インフラストラクチャーの本当の意味
ローマ帝国時代、8万キロに及ぶ道路網。水道、劇場、協議場、神殿、広場、公衆浴場など壮大な公共事業をローマ帝国は実施しました。
塩野七生・著「ローマ人の物語」のなかに、ローマ帝国時代の公共事業のありかたを特別にレポートした1冊がありました。「すべての道はローマに通ず」という本です。
インフラ(社会基盤整備)は道路整備や港湾整備などの公共事業に今の時代でも使用されています。その本当の意味は塩野氏はこう述べています。
「人間が人間らしく生きるためには必要な大事業」であると。ローマ人たちは後世にのこすための記念碑をこしらえたのではなく、人間らしい生活を送るためには必要であったので事業をしたのです。それが結果としてローマ文明の偉大な記念碑になったのであると。
決して「公共事業」が経済対策や地域の活性化になるという目的でなされたのではありません。それは「結果」そしてそうなったかもしれませんが、大きな理念のもとになされないといけないのです。
「政治家や官僚の仕事は、国民1人1人が各人各種の夢やゆとりをもてるような、基盤を整備することにあると思います。」と塩野七生氏は言いきります。
道路や橋や水道整備のハードなインフラ整備に加え、ローマ帝国を支えたのはソフトなインフラであったと塩野氏は言います。安全保障、治安、規制、税制、医療、教育、郵便、通貨のシステムもあわせて整備をしていると。
だから1000年も帝国は継続したのでしょう。
「採算性で道路を建設する」「教育や医療にも採算性を導入する」という一見もっともな「民営化」議論がいかにも薄っぺらで理念がないか。地方を破壊し、格差社会を生み出した小泉^安倍内閣の提唱する新自由主義なりものがいかに日本社会を破壊したのか良く理解できました。
インフラの意味を少し考えればわかります。新堀川の道路建設がいかに無意味で無駄なのかがわかるはずです。
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