防災マップがようやく完成
印刷すればただの1枚の地図にすぎません。でも避難場所の確保にはそれなりに苦労がありました。なぜなら町内には高台も耐震構造の公共建造物がないからです。
二葉町「防災マップ」の特長を説明いたします。
1)町内の3階立て以上の建物持つ主の皆様が共用部分である階段部、屋上部などへの津波や水害時の「津波一時退避(退避)場所」とご協力いただきました。二葉町町内会、二葉町自主防災会、建物持ち主と3者にて「緊急避難を要する事態発生に避難所として使用する協定書」を締結しました。二葉町内10箇所(黄色で防災マップに表示)しています。
その建物が耐震性があるのかどうかは不明です。そのあたりは持ち主もわかっておられ「うちの建物が地震に倒れなくておれば、近所の皆さんが浸水の脅威を感じられたときに共用部分の階段や屋上に一時避難されてもかまいません。」という協定(約束事)です。
2)災害時要援護者1時避難場所としまして、国土交通省土佐国道事務所のご理解を得まして鏡川大橋歩道部を防災マップに表示させていただきました。
これも1)の二葉町内での動きがあったので、橋の施設管理者としてご理解いただいたものであると思います。
3)防災用備品倉庫や防災害行政無線拡声局、消火栓、公衆電話の位置も防災害マップに表示しました。
4)二葉町全所帯に二葉町防災マップを全戸配布いたします。また町内16箇所に掲示し、周知徹底をはかり日常から防災意識の徹底をはかります。
PDFも参考ください。
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コメント
>三浦良一さんは家内の叔父さんとなる関係
そうでしたか。わたしは良一さんの奥さんが中学の恩師。国語の先生でした。
ガリ版で当時は新聞なんぞこしらえていて、書くことの楽しさや重要性をご夫婦で教えていただきました。
良一さんにブログ「土佐風の会」は自宅へ行きサポートして作成したことでした。
ご逝去後お孫さんが書き込まれていましたがその後ブログ自体が削除されていて残念なことです。
中宝永町も二葉町と条件は同じ。低地で地盤が悪いところです。ぜひ自主防災会を立ち上げてください。
投稿: けんちゃん | 2008.02.23 12:50
早速のお返事ありがとうございます。申し遅れましたが私は中宝永町町内会長してます。三浦良一さんは家内の叔父さんとなる関係。私も親しくさせていただいてたんでとても悲しいことでした。今後ともヨロシクお願いいたします。
投稿: 黒岩博 | 2008.02.23 10:44
黒岩博さんコメントありがとうございました。
三浦良一さんのご逝去はまことに残念でした。「書くこと」の素晴らしさを教えていただいた恩人です。(自分には全然文章力がありませんが)
>はじめまして!二葉町は一歩一歩前進していますね!私の地区も自主の道に進みたいのですが役員になっていただける方が・・・・・?
>積極的にさせる力がないのでしょうか?(汗)
わたしも二葉町にUターンで戻ってきて今年で28年目。26年間は町内で活動しませんでした。
ただ自宅も会社も低地で生みに近く地盤の悪い二葉町にいますと、浸水と地震の脅威は常に感じます。
町内会活動を始めたのも全くの偶然。熱心に勧誘してくれた副会長や会長のお人柄もありました。(会長は子供の時に須崎で南海地震の津波を体験されておられます。)
自分のこととして考えることができました。西田政雄さん(防災寺小屋指南)のサポートの存在も大きかったですし。
いろんな人たちとの信頼関係が少しずつ出来まして少し進んだのが実感です。
投稿: けんちゃん | 2008.02.23 09:56
はじめまして!二葉町は一歩一歩前進していますね!私の地区も自主の道に進みたいのですが役員になっていただける方が・・・・・?
積極的にさせる力がないのでしょうか?(汗
はじめましてと書かさせていただきましたが亡き三浦良一さんとこで拝見し、カキコ拝読させていただいておりました。それでは失礼しました。
投稿: 黒岩博 | 2008.02.23 09:35