県民は不満より不安を大きく感じた
全国的に2009年の衆議院選挙は吹き荒れました。しかし高知県は全国の流れと「真逆」の結果になりました。「利益誘導こそ地域づくり」と叫んでいた自民党現職議員が3区とも全勝しました。当選したものの少数野党の自民党。予算編成権もなくどうやって高知へ公共事業を引っ張るのでしょうか?見ものです。
昨年の民主党高知の決起集会。左より1区の田村氏、2区の楠本氏、3区の中山氏です。
しかし民主の大風が高知へも吹き込んできたと思います。しかし小選挙区の当選者はおろか、比例復活当選もなく、国政への足がかりは衆議院では全くなくなりました。「予算をぶんどってきた実績のある」自民党議員は少数野党に。大勝した民主党議員はいません。かろうじて参議院議席はありますけれども。
なぜ高知では民主党が議席を得ることができなかったのか?独断と偏見で総括してみようと思います。
1)3人の候補者全員が国会議員の器ではなかった。「ひ弱」」「政治経歴が乏しい」「政策の棒読み」でしかなく、国政を任せるという信頼感を勝ち取れずに終わった。女性候補に対して他ならぬ女性の目は厳しい。高知は保守的な政治風土。女性がリーダーになることを女性が望んでいないようにも思いました。
2)運動の主体が労組と解放同盟主体で広がりがなかった。風は吹いてはいたが、帆を張ることができなかった。市民を大事にしなかった。「組織戦」になれば陣立ての大きな自民党の敵ではない。
3)橋本大二郎氏や共産党との連携や「すみわけ」「共存」を頭で考えていなかった。自公両党が結束しているのに、野党勢力同士が対立していたので、自民党にみすみす「漁夫のり」をさらわれた。
2005年の選挙後の不祥事以降の体質強化も不十分。「市民運動に冷たい民主党」ですから、広がるはずはありません。組織が弱ければ連携すればいいものを、それをきちんと絵を描く人物も不在なんでしょう。
高知県での惨敗はいたしかたありません、。実力以上の票数は今回出していたと思います。
ですので「実力」どうりでしょう。
とはいえ3区の山本有二氏の「支離滅裂当選者インタビュー」を見ていますと、本当に3区の民主党候補者は「追い込んで」いた証拠であると思います。しかし残念ながら「負けは負け」。
「勝てば官軍。負ければ賊軍」であるのは選挙の常。惜敗でも負けは負けなのです。
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