一瞬の輝きは人々を魅了した。でも2度と輝くことはなかった。
週刊ポスト3月28日号の166ページに「現場の磁力 第78回千代田区・三崎町 一瞬の輝きから40年 元日大全共闘議長、秋田明大氏「4つの子ォと年金が不安やけん」というレポート記事が掲載されています。
山藤章一郎と本誌取材班が執筆したレポート記事のようです。秋田明大氏にも何度も取材し、丁寧な取材をしているようです。
あの頃20歳だった人も60歳。あの頃中学生だった私は立派な中高年親父になりました。
社会運動としてみたら全共闘運動というものは、この記事の見出しのように「一瞬の輝き」であったと思います。その後は2度と現れることなく40年経過してしまったということでしょう。体験した当事者でないとわからない世界でしょう。
「その時代」にミーハー的に勝手に憧れていたいた世代にすれば、「一瞬の輝き」を現実の世界で再現を求めることは無理であると思いますね。わたしの若い頃の時代にはそんな「一瞬の輝き」は全然ありませんでしたし。
同窓会もありませんし、懐かしむ体験もありません。ただ記事を読んでいて淡々と生きている秋田明大さんですが、「一瞬の輝き」の頂点に短期間だけいたものしかわからぬ苦悩を感じました。もう良いのではないかとも思う。彼に「一瞬の輝き」時代のレッテルを貼ることは。
またその種の懐古記事はなんの社会的意義もありません。当時の運動は何も生み出さなかったし、継承すべきなにもなかったのですから。
NHKのバラエティ番組のなかで「その時代」の現象として表現されることでおしまいでしょう。それ以上でもそれ以下でもないことでしょう。
今現実に起きていることをそのつど問題解決していく。それが今の私です。あまりに大きな「一瞬の輝き」があれば、なかなか生きることは大変であると思いました。もう秋田さんのことは忘れるべきでしょうし、そっとしてあげるべきでしょう。
大変な現実が日本社会には横たわっていますし、年を取ろうがなんだろうが行動しないといけないことがたくさんあると思うからです。わたしには過去を懐かしむ余裕はありませんし。
読後感は、なんだか虚しい。ということです。秋田さんは田舎で立派に生きているのではないか。それでいいと思いました。
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