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2012.02.13

偉大な商人浜口梧陵

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 1854年の安政地震の時、集落を大津波が襲ってくることを察知した浜口梧陵は。刈り取ったばかりの稲を積み重ねた「稲むら」に火をつけ、沿岸部の住民を高台へ誘導し、村人の多くを救いました。「稲むらの火」の逸話の実在者です。

 小泉八雲の逸話と真実は少し異なっていたようですが、高台への避難誘導のために、稲むらに火をつけ村民それを目印に安全に避難したことは事実だそうです。

 この人の業績はそれに留まらず、大津波で大きな被害を受けた村人のために、炊き出しを行い、避難所をこしらえ、罹災した漁民や農民のために事業再開資金の提供や、家屋の無料提供などを次々と実行していったことです。

 災害復興に手をこまねいていた紀州藩や幕府に代わり、浜口梧陵は私財を投じて防波堤の建設を行い、職を失った村人たちを支援しました。村人の命と暮らしを優先し、地域の復興に尽力したリーダーが浜口梧陵でした。

 市民の命と財産を守るために地方政治も国政もあるべきなんです。少しは浜口梧陵を見習えと思います。

 稲村の火の館 http://www.town.hirogawa.wakayama.jp/inamuranohi/

 しばやんさんのブログ記事にも詳しく記述されています。

 「稲むらの火」のものがたりと安政南海地震の津波の真実」

  

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コメント

 しばやんさんコメントありがとうございます。「稲むらの火」の物語と、浜口梧陵と同じ人であったと気付いたのは、しばやんさんのブログ記事を読んでからでした。ありがとうございました。

 関西にこれほど偉大な人物がいたというのは発見でした。自主防災会で記念館の見学に行こうかなと思いましたが、片道陸路で7時間。フェリーで5時間もかかるので断念しました。

 個人的には1度は訪ねてみたいです。

 大阪市の橋本市長の一党が勢いがあるようですが、災害対策、防災対策への関心は全く薄く、それを指摘すると排除するような排他的な集団でした。

 今の政治屋に必要なのは、浜口梧陵のような無私の精神です。地域を想う心であり、実践力です。つくづくそう思います。

投稿: けんちゃん | 2012.02.15 08:19

けんちゃんさん、私のブログ記事を紹介いただきありがとうございます。

あの記事は3.11の地震の直後に書いたのですが、ほとんど1年になろうとするのに今頃「復興庁」を創設することになるとは「想定外」でした。

濱口梧陵のような人物が出てくることを期待したのですが、政治の世界も言論の世界も企業経営の世界も、しかるべき地位にある人物が、「我が身を守ること」や「目先の利益」ばかりを優先して、「国民の生活を守る」ことを軽視しすぎているように思います。

政治家にせよマスコミにせよ企業経営者にせよ、濱口梧陵の時代と比べれば、はるかに外国の影響が大きくなってきていますが、いずれも国民を軽視しているといずれは国民から見放されてしまう時が来るでしょう。


投稿: しばやん | 2012.02.14 00:25

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