« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »

2015年2月

2015.02.28

母(89歳)のディの参観に行きました。


Hahadayzennkei_r


Hahadaygenkann_r

 昼食後の午後2時過ぎに、母が週に3回通所しているディサービスである「ふれあいの里 結」へ行きました。高知市九反田にあり、自宅から徒歩10分のところにあります。
Hahadayfuroba_r


Hahadayohinasama_r

 もともとは大金持ちのご自宅をまるごとディサービスのオーナーが借りています。部屋は最初から手摺などがついており、庭も80坪あります。すぐ近くに東九反田公園があり散歩もできます。

 午後のレクレーション・タイムのようでした。お菓子を差し入れして見学しました。振袖の着物を着用するという事で、1番先に母がモデルになりました。せっかくですので写真を撮っていただきました。母は上機嫌でした。
Hahakimono2mm


Haha228kimono1_r

 着物を着ると背筋が伸びるので良いようですね。母の後も次々と通所者の皆さんが体験されていました。いいことですね。

「このあいだはメイクもしました。やはり女性は美に敏感ですよ。盛り上がりました。」とのことでした。

 母も楽しそうにいるようで何よりでした。職員の人達も適切なトークで通所者同士の間を取り持っていました。見ていて楽しそうでした。
Haha2281_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

父(95歳)は元気にゴルフ・リハビリしました


Tenkoizu2289zi

 今朝は冬型の気圧配置で肌寒い。ぬくい気象に体が慣れつつあっただけに寒いですね。

 でも父は元気にゴルフリハビリへ来ています。杖こそついていますが、階段も抵抗なく昇降できます。
P2280034_r

 シニア打席では寒いせいか少人数でした。でも打席へ立つと風は吹きこまず暖かかったようです。今日は1日雑用を片付けます。
P2280035_r


P2280036_r


P2280040_r


P2280042_r

 午後からは、母が通所しているディ・サービスへ「参観」に行く予定です。昨日はりまや橋商店街の谷ひろ子さんのお店で購入しました焼き菓子を差し入れに持っていく予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

母(89歳)とはりまや橋商店街へ行きました。

2月27日ははりまや橋商店街へ繰り出しました。
Haha1_2_r

魚の棚のコロッケ屋さんで買い物をして、露店市でお菓子を買います。
Hahakoroxtukeya_r


Hahapannya_r


Hahatanisann_r

松田雅子さんが「母の日」の取材をされるというので写真を撮られました。恥ずかしかったです。
Tanisan

 母とはいつもいさかいばかりしていますが、他人様の前では「よい子」に変身する母です。

 谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。今日は13人の高齢者の皆様が生き生き00歳体操へ来ていました。
Ikiiki100sai1_r


Ikiiki100sai2_r


Ikiiki100saimatuda_r

こちらの体操教室も今年で11年目ですね。母が今は1番の古株ではないでしょうか。お蔭様で元気ですよ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女性誌のきちんとした報道に関心


_r


 ある銀行で順番を呼ばれるまでの間、女性自身という女性誌を読んできました。

「東電支援のシンポジウムをルポ 放射能は心配ないと専門家が発言 放射能が怖くてきのこを食べないのは健康リスクにつながります」という記事には仰天しました。
_r_2

 全国紙よりも女性誌の方が本質的な報道というが事実の伝達をきちんとされています。感心しました。立派ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.27

父(95歳)は現在すこぶる体調がいい。

Titiueta1_r

これで油断せす風邪なんぞひかなければ、来月の女子プロゴルフであるプロギア・レディースの観戦は可能ですね。

 思えば4年前の2011年が父の体調は最悪。透析1歩前でした。植田一穂先生の的確な診断とご指示で、高知医療センターへ2週間入院。利尿治療が成功し体調が戻りました。

 父より1歳年下の友人のお父さんが亡くなっておられました。今晩は通夜です。2本足直立歩行で生活できるように父も頑張っております。
Titiueta2_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知青年会議所の還暦祝いに参加しました。

Jc1_r

2015年2月25日。は高知青年会議所(高知JC)の還暦祝い。今回は「昭和30年生まれ、未年の還暦祝いです。」今回は出席は7人でしたが個性派ぞろいでした。JC関係の会合は今は年に1度の貴重な会合。なつかしい皆様にお会いしました。
Jc2_r


Jc3_r


Jc4_r

Jc5_r


Jc6_r


Jc7_r


Jc8_r


Jc9_r


Jc10_r


Jc11_r


Jc12_r


 わたしも1985年から1993年まで高知青年会議所に在籍していました。その間に関わった人たちもいますし、今につながる事業も展開してきましたね。
Jc15_r


Jc14_r


Jc18_r


Jc19_r


Jc21_r


Jc32_r

1987年は夜須町(現在香南市)をテーマにした海洋連続セミナーを実施し、それがベースで現在のヤッシー・パークやNPO法人YASU海の駅クラブが出来たのです。その交流は今でも継続していますよ。

http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/yasu4/index.html

翌年の1988年はJC全国大会。記念事業で野外ロックコンサートしましたから。

http://www.nc-21.co.jp/・・・/whatnew1/okamura/f-tosa1988.html

今は300M四方の町内で地域防災活動を細々としています。小さな商いと両親の介護ケアの合間にです。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.26

高知市津波浸水地区


Tunamisinsuikuiki

 高知市中心市街地を貫く国道33号線。枡形付近の国土交通省の道路表示鉄柱の看板にここから津波浸水想定区間」と表示されています。つまり国が公認した低地で地震が起きれば地盤が沈下し、津波の襲来で間違いなく水没する市街地です。

 高知市災害対策部が配布している「高知市津波ハザードマップ」で着色されている地域(市街地)が該当します。間違いなく水没するので、この地域を車で走行する場合は、車を放棄し、近くの津波避難ビルや歩道橋などに駆け上がらないと溺死します。
Saisin_zisin_hzmap_new_r

 この低地の市街地に13万人の市民が生活し、仕事をしています。避難や、疎開、生活再建。生活支援のロードマップは高知市災害対策部は全く提示していません。というか「しようとしていない」としか思えません。

 私たちは行政に過剰にあてにせず、自分たちできることは提案し、実行して行きます。自分の命と生活は誰も守ってくれないからです。

低地の下知地域は69年前の「昭和21年12月21日」の昭和南海地震で地盤が沈下、液状化で土守堤防が崩壊し。海水が低地の市街地に流れ込み大きな被害がありました。
Shimozissinsui1946


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.25

「社会的共通資本」を読んで

_new_r


 「社会的共通資本」(宇沢弘文・著・岩波新書・2000年刊)を読みました。書店で新書で購入しました。最近格差社会の批判者としてフランスの経済学者ピケティ氏が目立っておりますが、日本にもきちんとしたことを発言していた経済学者がいました。著者の宇沢弘文氏は2014年にご逝去されていますが、幅広い知識と、わかり易い表現で書いています。

「社会的共通資本は、1つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、豊かな経済生活を営み、すぐれた 文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。」

「社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の3つの大きな範疇にわけて考えることができる。大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境、道路、交通機関、上下水道、電力、ガスなどの社会的インフラストラクチャ―、そして教育、医療、司法、金融制度などの制度資本が社会的共通資本の重要な構成要素である。都市や農村でも、様々な社会的共通資本がつくられているということもできる。」(P2)

[効率的ではない」とかいう狭い経済的な観点から「日本は農業をすべてやめ,海外から安い農産物を購入したほうが良いとか言うもっともらしい暴論が時折見られますが、筆者は日本の農業を「社会的共通資本」としてとらえています。

 つまり水田がヒートアイランド現象を抑制し、洪水調整機能も担っていること。また多様な生物の多様性も維持してきました。その社会的な効用を無視し、新古典派経済学のように「工業化に特化し、農業を辞める」のは暴論と宇沢氏は言います。

 大学生であればきちんと読書ノートをこしらえ、精読しますが、なにかとせわしい初老のおっさんはななめ読みするのが精一杯でした。「社会的共通資本」と言う考え方で「農業と農村」「都市を考える」「学校教育を考える」「医療を考える」「金融制度を考える」「地球環境を考える」とありました。

 四国88か所開所1200年という事でしたので、空海についての記述に興味を持ちました。
Mannouike

「日本のコモンズ(共有地)の制度についても数多くの研究がされている。灌漑溜池、森林の入会制、漁業組合の制度などである。とくに灌漑溜池については、空海による満濃池の大修築と溜池灌漑の管理に関するコモンズの制度が、たんに歴史的な意味だけでなく、持続可能な農の営みというすぐれて現代的な意味を持つものとして注目されている。」

「空海は804年、31歳の時、入唐留学の僧に選ばれ、2年間、長安に留学した。空海は、中国の東晋時代の高僧法顕の書物を通じて、スリランカの溜池灌漑に関する技術を学んだのである。

 法顕は、399年、インドに仏典の勉強に行くが、当時のインドにはすでに仏教はほとんどなくなっていた。法顕は、そこで、当時仏教の中心であったスリランカへ行き、20年近く経ってから故国へ帰った。法顕は、スリランカで、仏教だけでなく、広く学問、技術を学んだ。とくに溜池灌漑を中心としたスリランカの農業について詳しい研究を残している。

 スリランカは1世紀から3世紀にかけて、シンハリ文明として、世界で最高水準の推理文明を誇っていた。それは溜池灌漑の土木技術を中心としたものであった。」

「満濃池は周囲20キロメーター、水面面積140ヘクタール、灌漑面積4600ヘクタールの日本最大の灌漑溜池である。8世紀の初め、創築されたが、あまりに巨大な為、。間もなく壊れてしまった。821年、空海は勅命を受けて、総監督として満濃池の修築にあたった。

 そのとき空海は、法顕から学んだスリランカの溜池灌漑の土木技術を使ったのである。空海による満濃池の大修築は、日本の土木史をかざる歴史的な工事として今に残っている。空海はまた、溜池灌漑の管理に関するコモンズの制度も導入して、日本の農業の生産性の飛躍的発展の基礎を築いた。」(P87「農業と農村 コモンズの考え方)

 満濃池の歴史 http://www.town.manno.lg.jp/manno_pond/pond_history.html

 満濃池の歴史を辿っても、空海が唐からの技術を活用して満濃池をこしらえたとありますが、その元祖がスリランカにあったとは書いていません。驚きました。

 公園を活用したモンスターと言う大規模なロック野外コンサートも夏に開催されますね。

 http://www.monsterbash.jp/(モンスター)

Img_05


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.24

ボーリング大会がありました

 2月24日は塗料組合青年部主催のボーリング大会が、ラウンドワン高知でありました。1年に1回のイベントです。当然普段はボーリングは全くしません。それで2ゲームをしました。
2015022419210000

 91と67で、結果は30人中30位で最下位でした。原因不明で右肩が痛く、第1投目は左で投げました。練習投球でストライクが出て、これはもしやと思いましたが、ストライクは2回しか出ず、ガーターが4回あり、スペアは1回しか取れない有様で最下位は当然です。
2015022418250001

 息子は300点を超えるスコアで2位でした。両手を使って投げましたのでバランスが取れ気分は爽快でした。スコアは2の次ですね。 。ばたばたして駆けつけたのでデジカメを忘れていました。ガラケーで画像は撮りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

両親は介護予防通所リハビリへ行きました


Titi1_r


Haha1_r

 今日は父(95歳)と母(89歳)は揃って介護予防通所リハビリ施設へ行く日です。元気で行きました。こちらの施設への通所では両親は古株になっているようです。
 Jrh1_r

Jrh2_r


Jrh3_r


Jrh4_r


 間違いなく介護予防にはなってはいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

香南市・吉川地区の津波避難タワー

Yosikawahtawar1_r


 2015年になってから香南市でも本格的に沿岸部に津波避難タワーが建設されています。夜須にも坪井地区に建設中です。

 県道春野―赤岡線の両側に吉川地区では津波避難タワーが完成しました。鍵がかかっていて(非常時には壊して開けてくれとの表示)があります。でも南国市の津波避難タワーのように、日ごろから開放して誰にでも上がってもらうようにしないといけないと思います。

 通過車両も多いですから。地域住民と通過車両の人達用の施設であると思います。
Yosokawathtawar_r


Ythitawar_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.23

高齢化社会を快適に皆が過ごすためには課題がありますね。

父も絶好調のようです。

Yosimasaketuekikensa__new_r

 週明けの月曜日は、父(95歳)は植田医院で診察と点滴を行う日です。植田一穂先生は「絶好調ですね。クレアチリン値も1台が見えて来ましたね。超高齢者で腎機能が改善してくるのは驚異的ですね。」と誉められました。

 正常値が、1・0以下ですから、なかなか道は遠い。でも最悪の時期では4.0以上あり、透析も考えていた時期もありましたから、慢性腎不全でも症状が持ち直した希有な例と言えるでしょう。
Titiueta223


 いつまでも2本足直立歩行をしていただきたい。母(89歳)は、朝から1日ディへ行きました。今から母のオムツを買い出しに行きます。薬局の特売日ですので。

 薬局の特売日でした

 今日は量販店型の薬局チェーンの特売日。8%引き券が使用できるとの事。母(89歳)用のオムツを5セット購入しました。種類は「立って歩く人用 Lサイズ。パンツ式」です。」5つで在庫切れとなりました。
Omututokubai_r

 レジで支払して詰め込み作業をしていると立ち話が聞こえました。

「うちは92歳と87歳の両親の在宅介護で大変。オムツ代も馬鹿にならん。子供は40歳で県外におるしあてにならん、」

「どこもそれぞれに生活があるし、自分たちも年寄りになってくるので不安ですね。」と2組の老夫婦(団塊世代とおぼしき60歳代後半)の会話でした。

 どこも同じ。母は昨日は夜に5枚も履き替えてオムツを使用していました。このオムツは1袋に18枚あります。90枚あるので、1日3枚なら1ヵ月持つ計算ですが、いつもそうはならず「ショート」してしまいますね。

役場に医療費控除の申請は出しました。保険制度でカバーできない支出が多くなります。

 父(89歳)は慢性腎不全。食事療法で通販で減タンパクのご飯とパンとお餅を購入しています。それが高い。

 おかげで血清クレアチリン値が下がり小康を保っています。一時期は透析寸前でした。

 今の制度がおかしいのは、透析になれば医療費控除が受けられ無料になります。予防で減タンパク食を購入していることには控除がありません。酷い制度の欠陥です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

肺炎球菌ワクチンのチラシ

_new_r

 現在日本人の死亡要因の3位は肺炎とか。65歳以上が96%以上を占めています。それで各医療機関では「肺炎球菌ワクチン」の高齢者への摂取を呼びかけています。

 このワクチンは確か65歳とか70歳とか、きりのよい年齢であれば、1000円で接種できたと思います。うちは医療者になっている子弟がおられる叔母(83歳)の薦めもあり、父(95歳)は一昨年、母は昨年接種しました。
2_new_r

 2人ともきりの良い年齢ではなかったので、8000円ぐらい費用は掛かったと思います。でも接種すれば5年間は有効でありますね。

 父も一昨年12月に接種し、昨年3月にインフルエンザになりました。特効薬が効きました。肺炎球菌ワクチンも接種していたので、」肺炎のリスクは低かったですね。

 お元気な65歳以上の方は、接種されてください。ご両親が高齢になり在宅でお元気な人で肺炎球菌ワクチンを接種しておれば安心は安心ですから。

3_new_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.22

雨の中でもゴルフ・リハビリです


Tenkizu2226zi

 今日は1日雨の予報。昨日中国大陸にいた低気圧が東進して日本は雨ですね。南風が吹き込んで気温が上がるとは言うものの、日差しがないので暖かくは感じません。
2015022209100000

 父(95歳)は雨でもリハビリ・ゴルフ。1カード125発をゆっくり打ちました。ばたばたしてデジカメを忘れたのでガラケー携帯で撮影しました。調子は良いようで、球も真っ直ぐ飛んでいました。
2015022209090000


2015022209340000

 健康であることが超高齢者でも大事ですね。ゴルフも生涯スポーツの1つであることが良くわかりますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市役所作成の防災マップに切り捨てられた「地域情報」

 高知市役所の防災対策部の幹部職員は、「市民の安心・安全よりも」、高知市役所組織の「危機管理」を最優先する思考方式になっていることが改めてわかりました。市民不在の「防災行政」の一端です。

 高知市下知地域の海抜0メートル地域にある二葉町や隣町の若松町の自主防災会が、懸命に地域内のビル所有者やマンション住民や不動産業者に働きかけ、協定を結んだ「津波一時避難(退避)場所)(市役所の表現では地区避難ビル)は、一切地図上から削除された小学校校区別の「防災マップ」として高知市内の全世帯に全戸配布されます。

 地図の上の緑で表記された「津波避難ビル」だけの表記となります。
_new_0001_r

Futababousaimap0mm


二葉町や若松町の高齢者の皆さんが、避難出来る筈のない距離に点在するだけのものであり、現実には地域では何の役に立ちません。恐らくこれは通過交通者の「ビジター用」の防災マップとなるでしょう。今回画像に上げた地図情報は詳細な地域情報であり、市役所作成の「防災マップ(?)」とは全く異なります。

市役所作成の「防災マップ」(?)は紙はデポ紙と言う水に濡れても破れない高価なもの。しかも全戸配布。多額の税金を使用して、結果的に地域の「限定情報」しか配布しない高知市役所防災対策部の姿勢はいかがなものかと思いますね。

 要は「二葉町防災マップ」も、平成26年度に住民サイドで市役所職員と一緒に検討した「昭和校区津波避難計画書」で上がってきた貴重な地域情報を一切切り捨てた形での「市役所作成の防災マップ」になりました。
Ws9_r
一体地域での「検討会」は意味があったのでしょうか?なんだか空しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.21

午前中限定の海の散帆でした。


Tenkizu2219zi


卸売市場付近道路での交通事故

 今朝は早起きして懸案の仕事をしました。3時間かかりました。朝食をとり夜須へ向かいました。朝のうちしかたぶん晴れ間はないので、取り急ぎ増した。

 車で3分のところに高知市卸売市場があります。その手前の県道でまた事故があったようです。県警の事故処理車があり、警察官が交通整理をしていました。車前部が大破しているようでした。昨日の交通事故もそうですが、何故そうなるのか遅い車で移動している私には理解できません。

Ziko1_r


Ziko2_221r

 移動性高気圧に覆われたお天気ではありますが、すぐ後ろに低気圧が追いかけて来ています。高気圧が東進する速度が早ければ、すぐに曇ることでしょうから。

 今日のハーバーは誰もいません。YASU海の駅クラブの横山さんに聞きますと、「今日は大学生もジュニアも来ません。井土さんは大学時代の友人の結婚式で沖縄へ行かれたとか。要するにお1人様シニア・セーリングとなりました。
Yasu1_r


Gisou_r


 気圧配置からは強風にはならないだろうと予想しました。海へ出ますと今日は先週と異なり波がなく快適なセーリングが出来ました。風もほどほどでした。

Umiz2_r

Umi2_r


 ただ太陽が出ていると暖かい感じがしますが、曇るとなんか寒い感じです。南海上では雲が覆っています。時間が経過すると上昇した感じになり、お昼前になると晴れ間がなくなりました。

Donnkumori_r

 結局お昼までのセーリングとなりました。2時間ぐらい海の上にいましたので、気分は爽快になりました。いろいろと難しい問題もありましたが、頭がシャックルされました。

 海の散帆はいいですね。
Donkumorikantyou_r

 山本宏幸さんとかぶりもの対決をしました。

 セーリング終了後道の駅やすの事務所を訪問しました。いつもの山本宏幸さんとおっさん2人組の2ショット写真です。

 それなりにマンネリ打破を狙っております。
 ギャラリーのお雛様も見学者が多く賑わっておられました。
Yamamotosan_r

 夜須のさおりスーツのケーキは美味しかったです。


 ヤッシー道の駅の露木さんから、「夜須に美味しいケーキ屋さんがありますよ。」と紹介されました。今日は家内の何十回目の誕生日です。早速場所を教えていただき、行きました。

Saorisweetu_r
 誕生ケーキは予約であるというので、ショートケーキとロールケーキとパウンドケーキを購入しました。ディサービスから母(89歳)が戻りコーヒーをたててもらいました。一緒にケーキを食べました。
 美味しかったです。

Saorisweetuhako_r

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下知減災連絡会と地域担当職員とのワークショップ

 2015年2月17日は、下知コミュニティセンターにて、下知減災連絡会の3役と二葉町と若松町防災会幹部と、高知市役所地域防災推進課の実務担当者との「地域防災に関するワークショップ」が開催されました。
Simoti_ws_r

 下知地域内での「津波避難場所」の白紙地域の問題や、近況報告や情報交換が行われました。防災の実務担当者である山中チーフや防災ガールズの担当防災職員は、現場を踏まえておられるので市民目線で対応することが可能です。

 意見交換の中では「前向き」な意見も数多く出ました。海抜0メートルに居住する高知市民が13万人いる現状を今すぐにどうのこうのは言えません。「とりあえず防災」でも問題山積み状態です。

 「諦めず」に地域の減災対策に取り組むしかありません。
Simotiws2_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.20

父も母も元気です


_new_r

 今日は少し春めいてきた高知市です。
まず父(95歳)ですが、午前中に植田医院へ行きました。診察の結果はどこも悪くはありません。血液検査の数値がやや悪い。

「溶血反応が出てカリウムの値が高めに出ていますが、クレアチリン値は安定しているのでしていますので大丈夫です。」とのことです。
Kotoriya_r

 母(89歳)は、午後からはりきってはりまや橋商店街へ行きました。車では「シャッターがしまっ中。活気がない。小鳥屋も辞めたのか?」「やめちゃあせん。金曜日が休み。」との会話。
Haha_r

 商店街を歩行補助車で散策。せんべいを買い、10円饅頭を買い、谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。早くついたのでぜんざいを母は食べました。
 _r

_r_2


_r_3


_r_4


_r_5


 ところが大塚先生が急用なのか「活き活き100歳体操は中止」との張り紙がありました。散策して退散しました。戻ってから南国スーパーへ母と一緒に行きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

30年以内に大地震が起きる確率を示した地図

11000718_918332714866079_1843680335

強い揺れの予想。高知と水戸が70%、横浜が78%とか。首都圏地震と南海トラフ巨大地震は確率が高いということですね。札幌あたりは安心地帯ですね。

北海道は泊原発がなくなれば日本で1番安全な地域になりますね。

やはり日本は世界1の地震国ですね。上の地図と下の地震予想分布図を重ねて見ると良くわかります。地震の確率が低いからと言って地震がないわけではありません。日本はどこにいても災害の危険があるところですから。

Kyodaisizinsingeneria_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.19

史上最低・最悪の安倍内閣は退陣いただきたい。


Abeikumimm2

しかし安倍内閣は私の知るところ「史上最低」の「史上最悪」の内閣ではないかと思う。とにかく「民意」を無視する手法は呆れるし、腹立たしい。

 だいたい世界の大地震の25%が狭い日本で起こり、世界の活火山400のうち110が日本にあります。それに加え大雪と大雨と台風が毎年日本を襲います。日本は世界1の災害大国なのです。
Kyodaisizinsingeneria


Nihonkatudansou


P51

 安倍首相は災害大国日本にあろうことか、集団的自衛権行使を表明し、他国との戦争を想定した法改正をもくろんでいます。ありえません。

 また国防を考えるのであれば、日本国内の原子力発電所をすべて撤去しないと無理です。守れるはずはありません。軍事大国イスラエルは国防上の理由で自国での原発建設を諦めました。
Nihongenpatu54ki
 300M四方の町内から見ても安倍首相のやり方は危なすぎます。今すぐ退陣していただきたいです。これ以上国民を「災害」(戦争災害も)に巻き込まないでいただきたいからです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.18

「耐震被覆による活動期に地震防災」を読んで


_new_r

 「耐震被覆による活動期に地震防災」(五十嵐俊一・著・構造品質研究所・2012年刊)を読みました。下知減災連絡会で一緒に活動している坂本茂雄さんにお借りしていました。筆者は東京大学工学部卒業後、大手ゼネコンである大成建設に入社、勤務の傍ら米国大学へ留学したり、東大で研究したりした経歴の人。書いていることもユニークです。

「現代の都市とインフラは、鉄筋コンクリートの発明とセメントの大量生産により実現したといえる。建設分野では、これがメンテナンスフリーで、地震で破壊することはないと信じられていたいうパラダイムがある。

 しかし前世紀末から鉄筋コンクリートは、その真の姿を現し始めた。経年劣化し、崩落を初め、大地震の度に崩壊し、多くの犠牲者を出している。環太平洋地震帯上に、かつてない高密度で急速に造られたコンクリートの都市とインフラは、大地震で壊滅する危機に瀕している。

 その他の地域でも経年劣化により早晩、崩壊する運命にある。これに対抗するために、大量の鉄とコンクリートをさらに投入するように求めても、資材、費用、労力ともにとても、追いつかない。診断や補強、補修を計画する専門家も不足している。」

 筆者は「鉄筋コンクリート構造物」の限界を謙虚に認め、限られた資源(人も)でより安全な工法を提起しているのではないでしょうか。

 耐震基準は現実に起きる地震に適合していない。また想定が低いので役に立たないとも。それから対策としても耐震補強の多くは費用の割に役に立たない。免震や制震もそれほど効果的であるとは言えないとも筆者は言います。
Photo

(プレースを鉄板などで固めると、周囲が破損し、変形が大きくなりビルの倒壊につながると指摘されています。P53)
Photo_2

P76の写真では「現行耐震基準の1・5倍の長期優良住宅が震度6強の揺れで倒壊。耐震強度不足の家屋は倒壊しませんでした。
Photo_3


それで筆者は構造物の柱の部位を「耐震被覆」することを推奨しています。そのほうが、耐震診断や、耐震補強に多大なコストをかけるよりも、強度もコストも優れていると言います。

 (耐震被覆すると、全体でエネルギーを吸収し変形が小さくなります。)
_r

 さてそのあたりは正直どうなのかわたしには判断がつきませんでした。

阪神大震災以降に高架橋などの柱部分で被覆による耐震工事を見たことがありました。それが本当に効果があるのかどうか。今後の検証が必要でしょう。意外にもこうした建設分野でも「出たとこ勝負」というところがなんだかなとは思いました。

 香南市を走行するごめん・なはり線の高架部分の部位は柱部分に耐震被覆工事がされているようです。
_r_2

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.17

防災・防犯・安全対策に「蓄光塗料」の活用を

 日中(光のある場所)では、塗膜に光を蓄え(蓄光)、照明の全くない暗闇でほのかに光を発する「蓄光塗料」。

 従来は「蓄光塗料」は時計の表示板や屋内電気スイッチの一部とか、ごく少量、屋内仕様で使用されていました。従来の蓄光材は、水分に弱く屋外での使用は不可能でした。近年になって蓄光剤を直接外部に触れないようにプラスチックなどに練り込んで表示板を作成されるようになりました。

 しかし値段は高価であり、練り込みの場合蓄光剤本体の総量が少ないため、期待される輝度が低下していたようでした。

 このたび屋外使用に適した蓄光塗料が開発されました。防災や防犯、各種の安全対策に多様に活用できることになりました。用途は拡大しています。

 今まで自主防災会などでは高価すぎて手が出なかった蓄光パネルなどに変って、蓄光塗料は多様な活用が出来ると確信しています。
_r


2_new_r


3_new_r


4_new_r


5_new_r


6_new_r


7_new_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.16

田舎者が東京へ行きました。

 取引先がどうしても2月12日に東京へ来てほしい。情報があるからということで、本当に急な段取りで東京へ行きました。うちは超高齢の両親(父95歳・母89歳)と同居しているので、両親の体調が良好でないと宿泊をともなう出張は出来ませんから。

 先週と今週初めに主治医の診察を受け、両親も風邪やインフルエンザ,ノロウィルスの兆候もないので東京へ行きました。早割などが一切取れないので、割高チケットでの上京です。

 着陸間際の千葉県の上空。知人が「成田の付近は東西南北車で10分も走ればゴルフ場だらけ。どこも経営が大変で、平日なら昼食バイキングで5000円で回れるらしい。それで家内の方が週2回ゴルフするんで上手になってしまった。」とか言っていました。
 山や林を削って大変なもの。土地の有効な活用法とは言い難いですね。
_r_6


_r_7

 また東京は「臨海都市」そのもの。うちも高知で「海抜0メートル地帯」ですが、東京は比ではない。臨海部に工場や石油プラント、流通基地や集合住宅が密集しています。首都圏直下型地震も言われています。甚大な被害が出ることでしょう。これでは。
_r_8

_r_11


 羽田空港も海上桟橋方式で滑走路を拡張していますね。であるならば千葉県成田市になぜ無理やり飛行場をこしらえたのか?いま強引に沖縄の辺野古へ軍事基地をこしらえようという愚を政府化してますね。
_r_9


_r_10

 またあと東京での帰り際に、品川駅構内のショッピング・フロアを見ました。完全に各鉄道の乗り換え通路を改造して店舗になっています。乗降客・通過客の多い東京ならではの商業形態ですね。地方ではありえない商業形態です。
 _r_12

_r_13


  仕事での内容は豊富で頭の整理がつきません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.15

意外な強風でのワンマン・セーリング


Tenkizu2159zi

 昨日の天気図予想では、移動性の高気圧が西日本を覆い、「まったりした」天気の筈でした。しかし今日の天気図では横に長い高気圧ではなく、押しつぶされたひょうたん型の高気圧が張り出していて、北の高気圧と相関しているのかどうかは不明ですが、結構風が強かったですね。
Yasuhtenkizu_r

 高知龍馬マラソンがあり、9時過ぎから県道春野―赤岡線の南国市の部位が通行止めになるので、朝1番8時過ぎに通過するように早出しました。
Ryomamarasonbunki1_r

 夜須のハーバーでは誰もいません。
Yasu1_r

 ジュニア・ヨットクラブは座学で海へ出ないそうで、高知大学ヨット部は艇の整備をするそうで、こちらも海へ出ないとか。結局海へ出るのは私1人のワンマンセーリングになりました。
Kouchiuyacht_r

 予想より風が強い。強風仕様にしてぎ装しました。そしてやおら海へ出ました。風は南西風から西風。風波が立っています。セーリングがしにくいこと。三角形の小さな波が無数に立ちます。ローリングが嫌なので、ヤッシー・パークの内海でセーリングをしました。
Yasugisou_r


Yasugisougo_r

 Yasuonemanns_r

 風が予想以上に強かったので海上での写真はありません。2時間ぐらい1人でセーリングしていました。いい運動になりました。

 (動画は道の駅やすの山本宏幸さんが撮影いただきました。)


 セーリングが終わり、道の駅やすで雛人形を見ました。それぞれ個性がありますね。うちの雛人形も並んでいます。
_r


_r_2


_r_3

 山本宏幸さんと恒例の2ショット写真も撮影しました。
_r_4


| | コメント (0) | トラックバック (0)

高幡不動へ行きました。

 今回の1泊2日の出張は余裕はほとんどなし。東京近辺には義理のある人が多く声掛けしてお訪ねしたい人がたくさんいますが、皆に満足するだけ面談するには1週間ぐらい滞在しないと無理ですね。「老老介護」「多重介護の零細企業の主」には無理なお話。
_r

 昨年11月にお会いできなかった学生時代の友人である安部卓彦さんに高幡不動駅で待ち合わせして会いました。40年以上経過するとお互い顔つきも変わるものです。
_r_2


_r_3

 昨年も1月に安部さんとは高幡不動へ行きました。境内を散策しただけでしたが、今回は奥殿の拝観ができるという事なので、一緒に見学しました。
_r_4

_new_r_3


 通常はガラス戸こしにしか見られない木造の不動明王も建物内部で見ました。凄い迫力。
館内に収蔵してある文化財は貴重なものが多く、青年僧侶が丁寧に解説していただきました。
_new_r

 禅寺かと思っていましたが、実は真言宗総智山派の寺院で、弘法大師にゆかりがあるらしい。関東地方では珍しい平安時代初期に建てられた寺院でした。
_new_r_2


2_new_r

 僧侶の説明では新撰組副隊長土方歳三さんは、高幡不動尊金剛寺の昔からの檀家だそうで、その関係もあり土方さんの書簡や銅像まで境内にありました。
_r_5

 関東では鎌倉以外で集積している寺院のようですね。歴史を感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.14

父も元気 母も元気です


 2月15日は朝1番は父)95歳)を連れて植田医院へ。診察と点滴です。健康状態は申し分はないとの事でした。それで昼食後、ゴルフリハビリへ行きました。快調に125発打ちました。とても元気です。
2015021413550000


2015021413540000


2015021413550001

 母(89歳)はディサービスの日です。「いつも手をつないでくれてありがとう」という感謝状を母からいただきました。ディサービスで書いたのでしょう。嫌がらずに週3回母は元気にディに行ってくれるので助かってはいます。
_new_r_4

 超高齢者の両親ですが元気です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雛人形の展示を見学しました

先日道の駅やすのギャラリーへ。女性スタッフの皆さんが苦労して飾っている雛人形を見学に行きました。昨年からうちの雛人形も参加させていただいております。
_r_14


_r_15

「今日はたくさんの人が入場して、子供たちが喜んで写真を撮られていました。」とのことでした。夕方行きましたので一段落していました。
_r_16


_r_17


_r_18


_r_19

 いろんなタイプのお雛様があると感心しました。着物や装飾もありました。段飾りも狭いうちではあまり見たことはないので、感心していました。見飽きないものですね。
_r_20

「お内裏様の着物の縛り方も人形によって違いますね。」と女性スタッフの方が言われました。なるほど確かに違いますね。おっさんは細かい所には全く気が付きません。いい勉強になりました。
_r_21


_r_22

 ヤッシー道の駅やすでの雛人形の展示は3月末まで開催しているそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.13

「思想としてのロック」


 ピーター・バラカンさんが、DJスタイルで語る「思想としてのロック」の講演会が、3月21日に高知市文化プラザ・かるぽーとで開催されます。

 人気らしいので早速家内と2人分前売り券を購入しました。

_r_10


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.12

忌野清志郎はロック・アーティストだ!


Sakuhin011686_1

 先日家内と大嫌いなイオンのシネコンへ行きました。コンビニで前売りの「忌野清志郎ロックンロール・ショー」を見るためでした。
_new_r

 音楽映画では珍しく(昨年のエルトンジョンでは家内と2人しか観客がいないことも)30人ぐらいが来ていました。

 全盛期のパワフルなステージや、亡くなる直前のよれよれのステージまでありました。知っている曲は数曲でしたが、独特のボーカルが演奏とコラボして飽きませんでした。イマジンも日本語で歌いきる人はこの人ぐらいうしかいませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.11

まったりと海の散帆ができました。


Tenkizu2119zi

 今日は予想どうり「移動性高気圧が西日本を覆っています。」低気圧が日本海側にありますので、南風が吹く予報。こういうお天気は冬場でも温厚なので、シニア・ヨットクラブは何を置いても行かないといけない。
_r


_r_2

 夜須へ着きました。風は温厚。大学生はおらず、ジュニア・ヨットクラブ員も午前中は座学でハーバーには居ません。ワンマン・セーリングになるので、慎重にぎ装しました。
_r_3

 がなんかブームバンクがよじれすぐには元へ戻りません。本当はいけないんですが、今日は風が弱いからにじれたままで出艇しました。予想どうり風はない。でもまったりと午前中はセーリングが出来ました。
 _r_4

_r_5


_r_6


_r_7


 お昼も訪のおむすびとたまご焼きです。午後からシニア・ヨットクラブのKさんもやおら来られました。出艇されるそうです。午後からはジュニア・ヨットクラブも海へ出るので心強いです。程よい風が吹きました。
_r_8

_r_10


_r_11


_r_12


 しかし南風で波が立ちローリングするので、ヤッシー・パークの中でタックとジャイブの練習をしていました。明日は東京へ仕事で出張ですが、そんなことは忘れて朝から晩まで海で遊んでおりました。エネルギーを充電しましたので、もう大丈夫です。
_r_9


_r_13


| | コメント (0) | トラックバック (0)

 やす道の駅にて雛人形が展示されています。

 高知県香南市夜須にある道の駅やすのギャラリーでは、2月・3月は雛人形たちが展示されています。うちのひな人形も昨年から参加しています。いろんな雛人形や、お飾りや着物などが展示されています。

Hinaningyou1


Hinaningyou2


Hinaningyou3


Hinaningyo4


Hinaningyou5


Hinaningyou6


Hinaningyou7


Hinaningyou8


Hinaningyou9


Hinaninghyo10


Hinanningyou11


Hinanningyou12


Hinaningyou13


Hinaningyou14


Ohinasama15


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.10

復興<災害>を読んで


_new_r

 「復興<災害>―阪神・淡路大震災と東日本大震災」(塩崎賢明・著・岩波新書・2014年12月刊)を読みました。実は、1月17日に神戸市長田区鷹取東地区の20年」慰霊祭に行く前に新刊本で購入していました。一応行く前に積読はしていたものの、震災から20年経過した長田の現実に打ちのめされ、ようやく読書ノートが書けるようになりました。

震災から20年が経過していても、借金の返済をされている人たちや、長年続けてきたご商売をやむなく廃業されている商店主も多いと聞きました。鉄人28号(作者の横山光輝氏が神戸の出身)の巨大な像のある新長田駅前から鷹取東地区を歩きました。思いは複雑でした。

 住宅は新しくなってはいますが、ところどころに空地もありました。3階建てが多いですが、住民の方に聞きますと、区画整理事業で減歩され道路に土地を提供したので敷地が狭くなり3階建てにされた家屋が目立ちます。
 Nagata20nenireeisai

 たしかに長田には、震災遺構はありません。JR新長田駅前は高層マンションが林立し、駅前商店街の商業ビルも立派でした。しかし活気があるか、発展しているのかと言われますと、(高知とは比較できない大都市神戸市ではありますが)どこか違和感を感じていました。
Nagatatetuzin_3

「筆者が「復興災害」という言葉を初めて使ったのは、阪神・淡路大震災から10年が過ぎた2006年のことである。大震災の被災状況調査や避難所、仮設住宅、復興公営住宅、区画整理事業や再開発と言う復興まちづくりに関わるなかで、いつまでも孤独死がなくならず、まちづくりで苦闘する人たちを見て、これは災害の後の復興政策や事業が間違っているのではないかと思うようになった。」

「震災で一命をとりとめたのにもかかわらず、復興途上で亡くなったり、健康を害して、苦しんだりする人々が大勢いる。その被害は個人の責任だけに帰することはできないと思えた。この復興による災厄は「復興災害」と呼ぶ以外にはあるまい。これは自然の猛威ではなく、社会の仕組みによって引き起こされる人災であり、本来防ぐことが可能な災害である。」

   中略

「実は、現在の防災・減災対策の中で、復興施策はほとんど位置づけられていない。命さえ助かればあとは自分で、という形になっているといっても過言ではない、しかしそれでは多くの被災者は生きて行けず、生活再建はできない。そこに復興災害が発生する根本原因がある。

 復興の事業の多くは公共施策として行われるが、その内容は貧弱で、被災者の実情に合っていないことが多い。」(P3)

 筆者は震災後20年が経過しても、阪神・淡路大震災の被災地では「復興災害」にさいなまれている人たちが存在していると指摘されています。それが2011年の東日本大震災での復興事業に活かされているとは言い難い現実があるとも言われています。

 日々いつ起きるかもしれない南海トラフ巨大地震の恐怖で毎日日にち海抜0メートル地帯に住んでいる私たち高知市下知地域住民の想いや、考え方は、高知県庁や高知市役所の言う「減災対策」にはまず活用されないし、意見の聴取をすることもありませんでした。
Kaibatu0_r

 いつ開催され、だれが委員であるのかも不明な県・市による「南海地震長期浸水対策検討委員会」なども該当地域住民抜きで「勝手に」審議され対策が検討されているようです。そして検討会の意見がまとまってから(住民の意見は全く聞くことなく)、住民側にやおら事後報告するとされています。呆れますね。そしてその検討案を押し付けてくるのですから。

  http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/010201/choukishinsui.html

 南海トラフ巨大地震が起きる前からこの有様で、極めて貧弱な事前対策しかなされていません。実際に甚大な被害がでたならば、高知市低地に住む13万人の市民の避難、生活再建は極めて難しいいばらの道であることは想像が出来ます。

 著作の中で新長田駅南地区の再開発事業の記述がありました。

「東日本大震災の被災者らが、阪神・淡路大震災の復興に学ぼうと神戸を訪れ、予想に反して衝撃を受けるのが、新長田の再開発事業である。そこでは震災後20年を迎えても事業は完了せず(現時点のめどは2017年とされている)、それどころか出来上がった再開発ビルの中はシャッターだらけで、多くの商店主が日々苦しんでいる。巨大再開発と言う復興施策がもたらした「復興災害」がいまなお進行中なのである。」

「神戸市長田区の新長田駅南地区再開発事業(面積20ヘクタール)は、阪神・淡路大震災の復興都市計画事業のなかでも最大のものであり、他の事業が完了する中で今も大きな困難をかかえている。

 新長田地区は。ケミカルシューズの工場や卸売店舗が多く、商店街が縦横に張り付いた住宅・商業・工業の混合地域であった。建物の多くは2階建て以下の木造で、無数の路地で構成された神戸の代表的な下町である。震災では市街地大火によって壊滅状態となった。

 従前の世帯数は1600世帯、人口4600人で、権利者数は2162人であった。

 新長田の再開発事業は、いわゆる第2種再開発事業で、管理処分方式をとっており、神戸市が地区内のすべての土地を買収し、44棟のビルを建設する計画である(総事業費2710億円)。2014年6月に37棟が完成し、1棟が建設中、6棟が着工予定である。」

  中略

「再開発ビルの分譲住宅の価格は、688万円(27・24平方メートル)から、4675万円(124・23平方メートル)で、ほとんどの場合、従前権利の評価額より分譲住宅の価格の方が高い。

 追加的な資金を持たない人は、わずかな補償額を手に転出するか、受け皿住宅に入るしかなく、震災前の住民の45%は地区外に出たという(日本経済新聞 2009年1月13日)。筆者らの初期の調査でも、分譲住宅の入居者の76%は地区外から来た新住民で、従前の住民は24%であった。」(P42「新長田駅南地区再開発」)

 商業者や事業者には復興には大変な困難が伴いました。

「一般に、市街地再開発事業では、従前の居住者・権利者が地区に留まることは難しく、大半が転出することが多い。商業者・中小零細事業者の営業を確保し発展させることは、当事者にとって死活的な問題であると同時に、地域の活性化という点からもきわめて重要な問題がある。

 しかし、従前の商店・事業所が営業を再開するのは大きな壁がある。主なものは以下の3点である。

第1に、従前資産の評価に比べ権利床価格が高いために、入居できないことである。

第2は、共益費、管理費などのランニングコストである。床の買い取り価格に加えて、巨大なビルを維持するための共益費、管理費など、以前はなかった負担が新たに増える。

第3は、再開発によって生み出される商業床が過大な事である。神戸阪神間ではすでに商業施設が過集積しており、大規模な商業床は競争を激化させ、営業にとって困難をもたらす。

 商業床の大部分を「新長田まちづくり株式会社」に賃貸契約しているため、形式上は契約済みになっているのであろうが、各ビルの1階部分では賑わってる店舗もあるものの、2階や地下ではシャッターが閉まったままの区画が目立つ。」(P439)

 確かに2015年1月17日に地元のチョ・ホンリさんに案内していただき、新長田駅周辺の商店街である新長田1番街商店街、大正街商店街、六間道商店街、西神戸センター街などを歩きましたが、著作で指摘されているような現実を見ました。
Nagata1banngai


Nagatataisyou


Nagataheitenn


Nagata1


Nagata2


 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-39d2.html

 確かに大阪近辺は梅田駅周辺も大規模な再開発され、商業集積が進みました。また超高層ビルの商業施設であるあべのハルカスなども開業しています。同じ神戸市の三宮周辺との競合もあるでしょう。

 職住・商工混合の下町の風情は失われ、巨大な高層ビル群と、商業ビルには活気のない現状を見ると、神戸市の大規模な長田の再開発事業は完全に失敗していると思いました。

 やはり当事者である住民不在の再開発計画であったことが失敗の大きな原因であったと思います。神戸市都市計画部局の思い上がりと市民軽視の開発手法が破たんの原因でしょうね。
_new_r_2

 また現在東日本大震災の復興事業も、地元の意向が無視する形で進展しているようですね。                                   

「多くの市町村では、震災前よりも高い防潮堤を建設し、道路や鉄道敷を盛り上げて堤防替り(2線堤という)とし、浸水を防ぐ計画になっている。また、今回津波で浸水した市街地を大規模に盛土する計画も多い。しかし、それらの計画に対する疑問も少なくない。
 高い防潮堤については、景観上の問題や、海との関係の段絶、津波避難がかえって遅れるといった点や、海岸の環境破壊なども指摘されている。

 城壁で囲まれたようなまち、海の見えないまちになって、将来の街の発展があるのかといった危惧がすでに住民から出されている。また、数百キロメートルにわたって三陸沿岸を巨大防潮堤が覆う事業は、海岸地区の自然を著しく破壊するという指摘もなされている。本来であれば、十分な環境アセスメントがされなくてはならない大事業である。十分な検討もないままに、予算がかくほされたからといって巨大事業が展開され、人々の生活が戻らない街になってしまっては、本当の意味で復興とは言えない。」(P130「住宅復興とまちづくり」)

 東日本大震災後の復興事業でもまたしても阪神・淡路大震災の「復興災害」の教訓が生かされていないように思います。巨大なコンクリート護岸の背後の街には誰もすまないような現実になるのではないでしょうか。

 また筆者は原子力発電所の稼働をさせないことが、重要な防災対策であると言い切っています。
Fukusimagenoatuhigai

「原発に「世界最高水準」の安全性を求めるといった議論があるが、ほとんど無意味と思われる。一体、何をもって「世界最高」というのか。世界第2位と比べてどれほど安全になるのか。地震や活火山が多く、狭い国土に55基の原発(もんじゅも含む)が存在する日本は、世界的に見てもけた違いに危険な状態にある。」

「大地震の回数[最近100年間発生した死者1000人以上に地震)と原発の個数を、国土面積あたりで比較してみれば、日本の(地震×原発)指数は、38・09で、世界のどの国よりも数百倍ないし無限大の危険性を抱えている。」

「仮に原発が1基になったとしても、指数は0・69で、第2位のパキスタンの7・7倍あり、世界1危険であることに変りはない。狭い国土で地震が多いこの国では、国土を安全で強靭にするには原発をゼロにするしかないのである。」(P185「大災害時代の幕開け」)
_new_r_3

 塩崎賢明氏は「次なる震災復興の備え」として住宅復興の観点から提起をされています。

①避難所生活の改善

②複線的な総合プログラムの作成

*応急仮設住宅の質の向上

*自力仮設の認容

*みなし仮設の制度改善

*家賃補助制度の導入

*被災者生活再建支援金制度の改善

③住宅再建・生活再建と整合性のある災害復興まちづくり制度

④防災・復興省の創設

 「それらの提案事項を「阪神・淡路大震災の経験と東日本大震災の復興の現実から真摯に学び、既存の制度や悪しき慣習にとらわれず、1人でも多くの命を救い  中略

 大胆に法律・制度や仕組みを改革することが、一刻の猶予もなく求められている。」と言われています。

 南海トラフ巨大地震の恐怖に毎日苛まれています。既に私たち海抜0メートルの高知市の下知住民は被災者になっていると思います。既に地域の地価は暴落し、誰も買い手がつかない状態になっているからです。よほど資産がないと地域外への移転もままならないのです。

 南海トラフ巨大地震は近づいて来ています。なんとか困難な地域に住んでいますが、生きのびたいと思っています。本気で活動をしなければいけないと思いました。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.09

耐震性非常用貯水槽の有効活用についての意見交換会


25_new_r

 2015年2月5日、下知コミュニティ・センターにて18時30分から、「耐震性非常用貯水槽の有効活用についての意見交換会」(下知減災連絡会・主催)で開催いたしました。 説明者として高知市水道局・高知市防災政策課の担当職員が出席されました。

総合司会進行は、有光下知コミュ二ティ・センター長が行っていただきました。
_r

_r_12


 まず地元市議の高木妙さんが、12月市議会に地元下知地域3団体(下知町内会連合会・下知減災連絡会・下知地域内連携協議会)から出されていた「耐震性非常用貯水槽の有効活用についての請願」について、高知市議会での質疑のやり取りなどの説明がありました。

_r_2

 続いて高知市水道局次長山本三四氏からの説明がありました。
_r_3

「高知市水道局は南海地震対策基本計画を策定しています。それは直径1.2Mの送水管が針木浄水場から九反田配水所まで10Kの送水管を二重化して災害の備えをしています。

 また応急給水拠点を整備することになっており、現在12か所のうち5か所完成しています。応急対策用備蓄倉庫や、緊急遮断弁を設置する工事をしています。

 また現在市内19か所に耐震性非常用貯水槽を設置していまして。後6か所設置する予定です。また「応急給水栓」60か所設置する予定です。」

「長期浸水地域になっている箇所に現在11か所の耐震貯水槽が設置されています。冠水している間は利用できませんが、水深が50センチ程度になれば利用可能です。

 続いて森課長より「災害時における給水方法」について説明がありました。その方法は「耐震性非常用貯水槽の活用。応急給水栓の活用。応急給水拠点からの給水。臨時給水所からの給水などの説明をいただきました。
_r_4

 また担当係長からは、非常用耐震貯水槽の赤色回転灯についての説明があり、点灯している場合は水圧が低下しているので、ポンプで汲み出しが必要である。点灯しなければ水圧があり配管が破損していない。とのことでした。
_r_5

 排水ができないと耐震貯水槽は利用できないこと。また貯水槽の中の飲料水が適切かどうかは残留塩素計で測定することの具体的措置の説明かありました。

 意見交換会からは様々な意見が出ました。
_r_6

「ある時市長と懇談する機会がありました。下知地域の長期浸水地域の可能性をお話し、飲料水の確保が地域指定の津波避難ビルでも不十分です。青柳公園の下の非常用の耐震貯水槽が水没すれば使用できません。どうすればいいのでしょう。と聞きました。

 市長は「潜って水をとって下さいとの答えでした。潜ってとるのであれば、県警や消防の潜水部隊がするのでしょうか?」(若松町自主防災会)
_r_7

「当初は高見山へ避難する計画でしたが、長期浸水が下知同様早くなるので、もよとの津波避難ビルなどに避難し、籠城することになります。竹島公園地下にも2万人分の飲料水があります。なんとか有効利用できるようにお願いしたい。」(竹島町自主防災会)

「給水車ですがある程度水没地区でも行動できる仕様になっておられますか?」

「一体何日後に浸水エリアから水が引くのか?県の公表されているデータでは最短で13日後だそうです。それまでの飲料水の工面は自分である程度しますが、低層住宅の住民などは自宅備蓄は無理ですね。なんとか給水体制をしていただかないと限界です.」(二葉町自主防災会)」
_r_8

「昔は船舶水を配達する給水船の仕事を親戚がやっていました。浸水地区への飲料水の提供は給水船を活用すべきでしょう。」(若松町町内会)

 それに対しての水道局の回答を要約しますと以下のようになります。

「浸水地域の水が水深50センチ以下にならないと、耐震性貯水槽の利用は出来ません。水道局は浸水地区の市民を見捨てることはしません。ボートもそうですが、局のボートや消防。自衛隊のボートも含め、避難している施設の人達へは飲料水を供給します。」
_r_9

「さまざまな給水方法も併用し、大規模災害時にも市民には水を届けます。」


 確かに飲料水は人の口に直接入るものであり、安全衛生管理はシビアにしなかればいけないものです。また異物混入などはあってはならないので、水道施設の管理・運営は専門の水道職員がなさるのは原則であると思います。

 しかしながら、「県と市と学識者や消防や自衛隊などと長期浸水対策検討委員会で議論し、その結論を市民に伝えます。」(高知市防災政策課職員)ということですが、この飲料水問題が議論されているのでしょうか?全く伝達されないのでわかりません。

 浸水予定地域の市民も検討会へいれた議論をしませんと「的外れな」対応になると思います。

 水道局との意見交換会は、開催して良かったと思います。下知地域の住民の切実な思いは伝わったことでしょう。また水道局の「人がおるんだったら飲料水をとどけます。」という真摯な姿勢を確認することが出来ました。

 水道局出身の元参議院議員であった武内則男さんも出席いただきました。
_r_10

「水道だけの対応ではなく、市の他の部署や県や国も集い、とにかく下知地域を浸水させない。浸水してもすぐに水を排水する対策が先でしょう。それに全力を尽くすことです。」と言われましたが、全くの正論です。
_r_11

 高知市議会への請願書については再考しないといけないですね。思案のしどころです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.08

「慰安婦報道と言論の自由」の講演会へ行きました。

 全く夫婦そろってノー天気。日を間違えて前日の2月7日に高知城ホールへ行っていましたから。気を取り直して自宅から歩いて行きました。前日と異なりうって変って西高東低の気圧配置なので風が強く寒い日でした。

 「慰安婦報道と言論の自由」(主催 国民生活を守り憲法を暮らしにいかす懇談会)だそうです。講師は植村隆氏。高知県須崎市出身。元朝日新聞記者。現在は北星学園の非常勤講師です。

 わたしは労働組合関係者でも左翼政党の関係者ではありません。チラシに「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(18世紀のフランスの哲学者ボルテール)とありました。その文言が気に入りましたので参加しました。

 両親の昼食を終わらせて午後1時過ぎに自宅を家内と一緒に徒歩で出ました。30分ほどで高知城ホールへ来ました。見ると警察の人達が会場周囲を警戒されています。

Keisatu_r


 近くで右翼団体とおぼしき人がマイクで何か話しています。
Uyoku_r


 会場入り口には「場内の平穏を乱す方入場お断り」の張り紙もありました。
_r
 4階の会場へ行きますと早くも満席状態に。後ろしか席は空いていませんでした。
_r_2


 やはり参加聴衆は年配者が多い。高校生以下は無料にすべきであると思いました。でもネットで関心を持ったのか30代・40代の人達も多く来ていましたね。300人の人達が詰めかけていました。報道機関各社の記者の人も来られていました。ほどなく満席状態になりました。
_r_3


_r_4

 司会進行は大西正裕さんと高知大生がされていました。
_r_5

 まず五島正則元衆議院議員が挨拶をされました。
_r_6

「最近の安倍政権は中東のテロ事件、日本人殺害事件を政治的に利用し、来年の参議院選挙後に憲法改正手続きを国会で行い、国民投票も行うと言う動きを見せています。
 またそのかたわらで言論の自由を抑圧する行動に出ています。植村隆さんの問題もまさにそうです。」と言われました。

 続いて本日の講師である植村隆さんが登壇しました。
_r_7

「わたしは高知県須崎市の出身です。中学・高校時代は高知市内で過ごしていました。大学へ経て朝日新聞記者をしていました。海外駐在記者もしていましたが、北海道支局時代には、坂本龍馬の甥の直行の業績や関連を調べていて、いつか本でも書いてみたいと思い、50歳を過ぎて大学院で勉強したりしていました。

 高知へ来るのも坂本龍馬の関連の話で来るのならまだしも、今日は私に関するいわれなきバッシングや攻撃に対し、断じて捏造記者ではないということを皆様にご理解いただくために来ました。先日外国特派員記者との会見でも同様のお話をさせていただきました。」と切り出しました。
_r_8


_r_9

 さすがに元記者らしく裏表20枚に渡る関連資料が、レジュメとして参加者に配布されました。
_new_r


2_new_r

 講演の趣旨は、主に植村さんが「いわれなき攻撃」されている記事を書いたのは、1991年頃の大阪支局時代のもの。最近朝日新聞が自ら過ちを認めた故吉田清治氏からの聞き取り証言(朝鮮人女性を軍時代に強制連行した)をもとにした記事とは、まったく関係がありません。というものでした。

 資料によれば1991年当時は「従軍慰安婦」問題は取り上げられたばかりであり、最初の証言者金学順(キム・ハクスン)さん(当時67歳)の登場の頃は各紙横並び報道でありました。「キーセン養成所へ行くと言うのが女子挺身隊であり、結果騙されて軍の慰安婦になることを強要された。」ということでした。

 主なる批判は「女子挺身隊は軍事工場への徴用であり、慰安婦とは全く違う」とのことでしたが、1991年当時の韓国では「女子挺身隊」が「従軍慰安婦」と同じ意味として使用されていました。金学順(キム・ハクスン)さんも女子挺身隊にさせられたと言われたそうです。
3_new_r
4_new_r


 植村隆さんがきちんとした記事を書いていたことは資料でよくわかりました。しかし驚くのは、執拗なバッシングであり本人ばかりか勤務先やご家族への脅迫の内容でした。「大学を爆破する」「生徒を傷つける」「国賊を雇う大学は燃やす」とか。
_new_r_2

 更には高校生の娘さんの顔写真をネットにさらし「売国奴の娘」「自殺に追い込む」などと心無い誹謗中傷まで行う輩がいたこでした。

 さすがに植村さんも反撃し、支援者も増え、ネットでの支援も広がり、誹謗中傷メールを圧倒するようになりました。「植村応援隊」も結成され、北星学園大学への支援も広がりました。
_new_r_3


2_new_r_2

 自由な言論を封殺しようとする動きや行動には断固として反対しないといけないと思いました。意見交換会は夕方になると超高齢の両親を放置できないので、意見交換会は出席することなく会場を後にしました。

 弁護団の見解は納得できますね。
_new_r_4

スタッフの人が撮影された動画もありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地震対策を市民の立場から申し上げました。

 2014年2月4日は、高知大学総合教育センター社会協働教育部門准教授大槻知史さんからの調査依頼があり、下知コミュニティ・センターに、イタリアの大学教授のパオラ.リッティさんと、大学院生のサランウィット(タイ出身)さんと、浅川直也さんが一緒に来られました。
P2040027_r

 調査の趣旨は「行政側の話は聞きましたので、住民側の話を聞きたい。」ということでした。お話を伺いますとイタリアも地震国だそうです。1906年にメッシーナ(シチリア島)で大地震があり、死傷者が1・3万人出たそうです。

 またある地域の地震で、煙草を吸いに外へ出たところ地震が発生し自宅が全壊。家族が死亡しました。罹災者の男性は35年間苛まれ、2年前に自殺されたとも聞きました。結局イタリアでも日本でも「コミュニティのつながりがあるかどうか」が問題であるそうです。
P2040028_r

 パオラ.リッティ教授からは「地防災域の目標はなんですか?」「地域コミュニティはどのように形成されようとしていますか?」「地域で悩まれていることは何ですか?」「復興まちづくり計画はありますか?」と高度な質問がされました。
P2040029_r

 私以外は英語での会話。大槻先生と浅川さんが日本語にしていただいて私なりに、回答しました。
P2040031_r

 メモをしていないので、正確なやりとりは再現はできませんが、「二葉町自主防災会の実施した全世帯を対象とした防災世帯調査について。そこでは調査にご協力いただいた人の病歴や介護歴、緊急連絡先も書いていただいたこと。その情報は金庫に入れ、もしもの災害時以外は開封しないこと」を説明しました。

「調査してわかったことは地域が予想以上に高齢化していること。それ故市役所指定の二葉町の津波避難ビルである下知コミュニティ・センターまで駈け込めない高齢者がおおくいることが判明しました。そこで防災会指定の津波一時避難(退避)場所としてのビルを従来(2007年)の11か所から、2014年は15か所に増やしました。」

「各ビルの連絡は町内の班(16あります)の防災リーダーに携帯トランシーバーを持っていただいています。昨年8月に情報伝達訓練をしました。これを定期的に実施する必要はありますね。」

「地域同士の交流は中山間部の仁淀川町と交流をしています。遠くの親戚のような関係になればと思います。将来的には相互支援ができる関係になり、行政側も支援をいただきたいですね。」
P2040030_r

「津波避難ビルだけでは垂直移動なので、下知地域のような浸水が早く始まる地域では「浮体構造物」も考案していただきました。これなども民間人がここまで考えたのですから、行政側が実証実験するとかしていただきたいと思いますね。」

「また事前復興対策としては、津波浸水地域外へ集団移転するか、もしくは地域を10Mかさ上げして立体換地をして再開発をするしかありません。そのためにはまちづくり協議会をこしらえる必要性があります。

 まだステップ1の段階で、地域の諸団体・グループを統合した下知地域内連携協議会を昨年1年間かけて結成したところがスタートですね。」

 いろいろ他にも質問があり、回答したようですが、自分は頭が悪いので、このあたりまでですね。
Futabatyouhyoukouzu_new_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.07

父(95歳)も元気にゴルフ・リハビリです


15020706

 今日は西日本エリアは移動性高気圧に覆われ、温厚なお天気です。シニア・ヨットクラブ員とすれば海へ繰り出すべきなんですが、体力回復90%なので断念しました。実に悔しい限りです。
Titi_r

_r


 父はいつものように水分補給をして、自己流の体操をして、ゆっくり、ゆっくりと球を打ちます。午前中は風が弱く、打席は日当たりがいいので気持ち良い運動が出来たと思います。
_r_2


_r_3


_r_4


_r_5


_r_6

 超高齢者も元気であることが何よりです。母は1日ディ・サービスに出掛けております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フリージャーナリストの伝聞する価値は重い

この記事は優れていますね。フリ―ジャーナリストの後藤健二さんは、一体何を取材しに、何を伝えたかったのか。そこのところの報道は実はあまりされていません。この記事は「毅然」としています。

 2003年からのイラク戦争時も「米軍ご用達」の報道しかなく、現地の事情は「米軍メディアの目」でしかわかりませんでした。そこへ風穴をあけたのが、各国のフリーのジャーナリストの人達でした。皆さんご存知のように今や日本のテレビ局や全国紙の政治部の担当記者たちは、首相官邸の「ご用達メディア」と成り下がりましたから。

 国民各位は現地の本当の情報が欲しいのです。そのことをイスラム国が理解していたならば、後藤さんを殺害しては行けなかったと思います。こんな蛮行をすれば世界中を敵にするでしょう。大多数のイスラムの人達は大迷惑でしょう。後藤さんの殺害は本当に残念です。御冥福をお祈りします。


http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20150202-00042730/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.06

2月6日超高齢の両親は元気です。

 昨日は体調が下降気味。それで父(95歳)が週に2回通院している植田医院へ行き、診察・検査・服薬をしました。インフルエンザではなく軽い風邪。普段薬を飲まない人なのでたまに飲むと良く効きます。今日は快調になりましたが回復度はまだ85%です。

 それで朝1番は父の通院で植田医院へ行きました・


「いやあ血液検査は上等ですよ。クレアチリン値が2.01になりました。1台も見えて来ました。年齢からすれば驚異的ですよ。小康状態が続くってことはいいことですよ。」と植田一穂先生に褒められました。家族として嬉しい限りです。
Photo
 昼食後は今度は母を連れてはりまや橋商店街へ。ところが出掛ける直前にWEBから2件の注文がありました。手続きをして返事をして伝票を発行すると結構時間がかかりました。はりまや橋商店街へ行くのが遅くなりました。
Haha

 コロッケ屋さんで夕飯分を購入し、谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を母(9歳)は買いました。
Photo_2

 今日も寒いのですが、活き活き100歳体操(介護予防体操)には15人の高齢者の皆さが参集しています。屋外での100歳体操はここだけ。皆さんお元気ですよ。
Photo_3


Photo_4

 眺めていますと突然高知放送のTVクルーが撮影をしています。なんでも土佐かつおとかいうローカル・タレントの番組らしいのですが、よくわかりませんね。
Photo_5


Photo_6

 果物屋さんでミカンを母は買いました。
Photo_7

 そして戻ると今度は父も加わり両親は横田胃腸科内科へ。まだまだ感染症)(インフルエンザとノロ)が多いのか結構待たされました。両親とも内科的な異常はありませんでした。それが何よりでした。
Photo_8

 なんだか今日は両親の病院通いと、母の付添で終わってしまいました。戻りますとWEBでまた注文が来ていました。

 明日は移動性の高気圧に覆われ、温厚な天気ですが、養生回復に努めます。父の付添で朝はゴルフ・リハビリですね。
Weathermap24


| | コメント (0) | トラックバック (0)

二葉町自主防災会平成26年度活動履歴

26_r


 高知市地域防災推進課より、「平成26年度の自主防災組織活動状況調査表」に記入せよとの通知が、会長あてにきていました。その種の書類はすべてこちらへ回されてきます。
 
 それで上記の画像に様に手書きで書きました。でもそれでは詳しい活動内容はわかりません。

 二葉町防災新聞というブログのカテゴリー「二葉町自主防災会行事」があります。その履歴をたどれば、二葉町自主防災会の活動内容がわかると思います。


 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat37362817/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.05

危機管理に想定外はありえない

 東日本大震災は「未曾有の大災害」と言われました。そして地震や防災の専門家から「想定外」という発言がされました。わたしはそれはおかしいと思います。

 日本の歴史で奈良時代に東北で貞観地震がありました。古文書に残された当時の役所の記録を読むと東日本大震災規模の地震と津波が東北沿岸を襲っています。

岩波新書に「歴史の中の大地動乱」((保立道久・著・・2012年刊)にも貞観地震。関東の大地震、富士山の噴火、南海トラフ大地震と災害が連動していました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-c86f.html

 専門家が貞観地震の先人の記録を真摯に受け止め事前対策をしておれば、福島第1原子力発電所の事故は予防できました。それがとても残念です。
Fukusimagenoatuhigai


 危機管理は「想定出来うる最悪の事態を徹底して検討・検証し、そうならないための事前対策をつきつめて実行すること」であると私は思います。
Kyodaisizinsingeneria


Nihonkatudansou


日本は地震列島であり、災害大国であります。「想定外」などという言葉は使用禁止です。

 安易に専門家や行政が「想定外」という言葉を使用しないでいただきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.04

仁淀川河口大橋から春野町沿岸部の風景

_new_r

仁淀川河口大橋から春野町沿岸部も、南海トラフ巨大地震の予測では大津波(10Mから15M)が押し寄せるという予測が出ています。
Niyodogawakakouoohashi_r

 それを防ぐ威力があるかどうかは不明ですが、巨大堤防が建設されていました。高さは10Mはあるでしょう。高潮堤防ではないでしょうか?耐震性については疑問です。まるで「万里の長城」のような護岸堤防です。車と比較しても大きいです。
Teibiu1_r


Teibou2_r


Teibou3_r


Teiboubanri_r

 東日本大震災でも堤防では完全に津波は防げませんでした。逃げる時間稼ぎの意味なんでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.03

昭和南海地震の記録映画

  二葉町自主防災会の設立(2006年12月)以来顧問をしていただいている西田政雄さん(防災寺小屋主宰)から、昭和南海地震(1946年12月21日)の動画(記録映画)のご紹介がありました。その教訓を1人でも多く、情報を共有化し、先人の教訓を糧にし、地震に備えましょう。


 当時も今も「長期浸水対策」や、多くの罹災者を収容できない問題があります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.02

もうすぐ無事故・無違反で40年目です

Sd_r


私が運転免許を取得したのは昭和50年の4月15日。1975年ですので、大学2年生の時でした。今年で40年目。無事故・無違反です。毎日車に乗っていますが幸運でした。

 誕生日が来ると免許の書き換えです。それまでも慎重に運転しないといけないですね。
 自動車安全運転センターというところから送付されてきました。SDカードを提提示しますと5%から10%の割引特典があるそうですが、店数が少ないですね。

 無事故無違反であるならば、自動車も2割引きで購入できるとか、ガソリンも2割引きとか、損害保険も半額になるとかといった特典がないと面白くないですね。

それはともかく安全運転に徹しましょう。違反したり事故したりしたら、時間的なロスト金銭的なロスははかりしれませんから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.01

藁工ミュージアムでアートを満喫


1

 午前中は父(95歳)のゴルフリハビリをしました。戻ってきて両親の昼食をこしらえ、少し雑用をこなして、歩いて南金田町にある藁工ミュージアムへ行きました。予想どうり今日は冷たく強い北西風が吹きました。歩くと風情のある藁工ミュージアムに到着しました。
Photo

 「ポコラート宣言 高知展」は、1月15日で展覧会は終了しています。同じ高知市下知地域にあるミュージアムという事で、下知地域内連携協議会の「文化サロン」ということで特別に閲覧させていただきました。しかも学芸員さんの解説付きです。
P2010006_r


Photo_2


Photo_3

 館内での作品の撮影は出来ませんでしたので、文章での感想にとどめます。こさわりや執着心が作品になったもの。そういう作品が多かった。

 展示された作品については藁工ミュージアムのホームページに掲載されています。

 「ポコラート宣言2014 / 高知」ちいさな鑑賞者たち

http://warakoh.com/museum-blog/?p=4135

 作品を観賞していて、とてつもなく時間がかかる作品も多い。また独自の視点でこしらえている作品もあり、それはそれで見ていて愉快でした。学芸員さんの解説で作者の人となりも理解出来ました。

 見学終了後は隣の「土佐バル」でお茶タイム。まったりした気分になりました。藁工ミュージアムさんに感謝です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寒い中父(95歳)のリハビリ・ゴルフ


Tenkizu2016zi

 天気図で見ると、今日が正真正銘の冬型。高知市は晴天で朝のうちは風も弱い。昨日が今日の気象であれば、シニア・ヨットクラブは海へ出ておりました。

 父(95歳)のとりましては、朝は温度が低いですが風が吹かないので、ゴルフ練習には最適です。転倒防止のために、普段使用しているウォーキング用のステップ・ストックを持参しました。
Titigaruki1_r


Titigaruki2_r

 水分補給して、自己流の体操をして、ゴルフボールをマーペースで打ちます。その間は私は読書タイム。課題図書の「復興災害 阪神大震災と東日本団震災」(塩崎賢明・著・岩波新書)を読み終えました。後日感想文を書きます。
Titisuibunhyokyuu_r


Tititaisou_r


Titi1_r


Titi2_r


Titi3_r


Titi4_r

 父の打席は65歳以上のシニア(男性)と女性専用。シニアと言っても隣でがんがんドライバーを振り回している人は、60歳代後半でしょうか?父とは30歳ぐらい年齢差がありますから。
Titisinia_r

 「今日はしんどい」とか言いながら、125発打ち終え、階段昇降もして無事に戻って来ました。今朝の父のゴルフ・リハビリは無事終了です。
Titikaidannnobori_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

とある日の高知駅前と愛宕の自販機

Kekimae_r

 老師の整体へ行くのは月に1度。その日はお天気は最高でした。高知駅前を通過しました。あいかわらずプラスチックの「3志士像」が高知駅前に置いてあります。

 バスターミナルにするか、高知駅前と言う交通の結節点ですので県も有効利用すれば良いのにと思います。

 愛宕商店街には佐野屋の自販機が置いてあります。50円で購入できるドリンクもあるようです。
50ennzihanki_r


50ennzi2_r


50ennzihanki3_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »