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2013.10.22

「現代語訳 土佐物語」を読んで

Tosamonogatarihonmm

「現代語訳 土佐物語 四国の勇姿の戦国期」(中島重勝・著・南の風社・2013年3月刊)を読みました。

 毎週金曜日にはりまや橋商店街で「人生相談」をしている島本茂男さんの著作です。
中島重勝はペンネームで、長宗我部家臣団の1人中島与市兵衛重勝の名前だそうです。原本は江戸時代(1708年頃)に書かれた吉田孝世(長宗我部家臣の子孫。1645年~1713年)によって書かれた軍記物。

 長宗我部元親の生涯を中心に,興起から滅亡に至るまで、さまざまな人物やエピソードにもとづいています。その現代語訳です。615ページもあり、6300円もする書籍ですが、島本さんの「偉業」ですので購入しました。

 大作なので一気には讀めず、3月に購入し7か月ぐらいかかりました。高知県の南国市岡豊付近の武勇に知られているが小勢力であった長宗我部氏。本山氏との合戦に敗れ、本拠地を放棄し、中村の一条氏を頼って落ち延びて行くところから物語は始まります。

 中村の一条氏も元は京都のお公家様。関白にゆかりのある一族でしたが応仁の乱のおり。土佐の中村へ逃げ延びました。当時の土佐も土豪が群雄割拠していましたが、一条氏は格上であるがゆえに、守護や国司に近い役割をしていた土佐物語にあります。

 長宗我部元親の父、国親は、しばらく中村一条家の保護下にあり、時が来て、本拠地の岡豊城が返却されたときに戻り、元親が誕生したとあります。

 こうした縁もあってか長宗我部家は田舎の土豪でありながら、教養・学問があり武勇にも優れていましたので、ほどなく周辺の土豪を従えて勢力を拡大していきます。長宗我部元親も初陣までは、武術よりも学問にも勤しんでいたので、家臣からは「姫若君」と言われていました。
 
 しかし初陣の長浜での本山氏との合戦で勇ましい若武者ぶりを発揮し、敵の城も奪いました。その最中に父国親が病死しますが、長宗我部家臣団の信望を一気に集めました。元親の奥方も明智光秀の家来の娘であり上方から娶りました。このあたりも田舎にありながら中央の同行に関心を払っていた長宗我部元親の凄さの1つでした。

 合戦の様子や家臣団の様子が淡々と記述されています。今に残る高知県各地の地名が頻繁に出て来まして、なるほどそういうこともあったのかとうなづきながら読んでいました。

 長宗我部元親は、力責めばかりでなく、調略も行い、対立していた相手を臣下にして勢力を拡大してゆきました。かつて祖父が破れた本山氏を打倒し、安芸の土豪安芸氏も合戦で滅ぼしました。中村の一条氏には慎重に対処し、当時の当主の乱暴狼藉を戒め、忠告を何度もしましたが、聞き入れないため追放し、領地を併合しました。

 土佐の統一(1675年)に15年かかりました。10年かかって四国をほぼ平定するも、豊臣秀吉が台頭し、攻められ降伏し、領地は土佐1国に押し込められました。

 長宗我部元親に不幸であったのは、九州の島津氏攻めの先鋒を担い、四国の連合軍で大したものの、かつて長宗我部に敗れた諸侯であったため、無謀な戦法で戦い惨敗し、嫡男の信親が戦死したことでした。秀吉は九州平定後大隅国を与えると言われるも辞退しました。

 その後土佐国の検地(長宗我部地検帳)を行い、領内整備を行いました。秀吉に従い小田原攻めや朝鮮出兵も行いました。長宗我部水軍として活躍しています。朝鮮からは200人の捕虜を土佐に連れ帰り、屋敷を建てました。「唐人町(とうじんまち)という町になりました。

 秀吉が亡くなると元親も1年後に亡くなります。

 長宗我部家が不幸であったのは、嫡男信親(のぶちか)の戦死後、後継ぎをきちんと決めなかったことです。それは上杉謙信も同じでした。抗争後盛親が後継しましたが、運もありません。

 関ヶ原の戦では、昔から交流が密な徳川側へつく予定が、そうなならず成り行きで西軍へつきました。結果破れ土佐国を没収され盛親は追放されました。15年浪人して最後は大阪の陣で滅亡しました。

 以前「南海の翼」(天野純希・著・集英社・2010年)を以前読んだことがありました。

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-ef44.html

 同じような物語でしたが、かつての郷土の英雄の栄枯盛衰を追体験しました。一読をお奨めします。

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