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2013.12.05

平成25年度高知市災害対応石油ガス懇談会

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 「平成25年度高知市災害対応石油ガス懇談会」(主催・一般財団法人エルピーガス振興センター)が、2013年12月4日午後1時半から、高知市下知コミュニティ・センターで開催されました。行政(国・県・市町村)、業界(LPガス関係者)、学識者、消費者代表(自主防災会関係者も含まれます。)等で総勢45人でした。。
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 最初に監督官庁の経済産業省・資源エネルギー庁資源・燃料部石油流通課課長補佐の義経浩之氏が「災害に強いLPガスと今後の貢献」と言う表題で基調講演をされました。
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 「現在日本では、LPガスはエネルギー消費量の5%、全国の総世帯の過半数(2500万世帯)の家庭用燃料、全国21万台のタクシーの燃料として利用されている。

 東日本大震災でも津波被害は行政機関や家庭でも甚大でありました。しかしLPガスの復旧は早く4月21日には全面復旧しました。罹災直後の」避難所の炊き出しや、仮設住宅の熱源にも活用されている。」

「震災直後に有効であったLPガスの軒下在庫。震災直後の自衛隊等が支援に来るまでの3・4日の初動時にLPガスの活用で暖房や炊き出しが出て、寒い時期でしたが生命維持に役立ちました。」

「LPガスの利点は個別供給されているので、1戸単位での迅速な復旧が可能である。またLPガスは劣化しないので備蓄に適している。ガソリンが不足していた地域ではLPG車が活躍した。避難所の暖房・炊き出しに最大活用された。」

 次に事業者側発表者である高知県LPガス協会専務理事である島崎啓祐氏からは「高知県におけるLPガスの最終報告及び災害対策の動向について」と言う表題での説明がありました。

「学校や地域での防災学習会や防災炊き出し訓練へは積極的に対応しています。LPガスの安全対策は、ガス放出防止型高圧ホースや、50㎏容器にはバルブプロテクターを設置しています。ボンベのチェーンも2か所で止めるようにしています。
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 容器面、コンロ面でも安全対策が進んでいます。」

「こうした対応が行政機関にも評価され、南国市の奈路防災コミュニティセンターでは、災害時対応バルク(500㎏)、発電機、給湯器、コンロを備えた施設に採用されました。
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 高知市下知コミュニティ・センターでもLPガス災害時ユニットが設置されました。
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また高知市は全消防団にLPG発電機を2014年度までに配備するとのことです。」
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 地元「消費者代表」として、西村健一二葉町自主防災会事務局長から「海抜0メートル市街地で南海トラフ巨大地震から生きのびるために」というテーマで事例発表しました。

 まず「下知地域で生きのびる決意」を述べました。

 「高知市中心街のはりまや橋から東へ1キロ。国道56号線と32号線が交差する高知市下知地域は、戦後市街化され発展してきました。バブル期においては坪120万円を記録した時代もありました。
 今や南海トラフ巨大地震の脅威が言われ出して以来、特に2011年3月11日の東日本大震災以降は、高知市下知地域の土地売買の実績は皆無です。実質0円です。でも固定資産税は路線価に準じて課税されています。

 「生きのびる」という意味は

1)自分の命が助かること
2)家族の命が助かること
3)地域のつながりを保ち皆が助かること
4)生活の基盤(仕事)を確保すること。BCPなど。

 自然地形の高台が皆無な高知市下知地域。地盤が低く、海に近い。最寄りの鉄筋のビルに駆け上がるしか浸水や津波から逃れるすべはない厳しい地域です。

 最近ようやく市役所が津波避難ビルの確保に力を入れ出しましたが、公共施設である市営住宅や学校などの市の指定する津波避難ビルの熱源は驚くことに、オール電化や都市ガスです。
 地域全体が地震で水没し、津波避難ビルにかけあがっても、暖かいものを炊き出しすることができません。大きな地震は冬に起きています。

 今回会合が開催されます下知コミュ二ティ・センターは屋上に、LPガス災害用ユニットが常設されています。開館前に地元自主防災会が要望、LPガス協会さんの支援も得て取り付けることができました。
 9月1日の避難訓練と11月24日の防災炊き出し訓練ではその熱源としての威力を発揮しました。個人的ですが、私も昨年自宅の熱源を都市ガスからLPガスに変更しました。小さな南海地震対策です。
 そういう観点から地元自主防災会の立場から「海抜0メートル市街地で南海トラフ巨大地震から生きのびるために」というテーマで説明をさせていただきます。」
 
「高知市下知地域は1946年の昭和南海地震でも地盤が沈下し、長期浸水した経験があります。1970年の10号台風では大雨と高潮で地域全体が3日間水没しました。

 その後高知市は大下水道、雨水対策事業を延々と行い時間雨量77ミリに耐えうる「浸水に強い地域に」に高知市下知地域はなりました。しかし地盤が低く、軟弱地盤で海に近いということで、南海トラフ巨大地震が起きれば高知市下知地域については「震度7の大きな揺れ、揺れの最中に地盤沈下が最大2メートル、その後津波が来る。浸水は長期間にわたり地域は壊滅する。」と言われています。」

 「3・11」以降下知地域の土地売買はなくなり、自力で高台地域への移転は事実上不可能になりました。今年から高知市役所は「下知地域津波避難計画」を住民各位と策定することになっています。それこそ「計画策定段階からの住民参加」となるように関与し、行政側と協働していくことになっています。

 規模の小さな昭和の南海地震でも下知地域や潮江地域は地盤が沈下し、長期浸水しました。次の南海地震では最大2メートル地盤が沈下すると言われています。

 もしそうなった場合、昔と異なり現在の都市は下水路や雨水排水菅が埋められています。そこからの海水の侵入が想定されます。地震後堤防を修理。改修し排水ポンプで、水を汲みだすわけにはいかないのです。それでは住めません。」

「 東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻市。ここでも長期浸水地域はあります。75cmの地盤沈下ですが、いまだに復旧されておりません。計画では家屋をすべて撤去し、地域の地盤を5メートルかさ上げします。

 そして水道や電気やガスや道路整備などの社会基盤整備を行い、家屋を建てる。早くて7年はかかるとのことです。2メートル地盤沈下した高知市下知地域の場合、はたして再建は可能なのかどうはわかりません。

 それゆえ「仁淀川町と二葉町との交流事業」は報道機関に注目されました。全国紙、地方紙や各TV局に取材していただいています。

 住民同士の交流から市町村相互の交流と災害時の相互支援協定は、災害前から事前に締結する必要があると考えます。減災の大事な考え方であると思います。


二葉町自主防災会の活動と今後の目標(下知減災連絡会との連携)           

1)二葉町自主防災会の結成と活動について

 二葉町自主防災会は、2006年12月に結成されました。本格的に活動をし始めたのは2007年でした。

 1番悩み対策に苦慮したことは、「二葉町地域は全域が海抜0メートル地帯である。」「自然地形の高台は皆無。耐震性のある公共建築物は皆無」ということでした。

 2007年に防災マップを作成する時点でも1番の悩みでした。そこで二葉町自主防災会としては、独自の方策を実行しました。

*徹底した個別世帯の防災世帯調査を独自に実施しました。個人情報である「障害の有無」「年齢」「もしもの時の連絡先」などを記入いただきました。(記入者の判断で記入いただきました。)

 二葉町町内会へ未加入の人にも書いていただきました。総じて皆協力的であり、ネガティブな反応はありませんでした。個人情報より危機感が勝りました。

*耐震性のある公共建築物が皆無なので、二葉町内にある4階建て以上の賃貸マンションのオーナーと交渉して、独自の「津波避難ビル」を指定しました。「緊急避難を要する事態発生に避難所として使用する協定書」を高知市役所の関与なしに、独自に指定しました。

*土佐国道事務所とも交渉し、近隣の鏡川大橋歩道部を「災害時要援護者一時退避所」として利用することの許可を散りました。「二葉町防災マップ」に表示しています。

*2008年には、1995年の阪神大震災で大きな被害を受けられた神戸市長田区の鷹取町内会を現地訪問し、交流会を開催しました。→11月8日に鷹取商店街の石井会長の講演会を開催します。

*2009年には、今治市の自主防災会と共同炊き出し訓練をしました。

*2010年は南海地震に関連して地方居議会議員や国会議員との「タウンミーティング」を開催しました。

*2011年は、東日本大震災後の活動としては、仁淀川町への疎開を将来念頭に置いた交流事業を実施しました。2013年に市役所と交渉し新設の下知コミュニティ‥センター屋上部に、災害時対応のLPガス非常用ユニットを設置いたしました。

2)自主防災会活動の限界と現状

二葉町自主防災会の自己資金は、二葉町町内会から支給される2.5万円のみです。高知市役所災害対策課へ申請すれば、「自主防災会の活動を促進する事業」ということで、年間10万円を上限に活動費用の補助が受けられます。

 しかし市役所を通じて交付される交付金は、県の資金が半分あり、なにかと制約が多く、本来の目的に使用できません。例えば、「防災マップ」です。二葉町防災マップは2007年に作成しました。5年が経過したので、新たに作成しようにも、財源がないので作成が出来ません。

 また地域全体も高齢化が進行し、また町内会へ加入していない賃貸アパートの人も多く、若い人たちの参加も少なめですので、今後の対策が必要です。単独の二葉町自主防災会としての対応だけでは、「もしも」の時には当然対応ができないと思います。

 地域の悲願であった下知コミュニティセンターが2013年4月に開館しました。それに対応して下知地域11の自主防災会と3つの準備グループが加盟し、2012年10月2日に下知減災連絡会(会長森宏(二葉町自主防災会)・副会長西村健一(同)・事務局長坂本茂雄(サーパス知寄町2自主防災会副会長・県議)が出来ました。

 下知コミュニティ・センターの運営委員会(地域住民団体で編成)にも防災部会が出来ました。防災部会長に西村健一(二葉町自主防災会)が担当します。2つの地域団体が同時に誕生しますので、今後はより下知地域を意識した活動を展開することが期待できます。

3)住民発意の減災・疎開・再生計画について

 行政側から「与えられる」防災計画や避難対策ではなく、地域住民から出てきた対策を、今後は実行していきます。当然完全なものではないし、検討課題は多い。

①(仁淀川町への疎開の検討)

 2011年から住民同士の交流は行なっています。二葉町は南海地震の規模にかかわらず、長期浸水ししばらく地域に住めないことは明らかです。

 すべての住民が山間部の仁淀川町へ移転するのは不可能であることは私達もわかります。高齢者や乳幼児などの「災害時弱者」を優先的に「畳のある住居」へ移設したい。そういう重いです。

 2013年1月14日に二葉町自主防災会役員が、仁淀川町宝来荘を訪問。宝来荘をベースにした災害時における地域受け入れの話をしました。「疎開保険」についても提案がされました。
 2013年6月22日、23日は「疎開体験」を二葉町として実施し、仁淀川町安居地区と交流しました。

 高知県庁も高知市役所も「罹災者の疎開」の検討はしているようですが、具体的な話は何も進展していません。災害対策本部の機能の一部を岩手県の遠野市がそうであったように、仁淀川町や大豊町へ移設し、「バックアップ機能」を充実させるような提案もしています。


②(巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂製軽量浮体構造物の提案)

 高台のない高知市下知地域には、津波避難ビルの指定でしか低地の住民が津波をやり過ごす方法はないと行政側は言います。

 しかし足腰の弱い高齢者‥障害者の皆さまには避難が難しいです。住民発意の避難用施設として「巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂製軽量浮体構造物」を今後提案していくつもりです。発泡スチロールの素材を人工地盤として活用し、開放型の避難施設に活用するものです。

 普段は公園や学校の校庭に埋設し、浸水が始まれば浮き上がり多くの人達が救助されるしくみです。発泡スチロールは既に各種土木工事で使用されており実績があります。

 使用される箇所は万能ではありません。ただ津波に対する知見も不十分です。国や県や高知市に働きかけ、実証実験を行い、産官学民の検討委員会を立ち上げるように今後は行政側に働きかけて行きます。

③(防災区画整理の実施と立体換地による津波避難ビルの建設)の提案

 沿岸部0メートル市街地の土地の売却は路線価では事実上不可能です。つまり自助努力での土地売却ー高台土地への移転は、現状の経済状況、行政の対応では不可能です。高台移転ができるのは富裕層のみであり、ここにも経済格差がでています。

 とは言えひとたび津波に襲来を受ければ、長期浸水状態になることもあり、自宅も会社事務所。倉庫も二葉町にある現実では、廃業しかありません。再建は不可能です。事実宮城県のある業界では地震津波で被害を受けました30社のうち20社が廃業しています。

 簡単な問題ではありません。国の関与,県と市の関与が必要です。高知市の市街地がすっぽり移転できる土地がない現状では、低地での行政主導の防災区画整理事業と立体換地、自分たち二葉町住民自らが中心になって津波非避難ビルを建設するしか抜本的な解決策はないと考えます。

④(市役所指定の長期浸水地区への津波避難ビルにLPガス災害対応ユニットの設置を)

 高知市役所指定の津波避難ビルは、都市ガス仕様であり、または電子調理器です。災害時や長期浸水地域では全く役に立ちません。市役所は3日以内に市民を救出し、収容施設へ移送するとの構想らしいですが、10万人の市民が浸水エリアに放置されている状態で可能であるとは思えません。

 飲料水や食料とともに、熱源としてのLPガスユニットは必要であると思います。未だに行政防災担当部署の発想は「カセット式コンロを設置すれば良い」に留まっています。購入後メンテされていない機器類はいざと言うときに使用できるかどうかわかりません。

 LPガスユニットは、普段からガス販売業者により機器が管理され、また地域の自主防災会などで定期的に訓練されるので、いざと言うときにすぐに稼働し、炊き出しが出来ます。

 地域の津波避難ビルである小中学校や公共施設にすべて設置すべきであるし、熱源もLPガスにすべきであると強く思います。そうすればガス発電機も設置できますから、非常用電源や投光器の設置も可能になり地域再生の力になるからです。」

 休憩時間があり、参加者に下知コミュニティ・センター屋上のLPガス災害時ユニットを見学していただきました。
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 発表の後は、それぞれの委員が意見を述べました。

「高齢者住宅は安全性と言うことで、家族などがオール電化住宅を進めていたところがあります。災害対策は弱いと言うことがわかりました。」

「LPガスの効用は理解できましたが、LPガスの中核充填所が、高知市では津波の被害を受けやすいタナスカ地域と中之島地域になります。東日本大震災でも津波火災の怖さが指摘されました。安全対策を望みます。」

「炊き出しおばさんとして女性の位置は決まっているようなところがあります。避難所や収容所の位置決めや運営に女性の意見を事前に検討する必要性があると思います。」

 事業者側からの意見は、

「カセット式ガス機器にブタンが充填されています。低温時には着火しにくい特性があります。冬場には動かないこともあることを知っていただきたい。」

「LPガスタンクが熱を持って燃えている場合は、水で容器を冷却しますと、安全装置が働いて鎮火します。」

 最後の総括を東洋大学社会学部准教授の関谷直也氏がされました。
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「今使える便利であるという道具は、皆が使いだすと使えなくなります。1995年の阪神大震災の時は、携帯電話が通じたと言われました。それは利用者が今よりはるかに少ない時代でした。今は災害時携帯電話はまず直後は使えません。

 LPガスも同じで、今は便利だ使い勝手がいいと言うことですが、皆がどんどん使い出したら使えなくなる可能性もありますね。」

「東日本大震災でガソリンスタンドが使用できなかったのは、小電力がスタンドになかったからでした。原発も電源が断たれたら事故を起こしました。災害は関係者がが事前に想定しなかったことが起きます。」

「大震災直後は、落ち着くまで沿岸部ではすぐに火を使わないほうがいいです。東北でも山のほうでLPガスはすぐに使用できました。落ち着くまで火種は使用しないことを銘記してください。」

 午後5時前に懇談会は終了しました。内容の濃い会合でした。

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