やはりトヨタの思い上がりが原因
アメリカ議会での「公聴会」は終りましたが、日本から駆けつけた豊田社長の弁明にもかかわらず、「クレーマー大国」アメリカのトヨタ叩きは収まりません。11月の下院の選挙まで引っ張られることでしょう。
愛知県豊田市は、江戸時代には挙母藩内藤氏2万石の城下町であった。1951年、挙母市(ころもし)として市制を敷いたが、1959年1月1日をもって豊田市に改名された。(ウキペディア)より。
市当局からの申上入れがあったとはいえ、社名のトヨタと「豊田市」とするのは辞退すべきであったと思います。なお、日本の市で、明確に私的団体に由来する市名を持つのは、この豊田市と宗教都市である奈良県天理市だそうです。それも異例。
同様の申し入れは鈴鹿市にあるホンダにもあったそうです。創業者の本田宗一郎氏は固辞し、自分の身内も会社に入社させなかったと聞いています。その謙虚さがトヨタとは異なっているようです。
ここへ来てトヨタの傲慢さが目立ちます。
このままであればトヨタは地上から消えることでしょう。
| 固定リンク
コメント