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2009.12.30

朴保(パク・ポー)さんのCDを聴きました。

Pakupocd


 ブログで交流しています埼玉県川越市のケイスケさんより、朴保(パク・ポー)さんのCDを贈呈いただきました。ありがとうございます。年末の業務がまだ終わらないので、仕事をしながらパソコンで聴きました。

 朴保(パク・ポー)さんと言えば、かつて室戸市にてコンサートをされると言うことで、実際にライブを聴きました。朴保さんご本人ともお会いし、話しもしました。

 2007年7月13日のことでした。
 ブログ記事「朴保(パクポー)さんトーク&ライブin室戸

 見かけのラフな姿とは異なり、歌声は澄んだ声で、声が驚くほど伸びます。独特の世界を構成されておられます。韓国の打楽器も入っていて、Jポップの音楽構成とは全然異なる世界。

 アルバムのなかには、「イムジン河」もあります。朴さんが歌うと物悲しくも力強い望郷の歌になります。フォークルとは全然違いますね。
Pakupo2

 「希望が丘」という沖縄をテーマにした歌も印象深い。「希望が丘公園」は、家内の実家に隣接してあります。

 戦中いくさのカジュマルは
 じっとだまって生き抜いた
 オジイ オバアの深いしわ
 溶けて流れて雨になる
 溶けて流れて風になる

 エーヘイヨーという掛け声もはいりますし。沖縄のエイサーを思い出しました。
 沖縄の憂いも朴さんは深く理解されています。

 また「BoB Marley Calling 聖霊に捧げる唄」という曲も独特です。

 富士山から生まれた
 僕は毎日窓から富士山を見ていた 
 そして 魔の国道1号線を毎日学校へ通った
 横断歩道 信号機もない
 あるのは 交通事故 交通戦争 経済戦争
 Chemical War richi mens War

朴さんは静岡県の国道1号線沿いの解体屋の子供として生まれ、育ちました。経済成長優先で、家の前の国道1号線には横断歩道も信号もなかったようでした。そして毎年何人かが車にはねられ、亡くなっても、一向に横断歩道が出きなかったようでした。

 そして歌詞はこう続きます。

 そして立ち並ぶ製紙工場
 ゴジラ対へドラ
 ヘドロは海に流れ
 公害と環境破壊がつづいた

 広島 長崎 原爆投下
 天皇もあやまれなかった大東亜戦争
 いったいこの国に日はのぼるのか
 日輪のごとく花は咲ほころびるのか

 ぼんやりした「日常」を突き刺す強烈なメッセージです。

 最近の日本のアーティストで言葉をきちんと音楽にしている人は少ない。社会の矛盾や差別を歌い込む朴保さん。ケイスケさんありがとうございました。

 CDには18曲あります。民族問題、日本と朝鮮の問題。社会問題、経済問題。そして環境問題まで歌いあげます。

 「未来へ」

 美しいこの星をとりもどせるのなら
 さあ 帰ろう 遅すぎると言う前に
 産む苦しみ生まれたよろこび
 未来とつづくかけ橋さ

 朴保さんの歌声は、社会の矛盾や対立に「橋をかける」努力をされているのではないでしょうか。聞いていましてそう感じました。

 「架橋~未来へ 朴保デビュー30周年アルバム」

 参考記事「<在日社会>在日2世の歌手、朴保・在日の生き様歌い30年」(東洋経済新報)
Pakupo1

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 今年は母のいとこ・桂子おばさんを見送りました。父母が妹のようにかわいがり頼りにもした人です。シベリア帰りの漁師・春利さんと一緒になるときに僕が「樽持ち」をやらせてもらいました。地歌の上手な仲の良い夫婦で室戸に帰ると妻もかわいがってもらいました。  我が家の飼い猫「月」が8月の末日に死去しました。今も時々姿を見る錯覚に陥ります。昨日、飼い主だった娘が「祭壇」を片付け、遺骨は自分の部屋に持って行きました。月日の経過が傷心を癒やすことになったのでしょうか。  今年もまた新しい友人との出会いや旧友との... [続きを読む]

受信: 2009.12.31 08:24

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