「ルポ貧困大国アメリカ」を読んで
図書館で「ルポ貧困大国アメリカ」(堤未果・著・岩波書店・刊・2008年1月)を読みました。岩波新書版の本でしたが,内容が重たく、真剣に考え込んでしまいました。
感想文としては長文になりますが、以下書いてみました。
まず「貧困が生み出す肥満国民」(P11)には驚きました。アメリカ人の肥満は「高カロリー、高糖質、高塩分」のジャンク・フードと、砂糖の固まりのコーラを子供時代から大量に摂取し、大人になればお酒も飲むから尚更だろう。生活習慣病は当たり前。「自業自得ではないか」と私は思っていました。
ところが肥満の現実は、個人の嗜好の問題ではありません。アメリカ社会の問題のようです。
「家が貧しいと,毎日の食事が安くて調理の簡単なジャンクフードやファーストフード,揚げ物中心になるんです。多くの生徒が家が食料配給切符(貧困ライン以下の家庭に配給される食料交換クーポン,フードスタンプ)に頼っていますから,この傾向はますます強くなりますね」(P18 )
「貧困家庭ほど無料ー割引給食に登録する生徒の数は多くなります。裕福な地域の子供達は親が低カロリーで栄養の高い手作りのランチを持たせる余裕がありますから。
ですが子供に朝食も食べさせられない貧しい地域の親たちにとって,給食プログラムは命綱です。たとえメニューがコスト削減のためのジャンクフードばかりだとしても,空腹のまま授業を受けさせるよりましだと親たちは考えるのです。」(P21)
貧困層の人達は栄養に対する知識も持ち合わせていません。とにかく生き残るためにカロリーの高い安い食品を買うのです。そうしたインスタントの食品には人工甘味料と防腐剤が大量に添加され栄養価は殆どありません。
「その結果,貧困地区を中心に過度に栄養が不足した肥満児,肥満成人が増えていく。健康状態の悪化は,必要以上の医療費急騰や学力低下につながり、さらに貧困が進むという悪循環を生み出していく」(P27)
「アメリカ農務省のデータによると,2005年にアメリカ国内で(飢餓状態)を経験した人口は3510万人(全人口の12%)。うち2270万人が成人(人口の10.4%)、1240万人が子供である。
(日本も酷い。学校給食が既にジャンクフード化されています。画像はビックコミック・オリジナル連載の「玄米せんせいのお弁当」より
全く酷いアメリカ社会の現実です。一方で50億円のボーナスをもらう金融機関の経営者がいる一方で「飢餓状態の国民」が総人口の1割あるのですから。昔の印象では肥満は「金持ち」でしたが,今や貧困の象徴になっているのがアメリカ社会です。
そうした格差社会に追い打ちをかけるのが災害や、社会システムの歪みです。
「民営化による国内難民と自由化による経済難民」(P36)は、かつて小泉純一郎氏と竹中平蔵氏がほめたたえた「アメリカの新自由主義」の暴力性,酷さを著者の堤未果氏は淡々とレポートしています。
2005年8月のハリケーン・カトリーナ。あの大災害は人災だったのです。その最大の原因はブッシュ政権によるFEMA(連邦緊急事態管理庁)の実質民営化という誤った政策でした。
きちんとした災害防止プログラムを掲げ、FEMAは活動していたら、2005年のような大災害は防げました。
「1979年に第39代ジミー・カーター大統領によって設立されたFEMAの当初の使命は,国家に対する「すべての危険:についての最悪のシナリオを扱うことだった。
中略。
災害の緩和に1ドルを費やせば、災害復旧コストの2ドルを節約する」をキーワードに1999年のハリケーン・フロイト上陸時には数日前から1軒1軒の家を回り300万人を避難させることに成功した。」(P43)
災害対策の専門家は政府の災害対策機関を民営化したのは大きな間違いであると指摘しました。「民間会社の第1目的は効率良く利益をあがることであり、国民の安全維持という目的と必ずしも一致しないからです。」
低地への被害は当初から予測され、州政府は連邦政府への沿岸堤防の強化を訴え支援の申請をしましたが,ブッシュ政権はことごとく却下してきました。
更に酷いのは罹災地の復興計画。貧困地区の住宅跡は撤去され、「我々は湾岸を自由企業中心の地に作り替える。官が取り仕切るニューオーリンズ復興など問題外だね。」(P51 共和党研究グループの発言)
同じことは学校教育現場でも「自由化」「民営化」の弊害は著しい。移民の子弟は教育の機会が乏しく、高校を卒業しても低賃金の仕事しかない。大学など進学すら出来ない。
更に仰天したのは「一度の病気で貧困層に転落する人々」の項目でした。
アメリカの医療現場の風景を描いたテレビドラマ「ER」を見たこともあります。またアメリカ野医療の貧しさ,酷さを描いた映画「シッコ」のマイケル・ムーア監督の映画の背景も薄々知っていました。
またオバマ大統領が悲願の国民健康保険。医療制度改革の必要性と,執拗に何故白人層が「反対するのかわかりませんでした。それはアメリカの医療制度の酷さのようです。数字を示されると仰天します。
66Pに盲腸手術の都市別総費用ランキングが出ていました。それによりますと、
1・ニューヨーク 243万円(1日)
2・ロサンゼルス 194万円(1日)
3・サンフランシスコ 193万円(1日)
4・ボストン 169万円(1日) という具合です。これはひどい!
わたしも23年前に盲腸の発見が遅れ,腹膜炎を併発し緊急手術を受け2週間入院したことがありました。この入院費用はNYであれば、3402万円!です。到底支払えるものではありません。
「アメリカの国民1人当りの平均医療負担額は,国民皆保険制度ある他の先進国と比較して約2・5倍高く,2003年度のデータでは1人あたり年間5635ドルになる。
民間の医療保険に加入してもカバーされる範囲はかなり限定的で一担医者にかかると借金漬けになる例が非常に多い。」(P67)
出産も入院すると1日4000ドルから8000ドルかかるので、妊婦は出産するとすぐに帰宅するそうです。
「アメリカには日本のような一律35万円の出産育児一時金制度がなく、すべて民営化による自己負担のため,所得による格差のしわよせが妊婦達を直撃する。入院出産費用の相場は1万5000ドル(139万円)だ。(P71)
一方医師も看護師も競争原理で酷使され、病院同士も競争原理で競うので,医療ミスが頻発しているようです。民間保険会社は金儲け主義で,極力保険金を支払わないし、掛金は高額になり支払いに追われてしまう。
米国では無保険者が数千万人を超えている。完全な棄民政策です。
これらの現実のレポートを読んでいきますと「アメリカは先進国だ」「アメリカの真似をして規制緩和して郵便局もなんでもかんでも民営化すれば日本はよくなる」とわめき続けた小泉純一郎氏や竹中平蔵氏の「構造改革」の正体はこの冷酷なアメリカ社会の現実だったのです。
更にアメリカ社会の本質をついている報告は「世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」です。(P146)
アメリカは徴兵制度を廃止しています。前線兵士や兵站を担う「外地派遣会社員」も主体は貧困層の人達です。兵士は「大学へいけるから」「学費を軍の給与で支払えるから」ということで危険なイラク戦争の最前線に行かされています。それも「生活のため」なのです。
驚くのは貧困地区の高校生の個人情報を軍が入手し,執拗なリクルート活動(それにもノルマを課している)を行い、兵士を調達し、イラクへどんどん送り込んでいることです。
更には武器弾薬を運搬するトラック運転手や雑役工はアメリカの貧困層だけでなく、軍とつながりのある民間会社が世界中に求人し、イラクへ送り込んでいます。
こちらは軍人でないため死亡しても戦死者にカウントされません。「民営化された戦争」という「貧困ビジネス」をアメリカはイラクで行っているのです。なんともおぞましい現実ではないでしょうか。
驚愕するアメリカの貧困社会の現実をレポートした筆者の堤未果氏はあとがきでこう述べています。
「1つの国家や政府の利害ではなく,人間が人間らしく幸せに生きられるために書かれた憲法はどんな理不尽を力がねじふせようとしても決して手放してはいけない理想あり、国をおかしな方向に誘導する政府にブレーキをかけるために私たちが持つ最強の武器でもある。
それをものさしにして国民が現実をしっかり見つめたときに,紙の上の理念には息が吹き込まれ、民主主義は成熟しはじめるだろう。」(P206)
「何が起きているかを正確に伝えるはずのメディアが口をつぐんでいるならば、表現の自由が侵されているその状態におかしいと声をあげ、健全なメディアを育て直す、それもまた私たち国民の責任なのだ。
人間が「いのち」ではなく、「商品」として扱われるのであれば、奪われた日本国憲法第25条を取り戻すために,声を上げ続けなければならない。
この世界を動かす大資本の力はあまりに大きく,私たちの想像を超えている。だがその力学を理解することで、目に映る世界は異あっまでとはまったく違う姿を現すはずだ。戦うべき敵がわかれば戦略も立てたれる。
大切なのはその敵を決して間違えないことである。」(P206)
筆者は無知や無関心になることは「現実をかえられないのでは」という恐怖を生んで、いつしか無力感になり力を奪われる。「目を伏せて口をつぐんだとき,私たちははじめて負けるのだ。そして大人たちが自ら部隊を降りたときが、子どもたちの絶望の始まりになる。」と堤未果氏は言っています。
アメリカ社会は理想社会ではありません。しかし未だに日本には「アメリカ型の格差社会に構造改革しないとグローバル競争に勝てない」と叫んでいる輩がいます。
舛添要一氏もそうです。渡辺喜美氏もそうです。皆「アメリカ追随主義者」にすぎません。
ちゃんとわたしたちは見るべきものをみないと,取り返しのつかないことになることを肝に命じないといけないと思いました。ぜひ一読をお薦めします。
一貫して「アメリカ追随主義」を主張した小泉純一郎氏。アメリカに追随し,服従して日本社会をめちゃくちゃにしました。郵便貯金をアメリカのハゲタカ金融資本に差し出そうとまでしました。
アメリカの言いなりになりイラクに自衛隊を派兵し,日本に対してアラブの人達,イスラムの人たちの怒りと憎悪生み出しました。
構造改革・民営化。規制緩和の「負の社会面」をはっきり見ないといけないです。
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