2026.09.15

夜須に海の散帆に来ています。

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2026年9月12日(土曜)ですが、朝1番に夜須に来ています。どん曇りなので風が強くは吹かないと思います。
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 しかし、今日は大潮。満潮は6時過ぎ、干潮は13時頃。早く出て、早く海から戻らないといけない。年寄りなので熱中症対策は万全にしませんと。命が大事です。
無事に戻りましたら最高の「脳幹トレーニング」になります。
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 無事に着艇出来ました。片付け始めますと風が吹きだしました。何とも皮肉なものです。やはり昼過ぎになると干潮なのでハーバー前が浅くなら、もっと引くと陸地が出来ます。
 年寄りは素早く撤退しました。

 早朝の散歩時に雨が降っていました。しかし地方紙の天気予報は「曇り時々晴れ」。それを信じて海へ来ました。確かに海から上がり片付け始めたころに晴れ間があり、風が吹きました。デジカメを忘れたので、海の上の写真はありません。
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2026.09.14

地域のレジェンドの偲ぶ会

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 2026年9月12日(土曜)は、下知地域のレジェンドの故福谷幸雄さんの偲ぶ会が高知プリンスホテルにて有志30人ほどで開かれました。

 当日私は夜須に海の散帆(セーリング)に午前中限定で行っておりました。14時半には撤収し、自宅へ戻っていました。町内会長さんからのお誘いもあり、出席しました。私の場合は「地域の防災」関係で繋がっていました。
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 下知図書館の壁に福谷さんが映っている高知新聞の記事をコピーし、額に入れて会場へ持参し、娘さんにお渡ししました。喜んでいただきました。

 来場した有志は、卓球の関係者、歩こう会の有志、町内会や、防災会の関係者、下知コミュニュティセンター運営委員会の関係者、下知消防分団後援会関係者などでした。
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 福谷さんは8月13日にご逝去され、ご家族により葬儀もされていました。地域社会に多大な貢献をされた人だけに、「偲ぶ会」が行われました。なかなかそういう人はいません。

 「福谷さんは争いを好まない人。フレンドリーな人。いつも笑顔を絶やさない人でした。」と皆が言われていました。
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2026.09.13

二葉町町内会不燃・資源ステーション

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 2026年9月11日(金)ですが、二葉町町内会(楠瀬繁三会長)の資源・不燃物仕分けステーションの設営を5時過ぎからしておりました。
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 仕分けの籠と、ブロック、仕分け立札を下知コミュニュティセンター裏から出してきて雨の中設営しておりました。今朝も小規模な不法投棄がありました。

 不燃物・仕分けステーションは、通常当日の6時から8時までです。他の地域では前日から設営され、早朝の散歩時に既に不燃物・資源物が積みあがっている地域も多い。
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 当日早朝に設営し、仕分けのために当番の班長が出てきて処理する昔ながらの町内会の姿はいまや高知市内でも珍しくなりました。それがきちんと二葉町で出来るのは二葉町町内会副会長の荒木三芳さん(衛生委員)のご指導のおかげです。
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 雨ですが家庭内の不用品がたくさんでています。

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2026.09.12

9・11から25年

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 2001年9月11日に、民間旅客機複数がハイジャックされ、機体もろとも乗客・乗員巻き添えで、世界貿易センタービリや、米国国防省(ペンタゴン)に自爆テロが行われました。
 ニューヨークの世界貿易センタービルは2機が突入し、ツインタワービルもろとも炎上し、倒壊しました。国防省ビルにも突っ込み被害が出ました。
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 実は1988年にアメリカ事情に詳しい安岡正博さん(2011年にご逝去)に連れられ、1987年、88年とアメリカ研修旅行に行った折、ニューヨークの世界貿易センタービルにも皆で行き、最上階のレストランでコーヒーを飲んだことがありました。
https://kenchan-radio.sakura.ne.jp/.../yasuoka/yasuoka1.html (アメリカ社会の変化について)2004年の記事


 


 まさかあの場所に飛行機が突入して崩壊するとは驚きました。
 あれから25年になりました。9・11後にアメリカは「テロの撲滅」と称し、一方的にアフガニスタンを攻撃、イラクにも因縁をつけ攻撃し、独裁政権が崩壊しました。
 その後西アジアや北アフリカで民主化運動が盛り上がり、独裁政権が誕生しましたが、内乱が酷くなり、イラクやシリアの一部に「イスラム国」とかいう極端なイスラム原理主義の国ができたりしました。
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 2022年2月にはロシアが突然隣国ウクライナに軍事侵攻し、5年間戦闘状態が継続しています。2026年にはアメリカとイスラエルが突然イランを攻撃し、国家指導者を空爆で殺害し、イラン戦争がはじまりました。中東産の原油やナフサが輸入できなくなり、世界中で「ナフサ危機」になりました、今も継続中。
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2026.09.11

容量オーバーでしんどい気持ち


 仕事以外に、「地域防災」関係の事業wに取り組んでいる。自宅のある地域は「海が近い海抜0m地帯の軟弱地盤の平地」というどうしようもなく条件の悪い市街地です。

 2008年に結成した地元防災会。「前例のない」ことの繰り返しで事業をしてきました。まずは「避難場所の高台」がない低地の市街地。しかも公共の避難場所はない。

 近くにある賃貸マンションのオーナーと交渉して「避難ビル」になっていただきました。ところが高知市は「新耐震前の建物は津波避難ビルと認定しない」というルールで道眼てくれなかった。せっかくの所有者オーナーの善意をないがしろにする行為。

 二葉町防災MAPでは「地区避難ビル」として表記しました。そこへの水とか備品は市の支援がないので防災会で整えました。

 2011年の東日本大震災直後には、町内会幹部から「津波浸水しない山間部の疎開先を作れ」という無理難題のお達しがありました。皆商売人だし、私自身もそうですので100%わかります。
 高知県の高台移転事業は、従業員数50人以上の製造業企業が優先されるようになっています。一方で高知市では、授業員数20に2課の企業が90%、5人以下は60%となっています。浸水地域に13万人が居住する高知市。大半の事業所は南海トラフ地震が起きれば水没し壊滅するばかりで救われない現実があるのです。
広域避難協定2022年11月1日
 「もしもの時(南海トラフ地震時)に疎開を前提とした顔の見える地域間交流」を目指して、ようやく仁淀川町の皆さまにご理解を得て、広域避難協定が高知市と仁淀川町が締結(2022年11月1日)になり、その場所で「仁淀川町防災キャンプ」を実施しました。
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 これまた前例のない事業であり、達成したものの「ゴール」ではありませんが、疲れがでて未だに情けないことに回復していません。

 思うのは「生活を再建する」という理念がない復興計画はすべて間違いであるという確信がでました。多くの防災関係者(学識者や専門家と称する人たち)は、いまだに「命を守る」「命をるなぐ」段階の防災にとどまっており生活を再建するなんていうことをまじめに真剣に考え実行している人はほとんどいないという現実に驚くばかりです。
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 だから「いまだに雑魚寝避難所」や「被災者や被災自治体の負担が重く」生活再建までに至らない現実を見せつけられるのですから。
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 圧倒的な少数派ですから、理解をされないことが当たり前なんですね。仕方がないとは諦めません、疲れるけれどもへこたれずに言い続けるしかありません。

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2026.09.10

中四国は雨が期待できるのか?

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 梅雨明けが早く、以後雨が降った記憶がありません。それで中四国は干上がり、水源地のダム湖は干上がり、都市部では給水制限をしています。香川では2年ぶりに「雨乞い踊り」(?)をしておりました。

 9月9日の朝9時の天気図では、秋雨前線が四国にかかり、台風24号は温帯低気圧になり、前線に乗っかっています。

 このところ九州や関東、東北、北陸などで大雨がありましたが、四国ではありません、さてどうなるのでしょうか?

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2026.09.09

高齢者の運転技能向上策の難しさ

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 高知新聞2026年9月4日の記事「高齢者の実車試験強化へ」「安全と生活の足 両立腐心」
 よく事故を起こした高齢者が「アクセルとブレーキを踏み間違えた」という理由で死亡事故を引き起こすことが多いらしい。

 51年前私が運転免許を取得したことは、教習者も実際の車もマニュアルクラッチの車でした。
 左足ではクラッチ操作。左手でクラッチ変則操作、右足でアクセル操作、左足ではブレーキ操作、右手でハンドル操作の主体など、手足全てで役割がありました。

 特に難しいのは坂道発進。サイドブレーキ引いて停止。発進時にはサイドブレーキを緩めながらクラッチをゆっくりと離し、アクセルを踏んで発信。どちらもゆっくりと確実に操作しないといけない。クラッチ操作を誤るとエンストし車が坂道を登れない。

 坂道発進ができなければ、クラッチ車は運転できない。高齢者はむしろクラッチ車に乗るべき。技術的に無理なら免許返上となりますね。
 それに対してオートマ車は右足でアクセルを踏み加速。同じ右足でブレーキを踏んで減速する。教習所では何故か右足操作しか教えない。

 私の場合はオートマ車の運転時には、右足はアクセル。左足はブレーキと分けています。そうすれば「アクセルとブレーキが踏み間違える。」ことは全くあり得ません。なぜ教習所はそういう教え方をしないのか?不思議です。

 車メーカーはクラッチ操作が面倒だからオートマ車仕様にしたのでしょう。オートマであろうがマニュアルクラッチであろうが。車の運転はとても難しい。
 前だけ見ておればいいものではない。右折時、左折時は細心の注意が必要。バイクが並走したり、自転車の後ろを走るのも注意が必要。
 また高齢者は長年運転してきたから(私は51年目)だから、多少の驕りや、慢心がありますね。
 道路交通法では「横断歩道前では一旦停車。歩行者が横断してから車は移動すること」などほとんどの車はしません。

「見通しの悪い信号のない交差点では、運転手は停車線の手前で停車。3秒間は停車。発進後は左右を確認して徐行して交際店を通過する。ことをしなければならない。」
 そのことをきちんと履行している運転手を見たことはありません。99%は停止線を越えて止まります。一旦停車違反です。

 ですので「運転操作を厳しくする」よりも「基本的な道路交通法を順守する。」ように教習所で高齢者を「指導」したほうが良いと私は思います。
 運転操作の問題よりも「道路交通法を守らない運転手には免許を交付しない。」とのことが、わかりやすいし、結果的に事故防止になります。

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2026.09.08

ブレディみかこさんの著作は歯切れがいい

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 英国在住のライターブレディみかこさんの著作「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は、英国の市民社会の現実を克明に描いています。9月に入って、今一つ「やる気が出ない」状態であり、少し柔らかめのノンフェクション作品を読みたいなと思っていました。

 NHK総合のラジオ番組「ラジオ深夜便」の午前4時からの対談番組にご本人が出演していて、英国社会の現実を家族(ご主人はアイルランド人・子供さんは地域にある底辺中学に通学する中学生)として体験し、仕事、保護者活動、地域活動、などで付き合いのある廻りの人達との触れ合いや、時に衝突を通じ、2019年と2021年頃の英国の南端にあるブライトンという街の暮らしぶりが描かれています。

 ご本人は「子供はうるさくて大嫌い」だったということでしたが、懐妊、出産を通じて世界観が変化し、英国で保育士になり、地域社会に入り込み、人種、宗教、出身国、学校社会などの現実を淡々と描いています。文章は面白く、2日間で上下2冊を読破しました。

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2026.09.07

確かにあった貸本屋文化

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 ビックコミック・オリジナル9月20日号のなかに西岸良平・作の「3丁目の夕日」がありますが、その中で貸本屋の風景が描かれています。

 私らの世代(昭和28年生まれ)は、漫画文化の成長と共に、生きてきました。小学校低学年時代に、週刊少年マガジン(講談社)、週刊少年サンデー(小学館)が創刊されました。子供の小遣いで購入できるマンガ雑誌も創刊され、少年キングや少年ジャンプもほどなく創刊されました。
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 それまでは月刊漫画雑誌は「ぼくら」や「冒険王」でした。一時期「ボーイズライフ」という漫画雑誌もあり、後年は「ガロ」などもマニア向けの漫画雑誌もありました。
 貸本屋は、小学生時代はありました。知寄町時代には、宝永町にあり、「のらくろ」(復刻版?)などの単行本を借りていました。転居したいの町でも学校近くに貸本屋があり、白土三平の「カムイ伝」などを借りていました。

 70年代の高度成長時代には、貸本屋は姿を消したようでした。80年代はレンタルビデオショップが全盛期。
 今はスマホの時代。紙媒体の雑誌文化も衰退し、コンビニの雑誌売り場も縮小。雑誌売り場のないコンビニまであります。
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 デジタル文化になじめない年寄りになりました。「貸本文化」を思い出すことが出来ました。懐かしい。

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2026.09.06

気象もおかしいが、心身の体調もおかしい

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 9月に入りましたが、晴れたら相変わらずの猛暑。ようやく雨がふるかと思いきや、秋雨前線と台風との連携があり、気象もおかしい。特に台風24号の動きは「Uターン」や「逆走」もあり、亜希様前線と連動し、大雨に慣れていない地域で豪雨をもたらしています。

 このところ水不足が続いている西日本、四国などでは、雨が降るには降るらしいが、「水不足解消」とはならないらしいとの予想がでています。

 千葉や北陸の皆様は、豪雨災害には慣れていないとおもわれます。50数年前は高知は毎年のように台風と大雨に悩まされていましたから、そのしんどさはわかります。とにかく自宅や職場の海抜を知り、水没しそうなら「早めの避難」ですね。原則車の使用は水没道路では危ないです。

 おかげてこちらの心身の体調も不調。やる気が出ないし、日課のリハビリウォーキングも穂数が伸びません。そんな日がだらだらと9月に入ってから続いています。焦っても仕方がありません。気が満ちるまで待つしかありません。

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2026.09.05

世界1の企業の、世界1のBCP


 2026年9月2日ですが、高知兼危機管理部南海地震対策課事前復興室主催の「南海地震対策優良取組事業所(5つ星事発表会)事例発表会を傾聴しに行きました。

 平成25年度に5つ星の優良事業所になりました四国銀行とニッポン高度紙工業の事例発表を傾聴しました。

1)四国銀行の取り組み

 四国銀行は、全国に110店舗があり、南海トラフ地震の被害が想定される高知県で63店舗、徳島県で23店舗あります。また高知市内だけでも浸水地域に16店舗あります。当然金融機関として顧客の安全、公園の安全第1ですし、高知県1の金融機関としての災害後の業務継続、短期の営業再開もめざしています。
 建物の強度は高く、自家発電機も屋上にあり、3日間の店舗内電源確保ができる体制を組んでいます。

 震災発災直後の対応は、「業務停止権限を、本部から営業店長に移譲する」という現場第1主義の泰作には注目です。

「住民事前避難対象地域」「高齢者事前避難対象区域」の営業店は、営業店長の判断で営業休止、避難を決定。避難指示などが介助されたら、平常業務に移行する。防災士の資格取得を支援している。現在は65人だが、今年度は15人が資格取得中とか。

 危機管理基本方針は、「公共性の高い地域金融機関として、大規模災害などの発生時にも社会的責任を果たし、現金供給や資金決済サービスなどの重要業務を計測する体制を整備します。」

 ①人命の尊重と安全確保②資産の保全③業務継続体制の早期確立。
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2)ニッポン高度紙工業の取組

 土佐和紙を原点に高知市(旭)で創立したグローバルニッチトップ企業です。直近の売上高は240億円、収益も60億円越え。アルミ電解コンデンサの国内シェアは95%、海外世界シェアは60%を占めています。

 自動車、産業用ロボット、家電製品、AIデータセンター。再生エネ資源発電など広い用途で全世界に出荷されています。世界的シェアが高い製品を製造しているので、「製品が安定供給できる生産体制が必要であり、「事業継続は指名であり、社会的責任」であると知よく認識している。

 BCPの基本理念は「従業員の安全・健康の確保が大前提」であることです。それがあってはじめて、品質や生産性が安定します。
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 まずは県内の生産拠点をリスク分散(1992年)し,春野工場から安芸工場・南国工場を設立し(2002年)、同時被災しない県外工場や裁断工場の設置(20012年)(南海トラフ地震域外への工場建設)を実施されたことで、事業の中断はほぼなくなりました。

 いわゆる高知県内の「大手企業」が、高知市の高台の産業団地や、南国市の高台にある産業団地にとどまっているにすぎませんが、ニッポン高度紙工業は、岡村眞高知大学名誉教授の助言に従い、2002年に南海トラフ地震震源域外の鳥取県米子市に新工場を建設し、操業しています。
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 取引先の世界企業(トヨタ・ソニー・パナソニック等)も安心し、製品供給を受けることができます。まさに「究極のBCP]を実施されています。

 また「二次被害防止対策」も徹底しています。

薬品の漏洩対策は→配管の二重化

LNGタンク→感震器にてバルブ閉

LNGボイラー設備停止→感震器にて自動停止、バルブ閉

生産設備の停止の簡素化と手順作成→主電源の自動遮断

1番驚いたことは「誤報の影響を防ぐために、緊急地震速報は活用せず感震器で」という対応個所でした。
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また予防的措置の徹底意外に「災害早期復旧サービス契約」もされています。tぽ右京海上日動と提携した、BELFORです。

 新品交換が必要とされらもの(修復に6か月)→緊急安定化措置と精密洗浄に予汚染除去などで1か月で修復する。

更に「これまでの活動により気づいたこと」として、「事故や災害などに対するハード対策や手順の明確化などの環境整備は計画的に進めてはいるが」


①肝心の従業員がいなければ、内も行動できない。
②手順を明確化しても、日頃から実施し家蹴れば行動できない。
③日頃からけがもなく心身とも健康であることが大前提!
④災害発生時時8だけでなく、日頃の活動や復旧再開時も同じ

という本心を社長以下全員が譲歩言う共有し、方針を決定し、対策を実施する体制づくりがないとできません。社会での訓練だけでなく、地域と連携し、小学校の避難訓練も受け入れられています。
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 そして防災士も91人(21%)になりました。30%を目標にしています。消防の基礎訓練や、ドローン操作の湯徳にも力を入れています。」

 そして安全衛生活動の積み重ねが、事業継続の基本であり、

「風通しの良い職場づくり」「元気で働けるからだづり」「けがをさせない」「けがをしない」ことがじぎょうけいぞくであり、雇用の継続となります。
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 製品販売は「グローバルニッチ」で高い占有率を保持しているニッポン高度紙工業。「事業継続のための総合的な防災対策(従業員の安全・健康の確保)ななる」という理念(思想)こそが、まさに世界1のBCPであると実感しました。

 講師の岩村和典さん(総務部長)とは、高知市防災士会の会員ですが、防災対策、BCPについて詳細に傾聴したのは初めてでした。「世界1のBCP」とおもいました。
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 受雷のBCPは大手企業のサプライてぇーんの確保が主体でした。地域住民や社員教育はなおざり気味の「形式主義」でした。10数年前に高知県庁主催の講座を受講したことがありますが、大手企業の囲い込み、「企業エゴ」を感じていました。

 岩村さんの説明は、何より従業員の安全・健康がベースであり、地域住民との連携もとても大切にされています。いまだに「防災」を狭い意味にしか語らない「防災アドバーサー」や「学識者」が多い。まったく対極の話で感服しました。
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2026.09.04

なんだ疲れがが取れないし、フル稼働ではないです。

 
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 9月になりました。今年は5月に梅雨入りし、7月初めには梅雨明けし、猛暑が続きました。しばらくは事務所でも茶の間でもエアコンをかけるのを我慢していましたが、今年に限りると暑さは半端ではなかったです。
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 沖縄出身で暑さに強い家内が率先して、エアコンを使うようになりましたから。沖縄は実は海洋性気候であり日中の最高気温は32度前後。日本列島の内陸部のように38度とか、40度にはなりません。高知市でも朝の事務所で33度とかいう事態が何度もありました。

 電気代金の請求は怖いですが、私ら老夫婦は70歳を超えていますので、無理しないことにしました。
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 このところ四国は雨が降らないので、早明浦ダムの渇水の話題がでています。しかし9月3日あたりから1週間は雨の予報が出ています。台風24号が、沖縄・奄美・南九州から、四国を伺い、いわゆる秋雨前線が南下する気配があり、台風24号が暖かく湿った空気を供給するので大雨が降るとされています。

 季節の変わり目は大雨が降ると言われています。

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2026.09.03

何故災害大国日本の被災者対策は酷いのか?

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 9月1日は「防災の日」といわれています。1923年9月1日に関東大震災が発災。大被害がでました。

 2026年の夏は日本で1か月の間に次々と大災害がおきました。7月末に令和熊本地震がおきました。地震後にイオンモールで大爆発事故がありました、千葉県で豪雨災害がおき、2300台を超える自動車が水没する異例の事態になりました。その後北陸の富山・石川、福井での豪雨災害が起きました。

 いつも日本国の避難所風景は、小中学校の体育館での雑魚寝。それが嫌で地震で傾いた自宅での避難生活や車中泊をされる人たちがことさら多いように思います。。

 なぜこれほど劣悪な条件での避難生活が国民に強いられるのか。その原因は、避難所開設が市町村の責任でするようになっているからです。被災地の市町村は役場の職員自身が被災者になる場合も多く、住民の世話に専念できないことも多い。
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 国がもっと予算を出し、防災倉庫をつくり、災害時に近隣市町村で¥が被災したら、ただちに被災備品や折り畳み式ベット、非常食、トイレカーなどを人数分在庫し、すぐに被災地に持ち込めれば、少なくとも雑魚寝で被災者住民を苦しめることはない。

 要は社会の仕組みを国と市町村、住民でうまく作ること。特に災害時の「国民生活の保護」を第1に考えることです。そのことをあいまいにして、すべて被災地市町村以丸投げするから、「悲惨な避難所」になるのです。
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 また避難生活は、それで良しとしても、崩壊した自宅の再建は「いばらの道」でしかない。1995年の阪神大震災後、国民運動のうねりとして「被災者生活再建支援法」は成立しました。しかしそれとて全壊した自宅の支援金は最大300万円です。到底それでは住宅再建は無理です。

 災害大国日本の昨今の現実から、日本社会の仕組みも「アップデート」しないといけないと思いました。

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2026.09.02

仁淀川町防災キャンプの報道(その2)

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 読売新聞高知版8月31日号にて、「第2回仁淀川町防災キャンプ」(8月22日・23日に仁淀川町長者地区にて開催)掲載されていました。

「広域避難体験キャンプ」

「南海トラフ備え 災害関連死防止へ課題模索」と見出しにあります。

 竹島智佐さんの「簡易テント」や片岡大司さんが羽釜炊飯されている様子、大学生の青木優歩さんが手伝われています。押し畳式ベットも西川義章さんと、青木優歩さんが設置されている様子が撮影されています。

 「仁淀川町防災キャンプ」の目的は「生活の再建」を前提とした取り組みと、事前の地域間交流の重要性です。防災啓発型だけの報道や防災関係者の呼びかけだけでは、災害関連死は減らないし、相変わらずの「雑魚寝避難所」「猛暑の避難所」では「生活の再建」どころではない現実を直視していただきたいです。

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2026.09.01

8月最後の海の散帆は暑かった!!

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 2026年8月30日(日)は、猛暑の8月で2回目の夜須での帆走でした。
 ハーバーは影がないので艇のぎ装’組み立て)は暑い。今日は満潮の後なので出艇は楽でした。
 ジュニア・ヨットクラブが3艇出ていました。高知大学ヨット部はお休み。(四国インカレに行って戻って休みとか)。
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風は程よかったですが、意外にもうねりがありました。
風は海風(南風)でしたので、ヤッシー・パークの離岸堤に沿ってアビーム(横風)で何回か往復しました。
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艇の上でも氷結したスポーツドリンクを飲みながら、塩飴もなめていました。大汗は掻きましたが、今日は手足が攣ることはありませんでした。年寄りは無理をしないことです。
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 暑かったですが程よい脳幹トレーニングになりました。1時間半ぐらい海で帆走しました。何とか無事に生還しました。どよよんと疲れています。

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2026.08.31

紙媒体二葉町防災新聞9月号

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 2026年8月22日(土)・23日(日)で、第2回仁淀川町防災キャンプを実施しました。場所は高知市と仁淀川町が、広域避難協定(2022年締結)した仁淀川町の広域避難所である長者地区で行われました。被災する前に広域避難所への避難訓練と宿泊訓練は全国的にも例がないと思います。

 それが可能であった原因は、高知市二葉町は2012年から仁淀川町長者地区・泉川地区とは、「もしもの時(大災害後)疎開を前提とした顔の見える地域間交流」を15年間継続してきた実績があるからです。

 2022年に高知市と仁淀川町との広域避難協定が締結されました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2022/11/post-702155.html
(高知市民の「疎開先」が出来ました。)

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2024/03/post-5dc5d3.html
(高知初の疎開訓練(広域避難訓練)が1月20日に実施されました。)

 そして翌年の2025年に仁淀川町泉崎多目的集会所で第1回防災キャンプが実施されました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-bfffaa.html
(仁淀川町防災キャンプはとりあえずは大成功(その1)

 そして2026年に第2回仁淀川町防災キャンプを実施しました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2026/08/post-22e428.html
(第2回仁淀川町防災キャンプ無事終了)

 今回は31人御参加者があり、19人が宿泊しました。

 二葉町内の参加者は5人でした。もっと今後は参加していただきたい。3年間で3回の広域避難、宿泊訓練、地元の皆さんとの真摯な地域間交流など「前例のない」成果もありました。二葉町の皆さんにも知っていただきたいので紙媒体二葉町防災新聞9月号をこしらえてみました。町内会回覧板でまわします。

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2026.08.30

水難事故防止の教育は必要

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 立秋が過ぎても残暑が厳しい。40度を超える「猛暑日」も珍しくなくなりました。学童が夏休みに入ると水難事故が目立ちますね。海や川での遊泳中の事故が多い。


 


 一方で学校での水泳の授業が減少し、泳げない状態で大人になる事例が増えるようですね・高知県では高知市立長浜小の児童がプールでの水泳授業中に亡くなる事故があり、指導教員が有罪になる判決も出ました。


 


 学校プールが老朽化し、多額の補修費用がかさむようで、授業そのものを中止する学校も多いという。私事ですが、私の場合父の転勤で小学校を5回も転校したことがあり、うち2校は学校にプールがなく水泳の授業は川での水泳でしたので、泳げないまま小学時代を過ごしました。中学になって泳げるようになりました。


 


 クロールができるようになったのは社会人になってからですから。


 


 日本経済新聞の記事も、水泳指導の在り方が変化したようですね。
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 結論はライフジャケットをt正しく着用し、大人も子供も水遊びすれば水難事故の確率は格段に減りますから。泳げなかった私は32歳からヨットを始め、いまや40年も海で遊んでいます。安全対策をきちんとやれば、海では遊べますから。
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2026.08.29

知事はやんちゃでなくちゃ

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 その言葉を聞いたのは、ちょうど20年前に沖縄へ行ったときに、沖縄のジャーナリストである義弟の友人と、友人と親しい経済人から聞きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/.../2006/06/post_ba08.html
(自立的発展の方程式)

「基地と公共事業と観光では外部的な要因が多く、沖縄へ永久に自立できない。」「基地経済が1500億円。物産関係は1300社の零細企業と、1000億円の関連売り上げがある。まもなく基地経済の規模を上回る事だろう。」
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「時代を「ナショナルブランドからローカルブランド」の時代が到来したと読み、銀座の1等地に140坪の店舗を1200万円の家賃で沈滞し、まかなえる経営計画や実行力は只者ではありません。「銀座でなければいけなかった。新宿、渋谷、池袋では失敗しただろう。」との信念は一体どこから来たのでしょうか?

 宮城さんを紹介いただいた玉城朋彦さんは「やんちゃでなければ駄目な時代。知事なんかも政府の言いなりでは傀儡でなめられる。政府に楯突いて要求していけばもっと予算も取れるし面白い。宮城さんは物産公社を大黒字にして県庁に追い出された人。橋本知事も最近おとなしいですかどうなっているの?」と聞かれたことでした。
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 文化や歴史や伝統にこだわることが価値を生む。それを繰り返し宮城さんも玉城さんも言われていました。これは高知にとっても大事な方程式であると思いました。
 基地移転問題で揺れる沖縄。「基地経済は経済効率が悪い。40%は流出するから」と言い切るご両人に沖縄の逞しさを見ました。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/.../09/post-d906c4.html
(知事は”やんちゃ”でなければ)2022年の記事

政府自民党の言いなりの自民党系の知事では、沖縄は常に軽視されます。関心も薄くなりますね。」
「むしろ野党系の知事の方が、政府自民党も沖縄と真剣に対峙するので、いい。本当の意味での対話ができますから。だから知事は”やんちゃ”のほうがいい。

 2006年に沖縄へ行き、義弟の友人で長年放送業界でジャーナリストの玉城朋彦さん(故人)とわしたショップ(沖縄県物産公社)立ち上げた宮城広岩さんの独自の見解でした。

 政党の組み合わせでは対立候補の自民党系が圧勝。ですが、そうなるかどうかはわかりません。
 案外接戦になり、現職が逃げ切るのではないかと思います。でもわかりません。
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2026.08.28

防災キャンプが地元紙に掲載

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 高知新聞2026年8月27日号にて「住民広域避難を想定 仁淀川町で宿泊訓練 高知市の30人」という小さな記事が掲載されました。(8月22日・23日と第2回仁淀川町防災キャンプが仁淀川町長者地区で開催されました。)

 2011年から二葉町と仁淀川町の「橋渡し役」をされ、とくに長者地区との絆づくりに多大な貢献をされている荒木三芳二葉町自主防災会副会長が取材されていました。
「訓練は施設の点検する意味がある。地区のみんなでここに避難できれば、コミュニュティが分断されずに孤立が防げる。今後も続けていきたい。」と的確に「仁淀川町防災キャンプの意義目的」を話しています。 

 また写真には、宿泊場所に今回指定されました長者公民館にて、昨年防災会で購入した折りたたみ式ベットをくみたてています。利用した参加者は熟睡できたと言われていました。

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2026.08.27

新左翼・過激派全書を読んで

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 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」(有坂賢吾・著・作品社・2014年刊)を図書館で借り、2週間の貸し出し期限内に読み切りました。

 著者の有坂賢吾氏は、なんと1991年生まれとか。35歳である。私の子どもたちより若いひとです。運動の実体験者でないので、客観的に根気強く新左翼のセクト(党派)の機関紙などを収集し、分類できたのであろうと推論します。

 私の場合は1968年(中学3年)時から、1976年(大学4年)まで、新左翼運動、社会運動から、多大な影響を受けてきました。田舎町の中学生・高校生は、当時の社会運動の渦の外周にいて、1番楽しいはずの「青春時代」のはずが、高校は卒業できなくなり、大学はまともに学校へ行けなくなり、情けない時代を過ごしました。
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 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」を一読して、当時の学生時代に関わりのあったセクトのいくつかは登場しています。書いてある主張や、組織の規約を読みましたが、「共感」できる主張は全くありませんでした。じつにつまらないし、全く共感を覚えません。

 特に違和感を感じた部分は「党組織論」について書いている個所でした。

どこのセクトとは申し上げませんが、以下のような記述がありました。

「同盟員の基本条件

〇同盟員はマルクス・レーニン主義を学び、その創造的発展のためにたたかわあにといけない。

〇同盟員は個人生活を同盟の政治生活に従属させなければならない。

〇同盟員はいかなる場合にも同盟の決定を無条件に実行しなければならない。

   中略

 同盟員の組織原則と組織構成

〇同盟の組織原則は民主集中制である。

〇同盟の下級機関は、上級機関の決定に従わなければならない。

〇指導機関に対して自分の意見を述べることができるが、いかなる場合でも、決定には無条件に従い、実行されなければならない。」

 いくつかの主義主張の異なる新左翼のセクトの規約を複数散見しましたが、「似たり寄ったり」の規約でした。

 私見ですが「マルクス・レーニン主義」という表現や考え方がそもそも間違っている。最近のマルクス研究によれば、カール・マルクス自身は「おおらかな」党運営体制を目指していたという学識者もいます。
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「マルクス・リバイバル」(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・佐々木隆治・監訳)を最近読みました。

そこには「神格化」されたマルクス像ではなく、おおらかなマルクスがえががれています。

「もし共産主義がより高度な社会の形をめざすのであれば、「各人の完全で自由な発展」のための条件を促進させなければならない。
 そのためには共産主義を、多くの「共産主義国家」が、そのプロパガンダにおいて掲げてきた「プロレタリアート独裁」と等置する代わりに、「自由な人間たちのアソーシェーション」というマルクスの言う共産主義社会の定義を再検討する必要がある。」(序章P3)

「1人の自由な発展が、万人の発展となりうる新しい共同体づくり」です。レーニン主義の(スターリン主義)の「1人は万人のために、万人は1人のために」という矮小化された党幹部独裁主義(民主集中制)という仕組みが全世界で共産主義や社会主義を矮小化させ、堕落させてしまった思います。
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 日本社会でいえば旧社会党や共産党、それらの既成政党を旧左翼として批判してきた新左翼セクトもやはり組織特性は「独裁的」でした。70年代は「連合赤軍事件」や「凄惨なセクト同士の内ゲバ殺人」を繰り返し信頼を失い消滅しました。

 最近読んだ著作では「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。

 重信房子さんは歴史の証人の1人です。1965年頃の明治大学2部での学生運動へのかかわりや、神田カルチェラタンの楽しさ、社学同から赤軍派への関り、1971年に中東レバノンに移動、30年おられました。日本に帰国後逮捕され、22年間獄中生活されました。運動論の誤り、方針の誤りも率直に認められています。
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 重信房子さんお「手記」からすれば、「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」は、無味乾燥な記録です。運動体験のない、若い人が「記録」して新左翼の運動を表記したことに価値がありますね。

 私の感想ですが、いまはどの新左翼のセクトにも共感はありません。「50年前はどうしてこんなレベルの低い、自由度のない新左翼セクトに影響を受けていたのだろうと思いました。」馬鹿でしたね。世間知らずでした。

 後年30歳代になり、人から勧められてJC(青年会議所)に入会し、9年間活動したことがあります。自由度の高い組織体でしたので、当時は「都市再開発セミナ-」を3年間運営した事がありました。市民参加の概念は、アメリカの市民社会が先進的であることに衝撃を受けました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-b2b5.html
(「都市開発を考えるを」再読して)2010年

 当時の教本は「都市開発を考える アメリカと日本」(大野輝之・レイコ・ハべ・エバンス・著・岩波新書・1992年刊)でした、その中に「市民参加の梯子段」というアメリカの社会学者シェリー・アーンステインの定義がありました。

「アーンスティンによると、住民の参加とは住民に権力を与えることだという。また権力のともなわない「参加」はなきに等しいともいう。
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 住民が住みたいと思い、こうあるべきだと考え都市を創っていくという目標を実行する力が与えられている、ということが真に「住民参加」のある都市づくりだというわけである。このような住民の力(権力)の度合いを大雑把にいって8段階に分類して説明しようとしたのが、アーンステインの「参加の梯子」である。

 最も最上段の住民権力が最強で、住民がコントロールを握ってその目標を果たしえる状態である。反対に、最下段は住民は都市づくりに対する彼らの目標を果たすに必要な権力は何一つ与えられない状態である。

 権力者たちが世論操作として、意味を曲解したまま「住民参加」とか、たとえば、すでに権力者側が決定した事項を黙認する役割しかない形だけの諮問委員会に、住民を任命することである。(形式的参加機会増大)

 引用が長くなりましたが、地方権力を掌握することこそが、真の住民参加なのです。そうした問題意識はこと高知市や高知県の役人も市民も皆無です。

 新左翼を含めた左翼勢力が衰退した原因は、「党組織が民主化していない」ことに尽きるのではないかと思います。いくらマルクスの思想が魅力的であっても、それを現実の社会で実現するための運動体やセクトが閉鎖的であり、独裁的であり、市民参加の要素を排除した形態であったので、社会から淘汰されたのではないかと私は思います。

 馬鹿な私がこう考えることになるのに「58年間」かかりました。

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