脱官僚知事の後釜は官僚知事
16年前の1991年、当時副知事であった大蔵省官僚出身者の自民党公認候補を高知県知事選挙で30万対10万の大差で破った橋本大二郎さん。
16年後の2007年「脱官僚知事」の後釜は1ヶ月前まで財務省官僚であった尾崎正直さんになりました。なんとも「皮肉」ですね。
「脱政党」「脱しがらみ」の橋本大二郎さんでしたが、尾崎正直さんは、自民、民主、公明、社民の大連立・相乗り連合艦隊選挙。連合も自治労も解同という大きな組織はすべてが尾崎さん支持で動かれましたし。
あげく投票率は戦後高知県知事選挙では最低の45%台。得票数も20万票に届かず、投票占有率も62%でした。なにせ高知県民の55%は棄権したのですから。
(参考記事)高知県民の過半数が棄権した高知県知事選挙
太田総理のマニフェスト流で言えば「投票率50%を下回れば県知事選挙は無効とし、当選者はいません。」とでもすれば高知県には知事不在になります。
今回はそうすべきであったと思いますね。今回の選挙は無効ですし。
橋本知事が「選挙に強い知事」であったがゆえに、各政党も引きづられたのは事実。相乗り政党も、対抗した政党もすべての政党は足腰も組織力も弱っていましたね。電話もかかりませんでしたし。政策ビラもうちへは入りませんでしたし。
マスコミでの「総括」もいろいろとされていますが、それほど切り込んだ取材も目立ちませんでしたね。「選挙に強い」橋本知事の16年の間にマスコミの「取材力」も落ち込んだのではないかと思いました。
県民からの提案や問題提起がなかったわけではありません。それらを高知新聞政治部など有力ローカルメディアが「談合」して「伏せこんだ」印象を持っているのは私だけではないとは思います。
(県民からの提案の数々の記事です) 参考ブログ記事
| 固定リンク
コメント