「国家の罠」を読んで
「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」(佐藤優・著・新潮社・2005年)を読みました。佐藤優氏といえば、外務省で鈴木宗男氏とコンビを組み、対ロシア外交で成果を上げたが、なんだか「いかがわしい」こわもての外務官僚という印象でした。
どういう罪状で逮捕され、拘置所に1年半も収監されていたのか、詳しくは知りませんでした。しかしこの本を読んでわかりました。また佐藤氏は大川周明の「米英東亜侵略史」の解説本も書いています。骨太の国家史観があり「只者ではない」という印象を持っていました。
まず驚いたのは日本の外務省には、佐藤氏在職当時3つの潮流があったということです。
「一般に日本外交は対米追随で、外務省には親米派しかいないという論評がされている。この論評は、半分外れている。半分当たっている。日本外交は常にアメリカに追随しえちるわけではない。
捕鯨問題、軍縮問題、地球温暖化問題など重要問題で日本がアメリカの方針に従わないことも多い。しかしわたしも含め、外務省員は全員親米派である。
ただし親米の中身については、日本はアメリカと価値観を共有するので常に共に進むべきであるという「イデオロギー的な親米主義」と、アングロサクソンは(英米)は戦争に強いので、強いものとは喧嘩をしないしてはならない。という「現実主義」では「親米」という結論は同じだとしても、その論理構成は大きく異なる。
ここで強調したいのは、外交の世界において。論理構成はその結論と同じくらい重要性をもつということだ。」
「東西冷戦期には資本主義対共産主義と対抗する上でのイデオロギー的な親米は、現実主義の観点からも日本の国益に適っていた。しかし1991年12月にソ連が崩壊し、新生ロシアは自由、民主主義、市場経済という西側と価値観を共有する国家に転換したので、反共イデオロギーに基づく親米路線はその存立基盤を失った。」
「こうした冷戦構造の崩壊を受けて、外務省の内部でも、日米同盟を基調とする中で、3つの異なる潮流が形成されてくる。そしてこの変化は外部からは極めて見えにくい形で進行した。」
「第1の潮流は、冷戦がアメリカの勝利により終結したことにより、今後、長期間にわたってアメリカの1人勝ちの時代が続くので、日本はこれまで以上にアメリカとの同盟関係を強化しようという考え方である・
具体的には、沖縄の米軍基地移転問題をうまく解決し、日本が集団的自衛権を行使することを明言し、アメリカの軍事行動に直接参加できる道筋をきちんと組み立てれば、日本の安全と繁栄は今後とも長期にわたって保証されるという考え方である。
この考え方にたつと日本は中国やロシアと余計な外交ゲームをすべきではないということになる。これを狭義の意味での「親米主義」と名づける。」(P57)
小泉ー安部内閣はまさにこの路線で「対米従属外交」を展開し、イラクへも自衛隊を派兵したのでした。引用がながくなりますが、以下の部分も記述します。
「第1の潮流はアジア主義である。冷戦終結後、国際政治において深刻なイデオロギーの対立がばくなり、アメリカを中心とする自由民主主義陣営が勝利したことにより、かえって日米欧各国の国家エゴイズムがむき出しになる。
世界は不安定になるので、日本は歴史的、地理的にアジア国家であるということを、もう1度見直し、中国と安定した関係を構築することに国家戦力の比重を移し、その上でアジアにおいて安定した地位を得ようとする考え方である。
1970年代後半には、中国語を専門とする外交官を中心に外務省内部でこの考え方の核ができあがり、冷戦終結後、影響力を拡大した。」
「第3の潮流は地政学論である。この人達は特定のイズム=主義を否定する傾向が強いからである。中略。
日本、アメリカ、中国、ロシアの4大国によるパワーゲームの時代が始まったのであり、この中で最も距離のある日本とロシアの関係を近づけることが、日本にとっても、そして地域全体にとってもプラスになる、という考え方である。
中略
「地政学論の数は少なかったが、橋本龍太郎政権以降の,小渕恵三,森吉喜郎までの3つの政権においてそれにもとづく日露関係改善が重視されたために、この潮流に属する人々の発言力が強まった。」(P58)
鈴木宗男氏や佐藤優氏はこの潮流のなかに」あるようですね。」
鈴木氏による北方領土への社会基盤整備も、日本とロシアの微妙な外交バランスの上に立って実施されました。特に昔から北方領土へ来るロシア人は「訳あり」だったようです。
本土より給与を倍にする配慮が旧ソ連時代にはありました。ソ連邦が崩壊後は特別な支援がロシア政府にはできなくなりました。鈴木氏や佐藤氏は、北方領土住民への「協力」という形(支援や援助という言葉はロシアのプライドを傷つけるので使用しない)をとりました。
電力事情が悪く、ロシア政府は建設費用が莫大にかかる地熱発電の構想を言っていましたが、実現はしませんでした。ディゼル発電機の供与という形で「協力」関係を上手に作っていました。
ムネオハウスといわれた施設も、旧島民がビザなし交流で宿泊する施設も、島民の災害時の避難施設でもありました。
施設の建設時の利益供与問題ということで、鈴木宗男氏と佐藤優氏は検察に逮捕され、国策捜査が行われ、有罪判決を受けました。とくに著作を読む限り問題は全然ないようにも思います。
現在ロシアは本国から政府幹部が次々と訪問し、社会基盤整備を推進し、実効支配を強めています。無為無策の菅内閣は「暴挙だ」と国内向けに勇ましい発言を繰り返し、かえって北方領土問題を解決不能にしてしまいました。
そのあたり佐藤優氏は以下のように記述しています。
「小泉政権成立後、日本は本格的な構造転換を遂げようとしています。
内政的にはケインズ的な公平配分政策から、ハイエク型傾斜配分、新自由主義への転換です。外交的には、ナショナリズムの強化です。
鈴木宗男氏は内政では、地方への自らの政治力をもって中央に反映させ、再分配を担保する公平配分主義者で、外交的には、アメリカ、ロシア、中国との関係をバランスよく発展させるためには、日本人が排外主義的なナショナリスムに走ることは却って国益を毀損すると考える国際協調主義的な日本の愛国者でした。
鈴木宗男氏という政治家を断罪する中で、日本はハイエク型新自由主義と排外主義的なナショナリズムへの転換を行っていったのです。」(P386)
鈴木宗男さんは現在またも収監され、佐藤優氏は外務省を退職してしまいました。小泉内閣以来の「アメリカ従属外交」の負の面が出てしまい、ロシアにも中国にもきちんとした外交交渉ができていません。
アメリカからはメア前沖縄総領事の「人種差別発言」も飛び出し、こちらもおかしなことになっています。
なかなか読み応えのある著作でありました。
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