快適都市とは? 2月29日(金)
西村 今月の「けんちゃんのどこでもブログ」は、都市問題をテーマにコメントをさせていただきます。高知シティFMの戸田健史さんにもお話に加わっていただきます。
この不況の中、多額の公共投資がJR線の連続立体交差、高知駅前再開発、高知市内3箇所での区画整理事業(弥衛門、北本町、潮江)で進行、また高知市は春野町と合併しました。
その反面、歴史的資源と環境が回復してきた浦戸湾最深部の新堀川を埋め立てて県が道路をこしらえ、高知市は追手前小学校を廃校にし、そこへ商業施設をこしらえるとか言っています。全く的外れな再開発計画なので、高知市の1市民であるけんちゃんがコメントします。
「快適都市」という言葉は、今から18年前に考案した言葉です。概念でしょうか。
「あるべきものがそこにある。」という英国の田園都市構想から来た言葉に「アメニティ」という言葉があります。日本語にしますと「快適」となります。
「都市」というのは「社会サービスシステム」のことです。ありとあらゆる施設。デパート・スーパー。コンビに・学校、病院、駅、道路そういうものを社会サービスシステムと言います。それが集ったものを「都市」と言います。
「快適」さと社会サービスシステムとしての「都市」をくっつけて「快適都市」という概念を考案いたしました。あるべき都市の姿。あるべき高知市の姿を想定しています。そのことを意識し「快適都市」についてコメントいたします。18年もまえのことです。
戸田 普通に考えれば、当たり前のことですよね。では実際高知市の都市開発や都市計画が「快適都市」に向っているかと言いますと程遠いのではないのでしょうか?
むしろ逆の方向に向いていっているではないかとも思いますね。
(車のことばかり議論して商店街や街の議論はなおざりに。愛宕商店街)
西村 「都市のあるべき姿」や「都市ビジョン」の議論なしに、公共事業をやたら始めるからめちゃくちゃになります。車が渋滞するから道路を建設する。踏み切りで渋滞するから鉄道は高架にしようとか。
枝葉末節の議論ばかりしていて、肝心要の「高知市はどうあるべきか」「高知市とはどういう町なのか」という議論がされた形跡がありません。
それは都市に住む「誰にとっても快適な都市」でなければなりません。その都市で生活し、仕事し、学び、遊ぶ。そのすべてが快適でなければならない。都市の姿はそうあるべきです。
そうではなく、公共工事で道路を渋滞解消でこしらえると、排気ガスが蔓延し、皆がぎすぎすし、皆がいらいらしてしまう。そのことに多額の税金をかけてしていますね。それが高知市の都市再開発の姿ー実像ではないでしょうか。
戸田 それでは良いことは1つもありませんね。
(高知市の「中心商店街」は今はイオン高知モール)
西村 都市の中では閉ざされた商業空間(高知で言えばイオンモールなど)ではなく、そこだけが面白いというのはいかにも都市としては貧しいと思います。
東京の六本木ヒルズや表参道ヒルズがあれだけ話題になるのは、裏返せばそれだけ公共空間(公園や道路、公共文化施設や商店街など)が貧しい証拠。
お金を払ってTDL(東京ディスニーランド)へいくとか豊であるなんて全然思いません。
市民の憩いの場である「公共空間」が快適でなければなりません。それが」快適でなければ快適都市ではありません。それは公園であり、道路であり、河川や里山です。だれでも無料で入れる公共的な場所ですね。
そこが充実して初めて「快適都市」と言えます。
戸田 さきほど名前のでました六本木ヒルズや表参道ヒルズなどは大きな商業ビルは大変規模が大きく、1つの都市のように思われ、快適空間のように思いますね。
それを地方で再現できるのかと言えばそれは無理ですね。
高知市であれだけのビルを建て、あれだけの商業施設を集積することは無理ですし。履き違えないようにしませんと。
(地方都市にあるのは低額所得者用のショッピング・モールが関の山でしょう)
西村 それは東京という国際都市であるから成り立っていますし、日本の富の82%が東京に1極集中しているので成り立つ商業空間ではあるのです。名古屋でも大阪でも成立は絶対にしませんし。高知市なんぞ絶対に無理な話しですね。
地方であれば所得の低い私たちを対象とした郊外型の大型ショッピングモールがありますね。あれが地方の「レベル」なんですね。
全国何処にもあるような画一的なプラスチックな空間で空調が効いていますね。外の空気を遮り、感じさせることが出来ない人工空間。
まあ地方の田舎者はそこで我慢しなさい。そこでジャンキーフードでも食って時間つぶしをしなさいと言う事なんですね。
戸田 現実にそこで我慢しテ、満足したような気分になっているようですし。
西村 それはあるべき都市の姿ではないと私は思いますね。
戸田 快適とは言えませんね。
西村 都市計画には「マスタープラン」が必要です。聞き慣れない言葉ですが「マスター」というのは「下敷き」のことでしょう。「プラン」は計画ですね。都市の基本的な計画ですね。
またそのマスタープランの作成には徹底した市民参加と各分野の専門家の参加が必要です。都市計画、建築・土木、医療、福祉、教育、スポーツ、レクレーション、経済、行政、安全、防災などです。、
「高知市はどういう都市になるべきか?」
「高知市の適正規模の人口は?」
「どこへ住んだらいいのか?」
「どこで働き、どこで学んでいればいいのか?」
それらの人たちが情報公開された場所で議論し積み上げられて初めて都市計画ができます。その痕跡が全く見られませんし、高知県には存在していません。
戸田 ここまでしている事例を知りませんね。1部に熱心な人たちはいるようですが。関心をもたない多くの市民は後で知らされるだけですね。それで全部が進みますね。あらゆるジャンルの人が出て来ないと、都市の運営はうまく行く筈はありません。
西村 快適都市づくりには徹底した情報公開と市民参加が不可欠です。市民県民の意見を正確に収拾し,集約する仕組みが不可欠です。地方議会がその機能を担うべきでしょう。
高知市はどうあるべきか?どういう都市になるべきなのか?を議論し、無料で利用できる公共空間が快適かどうか?公園や道路が快適かどうか?楽しいかどうかが、快適都市の鍵であり条件であると思いますね。
もっと議論し積み上げる工夫が必要であると思いますね。
戸田 高知市の中心部だけでなく隅々まで、市民に話を聞いてそういう街が快適なのか。どうあるべきなのか。それを考えるべきでしょう。
市内中心部だけの道路だけが良くなり、歩道の段差がなくなった。それでは高知市全体が快適都市になったとは言えませんね。
そうならなかった地域は高知市ではないのか。そう思いたくもなります。
西村 あるべき高知の姿を今年は提案していこうと思います。いろんな切り口があると思います。18年前に「快適都市」を概念提唱しましたが、古びていなく今でも通用する概念であり、むしろより活用しなければならない時代であると思います。
快適都市の概念が活用されていないので高知市の都市づくりはめちゃくちゃになってしまったといえるからです。
高知女子大学を移転する。高知大学を朝倉から市内中心部へ持ってくる。追手前小学校を廃校にするとか。新堀小学校と統合するとか。その文教地区となる新堀川を埋め立て自動車道路をこしらえる。
やっている中心街の再開発が,めちゃくちゃですね。そいだけ県も市も税金を中心街の道路整備に費やしてどうなっかかと言いますと中心街はますます寂れていくばかりです。
スーパーもコンビにもなくなり過疎化するだけです。郊外(北部環状線沿い)はどんどんと発達しているようですが、車がないと用事が足せない。
なんかひじょうに移動が困難で、苦痛であり、いびつな都市になります。
こんなはずではないのにこんなおかしな都市になってしまった。
戸田 わたしは高知市の南部に住んでいます。市内中心部へ出てくるのはちょっとしたイベントなんですね。我が家には自家用車がありません。そうなると公共交通機関に乗らないといけません。
尚更大変です。南から高知市中心部へ出てくる路線バス便が減る一方です。車ばかりの優先の都市政策ばかりしていますから、車を利用しない人間の声は反映されていません。
西村 ただガソリンが2年ぐらい前の倍に近いぐらいに上がりました。89円のものが157円ぐらいになりました。(少し下がって152円程度でしょうか)。
そうなりますと1ボックスカーで60リットル給油したら、152円として9120円になります。
今までのように車で郊外の100円ショップへ買いに行くなど馬鹿げた消費行動はできなくなります。
そうなりますと公共交通機関(鉄道・路面電車・路線バス)や自転車などの活用が必要ですし、同時に環境問題を真剣に考えるべきでしょう。
(車で来店してレジ袋を辞退したぐらいで「環境にやさしい」なんて言えないでしょう。)
化石燃料の車で郊外の量販店へ行きレジバックを辞退したから環境にやさしいといえるのか。そうではなく自転車でいくのならもっと環境にやさしいのではないか。
そういう根源的な議論を都市のいあるべき姿で議論をすべきでしょう。都市のあり方を考えますと環境問題も考えることになりからですね。
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