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2014.08.20

「南海トラフ巨大地震 歴史・科学・社会」を読んで

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 「南海トラフ巨大地震 歴史・科学・社会」(石橋克彦・著・岩波書店・・2014年3月刊)を下知市民図書館で借りて読みました。

 筆者は東京大学理学部物理学専攻の科学者ですが、大地震に関しては、有史以来の古文書や、言い伝え、社会的な背景から考察しようと言う姿勢があり、市井の市民が讀んでも読みやすい。

 これを読むと大阪は軟弱地盤と低地ゆえに、1707年の宝永地震と185年おの安政地震で津波の河川の遡上で大小の船舶が橋に激突し破壊され、多くの人たちが犠牲になっています。

 地質的条件や歴史を全く無視し、大阪維新の会とやらが、「大阪都構想」なるものを公表し、まじに実現しようとしていますが、300万人の大阪市民を危険に追いやるだけでなく、経済のさらなる集中は関西経済にも地震で壊滅的な打撃を与える愚策と言えますね。

 筆者は防災行政の在り方にも問題があると指摘しています。

「災害対策基本法のもと、防災基本計画(中央防災会議が作成)の下位に市町村地域防災計画、という構造がある。

 防災行政としては必要な仕組みなのだろうが、これらの枠組みが強すぎると、住民から見た場合、「偉い専門家がむずかしい科学で決めた」震災像が上から与えられ、行政に主導されて避難訓練に参加するような受け身の姿勢、「他人事態」が生じかねない。」

「(中略)可能な地域では、住民が地元の古記録・遺跡・伝承などに親しんで過去の震災・津波を実感し、古い地名や地形やボーリングデータから土地の成り立ち、条件を親しんで、過学んで、それらの科学的解説も聴きながら将来の地震・津波をみずから思い描くと言うような活動を強化してはどうだろうか。」(P184)

 この考え方を実行することは、かつて先人が「南海地震の津波の碑」に刻んだ戒めを追体験することであり、新たな地震や津波に対する住民としての備えを強化することになります。」

 現在日本の地震研究と対策の危うさを筆者は「阪神・淡路大震災を契機にして1995年に発足した地震本部は、行政施策に直結すべき地震調査研究を政府として一元的に推進することをうたっており、その延長上に被害想定がある。

 しかしこの構造は、未知の探求を使命として常に成長途上にある自然科学が、丸裸のままで直接行政施策の土台にされているわけで、社会にとっても地震科学にとっても最善とはいえない。」(P185)

 「最新の科学的知見に基づき」とか「想定外をなくすという観点から最大限の地震・津波をが発生した場合の被害を取りまとめたもの」と言われると完璧そうに見えるが、実はそうでない場合もあるでしょう。想定外のことは常に起こりえる。

そういう場合この発想は常に思考停止状態になりかねないでしょう。

 また筆者は「巨大な危険施設ー原子力発電所とリニア中央新幹線」を危険極まりない施設だから取りやめるべきであるとはっきり言っています。

「地震列島の原発は安全性の確認ができない。」(P187)という。

 その理由は「原発に重大な影響を与える地震動や津波をすべて予測することはできないからである。」(P188)

 安倍首相は「安全性をしっかり確認」などは無意味な呪文であると筆者は言い切っています。新規制規準なるものもいい加減であり、ちっとも厳しくない。しかも「周辺住民の生命・健康を守る緊急時対応が実際に可能な原発は現在ひとつもない。したがって、日本の原発の安全性は全く保証できないのである。」(P189)

 また「浜岡原発と「伊方原発の再稼働は無謀」(P190)とも追われています。

「計算上大丈夫だからとって巨大地震の震源域の真上で原発を運転するの常軌を逸している。南海トラフ巨大地震では。3・11地震と同様に揺れの時間が長く、短周期強震動で配管の支持金具などが損傷した後に、長周期強震動が長く続く。また直後から大余震が頻発するが、浜岡直下ということもありうる。」(191)

「3号機が再稼働に向けて、新基準適合性に係る審査」を受けており、やがて合格しそうだと言う。だが伊方も南海トラフ巨大地震の震源域の上にあるといってよく、ここで原発を運転するのは無謀なことである。」(P191)

 原発は電力の安定供給性に優れていると言われていますが、南海トラフ巨大地震を中核とする大地震活動期にあっては、事故を起こさないまでも緊急停止が繰り返され、安全点検の繰り返しで稼働できなくなるのではないでしょうか。

 地震列島日本では、原子力発電は無用の長物であり、大地震では危険極まりない存在であるからです。

 「リニア新幹線」に至っては、言語道断の暴挙であり愚か。全線80%のトンネル工事で出る莫大な土をどうするのか。自然破壊になる。地盤の極めて弱い3大都市圏をより経済や人口を集中させる仕組みは、地震対策に逆行するものであるからだと著者は言う。最もであるとおもいます。

 南海トラフ巨大地震対策を突き詰めますと、経済至上主義からの脱却を促し、地域間の格差を是正し、人間本来の豊かさを取り戻すことが、減災対策になるのではないかと思うようになりました。

 有史以来何度も約100年おきに南海地震に四国は襲われてきました。生産力の低い貧しい時代でしたが、その都度先祖は再興してきました。しかし都市化が進み土地など自然豊かな場所から離れて生活している都市生活者は極めて災害にはか弱い存在ではないか。

 思い付きと偶然で始まった「仁淀川町と二葉町との交流事業」は、都市部と中山間部との交流の新たな展開を生み出すかもしれないと確信しました。
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 仁淀川町と二葉町の交流事業

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat43975382/index.html

 
 先入観や絶望にとらわれない南海地震対策をこれからもしていこうと決意しました。
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