コニヤン早すぎるぜよ!!
2月13日午後6時、コニヤンこと小西豊さんのお通夜へ行きました。会場は高知市から福井のベルモニー福井。夕方の時間だし、下知から北部環状線沿いなので、少し早めに車で行きました。
早めに行きましたが、既に大勢の人が来ていました。」なんとか駐車場へ自力で入れました。お通夜式場の椅子席へも着席できました。定刻の午後6時から、故小西豊さんのお通夜が始まりました。
僧侶の祈祷が始まりその間に、葬儀所の係員がお焼香を促します。私は前の方の席でしたので、早めに焼香ができました。次から次と焼香の人たちが絶えることがありません。会場からはみ出し、階段から1階まで参列者の列は続いていたようでした。
僧侶の定番の祈祷が終わりましたが、焼香は終わりません。小西豊さんの同僚、教員仲間、地域の人、教え子とおぼしき社会人や教え子、高校時代の同級生や、私のような最近の知り合いなど、参列者は500人以上はいたと思われます。
義理で参列した人たちではありません。皆が皆、私も含め、小西豊さんの早すぎるご逝去を悲しみ、目を腫らし、泣いている人たちもいました。喪主の奥様と、93歳のお母さま、2人のご子息たちも参列者に真摯に応対されていました。
焼香は40数分以上かかりました。ようやく参列者がとぎれますと、司会者に促され、小西豊さんの教え子の1人で20歳の青年がギターを抱えて現れました。そして祭壇の小西豊さんに挨拶をしました。
「わたしが落ち込んでいるときコニヤン先生は励ましてくれました。曲を一緒になってつくりました。その曲を歌います。」と涙ながらに語りました。そして自作の曲を披露していただきました。しみじみと心をこめた歌声でした。
そして最後に奥様が気丈に参列者に挨拶されました。参列者は聞き入りました。お通夜の式は終わりましたが、多くの人たちは暫く佇んでいました。
入口にコニヤン・コーナーがありました。お元気なころの写真と著作本、似顔絵が展示されていました。皆コニヤンとの思い出を語っていました。
駐車場が大混雑。道路へ出るまでに時間がかかりました。これほどの人たちに慕われていた小西豊さん。ご冥福をお祈りいたします。ご家族の皆様、どうか小西豊さんを誇りに思われてください。
追悼文を書いていましたら、小西豊さんの出身高校の大先輩である鈴木啓介さんからお電話がありました。お通夜の様子をお伝えしました。「それはコニヤンの人徳だな。一生懸命やってきたことは、人の心に伝わるんだよ。」と言われました。
本当に高知県は惜しい人物を失いました。
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コメント
NOKA母さんコメントありがとうございました。わたちとコニヤンはブログを通じたたかだか4年程度の交流履歴です。
それでも彼の急逝にはショックだし、驚くばかりです。気持ちの整理がついていません。
教え子やそのご父兄の悲しみは想像つきません。
投稿: けんちゃん | 2013.02.17 16:02
信じたくないけれど、真実なのが
本当に悲しくて悔しい。
触れたくない事実だけれど、
誰かに小西先生の偉業を知らせたい。
複雑なブログです。
投稿: noka母 | 2013.02.16 20:58