なりたくない裁判員
5月21日からスタートした日本の「裁判員制度」。市民参加の裁判を当局は懸命にPRしています。しかし全然そうは思いません。国家権力による強制力だけが目立ちます。
市民参加というのであれば、裁判員をやりたいという国民から選抜すれば良い。わたしはやりたくない。もし指名されたら拒否します。辞退する理由は「やりたくない」です。
だいたいいわれている「市民の常識を裁判に生かす」意味がわかりません。それならば裁判官や検事や弁護士など司法関係者が「市民感覚」を持てばいいことではないのでしょうか。
強制力で拘束された上に、内容を漏らしてはいけないなどというのは、ファシズムそのものではないかと思います。裁判員制度は廃止すべきであると思います。
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