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2012.09.28

貧乏であることは恥ずかしいことではない

 最近つくづくそう思います。元々金持ちでは全然なかったが,最近より貧乏になりました。家の外で酒を飲む機会は,30代や40代の頃から言えば激減しました。家でも酒を飲むことはめったにありません。

 若い頃はビールも大瓶でケースで買い置きして毎日飲んでいました。今はやめています。お酒の買い置きも原則辞めました。どうしても飲みたいときは,近くのコンビニへ買出しに行き飲みます。買い置きがなければ惰性でお酒を飲むこともありません。買い置きしていると,自分で「今日は反省して飲むぞ」とかでどうしても口実をこしらえ飲んでしまいます。なければ我慢してお茶をわかして飲んでいます。

 朝食もパン食を辞め、日本食に。ご飯に納豆。前日の夕食の残りを食べます。パン食と違い腹持ちがいいのでお昼まで持ちます。外食はめったにしません。

 所得が減ったら減ったで楽しめる生活をすればいいのです。主に経済的理由でお酒を飲まなくなったので、随分健康になりました。たまにある宴会へ出たりしますと、お酒が美味しいと感じます。自然に感謝の心が出ます。

 休日の楽しみは夜須でのヨットでのセーリング。こちらは年間艇置き料を支払えばコストはさほどかかりません。昼食代が600円程度と,シャワー代金が200円程度です。それだけで1日遊べますので。

 昔の人が,座って半畳,寝て1畳とか言っておりましたが、そうである生活をしているので,自然であるし。困りません。卑屈になることもありません。

海へ出てセーリングしていますと、幸福感があります。海から,太陽からエネルギーをいただいているからです。

でもいつまでも貧乏ではいたくはありません。なんとか努力して自分のやりたいことをしたいものです。そうでなければ人生を楽しめません。

 125歳まで生きるつもりなので,必ず貧乏から脱出したいと思います。

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コメント

なかなか「125歳まで生きる」とは言えないものですが、それが言えるけんちゃんはすごいですね。
体力、気力があって、やりたいことがまだまだあるということなのでしょう。

子育てが終わって、家内と二人の生活になって、人生の豊かさとは何かということを考えるようになりした。収入は多いに越したことはないですが、多いから幸せになるわけでもなく、競争に勝ち残るから幸せになるのでもない。お金のために、自分の信念を曲げて生きたり、他人の奴隷のように生きても仕方がありません。
大切なことは、健康であることと、精神的に自由であること。
いつまでも言いたいことを言い、書きたいことを書くけんちゃんでいてください。

投稿: しばやん | 2012.09.29 13:06

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