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2012.12.12

二葉町自主防災会の活動と今後の目標

  あくまで個人的な思いを書いてみました。関係者の合意形成が得られたものではありませんが、自分なりに地域活動の目標が確立されました。活動の総括と今後の展望を書いてみました。

1)二葉町自主防災会の結成と活動について

 二葉町自主防災会は、2006年12月に結成されました。本格的に活動をし始めたのは2007年でした。

 1番悩み対策に苦慮したことは、「二葉町地域は全域が海抜0メートル地帯である。」「自然地形の高台は皆無。耐震性のある公共建築物は皆無」ということでした。

 2007年に防災マップを作成する時点でも1番の悩みでした。そこで二葉町自主防災会としては、独自の方策を実行しました。

*徹底した個別世帯の防災世帯調査を独自に実施しました。個人情報である「障害の有無」「年齢」「もしもの時の連絡先」などを記入いただきました。(記入者の判断で描いていただきました。)

 二葉町町内会へ未加入の人にも書いていただきました。総じて皆協力的であり、ネガティブな反応はありませんでした。

*耐震性のある公共建築物が皆無なので、二葉町内にある4階建て以上の賃貸マンションのオーナーと交渉して、独自の「津波避難ビル」を指定しました。「緊急避難を要する事態発生に避難所として使用する協定書」を高知市役所の関与なしに、独自に指定しました。

*土佐国道事務所とも交渉し、近隣の鏡川大橋歩道部を「災害時要援護者一時退避所」として利用することの許可を散りました。「二葉町防災マップ」に表示しています。

*2008年には、1995年の阪神大震災で大きな被害を受けられた神戸市長田区の鷹取町内会を現地訪問し、交流会を開催しました。

*2009年には、今治市の自主防災会と共同炊き出し訓練をしました。

*2010年は南海地震に関連して地方居議会議員や国会議員との「タウンミーティング」を開催しました。

*2011年は、東日本大震災後の活動としては、仁淀川町への疎開を将来念頭に置いた交流事業を実施しました。また下知コミュニティ‥センター屋上部に、災害時対応のLPガス非常用ユニットを設置いたしました。

2)自主防災会活動の限界と現状

自主防災会の自己資金は、二葉町町内会から支給される2.5万円のみです。高知市役所災害対策課へ申請すれば、「自主防災会の活動を促進する事業」ということで、年間10万円を上限に活動費用の補助が受けられます。

 しかし市役所を通じて交付される交付金は、県の資金が半分あり、なにかと制約が多く、本来の目的に使用できません。例えば、「防災マップ」です。二葉町防災マップは2007年に作成しました。5年が経過したので、新たに作成しようにも、財源がないので作成が出来ません。

 また地域全体も高齢化が進行し、また町内会へ加入していない賃貸アパートの人も多く、若い人たちの参加も少なめですので、今後の対策が必要です。単独の二葉町自主防災会としての対応だけでは、「もしも」の時には当然対応ができないと思います。

 地域の彼岸である下知コミュニティセンターが2013年4月に開館します。それに対応して下知地域11の自主防災会と3つの準備グループが加盟し、10月2日に下知減災連絡会(会長森宏(二葉町自主防災会)・副会長西村健一(同)・事務局長坂本茂雄(サーパス知寄町2自主防災会副会長‥県議)が出来ました。

 下知コミュニティセンターの地域住民による運営委員会のなかに「防災部会」をこしらえました。副会長に荒木三芳(二葉町自主防災会)、坂本茂雄(サーパス知寄町自主防災会)、防災部会長に西村健一(自主防災会)がなりました。より広範な減災活動が期待できます。

 下知コミュニティ・センターの運営委員会(地域住民団体で編成)にも防災部会が出来ました。防災部会長に西村健一(二葉町自主防災会)が担当します。2つの地域団体が同時に誕生しますので、今後はより下知地域を意識した活動を展開することが期待できます。

3)住民発意の減災・疎開・再生計画について

 行政側から「与えられる」防災計画や避難対策ではなく、地域住民から出てきた対策を、今後は実行していきます。当然完全なものではないし、検討課題は多い。

①(仁淀川町への疎開の検討)

 2011年から住民同士の交流は行なっています。二葉町は南海地震の規模にかかわらず、長期浸水ししばらく地域に住めないことは明らかです。

 すべての住民が山間部の仁淀川町へ移転するのは不可能であることは私達もわかります。高齢者や乳幼児などの「災害時弱者」を優先的に「畳のある住居」へ移設したい。そういう重いです。

 高知県庁も高知市役所も検討はしているようですが、具体的な話は何も現在ではありません。むしろ災害対策本部の機能の一部を岩手県の遠野市がそうであったように、仁淀川町や大豊町へ移設し、「バックアップ機能」を充実させるような提案もしています。

 仁淀川町と二葉町の交流事業

②(巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂製軽量浮体構造物の提案)

 高台のない高知市下知地域には、津波避難ビルの指定でしか低地の住民が津波をやり過ごす方法はないと行政側は言います。

 しかし足腰の弱い高齢者‥障害者の皆さまには避難が難しいです。住民発意の避難用施設として「巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂製軽量浮体構造物」を今後提案していくつもりです。発泡スチロールの素材を人工地盤として活用し、開放型の避難施設に活用するものです。

 普段は公園や学校の校庭に埋設し、浸水が始まれば浮き上がり多くの人達が救助されるしくみです。発泡スチロールは既に各種土木工事で使用されており実績があります。

 使用される箇所は万能ではありません。また津波に対する知見も不十分です。国や県や高知市に働きかけ、実証実験を行い、産官学民の検討委員会を立ち上げるように今後は行政側に働きかけて行きます。

Futaijspkotani

③(防災区画整理の実施と立体換地による津波避難ビルの建設)の提案

 沿岸部0メートル市街地の土地の売却は路線価では事実上不可能です。つまり自助努力での土地売却ー高台土地への移転は、現状の経済状況、行政の対応では不可能です。高台移転ができるのは富裕層のみであり、ここにも経済格差がでています。

 とは言えひとたび津波に襲来を受ければ、長期浸水状態になることもあり、自宅も会社事務所。倉庫も二葉町にある現実では、廃業しかありません。再建は不可能です。事実宮城県の同業他社も地震津波で被害を受けました30社のうち20社が廃業しています。

 簡単な問題ではありません。国の関与,県と市の関与が必要です。高知市の市街地がすっぽり移転できる土地がない現状では、低地での行政主導の防災区画整理事業と立体換地、津波非避難ビルの建設しか抜本的な解決策はないと考えます。

 そのために何をすればいいのか。問題は山積みです。

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