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2007.11.11

幡多から見た世界について

西村 今月の「けんちゃんのどこでもブログ」のゲストは、四万十市から来て頂きましたブロガーの土佐高知さんです。「土佐高知の雑記帳」というブログを3年ほど前から作成されておられます。

高知シティFMでの収録の為に遠く四万十市から来て頂きました。四万十市は幡多地域と呼ばれ、独特の風土や趣があります。幡多弁も京言葉のようにやさしく聞こえますし。

 幡多地域からはスケールの大きな人物も輩出しています。ジョン・万次郎もそうですし、幸徳秋水もそうです。他にはどういう人がいたのでしょうか?共産党の上田耕一郎氏や弟の不破哲三氏もゆかりがあるのでしょうか?

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(清流四万十川)
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土佐 はい結構幡多から有名人が出ています。政治的な人ではさきほど紹介がありました幸徳秋水もそうですし、自由民権運動の中でも吉田茂首相のお父さんであるとか。宿毛市の出身ですし。上田耕一郎さん、不波哲三さんのお父さんの上田庄三郎さんも土佐清水の出身です。
 この方は大変ユニークな教育者でした。僕も好きな教育者の1人です、大変破天荒でしたし。

 知らないところではアーチストでジャガタラをしていた江藤正巳さん、江戸明美さん。亡くなりましたが、高校の1級後輩でしたが。いろんな人が幡多が出ています。政治的、文化的、芸術的な分野でも出ていますね。いろんな分野の人がでているところが幡多の良さですね。

西村 ジョンマン万次郎は、各地に「ジョンマンの会」などが結成され、土佐清水市との姉妹都市(例えば沖縄県豊見城市)などの提携もありました。一方思想界の巨人である幸徳秋水は未だに正当な評価はされていないようです。地元のほうではどうなのでしょうか?

土佐 秋水については一時期は大逆事件と言いまして大変な思いが地元ではありましたね。戦前はそうでした。いろんなエピソードを聞いています。でも戦後になりまして、彼の業績が見直されました。
 また大逆事件しのものが、1つの謀略であったことも解明され定説になってきました。そういうこともあり幸徳秋水は再評価されつつあります。思想的にはいりいろ僕は感じます。

 秋水さんは女にはかなりだらしがなかった。でもそういうところが良いところかなとも思いますね。秋水そのものの評価は、従来は地区労であるとか、社会党、共産党を中心とした墓前祭を秋水が刑死した日にしていました

 最近では再評価の流れもありまして、今は商工会議所の皆さんも参加されるようになりました。市民的な形になってきています。

 それから顕彰する会が中心になりまして幸徳秋水の副読本も作成されたようですし。幡多でも評価が変わってきました。僕は等身大の幸徳秋水を主人公にした映画をこしらえてみたら面白いなとも思います。女にだらしのなかった秋水。しかし反戦の意志は貫いた。
 生々しいと言うか、身近な幸徳秋水を描ける映画ができればいいなとも思います。
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西村 また脚本家の中島丈博氏の原作で映画「祭りの準備」(1975年)での中村を舞台にした物語は強烈な印象があります。生き物としての人間がそれぞれ力強く描かれていました。それは五木寛之の「青春の門」とは異なる南国の情緒が強烈でしたが・・地元の立場ではあの映画はどう思われますか?

土佐 あの映画が作られるときに、実はエキストラで参加しないか。という話もありました。その当時の自分の気持ちとしては今ひとつ乗り切れませんでした。
 最近この映画DVDで見させてもらいました。大変懐かしい。青春時代を彷彿しますし。良い映画だなと思いました。知っている人もたくさん映画に出ていますし。エキストラで参加していましたし。

 幡多の場合は遠いところですし。文化果てるまちというところですね。けれどああいうところで生きているということを全面に出したところが、中島丈博の脚本は今は再評価されています。
 さきの話ではないですが、中島丈博の脚本で「幸徳秋水」はいかがでしょうか?

西村 中島丈博本人がモデルの人物も映画に出ていまして(江藤淳)、信用金庫かなんかに努めていて、ガールフレンドの竹下恵子に詰められて、俺は東京へ出て行くとかなんかシーンがあったうようでしたが・・・

土佐 竹下恵子が理論で「プロレタリヤの生活を描かんといかん」と脚本家志望の主人公を批判します。「プロレタリアもブルジョアもない。俺は生身の人間を描きたい。」というところが「左翼運動」へ入れなかったところでしょう。中島丈博そのものでもありますね。

 だからかれに幸徳秋水を描かせたらかけるのではないかと僕は思いますね。秋水の思想は高だよ。生身の秋水はこうですよ。

西村 幸徳秋水を木村拓也が主演するとか。

土佐 そうそう。お見合いした時に「俺の好みの女ではない」とか言って売春宿へ逃げ込んだり。その他女性関係は滅茶苦茶ですからね。

西村 勤皇の志士もそのあたりは滅茶苦茶でした
が、幸徳秋水はその末裔ですね。桂小五郎も祗園で遊びながら政治工作していましたし。
 また 昔長宗我部氏に滅ぼされた中村一条家はずっと中村の人たちに慕われているようですね。一条神社もありますし、大きなお祭りであると聞いています。
 幡多の気風は高知市とはかなり異なっているのでしょうか?

(参考)中村の人達の心遣い

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(土佐清水市大岐の浜)
土佐 高知とは違うなと思いますね。地理的なところもあります。高知市の中心にコンパスの中心をおきまして、高知で大きな円を描きましょう。室戸岬まで東は伸ばします。西はと言いますと窪川あたりになります。

 幡多は高知の中心から外れています。歴史的にもそうではなかったかと。そういう流れはあったのではないかと。

 中村では一条大祭と言いまして、一条教房が言われだとのこと。昔は3日3晩、飲んだ祭り。私が大好きなお祭りです。最近は1日だけになりましたが。昔は田舎から出てきまして、無礼講でどこの家へ行ってもお酒が飲める。そういうお祭りでした。

 これは幡多も昔は農業・林業・漁業が盛んでしたから、儲けて年に1回は中村の街へ行ってのみに行こう。そういうお祭りでした。それを残したい。復活させたいなと思いますね。

 一条さん(いちじょこさん)については地元の人も土佐一条家については知らないようですね。ただいちじょこさんということで。一条神社もありますし。近年では5月3日に「公家行列」やります。歴史構成はでたらめです。教房が土佐へ下向したことを記念した行列ですね。

 公家行列には私も2年間参加したことがあります。一条家と中村との関係があるのかなと思います
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(一条神社)

西村 幡多地域は面積から言えば、香川県とほぼ同じくらいです。飛行場があってもおかしくはないと思います。その話は実現しないのでしょうか?
 足摺岬は観光地でしょうが、高知空港から5時間程度かかる観光地は、北海道にも沖縄にもないとは思いますし。

土佐  一時は西南空港をつくろうという動きもありました。最近ではその動きもコストの問題などで下火になりました。

 この間観光協会や商工会議所の人たちと話しました。沖縄や北海道よりも飛行場から離れいる観光地だから、それを逆手にとっていこうということで盛り上がりました。
 遠いのだから遠いことを売り物にする。そのことをお金をかけずに売り物にする。それをやろうではないかと。そういうことは良いと思いますね。これからは不便さをうりものにしたいと思いますね。それが幡多全体の不要につながる。幡多は高知とは違う。アンチ高知のようなところがあるので、それでいきたいなとは思います。


西村 幡多のことを「四万十川アナーキズム」は、平野貞夫さんが「けんちゃんのどこでもコミュニティに出演されたとき聞きました。
 そういう傾向はあるのでしょうか?

土佐 平野さんがどういう意味で「四万十川アナーキズム」といわれたのかわかりません。秋水意識されていわれたのかもしれません。別の意味で権力に媚びない。個性派。拘束されない。そういう意味では幡多には流れがありますね。秋水もそうですし、平野さんもそうです。

 結構皆は破天荒。上に噛み付いているし。それは幡多の特色、これは良いことです。この良い伝統は若い人にも受け継いでもらいたいですね。
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(旧中村センター跡。大変繁盛していました生鮮品主体のスーパーでした。昨年7月に閉店したそうです。四万十市の商業環境も変化しています。)

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