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2008.01.04

市民運動の極意 やさしいことを深く

以前にもこのブログでコメントしましたが、良い言葉であるし、いろん分野の活動に応用できそうなので、もう一度書いてみました。

 蓮如という中世の仏教を広めたひとの言葉であるそうです。親鸞が創設した浄土真宗も時代が下り蓮如が登場する直までは相当寂れていたそうです。その当時の時代は混乱し、政治は乱れ、人々は飢えに苦しむ時代であったようです。

 蓮如は積極的に民衆の中へ入り、民衆が理解できるこ言葉で説得し、布教をしていったようです。後に浄土真宗は一向一揆となり、戦国大名と対峙し、加賀国を支配、織田信長の終生の敵にまで勢力を拡大しました。

 後の天下人である徳川家康は本願寺を西と、東に分割したほどです。今でも門徒は日本で一番多いのではないでしょうか。

 蓮如は大衆の間に入っているだけに言葉に説得力があります。


 「難しいことをやさしく」
 
 「やさしいことを深く」

 「ふかいことを広く」

 五木寛之のエッセイを読むことが多くなりました。
 彼の著作「他力」だったでしょうかそのなかの一節でした。
Ituki1taryoku

 環境問題や原発問題は、難しそうです。これを平易なわかりやすい言葉で語る必要があります。そして「やさいいこいとを深く」は意味合いは大きいですね。

 「ふかいことを広く」は市民運動の極意と言えます。これ以上の言葉は見当たらない。独善的にどうしてもなり勝ち、孤立していればよけいそうなります。

 「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉も好きですが、蓮如の言葉の重みを最近は理解できるように少しはなりました。

 今年は「5・7・5」もトライすることにします。今は全然拙いのですが、言葉のストレッチになるようですし。

 「誰にでも 理解可能な 反核で 」

Syomei2_rkanbann

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コメント

 ナカちゃんコメントどうも。

「連帯を求めて 孤立を恐れず」という言葉はわたしより前の世代の人達が好んで使用していました。

 その後にこう続きます。

「力及ばすして倒れることを辞さないが、挫折することを拒否する。」とあります。

 わしらはわしらでなにがなんでもやるぜよ!という決意表明ですね。

 市民運動としては蓮如さんに学ぶべきでしょう。今年はその言葉をかみしめてみます。

投稿: けんちゃん | 2008.01.04 17:13

>「連帯を求めて孤立を恐れず」

これは素晴らしい言葉ですね。
悪いことを悪いと言う人間は常に孤立の危機にさらされています。
でも誰かが言わんと全体がよくならんがですよね。
自分が皆の輪の中に入って埋没することは簡単なことですよね。
反対意見を言わなければ自己の立ち位置というのは保障されるわけですき。
でもそれこそが善人による悪事ながですよね。

こんなことをいうのもなんですが
蓮如は本物の日本人ですね。
自分よりも弱い立場の人間や小さいものに
シンパシーを向けるのは縄文以来の日本人のメンタリティーです。

>「ふかいことを広く」

これも素晴らしいと思います。
現代は専門化が進み、専門家は自分の殻に閉じこもり
積極的に自分の領域を出なくなっています。
専門知識しかないので怖いがでしょうね。

専門を超える知性というがは、真の日本的知性ですね。
幸福とは何かを考えたら、専門的な領域というのはなんの意味も持たんですから。


投稿: ナカちゃん | 2008.01.04 11:37

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