2012.05.22

「蓮如ー聖俗具有の人間像」を読んで

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 「蓮如ー聖俗具有の人間像」(五木寛之・著・岩波新書・1994年刊)を読みました。4月の下旬に良性頭位性めまい症になるぐらいに精神的な疲労があり、読書が出来ませんでした。

 とぎれ途切れの連休の休みの間に、ヨットで海へ出て充電し、高齢者の父や母に付き合って結果気分が転換できました。それで元気が回復したので読書をしました。

 五木寛之氏の「親鸞」という著作を最近読みました。従来の印象を覆す「やんちゃな」親鸞。まるで「青春の門」の主人公のような活劇的な親鸞に親しみを覚えたことでした。

 個人ブログ記事「親鸞を読んで」参照
 
 親鸞が開祖した浄土真宗も、時代が下ると、衰退し、分派がいくつもあり、混乱していました。また蓮如が生まれた時代は、室町末期で、応仁の乱が勃発し、地方も都も秩序が乱れていました。

 蓮如は京都の東山の本願寺に僧侶の子として生まれました。しかし暮らしは貧しく、ひなびた寺の住職の代表にもなれず、40歳の頃まで雌伏の毎日でした。母親も当時身分の低い階層の人らしく,蓮如を生んでほどなくいなくなりました。

 蓮如も妻帯しますが、貧しさゆえに7人の子供たちを育てることが出来ず、奉公に出したり、養子に出したりして悲しい離別の思いもしています。

 43歳のときに父親が亡くなり、嫡男との争いに勝利はしたものの、わずかな寺の財産もすべて持ち出して逃げたため、蓮如にはきびしいスタートであったようです。

 でも庶民の力強さに日常生活で接し、生い立ちの不幸もあり、43歳まで下積生活をしていたことをばねに、蓮如は爆発的に布教活動にまい進していくくのです。

 五木寛之氏は親鸞と蓮如を対比させ、こう書いています。

「親鸞は「貴種流裡」の聖人でした。どんなに「とく」を自称し、野のひじりとして貧しく生きても、その身辺にはおのずと精神の貴族性がオーラのように漂います。彼は貴族の子として生まれた、いわば「乞食王子」なのです。

 蓮如は、さびれはてた寺に、「いやしき女」の子として生まれました。いわば「卑種栄達」の俗人です。こういう人が成金めいた振る舞いをするのは、ある種の切なさがあって、わたしは嫌いではありません。

 蓮如の同胞意識は、彼の思想の結果ではありません。おのずと人と差別なく接する体質だったと思います。彼が親鸞思想の本質を正しく理解しえていたかどうかは、論議のわかれるところです。

 しかし、私は蓮如が親鸞の教えの中に自己を救われる何かを発見し、親鸞を「たのんだ」と思います。そしてそれを同じ立場の人に伝えたいと、真剣に心から願ったと感ずるのです。
 
 親鸞には「あしきおのれ」への深い理解がありました。蓮如には「いやしきおのれ」への熱い自覚があったと思うのです。そんな蓮如にいま私は心惹かれるところがあります。

 親鸞を父、そして蓮如を母と感じる人々はすくなくないのではないでしょうか。

 人は一瞬きらめくときがある。それが人間の魅力というものです。聖と俗が切り離しがたくからみあった1人の人間として、彼と平座でむかいあうことこそ蓮如を理解する唯一の道だとわたしは思うのです。」(聖と俗のあいだに P179)

以前五木寛之氏は、エッセイ集の「他力」のなかで、蓮如のことをこう書いていました。

 蓮如は大衆の間に入っているだけに言葉に説得力があります。


 「難しいことをやさしく」 
 「やさしいことを深く」
 「ふかいことを広く」

  それこそ市民運動・社会運動の極意でしょう。

 浄土真宗は日本で1番多くの信徒を今でもいるとされています。信長と正面から対立し、門徒の多さから、東と西の本願寺に家康は分けました。時に権力者と対立、あるいは迎合しながら、しっかりと根を下ろした宗教の1つです。

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2012.05.21

南海地震が来れば水没する地域で電線地中化工事とは

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 国土交通省が多額の費用を費やして、国道32号線の知寄町2丁目付近で「電線地中化工事」をやっているようです。

 正直驚きました。私の住む隣町の二葉町も工事をしている知寄町2丁目付近も、南海地震が起きますと最大2メートル地盤が沈下し、液状化するといわれている地域です。そして長期浸水する地域と言われています。

 電線を地下に埋め込む意義はどこにあるのでしょう。水没しても電気や都市ガスは使用可能なんでしょうか?

 国土交通省の関係者に伺いたいです。もし水没して使用不能であるならば、ただちに工事をちゅうししていただきたい。そんな工事よりも国道32号線と56号線にある歩道橋を津波避難タワーの機能がある高さに立て替えていただきたいのです。

 道路沿いの住民の命を津波や浸水から救う施設を国土交通省は建設していただきたいと思います。

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2012.05.20

はりまやSTORY10周年に行きました。

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[松田雅子さんが発行しているフリーペーパー「はりまやSTORY]と、谷ひろ子さんが作成されている「はりまや橋かわら版」です。)

 「はりまやSTORY]というフリーペーパーは、はりまや橋商店街近辺の情報を伝達するフリーペーパー。松田雅子さんが編集・発行されています。発刊10周年と言うことで、記念事業があり、フェイスブックを通じてのご招待がありましたので、出かけました。

 思えば私にしても、毎週金曜日は母(86歳)が、はりまや橋商店街の広場で開催されている「活き活き100歳体操」(介護予防体操)へもう5年ほど前から参加させていただだいています。そんな義理もありましたので、参加いたしました。
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 (母(86歳)は常連です。要介護1で軽い認知もありますが、体操のおかげで進展していません。)


 まず主催者の松田雅子さんからの挨拶がありました。「商店街の皆様の励ましがあったからこそ、10年も続いてきたとのことでした。」
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 続いて第一部はおかみさんシンポジウム。司会進行は畠中智子さん(フリーファシリテーター)です。

 登壇者は、はりまや橋商店街布工房「めろでぃ」のおかみさん。鏡川河畔料亭濱長のおおおかみさん。はりまや界隈パーキングと賃貸業をされているおかみさん。魚の棚商店街干物屋のおかみさんたちでした。
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 わたしなどが子供時代に微かに覚えている昔の播磨屋橋界隈の話が出ていました。とても懐かしい。

 話が「よさこい踊り」になりました。最初は商店街の活性化のために、徳島県の阿波踊りを視察。高知へもよさこい踊りをこしらえるということで、濱長の浜口八郎氏(おおおかみの父親)などが発案し、広めたそうです。

 当初「よっちょれ、よっちょれ」という言葉や「爺ばも。婆ばもよう踊る」という文言が酷いと言う批判も一部にはあったそうです。「鳴子と持つ。前進する。よさこいの一節をいれる。あとはフリー」という3つの制約以外は自由にしたので、大発展しました。

 おかみさんたちは、身内がよさこい踊りの考案者であったり、自分たちも子供の時代から踊っているだけに話はつきませんでした。

 鳴子の変わりにとり皿4枚を鳴子代わりにして、巧みに踊るおかみさんもいました。
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 続いて休憩タイムとなり、食堂よしので、おかみさんたち手作りの料理が振舞われました。それがめちゃくちゃ美味しいこと。ついつい許容量を超えて食べてしまいました。
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 リトルプレイヤーズ・シアターの子供たちのダンスを見せていただきました。
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 第2部は音楽ライブです。最初にSWAN FREEのライブ・ステージがありました。
リトルプレイヤーズ・シアターの子供たちのダンスとコラボして盛り上がりました。
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 続いて小笠原献一&ちあきライブがありました。迫力あるステージでした。
いも天君[芋のてんぷら(とフルトマちゃん(フルーツトマト)の人形が踊り盛り上がりました。
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 最後は「おかみの夢かなえます」ということで、濱長のわかおかみが「八松任谷由美佐子」として、ユーミンの曲を熱唱しました。濱長の芸妓さんたちの踊りも披露されました。
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 午後4時から午後8時半までの長丁場。主催者の松田雅子さんの疲れ様でした。
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 観客の多くは動画を撮影していたので、動画投稿サイトに後日出ているかもしれません。

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超高齢の父も母も元気です

  昨日はまる1日、夜須でヨットでセーリングしていました。英気も養い癒されました。今日は午前中は父(92歳)のリハビリであるゴルフ練習場へ連れて行きました。元気に打っていました。
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 午後からは母(86歳)が「みかんが食べたい」と言うので、近くのスーパーまで歩いて散歩に付き合いました。
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 両親は現在「要介護1」です。介護度を進行させない努力は家族として精一杯するつもりです。

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路面電車を高知市の観光資源に活用すべき

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 全面広告された路面電車の土佐電鉄の電車。高知の路面電車は「観光資源」になります。路面電車の走る都市は二歩に26都市しかないはずです。

 前世紀の遺物の様に言われていましたが、今やLRTとしても活用できそうです。環境にも高齢者にも優しい公共交通機関ですから。

 観光資源の少ない高知市などでは貴重な観光資源の1つであると思います。もっと路面電車を活用すべきであると思います。

 路面電車とJRの連結や、バス路線との連結など地方都市なりの活用を考えるべきでしょう。

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2012.05.19

朝から晩まで 海で遊びました

 1週間前は、18年ぶりにヨットレースに参加表明。前日から周到に準備していました。しかし起床時に激しい回転性のめまいに襲われ、セーリングを断念しました。

 今日は朝8時過ぎには香南市夜須のヨットハーバーへ到着しました。上天気です。
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 ぎ装(ヨットの組み立て作業)は楽しいです。リズムが陸から海へ変わって行きます。
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 ヨットが組み終わったら、完全に海のリズムになっています。今日はシニア・ヨットクラブのTさん、Wさん、Kさんが来られました。
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 結構風が吹く予報でしたので、洋上での写真はありません。午前中はそこそこ風があり、赤岡まで夜須から2回往復しました。6m程度の風も吹いていましたから。

 フルハイクまでは行きませんでしたが、今日の夜須の海は波がなく、風もそこそこ吹き快適なセーリングが出来ました。お昼を食べまして、午後からもセーリングをしました。

 お昼と言えば以前は常連でありました国道55号線沿いのおむすびだるま。閉店しているようでした。どういう事情なのかはわかりません。
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高知自主防災会市民ネットワーク

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 5月17日付朝日新聞高知版「高知の住民団体 連携し情報交換 「防災ネット」構築へ」という記事が掲載されていました。いつも二葉町自主防災会の活動を丹念に取材いただいている前田智記者によるものです。

 5月11日に、やえもんまちづくり委員会代表の和田陽一さんの呼びかけで、高知市役所災害対策部地域防災推進課との意見交換会を、下知・やえもん、潮江。愛宕、東石立などの自主防災会との間で行いました。

 市防災対策部と自主防災会有志との意見交換会
 
 その場で合意したことは「要求実現型の協議の場ではなく、行政側と住民側相互が信頼感を持って、意見交換し、持っている情報を出し合って情報を共有化していくこと」を目的に定期意見交換会を行っていこうというものです。

 今後の展開は記事にあるように、自主防災会相互の情報交換を行い、先進事例にお互い学び、行政側とも真摯な意見交換しながら、南海地震の防災対策を推進していこうというものです。
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参加者が増加した活き活き100歳体操

 5月18日(金曜)は、午前中は、父(92歳)の通院の日。1時間点滴をします。診察の結果は良好。クレアチリン値は横ばいであり腎機能は悪化していない。減淡白食の食事療法と適度な運動、水分補給が良かったようです。

 昼食後の午後は、母(86歳)を連れて、高知市はりまや橋商店街で午後2時から毎週金曜日に開催されています「活き活き100歳体操」(介護予防体操)へ行きました。

 魚の棚商店街のパン屋で、卵ドーナツ(5個で320円)を購入しました。
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 はりまや橋商店街を散策し、お菓子を買い込んでいました。
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 今日の活き活き100歳体操は、季節がいいのかいつもより参加者が多く、15人おられました。女性ばかりお元気な高齢者が参加されています。そのなかでもうちの母は1番の年配者になっているようです。
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 「腰が痛いから行きたくない」とごねていましたが、説得して連れてきますと、そんな話はどこえやらです。やはり高齢者は動けるうちは運動しないと駄目ですね。家族も忍耐づよく高齢者のサポートをしないといけないと思いました。
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 知り合いのHさんにはりまや橋商店街で会いました。お話をしました。IT機器に詳しい人で、モバイル機器を見せていただきました。スマートフォンに、アンドロイド端末。
なんでも「UQモバイル」というシステムに加盟しているとか。

「一種の無線ルーターだが、有線に一台パソコンにも使える。最大8台のパソコンやルーターにつないでネットができます。料金は月額3800円。それまでは機器一台ごとにネット通信料契約をしないといけなかったが、これ1台で8台分の通信費をまかなうというわけ。」

「メールができないのが欠点でしたが、ニフティの会員などになれば、そちらのメールが使用できますし。」

 とかHさんは詳細に、親切に説明いただきましたが、正直「ついていけません」。つくづくこうしたデジタルの波には乗り遅れていることを思い知りました。

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「靖国の戦後史」を読んで

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「靖国の戦後史」(田中伸尚・著・岩波新書・2002年刊)を読みました。4月の連休前は仕事が立て込んでいまして、「良性頭位性めまい症」でダウンし、1週間程度読者が一切できませんでした。

 とにかくパソコンでの作業が苦痛でした。世間様の言う大型連休(うちは4月30日と5月4日は出勤)に入り、サポートですが2回海へ行きセーリングしたのでようやく調子が戻りました。

 さてこの本は「重たい」ですね。テーマがテーマだけに。3月に井上古書店で390円で購入していました。ようやく読み終えました。

 扉に著者がこの本の目的を的確に書かれています。

「GHQの神道指令から小泉参拝いたる半世紀、国家の靖国関与や了承なき合祀の動きが様々な形でくり返されるなかで、それに異議の声を上げ、裁判や言論の場で闘ってきた人々がいた。

 数々の事件を取材しながら、戦後日本が政教分離や戦争責任の問題にどう向き合ってきたのかを振り返り、国家が死者を追悼する意味を問う。」

 小泉内閣時代に書かれています。アメリカの「忠犬」であった小泉純一郎氏が、靖国参拝を繰り返していた時期でした。

 敗戦後国家神道は、占領軍により解体されました。敗戦後靖国神社は再生され、日本国内の国論は分裂し、対立構造を作り出してきました。その理由を知りたくてこの著作を読みました。

 キリスト教や仏教の宗教関係者から親族の靖国神社に合祀されているので、取り下げていただきたいとの要求が戦後も数多くありました。靖国神社側はその要求をことごとく拒絶してきました。靖国神社側はこう回答しました。

「靖国神社は、その創建の由来が明治天皇の「1人残らず戦死者を祭るように、いつまでも国民に崇敬されるような施設(神社)を作れ」との御聖旨により創建されたものであるから、遺族や第3者が、祭ってクレとか、祭ってくれるなといわれても、そのような要求は断らざるを得ない」(P118「池田権宮司」)

 キリスト教や仏教やその他新興宗教の信者は日本に数多くいます。その信徒が自らの宗教的な信条と何の関係もなく、断りもなく合祀されるのは耐えられないという訴えはよくわかります。

 靖国神社は「別格」の宗教団体なんでしょうか?

 ある町で町内会の会費の中から地域の神社に寄付がされていました。転入してきたキリスト教徒の人が、抗議し、寄付を拒絶したそうです。そしたら町内会幹部はこういったそうです。

「あなたは個人の宗教と公の宗教を混同されています。あなたが個人としてキリスト教を信仰されるのは自由です。しかし神社はこの町の「公の宗教」です。

 神社に反対するひとは日本人じゃない。」と。

 また旧植民地の遺族の人たちは、(敗戦後外国人とされ)遺族授護法の対象からはずされているにもかかわらず、死没した肉親のなかには靖国神社の英霊とされ、合祀されているひとたちがある。」(P40)

 この問題も大きな問題であり、韓国や台湾の遺族の人たちからも合祀の取り消しの要望も出されています。

 筆者は「なぜ国家が追悼するのか」という項目の中で次のように述べています。

「こうした戦没者のための国家儀礼の施設についてのこれまでの議論には、国家はなぜ戦死者を追悼するのか、国家の追悼はなぜ感謝と敬意なのか、戦死者を一様に「命を捧げた」と称えるのはどうしてなのか。

 なぜ死者は犠牲者とされ、被害者とされないのか。なぜ国家はそのような施設を必要とするのか。そのような国家装置こそ国民に新たな死を強い、戦争を繰り返させてきたのではないか」P236)

 グローバル化する社会と国家儀礼装置についてもこう述べています。

「時刻の戦死者のみを記憶する装置は、他者や少数者を排除する狭隘なナショナリズムを継承する装置になる危険性をもつという。

 戦争をどう記憶するkという仕組みに関しては、むしろ変化しつつあるグローバルな世界において、今後数10年のうちに、これまで欧米における20世紀の「普通のナショナリズム」のモデルとして継承されてきた記念碑的な装置や儀式は変革を迫られる。
 
 新しい戦争の記憶のシステムには、なによりも「彼我の死者」の境界をまたぎ越して、単一ではない、個々の記憶を共有しあう営みこそが必要だという。」(P237「グローバル化の中での国家儀礼装置」)

 なかなか考えさせられるテーマの著作でした。いろんな立場の人たちに一読をお薦めします。

 個人ブログ記事「靖国神社へ行きました。」

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2012.05.18

ツアーバス会社の運営形態が問題

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 長距離ツアーバスが、関越自動車道で大事故を起こした後の高知新聞記事。

 ツアーバス会社が価格競争をし、運転手の待遇にしわ寄せが来て、安全が脅かされるとの記事でありました。中途半端な「規制緩和」が事故の原因ではないかとわたしは思います。

 以前バス会社の経営者と話をしたことがありました。こういいます。

「日本製の観光バスは一台3000万円します。10年間稼動させます。同じ仕様のバスが韓国製であれば1500万円で半値です。そのバスを購入したいのですが、いろいろと規制があり購入が難しい。また車検の問題もありますから。」とのこと。

 規制緩和を一方でする反面、あいかわらずの「業界保護」だけは堅持している「裁量行政」こそが、今回の大事故の原因を作り出していると思いました。

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2012.05.17

太陽のエネルギーを取り入れよ

  先月月に1回整体にいくのですが、療法をしていただいている間、老師(85歳)の言われた言葉が忘れられません。

「人間は口から食物としてだけエネルギーを取り込むだけではない。太陽のエネルギーを体に取り込んで元気にならないといけない。」といわれる。

「正しくとりいれると、そりゃあ元気になる。ところが最近は日傘をさしてエネルギーの取入れを遮断する人もいる。もったいない話だ。太陽のエネルギーは無料だ。最近でこそ太陽光発電とか言っているは、人間もまた太古のの時代から太陽からエネルギーを取り入れていた。

 取り入れるためにはエネルギーを発散しないといけない。発散すればすばやく充電することだ。そうすれば元気になる。」
 
 凝りやゆがみが体にあるときちんとエンルギーが取り込めない。だから整体で体のゆがみを正すことなんです。

 老師は後15年間、100歳まで整体を続けるそうです。見習わないといけない生き様ですね。

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2012.05.16

WEB上で社会的な議論は可能なのか?

 よく言われるように日本は学校社会で「ディベート」の習慣がないし、社会的訓練がなされていないからであるとも言われていますね。ですので「しょうもない」自己啓発セミナーが流行していますね。実におかしな現象です。

でもどうしたら米国のようにブロガーが大統領選挙にも関与するだけの力を日本でも持てるのか。そこに言及した議論は残念ながら見つかりませんでした。

 異質の存在や意見を受け入れ、自己主張をできるようなフェイスブックやブログでの交流が広がれば、世論が社会に初めて影響が与えられると思います。日本はまだまだであると思います。

 2008年9月に個人ブログで「社会性を持った議論をしよう。」との記事を書きました。

  社会性を持った議論をしよう(2008年9月投稿)
  
 フェイスブック上にも「政治を語ろう」とかいうグループも散見しますが、主張が偏っていて、「異論を排除する」「一方的に賛同を強要する」ような議論を排除する全体主義的な傾向でした。「改革を標榜する」みんなの党の支持者や、橋下徹大阪市長の支持者にそうした「独善的傾向」の政治グループ(?)が多いようで笑ってしまいました。

 WEB上で実名で正論を言うのが怖いのか、匿名掲示板で憂さを晴らす習慣が日本では長く続いたのかもしれません。必要以上にWEB上で自分を出さない人や、自己主張しない人が多すぎます。

 今日食べたご飯お話や、宴会風景や、景色のばかりの書き込み。または自己啓発的な宗教的な書き込み。自分の会社の宣伝ばかりしている人などざまざまですね。「文は人なり」と昔の人は言いました。自分の書く文章で全人格とは言いませんが、かなりの部分が表現されていますいから。

 「人は見かけが9割」と言いますが、ブログやフェイスブックでの記事の投稿で、自分自身の「すべて」は表出しているぐらいに考えて投稿すべきでしょう。

 私などは隠し事や秘密はありませんので、自己主張もしています。ある意味偏った主張も多いでしょうが、原則「異論」をある「政治グループ」のように排除はしません。主張の異なる者同士の議論はかみ合わないことが多いのですが、我慢して相手の主張を聞き、冷静に意見交換しています。合意は決してないでしょうが、それでいいんではないかと思います。

 それで冒頭の「社会性を持った議論」ですが、道は遠いとは思います。でも議論に参加する個人個人が少しずつ、自分と異なる主張を持つ人の議論を我慢して聞くことができれば、すこしは議論に「社会性」が出てくることでしょう。それまで社会が成熟するのか。そのあたりは日本の市民社会の正念場でありましょう。

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2012.05.15

沖縄が返還されて40年

  今日は沖縄が日本へアメリカから返還されて40年であるといいます。それが沖縄県にとってすべてハッピーかといえばそうではありませんでした。変換後も米軍基地の大半は残され、日本にある米軍基地のなんと75%が、あの狭い沖縄本島に立地していますから。
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 米軍兵士による犯罪と、騒音、墜落の恐怖は沖縄の人たちを脅かしてきました。基地による経済効果も年々低下してきています。基地があるゆえの雇用よりも、基地返還後の土地利用による雇用誘発効果は10倍以上になっているようです。米軍基地は沖縄には必要はありません。。基地経済は数%に過ぎません。もはや米軍基地は「迷惑施設」になっています。経済的に見た場合はそうです。
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 ただ沖縄の地政学的な位置。隣国中国の軍事的な脅威が加わると話は別です。ここで考慮しないといけないのは、米軍はなんのために沖縄にいるのかということです。やはり米国の国益のためにいるわけであり、日本を守るガードマンとして駐留しているのではありません。

 2次大戦に日本が無残に敗戦するまでは米軍は沖縄にはいませんでした。敗戦後東洋一の軍事拠点として米軍は沖縄を活用しました。沖縄米軍基地の存在がなければ、米国は朝鮮戦争もベトナム戦争も、イラク戦争もできなかったのですから。米軍の世界戦略の重要基地に沖縄はあります。

 見方を変えれば、米国と敵対する勢力からすれば、沖縄の米軍基地を先制攻撃し、無力化すれば米軍を太平洋から駆逐することが可能になります。攻撃対象の沖縄には140万人の沖縄県民が生活しています。

 基地があることで、かえって安全が脅かされる脅威があります。

 また5月15日は義母の命日でもあります。1997年に逝去しました。もう15年になります。昨年義母の居住していた家屋も処分しました。沖縄は遠くなりました。

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2012.05.14

今年は牧野富太郎さん生誕150年です

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(日本経済新聞の1面コラムは 牧野富太郎評)


 今年は高知出身の植物学者・牧野富太郎生誕150周年といいます。そのことを日本経済新聞1面コラム「春秋」で知りました。地元でありながら、牧野富太郎氏を顕彰する行事やイベントには気がつかない。

 明治の文豪森鴎外と同じ年であったというのも初めて知りました。このコラムにあるように「植物と結婚した人」「植物の化身」のような人でした。

 牧野植物園には、驚くほど繊細で正確な植物画が展示されています。牧野氏自身の作品ですが見事なもの。書籍になっていましたので購入したほどです。

 また桁違いの借金王。そのことも全く気にしない。「君たちは僕のような大学者にお金を貸しているのですから名誉なことです。」なんてことも言われていたらしい。借用書も展示されています。

 それでもどうにもならず膨大な植物標本を売るしかないというときに、神戸の資産家が現れ牧野富太郎氏を支援し、貴重な植物標本の散逸は免れました。

 天衣無縫な牧野富太郎さん。でもご家族は大変であったと思います。特に奥様は偉いと思いました。

 牧野植物園には牧野富太郎さんの生涯や業績をわかりやすく展示されています。見ていて飽きの来ない展示です。

http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/whatnew1/satomi/satomi1.html

 驚くべき絵の才能です。写真よりリアルに植物を表現されています。

http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/whatnew1/satomi/satomi2.html

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どうなっているガソリン価格

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 一時155円になっていたガソリンが、また乱売で安くなり、148円に。全くどうなっているのかわかりません。

 不安要素は依然イラン情勢。欧州の経済危機が前面に出てこのとこと報道がありませんが、イランもイスラエルも「こわもて国家」で実力がありますからね。

 年末まで気が抜けません。

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2012.05.13

今日は母の日 86歳の母と散歩しました

  午前中は父(92歳)のお付き合いで、ゴルフの練習と車の運転の練習。昼食後は母(86歳)と近所の界隈を散歩しました。

 白髪で、たれ目で、頭が大きく、話好き。人見知りもしない。余計な世話好き。学校の成績も悪いところなどはすべて母から受け継いでいます。父の遺伝子が少し継承しておれば、学校の成績はもう少し良かったかもしれませんが。

 最近は筋力が落ち腰が曲がり気味。散歩に連れ出して歩きました。歩くスピードが遅いので、私も我慢しながら歩きます。

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 今日は「母の日」らしい。それで近所のお菓子屋で焼き菓子を買いました。母は常連になっているらしくスタンプ帳まで所有していました。「甘党」なところも母の影響でしょう。

 今日は1日、爺さん・婆さんお付き合いで終わりですね。

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父のゴルフ練習にお付き合い

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 新緑の5月感じます。朝8時過ぎに父を連れてゴルフ練習場へ向かっています。昨日はどうしてめまいでヨットレースへでられなかっあtのか、かえすがえすも悔しい。家内は「あの風なら、大怪我していたかもしれないし。良いほうにか投げなさい。切り替えなさいよ。」とたしなめられました。それにしも・・・お天気同様に自分の身体もコントロールできませんね。

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 父は元気に打っておりました。近くの打席では爺さんと孫が練習していました。
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昨日のどん吹きレースを高知新聞が報道

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 5月12日開催の「龍馬杯ヨットレース」。高知新聞28面地域欄に記事がありました。昨日はめまいで出場は出来ませんでしたが、ちょうどハーバーへ行ったときには、風まちして出艇しているところでした。ちょうど報道の方もゴムボートで出られるところでしたので、お手伝いを少しだけしました。

 高知新聞の徳澄記者が果敢にゴムボートに乗り込まれ、どん吹き海面の様子を写真に撮られていました。

 また取材をされていた本レース最高齢者の高松市から来られた藤沢逸郎さん(67歳)。セール番号11137はシーホッパー・スモールリグであの強風で悠々とセーリングされています。1度陸に上がってこられて時に聞きますと「今日は」フルハイクでしんどかった。もう2メートル風が弱かったらわしのもにゃったがの」と若々しい。

 藤沢逸郎さんは夜須のジュニア・ヨットの大功労者。1098年に当時高知青年会議所が「中学生のためのヨット教室」を開催した時に、主任指導員として高松のヨット仲間とともに中学生の指導にきていただきました。もう23年前のこと。44歳で若々しいですよ。
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 同じ日にわたしも補助員で中学生相手に指導していました。
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 なにもないビーチは、今ヤッシー・パークになっています。

 1989年の中学生のためのヨット教室。


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人が大勢集まっているようですが・・

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 路上にはたくさんの自転車が止まっています。中をのぞくと大勢の高齢者が集まっています。なにかの説明会なんでしょう。それにしても高齢者ばかり。健康食品カ、健康器具の宣伝活動なんでしょうか?

 だいたい半年ぐらいいて、またどこかへ移動しそこで半年滞在。そういえば、昔近所にもありました。

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2012.05.12

龍馬カップに参加できませんでした。。

  18年ぶりのヨットレースへの参加です。レース志向ではないので研究もしていません。多分中学生や高校生にも置いていかれることでしょう。冬場に食べすぎでおなかがでてきているので、少しはダイエットになればとの思いでエントリーしました。実に不純な動機。真摯なレース志向の皆さんには失礼な奴ですね。

 県内外から参加者がいました。

 レースの帰趨は」スタートで決まりですね。それがわかりません。とあれこれ想像し、昨晩すべての準備をし早朝から活動しはやめに夜須のハーバーへいくつもりでした。

 ところが起床すると同時に目がまわります。4月27日と全く同じです。1時間待機して様子を見ましたが、よくならないのでYASU海の駅クラブで電話し、最初から無念のリタイヤです。

 症状が少し治まったので、タクシーで横田胃腸科・内科へ行きました。横田先生は「今日はレースは?」と言われます。「まためまいが出てキャンセルしました」と言いました。血圧測定は125-60で異常なし。眼球もおかしくない。「めまい止めの注射を打ち薬も出しますから。」という診断でした。帰りもタクシーで帰りました。

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(途中南国市の道路ぶちですが新緑が綺麗でした。)

 昼ごはんもなんとか食べれたので、夜須のハーバーへ行きました。そしたらまだ皆出艇していません。事情を聞きますと、あまりに風が強いのでレース委員長が出艇させなかったようです。ほどなく皆出艇していきました。
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 少し出艇を手伝いましたが、後することはないので、ヤ・シィパークの事務所へいきました。久しぶりにスタッフの皆さんと懇談しました。

 しばらくして戻ると1レースだけして、あまりに強風なので、一時中止にし陸へ皆が上がるようでした。
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 Tさんのヨットはマストが強風で折れたようです。
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 1時間ほど待機して「強風でも乗れる人に限りレースをします」という公示があり、再びみなさん海へ出て行きました。
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 本当に悔しいです。次回は体調をととのえ海に浮かびます。

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