりました。

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1月17日阪神大震災・22年目の追悼

 下知地区減災連絡会事務局長の坂本茂雄さんの呼びかけで、今年(2017年)1月17日も、高知市青柳公園集合で、「阪神大震災22年目の追悼」を有志で行います。

(日時) 2017年1月17日 午前5時半集合

(場所) 高知市青柳公園北詰

*追悼のろうそくと竹筒は岡﨑修一さんが作成していたきました。昨年よりわたしが保管していました。

*着火マンがないので、各自持参ください。

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 昨年の様子です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-1afc.html

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 1昨年の2015年には、西田政雄さんと一緒に交流のある神戸市長田区鷹取東地区へ「20年慰霊祭」に出席しておりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-ed22.html

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2017.01.15

2007年・体育始め

 天気図見てもガチンコの西高東低であり、「風雪・波浪注意報」も香南市には出ていまして、最高気温も7度でしたので、あっさりと「海の散帆」は諦めました。後で山本宏幸さんのFBを見ると強風の中10艇のヨットが出艇しています。若いことは素晴らしいですね。
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 ということで今日はインドアでトレーニングをすることに。自宅から徒歩で40分歩いて行きました。冷たい強風が吹いていました。最近体重が増加気味で、お腹周りに贅肉が付着しています。体の状態を測定することにしました。

 で結果は、「体重は6Kgオーバーでした。内蔵型肥満型の傾向が出ています。脂肪量が2Kgオーバーですね。」との指摘を受けました。

 それでトレーナーの人にアドバイスを求めました。
「具体的に言いますと、1日に今より300キロカロリーを消費しますと、2カ月で脂肪量が2キロ減ります。筋肉量は多いので、それは落とさず、脂肪量は落としましょう。」とのこと。

 一口に300キロカロリーを運動を落とすとなると大変。エアロバイクを懸命に負荷をかけて40分しても160カロリー程度。その前に40分歩いたから100カロリー。20分程度水泳したから80カロリーは消費しただろうか。それでようやく300カロリー程度。それを毎日しないといけない。到底無理ですね。

 その消費カロリーは缶ビール1本飲めば元の黙阿弥。牛乳にココアを入れて温めて、ミレービスケット食べたらあっという間にカロリー・オーバーになってしまいます。

 還暦すぎた親父がダイエットすることが大変であることを思い知りました。運動はせいぜい週に1回程度。やはり食べる量を減らすしかないですね。

 それで今年の目標。「体重を2キロ減量。脂肪量を2キロ減らす。」ことにしました。適正体重は70キロで6キロ減量するのは無理ですから。
 間食を辞めたらいいんです。3回の所を1回にします。お酒も家飲みは極力しないようにします。
 それで醜い肉体が少しはましになることでしょう。
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しばらくは強い冬型が続くようです

 今日も明日も、明後日も気圧配置は強い冬型で西高東低ですね。冷たい北西風が強く吹き、北国と日本海側は雪。太平洋側は晴天が続きそうです。年末年始が暖かかったために、南国土佐人は寒さが堪えますね。
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 おかげで「海の散帆」は諦めました。強い冬型が治まらないと年寄りは海に出ないほうが無難です。それで読書を久しぶりにすることにしました。

 古典ですが「日本の思想」(丸山真男・著・岩波新書・1961年初版・2012年92版)を読んでいて読書ノートを作成しています。終われば公開する予定です。

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あたご劇場で映画三昧しました。

 2017年1月14日の高知市は寒かったです。朝1番に五台山市民農園(農園主・横田政道さん)へ行きました。風がなかったので寒さをあまり感じませんでした。昼過ぎから冷たい北西風が吹き出して寒くなりました。
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 家内に誘われあたご劇場へ行きました。なんと2本も映画を見ました。1本目は「シング・ストリート」(2016年・英国映画)でした。アイルランドのダブリンの高校へ通学する冴えない高校生たちがバンドを結成し、音楽で元気になっていく青春ドラマでした。

http://gaga.ne.jp/singstreet/

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 アイルランドの庶民の暮らしぶりや風俗が良く描かれています。田舎町の息苦しさ。家庭の崩壊。高圧的な教員などが出て来ます。音楽が階級や人種や偏見の壁を超えて行く、「突破力」を感じました。挿入されるロック音楽も良かったです。
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 もう一つは「帰ってきたヒットラー」(2015年・ドイツ映画でした。ヒトラーが現代にタイムスリップし、テレビ芸人として活躍するコメディでした。例えパロディでも「ヒトラー」はドイツではタブーであったはず。昨今の移民問題やらテロや格差社会などで、政治不信が高まる状態にドイツ社会がなっていっているんでしょうか?

http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
 
 現実味があり空恐ろしい映画でした。休日は「海の散帆」主体の体育活動の多い私でしたが、家内に付き合いして文化活動もたまにはいいもんですね。

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2017.01.14

強風の中で海へ出艇されております

 年寄りは「日和見」しました。この寒さと強風では「海の散帆」は諦めています。YASU海の駅クラブのライブカメラでは高知大学生やジュニア・ヨットクラブが果敢に出艇していきました。
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寒いさなかの五台山市民農園


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 2017年1月14日。今年2回目の市民農園訪問です。今朝の高知市の寒い事。今までの暖冬は何だったのか!!。氷河期になったのではないでしょうか?朝6時過ぎに「農園主の」横田政道さん宅へ集合しました。今日は横田さんと私の2人だけとか。

 6時半前に出発しました。今日明日のセンター試験の受験生の皆さんも寒さに負けないように。頑張ってきたことを寒さ程度で挫けないように。対策すれば克服できますから。

 さて年寄りは着ぶくれするぐらいに着込み、アンダーウエアを着用し、ホッカイロを背中に張り付けて行きましたが、寒い事でした。弘化台の横田さんとことでゴザを自転車に積み込みました。
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 青柳橋を渡るころには夜が明けて来ました。五台山農協婦人部の良心市(早朝の6時頃から水曜日と土曜日に開催)へ行きました。野菜を買うためです。今日はトマトとミカンを購入しました。
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 最初に土地のオーナーのSさんの元自宅へ登坂。急な勾配の階段を横田さんがゴザを抱えて登ります。雑草が生えないように地面に敷き詰めます。
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 竹林寺と月の「2ショット」が見えました。
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 続いていつもの市民農園へ。今日の作業は主に文旦の木の根元まわりの養生。ござを敷きつめました。強風で飛ばないようにブロックを置きました。
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 上の農園の野菜の生育状況ですが、玉ねぎもブロッコリーも、エンドウも、ネギもタイモも順調ですね。横田さんお話では玉ねぎを2月に収穫し、大根を植える計画であるとの事でした。
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 帰りに北と西の山々を見ると雪雲が張りついています。これから明日にかけて高知は寒くなりそうですね。

 今日明日は南国(?)高知も寒そうです。天気図は西高東低の冬型。この気象配置が暫く続くとか。冷たい風が強く吹きます。ゴルフリハビリを予定していた父(97歳)もさすがに「行きたくない」ということで、中止にしました。
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 北や西の山を見ますと上空に雪雲がおります。冷たい北西の風は昼前から吹くことでしょう。

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JICA研修・下知まち歩き下見


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 2017年1月9日は、3月2日にJICA研修生(コミュニティ防災研修)の皆様が、下知地区の「街歩き」をされるので、該当地区の二葉町・若松町・稲荷町界隈を下見しました。

いかに当該地区が海抜が低く、海が近く、市街地であるのか。また自助・共助の「お手本」である若松マンションでの若松町自主防災会の活動を体感していただきます。
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 下知コミュニティ・センター出発(0分)→隣のガソリンスタンド(海抜0.2M表示)→二葉町交差点(電線同士も交差点)→二葉町自主防災会・消火栓・消火器収納BOX(3分)→二葉町木造低層住宅街→二葉町元火災現場→国道56号線海抜シール・5M表示(7分)→国道56号線街路→岡村ビル前(市認定津波避難ビル)→二葉町歩道橋(高さ5・3M)(9分)→二葉町の地区指定避難ビルの説明→鏡川大橋落橋防止対策(12分)→堀川浮桟橋・ハーバー→堀川水門説明・耐震護岸工事(17分)-二葉町での説明終了
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 二葉町―若松町へ。若松町行政防災無線(22分)-若松町消火器BOX・海抜表示(24分)→若松町交差点→若松マンション(25分)-自助・共助活動の説明・事例紹介・(10分間程度)→(35分)→稲荷町方面→青柳公園地下耐震貯水槽(40分)-下知コミュ二ティ・センター帰着(45分)
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 おおよそ45分コースです。

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2017.01.13

横田胃腸科内科へ行きました

 母(91歳)がはりまや橋商店街から戻りますと、父(97歳)と合流して横田胃腸科内科(横田哲夫先生)ところへ行きました。
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 午後3時過ぎに行きましたので空いていてすぐに診察していただきました。」2人とも身体的な異常はとくにありませんでした。なによりです。
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 寒いので少し血圧は高め。父は146-80で、母は140-70でした。横田先生は「寒いので血圧が上がってはいますが、心配はありません。」とのことでした。
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 この寒さで風邪やインフルエンザ、ノロなどに罹患しないように細心の注意が超高齢者には必要ですね。そのためには自分も風邪をひくことなどできませんから。

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母は寒い中はりまや橋商店街へ行きました。

 年末年始の暖冬はなんだったんだ!というぐらい寒い今日の高知市。これだけ寒いと南国土佐ではない。高知は常夏のハワイではない。
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 母(91歳)と一緒にはりまや橋商店街へ行きました。お天気なので歩行補助車を持参しました。ますはコロッケ屋さんで夕飯用のコロッケを調達しました。
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 次にパン屋さんでクッキーを買いました。
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 谷ひろ子さんのお店では焼き菓子を買いました。
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 寒いので山岡さんのお店でぜんざいを注文。温まりました。
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 寒いせいか今日の活き活き100歳体操は参加者は少なめで8人の参加でした。でも母を始めコアなメンバーはしっかり参加しています。
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 戻ると父と合流して横田胃腸科内科へ行きました。

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父の週3回の通院と点滴


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 原則毎週月曜・水曜・金曜は、慢性腎不全の父(97歳)は植田医院へ通院しています。なんせ超高齢者ですので、診察と点滴を行っています。2週間に1度の金曜日は、腎性貧血防止の注射をしています。
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「腎性貧血ですが、効力の強い注射を昨年末からしだしてから数値がよくなりました。もうすこしで10台の正常値へ戻れます。」とのことです。

 適度な水分補給と適度な運動。減タンパク食の摂取。腎性貧血防止の注射で健康を維持しています。何よりの事です。歩く速度も格段に遅くなりました。今後の課題は転倒防止対策ですね。椅子からの立ち上がり、歩行練習が重点テーマになります。
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 待合室で昔ゴルフ場でキャディをされていたご婦人に会いました。父の事を覚えていてくれました。「紳士的でやさしい人でした。お元気そうで何よりですね。」と言われました。20年前の事を覚えておられたようです。父に言ってももはやわかりませんが。やはり他人様には「偉そうに」したらいけないと思いました。謙虚に親切にしないといけないと思いました。

 午後からは母(91歳)を連れてはりまや橋商店街へ体操と買い物に行きます。午後3時に戻り、今度は横田胃腸科内科へ父と一緒に行く予定です。

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「歴史地震の話」を読んで


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 「歴史地震の話 -語り継がれた南海地震」(都司嘉宣・著・高知新聞社・2012年刊)を下知市民図書館で借りて読みました。

「防災の概念を覆した東日本大震災。宝永地震を記録した土佐の資料と同じような「黒い津波」の記述が出てくる」。その記述は当時種崎(高知市種崎地区)に住んでいた土佐藩士が詳細に記述している。宮古の津波と同じ黒い津波が人々の住む集落を襲い、記述者は奇跡的に助かりました。

 都司嘉宣氏の講演は、以前高知市の主催する「防災人づくり塾」で聞いたことがあります。古い記録に残る古文書を分析し、過去の地震記録から、現在の減災対策を説いています。

「東日本大震災は、貞観地震(869年)以来の大地震と言われる。」

 中略・・

「今回の地震でも、津波被害は東北地方だけでなく、関東地方の茨城県や千葉県にも及んだ。これに対し、明治三陸地震(1896年)の津波も、昭和三陸地震(1933年)の津波も被害は三陸海岸に限定されており、宮城県石巻市より南の海岸ではほとんど被害が出なかった。」

「今回の地震の津波で重大被害が出た範囲は、。明治、昭和より大きく、貞観地震に津波にほぼ一致する。」

 東京電力福島第1原子力発電所の大被害も、地震学者が「貞観地震並みの津波が来る恐れがある」ことを東京電力も原子力規制委員会も全く無視し、何の対策も打たなかったゆえの大被害であったのです。彼等の不作為が地域に大きなダメージを与え、それはいまも続いています。
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 津波の対する備えている東北沿岸部。それもも大きな被害が出たのは、東日本大震災が1000年に1度の大地震」であったからでした。
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 岡村眞高知大学特任教授によれば、「土佐市宇佐町の蟹ヶ池では、歴史記録に残る南海トラフ地震の中で最大の宝永地震(1707年)に匹敵する巨大津波が、過去6500年間に少なくとも16回以上起きていたことを確認。

 その間隔は300~350年で、特に2150年から2300年前には宝永地震を大きく上回る規模の地震が起こった痕跡も見つかっている。」(高知新聞・2017年1月4日「高新大賞に岡村特任教授(高知大)過去の巨大津波判明」)とあります。

 高知で記録に残る地震で最大規模は宝永地震(1707年)。揺れも高知城下では強かったと記録されています。
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「図を見て一目で分かることは、農人町から東、国分川にかけての地域で、震度7の強い地震被害を生じた場所が現れていることである。現在の城見町、宝永町、知寄町、稲荷町等の地域に相当する。」(P203)。二葉町も該当します。

 都司氏は宝永地震のような「千年地震」対策として、具体的に「家屋・財産は守りきれないとあきらめ。せめて人の命だけは守りきることを考えること。そのために次の(A)から(C)を考慮すること。」(P305)とあります。

(A)沿岸集落に4階建て以上の鉄筋コンクリート住宅がある場合には、その所有者と契約を結んで津波警報が発令された場合に、4階以上を、一般市民への避難場所として開放すること。4階以上には津波非常用に、非常食、飲料水、長靴、懐中電灯、ラジオなどを用意しておくことだ。

(B)背後の丘陵に上がる斜面が居住地から近い場合には、幅広で緩やかな避難路をもうけ、途中に夜間でも見えるようにソーラーバッテリーによる照明を設置すること。避難先は20M以上の標高があること。

(C)4階以上の鉄筋コンクリートのビルがなく、集落の背後に避難に適した丘陵に上がる斜面もない場合は、一定間隔に「津波避難タワー」を設置すること。その避難場所の標高は宝永地震の津波を参考にして、おおむね15M以上とすること。

 と都司氏は提言されています。高知市の指定避難ビルの下知コミュニティ・センターでは食料備蓄は行われていません。市の配備計画も未定です。

 下知地区には、4階建て以上の建物すらない地域もあり、海抜も低く、低層木造住宅が多く、高齢者が多く居住しています。AからCの基準を未だに満たしていません。

 二葉町自主防災会は、地区指定避難ビルとして11カ所のビルを所有者の協力を得て指定しています。そのビルには飲料水や食料、非常用トイレの備蓄は未だに行われていません。

 都司氏はこうも言われている。なお、今までの津波避難の対策の中に考慮されていないことも実行されたこともあないが、次の(D),(E),(F)、(G)も検討したい。。(306)とあります。

(D)津波警報が出た時、漁船などは、いち早く港外に移動させる。この時その船に手早く乗せることの出来る住民も積極的に便乗させることはできないであろうか?

(E)2011年東日本大震災の時、例えば宮城県女川町では、4階建てのビルの屋上に緊急避難した人がいたが、津波は更に高い所まで水位が上昇し、そこに避難した人も津波に巻き込まれた。この場合、その4階建てのビルの屋上に、ゴムボートとふいごがあれば、ゴムボートを膨らませて脱出できたのではないか?

(F)寝たきり老人など、津波警報発令時に機敏に移動できない人は、標高15M以上の所に住居を移す「隠居部屋」の考えを取り入れられないか?

(G)どうしても沿岸に住居を持たざるを得ない漁師は、今後はそこに7階以上のマンションを建てて住むという居住様式を取り入れる。この場合は、ふだん、1階から3階に住んでいる人は津波警報発令時には4階以上に移動することを、そのマンションの住民全体が協力する。
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 というアイデアを都司氏は出されています。(D)の津波発生時の港から沖への船での避難は津波に向かっていくことになるので、どうでしょうか?

 (E)の構想は、私たちは高密度発泡体による浮体構造物を屋上に設置することを検討しています。研究会や講演会も開催しました。

  高知市下知メガフロート(浮体人工地盤)構想を実現したい。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-06a8.html
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 (F)につきましては、二葉町は6年前から仁淀川町の住民の皆様との「疎開を前提とした」地域間交流をしています。一向に高知県庁も高知市役所も動こうとしないのは「不作為」であると思います。
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 (G)は現実的な対処法であると思います。そして都司氏は「おわりに」のなかでこう言われています。

「多くの犠牲者を出した東北地方の被災地に目を背けることなく、そこにいて、命を失うことなく切り抜けた人の証言や、写真やビデオ映像に目を背けることなく、冷静に観察すれば、千年震災の津波にあっても命を全うすることが出来るのであろう。

 そうしてそれを、実践的な津波防災対策に生かしていくべきであろう。そのさい、従来の常識にはとらわれない方法を採用するという、ある程度の「思い切りの良さ」が必要となるであろう。」(P307)

 二葉町全世帯と対象とした「防災世帯調査の実施」。それに基づいた「50Mに1つの地区津波一時避難ビルの指定」「疎開を前提とした仁淀川町との地域間交流」「避難所に国際信号旗を掲揚する」(海からの支援要請)、を実践してきました。

 更に下知地域として有志ですが「五台山市民農園」の実施(食料確保)と2次避難場所の確保、さらには「災害時相互避難協定の地域同士の締結」などが今後の方向性です。

 千年地震を迎えてやる過ごす段階にまだ達していません。個人や家族のレベルでなんとか今年は近づいてみたいと思っています。支援を受ける側から、支援する側になりたいと思うからです。

 

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2017.01.12

山田伝津館(でんしんかん)の写真本


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 岩手県山田町の山田伝津館の震災語り部の菅野和夫さんから送付されてきました山田町の写真集を見ました。

「岩手県山田町 海と街と祭」「しかし山田に住む人々は 海を恨むことはなく 明日に向かって歩み出す 岩手県山田町」(いずれも山田伝津館・発刊)を見ました。

 宮古市の隣町の山田町。風光明媚な海岸線があり、漁業の盛んな街でした。写真集には震災前の海での営み、海水浴場、海での祭りの風景や、山田町の日常が写真に残されています。
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 2011年3月11日の東日本大震災での津波はその美しい海辺の風景を破壊し、街の営みを跡形もなく破壊しつくしました。
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 でもメッセージにあるように[海を恨むことなく海と共存していく」決意表明が感じられる写真集でした。

 下知市民図書館に寄贈する予定です。来月あたりには貸し出しが可能になると思います。

 大震災にへこたれない山田町の人々の気概を感じました。

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2017.01.11

新書版を買い込んでみました


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 この間の3連休(2日目は雨)に家内が音楽関係のCDを買いたいと言うので、一緒に歩いて、ブックオフへ行きました。家内がCDやDVDを見ている間、新書版の書籍を8冊買いました。

 池上彰・内橋克人・小林よしのり・五木寛之・辰濃和男・中沢新一・倉山満・小出裕章の著作本。文学者・宗教者・漫画家・報道関係者・学者など、右も左も関係なし。面白そうな書籍を購入しました。

 新書版ですとウエスト・ポーチに2冊程度入ります。父の点滴の時間とか、少しの時間に読むことができます。くだけた本ばかりで、教養や素養が身に着くものではありませんが・・。電子書籍よりは、紙媒体の新書版が手軽でいいと思います。

 アナログ人間ですから。この8冊を袋に入れて、父(97歳)の植田医院での点滴中の時間を間、読書三昧ですね。

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2017.01.10

老師の整体で首の凝りは治りました

 正月の休暇と3連休を利用して「情報の整理作業」をしていました。PCとにらめっこしていたので、肩や首が凝っていて、時おり「めまい」まで引き起こしていました。2日以降、海へも行っていませんから。

 今日の午後は月に1度の老師(90歳)の整体へいきました。整体歴70年の「神の手」で凝りがほぐれました。

「触ればすぐに柔らかくなる。それも大事なことですよ。」と老師はいいます。今年は体の使い方を工夫しましょう。

(100歳まで整体はやるからね。」と老師。その間に、疲れをためない体の使い方を会得したいものです。

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2017年初の五台山市民農園

 2017年1月7日は夜明け前の午前6時に若松町の横田政道さん宅に集合。既に黒岩博さんが来ていました。自転車で出発しました。途中五台山農協婦人部の良心市へ寄りました。こちらも今年初市とか。
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 大根やホウレンソウや春の七草を購入しました。今週は井上正雄さんの有機野菜の配達がなかったので家内に喜ばれました。
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 夜明け前の五台山市民農園。85段の階段は適度な運動です。
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 白菜や玉ねぎエンドウも育っています。ネギも元気でした。
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 下の果樹園で雑草取りと竹の間引き作業。横田さんはタイモを掘っていました。1時間ほどの作業でした。タイモをわけていただきました。
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