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2012.07.25

「アメリカの大罪」を読んで

Amerikataizainisbehon


「アメリカの大罪」(西部邁・著・小学館文庫2003年刊)を読ましました。ブック・オフで105円で購入しました。さすがは右翼業界の理論家だけに読み応えはありました。

 著作は小泉純一郎内閣全盛期に書かれています。アメリカ1国主義、アフガンやイラクへの侵略戦争。追随した小泉政権。「規制緩和が叫ばれ、日本的慣行は古い、高コスト体だ。グローバル・スタンダードな経営にしないと国際競争に勝ち抜けない。」と狂気のように叫ばれていた時代を背景にしています。

「第3の開国ということがいわれている。明治維新、対米敗戦に次いで日本が門戸を広く世界に開くべき時がやってきたというわけだ。そして今の開国は、金融方面を中心とする日本の産業体制の世界平準化のことだとされている。」

  (中略)

「しかし、第1の開国を指導した福沢諭吉似ならって言えば、グローバル。スタンダードとやらで、日本社会を律せよと叫び立てる連中は「開花先生」であり、「改革者流」であり、「心酔者流」である。」

「つまり自分らの国が「固有の文明」を持っているとも、持つべきだとも考えない精神的に無国籍の連中が、高度国際化にすぎない現在の歴史的段階を。世界が単一の標準によって律せられるものとしての世界主義(グローバルリズム)の段階と取り違えているわけだ。」

「世界標準は、当たり前のことだが、天から降ってくるのではない。それは今の世界における最強の政治的および軍事的な覇権国アメリカからやってくる。アメリカがそれを供しうると構えられるのは、貨幣と技術という(少なくとはみかけの上では)、脱歴史的な、それゆえに普遍的な、代物を操作する点で主導権を握ったからだ。

 歴史から遊離した貨幣・技術の働きは俗悪である。つまり私達の眼前で進行しているのは、グローバリズム=アメリカニズム=俗悪という三位一体を奉じる,邪教というべき、経済宗教なのではないか。」

 そして西部邁氏流に、「平成改革」なるものを看破しています。

「日本人がこの邪教のお先棒を担ぐはめになっているのは、あっさりいって、あの対米大敗戦のトラウマから、つまり精神的外傷から、抜けだせないでいるにほかならない。

 アメリカのことを批判する文書に接するたびに、これは反米ァ、嫌米か離米かなどと自問してしまうことが、すでにして、対米属国人の振る舞いに当たる。

 こうしたおそましい心性にもとづいているがゆえに失敗に帰すること必然の行動、それが5項目出会ったか、10項目であったか誰も覚えていないのであろうが、ともかく「平成改革」というものなのであった。」

  中略

「つまり高度国際化社会において活力豊かに生きるための前提条件である「開かれたナショナリズム」についてだる。諭吉ふうにいえば、自国の歴史という精神的地盤の上に「一身独立」を成し遂げた日本人によってのみ日本の「一国独立」が実現される。」(P216)

 散々宣伝された小泉時代の「規制緩和」によって、安定した職場から追われ、労賃は下がり、日本は格差社会になりました。

 そして未だに「平成維新の会」に小泉内閣の残党が顧問としてい座り、再び日本社会を混乱に陥れようとしています

 西部邁氏の「世界観」にも一利あるなと思い読みました。

橋下徹大阪市長の「大阪維新の会」に対しても本質を見抜き批判をしています。
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