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2013.01.25

大島渚監督を追悼して「日本の夜と霧」をVTRで見ました。

  大島渚監督作品「日本の夜と霧」(1960年・松竹)をレトロのVTRでアナログテレビで見ました。時々筋が画面に出ます。「夜と霧」だからそれでいいんです。

 場面も夜で霧のかかった学生寮の周辺であるとか、1960年安保闘争の夜間の場面や、結婚式の場面も夜。昼間の場面は全くありません。

 学生運動を通じて知り合った男女結婚式。祝辞も左翼運動らしい「修飾した言葉」の羅列。今聞くとパロディのようにしか思えません。
Tugaway

 結婚式の最中に、「デモが終わって来ました。僅か数百人しかいない。君たちはなんだ!闘争は終わっていないぞ!」と乱入します。いまは爺さんになり、「たかじん」の番組ではファシスト老人ぶりを発揮している津川雅彦が、安保全学連(ブント)の学生役ですからね。若々しいし、猛々しい。

 悪役俳優の戸浦六宏と佐藤慶が、回想画面では学生服を着て、ヘーゲル哲学を語っている。学生寮の壁の落書きには、マルクス・レーニン・毛沢東と書かれてあり、共産主義思想が「ユートピア」であった時代を忍ばれますね。
Touray

 時代背景には、朝鮮戦争前後は日本共産党は武装闘争を指示し、多くの学生が参加し逮捕され、傷つきました。学生寮での「スパイ監禁事件」もその当時の話。方針をめぐって学生同士の論議があるものの、指導者の学生は「共産党の意向をかさ」にきておさえこんでしまう。

「お前の客観主義が帝国主義・反動につけこまれる隙をつくるのだ。物取りが貧乏学生寮に忍び込むはずはない。スパイに決まっている。」「との強引な論理で仕切ります。
Satokeiy

 それからわずか半年後、武装闘争は放棄され、歌と踊りのフォークダンス運動になり、しきりに「若者よ体を鍛えておけ」のアコーデオンの演奏ともに男女の学生が歌い踊る運動に大転換。要領のよい幹部は居座り、偉そうに指導者づらをしていました。

 戸浦六宏と佐藤慶は反発するも流される。それを新しい安保世代の津川雅彦が批判する。「あんたらは何をしていたんですか。これほどいい加減な方針転換を許す方がおかしい!!」

「党の後ろ盾があるものに、個人は対抗できなかった。」と戸浦六宏と佐藤慶。津川は「ハンガリー動乱とスターリン批判で共産党の権威なんかないんだ。とらわれるほうがおかしい!」と議論は平行線。

 仲人を務める共産党の指導者は「マスコミ等におだてられ、労働者組織と遊離した一部の跳ね上がり学生の村存在は統一戦線の阻害以外なにものでもない。」と全く議論はかみ合わない。

 1960年安保の年に大島渚監督は「やっつけ」「突貫工事」でこしらえた作品のようでした。でも時代背景はでています。日本共産党の路線のぶれと、指導者層のいい加減さ。安保全学連からブント(共産主義者同盟)の勢いと崩壊、共産党に縛られていた当時の左翼運動。古典ですね。

 上演4日目で打ち切られたそうです。おそらく共産党関係者からのクレームではないでしょうか。大島渚監督のこの映画に見られる「パロディ」は面白い。」でも生真面目な日本共産党信仰者には許しがたい映画なんでしょう。

 面白おかしく鑑賞しました。

 ただ半世紀前も今も同じですが、左翼の皆様は旧左翼、新左翼も問わず、「異論を」認めることはありません。独善的。相手の批判ばかりしている体質は昔も今もかわりませんね。市民大衆から支持されない根本原因がその「体質」であると大変良く勉強になりました。お笑いとすれば秀作です。

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