悩ましい松尾徹人さんのこと(その2)
自治省のキャリア官僚の時代から、高知をお気に入りの松尾徹人さん。その気持ちは本物であると思いますね。1994年の高知市長選挙の折も観察していましたが、本気でした。市長になられてからも自宅を購入。高知に永住することになりましたし。龍馬市長を自認しておりました。
NHK時代からのお知り合いである川田雅敏さんが「お互い1月が誕生日なので松尾徹人君と友人を1人連れて懇親会をやることになっている。僕の友人ということで出てきてほしい。」との連絡がありました。ご指定の飲食店へ行きますと、松尾徹人さんと県庁OBの川見義貞さんがおられました。
確か2004年の1月のことでしたでしょうか。川田雅敏さんもその前の年、3期目を目指した県議選で土佐郡選挙区で惜敗。松尾徹人さんも高知市長を3期目途中1年で辞め、必勝の決意で出馬した高知県知事選挙で橋本大二郎さんに敗れたのでした。
川田さんが「選挙に負けて悔しくないのか。俺はとても悔しい。」と松尾さんに言います。最初は「悔しくない」と言い張っていた松尾さん。しかし執拗に川田さんが「悔しいだろう」と言い続けますと、遂に「悔しい。」と言われました。やはり選挙に負けることは悔しいことです。運動員でも悔しいのですから、まして候補者なら尚更でしょう。
(私も1994年の高知市長選挙で1年間支援してきた鍋島康雄さんが松尾徹人さんに負けたときは、1運動員でしたがしばらく放心状態でしたし。その後3年間は一切の市民運動を封印し、謹慎したぐらいですから。)
その場で松尾徹人さんに当時番組を制作していた「けんちゃんのどこでもコミュニティ」への出演要請をしました。快諾を得ましたので、出演していただきました。収録の時も川見義貞さんが一緒について来られました。川見さんは当時県庁OB会の会長さんで、いくつも退職県庁職員の会があるようで、その人達が選挙のときは松尾さん支援で一丸となって動かれていたようでした。
番組収録のタイトルや内容も松尾さんのほうから「政治の話しはしないようにしましょう。」と言うことになり、竜馬の話や地方自治の話しを中心にしていただきました。 2004年3月番組表
1994年の選挙のおりは、わたしは松尾さんの対立候補を支援し、1年間運動をしていました。チームが異なっていました。番組には橋本大二郎さんには既に出演いただいたことがありましたので、立場の異なる松尾さんには興味がありました。偏見抜きで話を聞きました。実に謙虚な人で、高知大好き人間であることがわかりました。
ただ松尾さんはいつも誰かが一緒(2回とも川見義貞さんが一緒)でしたし、誰かを経由しないと会えないひとであると思いました。人の話をきちんと聞く人で、傾聴力のある人であると思います。反面強引な人、自己主張の強い人も受け入れてしまうある意味で「人好し」の面があるのではないかとも思いました。
(はりまや橋ブログサロンで体験される松尾徹人さん。真ん中が川見義貞さん。)
そのあたりは橋本大二郎さんのキャラクターとは対照的。橋本さんとは対談していましても途中で話を遮り、しばしば論争になります。自己主張の強い人。意外に頑固な橋本さん。喧嘩好きで論争好きですね。ですので「圧力」に屈しない強さがあると思います。
一方松尾徹人さんはソフト。聞き役に徹する時もあります。言い分を聞きすぎるところもあるのではないでしょうか。ですので声の大きな市民が、県庁から高知市役所に移動したのではないかとも言われました。
いろんな市民の意見を傾聴し、いろんな人の要求でこしらえられたのは高知市総合プラザかるぽーとでした。結果的に大変使い勝手の悪い文化施設になりました。
(文化施設として使い勝手の悪いかるぽーと。また莫大な維持管理費もかかっています。)
ある情報では噂の中央省庁の若手官僚が辞表を出したとのこと。いよいよその人物の出馬が現実味を帯びてきました。噂では自民党はその若手官僚擁立で動いているとか。民主党の1部も支援とか。
一方松尾徹人さん擁立の市民有志の動きも伝えられ、ここでも民主党県連代表が支援の動きをしているとか。伝聞だけでは混乱しているようですね。
そういう状況になっても松尾さんが出馬するのかどうなのか。長考していると思われます。
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