ゴーヤの季節が到来ですね
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今日は雨模様。美容室もお休み。父(94歳)は午前中はゴルフの打ち放し練習。昼食後は散歩へ行きました。母(88歳)は運動不足なので、散歩に連れ出しました。
しかしながら「おめしかえ」に1時間近く毎度の事なのですがかかります。事務所に降りてきたら気が変わらないうちに散歩に連れ出します。

順調に歩きだしたらすぐにご近所の大奥様と遭遇。しばらく立ち話。立ち話の間は腰が痛くないようです。そして再出発。
「腰が痛い」「左足が攣りそうだ、」「もう歩けない」と泣き言の繰り返し。なだめすかして目的にお菓子屋さんに着きました。
着くや否や、好物のドーナツ菓子を選別。そしてカウンターのクッキーも購入しました。この時も「腰が痛い」とは絶対に言いません。

結局散歩は15分程度で終了。なかなか歩かすことは難しい。
戻って来て薬屋へ母のオムツの買い出しに行きました。今日は7%引きの券が出るそうですので。

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少々雨が降ろうが「決められたこと」は実行する父です。朝は8時半過ぎに雨の中自宅を出発、ゴルフ練習場へ行きました。さすがにシニア専用打席は空いていました。

自己流の体操で準備運動しています。そして1球、1球自分のペーズでゴルフボールを打っています。
その間はわたしは読書タイムです。今読んでいる本は「読書脳 ぼくの深読み300冊の記録」(立花隆・著・文芸春秋社・2013年刊)です。

さすがは「知識人」の立花隆氏。今風のデジタル機器にもコメントしてますね。
「デジタル・メディアは注意力を分散させるといわれています。パソコン、スマートフォン、タブレットなどで何かを読んでいても、途中でメールをチェックしたり、リンクをチェックしたり、あるいは検索したりする。
いまのコンピューターのOSは並行していくつもの作業が行うマルチタスクができるように設計されています。そのためにユーザーは次々と画面を切り変えなが作業するのが普通です。そうするとマルチタスク的な注意力を使って、読むことになかなか集中できない。」(「デジタル・メディアは注意力を分散させる」P18)
「ロングテールの尻尾の部分」で社会生活している私は「スマートフォン、タブレット」も所有していないので今一つ理解できない部分がありますが、要は「注意力散漫」になることが、「マルチタスクができる」と言うことなんでしょう。
戻ってくると雨が上がりました。母(88歳)が退屈そうにしていましたので、連れ出して少し散歩しました。昼からはお菓子屋さんまで散歩します。

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五台山への二葉町町内会の「遠足・慰安会」へ超高齢の両親(父94歳・母88歳)とともに家内と一緒に参加しました。
戻ってから両親のケアをし、出かけました。ルートはサンシャイン→ジャストタイム(車椅子返却)→フジ→南国スーパーへ。買い物した食材などを置いて、今度は2014年4月26日に開店したホームセンターダイキへ行きました。

駐車場へ入るに時間がかかりました。なんとか入りますと最初に2階日用品雑貨を購入。屋上の駐車場スペースは、もしもの時の「津波避難ビル」の役目をしています。

ドラック・クストアと家具店とホームセンターが複合店舗になっているようでした。

防災に力をいれているとのことですが、意外に「ありきたり」であり。「これは}という製品はありませんでした。1階部でゴーヤ用の土を購入。帰路に着きました。
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昨日はそろって二葉町町内会の遠足へ行きました。結構長い距離を牧野植物園内を歩きました。昨日は疲れたと言っていましたが、今日は全然平気でした。
父(94歳)は午前中に植田医院で診察と点滴しました。植田一穂先生の診察も特に異常なしでした。その帰りに中宝永町の和住本社の自販機でクレッセント旭のプリペイト・かカードを購入しました。消費税の値上げはなく、ここでは1000円で125発のカードが、従来と同じ950円で買えます。明日29日にリハビリがてらゴルフ練習に連れて行きます。

「どこへ行くがかね?中種かね?」
「ジョイリハへ行くがよ」
「お爺さんも一緒かね。」
「お爺さんも一緒に行くがよね」という会話の繰り返し。
送迎車が来ましたので元気に出かけました。
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今日は二葉町町毎回の恒例の春の慰安会。いつもは近隣の青柳公園での大宴会なんですが、今回は町内会役員の意向もあり趣向を変えて五台山への「遠足」となりました。

下知コミュニティ・センター前から貸しきりバスにて五台山へ行きます。我が家は94歳の父と88歳の母ですので、ご同行の皆様に迷惑をかける可能性があります。あらかじめ高知県庁観光振興部おもてなし課に「通行許可書」を申請していました。うちの自家用車に両親を載せ、家内も同行してバスの後をついて五台山へ行きました。
集合場所は、県立牧野植物園内のスタジアム・ホール(?)でした。バスは往復があり、第2便が来るまで1便の人達と、1便のバスについて行った私たちは指定車駐車場で皆で降り歩きました。

下り坂でしたが結構距離がありました。両親にすれば良い運動になりました。第2便が到着してほどなくお弁当とお茶とビールの配布がありました。
私らは皆さん方が食事する場所とは別に閑散とした場所で家族4人でお弁当を食べました。町内の森食料品店のお弁当でした。美味しくてたっぷり分量もあ参加者一堂大満足でした。
温室まで距離があるので、両親には良いリハビリになりました。「疲れた」と言うので車椅子にも乗せて移動しました。

食事後牧野植物園内の熱帯植物の温室へ行きました。結構見ごたえがありました。
五台山竹林寺の50年ぶりの文殊菩薩のご開帳でしたが、超高齢者を抱える身とすれば、到底移動は無理でしたね。
参加者は83人でした。みなさん大満足でした。
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朝日新聞2014年4月15日号の記事はべた記事でしたが、大変大きな問題を含んでいます。10年後には全国の橋梁の43%、トンネルの34%が建設から50年が経過することになる。
有識者でつくる社会資本整備道路分科会(会長=東京大学大学院教授]は「道路管理者の義務明確化と仕組みの構築が必要。国が統一的な基準を策定し、5年に1度すべての橋とトンネルを近接目視で点検し、健全度を4段階に区分し、修理できない箇所は通行止めにする措置をすべき」と提言しました。
現在は「努力義務」であり「罰則義務でない」。しかも全国の橋梁の75%、トンネルの24%は市町村道にあるので尚更、点検やメンテナンスが難しい。
橋などの防錆管理などもしっかりしないと、危険な橋梁は増え、通行に支障をきたすことになる可能性は出てきます。
点検し、正しい維持管理方法、防錆塗装が必要になるでしょう。そういう場合は「防錆管理士」にきちんと相談していただきたいと思います。防錆屋も対応したいと思います。
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なんだか4月は体調不良やら、行事がたてこんでいたり、天候不順で夜須の海へ来ていませんでした。たしか4月5日に来たものの、翌日から体調不良に。次週末は仁淀川町長者と翌週は三好市池田と山への訪問が相次ぎました。そして今日ようやく来ました。
ウエット・スーツでよさそうですね。陸の上では暑く思いましても海は意外に冷たく,ちょうどでした。居今日は連休のスタートにすればセーリングする人は少なめ。ジュニア・ヨットクラブはお休み。高知大学ヨット部も4艇しか出ていません。出艇時には社会人もいませんでした。

今日の夜須の海は午前中はそこそこの風が吹きまして.操船がせわしいので午前中の海の上での写真はありません。
お昼ご飯を食べて(訪のおむすび)午後の部も海へでましが。午前中より風が弱くなったので、赤岡までセーリングしました。27日に開催される「どろめ祭り」のテントがたくさん赤岡の浜辺に立っていました。

そしてかたずけました。
なんか黒い雲が急に出始め雲ゆきが怪しくなりました。夜須では小雨でしたが、南国市あたりから本降りになりました。

ヤッシー・パークへも行きました。道の駅やすのギャラりーでは押し花展ををされていました。

今日は1日中子どものように朝から晩まで海で遊びました。
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韓国の旅客船沈没事故で、乗客の家族の皆様が大きな体育館の床に雑魚寝をされている姿を何回も見せられました。あの状態はなんとかならなかったのでしょうか?韓国政府閣僚や大統領まで来たのに。
港町だそうですので、大型客船を政府がチャーターし乗客の家族のために客船の個室を提供する配慮は必要ではなかったのかと思います。
http://japanese.joins.com/article/561/184561.html?servcode=100§code=120
24時間プライバシーのない空間におりますと、心身ともに疲弊してきて冷静な判断が出来なくなります。ご家族の方々は辛い思いをされています。
今からでも韓国政府はそうした配慮をすべきではないでしょうか。それをし、きちんと乗客の家族名簿をこしらえておれば、一部のためにする扇動者の潜入も防げたことでしょう。不必要な混乱はなかったでしょう。
今後も船の引き上げ作業などで長期の滞在が必要になるからです。
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父(94歳)は午前中は植田医院にて診察と点滴をしました。血液検査の報告書(4月18日)をいただきました。血清クレアチリン値は2・20で前回4月11日が2・25ですので少し良くはなっています。小康状態を保っています。
診察の折植田一穂先生に「27日の日曜日に町内の慰安会があり、お弁当を食べますが、構いませんでしょうか?」と聞きました。
「1食分ならかまいませんよ。順調に減タンパク食食事療法されておられますから。」と言われました。許可が出来ました。27日は五台山へ母と一緒に連れて行きます。

午後からは母(88歳)を連れてはりまや橋商店街へ来ました。今日は爽やかな晴天です。

まずパン屋さんでドーナツを購入。コロッケ屋さんでコロッケも買います。

谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。コーヒーも飲みました

活き活き100歳体操(介護予防体操)も今日は10人程度の元気な高齢者の皆さんが参加されておられました
。
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藤村正宏氏のメールマガジンからの引用です。引用自由ということなので、掲載させていただいています。
確かに「以下の文章」を読むと、いかに自分は「情報化時代」の流れにとりのこされているかわかります。これがすべて正しいとは思いませんが、時代は間違いなく変化しています。
未だにSNSをビジネスで活用することの方策(意義はなんとなくわかりますが)苦戦しているところです。
ソーシャルメディアのビジネス活用について
ソーシャルメディアは、あなたのビジネスに、とっても影響があるってことを書きます。
世の中が激変しています。
本当に進化しなければ、淘汰される時代なんだと思った。
その大きな潮流はなんといっても「ソーシャルメディア」です。
先週末、甥(弟の長男)と食事をしながらいろいろと話していました。
甥は今年中学を卒業して、都内の有名私立高校に4月から入学します。
15歳です。
彼と話していて、世の中の普通の15歳の生活が見えて、面白かった~。
音楽を聴くのも、もちろんスマホ。
無料でたくさんの音楽を聴いている。
YouTubeの音楽を自分のスマホにたくさん登録していて、楽しんでいる。
普通にどんどんスマホで検索する。
わからないことは、誰にきくわけでもなく、スマホ検索。
LINEやTwitterは普通に使っている。
いつも友人とはLINEで連絡をとっていて、LINE上の70以上のグループに登録している。
グループだから、親に見られることは絶対にない。
そして、一番驚いたことは、Twitterで流れてきた情報で、4月から入学する高校の新入生のグループがLINEで、できているってこと。
ある日、友人からの情報で、Twitterで4月からの新入生のグループがあるという情報を得て、そのハッシュタグで探し、そこに参加。
さらに、LINEのグループに入り、自己紹介とかをして、コミュニケーションしている。
まだ入学していない学校の、今度一緒に入学する人たちと仲間になっている。
まだ、会ったこともない人ですよ。
すごいですよね。
会った時にはもうかなり交流が進んだ状態なわけです。
関係性はもうできている。
そういうことを普通にやっているわけですよ。
多くの若者は。
ボクの甥は小学4年のころからiPhoneを使っています。
というか、ガラケーを使ったことがない。
もうそういう時代だった。
彼らが大人になったとき。
たとえば、高校、大学を過ごした7年後。
どういう世界になっているのだろう。
ソーシャルメディアやスマホを当たり前に使っている。
(スマホは、もうなくなっていて、ウェアラブルデバイスになっているかもしれませんが)
そんな消費者や、そういう部下を相手に仕事をしなければならないってことなんです。
だから、ソーシャルメディアは苦手とか、ソーシャルメディアは効果がない、なんて言って避けていると、ビジネスそのものから排除される人間になるかもしれません。
●未来に対応して淘汰されないように
最近ソーシャルメディアをテーマにした特別セミナーをやったり、ソーシャルメディア活用初級編の合宿をしたり、ソーシャルメディアのビジネスへの応用のしかたをアドバイスすることが多くなってきました。
さらに、ある有名出版社から「ソーシャルメディアマーケティング」の書籍の執筆依頼もきました。
ソーシャルメディアの相談で多いのは、「ソーシャルメディアやりたいけれど、どうやったらいいかがわからない」というもの。
経営者はやりたいけど、なかなか手を出せないという状況。
どんな企業にとっても、確実にソーシャルメディアの運用、対応はしなければならないことです。
でも、ソーシャルメディアマーケティングの正解は、まだ誰も知りません。
試行錯誤をしながら、正解を見つけていくしかないのです。
ただ確実なことは、世の中は変わるということ。
それも、産業革命以来の大きな変化になると思う。
会社経営やマーケティングも、昔の常識は終焉するということです。
アルビン・トフラーは1970年代に、「未来の衝撃」という本で、未来がものすごい速度でやってくるために、それに対応できないという予言をしています。
まさに、現代はそういう時代なわけです。
そしてそれに対応できないものは淘汰されていくのです。
早く到来する未来に対応しなければならないということです。
そのために、旧来の常識を捨てることです。
考え方を変えること。
ビジネスの形を変えること。
ソーシャルメディア時代のやり方に変えていくことが必要になってきたのです。
●消費者はソーシャルメディアでつながっている
ソーシャルメディアが登場して普及することにより、ボクたち生活者は多大な恩恵を受けることになりました。
たくさんの人やモノとつながりやすくなり、とっても便利な生活ができるようになった。
製品やアプリの使い方がわからなかったら、世界中の誰かが動画で教えてくれたり、面白いミステリーの本が読みたかったら、好みが似た人の情報を調べたり。
最新のニュースがTwitterで飛び込んできたり、本当に便利な世の中になりました。
一方そういう世界は企業の経営やマーケティングにも影響を与えています。
ソーシャルメディアマーケティング の見地から考えると、企業は「商売の本質」に戻らなければならなくなった、という意味です。
商売の本質というのは、お客さまの方を見るということです。
競合他社や、業界、マーケットシェアばかり見ていては、やっていけないということです。
当たり前のことなのですが、生活者の声に耳を傾け、いい商品やサービスを作り、購入したお客さまとの素晴らしい関係構築にエネルギーを注ぐことです。
ソーシャルメディア、特にSNSは人と人を緊密につなげることになりました。
このつながりの連鎖が、消費行動を変化させています。
当然、企業もそれに合わせなければ、誰にも見向きされない状況になってしまうということです。
そして、それが加速度を増して世の中の隅々にまで浸透しようとしている。
Facebook、Twitter、YouTube、LINEの普及の勢いには、すさまじいものがあります。
Facebookなんかは人類史上かつて存在しなかった、全世界的な規模で人々のつながりを支えるインフラになったと言えるでしょう。
これらソーシャルメディアの上で、ユーザーが近況をコメントしたり写真を共有したり、コミュニケーションしています。
人々に流れ込む情報共有量の伸びは、想像を絶するほどの量になった。
人ひとりが処理できる能力を超えるようになりました。
だから人は友人や家族などの「つながっている人」の情報に注目するようになるわけです。
ソーシャルメディアの浸透により、口コミの伝播が異常なほどにスピードを増しました。
そして、内容も濃くなってきたということです。
●クチコミがカンタンになった
マーケティングではクチコミが一番影響力が強いと言われています。
これまで、情報はマスメディアや大企業にコントロールされていました。
でもソーシャルメディアの普及により、普通の人の情報が大きな影響を与えるという社会になったのです。
もはやマスコミや企業にとって都合の良い情報だけが生活者の間で流通するわけではないのです。
マスコミや企業による一方的なコントロールは難しくなってきたということです。
もし、あなたが、「クチコミが一番影響力が強い」と思っているのだとしたら、ソーシャルメディアをやらないのは、おかしな話です。
以前に較べると、ソーシャルメディアはクチコミが格段と起きやすくなるから。
ソーシャルメディアのマーケティングにおける可能性は、今後ますます広がっていくでしょう。
FacebookやTwitter、Google+、YouTubeは、マーケティングに使いやすくなっています。
企業が使いやすくなかったら、広告収入が減るからです。
ソーシャルメディアは影響力がないと思っている企業もあるかもしれません。
でもね、これからソーシャルメディアを使わないという選択肢はなくなります。
マーケティングでもソーシャルメディアマーケティングを上手に実施した企業が、これから圧倒的になっていくでしょう。
昔にはもう戻れないのです。
過去の成功体験を守ろうとすると、変化することがつらくなります。
ソーシャルメディアの普及を、あなたの味方と捉えるか、それとも敵対するものと捉えるかで、
あなたのビジネスが大きく変わります。
新しいビジネスの環境を、正確に理解し把握すること。
そしてその環境に順応していくこと。
それが求められているのです。
今は苦しくても、未来に投資することです。
それが希望になるのです。
だって、結局のところ、マーケティングというのは、あなたのビジネスの未来を創出することなのですから。
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ソーシャルメディア。やった方がいいのはわかっているんだけど、どうしたらいいの?
そういう声が聞こえてきそうです。
*正直未だにわからないですね。個人ではそこそこ利用していますが。
*会社の宣伝ばかりのFBページを読むのは「時間の無駄」で読みたくない。
*自社のことばかり書いている人もいますが、これまた読みたくない。面白くないからですね。
*FBページもありますが、きちんとしたページはそれなりにコストをかけています。どうもわたしの会社のスタンスでは上手くフェイスブックは活用できていません。現代の形体では活用できそうにもありません。
*時代が変わっていることはとてもわかりますが、かといって何をしていいのかわからないですね。
*FB関係の講演をしている講師やコンサルタントの人達にはFBは活用されているかもしれません。でも「上から目線」であれこれ言われたくないので、結局「受け付けないので」活用できません。
*FBもパーフェクトなメディアではないですね。私は年寄りなので、やはり「リアルな出会い」を大事にしたいですから。田舎ではそうです。あくまでFBは今のところ「補助手段です。」それ以上の効用は未だに見つけられません。
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高知市北御座、サニーマート御座店前、餃子の王将の店舗の真後ろに巨大な店舗が2014年4月25日に開店するとのこと。ホームセンターのダイキです。

この場所は三菱自動車販売があったところです。その昔4WDの軽四を購入したことがありました。松山市を本拠にするダイキと言うホームセンターは全国展開していて高知市の店舗は初めてだとか。
「防災に特化した店舗にする」とか言われていました。一度店舗開発担当者の人から電話もありました。店舗の屋上の駐車場の高さは13メートルあり、高知市とも津波避難ビルの協定を締結するとの事。

下知減災連絡会へも協力いただいたらいいのにと思う。津波避難ビルのJAビルも目の前にあり、やえもん地区も防災拠点が出来つつあるようです。
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水曜日は母(88歳)は「1日ディ」の日です。朝は9時半頃に迎えに来てくれ、夕方は4時半ごろに戻ります。昼食と入浴サービスがあります。他の通所者や職員の皆様との仲良く母は応対しているようです。
月曜と木曜は父(94歳)と一緒に介護予防通所リハビリ施設に午後から行きます。水曜日はこのディサービス「ふれあいの里 結(ゆい)」への通所。金曜日は午後から私がはりまや橋商店街での「活き活き100歳体操」へ連れて行きます。
努力して家の外に連れ出して身体能力と認知能力の低下に抑止を図ろうとしています。
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「里山資本主義」(藻谷浩介・NHK広島取材班・共著・角川書店・2013年刊)を読みました。このところ高知県山間部の仁淀川町や徳島県山間部の三好市井川地区への訪問が続いていましたので、より現実味のある提案事項として読みました。
昨今は「アベノミクス」と称した日本銀行による大幅な金融緩和と資金供給がされ、一時的な株高は歓迎され、円安も輸出関連企業で歓迎されたものの、輸入する食料やエネルギー資源が高騰し、国民生活に大きな不安をもたらせています。
また「少子高齢化」がことあるごとに問題視され、「経済を成長型に再生しなければ日本の未来はない。」と声高に語られ、近隣諸国との憎悪の反復と軍事的な緊張までもららそうとし、原発の再稼働と輸出、武器輸出と「戦争のできる国」への変質もされようとしています。なんだかおかしな世の中になりつつありますね。
藻谷浩介氏は元は日本政策投資銀行(元日本開発銀行)に勤務されていましたね。グローバル経済の話をされていたように記憶しています。10年ほど前でしたか高知市に講演に来られた時に傾聴に行きました。その時は銀行を退職され、全国各地の地方都市をくまなく訪問し(ほとんど私費で)、まちの人達と会話しているとのことでした。かなり足で稼いでいましたね。
そして今回の「里山資本主義」。NHK広島放送局のスタッフが田舎でありながら「異様に元気な」中国山地の山里を取材するうちに藻谷氏と共鳴し「里山資本主義」という概念をうちたてられたようです。「マネー資本主義」との対極の概念であり用語です。
「里山資本主義」とは何かを著作から断片を拾ってみます。
「里山資本主義は、経済的な意味合いでも、「地域」が復権しようとする時代の象徴と言ってもいい。大都市につながれ、吸い取られる対象としても「地域」と決別し、地域内で完結させようという運動が里山資本主義なのである。」(「21世紀の先進国はオーストリア」P103)
NHK広島放送局取材班は、オーストリアの林業をつぶさに取材し、里山資本主義の成功例としてあげています。つまり林業を主体に産業振興し、エネルギーを地元の森林資源で自給し、国を挙げて林業振興しているようです。
CLTという木造の集成材を生産し、オーストリアでは次々と高層住宅が建築されています。従来鉄やコンクリートで建築されていた建築物が集成材のCLTで建築されるようになり、」手じかな森林資源がエネルギー源だけでなく、建築資材・産業資材として活用されているところに里山資本主義の原点の1つがあるようです。
「次世代産業の最先端と里山資本主義の志向は「驚くほど一致」している」(P238)
「日本企業の強みはもともと「しなやかさときめ細かさ」(P242)
「スマートシティが目指す「コミュニティ復活」(P247)
「都会のスマートシティと地方の里山資本主義が車の両輪となる」(P248)
「これからの日本に必要なのは、この両方ではないだろうか。都会の活気と喧騒の中で、都会らしい21世紀のしなやかな文明を開拓し。ビジネスにもつなげて世界と戦おうと言う道。
鳥がさえずる地方の穏やかな環境で、お年寄りや子供にもやさしいもうひとつの文明の形をつくりあげて、都会を下支えする後背地を保っていく道。」(P248)

「里山資本主義は保険、安心を買う別原理である」(P282)
「繰り返すが、刹那的な行動は、われわれは日本人がマネー資本主義の先行きに関して根源的な不安を抱き、心の奥底で自暴自棄になってしまっていつところから来ている。そしてその不安は、マネー資本主義自壊のリスクに対処できるバックアップシステムが存在しないことからくる。複雑化しきったマネー資本主義のシステムが機能停止した時に、どうしていいのかわからないというところから不安は来ているのだ。」(P282)
「里山資本主義こそ、お金が機能しなくなっても水と食料と燃料を手にし続けるための、究極のバックアップシステムである。いや木質バイオマスエネルギーのように、分野によってはメインシステムと役割を交代することも可能かもしれない。
なににせよ、複雑で巨大な1つの体系に依存すればするほど内心高まっているシステム崩壊への不安を、癒すことができるのは、別体系として存在する保険だけであり、そして里山資本主義はマネー資本主義における究極の保険なのだ。」(P283)

引用が長くはなりますが、「里山資本主義」の本質をめぐる記述なので、更に続けます。
「大都市圏であっても、ほんの数世代までは、四季折々の風に吹かれながら、土に触れ、流れに手を浸し、木を伐り、火をおこして暮らしていたのだ。
実際問題、里山で暮らす高齢者の日々は、穏やかな充足に満ちている。遠い都会で忌まれているあれこれの策動や対立や空騒ぎには嫌なものを感じつつも、毎日登りくる陽の光の恵みと、四季折々に訪れる花鳥風月の美しさと、ゆっくり土から育つ実りに支えられれ、地味だが不安の少ない日々を送っている。
なぜそういうことになるのか。それは、身近にあるものから水と食料と燃料の相当部分をまかなえるという安心感があるからだ。お金を持って自然と対峙する自分ではなく、自然の循環の中で生かされている自分であることを、肌で知っている充足感があるからだ。
この里山資本主義という保険の掛け金は、お金ではなく、自分自身が動いて準備することそのものである。保険なので、せっかく準備していても何かのきっかけがないと稼働しないかもしれないが、しかし準備があるとないとでは、いざというときに天と地との差が出る。日常の安心にも見えない差が生まれる。正に保険とは安心を買う商品であり、里山資本主義とは己の行動によって安心を作り出す実践なのである。」(P283)
「刹那的な繁栄の希求と心の奥底の不安が生んだ著しい少子化」(P284)
マネー資本主義が日本より深化している韓国や中国や東南アジア諸国においても、「少子化」は始まっていて、日本より出生率が低い国や地域まであるとのこと。

政府の一部に「建設業や介護分野など外国人労働者を参入させ、移民政策をすべきだ。」との意見もあるようですが、藻谷氏はこれには批判的です。
「移民の本格導入は、この問題を全く解決しない。移民も、移住先の国民と同化すればするほど出生率も移住先の国民と同レベルまで、急速に低下するからである。日本より出生率の低いシンガポールでは、居住者の3割が外国人という状況だが、日本同様の子供の減少が続いている。」
「よく誤解されているのだが、若い女性が働くと子供が減るのではなく、むしろ若い女性が働いていない地域(首都圏・京阪神圏、札幌圏など)ほど出生率が低く、夫婦とも正社員が当たり前の地方の県のほうが子供が生まれていることは、統計上も明らかである。
もう少し定性的に言えば、通勤時間と労働時間が長く、保育所は足りず、病気の時のバックアップもなく、子供を産むと仕事を続けにくくなる地域ほど、少子化が進んでいる。保育所が完備し。子育てに親世代や社会の支援が厚く、子育て中の収入も確保しやすい地域ほど、子供が生まれているのだ。」(P286)
「社会が高齢化するから日本は衰えるは誤っている」(P290)
「里山資本主義は健康寿命を延ばし、明るい高齢化社会を生み出す」
健康寿命を延ばし、元気な高齢者がたくさんおられる地域は長野県であると藻谷氏はいいます。それは食生活の改善や運動の奨励など長年の生活習慣改善の努力の成果であると言います。
「高齢者が多く住む山村部分では、土に触れながら良質なも水を飲み清浄な空気を吸って暮らし、自宅周辺で採れる野菜を活かした食物繊維の多い食事を摂る暮らしが続いている。生活の中に。普通に自然との触れ合いが取り込まれている。」(P294)
日本全国が長野県並のパフォーマンスになるだけで、高齢者の増加による医療福祉の負担増はかなりのところまで抑えるところができる。」
大都市部でも地方都市でも空き家や空き地が増えるので、家庭菜園に活用されれば、そこが藻谷氏の言う「里山資本主義」の実践になるようですね。
藻谷浩介さんは「2060年の明るい未来」という表題で締めくくっています。もし私が2060年まで生存しておれば、107歳というところです。ただ「生きている」のではなく、社会的な活動もし、健康寿命を保っていることが大事ですからね。
「そもそも人口減少社会は、1人1人の価値が相対的に高くなる社会だ。障害者も高齢者もできる限りの労働で社会参加し、金銭換算できる・あるいは金銭換算できない価値を生み出して、金銭換算できる・あるいは金銭換算できない対価を受け取ることが普通にできるようになる社会でもある。」(P301)
「実際問題、日本の1400兆円とも1500兆円とも言われる個人金融資産の多くを有する高齢者の懐に、お金(=潜在的市場)は存在する。大前研一氏のブログによれば、彼らは死亡時に1人平均3500万円を残すというのだが、これが正しければ年間100万人死亡する日本では、年間35兆円が使われないまま次世代へ引き継がれているという計算になる。
日本の小売販売額(=モノの販売額。飲食や宿泊などのサービス業の売り上げは含まない)が、年間130兆円程度だから、その35兆円のうち3分の1でも死ぬ前に何かを買うのに回していただけば、この数字は1割増になって、バブル時も大きく上回り、たいへんな経済成長が実現することになってしまう。」(P272)
「今世紀日本の現実は、個人にまったく貯金がなかった終戦直後の日本や、今の多くの外国とは訳が違うのである。更にいえば、高齢者自身が何を買う気がなくても、お金さえあれば消費に回したい女性や若者は無数にいる。
「デフレの正体」で論じたように、あらゆる手段を使って、高齢富裕層から女性や若者にお金を回すこと(正道は女性や若者の就労を促進し、給与水準を上げてお金を稼いでもらうこと)こしが、現実的に考えた「デフレ脱却」の手段なのである。」(P273)
高知県も人口が減少している県の1つです。藻谷さんの言われるように、足元の資源を有効に継続的に活用し、身の丈に合った県土づくりをしていけば、焦る必要などありません。
南海トラフ巨大地震への「事前復興計画」の考え方に通じる記述もされています。
「巨大な堤防を建設する資金があれば、リスクのある新開発地から、昔から人が住んでいる安全な場所へと、人間を移していくことに投じた方が有効な使い方だ。
中略
人口が過度に集中している大都市圏から田舎への人の逆流が半世紀も続けば、生活の場のすぐ横に水と緑と田畑のある人口はもっと多くなる。マネー資本主義のシステムが一時停止しても、しばらくは持ちこたえることができる人の比率がはるかに高くなっていることに期待できる。」(P300)
そしてこう結論しています。
「今から半世紀が過ぎるころには、社会全体が抱くビジョン全体か大きく変わるし、社会に本当に必要なことも、それを担う主体も変わる。
問題は、旧来型の企業や政治やマスコミの諸団体が、それを担ってきた中高年男性が、新しい時代に踏み出す勇気を持たないことだ。古いビジョンに縛られ、もはや必要性の乏しいことを惰性で続け、新しい担い手の活力を受け入れることもできないことだ。
しかし年月はやがて、消えるべきものを消し去り、新しい時代をこの島国にも構築していく。結局未来は、若者の手の中にある。先に消えていく世代は誰も、それを否定し去ることができない。
里山資本主義は、マネー資本主義の生む歪を補うサブシステムとして、そして非常時にはマネー資本主義に代わって表に立つバックアップシステムとして、日本とそして世界の脆弱性を補完し、人類の生き残れる道を示していく。
爽やかな風の吹きぬける未来は、もう、一度は忘れ去られた里山の麓から始まっている。」(P303「おわりに」)
二葉町が取り組んできた仁淀川町や徳島県三好市との交流事業は、大筋で間違いではありませんでした。また「市街地の安全な場所への移転」と言う課題も意識し、今後はわたしのライフワークとなった「南海トラフ巨大地震から高知市下知地域で生きのびる」ことにより一層全力を尽くします。
安倍内閣は、性懲りもなく「原発を再稼働させようとしている」し、輸出までしようとしています。軍事産業を盛んにし、武器輸出をしようしています。里山資本主義と全く相いれないことは文脈からも理解できます。はやくこうした「既得権益者」を権力の座から追放しないといけないでしょう。
「300M四方の二葉町」から「あるべき日本の未来」が見えました。推薦図書ですね。
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1年に1度の健康診断。申し込んであった検診専門施設へ行きました。
春先は体調が悪く、天候不順と多忙であり運動不足気味。体脂肪が増えている。どう判定されるのか。4月はセーリングは1回しか出来ませんでしたから。
あるべき自分姿を素直に受け入れるしかない。定番の健康診断と、別メニューのピロリ菌の検査と血管系の検査も行うことにしました。
検査は半日程度かかるようです。メタ判定が出るかもしれません。
さきほど無事に「釈放」されてきました。
胃がんリスク健診と血圧脈波検査も別枠でしていただきました。
血圧も正常。腹囲も83cmでメタ(85cm)にはなりませんでした。
医師の所見も特になしでした。でも体は難くなっているし、体幹も衰えていますから。秋口からは状況が整えばジムへ通いたいと思います。体はぶよぶよですからね。
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4月20日は集金日。長浜のお客さんがありましたので、集金業務の途中で坂本龍馬記念館へ立ち寄りました。坂本龍馬が暗殺される直前に福井へ行き、やり取りの様子を後藤象二郎に書いたものです。
以前NHKのバラエティで「国宝級の発見」だとか騒いでいたので、平日でないと見れないと思い行きました。
フラッシュを焚いてはいけないということでしたので写真撮影はできませんでした。坂本龍馬は達筆ですので読めません。でも新政府の経済政策について議論をしていたといいますから、現代の政治家のレベルより高いと思いますね。

坂本龍馬記念館では、6月1日までの公開だそうです。現代語訳を読みましたがん、なかなかレベルの高いことを書いているようですね。
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「地方都市の暮らしとしあわせ 高知市史 民俗編」(高知市・高知市史編さん委員会 民俗部会・編集・2014年3月刊)を4月2日に高知市片桐書店で購入しました。高知市下知地域にて新たなコミュニティづくりを企てようとしていますので、自然に目に留まりました。
ローカル本で面白いと思った書籍は「忘れえぬ人々」(入交好保・著・・高新企業出版部刊・1973年)と、「2人の特攻隊員」(大西正裕著・高知新聞企業・2008年・刊)ぐらいでしたから。
4月4日の高知新聞夕刊にも書評の記事がありました。「高知市民の姿 生き生きと」「闇市、バラック街、とんちゃん」「市史 民俗編 8年かけ完成」とあります。ローカル出版本は、総じてつまらない内容が多い(著者の自慢話が多い)駄本が大半でしたが、今回の書籍は讀んで得しました。
編集者たちの立ち位置と編集方法が素晴らしいと私は思い、購買にいたりました。それは次の言葉でした。
「日本での都市研究は、社会学、経済学、政治学など、様々な分野で行われてきたが、それらのほとんどすべては東京研究であった。地方都市と言う言葉に如実に示されるように、地方都市は東京に対しての「地方」(田舎)である、東京で起きったことや流行したことは、ただちに地方都市でコピーされる。つまり、東京を知れば、全国の都市がわかるとされ、地方都市の研究が軽視されてきたのである。」
「また、生活文化を研究する民俗学は、現代においても、「むら」などに伝えられてきた古い日本文化(民俗文化)の研究を主軸に据えているため、都市研究の視角や方法を鍛え上げることをなおざりにしてきた。
このように概括すると、わたしたちが地方都市について知り、考えようとしても、まったくといってよいほどの研究の蓄積を持ち合わせていないことに気づくはずである。」
「本書は、高知市史の民俗編であるため、高知市の生活文化とその変容を記述するものである。(中略)
わたしたちは、全国の地方都市において過去に起こったこと、現在起きていること、これから起こりえることを念頭に置きつつ、高知市の生活文化を描くことにした。つまり、高知市をケースステディとしながら、日本の地方都市の生活文化の一般性・普遍性をも浮かび上がるように執筆したということである。」(「はじめに」P2)
この書き出しの文章に魅かれて購入したと言っても過言ではないです。しかも執筆者は1人以外は高知の人ではないところが良かったんですね。調べている史実を「相対化」していくからです。
近世から江戸時代の高知城下の記録については、文献によるしかありません。戦災前の昭和初期の高知市の風情や市民生活については、高知市出身の作家宮尾登美子氏の作品や同時代に生きた高齢者への聞き取りで生き生きと描かれています。

わたしの叔母の嫁ぎ先の水谷ガクブチ店が、昭和10年から20年位の高知市商店街の1画にある古地図を見た時感動しました。高知市の商店街の栄枯盛衰のなかで老舗を守り奮闘してることは大変なことであるからです。
江戸時代に人口2万人の城下町高知市が、明治以降近代化の波に乗り発展し、1つのピークを迎えるが、空襲で廃墟となり、しばらくはバラックとの共存を余儀なくされます。敗戦後10年を経て、都市計画で街路整備が始まり、現在の高知市の骨格が出来ます。
商店街の興隆と百貨店の進出と共存、スーパーの進出と共存の時期があり、どうやら高知市中心街商店街のピークは1996年頃のようですね。2001年以降に大規模高知店法の規制が緩和され。イオンが旧シキボウ跡にできてから、商店街は衰退しました。
この本は様々な市民に聞き取り調査をされています。わたしと同年齢(1955年生まれ)の女性に聞き取りをされていて、最近の買い物動向について記述されています。
「1985年(昭和60年頃)に車の免許を取ったのですが、運転し始めたのは15年ほど前から。漁港の直売所に魚を気軽に買いに行くようになった以外は、普段の買い物に大きな変化はないですね。
郊外の大型店はあまりいきません。イオンも好きじゃない。何か殺伐とした感じがあって、ほしいものもありません。
スーパーでは何でも安いと思っている人が多いけれど、小さな八百屋さんや直売所を丹念に覗いてみれば、必ずしもそうでもない。同じことは生鮮食品以外にもいえると思います。」
「ネットや大手のチェーン店で声高に宣伝されているものだけがいいとは限らない。私は、たとえ野菜1つでも買い物に楽しみがないと嫌なんです。ちょっとのものを買っても、お互いに「ありがとう」というような、それを売っている人や空間まで含めての何かが楽しくあって欲しい。
すべてを大型店でまとめて買うことがあまり好きではありませんし、個人でお店をやっているとことは長く続けていって欲しいです」(P235「買い物と女性の暮らし」)
なかなかの「買い物達人」の1人と思われますね。「買い物に楽しみがないといけない」というのは、とても大事な言葉ではないかと思いました。

(子供時代に完成した高知大丸百貨店と中央公園)
私の子供時代の「3丁目の夕日」を彷彿させる時代背景の記述や、昭和の南海地震の記録も淡々と書かれています。
「新しい文化をつくる」旗手として、「土佐のお座敷文化を継承―発展」させようとしている濱長と土佐芸妓かつをさん、ローカルで頑張る漫画家・村岡マサヒロさん、アコーディオン奏者・坂野志麻さんなどが登場しています。
まさに新たな高知の都市文化の担い手であると思います。
かつてわたしももう23年も前になりますが、高知青年会議所時代に「都市再開発セミナー」を企画し、3年間の連続セミナーを開催していました。そして高知市は「快適都市」でなければならないと理念を提唱しました。しかし全く現実の市政からは受け要られることもなく、単に個人の思い出のなかにしまいこまれていました。
現在下知地域で「地域内連係協議会」をこしらえようとするときに、「面白おかしい・地域社会」を提唱したいと思いました。良い参考図書であったことをご報告申し上げます。
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晴れておれば当然夜須の海でのセーリングになっている休日ですが雨模様なので、「仕方なく」「親孝行モード」の1日に。午前中は父(94歳)の付添でリハビリ・ゴルフに。午後からは母(88歳)の付添で美容室とお菓子屋さんへの散歩しました。

まずシンボル美容室でシャンプー・ブローに行きました。帰りは1人で歩いて戻って来ました。髪もすっきりしています。オール白髪でも手入れをすれば見苦しくないものですね。身なりを構わなくなれば認知もより悪化しますから。

ご機嫌なところで近所のお菓子屋さんまで散歩に行きました。今日は調子がいいのか、手を繋がなくても1人ですたすた歩きます。腰が痛いと母は繰り言言いますが、身体能力はある人ですから。

途中午後からの散歩に行く父(94歳)に遭遇。信号待ちをしていました。

いつものお菓子屋さんで、ドーナツ系のお菓子とクッキーを購入しました。元気に帰りました。この調子で毎日散歩すればいいのですが・・・

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今日は雨の1日となりました。晴れておれば父(94歳)のゴルフ・リハビリの後に夜須の海でセーリングするところですが、それはかなわぬことに。海が最近は遠いです。来週二葉町町内会の五台山・遠足なのでまたまた行けない可能性が高い。今日は新緑が一段と映えますね。県庁前の街路樹の新緑も勢いがあります。

父はマイペースでプリペイトカードの125発を消化するために球を打ちます。時折休憩を入れてゆっくりと打ちます。飛距離は出ませんが8割以上は真っ直ぐに飛んでいるようです。

その間今日は読書とアナログ携帯のワンセグでTBS系のサンデー・モーニングを視聴しています。「細川ー小泉コンビの反原発運動」についてコメントしていました。

読書は「里山資本主義」(藻谷浩介・著)を読んでいます。先週は仁淀川町長者の集落改善センターだんだんの里祝賀会、今週は徳島県三好市の「伝える暮らしワークショップ 山菜取り」と2週続いて山間部との交流でした。内容に「現実味」を感じます。読書感想文はそのうち書きますので。

帰り際につくづく自分が白髪の老人であることを鏡を見ると思い知ります。
午後からは婆さん連れて美容室と散歩ですね。それが済んだら買い物に。それで1日が終わりますね。
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安倍晋三内閣は発足以来、大多数の国民の意向に背く政策ばかりを熱心に行おうとしています。そのもっとも危険な政策が「原子力発電所の再稼働と国外輸出」であり、「集団的自衛権行使の容認」であります。
福島第1原子力発電所の事故処理と後始末が、関係者の懸命の努力にも関わらず収拾のめどがたっていません。未だに破壊された原子炉施設に「ふた」がされていない状態で、毎日大量の放射性物質が、大気中や地中、海洋へ放出され続けています。

また日本列島は世界有数の「地震大国」。陸地の僅か0.4%の日本で、世界の震度5以上の地震の20%が起きています。そもそも日本列島は地震で形成されているし、太平洋沿岸はプレート型巨大地震、日本海側は直下型活断層地震が起きる可能性があります。原発の再稼働などとんでもないことです。

また日本と同じ地震国のトルコに原発輸出などとんでもないことです。安倍内閣は中東地域にも原発輸出を推進していますが、イスラエルでさえ原発を諦めたのに(超優秀な謀略組織モサドをもってしてもイスラエルで原発稼働を無事にキープすることは難しいとの判断)、中東へ新たな危険(イランの核開発以上の脅威)を持ち込むことになりますね。
「集団的自衛権の行使」は何故にこれほどせっかちに、国会審議をろくにせず急ぐのでしょうか?しかも近隣への自衛権行使ではなく、石波自民党幹事長によれば、「地球の裏まで自衛隊を派兵する場合もある」などと公然と侵略戦争に加担する発言までしています。
「そんな話」は、2012年の衆議院選挙、2013年の参議院選挙でも自民党は全く言って来ませんでした。政権に復帰した安倍首相が数の力を背景に、強引に推し進めています。特定機密法案の強行採決に見られるようなクーデターを安倍内閣は起こしているからです。
今や日本経済の6割が個人消費であるのに、消費税を増税し、経済に冷や水を浴びせました。しかも大衆課税をしていながら、大企業には法人税を減税し、輸出企業に消費税還付する有様です。不公平感は増大するでしょう。日本はますます「格差社会」になりますね。20世紀後半には死語となっていた「階級闘争」が復活するでしょう。
日本の個人資産の8割は高齢者が所有しています。自宅などの不動産、預貯金、株券などを所有しています。その高齢者を鞭打つ政策を強行しました。医療費と介護保険料の値上げです。逆に年金支給額を減額しました。これでは多数の高齢者は「守り」に入り、消費生活を謳歌することはしないでしょう。
結局政府は景気対策と称して旧来型の公共事業を積み増しし、国債を発行して借金を賄います。その額は1000兆円を超えました。一方日本国民の預貯金金は1500兆円と言われています。早晩預貯金額を借金が上回ることでしょう。
これほど民意を無視した内閣も珍しい。
日本国民の「民意」は原子力発電の即時停止と速やかな廃炉です。自然再生エネルギーへの速やかな移行です。原発の輸出も。武器の輸出もご法度です。
格差社会をこしらえる政策を辞め、医療費や介護保険料の値上げを抑制すべきでしょう。消費税もこれ以上上げないようにしないと個人消費は伸びません。
また真の国際貢献は、「災害大国・日本」で培われた津波襲来通報システムや、災害復旧の技術力、支援力が官民ともに諸外国から高く評価されています。サンダーバードのような「国際支援隊」をこしらえることで、本当の国際貢献が出来るのです。
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徳島県三好市マチにあるNPO法人主催の「伝える暮らしワークショップ 山菜ワークショップ」に家内と2人で参加しました。家内の友人関係者3人も参加し、高知市からは5人の参加です。
武川修士さんから1か月前に「二葉町でも」とご案内を受けていましたが、生憎先週は副会長は仁淀川町長者地区への交流祝賀会へ参加したばかり、会長も多忙で日程調整がつきませんでした。二葉町町内会も来週が町内の「遠足・慰安会」で五台山になっています。役員各位も多忙で声掛けできませんでした。

お天気が心配でいたが、上天気でした。池田の古い町並みから国道192号線を東進し、JR徳島線辻駅を通過したところを右折し県道へ入り 井川生活改善センターへ駐車しました。
そちらで地元の人や、三好市集落支援員の人達の運転する軽自動車に乗合で山菜取りで出かけました。確かに道路は狭く、急こう配の箇所もあり、軽自動車でないとなかなか移動は慣れないと難しいと思いました。

三好市集落支援員
http://www.city-miyoshi.jp/docs/2011051000015/files/matizukuri.pdf
徳島県三好市もお話を聞くと、高知県同様に過疎・高齢化が進行しています。でも地域の資源を上手に活用して、都市部との交流を進展しようとNPO法人マチトソラは頑張っています。今回の企画は、三好市ブランド構築委員会研修生の福田喬也さんがたてられました。
山間部の休耕田などに、わらびや、イタドリ、ワラビ、フキなどの山菜が自生しています。それを採らせていただきました。

棚田があったり、天界集落もあり、徳島も高知も同様の問題があるなと思いました。


昼食は井川生活改善センターで、ご飯とみそ汁、山菜料理を食べました。山菜は普段は得意ではないのですが、地元のご婦人たちの味付けや料理法が素晴らしいので美味しく完食しました。

午後からプチ山菜料理講習会があり、受講したかったのですが、時間の制約もあり失礼させていただきました。家内は地元のご婦人に山菜料理のやり方を山菜取りの前後に習っていました。家内の出身地の沖縄と植生が異なるので興味深かったのではないでしょうか。

新緑の阿波の山々の新鮮な空気を吸わせていただきました。海とは違う山の自然を満喫させていただきました。
(
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昨年なんの間違いか紅白歌合戦に出場して、相変わらずの悪態をついていた歌手の泉谷しげる。今は歌手と言うより個性派女優となった夏木マリの対談。NHK Eテレの4月17日(木曜)「ミュージック・ポートレート」は面白い番組でしたね。
http://www.nhk.or.jp/portrait/index.html(番組HP)
青森出身の泉谷は、父親が職人で1旗上げるために上京。目黒区に住んでいた。時代の影響でエレキギターを購入し、熱中していたが自宅が全焼。入学した高校へにもなじめず中退し、バイトしながら音楽活動へ。しかしなかなかデビューできず悶々としていた。やがて「音楽プロジューサー」と名乗り才能あるアーティストに接近。便乗デビューを果たす。
若い頃から忌野清志郎と連携していたようです。そのなかで生まれた曲が「春夏秋冬」。この人はこの1曲で十分であると思いますね。
一方の夏木マリ。父親はお堅い勤労者だったらしいが、東京から大宮へ転居。環境になじめずいじめっ子になっていたときに救ってくれたのが音楽。父親もクラッシックが好きで家でピアノを弾いていたらしい。
GSの追っかけなどをしているうちに、自分の歌手になれば知り合えると思いデビュー。歌謡曲の歌手になるが売れなかった。魂を揺さぶられたアーティストは、ジャニス・プリンであるとか。このも意外でした。
やがてセクシー歌手でデビューし、そこそこ売れましたがほどなく売れなくなりキャバレー周りの歌手を8年もしていたそうです。それ後女優に転身。個性ある縁起で注目された存在に。
2人とも「時代の子」であり素直に影響を受けていたことがわかりました。なかなかの秀作番組でしたね。

4月24日に続編があるようです。こちらも見逃せないですね。
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うちの両親は超高齢者です。父は94歳です。今日は週に2度行く植田医院での診察と点滴日です。診察の結果は異常はなく、日曜日も父の好きなゴルフ練習場へ連れて行けそうです。自分の足で2歩足直立歩行できることが何より大事ですから。
母(88歳)も超高齢者になりますね。腰痛(脊椎狭窄症)があるので、歩きだがりませんが、何かと口実をつけ外出させています。月曜日と木曜日の午後は介護予防通所リハビリ施設へ。水曜日は1日デイ・サービス。金曜日は午後からはりまや橋商店街での「活き活き100歳体操」(介護予防体操)へ連れて来ています。

まず今日はコロッケ屋さんで夕飯のコロッケを買いました。

次にパン屋さんで揚げ立ちのたまごドーナツを購入しました。

今日は障害者施設が露店でせんべいを販売しているので3個母は買いました。


活き活き100歳体操が始まる前には、谷さんのお店でコーヒーを頼み母と一緒にお茶しました。

今日の活き活き100歳体操は暖かくなり参加者が増え、先週に続き10人を超しました。皆さんがんばっていますね。

体操が終わってから叔母も谷さんのお店で焼き菓子を買いました。

母はリンゴも買ったようです。午後から晴れると言う天気予報でしたがはっきりしないお天気ですね。

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トップページから大きく「高知はひとつの大きな家族やき」「高知家」だとか、えらいテンションが上がっています。まるで「南海トラフ巨大地震など高知県では起こらず、高知の海岸・沿岸部は津波か来ないし、市街地も地盤沈下で水没しないし、山間部は自然豊かで崩落もしない」ようです。

食べ物も美味しいく、人情豊かで、自然が豊か。高知県庁は「移住促進プロジェクト」も市町村に大号令をかけてやっているようです。海抜0メートルの低地で地震や。津波の恐怖に24時間苛まれている高知県民(私たち12万人)にとっては[違和感を感じる」「異常なはしゃぎぶり」である。

確かに高知県は年間5000人ずつ人口が減少しています。高知県で都市基盤が唯一整備された県都の高知市でさえ年間1000人減少しています。確かに大変な事態です。

高知県の公立高校で高知市内の高校である追手前、高知東、高知南、高知西、丸の内、高知工業、高知商業の生徒数は合わせて約5000人。市内公立高校7校分が毎年高知県から減少しているのですから。高知市内でも追手前高校1校分が確実に人口が減っています。大変な事態と言えるでしょう。
「なんとか人口を増やしたい、」という高知打県庁の願望はわからないわけではない。しかし一方で南海トラフ巨大地震は30年以内に80%の確率で起きると言われています。規模が小さいと言われた昭和南海地震(1946年)クラスが起きたとしても、低地の高知市街地全域は地盤沈下することは間違いありません。海抜5メートル以下に住む高知市街地の市民は現在12万人います。そうなれば、居住地と職場をすべて失います。海の底へ沈んでしまいますから。
今後30年間に高知県の人口は15万人減少します。南海地震がくれば県都高知市の12万人が家を失います。あわせて27万人が高知県から減少してしまします。高知県内には仮設住宅の用地がほとんどなく、県外移住をしなければならないからです。
高知県内で貴重な安全な空き家は、県外からの高知県への移住者に「優先的に」提供されるようです。移住促進のページを見ましたが、全く南海地震のことは書かれていません。南海地震の脅威や対策の事も全く書かれていません。
どうか高知県庁の皆様へ。「現実を直視」してください。ありきたりの広告宣伝では高知県へ移住する人は殆ど現れないでしょう。高知の海や川や山が好き。高知の食べ物や人情が好きと言う人は既になん人かは高知へ移住し定住しています。今更大々的広告宣伝費用をかける必要性がどこにあるのでしょうか?
現在高知県に住んでいる県民の流失対策をすることのほうがより重要であると私は思います。南海地震対策も現状では「なおざり」であるとしか思えません。
参考事例になるのは沖縄県でしょう。3大都市圏(東京・大阪・名古屋)以外で一時期沖縄県は「年間1万人人口が増加」していました。沖縄本島に5000人、八重山地域に5000人という具合です。なぜ沖縄県で人口が年間1万人増加し、高知県では年間5000人ずつ人口が減少するのか?まずその原因を分析してから「移住促進策」をやるべきでしょう。
人口が減少するのは理由があるからです。その原因対策を徹底的に行い分析してから「移住対策」をすべきではないでしょうか?高知県庁にはその対策を十分にしている痕跡は見当たりません。
いずれにしても南海地震が起きれば海底に沈むであろう高知市の低地の海抜0メートル地帯に住む県民市民として高知県庁の移住促進策に「異議」を唱えたいものです。
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月曜日と木曜日は、両親は介護通所リハビリへ行きます。時間は12時過ぎに送迎車が来て、午後4時半過ぎに戻ります。食事も入浴サービスもありません。運動機能強化のメニューで運営されている介護予防通所リハビリ施設です。

父(94歳)ですが、このところ健康状態は良いようです、主治医の植田一穂先生には「脱水症状に気をつけて。まめな水分補給」を指示されています。

母(88歳)は相変わらず「腰が痛い」「どこへ行くぞね。」「お爺さんも行くかね」の繰り返し。腰痛(脊椎間狭窄症)以外はこれと言った内臓疾患はなにもありませんから。運動して運動機能を落とさないことが肝要です。

超高齢者の両親なので油断はできません。来週末は五台山で町内会の遠足があるので申し込みをしました。園内を歩くリハビリですね。
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桜の季節が終わり、花冷えがあり、寒暖差があり、雨がありました。そして4月15日の高知市は朝から快晴。爽やかなお天気でした。
こんな日は車でなく市内の営業は自転車で巡回しました。桟橋方面は街路樹の緑が気持ちがいい。鏡川ものどか。青空に山並み。地方都市・高知も悪くはない。

8年半番組制作で通った高知シティFM放送の後は、通所介護サービス施設になっていました。

愛宕のJR高架と家並み。商店街も閉店しているところが多いようですね。

JR高知駅前の県有地。プラスチックの3志士像とイベントスペースも閑散としています。暫定処置で今の状態にしておるんでしょう。「もったいない」と思う。

30万都市で「2000人収容ホール」のない都市は全国で高知市だけでしょう。この場所に2000人ホールをこしらえるべきでしょう。交通の便は申し分ありません。
2000人ホールと現在のイベントスペースとの共存は可能でしょう。県経済界もちゃんとした提言をしてもらいたいものですね。
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商売における「関係性」とは?
藤村正宏さんから、メールマガジンが来ておりました。引用自由と言うことなので、検証かたがた貼り付けて読んでみたいと思います。
「マーケティングのシナリオを再構築しよう」
4月になって、消費税が8%になりました。
あなたの商売はどうですか?
それで売れなくなってしまったっているのなら、今までのマーケティングのやり方を変えたほうがいいかもしれません。
販促・広告のやり方、営業のやり方、売上を上げる仕組み、そういうことを、もう一度見詰めなおして、修正して構築しなおす時期なのかもしれません。
世の中が劇的に変わり、人々の意識も変わりました。
インターネットが発達して、ネットショップでなんでも買えるようになりました。
たくさんの情報があふれ、人々はどの情報を選んでいいのかがわからない。
商品も店も、消費者にとって、選択肢は無数にある。
そんな時代になったのです。
そんな世の中で、選ばれるために、買ってもらうためには何が重要なのか?
それの答えが「関係性」です。
これからの時代、あなたの会社や商品を選んでもらう理由、それは「関係性」なんです。
「関係性」がキーワードになってきます。
人間は同じものを買うのなら、関係性の深いほうで買います。
同じものを買うのなら、より関係性がある人から買うのです。
たとえばあなたがワインを買おうと思っているとする。
銘柄も決まっています。
AとB、ふたつのお酒屋さんにどちらも3500円で売っています。
その店までの距離も一緒です。
Aの店は、あなたの見ず知らずの人がやっている店。
Bの店は、あなたの小学校からの親友である杉山くんが経営している、すぎちゃんの店。
どちらで買いますか?
「すぎちゃんの店」で買いますよね。
どうしてか?
「知っている人」だからです。
人は知り合いから買うのです。
それは安心できるってことです。
信頼があるってことです。
それが関係性です。
繁盛する店、会社になるためには、いきなり買ってもらおうとするのではなく、お客様と、関係性を作るという意図をもつことが大事になってくるのです。
「関係性」というのは、これからのキーワードになります。
しかしながら、関係性は一朝一夕ではできませ。
会ったその日に関係性はなかなか築けません。
長いこと一緒にいたり、長いこと情報を共有したりすることによって、関係性というものはできていきます。
商品を買ってもらうまで、お客様との間に関係性を築いていかなくてはならないのです。
たくさんの情報があふれ、たくさんの商品やサービスがあふれ、選択肢がたくさんある。
選ぶのに時間がかかるわけです。
さらに消費者も賢くなっています。
ネットを調べたり、友人から聞いたり、慎重に行動する傾向にあります。
今の時代、以前に比べると売れるのに時間のかかる時代になった。
スーパーで売っている卵やトイレットペーパーのように、日々消費される商品以外、人によって商品の購入機会というのはそれぞれです。
たとえば、洗濯機。
新しい製品が出れば買うという人は少ない。
おそらく、壊れたら買う、古くなったから買う、という人が多いと思います。
人それぞれ違う購入機会に「あのお店があったね」と思い出してもらうように、常に知り合いになっておくということ。
そして、一度買ったもらったお客さまに、何度も買ってもらう。
それも大事なことです。
リピートしてもらうためにも、購入後もゆるやかに関係性をもちつづけることが重要なのです。
そう言うと、今までやっていなかったのに、頻繁にお客さまのところに通い詰めて、無理やり性急に関係を作り出そうとしたり、売り込みばっかりのDMをしつこく送りつけたり、ネット通販で購入したお客さまに、売り込みのメールマガジンを無闇に送ったり、割引のクーポンの携帯メルマガを登録してくれた人に毎日売り込みメールを配信したり、早急に売上が欲しいからすぐにそういう行動をする会社があります。
そういうことは逆効果です。
焦らず、急がず、関係性を作り出す時代です。
ゆるやかな関係性です。
これから繁盛するために、繁栄するために「関係性」という視点ですべてのことを考えてみましょう。
ブログやFacebook、Twitterなどのソーシャルメディアの登場は、世の中を変えました。
3年前からブログをやっていて、本当に実感します。
10年前、5年前のやり方は効果がなくなってきているんじゃないかなってこと。
ここ数年、インターネットの構造が変わりました。
今までのコンテンツ中心型からヒト中心型になってきている。
人々がコンテンツを閲覧する時間より、コミュニケーションする時間が増えている。
ひと昔前、インターネットマーケティングは、検索エンジン対策が最重要なことでした。
検索エンジンで、いかに狙ったキーワードで上位表示されるか。
PPC広告で、いかに自社サイトに誘導するか。
でも多くの人々がSNSでつながっている現代社会、検索エンジンを利用する人より、SNSから情報を得る人が増えた。
ホームページよりブログやソーシャルメディア。
SEO対策やアフェリエイトより、いいね、やリツイートなどのバイラル効果。
そういうことが、マーケティングの最重要課題になってきたわけです。
根本的にウェブの構造変化が起きているのです。
それも激しいスピードで。
これがビジネスに影響を与えないはずがありません。
どんなビジネスも影響があるのは当たり前のことです。
だからこの3年間くらい、ソーシャルメディアに力を注いできたわけです。
でもね、ボクはソーシャルメディアが好きなわけではありません。
ソーシャルメディアの普及で、人の関係性がどう変わっていくのか。
社会や経済がどう変わっていくのか。
それにものすごく興味があるのです。
だってマーケティングコンサルタントとして、新しい世界を体験することは、とっても重要なことですから。
今までのやり方を否定するつもりは毛頭ありません。
ニュースレターやチラシ、PPC広告だって、まだまだ効果があります。
でもね、それだけではもったいないってこと。
あなたのマーケティングシナリオに、ソーシャルメディアをどう組み込むかが重要になっているのです。
これは「オムニチャネル」という考え方です。
もうリアルだとか、ソーシャルだとか言っているレベルではないってこと。
もう今の時代、ブログやFacebookで関係性を築くことが大事だと思う。
なんどでも言うように「関係性」の時代です。
リアルの人と人のつながりが大事だとか、実際の現場を体験するのが大事とか言う人もいますが、それはソーシャルメディアをしっかりやった人が言うことです。
自分のインフラになるくらい駆使して、初めて言えることです。
ましてやFacebookやTwitterのアカウントさえもっていない人が、そんなことをいくら声高に言っても、説得力がないのです。
そう言いたかったら、使いまくって、コミュニケーションしまくりましょう。
(感想)「ブログもフェイスブックもやってはいますが・・・」
私の場合は、書くことは苦痛ではなく、ブログは2004年1月1日から、フェイスブックは2010年頃始めたのでしょうか?いずれも個人的な交流にしています。会社の業務には活用していません。活用方法が今一つわかりません。
確かに最近は超高齢の両親の「地域社会での見守り」に期待して、ご近所で意識的に買い物をしています。それは「顔見知り」あえてなることで、地域の「見守り」に期待しているからです。
6年前に父は近所の食堂で昼食中に脳血管障害で倒れました。すぐに食堂の人が救急車を呼んでいただき、うちの会社へも連絡くれました。すぐに保険書などを持って駆け付け救急車へ一緒に乗り込み救急病院へ搬送、緊急手術を行い回復しました。
母の場合もご近所の人たちが「あんたのお母さん同じことを何回も言っている」とのご指摘があり、認知症ではないかと思い、主治医の紹介で大病院でMRIを撮影、アルツハイマー型認知症であることが判明しました。
いずれもご近所の人達の親切で両親の命が救われたのです。「顔見知り」になっていたから、適切ね連絡が関係者からあり、早期に対策ができました。これを商売にかつようできることはできないだろうか?常に考えてはいますが、良い回答は見つかりません。
全国「FBをビジネスに活用しよう」と講演して回っているコンサルタントや評論家の人達にはFBが宣伝媒体になると言うのがよくわかります。でもいつのまにか、そういう「PRだけの」FBページは見られなくなりました。
宣伝ページは、たぶんお金をFB社に支払っている企業のFBページが右横に併記され見られます。やはり「この世の事も金次第」で、無料で都合よく自社製品をFBで宣伝するなんてことはできないという相談でしょうね。
となると「関係性」ってなんだろう。FBを商売に活用することはどうすればいいのかわからなくなりましたね。
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昨日とうって変り今日の高知市は快晴。前日が雨で快晴の天気は午後から強い風が吹くものです。昼過ぎから高知は時折突風が吹きますね。

父(94歳)は、今朝は植田一穂先生ところで、診察と点滴をしました。前回よりクレアチリン値は低下しており、腎機能が少し回復したようです。脱水症状を気をつけないといけない季節となりました。

母(88歳)は、「今日はなんぞね。中種かね。と言います。
「ジョイリハへ行く日よね。」
「お爺さんも行くがかね。」
「お爺さんも一緒に行くが。」とのいつもの問答です。
父は「満足に動けん人もどっさり来る。動かんといかん。」と言います。
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雨の中、2014年4月13日(日曜日)は、荒木三芳二葉町自主防災会副会長と、西村健一情報班長は、仁淀川町長者で開催されました「集落活動センター”だんだんの里”1周年記念祝賀会」へ参加いたしました。
当日がお天気であれば、長者の象徴である樹齢1200年の大銀杏前の棚田広場に宴席と屋外ステージをこしらえ野外大宴会の予定であったそうですが、残念ながら昨夜からの雨でしたので、仁淀川町長者出張所2階大ホールでの祝賀会でした。
受付を済ませ、着席しました。聞きますと長者地区の住民各位が70数人、来客は隣町になる愛媛県久万町から10人。親交のある津野町から4人。高知市二葉町から2人。また高知県地域支援員(仁淀川地域担当)が3人参加しました。

まずだんだん倶楽部会長の西森勇幸さんから挨拶がありました。
「平成10年までは長者の棚田にはお米が植えられ、秋になると黄金色になっていました。平成12年頃から耕作する人たちが少なくなり、棚田も荒れて来ました。なんとかしようということで、平成15年4月に地元有志数人でだんだん倶楽部はスタートしました。
最初はコスモスを植え、花菖蒲を植えました。平成19年ごろから高知大学と交流が始まり、学生たちとの対話を通じ、花菖蒲祭り、七夕まつり、キャンドルナイトのアイデアが出て来まして、一緒に地域の行事として実行しました。
学生たちとの意見交換の中で、「地域には食事をする場所もない。休憩する場所もない。」ということで、なんとかしようと地域で検討していました。そして県や町の支援が受けられ、2012年12月に集落活動センターだんだんの里がプレ・オープンできました。2013年4月から本格オープンし、1周年を迎えることができました。
今日のお料理は地域の総力をあげたお料理です。どうか大いに飲んで食べて懇親してください。」

続いて高知県産業振興推進部計画推進課地域支援企画員(総括)仁淀川地域担当の中岡由佳さんが挨拶されました。
「長者地区の集落活動センターだんだんの里は高知県では2番目の設立です。皆さまは常に地域活動を積極的にされておられます。皆様方の活動は地域の支援活動の先駆的な役割をされておられます。これからも担当支援員4人で頑張りますのでよろしくお願いします。」
乾杯の音頭とスピーチを高知市二葉町からよろしくと突然言われました。
「2011年3月の東日本大震災直後の6月から高知市二葉町と仁淀川町との交流が始まりました。最初は田村地区、池川地区でした。2012年から長者の皆様とお知り合いになり、田植えや花菖蒲祭り、七夕まつり、芋堀、キャンドルナイトとお邪魔させていただきました。
昨年は田植えと脱穀作業に来ました。また11月3日には高知市下知地域の昭和小学校での「昭和秋の感謝祭」でだんだん倶楽部の皆様に出店いただきました。仁淀川町の産物は大人気でした。また昨年は「宇宙メダカ」と「宇宙大豆」の長者小学校への贈呈式のお世話をさせていただきました。この2つを揃って贈呈した地域は日本にはありませんので、地域で大切に育て長者の名物にしてください。
海抜0メートルの厳しい地域で二葉町民は生活しています。皆さまとの交流が、もしもの大地震の時の精神的な支えになると思っています。そういうことでよろしくお願いします。」と二葉町として西村班長が述べさせていただきました。

大宴会は12時過ぎからスタートし、途中歌あり、カラオケありで15時15分までありました。地域ぐるみの大宴会はほのぼのしていいですね。二葉町や下知地域でもいつかこうした大宴会を地域で実施したいものですね。

また今日は二葉町自主防災会副会長の荒木三芳さんのお誕生日です。72歳とのことでしたが、皆さんから「若いね」の声が相次ぎました。

高知さんさんテレビが、二葉町と仁淀川町長者地区との交流の様子の映像を撮影しておりました。5月連休前に放映される予定だとのことです。

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4月から消費税が8%になりました。ガソリンが消費税分+炭素税とやらで、1L5円の値上げは痛い。毎日の事ですし、「買いだめが」できませんから。電気代、ガス代、医療費、介護保険料などの公共料金も値上げに。両親の介護施設利用料も上がっている。
収入が増えないのにコストが上がる。やはり消費を抑えるしかない。消費者心理とはそんなもの。国民経済の6割を占める個人消費が冷え込んだら景気が良くなるはずはない。
経済学うんぬんより当たり前のこと。法人税減税や輸出企業への消費税還付などをし、公共事業費を積み上げしても景気は良くならないでしょう。当たり前のことです。
まして個人資産(不動産・預貯金。動産株など)の8割を所有する高齢者虐めの政策(介護保険料と医療費の自己負担額の増加。年金支給額の切り下げ)を安倍内閣は露骨にしています。高齢者の財布のひもが締まれば景気は良くなりません。
怖くて企業も銀行からお金も借らないでしょう。予測がたちませんから。この状態で9月末までは失速状態が続くことではないですか。
安売り家具販売の大御所のニトリの社長の発言が真相をついているのではないでしょうか。
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「大往生を読んで」(永六輔・著・岩波新書・1994年刊)を読みました。最近永六輔氏はテレビなどで見かけませんが、80歳になっています。体調が悪いのでしょうか?
20年前の1994年の著作。当時の永六輔氏は60歳。93歳の父親を見送った後に書かれています。
「人は必ず死ぬ。死なないわけにはいかない。
それなら、人間らしい死を迎えるために、深刻ぶらずに、もっと気楽に「老い」「病い」、そして「死」を語り合おう。
本書は、全国津々浦々を旅するなかで聞いた、心にしみる庶民のホンネや寸言をちりばめつつ、自在に書きつづられた人生の知恵。死への静かなまなざしが、生の尊さを照らし出す。」(「大往生」扉表紙)
淡々と語られる「死」についての言葉。20年前の永氏と同じ年齢になり、今は元気な94歳の父と88歳の母と同居していますので、他人事と思えず読み込んでしまいますね。
高齢化社会は20年ぐらい前から言われていました。その当時の川柳がこの本には掲載されています。
「福祉より薬が生んだ長寿国」
「百薬を飲みすぎて万病で入院中」
「薬屋が医者の見立てにケチをつけ」
「待合室患者同士が診察し」
「見舞客みんな医学の解説者」
「糖尿の話ではずむクラス会」
「カロリーを説く保健婦も太りすぎ」
「人生は紙おむつから 紙おむつ」(P5)
なかなかの傑作があるものです。永六輔氏は、無名の庶民の一言を克明に記録し、紹介しています。
「人間、今が1番若いんだよ。明日より今日のほうが、若いんだから。いつだって、その人にとって今が1番若いんだよ。」
「日本の高齢化問題なんですから、日本語でやっていただきたい。」
「沖縄では孫に自分の名前をつけている家が多いですね。つまりおじいさんの生まれ変わりが孫なんですね。三代で一回りなんですが、最近は四代までが元気なもんで、ひ孫で同じ名前にしませんと。」
「朝食に何を食ったかは忘れてもいい。朝食を食べたことを忘れなければそれでいいんです。」
「寝るというのは、結構エネルギーが必要なんですよ。老人が早起きするのは、そのエネルギーがないからです。」
「これから老人が増えるから、どうこうしなければいけないって・・・・・。
老人が増えることが、いけねえことにように言う奴がいるでしょう、ああいう奴は、手前が歳をとらないとでも思っているいのかね。ねえそう思いませんか。」
20年前に既に現在の「超高齢化」社会が予見されていました。その傾向は強まることがあっても弱まることはないですね。それに対して永六輔氏は卓見を言っています。
「具体的には、厚生省(現在は厚生労働省)の福祉担当の人たちが大学を出たばかりのバリバリ。当然ながら高齢者がいない。老人問題を理屈ではわかっていても、体ではわかっていない。
福祉担当に定年後の人達を加えることはできないことなのだろうか。若いスタッフのなかに1人でもいいから、老人をおいてほしい。体で考えることのできる人がいれば、」福祉行政は必ず変わってくる。」(P16)
渋谷(あわや)のりこ、無着成恭、永六輔との対談もヘビーですね。
永「そして渋谷さんにはもう一つ。いついまでも歌い続けたいという夢があるのです。63年間歌ってらっしゃるわけでしょう。もうそろそろ引退かな、と思ったことはないですか。」
渋谷「ないです。人様から言われたこともございません。それでね、ほら、下っ端の苦しさというものを知らなかったんです。私は。」
永「そうはいっても、おうちが倒産されたり、生活のために仕方なく絵のモデルに成ったりと言うことは、苦労とは思わなかったのですか?」
渋谷「倒産する前はあまりにぜいたくだったので、直後は大変でしたよ。青森の翁呉服屋で,喧嘩1,2の大変な金持ちだったですから。」
永「とにかく、そういうふうに生きていらして、まず戦争がありますよね。そんな時でもアイシャドー、青く塗ってましたよね。日本では渋谷さんが初めて?」
渋谷「はい、何でも初めて。マニュキュアもそうです。」
永「ほんとうにおしゃれでいたして、戦争中そういうこと一切駄目っていわれたときにもやり通したんですよね。強いですね、やっぱり。」
渋谷「そうです。だって、明日が分からない兵隊さんの前で、もんべはいて、こぎたない格好して可哀想じゃないですか。送ってあげるんですから、きれいなものを見ていただきたいと思うでしょう。わたしはそれを説明してやったんです。憲兵に。」
永「憲兵でしょう。あの当時憲兵に逆らうといったら大変なことでしょう。」
渋谷「そうですよ。剣を抜いてつきつけたら「殺しなさいよ」って言ったの。「何になるの。私が死んだって、殺されたって戦争に勝てますか」って言ったの。憎たらしいわね。(笑)(P135)
高齢で派手な化粧と衣裳を付けて歌う婆さんとしか思っていませんでしたが、渋谷のりこさんのファッションとお化粧は「命がけ」のもので、筋金いりであることが分かりました。大変な人物でしたね。
永六輔氏の父忠順氏は、体が弱く病気がちであったので、徴兵されな¥ませんでした。住職になり結婚し、家庭人になってもいつも咳き込んでいたという思い出があったそうです。
亡くなる直前まで源氏物語の現代語訳をしていたそうです。「無理をしない」「静かに生きる」「借りたら返す」を信条に生きて来られた人でした。
お父さんのことを偲んで永六輔氏は詩にしています。
「生きているということは
誰かに借りをつくること。
生きていいるということは
その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら
誰かに返そう
誰かにそうして貰ったように
誰かにそうしてあげよう」
そういえば昨年の文芸春秋12月号の特集は「うらやましい死にかた」でした。死生観というものを生前からある程度考え、しっかりともたないといけないと思いますね。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-3627.html
「うらやましい死にかた 選・文 五木寛之」は面白い。795通の読者投稿から五木氏が選んだ30篇が掲載されています。
「戒名は鳳凰鶴亀松竹梅」という投稿には驚きました。100歳のお祝いを気仙沼市長が100万円を持参して自宅へ来られた時に、玄関まで迎えに行かれて受け取った爺さんは初めてとか。106歳で大往生されたとのこと。僧侶も戒名料をめでたいのでいらないと言ったそうです。うらやましい人生ですね。わたしもそうありたいです。
「世話され上手」と言う投稿にもうなづきました。95歳で自宅で最期を迎えた女性。1995年の阪神大震災で罹災し、娘さんのいる東京での生活が始まったのは85歳。元気で旅付きで人生を謳歌されました。ある日肺炎で入院介護生活の始まりでした。
元気なうちからヘルパーさんとコミュニケーションを図り、元気をもらっていたようでしたとのこと。最後は自宅で家族とホームドクターに見送られ亡くなられました。世話され上手の達人のようでした。(文藝春秋2014年12月号「うらやましい死にかた」)
うちで同居している世帯の家族は、私と家内が60歳の還暦夫婦。父が94歳、母が88歳です。超高齢者と高齢者世帯です。誰がいつ死んでもおかしくはありません。
では「死ぬ」ことに覚悟があるかと言えばそれはありません。日々の生活追われて生きているからです。ときに立ち止り自分たちの「死にかた」を考えるべきではないかとこの頃思いますね。
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はやくも4月は第2週の週末に。日々が飛んでいきますね。
午前中は父(94歳)の植田医院での診察と点滴。異常なしとの事。父の9時5分での血圧測定は、116-64でした。

午後は母(88歳)を連れて、はりまや橋商店街での「活き活き100歳体操」へ行きました。いつものようにパン屋さんで玉子ドーナツを買いました。

コロッケ屋さんでは今日は「カツオふんだんコロッケ」を購入しました。

谷ひろ子さんのお店では、焼き菓子を買いました。東京の娘に送るお菓子も購入しました。 活き活き100歳体操が始まる前に母とお茶をしました。コーヒーと焼き菓子を食べています。

今日の活き活き100歳体操ですが、途中から参加者が増え10人ぐらいになったようです。

戻って来て、父と一緒に横田胃腸科内科へいきました。父の血圧は16時で、144-82とやや高目に。母は132-60と正常値でした。両親とも健康状態を維持してくれています。やれやれです。

月曜日に20年ぶりに引いた私の風邪も完全に治りました。
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第3回地域内連係協議会・準備研究会は、2014年4月9日(水曜日)午後6時半より下知コミュニティ・センターにて開催されました。

まず呼びかけ人の西村健一と・国見俊介よりのプレゼンテーションが翁割れました。
何故に「下知地域内連係協議会・準備研究会」を着想し、呼び掛けたのか。会合のねらいと、設計思想と方向性の説明。具体的な行事の説明(事例)の提示。今後の展望とねらい。今後の予定などについて。説明をしました。
「東日本大震災で甚大な被害を受けた罹災地も、そのままの地域でかさ上げして地域を再建するのか、高台へ移転するのかなかなか合意形成が住民同士でできず、行政も手をこまねいていて、地域の再建は簡単にはできません。
下知地域も南海地震が起きれば、地域の再建は容易ではありません。「地震に備える」ためにも「事前復興」「事前防災都市計画」の議論を地域で盛り上げたいと思います。」(西村)
「防災という観点で地域で取り組んできましたが、いつも集まるメンバーは同じで活動をやればやるほど少なくなるもどかしさを感じて来ました。もっとも活動していただきたい年代の人達を振り向かせるにはどうすればいいのか。それを常に考えて来ました。
地域の情報を共有化すること。お得な情報もお互いが受発信すること。それが大事です。」(国見)

続いて出席者各位の自己紹介・活動の紹介を1人 2分以内でおこなっていただきました。それぞれの団体、グループの活動履歴が良くわかります。初参加の方もおられました。
「地球33番地の近くに有る場所でデザインやクラフトをしています。これまではどうしても参加できませんでしたが、今後は参加していきたいです。
「町内会長をしています。皆の意識を高めていくことには毎度苦労しています。いろんな町内会の取り組みを聞いて参考にさせていただきます。」
「マンション自主防災会をしています。前回の会合の時に地域での情報供給をしていくと言われていました。賛同します。」
「小学校のPTAとマンション自治会の役員をしています。マンションの周りの地域とのつながりを今後持ちたいと思い参加しました。」
「昨年結成したばかりの自主防災会活動をしています。下知地域で連携していく会合は必要であると思い参加しました。」
「会社が下知地域にあります。仕事を通じて地域貢献せよとの社風です。地域の防災会の人達と連携して取り組んできました。」
「地域には活発でない町内会もあり、自主防災会がない町内もあります。そのテコ入れは必要であると思います。」
「市地域防災推進課ですが、浸水予想地域での津波避難ビル指定の活動に全力を挙げています。課内は人事異動がありましたが、下知担当には引き継いでいくようにします。」
「地域コミュニティ推進課では、近い将来地域活動応援隊を市職員をこしらえ、地域の皆様のコミュニティづくりをサポートします。」
「下知地域の民生委員をしています。地域には欠員が出ているところもあります。」
「社会福祉協議会ですが、今NHKドラマで「サイレント・プア」をやっています。視聴すれば社会福祉協議会の役割がよくわかると思います。また高知市内を4つのブロックに分け「地域福祉コーディネーターを複数配置し相談事に対応しています。」
「警察組織のなかにも災害対策課ができました。防災・防犯はことが起きてからの対処も大事ですが、予防も大事です。地域とのつながりが大事です。」
「1人暮らしの高齢者が増えています。ヘルパーや訪問看護だけでは見落とすことも多いです。地域との連携が求められます。」
「地域に貢献する立場の企業の一員で参加しました。」
「社会福祉協議会は60年の歴史。民生委員は96年の歴史があります。地域社会は少子高齢化が進展しています。みなで助け合う社会を再構築しなければなりません。」

そして討議事項として「準備研究会から準備会にすることの可否について」が世話人から発議されました。
この点に関して「準備研究会」になった場合についての説明 地域コミュニティ推進課より詳細な説明がありました。規約をこしらえたり、事業計画を立てたり、役員人事などが必要になるということです。布師田、土佐山、浦戸などの先行している地域連携協議会の規約や活動内容も説明がありました。
また活動エリアを「昭和小学校校区」とするのか「行政区の下知(しもじ)地域」とする場合の地図も示された。
意見交換の結果、異論はなく、参加者全員一致で、次回から「地域連携協議会準備会」に転換することへの賛同が得られました。
次回「下知地域内連係協議会・準備会」の予定
5月14日(水曜日)午後6時半より 下知コミュニティセンター3階C会議室
→今後は、毎月第2水曜日の夕方に開催するようにします。
→準備会になった場合は、規約づくり、会の名称、事業計画、役員人事なども議題に なる予定です。
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下知市民図書館主催の「文学散歩 宮尾登美子ゆかりの地を訪ねる(下知地区)がありました。わたじの自宅と会社のすぐ近くなので、参加しました。解説は高知県立文学館学芸員の津田加須子さんです。
午前9時半に高知県立文学館に集合。こちらで展示されている「宮尾登美子 クレオパトラ展」の解説をしていただきました。
文学館を出て徒歩で高知城沿いを歩き高知城前から土佐電鉄の路面電車で知寄町2丁目へ移動。電停を降りて徒歩で、若松町の岸壁へ行きました。道路は「海岸通り」と言います。

今は空き地だらけですが、その昔は海運業者の荷揚げ場でした。
「得月楼本店は現在の依光かまぼこ駐車場付近にありました。その昔は船でやってくるお客も多かったそうです。」

土佐稲荷神社へ行きました。こちらも鬼頭良之助という侠客(鬼龍院花子の生涯の登場人物)が大金を寄進されたので石碑に刻まれています。」とのことでした。

二葉町はその昔、このあたりは緑町と呼ばれていました。現在駐車場になっている場所に宮尾登美子一家の生家がありました。17年間住んでいたそうです。

説明では父親は、得月楼に芸子を派遣する置屋をしていました。子供の頃より得月楼へ出入りをしていたようです。

父親が克明に毎日詳細に日誌をつけていたようです。その日誌から得月楼の内部や芸子の生活、置屋の生活などが宮尾作品のベースとなっているようです。
下知コミュニティ・センターでお茶菓子をたしなみながら、澤本恵子さんの宮尾作品の2品の朗読を聞きました。
自宅のすぐ近くのかつての生活(今は全く宮尾作品で表現される風情も風景もありません)が、ご近所の歴史や文学散歩も悪くはありません。
20人の参加者でしたが、18人が女性。男は2人だけでした。図書館で宮尾登美子氏の作品を借りて来ました。読んでみたいと思います。

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国土強靭化法や南海地震対策特別措置法の関係で、高知県沿岸部には110基の「津波避難タワー」と言う施設が急ピッチで建設されています。1基は小さいもので1億円。大きなものでは2億円ぐらいかかっています。
津波の衝撃に耐えられるように、基礎を深く打ち込んでいます。取りあえずは沿岸部地域の住民には安心安全の施設になっているようです。
心配なのは写真の津波雛タワーは亜鉛メッキ性であるということですね。沿岸部であれば、海塩粒子の影響は確実に受けますので、亜鉛メッキは消耗し、早ければ10年程度で錆が発生するでしょう。
亜鉛メッキと相性が良く、防錆力がある防錆塗料を塗装する手立てをしておかないといけませんね。ちゃんとしたメンテナンスの計画をたてているのでしょうか?そこまで頭が回っていないようですね。
10年なんて「あっと言う間」ですからね。安全・安心な施設というものは、人が住んでいる限りは永久に維持管理しないといけないのですから。
ローマ帝国時代の社会基盤である道路や橋や水道は、500年間維持していたと言われています。「国家100年の計」と言います。地震防災、津波防災に関しては、最低は100年単位で物事を考えるべきです。南海地震は100年に1度の頻度で起きていて、6000年間に25回起きていると言われていますから。
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今朝から調子が悪く、咳き込むし、のどは痛いし。鼻水はとめどもなく出ます。父の主治医の植田一穂先生からも「けんちゃん風邪だね」と言われました。
昼になり仕事が一段落して横田哲夫先生に診察。「軽い風邪ですね」という診断。それで薬が出ました。わたしは馬鹿ですので最近風邪ひいたことがないので感覚がわかりませんでした。正真正銘の風邪だそうです。熱はないからインフルエンザではありません。
「ヨットをしておれば風邪もひかんだろうに」は横田先生。
5月のヨットレースの話をしました。
確かに今まではそうでした。「寄る年波に勝てない」「鬼のかく乱」の1日です。養生します。
このところ超高齢者の両親(父94歳・母88歳)のケアばかりしていました。4月になって両親も調子が良くなり、また仕事のほうも4月になったから急に暇になりました。
それで緊張感が一瞬緩んだのか、どうやら風邪をひいたらしいです。20年ぐらい風邪を引いたことがなかったので、風邪の症状がどんなものなのかがわかりませんでした。
今晩の予定はキャンセルし、養生します。
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月曜日の朝1番は父(94歳)の植田医院での診察と点滴の日です。父は健康ではありますが、4月4日に採血し検査した結果はあまりよくありません。「クレアチリン値」が、2.37になり、E-GFRクレアチリン値も20・5と低下しています。腎機能は落ちています。
植田一穂先生は「春先は脱水症状に気を付けてください。特にまめな水分補給が大事ですから。」と言われました。イエロー・カードの前の警告ですね。

母(88歳)は「今日は何の日かね」と言います。カレンダーに「ジョイリハ」と記入していますので、なにかがあることはわかっています。

12時10分過ぎに送迎車が来ました。2人とも元気に乗り込みました。

週末の寒暖差が激しい気候にあてられ、こちらが調子が悪いです。悔やみや鼻水が止まりません。花粉症ではない。風邪かもしれません。午後から横田先生所へ行ってみます。爺さん。婆さんのケアで疲れたのかもしれません。3月のせわしさの反動かも。
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二葉町自主防災会(森宏会長)は、紙媒体で「二葉町防災新聞」を発刊いたしました。4月8日の二葉町町内会総会にて配布、二葉町全世帯に配布されます。
今回の記事内容は「二葉町防災世帯調査が終了しました」「LPガス発電機を西森ビルに設置しました」「NHKの四国ネットワーク・ニュースに二葉町が登場しました」「下知南地区第2回津波避難計画ワークショップが開催されました」「下知連携協議会準備・研究会が開催されました」「各自地震に備えましょう」です。

「二葉町防災世帯調査」ですが、2013年11月から2月にかけて、自主防災会の各班のリーダーの皆様が二葉町の全世帯を訪問。自己申告方式で、世帯の構成、緊急時の連絡先、病歴・障害歴を記入いただきました。更に自宅に所有している省機材や資格(看護士や調理師など)も自己申告していただきました。
荒木副会長が集計していただきました。前回(2007年)調査時より「より地域の高齢化が進んでいる」結果となりました。調査人数486人のうち要支援者(80歳以上の高齢者・障害者・乳幼児)は101人で全体の4分の1近く。65歳以上を一般的に高齢者と言う定義でいけば、202人が該当し地域の半分が高齢者という二葉町です。

この徹底調査をもとに高知市役所との「津波避難計画」にも各種の提言をしました。「原則自宅から50M以内に津波避難(退避)場所(4階建て以上の建物)に、「「地震発生後5分以内に駆け上がる」ことが何より必要であることが改めて判明しました。

「下知南地区津波避難計画ワークショップ」にも二葉町独自の取り組みを市役所側に報告いたしました。
LPガス発電機は、安全に使用でき、非常時に気軽に電源を確保できます。3年前に町内の人が「非常用発電機用に」と町内会長に供託してくれていましたが、市役所の補助と合わせて購入することができました。
NHK「3・11」特集の四国各地の話題では、高知県代表で二葉町自主防災会の取り組みが紹介されました。自宅のすぐ前にある「津波一時避難(退避)場所」の屋上に、避難する様子も映像に出ていました。
「下知連携協議会」設立を目指した下知地域連携協議会準備・研究会の様子も報告しています。「目に見えるコミュニティ」づくりこそが、防災にも福祉にもまちづくりにも必要であるからです。
でも基本は「自己責任」「率先避難」です。家具の固定と自宅の耐震補強が大前提。「揺れが1分以上続けば南海地震」ですから、地震後5分以内に、自宅近くの津波避難(退避)場所へ駆け上がり、安否を確認後、下知コミュニティ・センターの収容収容所へ向かうのが二葉町の津波避難計画の基本です。

記事は共同通信社の取材です。
「行政に過大に依存せず。自分の命は自分で守る。」という基本姿勢で今後も二葉町自主防災会は活動を展開して行く予定です。
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今日は午前中は父(94歳)のリハビリ・ゴルフ練習の付添い。戻って母(88歳)の美容室への付添と買い物への付添でした。部屋の掃除をして午前の部は終了。
午後からは夜須へ行きました。五台山道路を利用して行きましたが、高知南道路・東道路が2年後に完成し、高知空港までのアクセスが良くなります、信号なしの無料対面交通の高規格道路でしょうか?

今日の高知県地方は強い冬型の気圧配置。山間部では雪がちらつき、強い北西風が吹きつけます。

夜須のハーバーへ来ましたが。物凄い風。今日は高知大学もジュニア・ヨットクラブも練習日と聞いてはいましたが、さすがに海には出ていません。

ハーバーの天気予報図には、強風波浪注意報発令中で海は15M風とありますから、出艇は無理であったと思います。

5年に1度の小型船舶操縦免許の更新講習は、今回はYASU海の駅クラブ会議室で受けました。毎度のことながら睡魔をこらえるのが大変でした。

5月10日・11日の「龍馬カップIN KOCHI」のヨットレースのポスターをもらってきました。昨年娘が作画した原画が使用されていました。去年はエントリーしたもののスタート前に船酔いでリタイヤ。今年もそのよしみで出場しようと思います。還暦記念で出る予定です。

また今日から香南市市議会選挙の公示です。13日が投票日。林さんや斎藤さんは知り合いです。是非頑張っていただきたいですね

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桜も満開になり花吹雪となり新緑の季節であるはずの高知市ですが、今朝は強い冬型の気圧配置の影響で寒いこと。今朝の事務所の温度は9度でした。

父は朝食後、リハビリとしているゴルフ練習に張り切っています。125発のゴルフボールをゆっくりと休みながら打ちます。終わると駐車場、あでは階段昇降ですが、息切れしなくなりました。介護予防通所リハビリの効果大ですね。

こういう冬型の気圧配置は午前中の早い時間帯は風が弱いです。父は9時前から10時過ぎまで球を打ちました。帰りの車から見ると強風になりました。

戻ると母が美容院へ行くとの事。自宅からシンボル美容室へ手を繋いで歩いて行きました。散歩をすれば母は体調がいいです。人間は動物なので適度な運動が必要です。

シャンプーブローした気持ちよさそうでした。ご機嫌なところで「お菓子を買いに行きたい」といますので、また手を繋いで歩いて近所の洋菓子屋さんへ行きました。

そうこうするうちにお昼に。今日は午後から船舶免許に更新にまたまた夜須へ行く予定です。
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こちらは2年前に火事になった高知市二葉町の火事現場跡です。出火原因が未だにわかってはいません。この家から出火したようですが、当時は誰も住んでいなかったとの事です。
二葉町の住宅密集地で火事が発生。防火も防災対策で大事です。(2012年4月)
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-1467.html
出火後類焼した隣の家屋は解体され、更地になっていますが、火元になっていた家屋は焼き焦げた柱がそのまま残されています。少し異様な光景ですね。

考えられるとすれば、家屋を解体し更地にすれば高知市の場合は、「固定資産税が3倍になる」からでしょう。
高知市二葉町では空き地が増えています。古家を解体し、売却を目的に更地にした。しかし「震災想定の公表。浸水予想の公表」以来、全く土地の売買が実質なくなりました。
売れない土地なのに、更地にすれば固定資産税が3倍になる。そうなりますと家を解体する動機がなくなりますね。深刻な問題であります。
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冬型崩れのお天気。午前中は晴れるが、午後から曇り午後3時頃から雨の予報。黄海から朝鮮付近の弱い低気圧が気になりますが、それほど強風にならないと予想し、夜須へ行くことに。

途中の高知空港付近の水田は田植えが終わっていました。空港付近の風邪もそれほどありませんでした。夜須へ着いてぎ装(ヨットの組み立て)をしました。今日は押岡さんと高知大学ヨット部有志がいるだけ。ジュニア・ヨットクラブはお休み。明日が練習日であるそうです。

海水温が低く、シニアの年寄りなので冬仕様のドラースーツ着用です。アンダー・ウエアは1枚にしています。

海へ出ましたがさほど風はありませんでした。弱いので遠くへは行けませんでした。お昼は訪のおむすびと卵焼き。ヨットは結構な運動量なので、おむすびがいいですね。
午後からもセーリングしましたが、さほど風はありません。

みるみる曇って来ました。午後3時頃から雨の予報でしたので、1時半位は着艇し、片付けました。ぎ装解除し、道具を水洗いし、干して、体も洗い片付けが終わると午後3時。今日は予報どうり雨になりました。天気予報がぴったりでした。

3月はなにやかにおやとせわしかったので、今日は充電できましたね。

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最近は「お宅のホームページを見て電話しました。錆についていろいろ教えて下さい。」と言われ、結構詳しく聞かれることがあります、電話は相手が見えないから、失礼にならないように言葉づかいを気を付け、可能な限り丁重に回答します。
でも「それっきり」が多い。またそれから「見積もりしてほしい」と言われてしても「それっきり」が多いです。
散々うちへ電話をかけてきて、注文は別のところへする。理由は「安いところを探したから」とかなんだか釈然としません。
うちの子供たちに愚痴ると「当たり前のこと。商品は電器店の店舗で見て、注文は通販でするが。」とか。「人でなしの」社会ではないか。それでいいのでしょうか?
藤村正宏さんのメールマガジンにも、シビアな現実を書かれていました。表題は「Amazonに負けない店舗のつくり方 3つのポイント」です。
■Amazonに負けない店舗のつくり方 3つのポイント
雑誌『商業界』11月号に、コラムを書きました。
Amazonに負けない店舗とは?
そういうテーマでした。
実際にAmazonは便利ですよね。
本でも家電でも、家庭用品でも、すごい品揃えと価格の安さ。
小売革命と言っても過言ではありません。
送料無料で、すごく早く届きます。
店にいく手間もいらない。
同じモノを買うのなら、Amazonのほうが安いし、品揃えも多い。
今の時代ほとんどのモノがネットで手に入ります。
本やCDはもちろん、家電、衣料品、食品、家庭用品はもちろん、車やお墓までネットで売っています。
リアルの小売店は、たいへんな時代になったなって、思う。
先日面白いことがありました。
家人が4Kテレビを買いたいと言っていたんです。
自宅を引っ越したので、引っ越すときにテレビを買い替えようと思っていて、どうせなら新開発の4Kテレビと決めていた。
そこで、安いことで有名な家電量販店に行ったそうです。
店員の人にさんざん質問して、たくさんの4Kテレビを見せてもらい、某メーカーの70インチのテレビが気に入った。
価格は85万円。
それを買うということになり、「少し値引きしてくれますか?」と尋ねたら「1割くらないなら」という答え。
家人は「10万円くらい引いてくれたら、主人にも話やすいんですけど」と言ったそうです。
すると店員さんは、「わかりました。ギリギリですが、値引きしましょう」ということになり、結局75万円で仮予約してきたんです。
ボクが帰宅して、その話を聞き、すぐにwebで調べてみました。
するとAmazonでまったく同じ4Kテレビが64万9000円で売っているではありませんか。
家人は買いに行く前にそのことを、電気量販店の店員さんに電話で伝えました。
「Amazonのほうが10万円安いんですけど、どうにかなりませんか?先日ギリギリっておっしゃっていたので、もしダメだったらAmazonで買います」
すると家電量販店は、さらに値引きして、Amazonと同じ値段で売ってくれたんです。
ホント、大変な時代ですよ。
ただ品揃えが多いとか価格が安いっていう店だったら、Amazonで買われてしまいます。
リアルの店舗にとっては、とっても厳しい時代になりました。
こういう傾向は今後、増えることはあっても決して減ることはありません。
ネットショップの市場規模は、さらに拡大することが予想できます。
だからただ単にモノを売っている商店は、これからの時代、生き残るのはかなり困難になっていくということです。
ネットショップに負けない店舗、それはデジタルではできないことをすることです。
デジタルでは不可能なことです。
リアル店舗は空間があるということが、Amazonが提供できない価値があります。
たとえば「接客」もそうです。
接客できるってことは、とっても優位です。
インターネットが発達して、なんでもwebでモノが買える時代、人と人とのふれあいは、とっても価値になるからです。
さらに、店が主催してお客さまを集めてイベントをやること。
これだって、デジタルでは体験できないことですよね。
ネットショップでは提供できない、リアルの店舗の価値。
それを考えることが急務と言っても過言ではありません。
今やらないと、気づいたときには、あなたのお客さまの多くがAmazonに奪われているという事態にもなりかねないからです。
リアルの店舗がAmazonに負けないためのポイントは以下の3つです。
1:独自の商品
Amazonでは売っていない商品やサービスを提供するということ。
2:関係性
お客さまや地域社会との関係性を深めて、ひいきしてもらう。
3:リアルの空間
ネットショップでは再現不可能なリアルの空間。
オリジナリティのある魅力的な店舗空間やイベントを実施する。
順番に解説していきます。
●1:独自の商品
Amazonに負けない店舗になるためには、Amazonでは絶対に売っていないものを売る。
これは負けませんよね。
というか、もともと勝負になりません。
たとえば、手作りのモノ、あなたのオリジナルなもの、意味づけを変えたものなど、あなたの店でしか売っていないものを売るということです。
●2:関係性
お客さまとの「関係性」を構築して、浮気されないようにすることです。
「どうせ買うんだったら、あなたのところで買うわ」と言ってもらえる店になることです。
そのために、ニュースレターを出したり、ソーシャルメディアでコミュニケーションすることが大事です。
●3:リアルの空間
店舗があるということは、
空間や人とのふれあいのあるリアル店舗は、インターネットが提供できないことを提供できます。
いるだけで癒される店とか、来店するだけで楽しいとか、そういうことが大切になってくる。
店舗空間はライブです。
こういう店舗なら、インターネットショップに負けません。
ソーシャルメディアが発達して、みんなが利用するようになりました。
もうインフラと言ってもいい状況です。
そして、スマートホンが急激に普及しています。
スマートホンを手に入れた消費者は、常時インターネットにつながっている状態です。
ますます、ネットショップの市場が拡大していくでしょう。
そういう時代に、リアルの店の価値を高めて、お客さまとの関係性を構築していかなければ、店の存在意義はなくなっていく。
モノを売っているだけの店は淘汰されていくのです。
あなたの独自の価値を発信して、繁盛する店にしてください。
ということなんですが、それぞれの業種・業態がありますので、独自の販路や販売方法や自社の特色を出さないといけないのでしょう。
「ピンチをチャンス」に変換する方策を思いつかないといけない時代となりました。」でもとても難しいですね
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高知市内は桜が満開―花吹雪となり、新緑の季節となりました。しかし4月4日は冬型の気圧配置(西高東低)となり、お昼から7メートル強の北西風が吹く寒い日でした。

それでも母(88歳)を連れてはりまや橋商店街へ行きました。駐車場からは仲良く手をつないでいきました。母が腰が痛いふらふらすると泣き言を言うからです。

まずいつものパン屋さんで玉子ドーナツを買いました。やはり消費税の関係で320円から340円になっていました。

次にコロッケ屋さん。今日は豆入りコロッケを買いました。こちらも消費税8%なのでややこしい。432円という半端な金額に。

谷ひろ子さんのお店では、母が焼き菓子やチョコレートケーキを購入。知り合いに会って話をしている間に会計をすましたので(消費税が)どうなったのかは不明です。

今日の活き活き100歳体操は寒い中、皆さん頑張っておられました。母も腰が痛いと言いつつも歩いて、体操すればなんとかADL(日常生活動作)がなんとかできますので。母には頑張ってもらわないといけません。

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消費税が上がって4日目ですね。街の声を聞きますと対応や反応は様々ですね。
「26年間価格を据え置いていたので、この際コーヒーを400円から450円にしました。10%になっても価格は据え置きます。」(喫茶店オーナー)
「初乗り運賃が20円上がっている。3000円で70円アップですが、実質は50円アップ。タクシーは値上げ幅がたいしたことはない。(タクシー運転手)
「組合で話し合いをしましたが、仕入れの整髪料や備品がすべて税率があがっているので価格を転嫁することにしました。理髪代は3500円から200円の値上げです。」(理髪店)
昨日書籍店で1000円の本を買いましたら1080円。30円の値上がりですね。ガソリンが高知市は5円上がり163円。こちらが大きい。
契約しているクロネコヤマトの運賃は前は東京までが税込900円でしたが、今は税抜きの900円。税込ですと974円です。一気に上がりました。
病院の診察料も両親の介護サービスの費用も値上げ。「値上げの春」ですね。
商店街の人に聞きますと「税別表示をすると税金分を負けてくれと言われる。税込価格に値段を差し換えましたが、商品点数が多いので大変でした。」
うちもたいした商品点数がないのにホームページを書き換えするのに労力がかかり、年度のスタートなのに早くもばて気味です。
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高知市二葉町にある地元県議の坂本茂雄さんの事務所。隣接する青柳公園北角の交差点にて、2014年3月7日に車同士の衝突事故が発生。追突された車がスピン・アウトし、事務所前の花壇を破壊しました。
事故当日は坂本茂雄さんはお留守。事務所前の道路に歩行者も自転車乗りもいなかったので、重大な人身事故にはなりませんでした。
とある日自宅から車で事故現場の交差点へ向かいました。この道路は二葉町の東の端にあり、電車通りへ抜け道になっています。うちからは短い距離(300M足らず)ですが、信号を3つ通過しないと電車通り(国道2\32号線)の幹線道路へは出られません。

最後の信号の手前に坂本事務所横の「見通しの悪い」交差点があります。信号の間が短いので信号はありません。この北進の道路が優先道路です。
西側から坂本事務所前の交差点を見たところです。こちらの交差点には、「とまれ」の表示があります。一旦停止をして、左右を確認して徐行しながら交差点を通過しないといけないです。

南国スーパーのある東側方面から坂本事務所を見たところです。この道路は二葉町の西端の国道56号線へ抜ける抜け道道路になっています。朝夕のラッシュの時間帯は信号がない関係もあり、相当数の通過車両があります。

事故を起こした車は、この交差点で一端停止を怠り、前方右折しようとした車に追突したようでした。追突された車が坂本事務所前の花壇を破壊したのです。
わたしにとっては生活道路であり、電車通りへ出るためには南北道路を通過しないといかないです。南国スーパーへ買い物などに行くためには、南北道路を通行し、坂本事務所前の交差点を右折しスーパーへ行きます。スーパーの帰りは東西道路を使用し、交差点で一旦停止し、通過していきます。
この交差点。車で両方向から検証してみましたが、どちらの側(優先道路である南北側)も、一旦停止しなければいけない東西側からも、見通しが悪く、気遣いしないと駄目なところです。
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タモリ氏(森田一義)の人気長寿番組「「笑っていいとも!」(フジテレビ系)が、2014年3月31日放映分で終了・打ち切りになりました。吉永小百合さんが出演されると言うので、私は今までそれほど熱心に視聴したことはありませんが、見ることにしました。

午後8時から11時過ぎまである「特別番組」ですね。見るに堪えるのか鑑賞することにしました。
「下らん」と言えばそれまでですが、この種のバラエティ番組は社会的な影響力がありますから。それは新聞の社説を読む人より、バラエティ番組を見る人のほうが多いからです。

8時から始まりました。歴代のレギュラー陣が約80人が観客席におります。番組の冒頭に吉永小百合さんが登場しました。ただし、アルタスタジオではなく、千葉の撮影所からの中継出演でした。タモリ氏の[憧れの人」だけにてらいがあり、出演者各位にいじられていました。小百合さんからプレゼントをもらいデレデレしていました。
要するに番組関係者の[うちわ」の馬鹿話の連続。現在のお笑い界の巨人3人組(タモリ・たけし・さんま)の1人明石屋さんまが登場。突っ込み同士の[うちわ]の話のオンパレード。[笑う」こともできない。馬鹿馬鹿しい限り。生番組でやることなんでしょうかね。

ダウタウンとうっちゃん・ナンチャンが乱入し足り、爆笑問題や鶴べいや、「芸無し」お笑い総集合での楽屋裏の話で自分たちだけで盛り上がっていました。

だらだらと期待しながら見ていましたが、日本の[お笑いタレント]大集合でしたが、品性のない[うちわの](楽屋うら」の話の連続。見るだけで疲れる。日本のお笑いのレベルってこの程度?今一つで違和感ばかりです。
やはり社会性のないお笑いは[毒]がないから、楽屋の内輪の話になりますね。スポンサーに迎合する姿勢が嫌らしいと思いますね。
お笑いには[消費税」のことも、でてきません。体制側を一撃で笑い飛ばす迫力がまるでない。つまらん。途中でEテレのダンス・レッスン番組を見ていました。はるかに面白い。

タモリの番組に群れていた日本のお笑い芸能人は、[エンターテイメント性]がまるでない(要は芸なし)であることが露呈してしましました。
お笑い芸人の「同調圧力」にも辟易しました。芸のないくせに偉そうな松本や浜田はなんですか。まだ関西の吉本喜劇のほうが、芸をはるかに感じますね。1品芸があったのは南原ぐらいかな。
タモリは元はと言えば,赤塚不二夫さんが[売り込んだ人」のはず。あの人は[死ぬまでバカボン」でした。毒がないお笑い芸人は実につまらない。赤塚不二夫の精神を継承してほしかったと思いますね。
今回の「笑っていいとも」の終了は、ある意味バラエティ・TVの終わり。地上波のバラエティ番組の終焉のスタートであると思います。まったく時間とコストの無駄遣い。赤塚不二夫さんの精神を継承しないタモリには未来はないでしょう。
「おめでとうございます」で皿回しをしていたお笑い芸人や、「責任者出てこい!」の社秋風刺ネタをやっていた漫才師もかつてはいましたね。TVスタジオ収録の安直な番組づくりも、これで終結としていただきたい。誰も今後地上波のバラエティを見なくなるでしょうから。
今回の「笑っていいとも」の終了は、ある意味バラエティ・TVの終わり。地上波のバラエティ番組の終焉のスタートであると思います。まったく時間とコストの無駄遣い。赤塚不二夫さんの精神を継承しないタモリには未来はないでしょう。
ろくにテレビ局は「電波使用料」をタダ同然に使用しているから「芸無し芸人」に法外なギャラを支払い、テレビ局職員も法外な高給取りになっていましたね..。くだらなさが良くわかったので皆がTVを見ないようになればいいですね。
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写真は毎週水曜日には、1日ディサービスの日。母(88歳)は送迎車を待っているところです。
「どこへ行くがぞね。」
「結さんくよね。
「お爺さんも行くがかね。
「お爺さんは別行動よ。」
「何しに行くがぞネ。体操かね。」
「体操もあるし、長者の家へ行くぜよ。」との会話を繰り返し巻き返し、母は言いますので、私も答えます。送迎車が来るまで20分以上同じ会話の繰り返しです。わたしも随分気が長くなりました。

ケアマネージャーさんが「ユマチュード」という言葉を教えてくれました。
「「ユマチュード」とは「ユマニスト」(人間中心主義)とか
「人間性の尊重」といった概念とはひと味もふた味もちがい、もっと人類学的かつ具体的
なアプローチである。人間が長い歳月をかけてどうやって人間になってきたのか、その人
類の遺産の全体を視野に入れて、介護に取り組む。例えば直立歩行、微笑むこと、手を取
る・抱きしめるなどのスキンシップ、視線の交わし合い、言葉、ユーモア、装う文化、食
事の文化、身体を清潔に保つ文化・・・など、どの要素も人間が人間であることの証であ
る。そこから出発して、患者とのコミュニケーションをはかり、患者が人間であり続ける
ことを助ける。」と言うことですね。
わかるようでわからないような考え方ですね。
うちの両親の場合は徐々に変化していましたし、毎日接しているので気心もわかります。
しかしいきなり認知症の人と対面する介護現場では今の制度や体制では「ユマチュード」とても難しいとは思いますね。理解しても対応できないのではと思います。
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