五台山を防災の聖地に
日頃から「五台山(ごだいさん)を二次避難所にすべきである。」と毎日日にち早朝に五台山に登り探索している隣町・若松町の横田政道さん。
「五台山には湧水もあるし、更地も多くあり、タケノコや野草も自生している。自宅からも近く、二次避難場所には最適である。」と横田政道さんは、五台山へ行っては毎日日にちFBに投稿されています。
4月29日の早朝6時過ぎに横田さんと一緒に五台山へ行きました。下知地域の東詰めは若松町。「木浦の母」と言われた田内千鶴子さんの石碑のある場所は、海抜4M。下知地域の平地では海抜が1番高い。
そこから青柳橋(耐震補強されてはいない)を渡り、五台山へ。道路を登って行きますと海抜12M表示が。避難場所との看板も錆びています。
伊達兵部の墓のあたりから、湧水のある場所へ。「どっこすい」というらしい。そこへいくとパイプがいくつもある。周辺住民の方が、生活用水として有効活用しています。
今の季節や自生のタケノコや、ワラビやぜんまいや食できる野草が生えていることがわかりました。これほど市街地に近い場所にあります。
敗戦直後は、五台山には畑があり、野菜などが栽培されていたと聞きました。山ですが更地も多くあります。
横田政道さんが案内していた箇所は1部でしょうが、二次避難所としては適地であると思いました。高知県庁の管理事務所跡もあり、防災備品や自家発電機 避難用の非常食やテントやブルーシートを置けば、すぐにでも二次避難所として立ち上げは可能でしょう。
いまだに、高知下知地域住民は、長期浸水時に、どこの収容避難所へ連れて行かれるのかが不明です。一切公表されていません。行き当たりばったりの「とりあえず防災」の県庁や市役所の「おまかせ避難」では、地域コミュニティは崩壊し、地域の復興・再建などできませんから。
健脚の横田さんと違い、ひ弱な都市生活者の私は足が痛かったです。戻って来てシャワーを浴びて一段落しました。
また整理してみます。
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