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2012.03.28

読むに値したポスト誌の吉本隆明追悼記事

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週刊ポスト4月6日号 53P-P57までの追悼記事はまあまあでした。

常に大勢に迎合せず、孤立無援でありながらも独自の思想体系を構築してきた骨太の下町の親父さんであった吉本隆明さん。「賞味期限のない思想家」であり、著作も300冊以上あるので、ゆっくり読んで検証すればいいですね。読んでいない若い人たちもこれから読んでみる思想家であると思います。

 全共闘運動世代の英雄なんぞでは決してありません。「その程度」の存在でくくられるひとではありません。

 昨年年末に大枚3000円を出して高知市の金高堂書店で買い込んだ「完本 状況への発言吉本隆明」をいまだに読破していません。字も細かいし分厚い著作本ですからね。

 今週号の週刊ポストは吉本隆明氏の追悼記事でした。「新聞・テレビの追悼特集では伝えないエピソードと発言から、足跡をたどるとあります。

(画像は今日購入した5480円のデジカメで誌面を撮影しました。読むことは辛いとは思います。その場合はお金を出して購入しましょう。400円です。)
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「吉本氏は戦争を担うほど年長ではなく、教科書に墨を塗るほど幼くもなかった。
 だから一番敏感に戦後という時代のいかがわしさを嗅ぎ取りました。

 戦前から繋がる知のドラマの舞台裏などなかったかのようにふるまう戦後知識人に対して「そんなはずはないだろう」とまっとうな疑問を投げかけたのが出発点です。」(橋爪大三・東京工業大学教授)

「知的上昇は自然の過程であり、階級からの離脱することは悪でもなければ善でもない。さらに大衆はズルくて性悪な面がある一方、倫理的にまっとうなところもある。
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 インテリは階級離脱をやましく思う必要はないが、大衆のこうした性格を常に自己のうちに取り入れなければならない。これが吉本さんの考える「大衆現像」です。」(鹿島茂・評論家)

 1980年代は大衆消費社会を吉本隆明氏は肯定的にとらえていました。女性誌でブランドものの服を着用しモデルをつとめたこともあったそうです。その行為を作家で評論家の埴谷雄高氏から「資本主義のぼったくり商品を着ている記事をみたらタイの青年は悪魔と思うだろう」と批判しました。(P54)

 吉本隆明氏はこう反論したそうです。

「先進資本主義国日本の中級ないし下級の女子労働者は、こんなファッション便覧に目配りするような消費生活をもてるほど。豊かになったのか。というように読まれるべきです」(P54「重層的な非決定へ」)

 1984年の「マス・イメージ論」あたりから糸井重里氏との親交が始まったようですね。

 また刺激的な文言をしらっと言っています。週刊誌でも取り上げていますが先日読んだ糸井重里氏との対談集「悪人正機」ではこんな言葉もありました。

「本当に困ったんだったら、泥棒して食ったっていいんだぜ」

 NHK?ETVの追悼番組「吉本隆明語る 沈黙から芸術まで」のなかでも発言されていましたね。

「言葉はコミュニケーションの手段や機能ではない。それは枝葉の問題であって、根幹は沈黙だよ」(「貧困と思想」P55)
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 各評論家の皆さん方の吉本隆明評もなかなか面白い。「平成には語るべき対象がなかったのでは。昭和の時代とともに吉本隆明は死んだ。」(佐野眞一・ノンフィクション作家 P56)

「かつて日本がアメリカ相手に起こした日米戦争にしても、日本人は共同幻想によって誰1人疑うことなく、しつに真剣に戦いました。

 しかし戦争が終わるとその幻想はきれいに消え去り。誰もが「何をやっていたんだ」と我にかえった。

 共同幻想で考えればストンと腑に落ちるのですが、当時そんなことを考える人はいませんでした。国家を幻想という概念で捉えるー独創的な理論ですね。(岸田秀・心理学者・P56)

「吉本の「大衆の現像」が完全に破綻したのはオウム事件の時だった。「麻原彰晃を高く評価する」という珍論を発表し、大衆を唖然とさせた。

 吉本の「大衆の現像」は、「大衆の幻像」だったのである。

 吉本は全共闘世代の「共同幻想」だった。」(呉智英・評論家・P57)

 賛否両論でなかなか重厚な議論が読めて楽しかったです。久しぶりに週刊ポストを購入しましたが、今週号の「さらば吉本隆明」と「吉本隆明とその「格闘」はなかなか読み応えのある記事でした。

 わたしはいわいる吉本隆明の「信者」ではありません。でもこの人は、土佐弁で言う「いちがいな」(へんこつな。いごっそう)でもありますね。亡くなる直前でも「原発肯定論ではないか」という発言をまたま行い、次女の作家吉本ばなな氏が「父は衰弱しておりますので、そっとしていただけませんか」というコメントを出すぐらいでした。
 
 要するに社会の大勢が1つの方向へ一気に動くことへの警戒感、疑念を常にもたれている社会思想家であったということなのでしょう。その理論の賛否は多いことでも影響力のある人だったとつくづく思いました。

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