”ドーハ”から20年 成長した日本サッカー
20年前の1993年10月28日に、カタールのドーハにあるアルアリ・スタジアムでのW杯アジア最終予選のイラク戦。後半ロスタイムにイラクがゴール前にクロスを上げ、へティングシュートが日本ゴールに吸い込まれ、2-2に。日本のW杯初出場は夢と消えました。
試合終了後力なくグランドに崩れ落ちる日本選手。その1人1人をオフト監督が抱き起し声をかけていました。今でも覚えています。
当時は高知青年会議所の最終年度。何の会合か不明でしたが、シニアのおじさんたちに居酒屋で説教を食らっていた記憶があります。2次会などへ行かずいそいそと自宅へ戻りTV中継を見ていました。
ゴン・中山の勝ち越しゴールで勝ちは見え、いよいよW杯かと思われたその瞬間に暗転し、日本はW杯に出場できませんでした。スタジオで解説していたのは岡田武史氏。一瞬スタジオが凍りつき、長い沈黙がありました。
それから20年。本当に日本代表は強くなりました。「アジアの壁」を乗り越えられなかった時代が長く続いたことを知る者にとりましては夢のようです。同年にスタートしたJリーグの発足・発展も日本サッカーの底上げに大きく貢献しました。
2013年のアジア最終予選を勝ち抜き、来年のブラジルW杯の出場を決めた日本代表選手の共同記者会見が6月5日に行われました。選手各位は高い目標を口にし、本大会の活躍、なかには「W杯の優勝が目標」とまで言う選手までいました。
中学・高校時代のわずかな一時期サッカーをしていた私としては感激もひとしおです。土のグランドで、ただボールを蹴ることしか能がなかったレベルの低い私でしたが、「見る」楽しみが出来て本当に良かったです。
「前線のためがないから攻撃の連動性がない」「点取り屋が出てこないと駄目」と往年の名選手の釜本氏は指摘します。「課題」はわかっていますので、問題解決に動いてほしい。
欧州へ武者修行に行っていた森本、宮市選手はどうしているのでしょうか?点取り屋の台頭が望まれる日本代表です。
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