公共事業のありかたについて
各地でダム建設中止をめぐり「感情的対立」を煽る人たちがいるようです。客観的に考えて無駄である公共工事は勇気を持って中止すべきです。そうしないと高知新港のようにできあがったもののなんの役に立たない施設になるからです。
住民訴訟を起こしても殆ど住民側が負ける裁判。司法制度のありかたも問題。裁判員制度は刑事事件ではなく行政訴訟の現場こそ必要ではないのか。
司法が正当性を認めた公共工事は無駄ではないのか。裁判官に社会常識があるのかないのか。それを厳しく問わないといけない。
有明海の埋め立ての「ギロチン」堤防なども再審査すべきでしょう。あれこそ無駄な公共事業。高知の新堀川にふたをして道路をこしらえる公共工事も無駄の権化ではないか。
そうした無駄をやめさせる蛮勇は政府には必要です。
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