異端の人間学を讀んで
「異端の人間学」(五木寛之・佐藤優・共著・幻冬舎・2015年刊)を新刊本で金高堂書店で購入し、読みました。本当に異色の対談ですが、共通項は「ロシア」との関わりが2人とも深いです。
この本の副題が「ドストエフスキーからプーチンまで。ロシア的とはなにか 味方ではないが敵でもない 不思議な隣国」とあります。佐藤優氏は外務省の役人としては異例で、7年8か月モスクワに滞在されていました。日本随一のロシア通。
一方五木寛之氏は「さらばモスクワ愚連隊」や「蒼ざめた馬を見よ」というロシアを題材とした小説で時代を射抜きました。異色の対談です。
読んでいてあまりに浅薄な今の安倍政権や閣僚、稚拙な日本外交を眺めていまして、この2人のような視点と教養と経験が今の日本の政治や外交分野にまさに必要ではないかと思いました。
大事な隣国であるにもかかわらず、政府自体がまじめに外交努力をしていません。佐藤優氏や鈴木宗男氏のようなロシア外交の専門家の復帰が1日も早く望まれますね。
五木寛之氏は身を以て日本の敗戦を朝鮮半島の平壌で体験されています。
「ソ連兵にとって怖いのは2つあって、敵兵が1つと、それからもう1つはスメルシュ。彼等に比べれば、日本の憲兵とかソ連の秘密警察も大したことはない。スメルシュはその場で射殺する。街頭で殺しっぱなしで死体も片づけない。
中略
敗戦後、平壌にソ連軍が入ってきたときは、1週間か10日ぐらいの間、チンギス・ハン(1162~1227)の軍勢がヨーロッパを襲ったときのようなありさまでした。でもそれが1週間ほどたつとぴたっと止まった。なぜかというと、スメルシュがやってきて、街頭で片っ端から無頼の兵士連中を処刑したからです。
乱暴狼藉を働いたのは、最前線の危険な部署に常に行かされる囚人部隊。ろくに食事も与えられない。ドイツ軍の捕虜になって逃げてきたもの、政治犯、囚人たちで編成され「戦争ではスターリンから1歩も後ろに引くなと命令を受けている。もし下がったら後ろに控えている正規部隊から撃ち殺される。こういう囚人部隊がスターリンの秘密命令でつくられました。」(佐藤 P21)
囚人部隊はソ連史のなかでは「存在しないもの」とされてきましたが、敗戦直後の満州や朝鮮半島でのソ連軍の乱暴狼藉の諸原因はなるほどこうした囚人部隊の存在なのかと納得しました。」
ソ連が政治的に崩壊した時にロシア人は大丈夫かと言われていましたが、意外にしたたかに生活をされていました。それは国や体制だけに依存せず、自分なりの生活防衛策にたけていると思います。
目次を眺めていましても、2人の個性は際立っていますね。
五木「崩壊直後の1992年に行きました。もう年金生活者たちが餓死するんじゃないか。内戦が明日でも起きるんじゃないかといわれているような混乱の最中でしたが、言ってみると、サンクトペテルブルグの公園で優雅に立派な犬を連れて散歩しているカップルがいるわけです。
そこでこの犬に何を食べさせているんですか?と聞いたら、肉だと言うわけね。どこからその肉を手に入れるんですかと尋ねると、至極当然のように、帝政時代から愛犬連合とかそういう組織がある。その組織に自分たちの家は昔から属しているから、組織のほうでちゃんと肉が配給されるんだと、言うんです。」
佐藤「中間団体があるわけですね。愛犬組合もそうだし、切手収集愛好家協会みたいな団体もありました。そういう団体は社会団体と言って、幹部はだいたい軍人なんです。だからけっこうな政治的な力を持っています。」
五木「そういう職能組合のようなものが、いくつもあるんですね。だから工場で働いている人の月給は少なくても、現物や非合格品で使えるものをもらったり、いろんな形で副収入がいっぱいあるんです。
そういうメンバーに入っていれば、実際に国営商店に何にも食物がなくたって、犬の餌はちゃんとまわってくる。そういうところを経済学者やジャーナリストは全然見ていませんよね。労働者の平均給与は、なんていっている。
実際には、表の賃金じゃないところでやっているんだ。」
佐藤「職場に付随した注文販売というのもあるんです。ハムやソーセージ、卵、牛乳も会社を通じて手に入れることができます。だから、みんな、仕事をろくにしなくても会社へは行くんですね。」(P41 人間を見よ)
表の統計経済だけでははかりしれないロシア社会の奥の深さですね。統計上は国や地方政府の財政は破たんしている場合でも、庶民大衆はしたたかに生活しています。
そういえば都市部のロシアの市民は週末は郊外の市民農園でジャガイモなどを栽培し、収穫して自宅の地下室などへたくさん保存しているやにも聞きました。何度も戦災や内乱があったロシア市民の知恵だし、組合や互助会組織のお蔭で皆したたかに生活されていることが理解出来ました。
日本社会は共同体が崩壊して、孤独死などが増えているようです。最近も高校時代の後輩が人知れず息絶えていたことを知らされました。高知市のような田舎町でもあるのです。わたしは地域の減災対策で、コミュニティの再構築をテーマにしていますが、ロシア社会が先を行っているなと感心しました。
賄賂の分配ももらったその日に幹部が関係者に分けるとか。カルチャーや伝統になっているそうです。国や行政に依存しないロシアの人達の逞しさ、したたかさを感じました。見習わないといけないと思いました。
五木「そういう非公式の贈与だったり分配があるから、ロシアの労働者の平均給与を数字で出しても、実際の生活をまったく反映していない。」(P42)
副題にあるようにロシアと言う国は「味方ではないが敵でもない。不思議な隣国」です。
この著作の目次の項目を眺めても、多様な観点、視点からロシアが語られています。アメリカ従属一辺倒の安倍政権では、ロシアとの善隣友好関係は構築できそうもないことがよくわかります。
著作の中にある写真は32歳の頃の五木寛之氏。ハンサムですね。以前ある生命保険会社の講演会が県民文化ホールでありました。満員のホールの聴衆の大半は女性。80歳近い五木氏でしたが女性たちの人気は凄いのがわかりますね。
ウクライナ問題でも独特の見識がご両人にある。地域特有の宗教問題もあるとか。ウクライナ西部のガリツィア地方は、二次大戦時にソ連赤軍が進出するまで一度もロシア領になったことのない歴史があります。18世紀後半からはオーストリア・ハンガリー帝国の1部でした。そのあたりを初めてこの著作で知りました。
またロシアでは作家や詩人が人々に人気があり、トルストイやドストエスキーの講演時には街頭に人々が溢れかえったと言います。
先日安倍政権の岸田外相が、1年半ぶりにロシアを訪問し、外相会談をされましたですが、はかばかしい外交成果を上げるに致りませんでした。
「異端の人間学」は推薦図書の1つです。
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