壊れたものの修復は難しい。
根本的な考え方が違うことが良く理解できた出来事でした。決して交わることのないこともわかりました。
「見えない関係が見えた時、両者は互いに深く決別している。」という事なんですよ。
それがわかった上で、どう共存していくのかが、今後の課題です。正直気持ちの上では「切れたまま」です。自分的には「やりたくない」気持ちが今でも強い。
「今更なんだ」「今辞めたらもったいないではないか」「ここまで来たらこしらえよう。」というお仲間の声に励まされ、もう1度やることになりました。
「お互い違いを認め、違うなりに協力関係を再構築」することにしました。
世間ではよくある問題。大きく言えば「薩長同盟」とか、外交なんぞもその1つ。理屈ではわかってはいるが、「大人になる」ことはこの歳になっても大変であることを思い知りました。
それとビジターで関わるまちづくりであれば、「面白くないからやめた」はありですが、ホームタウンの場合は許されません。今までやってきた地元自主防災会の場合も、長老の皆様に励まされてきました。お互い自宅が近いので、すぐにやってきてあれこれ言われますし、「逃げ場が」ありません。
今回も同じことであると思いました。ホームタウンの問題でした。還暦を超えた親父ですが、「まだまだ未熟である」ことを思い知らされた出来事でした。町内会レベルでは「ぱしり」なんですよ。
壊れたもの(気持ち)の修復は、瞬間接着剤でできるものではありません。「お互いの違いを認めること。(否定はしない)ことと、「ホームタウンでのことに関しては逃げてはいけない。」ということなんですね。思い知らされました。
今朝も午前4時起床であれこれ考えていました。今日は家族の同意も得て、久しぶりにプライベートで海へ行きます。海と対話して癒されることになりました。修復は簡単ではありませんが、再起動していこうと思いました。
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