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2012.01.08

「戦略的思考とは何か」を読んで

Senryakusisouhonmm


 「戦略的思考とは何か」(岡崎久彦・著・中公新書・1983年刊)を読みました。随分前に書籍店で購入し、読んでいませんでした。最近何を思わず読みました。なかなか含蓄のある著作でありました。

 著者の岡崎久彦氏は1930年生まれ。長年外務省に勤務。海外駐在の経験も豊富。調査活動もされていたらしい。本を書いた頃は博報堂に勤務されていました。官庁も民間企業も「情報」を大事にする部署であるので、ことさら日本の近代史を検証すると「戦略的思考」が弱いことを指摘されていました。

 1905年の日露戦争で、当時の超大国ロシアに善戦した日本軍。あれほどの戦略・戦術を動員、外交、政治、謀略、などの総力戦を展開して辛勝したのに、その教訓や反省点はその後の歴史に全く活用されることはありませんでした。それはなぜなのか。

岡崎氏はこう記述しています。

「一般的には日本の旧軍の欠点として、アングロサクソン風の情報重視戦略ではなく、プロイセン流の任務遂行型戦略を採用したことが指摘されています。
 つまり勝てそうかどうかの見極めをつけてから戦闘を行なうのではなく、与えられた兵力で与えられた任務をいかに遂行するかを考えるということです。

 中略・・。 太平洋戦争では、彼我の戦闘力、補給能力の差を無視して、幾万の有能な戦士が任務遂行のために無謀な戦闘に従事して白骨と化しています。

 しかしこう見てくると、客観情勢の無視は、「清水の舞台から飛び降りた」太平洋戦争の開始をそれ自体の考え方のなかにすでに存在するのであって、単に明治以来のプロイセンの影響だけでなく、おそらくは島国という恵まれた環境に育った日本民族の、世界にも稀な経験の乏しさ、そこからくる初心さが、外部の情報に対する無関心と大きな意味での戦略的思考の欠如を生んできたといえましょう。」(P26)

 アヘン戦争以来の海外勢力によル侵略の脅威を、日本は日露戦争の総力戦で退け、日英同盟の締結で幕末以来の脅威を完全に取り去りました。それは「たいしたこと」でした。しかしその後の40年がいけませんでした。

 著者は日本陸軍の将校の反省を語らせています。

「日露戦争そのものが、いかなる世界戦略の下で戦われ、その結果が勝ったがどうかも分からない日本が、その後そうするかと考える方法もなかったのが実態だった。

 ・・・・何故に陸軍は情報を軽視するようになったのか。それは戦略を無視したからである。何故に戦略を無視するようになったのか。それは・・・戦略は極秘として記録されない習慣があり、そのために完全な戦略白痴状態になっていたことに気付かなかったためである。」(P88)

「指導者層だけは戦略がよくわかって、それ以外は敵も味方も騙せるというような武田信玄のような時代ならともかく、デモクラッシーの社会では、皆が戦略的な白痴になるか、だれでも戦略を知っているかのどちらかの選択しかないわけですから、後者しかないでしょう。

 現にアメリカでは何もかもあけっぴろげで、アメリカの戦略は、ソ連の人でもアメリカの雑誌を読めばわかるようになっています。だからこそ、アメリカでは軍人レベルでも戦略がわかるようになっているわけです。」(P89)

 坂道を転げるように、何故日本が凋落し、戦略なしにその後の戦争を始め、終わらす戦略もなく、世界中を相手に戦争を仕掛け無残に敗戦を迎えてしまいました。戦略を軽視する思想に戦争指導者が取り付かれていたのが主たる原因なんでしょう。また「戦略」を考慮する国民文化も育たなかったことがより傷を大きくしたのですね。

「甲陽軍艦の言うとおり、十分の勝ちのあとの戦勝に酔ってしまったという常識的な解釈で十分なのでしょうが、日露戦争を国民の反対を押し切って妥協で終了させねばならなかった情勢判断と戦略を、政府中枢のごく少数の人だけが知っていて、一般国民はおろか。政府と軍の幹部の大多数も知らされず「戦略的白痴」の状態をつくってしまったことにも責任がありましょう。」(P101)

 また筆者の考えは左右両派の空論を斬り捨てています。

 「日本はデモクラッシーの下で戦争をしたことがないので、愛国心1つとっても、過去の伝統の中にその源をたぐると帝国主義時代に求めるざるをえなくなります。」(P134)

「いまから考えて見れば、戦後30年間の左翼思想といい、右翼思想といい、パックス・アメリカーナの下では、観念の遊戯だったような気がします。

 つまりいま必要なのは、日本が勅命している潜在的脅威を計算して、それに対して、有事の際日本に来援可能な米軍の力と、現在の日本の自衛隊の力を足してみて、足りない分を早くアメリカと協力して相談づくで何とかするということです。足りないものを買うのに右翼思想もなにもありません。

 そしてこういうまったく現実的な必要に上に立った防衛ならば、必要が薄まれば、またアメリカと相談してテンポを緩めることになることは自然の成り行きです。アメリカは必要だからこそ日本の軍備を希望しているのであって、日本の軍国主義化に対する期待などはカケラもないことはだれが見ても明らかです。

 こうやってあくまでも観念的な理由づけは徹底的に排除して、軍事バランスの現実の上にだけ防衛思想を築くという習慣を確立すること、これが「平和愛好的で、勘定高い」デモクラッシーの防衛思想を日本に根づかせる最も自然な方法でしょう。」(P135)

 この著作は28年前に書かれたものですが、2011年の東日本大震災後の日本人の生き様に対しても警告を出しています。たとえばこういう記述です。

「貯蓄率の高さは世界最高です。それをいままでは、国家が全部、産業の近代化に投資して、現代の最先端国家をつくりあげたのです。

 逆に言えば外国の貯蓄率は低いと言いますが、各家庭が貴金属や宝石に使うお金、備蓄用の倉庫や屋根裏部屋に投資する費用などを考えればあるは総額はそうちがわないかもしれません。

 誕生日に子供に金貨を与えるフランスの家庭と、派手なパーティをする日本の家庭とでは、フランスのほうが堅実でしょう。人間誰でも、少しでも将来のことを考えればチャランポランで暮らせるはずはないのであって、唯一の違いは。政府とか国家とか社会とかに対する信頼感の問題かもしれません。

 日本人はいざという時の備蓄も宝石も、貴金属もなく、地下室にはじゃかいもの買い置きもないという、フランス人やイラン人やドイツ人から見れば身の毛がよだつような危う状況にいて、国家、社会だけを信頼しているわけです。

  中略  いつまでも余剰は全部産業と国土開発に使って、国民経済は、有事に際してはきわめて脆弱なままにしていてよいかという問題は当然起こりましょう。

 現段階では思いつきでしかありませんが、備蓄用の倉庫、地下室をつくろうという企業や個人に政府が長期低利の融資をすることも考えられましょう。

 さらに1歩進んで地方自治体が、地域住民のために公用地とか小学校の地下に貯蔵庫をつくることも考えられます、こうなると封建時代の義倉のシステムと同じになってきます。}(P270)

 筆者は言います。「日本が自分の意思にかかわらず戦争に直面せざるを得ない場合のことを考えておくのは、平和を望む者にとって、むしろ教養の1部といってよい。」と。

 むしろ南海地震への生き残りの防災対策を1住民の立場で考えていくうちにどうしても{戦略的な発想」になっていくのです。当然といえば当然なのです。

 大地震の揺れ、地盤沈下、液状化、大津波、火災、長期浸水など1つでも大変なのにわが二葉町では全部罹災する可能性が高い。生き残るためにも戦略的な発想が必要なんです。

 参考ブログ 二葉町防災新聞

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コメント

しばやんさんのご指摘のとおり「最悪のことを考えてシステムを考えるべき」ということは大正解ですね。

 個人生活でも、企業でも自治体でも国政でも同じことは言えます。

 危機意識や問題意識を共有しないから、「想定外」と言い訳する原子力関係者は厳罰にすべきでしょう。日本の国土を減らしたのですからね。

 日常的に個人でも町内会レベルでも「危機意識」を持ち、自治内などと折衝し、「想定外」などと言わさないようにしないといけないですね。

投稿: けんちゃん | 2012.01.09 08:24

「日本が自分の意思にかかわらず戦争に直面せざるを得ない場合のことを考えておくのは、平和を望む者にとって、むしろ教養の1部といってよい。」というのはいい言葉ですね。

国防に限らず、防災についても、同様のことが言えますね。最悪のことを考えてシステムを考えるべきで「想定外」という言葉を安易に発する神経は無責任の極みです。

投稿: しばやん | 2012.01.08 23:46

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