伝説の名勝負「栄光の銅メダル 日本男子サッカー」を見ました。
NHKBS-1で「伝説の名勝負「栄光の銅メダル 日本男子サッカー」を見ました。
まさに映像は45年ぶりに見ました、当時の日本のエース釜本氏と、メキシコのDFサンチェス氏が試合の様子を解説いただいたので、良くわかりました。
ボールの支配率は圧倒的にメキシコ。中盤から日本のゴール前まで頻繁に運ばれます。しかし日本はマンツーマン・ディフェンスでマークを外さず、ゴール前で跳ね返します。感心したのは裏を足られる場面は1回もありませんでした。
前半の早い時間帯に、左サイドの杉山が相手ゴール近くに持ち込み、相手DFを引きつける。そこへFWの釜本と宮本が2人同時に動いて入ってくる。相手DFが宮本の動きに気を取られていたすきに、釜本はDFのマークを外し、フリーに。杉山からのパスが入り、。右足のシュートがメキシコゴールに。

2点目も似たような場面があり、ゴール正面で釜本が、胸でトラップして左足の弾丸シュートが決まりました。

こうなると10万人の観客が地元メキシコのメダルに期待していましたのに、声援がブーイングに変わり始めます。後半に入ってもメキシコの攻勢。8割はメキシコボール。ことごとく日本DFに跳ね返されます。
後半に入ってまもなく。日本DFがPKを取られます。PKをGKの横山が阻止します。PKが入っていたら流れは変わっていたことでしょう。その後もメキシコは攻勢をかけます。日本は前線の釜本以外は全員が自陣で守備。クリアボールは大きく蹴り出すだけ。
後半30分過ぎにメキシコの観客が腹を立て始め、観客席の貸し座布団をピッチに投げ入れ始めます。どんどん投げ入れはじめ、試合は一時中断。こんな場面があったのか忘れていました。ロスタイムはなく、そのまま試合終了。日本がメキシコに2-0で勝ちました。

今見ても凄い試合でした。個人技やパスワークはメキシコが上です。日本は懸命の守備的なサッカー。完全なカウンター狙い。攻撃は杉山、釜本、宮本、渡辺の4人でやっていただけです。釜本の身体能力と杉山のスピードが目立ちました。

(往年の名選手杉山氏)

(番組では釜本選手がメキシコシティを訪ねレポートする形式でした。)
DFは小城や森、山口などが懸命にクリアしていました。そして最後まで足がとまりませんでした。頑張りは凄かったです。1968年のメキシコ五輪で銅メダルを男子サッカーが獲得しました。1968年10月24日のことでした。
当時伊野中学校の3年でした。翌日ゴム製のサッカーボールを購入し、遅まきながらサッカーの練習をしました。昼休みには手を使わないサッカードッチボールヲをやりました。当時伊野中学にはサッカー部はありませんでした。有志で同好会をこしらえ、朝倉中学へ遠征しにいったりしました。
翌年高校へ入学。サッカー部へも入部しましたが、中学時代からサッカー部をしていた連中には勝てませんでした。70年安保闘争の前年ですから高校生反戦会議の結成にも参加しました。何かと忙しい日々でした。部室で煙草を吸っていた上級生の連中とウマが合わず、結局サッカー部は半年で退部してしまいました。
土のグランドで練習していました。選手としては補欠で半年足らずでした。以来サッカーファンになり、時折日本代表の試合やJリーグの試合をTV観戦するようになりました。それだけ印象に残る試合でした。もう45年も前の出来事なんですね。いやはやです。
それ以来五輪もW杯もアジアの壁が突破できず低迷していた日本サッカー界。転機はやはり1993年のJリーグの発足でした。96年には28年ぶりに五輪へ出場。98年には悲願のW杯へ初出場しました。以来五輪もW杯も途切れることなく連続出場をしています。
その歴史を思い出す番組でした。3時間見ていて良かったです。
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