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2011.03.01

今日は県立高校の卒業式-2冊の卒業アルバム

  3月1日は高知県の公立高校の卒業式です。若者が進学や就職していく旅立ちの日です。

 39年前の1972年は、わたしは高校を卒業できませんでした。卒業を前提に前の年の春には卒業アルバムの写真も撮影し、アルバム代も支払っていたので、卒業できなかったにもかかわらず、クラス写真や個人写真にも掲載されています。

 翌年留年して、ようやく高校を卒業できました。その年は進学する大学も2月に決まり、卒業試験もなんとかクリア(大学入試より高校卒業のほうが難しかった)し、春を迎えました。

 おまけに卒業できなかっただけでなく、「連合赤軍事件」も表へ出て、浅間山荘の「立てこもり」だけでなく、陰惨な「仲間殺し」「リンチ殺害の現実」が発覚し、大きなショックを受けたものでした。

 高校の勉学も放り投げ、当時「信仰」していた毛沢東主義が、その「象徴」の1つであった連合赤軍。連合赤軍の支持者でもシンパでもありませんでしたが、毛沢東主義者の集団としてでは注目していましたから。それもすべて「幻想」であったことが、このときに明らかになりました。

 自分のしていたこと。努力をしていたことが全く無駄であり、徒労であった事実は、辛く重たいものでした。実に情けない高校生でした。

 主任の担任教師はしきりに自主退学を勧め、大検で大学を目指せ。留年しないでくれ、学校へこないでくれと言いました。15日の追卒業もさせてくれませんでした。一切の連絡もないまま、4月の登校日を迎える有様だったのです。

 それが留年し、大学へ合格してから学校の教師の態度が豹変しました。まともに生徒扱いしてくれました。そして2冊目の卒業アルバムもあります。ですので私には2冊高校の卒業アルバムがあるのです。

 遠い昔のことですが、「昨日のことのように」蘇ります。わたしを悪ざまにののしった教師たちに街ですれ違うことがあったら、タダではすませないと思います。

 と「熱い気持ち」もありますが、居酒屋で一杯やっても良いとも最近は思うようになりました。年の功なのでしょうか?

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» ケンちゃんの「二冊の卒業アルバム」 [川越だより]
3月1日(火)雨  カツヨシさんが編集してくれる「きいちご」7号の原稿整理で一日くれました。夜は春の旅第二弾(4月)「九州の友人たち」の立案のため、霧島市(鹿児島県)・人吉市(熊本県)・武雄市(佐賀県)などの古い友人たちと交信しました。学生の頃から社会...... [続きを読む]

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