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2011.03.26

隣家のおじさんが逝去されました

 25日の午後は、母を連れていの町の隣家(父の住居)のご主人の告別式へ参列しました。84歳でした。先月は高知の自宅の隣家のご主人が逝去(90歳)でしたので続きました。

 2人とも立派な超高齢者ですが、ご家族にとっては元気にいつまでも元気で長生きしてほしいと思うのは当然です。25日の告別式の喪主は同級生。彼は私と異なり優秀で高校からは私立進学高校から、東京の難関私大へ行き、地元有力企業へ就職し、現在部長になっています。

 普段は冷静な彼が、出棺前の喪主の挨拶で声を詰まらせていました。

「父はもともと心臓が悪くペースメーカーを入れておりました。2月にも具合が悪くなり日赤へ入院していました。回復して退院し、亡くなる前日には家内と2人で実家を訪ね寿司を持参したので一緒に食べました。お土産のシュークリームも3個食べました。

 翌日の午前3時に容態が急変し、救急隊が来ていただいたときは脈がありませんでした。わたしはまだ3年位は元気かなと思っていましたが、突然のことで驚くばかりです。ただ自宅で亡くなったのが良かったと思います。」自分の言葉で述べられていました。

 葬儀はいの町のご近所の人たちが多く来られ、普段会わない人たちとの交流を母はしていました。母は高知市で私と同居しているからです。「春になってもっと暖かくなったら来てくださいね。」と皆さんに言われていました。(現在いの町の父の古家には上の子どもが住んでいます。)

 お隣のおじさんは、長年小学校の教員をされていました。定年後は主に自宅に居られ、町内の活動などもされていました。温厚な正確な人であり、私の様にすぐに「瞬間湯沸かし器」になることもなく、いつも笑顔で話し掛けてくれました。

 時折地元新聞に短歌を投稿されていました。安らかにお眠りください。ご冥福をお祈り申し上げます。

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