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2008.01.12

三浦良一さんのご逝去を悼む

 高知の文学グループ「風の会」の三浦良一さんが10日ご逝去されました。癌との3年間の闘病生活でした。享年72歳でした。4年前にブログのサポートに自宅へ行きました。その頃はお元気で撮影した花の写真をブログに取り込まれたりされていました。

 三浦良一さんブログ 土佐風の会

作品「風やまず」の書評

Kazeyamazu_2


 ブログの最終投稿にあるように昨年の夏に7回目の入院をされ、とうとう体調が回復しないまま10日に息を引き取られたようです。私も昨年10月にお見舞いに行きましたのが最後にお会いした三浦さんでした。

 奥様が私の中学時代の恩師でした。国語の先生でした。39年前の春休みに自宅をお訪ねしたおりにお会いしました。郵便局に勤務される傍ら文芸作品を次々に公表されていました。文章の書き方や、観察に仕方のレクチャーを受けたようでした。

 私はあいかわらず今でも雑文しか書けません。三浦良一さんのように体験を蒸留して、自分のなかで醗酵し、そこから搾り出して人の心を打つ文章は書けません。構想を文学化することなど私には到底できないのです。

 「日記だって自分のためだけではない。他人が読むことを意識して文章を書きなさい。」確かそうアドバイスを受けました

 私の中学生時代は週に1度謄写版で「新聞」を発刊していました。社会情勢について自分なりのコメントを書いていました。今も稚拙ですが、当時はまだ稚拙だったことでしょう。三浦さんは書き続けるように助言をしてくれました。

 今日の告別式には大勢の人達が来られていました。郵便局を退職されて10数年も経過していますが、昔のお仲間や、文芸仲間や町内会のひとたちなど広大な人脈のなせるところでした。

 中学時代の同級生や、担任の先生にも会いました。三浦良一さんの労組時代の後輩である江渕県議も参列されておられました。

 最後に県外の企業で働いている長男がスピーチしました。「父がこれほどの人達とつながりがあるとは知りませんでした。父の作品は読んだことがありませんでしたが、これから向き合って読んでいきます。」と。

 本当に人徳のある爽やかな人生でした..。海で吹く風を感じました。

 心よりご冥福をお祈りします。

 わたしも文章をずっと書き続けていきます。いつか三浦良一さんのように人々に感動を与える作品をこしらえたいと思います。

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