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2011.02.05

「読み上手 書き上手」を読んで

Saitoutakahsihon


 「読み上手 書き上手」(齋藤孝・著・ちくまプリマー新書・2008年刊)を珍しく購入して読みました。著者はマスコミなどに頻繁に登場している人です。

 学生相手の講演もしているようで、文章は平易でわかりやすい。今風に言えば「エントリー・シートの書き方」なんていう項目(P160)もあります。

 面白いなと思いましたのは、「問い」ではなく「発問」を意識しよう(P74)でした。

 筆者は大学で、教員を目指す学生に「授業のやりかた」を教えているようです。そのなかに「発問」がいかに大事かをこの本のなかでも説明しています。

「たとえば、「こころ」を書いたのは誰ですか?」という問いなら、答えは「夏目漱石」で、そこで答えは終わってしまいます。これは普通の「問い」、ただの質問にすぎません。

 一方「発問」は「どの時点で主人公はKを裏切ることにしたのでしょうか?」とか「Kが自殺する前に考えたことは何だったのでしょうか?」いうような問いです。
 聞かれた方は「こころ」から読み取らないと答えられません。つまり、そのことをきっかけにして考えが深まるようなものを「発問」といいます。

 授業ではこの発問づくりが重要なポイントになります。だいたい3つくらい良い発問が思いつけば、授業はうまくいきます。ところがクイズ方式のように、くだらない質問しか思いつかなければ、一問一答式で終わってしまって、あまり考えが深まりません。つまり、考えを深めるための問いが必要だということになります。」(P75)

「かつてソクラテスは、答えを見つけることが重要ではなくて、問いを作り出すことが重要だといいました。

 何かの問いを投げかけることによって。初めて次の何かが生まれてきます。たとえば「なぜ林檎が落ちるのか?」という問いがあれば、それを受けて答えられる人はたくさんいたかもしれませんが、その問いを発すること自体がニュートンの素晴らしい能力だったわけです。」(P76)

 文章上達のコツを齋藤氏は「発問」を活用することが、文章上達の「極意」の1つであると言っております。

「まずはとにかく、「発問」を書き出してみましょう。そうすれば嫌でも長くて中身のある文章が書けるようになります。なぜなら「発問」を書き連ねたら、その答えが必要ですから、嫌でも答えを含めた文章を書かざるを得ないからです。」(P76)

 とはいえ齋藤氏はこうも言い切っています。

「はじめからクロールできれいに泳げる人はいません。生まれてから5年で上手に話す子はいますが、上手に書くことはできません。

 読み書きは、泳ぎを身をつけるような意識的にトレーニングをするべきものであり、そうするだけの価値のあることなのです。」(P191)

 いわゆる「ハウ・ツー」本に分類される「読みやすい」本でありますが、なかなか中身がありました。これで少しはわたしの雑文も少し読みやすくなるかもしれません。
 
 「発問」と言う考え方はそのとうりであると思います。

 以前地元コミュニティFM局で番組づくりをし、自分で出演していました。そのときも
「質問」を考える労力が4割。収録が1割。収録後にテープ起こしをしてまとめてホームページに作成する労力が5割でした。

 まさに「発問」の大事さが番組の面白さのコツであるし、ゲスト出演者の特色を引き出す能力であると当時思いました。文章を書くのもそれと同じことであると思いました。

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