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2010.12.02

先輩Oさんを偲ぶ

 大学時代のサークルの先輩Oさん。新入生のときは4年生か、卒業されておられました。生真面目な人で、男の長髪が流行していた時期でしたが、きちんとした短髪で身なりも清潔にされていました。

 随分昔のことであり、先輩がどのような発言をされていたのかまで記憶にありません。ただ飲み会やマージャンを一緒にした記憶はありません。でも印象に残る人でした。

 卒業後は手堅い地方公務員になられました。趣味は登山で日本各地の山を殆ど登られたと聞きました。16年前に休暇で四国へ来られ1度だけ卒業後にお会いしました。

 お互いの通信は、年賀状のやりとりだけでした。

 11月に5年ぶりに東京へ行きました。その折東京在住のサークルの同輩のA君が、関東近辺の当時のメンバーに声がけをしてくれました。年齢的にも皆多忙なので、4人が集合し懇親を深めました。

 幹事役のA君がO先輩に連絡しても応答がなく、程なくしてご兄弟と連絡がつき、逝去されていることが判明しました。

 O先輩は公務員を早期退職され、山登りに専念しようとしてところ病魔が襲い半年間入院されていたそうです。全快し、夏に山登りを再開したところ、登山道路から滑落し、亡くなられたそうです。

 結果的にわたしの上京する行為によって、O先輩の消息が判明したとのことです。

 葬儀は9月ごろ、職場の山の仲間たちがお別れ会をされたそうです。私が上京した1週間後に納骨をされるということで、A君他2人が納骨式に参列したそうです。

O先輩安らかにお眠りください。

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