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2007.08.05

感動のある人生とは? 8月10日(金)

Taki

西村 今月の「けんちゃんのどこでもブログ」のゲストはbeauty colosseum BonberBoonを経営されている美容師の好浦銧一さんです。また好浦さんは文集「うさぎ」童話担当 宇佐木ぴょっ吉 とペンネームをもたれていて自然とたわむれながら作品を制作されています。

 また「テーマパーク四国(ネイチャーアトラクション88ヶ所)」四国をテーマパークにしよう!「明見川にホタルを飛ばそう会」明見川をきれいにして、ネイチャーアトラクションにしよう!という活動も活発にされています。
 今回のテーマは「感動のある人生とは?」でお話をお聞きします。

  好浦さんは感動についてこういわれました。
 「美味しい」「気持ちよい」など感じることであるとのことでした。今ひとつよくわかりません。説明をお願いします。

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好浦 感動ということは、日常で使う感動と言うことばがありますけれども、僕なりに分析をしてみました。「美味しい」「楽しい」「美しい」「気持がいい」「可愛い」「ほっとする」大きく分類したら、「すごく」を付け加え「すごく美味しい」「すごく可愛い」「すごく楽しいとか」そこにみなさんが感動したという言葉を使うわけですよ。

 けれど僕が言いたい感動は、すごく美味しいでも、すごく楽しいでも小さな日常にあるそういうものも含めて感動と言っています。それを理解していただければ良いのです。

西村 好浦さんは日常のなかでの小さな感動が大事であると言われていました。
大きな感動、小さいな感動というものがあるのでしょうか?具体的にはどういうことなのでしょうか?
Baiku2


好浦  具体的に言うと桜の花を見ますと、「すごく感動した!」という人もいれば、それを1日置いておきますと、その感動は薄らいでいます。
 それでわかるように感動と言うものは、感動を対象とするものではなく、感動を感じる受け取る側の感性と思うんですよ。

 大きい小さいと言うのは。相手の大きい小さいではなく、受け取る自分の側が大きい、小さいを感じている。だからものではなくて、自分だということでうす。

 そんな感動を掘り起こしているところです。


西村 好浦さんは毎月第3水曜日にサエン場などで、「感動劇場」を運営されています。そこで参加者に何を訴えたいのでしょうか?
最近は好浦さんのお店の2階で「ほんで高知はえいがよキャラバン」を主催されておられます。今後も継続されるのでしょうか?
Yoshiura_r

好浦 それをやっている理由は、小さな日常にある当たり前の感動。「美味しい」「きれい」「気持がいい」「ほっとする」。身近な日常にあるものを皆さん無意識にしています。自分も無意識にしています。
 けれども無意識を意識することで、みなさんに気がついてほしい。

 試みというか。試験的にためしています。その試みは続けていきます。

西村 私も好浦さんところでも「感動発表会」に参加したことがありました。お店のお客さんやら、お知り合いの人達が雨にもかかわらず来られていました。参加者のみなさんの感想や、意見はどのようなことだったのでしょうか?
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好浦 今まで4回開催しました。主に1回目と2回目は「どうしてこの会をしているのか」とか、「その目的」を説明をしていました。
 それをしておいて後で参加者の皆さんに発表をしてもらうということを想定していました。でも説明ばかりになりまして、1回目、2回目来ていただいた人は、3回目以降来てくれていません。

 3回目からは参加されたみなさんが自分の感動したことの発表をお話されるようになり、それから楽しいからと4回目もまた来てくれる様になりました。
 4回目に初めて来られた人もすごく楽しいので、また今度次回も来てくれるとお聞きしました。

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西村 好浦さんは「小さな感動は大事」と言われています。好浦さんところでの[感動発表会」でもいろんな人が感動についてお話をされていました。
 その場は盛り上がりますが、今になると何を皆が話されていたのかわかりません。そういう「刹那的」な感動でよいものでしょうか?


好浦 刹那的という言葉の意味を知らないので。一時的なものという感じなおでしょうが。それで良いんでしょうか?と言われますが、それでいいのです。
 僕はみなさんが感動されていたことを、こまめに記録しています。日常で感動して、感じている。それをデータをこしらえていくことが、これからの世の中、地域おこしにしても全てにおいて。

 仕事においても、マーケティングにおいても大事ではないかなとも思います。

西村 好浦さんはブログのなかでこういわれています。
人間は何のために生きているんだろう?
そんな難しいことなんか、死ぬまで解らないと思っていました。

「でも、先日、お金って、いったい何に払っているんだろう?と、自分に問い詰めてみたら、「あっ、こんなに簡単なことだったんだ・・・」と、僕なりに納得してしまいました。

 どんなに時代が移り変わっても、普遍のことが解ってしまいました。

人は、命をつなぐためと、もうひとつ、感動するために生きていたんだ。って、納得してしまいました。自分を素直に認め見つめてみたら、案外簡単にわかってしまいました。」
 お金はなんのために支払っているのでしょうか?感動するために支払っているのでしょうか?
Tamago


好浦 外食することを思い浮かべてください。わかりやすいと思います。
 外食をするときに、どうして外食をするんですかと聞きますと、みなさんyたくさん理由があります。

 まずかったら絶対にいかないんです。だから目的は「美味しいものを食べる」ことです。それが1番の目的です。そのためにわざわざ、お金を使っているだけでなく、体力も時間も、自分の人生もかけて「美味しいもの」を食べに行っています。

 美味しいものを食べる目的は?と言うと美味しいと感じた時のその状態をみなさん思い出して欲しい。心に花がぱっと咲いたような体験をされています。
 とても気持がいいから。美味しいものを食べに行っているのではないでしょうか。
 それと同じように「可愛い」も「楽しい」もそうです。お笑いをみて笑うこともそうです。ほっとするということもすべてそうです。
 それも衣食住すべて確保された上でのことであると思います。
Yamaai

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