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2016年4月

2016.04.30

上天気の中での父のリハビリ・ゴルフ

 今日は上天気。昨日の強風はなんだったんでしょう。今日であればシニア・ヨットクラブは日和見せずに楽しめたものを。自然はままなりません。

 さて父(96歳)のリハビリ・ゴルフへ行きました。
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 ゴルフ用のグローブが古くなりボロボロになっていましたので、打ち放し練習場にあるショップで購入しました。ゴルフの事はわからんので店員にアドバイスを戴き購入。結果は良かったです。
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 今日も淡々と休み休み125発打ちました。連休なので人は少ないようでした。うちらみたいに暇な家族は珍しいと思います。母は1日ディへ行きました。
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 階段昇降もゆっくりですが、なんとか出来ています。最近は息切れしなくなりました。

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高知市若松町の耐震護岸工事

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 高知市若松町の田内千鶴子氏の記念碑「愛のふるさと」付近。こちらは海側に耐震護岸堤防を建設されています。
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 1・3M径の鋼管を25m地中に打ち込み、その上に鉄筋・コンクリートで護岸堤防を建設しています。二葉町地区もこの工法で建設するようです。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/・・・/07/post-e1f6.html

 画像は陸上部ですが海上でも同じ工法ですね。http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/・・・/07/post-e1f6.html
 画像は陸上部ですが海上でも同じ工法ですね。
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 ペラペラの劣化した高潮堤防が耐震化することは心強いことではあります。

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2016.04.29

日和見主義者の海の散帆

 今日は「昭和の日」という祝日。かつては昭和天皇の誕生日で休日でした。全社的に昨日までに仕事を片付け休日にしました。WEB(防錆屋)の問い合わせやデリバリーには対応します。業務筋はお休みに。

 朝6時に横田政道さんが主導する五台山の若松町愛のふるさと農園に集合。またまた草刈り作業。8時過ぎに戻り、香南市夜須へ向かいました。五台山東側から高知空港まで無料高速道路が開通しましたので早く移動が可能になりました。9時前に夜須へ着き、まずやすらぎ市で昼ご飯を調達しました。
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強烈な西高東低の気圧配置。北西の強風が吹いています。
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 予想以上に、風が強い。どうするのか様子見しました。既に高知大学ヨット部が470艇をぎ装し、ハーバーの斜路に出て来ています。隣のヤッシー・パークのヤシの木も大揺れ。強風は治まりそうもありません。しばらく斜路の青のり落としをしました。
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 YASU海の駅クラブの指導員の井土さんに聞きますと、ジュニア・ヨットクラブも出艇するとか。「全中(全国中学生ヨット選手権)もあるので、これぐらいの強風で練習しないといけない。」とのこと。日和見主義のシニアも少しやる気になりました。
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 ところが風が強い。ぎ装をしましたが、いつものようにいきません。セールをマストに入れて立てようとしますが、風に煽られて、4回も失敗。5回目にようやく出来ました。こんな経験しばらくありません。それでなんとかぎ装したことには、大学生もジュニア・ヨットクラブも全員出艇していました。
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 それでやおら出ようとしてヨットを海へだし、アンカーを打って、ヨットを載せているトレーラーを斜路に置きに行きました。その時突風が吹き、なんとヨットは沖へ流されました。アンカーが効きません。そのうち横倒しに沈しました。泳いでヨットに近づこうとしますが、流されるスピードが速い。追いつきません。30分ぐらい頑張りましたが力尽きました。

 ジュニア・ヨットクラブも強風で同時多発的に沈しています。なかな可レスキューボートも気が付いてくれません。ようやく山内さんたちが気が付いてくれて、私のヨットを起こしてくれ、1人が乗り移って、私が泳いでいるところまで持って来てくれました。

 ようやく後ろから乗り、操船しました。しかし既に今日の体力を海水浴で使い果たしていました。20分ぐらいセーリングしたら、腕が疲れ、上がらなくなっていました。この上ヨットが沈して落水でもすれば、もはや這い上がり起こす馬力はありません。

 結局風を逃がしながらバランス取ながら帆走し、ハーバーへ着艇しました。へろへろになりました。帆走は残念でしたが、いい運動にはなりました。
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 今日のヤッシーパークは凄い人。お天気もいいので車。バイク。自転車で来ていますね。
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 山本宏幸さんといつものおっさん2ショットです。
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 夕飯を早めにすまし、両親を寝かしつけて家内と映画を見に行く予定です。3時間もある映画だそうです。たぶん寝ていると思います。

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愛のふるさと農園での下準備作業

 午前6時に若松町愛のふるさと農園の主催者の横田政道さん宅に集合。五台山地区に借用した土地での農作業をする場合の、下準備作業を先週に引き続き行いました。
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横田政道さんを先頭に、黒岩博さん、大崎修二さん、吉本豊道さん、原池薫さんたちと整地作業に汗を流しました。植え付けをし、畑にするにはまだまだ時間がかかりますね。
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高知ホタルプロジェクト1年目が完工しました。

 HOTARUプロジェクトとは,東日本大震災被災地である東北地方の復興支援の一環として,避難場所に迅速かつ円滑に避難する体制を強化することを目的とし,J.S.Foundationが地方自治体などを対象に津波避難誘導灯を寄附してきました。
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 東日本大震災以降、東北3県(岩手・宮城・福島)の各施設に数百基の誘導灯を設置する活動をされてきました。宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区にある日和山にも3基設置されています。J.S.Foundationのホームページのトップページの写真は閖上地区の日和山のものです。

http://www.js-foundation.com/

 平成26年4月に、(株)デューク,(株)四国舞台テレビ照明より、「南海トラフ巨大地震が迫っている高知に避難誘導灯(工事込)で寄付っしたいという申し入れが下知減災連絡会にありました。下知地区減災連絡会として、真摯に高知市側へ橋渡しを行いました。しかし市役所側が受け入れるスキーム作りに手間取り、具体的なスタートが出来たのは約1年後の平成27年2月からスタートすることになりました。
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 平成28年3月までに(株)デューク,(株)四国舞台テレビ照明とJ.S.Foundation合わせて70基(2,000万円相当)の津波施設への避難誘導灯(誘導灯機材と工事費込)を高知市に寄附していただきました。夜間停電になっても、もよりの津波避難施設に安全に誘導できます。

 2016年4月28日は、午後7時より高知市知寄町2丁目にあるパチンコタマイの津波避難ビル(立体駐車場)にて、高知ホタルプロジェクトの概要説明を報道関係者を集めて行われました、施設管理者であるパチンコタマイの武井裕彦氏[安全警備室室長)と楠瀬千絵氏(総務課主任)、地域住民代表で東雲町防災会喜多泰之会長と東雲町町内会長崎章会長、寄贈者である株式会社デューク宮垣睦男会長と株式会社四国舞台テレビ照明の武内敦取締役営業部部長が出席されました。
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 事業の概要説明は、高知市災害対策部地域防災推進課の山本美咲氏が行いました。

 事業内容が新聞やテレビなどの報道媒体で説明されることにより、事業が県民各位に理解され、また寄贈を申し入れる企業・団体が現れることにも期待したいです。
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 「善意の灯り」はとても明るいです。真っ暗に停電時に威力を発揮することになります。(株)デュークさん,(株)四国舞台テレビ照明さんとJ.S.Foundationさん 本当にありがとうございました。

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2016.04.28

父は風邪のぶりかえしでした。

 超高齢者の父(96歳)は、時折激しく咳き込みます。もう2週間以上になります。1週間前主治医の植田医院でレントゲン撮影をし診察を受けました。
 「画像を見る限り、肺炎や気管支癌、乾性肺炎の疑いはありません。」ということで、深刻な病気ではないにしろ、原因が特定できませんでした。

 その週末の来院で血液を採血し検査していただきました。
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「前回の血液検査に現れなかった消炎反応がでています。(GRPが2.86(正常値が0.30以下)ですので、「風邪のぶり返しで喉風邪のようですね。」との診断。対策用の服薬もいただきましたので、大丈夫です.1週間程度で治るでしょう。

 一方母(90歳)ですが、ケアマネージャーさんが居宅サービス計画書を持って来ていただきました。転倒防止のためのレンタル機材(玄関に突っ張り棒、浴室に入浴グリップ、布団からの立ち上がり補助器具)を借用しました。
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 「転ばぬ先の介護対策」を今後も積極的にしていきます。

 午後からは介護予防通所リハビリ施設の送迎車が来ました。2人とも元気で行きました。午後4時過ぎまで運動してきます。お蔭で2人とも足腰が丈夫になり、身体機能の維持に繋がっています。
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4・28沖縄デー


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 最近は「4・28沖縄デー」という名称の集会もデモ行進もとんと聞こえなくなりました。4月28日は、日本が2次大戦敗戦後占領政策を終了させつために米国サンフランシスコで講和条約に調印し、国際社会に復帰した記念日と言われています。

 また一方で沖縄はその直後から米軍統治がより苛酷になり、日本本土各地の米軍基地が縮小される一方で、沖縄には広大な米軍基地が建設され、沖縄に米軍基地が集中していきました。

 米軍統治下ですので強引に土地が接収され、米軍基地になりました。今や74%を超える米軍基地が沖縄に1極集中しています。

 「日本が国際社会に復帰した日」は、「沖縄により米軍基地が集中した象徴の日」でもあります。沖縄の人達が特別な想い「沖縄屈辱の日」をもっていることを理解すべきでしょう。

 米軍に強制接収されて米軍基地を建設されてきた沖縄。あろうことか今度は日本政府が強引に名護市辺野古に米軍基地を建設しようとしています。「オール沖縄」で反対するのは当然であると思います。
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2016.04.27

地震大国日本に生きる覚悟

 先日「中央構造線と原発に関する言及が少なすぎる」と書いたら、偶然でしょうが最近の報道では、申し訳程度の情報伝達がされてきましたね。
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 九州の小さな活断層上を移動しながら地震が連続して起きています。当然その活断層は中央構造線に連なり、両端に川内原発と伊方原発があるからです。

 ようやく原子力規制委員会(推進委員会)が、声明を出しました。「川内原発は震源域から190キロ離れており、緊急停止する揺れはない。従来の耐震強度を4倍にしているので稼働には問題ない。」とのこと。福島第1原発の原発災害の教訓を活かそうとはしていません。

 「想定外」の連続が今回の地震。こと地震災害にはしろうとの原子力推進学者が「安全」だと言ったところで誰が信用するんでしょうか?利権と利害のある当事者だけであると思いますよ。

 「30年以内に震度6以上の起きる確率」というデータがあります。損保会社などが引用しています。その資料によると1位は横浜市の78%。2位はわが高知市と水戸市の70%。熊本市は8%と確率はとても低い。その低い確率の熊本で地震が発生し未だに収まりません。100年間熊本では大きな地震がなかったそうですが、自然にすれば100年は一瞬のこと。
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 役場庁舎が倒壊寸前になり、路上で大勢に被災者の皆様が避難生活をされています。日に日に増える被災者に対して支援が追い付かない。
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 地震が一向に収まらない。政府が真剣にやってことは、オスプレイの投入程度。なぜ川内原発を停止させ、安全点検をさせないのか?目線は国民のほうを向いていないことがわかりすね。
 「事前にやるべきことはすべてやりつくす」覚悟で減災対策を見直さないといけない。まだまだ不十分ですね。今回の熊本地震で思い知りました。

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2016.04.26

2002年から介護対策をしていましたね。

この軽トラを購入したのは2002年1月[平成14年)です。日韓W杯が開催された年でした。
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 この年に両親がいずれ介護状態になる可能性があるだろう。ということで家内と2人で土曜日ごとに二級ホームヘルパーの講習を受けました。そして認知症病樋での研修やデイ・サービスや訪問介護の実習もしました。

 認知症の病棟は苛酷でした。20人の高齢の認知症の人達に介護士は僅かに3人。朝からおむつ替えに奔走しました。4人部屋でしたが、自分の空間はベットの上だけ。廊下にテレビが置いてあり、ドアもエレベーターも窓もすべて鍵がかけられていました。

 2日間朝から晩まで研修しました。苛酷でした。海で鍛えていますが半端な疲れではないですね。ヘルパーさんは女性が多く大変そうでした。14年前ですから父は82歳、母は76歳で、後期高齢者でしたが、居間より遥かに2人とも元気でした。

 早めに介護の予行演習をしていたことが、今にして思えば少し役立っているかもしれません。

 それは「極力施設には入れたくない。」「施設は人手は常に足りないので良くなるはずはない。」「可能な限り健康寿命を維持し、在宅で介護すべきである。」と強く思いました。

 仕事が忙しい年齢になって来るので、どうしても親が「倒れてから」の介護になります。私の場合は「転ばぬ先の介護」を心がけをしています。その方が労力が少なくて済みます。

 介護予防通所リハビリや、家が狭く階段生活で、和室仕様(寝室が)で、「バリヤアリー」の家ですから、両親は結果的に足腰が鍛えられ、健康寿命が超高齢者になっても維持できています。

 本人の努力もありますし、身体機能が健康であることが大きいです。何よりも家内の協力がとても大きいです。

 超高齢者の両親の在宅介護を毎日家内と2人でしていますと、教えられること、気が付くことがとても多くなりました。勉強になっていますね。


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2016.04.25

中央構造線と原発に関する言及が少なすぎますね


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 2016年4月14日発生した熊本地震。最初はごく狭小な地域の内陸型地震のようでしたが、」16日には地震域は拡大、しかも最初の地震の30倍規模のM7.3になりました。内陸型地震としては1995年の阪神淡路大震災と同じ規模になりました。


 各テレビや新聞各紙の「洪水のような」地震報道をところ毎日シャワーのように浴びていますが、おかしなことに気が付きました。
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1)熊本地震は余震が多く既に、2004年の中越地震の数を超えている。
  各地の地震の震度表示は出ますが、何故か隣県の鹿児島県が出ないことが多い。

2)最初は益城町中心の内陸型地震でしたが、次第に東寄りに震源が変化し、
  阿蘇町あたりになり、熊本県の東隣の大分県でも地震被害が出るようになりました。
  その理由の説明が殆どありません。
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3)中央構造線という日本最大の活断層があります。「1000年位に1度動く」らしいのですが、その中央構造線に  沿って東へ震源域が移動しているようにも思えます。
  しかしそのことにマスコミや地震学者が言及しないのは何故か?
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4)今回の地震にほど近い川内原子力発電所に関する報道が少なすぎます。
  なぜマスコミは川内原発を訪問し、本当に安全に運転しているのか報告すべきでしょう。またこの機におよん   で、なぜ川内原発の運転を停止しないのか?なぜマスコミはそのあたりを調査し、追求しないのでしょうか?


5)中央構造線のほど近くに川内原発(鹿児島県)と伊方原発(愛媛県)があります。福島第1原子力発電の原発   災害の経験をしています。川内原発は「免震棟」もないようです。万が1の事故があった場合の対応は不安で  す。

  まして地震や噴火と連動した被害が出て場合、九州全体が壊滅する可能性もありますから。ただちに運転を   停止すべきでしょう。そういう報道が全くされていません。
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2016.04.24

父(96歳)が2週間ぶりにゴルフ・リハビリに行きました。

 
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原因不明の咳が出ますが、常に出る訳ではなく、突然に出ます。先週主治医の植田一穂先生にレントゲン撮影などしていただきました。肺炎や癌などの疑いはないとか。よくわかりません。
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 本人も行きたがっていました、五台山の市民農園「若松町愛のふるさと農園」から戻り、父の付添でいきました。いつものように自己流の体操をして、水分補給し、125発球を打ちました。元気でいつもと変わりませんでした。

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若松町・愛のふるさと農園

 2016年4月24日は午前6時に、若松町の横田政道さん邸に集合。中宝永町の黒岩博さんと3人で、五台山の東倉谷地区を自転車で目指しました。目的はこれから始める市民農園づくりです。

 まず市民農園予定地へいきました。農園予定地は2か所あります。最初に先週ねぎを植えた場所を確認。健全に成長しています。
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 次に道路下の農園予定地の草刈りを3人でしました。最近雨が多いので雑草が深く茂っています。鎌で刈りました。本当は根っこから引き抜かないといけないのですが・・
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 草刈りが1段落して横田政道さんが「若松町愛のふるさと農園」という立札を建てました。今後本格的に雑草の除去と、農作物の植え付けをしていきます。破竹と文旦を収穫しました。
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 次にたけのこ採りに行きました。殆ど成長しきっています。「雨後の竹の子」という具合に雨が降ると竹は一気に成長します。プレハブ住宅(軽量鉄骨)の家屋も貸してくれるようです。将来整備し、作業小屋や避難場所にしていけばいいねということいになりました。
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 土地と家は横田政道さんの知人のSさんが無償で横田さんに貸していただいたものです。「もしもの大災害」に備えて将来の食料確保や避難所確保になればとは思います。先週第1歩を踏み出しました。今週は2歩目です。

 帰り際に近くの農家の軒先でえんどう豆(100円)を購入しました。破竹と一緒に家内に炊いていただきます。文旦も農園予定地に自生していました。1個採りました。収穫有の雑草刈取り作業でした。
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何故素早く激甚災害指定を政府はしないのか?

 2016年4月14日の熊本地震は大きな被害を出し、10万人の避難者が発生しています。未だに地震は置き続けていまして、終息の気配が見えません。地震直後に熊本県知事は、首相官邸に対して、自衛隊の派遣要請と、激甚災害指定を要請していました。4月21日現在も適応されていません。
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 自衛隊は当初2000人程度の派遣。逐次派遣され2万人規模に。日本では1度も災害支援の実績のない米軍の大型ヘリのオスプレイまで派遣されてきました。速やかな激甚災害指定が被災地に望まれますが、地震発生後1週間経過するのに未だに指定になりません。どうなっているんでしょうか?何故なんでしょうか?

 2011年の東日本大震災時は、今は何かと批判されている民主党の菅直人首相時代でした。激甚災害指定は速やかに実施されていました。日本ではありえないとされた「原発メルトダウン」が起きてしまい、首相官邸の混乱もありました。
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 今回の熊本地震不気味です。何故が地震学者は言及しませんが、地震が日本最大の活断層である中央構造線に沿って起きています。このまま地震が置き続けますと、東側は愛媛県の伊方原発があり、西南には鹿児島県の今稼動している川内原発があります。
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 未だに首相官邸は「リーマンや大震災のような大災害ではない。」と言い続けていますが、10万人の日本国国民が避難し、床に転がり、路上や車の中で避難生活を強いられる現状は大災害と言わずしてなんと言うのでしょうか?

 国民の生活感覚とあまりにも違う「特権階級」の人達が政府閣僚にいるので、こんなざまになるんでしょう。

 安倍内閣は「安全はすべてに優先する。」という原理原則を逸脱した内閣であり、危機管理が全くできない内閣です。川内原発を運転停止にして退陣すべきでしょう。これだけ地震災害、噴火、台風、大雨の多い日本は「危機管理省」をこしらえる必要があります。

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2016.04.23

海の散帆・2ショット写真・高速道路

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 風は予想どうり弱かったですが、波もなかったので爽快な海の散帆が出来ました。年寄りなので強風よりは程よい風(欲を言えばもう少し強めが理想)でいいんです。
 
 わたしは「運動神経がない」人です。ようするに「どんくさい」。水泳も自転車へ乗ることもまともに出来だしたのは小学校高学年から中学にかけてからでした。幼少時から都市部に住んでいて、自然体験やわんぱく体験がほとんどなかったからでしょう。
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 32歳の時にディンギー・ヨットに出会い以来続けていますが、自然体験のなかで鍛えられ、「半分ぐらい」運動神経は鍛えられましたが、「どんくさい」ことには変わりはありません。幼少時の体験不足は、大人になったから補えないと思いました。

 今の子供たちは私同様に自然体験、わんぱく体験が乏しく、ゲームばかりやっているとか。わたしのようにどんくさくなりたくなければスポーツをせめてやるべきでしょう。少しはましになりますから。
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 海の散帆ですから、わたしにとってセーリングは癒しです。スポーツではありません。きままに大海原(とっても沿岸部を)まったりと散帆することで海からエネルギーを戴いています。世界観が変わりました。充電することができました。
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今日のお天気はおかしい。午前中は晴天でした。風も程よくありましたので赤岡まで行きました。午後からは風が落ちました。高知大学ヨット部とジュニア・ヨットクラブが新入部員歓迎帆走をやっていたようです。
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 どん曇りになり風も弱くなったので着艇しぎ装解除しました。大崎修二さんが来られました。なんでも午前中の会合(高校名を存続する会とか)が長引いて遅くなったとのこと。
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 片付けしている最中に雨が降り出しました。予想外でした。
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 山本宏幸さんといつものおっさん2ショットです。

 今日は昨日のはりまや橋金曜露店市(母と一緒に行っております。)で購入した谷ひろ子さん製造の焼き菓子を道の駅やすのスタッフの皆様に差し入れしました。珍しいこともあります。


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 それでいつものおっさん2ショットです。結構バージョンが増えましたね。かれこれ2年近くやってますからね。ヤッシーも本降りになり、こいのぼりもフラグも風がないのでだらりんとしています。
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 帰りは山本宏幸さんのお奨めもあり、高知龍馬空港IC(今日開通)で、無料高速道路で買えることにしました。

 南国道路を通過しました

 高知自動車道路の高知ICから南へ伸長し、五台山から南国汐見台付近から高知龍馬空港ICから香南市―夜須ー芸西村までの道路計画が無料高速道路の高知南国道路。1部分しか開通していません。
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 夜須の帰路にヤッシー・パーク前の交差点を北進し、夜須の町並み外れに夜須ICがあります。そこで合流し、野市まで走行しました。途中国道55号線へ降りないと駄目ですね。その交差点がやや渋滞。
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 香南市野市の中心街を通過し、物部川大橋を渡り南国市へ。ほどなく高知龍馬空港ICの表示があります。南進し空港方面へ行く途中にICがあり南国道路へ上がりました。途中信号がないのでストレスなしに走ります。
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 終点の五台山ICまで7分ほど。これは早い。自宅から空港までのアクセスは良くなりましたね。夜須からの時間は35分で、5分ほど短縮しました。
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自衛隊はサンダーバード(国際救助隊)になるべきです

 安保法制が2016年3月29日に施行されました。自衛隊は国際貢献と称して海外で軍事行動が出来ることになりました。わたしは釈然としない思いを抱いています。

 日本は世界有数の災害大国です。地震や津波の脅威と被害は常にあり、台風や大雨災害、大雪災害は毎年起きています。火山の噴火も常に起きています。災害大国日本で災害時の救援・救出支援活動として自衛隊は目覚ましい働きをしてきました。

 日本が本気で国際貢献するのであれば、1万トンクラスの船を2隻建造し、そこに災害救援物資や食料や水を満載し、災害出動に長けた自衛隊や消防、医療チームを乗せて、世界や国内の災害被災地域にすぐに出動できるように体制を整えます。日本の災害救助・支援で築かれた技術としくみは世界各地で大歓迎されることでしょう。

 武器を携行した軍事行動での国際貢献より、はるかに万人に感謝される国際貢献となりうることでしょう。自衛隊はサンダーバード(国際救助隊)になれるし、なるべきでしょう。それこそ日本が世界に誇る国際貢献となると私は思います。

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2016.04.22

母は元気にはりまや橋商店街へ行きました。


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 2016年4月22日(金曜日)の午後は、母(90歳)と一緒にはりまや橋商店街へ行きました。お天気も良く初夏のような日差しでした。
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 歩行補助車を出しました。まずはコロッケ屋さんで夕飯を確保しました。
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 次に「10円まんじゅう」を購入しました。父(96歳)も好きなので老夫婦のおやつです。
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 谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を購入。山岡さんのお店で卵サンドも買いました。母と活き活き100歳体操が始まるまでお茶しました。松田雅子さんにお会いしました。昨年は「はりまやSTORY」での「母の日特集」でお世話になりました。
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 今日の活き活き100歳体操(介護予防体操)は、15人の参加者がおられました。高齢になっても、運動することで身体機能を維持し続けることはとても大事です。高齢者の「転倒防止」は健康寿命の維持になり、生活不活発病の予防にもなります。
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 横田政道さんも通りがかりました。谷晃さんとも五台山の避難誘導でお話しました。

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父の咳き込みの原因は調査中


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父(96歳)が、2週間ほど前から、変な咳をして、せき込むと5分近くします。いつもそうかと言うとそうでもない。血液検査でも消炎反応は出ないので、感染症ではありません。
 今朝は植田医院にて胸のレントゲン検査をしました。
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「肺炎や、気管支の癌、 間質性肺炎の疑いはありません。」とのこと。「もし痰が出れば可能なら容器に回収してください。」と植田一穂先生。痰は出ません。

 医学の場合は症状の異なる病気を1つ1つ消去していって、最終的に診断するようですね。食欲もあり便通もいいので、今のところわかりません。元気は元気です。

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高知市防災士連絡協議会総会が開催されました。

 平成28年度高知市防災士会連絡協議会(宮川隆彦会長)総会が、2016年4月18日、午後7時より高知市総合あんしんセンター大会議室にて開催されました。294人の会員のうち103人が出席、委任状出席が82人で合計185人の出席とみなし、会員の過半数は出席していますので、総会は成立しました。

 最初に出席者全員で熊本地震での犠牲者に対して黙祷をしました。
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 最初に宮川隆彦会長が挨拶。「昨年は結成するだけが目的でした。今年はより実践的な活動をしたい。」と決意を述べました。
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 続いて審議に入りました。議長に岩村和典さんが選出されました。議案の説明は理事の橋本達広さんがされました。
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 平成27年度の事業報告・収支決算報告と、平成28年度の事業計画案と収支予算案は、いずれも承認されました。特に28年度は「活動を強化するために自主財源として、防災カレンダーを地域の企業に1口5000円の協賛を受けて作成する。」ことが決議されました。
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 また5人の役員が推薦され、賛同を受けました。審議事業は承認されました。

 分科会活動報告では3つの分科会、「長浜会」「浸水対策協議会」「1企業1防災士」が報告されました。中でも「長浜会」は、8回の会合を開催し、「独自の避難所運営マニュアルを作成する。」ことを目的に10数人の参加者で議論を積み重ねてきたようでした。
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 地域の特性を活かした避難所マニュアルづくりも佳境に来ているようでした。

 最後に門吉高知市災害対策部部長が挨拶されました。
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「ハード面での対策は一巡しました。今年は下知。潮江、高須地区にて住民アンケートを行います。その結果にて県が津波シュミレーション事業への情報提供になります。」と言われました。

 午後9時に終了しました。

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2016.04.21

平成28年度二葉町町内会総会

 二葉町町内会平成28年度総会が、2016年4月21日午後7時より、下知コミュニティ・センターで開催されました。30人が出席しました。
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 楠瀬繁三町内会長が挨拶されました。
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 平成27年度の事業と決算、平成28年度の事業計画案と予算案もすべて承認されました。
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 報告事項として二葉町自主防災会から、6月12日の「消火放水。消火、炊き出し訓練」「5月29日の仁淀川町長者での田植え体験」の説明をしました。
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 午後8時半にすべての審議を終えました。

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高知県LPガス協会の災害対応力は優れものですね

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 ご近所のツバメガスの公文秀明さんに「備えて安心!!LPガス 災害に強いLPガスは平時も緊急時も地域を支える安心のエネルギーです」というパンフレットをいただきました。一般社団法人高知県LPガス協会が、国のLPガス安全委員会支援事業により制作されたとのことです。
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 8Pのパンフは大変わかりやすい。LPガスは地域密着型の熱源であることが良く理解できました。LPガスは全国の総世帯数の半数の2500万世帯で利用されていて、高知県では7割の24万世帯で利用されています。産業用としても飲食店やホテル、病院、学校、工場などで利用されています。
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 特筆すべきは「災害に強いエネルギー」であるということです。罹災後の復旧・復興が早いエネルギー源です。東日本大震災後も被災地でのいち早い炊き出しにフルに活用されています。

 安全対策も進化しています。ガス漏れを感知し、漏れをすぐに遮断する装置「マイコンメーター・ガス放出型高圧ホース・バルブプロテクター)が設置されています。高知県LPガス協会独自には、「50㎏容器にはチェーンを2本がけ」していますし、「ガス放出防止型高圧ホース」と「バルブプロテクター」を取り付け安全対策を進めています。
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 積極的に行政へも働きかけをされていて、最近では公共施設、特に避難・収容施設へ導入されてきました。「下知コミュニティ・センター屋上部でのLPガス災害時ユニットの導入が契機となり、各地の防災コミュニティ・センターへLPガスが導入されました。消防団にもLPガス発電機が導入されています。」と公文さんは言われました。

 実は以前はLPガスに対して偏見を持っていました。

「都市ガスに比べ遅れている印象がありました。また地震や津波や洪水時にボンベからホースがちぎれて切断され、ガスが噴出して爆発するのではないか。」と思い込んでいました。

 LPガス協会の独自の対策が進んでいまして、その中でも高知県LPガス協会の取り組みが素晴らしいものがありますね。

 LPガスのいいところは手軽さですね。メンテナンスも不要ですし、家庭用の電気を気軽に造ることが出来ることです。熱源と同時に発電ができるというのが大きな特色。災害時にも「個別対応」が出来るところがLPガスの大きな特色です。
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 高知市の場合、大きな問題は津波浸水地区のなかにある市役所の公共施設(市営住宅・コミュニティ・センター等)の熱源は電気になっています。つまりオール電化です。平常時には、それでもいいのかもしれませんが、災害時の対応は電気は残念ながら全く出来ません。都市ガスも、水道も同様です。

 市内のマンションへお住まいの人達の多くは、自分たちだけは大丈夫であると過信し、地域の防災訓練にも参加しない人が大半です。停電すれば水道が使用できない、熱源も確保できないことを情報として掴んでいただきたいですね。陸の孤島になりますから。

 設備・供給システムがネットワーク化されていて、大災害時に供給システムが分断されますと、使用できない時代になり、多くは地中に埋設されていたりするので、復旧には多大な時間がかかってしまいます。

 津波避難ビルで多くの周辺住民が退避しても、熱源がオール電化ですと、炊き出しその他は全く出来ません。2013年4月に開所した下知コミュニティ・センターもそうでした。地域住民として「熱源を設計変更して、オール電化からLPガスにしていただきたい。理由は下知地域は長期浸水が予想され、孤立します、すぐに炊き出しをしないといけないからです。」と高知市役所側に要望しました。
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 結果は下知コミュニティ・センター本体の熱源はオール電化で設計変更は難しい。屋上にLPガス災害時ユニットを設置して対応する。ということになりました。それが先例となり、各地の防災コミュニティ・センターの熱源にLPガスが普及したようです。

 オール電化での熱源は、下知地域などの低地の浸水が予想される低地では不向きです。都市ガスも供給不安がありますね。熱源と電源の確保という点ではLPガスは優れていますね。
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2016.04.20

福祉機器をレンタルしました。


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 2016年4月20日は福祉機器をレンタルする会社の人が来られました。事務所(自宅兼用)の入り口付近に、「つっかい棒」(ベストポジョンバーというらしい)を設置しました。アルミ製にプラスチックがまかれているので、準外部ですが、対候性は大丈夫でしょう。

 2階のトイレに「トイレ用フレーム」を取り付けていただきました。3階のトイレも付けます。
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 両親の和室の寝室には「設置型手すり」を布団の間に置きました。いずれも大工工事不要の機器です。超高齢者の「転倒防止」「立ち上がり補助」に役立つことでしょう。
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 介護保険制度で福祉用具のレンタルとして活用させていただきます。

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石巻市湊東地区は確実に復興されています。

 2015年6月20日に、坂本茂雄さんの先導で有志8人で、石巻市を訪れました。応対いただきましたのは今野清喜さん(湊東地区まちづくり協議会代表世話役)でした。石巻市を一望する日和山から市街地を一望し、門脇地区から、震災当時お住まいになっていた湊東地区を案内いただきました。

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 湊東地区の復興事業の概要を現地にて説明を受けました。そして2015年10月11日に高知市へ来ていただきました。下知地域の市街地もご案内し、講演をしていただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-6b11.html

 2016年3月12日に、仙台市で開催された内閣府主催の「地区防災計画フォーラム」会場で今野さんに再開しました。そしてお礼の手紙を出していました。お返事をいただきました。

「湊東地区の区画整理事業は、平成30年3月の完了をめざし一歩一歩進んでいます。」

「震災から満5年が過ぎ、復旧、復興は確実に前へ進んでいますが、命を亡くされた方々の家族の心のきずは、まだまだ癒えていません。

 下知で話をさせていただいたように、災害から命を守るということを第1に考えていただき、防災、減災に取り組んでください。」

「継続することが大事だと思っていますので、これからもがんばってください。わたしも地域からラ・フランス(洋梨)用なしですよと言われるまで世話役を続けていきます。お互い、次の世代にどう継いでいくのかが課題ですね。」と述べられていました。

 まちづくりは長い年月を経て継続されていきますね。下知地区は「地区防災計画は事前復興計画である。」という考え方でまちづくりに取り組んでいます。

 湊東地区の工事進捗状況の資料も送付いただきました。現在は道路の側溝や雨水函、汚水管の建設がたけなわのようです。湊第2小学校の運動場跡に、人工芝の子供たちがサッカーが出来る人工芝のグランドも出来るようです。
 
  石巻市立病院も8月に開院するとのことです。復興事業もたけなわのようですね。

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2016.04.19

介護予防通所リハビリ施設を見学しました


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 2016年4月19日(火曜日)は、両親(父96歳・母90歳)が揃って介護予防通所リハビリ施設へ行く日です。12時15分過ぎに送迎車が来ました。元気で両親は乗り込みました。
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 午後に1件配送がありました。そのついでにジョイリハ・高須へ見学に行きました。久しぶりに行きました。
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 なんでも万々地区にあった施設と統合したので、通所者の数が22人と多くなっていました。以前見学時には15人程度でした。体操や運動を指導する職員も6人になり、手際よくはきはきとわかりやすく話されています。

 全員での体操をしていました。猫背気味の母(90歳)は姿勢の矯正を意識したボールを使った運動をしていました。
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 平行棒の周りで椅子からの立ち上がり運動などをやっていました。両親は揃ってやっていました。マシン運動も見学したかったのですが、生憎来客があり、途中退席しました。チェックはまたの機会にしようと思います。
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 高齢者の症状や鍛えたい部位は様々です。高齢による身体機能の衰えている人もおられます。やや若い高齢者は脳血管障害による後遺症でしょうか。別メニューでトレーニングされていました。高齢者の身体機能に合わせたトレーニングが行われていることを確認しました。

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イプセン 民衆の敵を鑑賞しました


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 2016年4月16日は午後8時から、高知市南金田町にある多目的ホール蛸蔵で上演されました「イプセン 民衆の敵」(演出・藤岡武洋氏)を家内と2人で観劇させていただきました。
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 FBでの友人である藤岡武洋さんからご案内があり、私も家内も演劇を見るのはそれこそ東京時代の学生時代(40年前)以来でしたので、行きました。

 会場で渡されたパンフに藤岡武洋さんはこう書かれています。

「個人と言う意識に目覚めた人民が社会に参加して行くには様々な問題(夫婦・家族・経済・道徳・宗教・人権。差別・・・)を解決してゆかねばなりません。これら普遍的な問題は、社会が複雑・多様化するほど鮮明に大きく浮き上がります。」

「イプセンはこの戯曲を喜劇としています。場面場面、立場立場で考えが、言質が変って行く。何が正義か、誰が正義か。人間と言うものは問題に向き合おうとすればするほど必死であればああるほど「喜劇」なんでしょう。

 チラシにのせたあらすじを思い出してください。驚くほど現代の日本に通じていませんか。

  中略・・・。

 私やシアターTACOGURAは、たとえ喜劇と笑われようと社会に向かいあいたいと思います。」
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 観劇後の感想は、「常にありえる話である。」と思いました。

 原子力発電所や原子力施設が立地している自治体は、「原発交付金」で自治体の経済が潤っています。その地域の雇用も経済も原子力発電所や施設に依存していて、反対の声をあげればまちに住むことが難しい状況にあるようです。

 福島第1原子力発電所の大きな災害が起き、未だに10万人の人達が遠隔地に避難しているのに、「何事もなかったように」平気で原発を再稼働させようとします。これほど熊本県で地震が群発しているのに、すぐ近くにある川内原発は操業停止を一切しません。

 その「非常識」ぶりには驚くばかりです。

 演劇の力は凄いものがありますね。上演後の説明や対談で藤岡武洋さんは、「イプセンはノルウエーの劇作家。人形の家が有名です。日本へ入ってきたのは今回上映した「民衆の敵」が最初でした。ちょうど自由民権運動や、足尾鉱毒問題などがあった頃に明治の日本社会であっただけに入って来ました。

 演劇はプロパガンダに利用されます。時代を超えて訴えることも出来ます。」と言われました。

 110分の上演時間でしたが長くは感じませんでした。机と椅子を置いただけの舞台セットに、映像で1場面、2場面と変わります。場面が変れば登場人物の自己主張も変わります。「民衆の味方」「民衆の敵」という概念が、人々の立場立場で豹変し、変動する有様が描かれていました。

 少数派の孤立感、焦燥感も描かれていました。イプセンは1882年頃の人ですが、124年前の社会と現代も変わりのない現実を思い知らされました。

 観客も20代から40代前半の「現役世代」の若い人たちが大変でした。アンケートの年齢を記入する欄の上限が「50代以上」でひとくくりにされているところが、現実です。
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 一方で仕事と超高齢者の両親の在宅介護の合間にやっている地域減災活動は、この劇場に殆どいなかった「50歳以上の」60歳代、70歳代、80歳代が主体です。

 熊本の地震災害を観察してもそうですが、大災害は全世代に関わりのある問題です。私たちの取り組みは、昨夜いた若い「現役世代」の若い人たちに殆ど伝わらない。一方で現役世代の人達は、地域社会で殆ど基盤を持っていない。(あるとすれば子供を通じた学校PTA程度。子供が卒業すれば地域との縁はまた切れます。)

 どう世代間を繋げばいいのか。模索しています。

 下知地区防災計画づくり=事前復興計画づくり(まちづくり)を本気で担うためには何が出来るのか真剣に考え実行しないといけない。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat66030848/index.html

(内閣府地区防災計画フォーラム)

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2016.04.18

父は咳が抜けません。でも元気です。


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 風邪などの感染症は完治しています。先週金曜日の血液検査の結果も腎機能の悪化はなく、小康状態を維持しています。ただ咳が時折激しく出ますので植田一穂先生に相談しました。

「一応もう1段階強い咳止めを出します。様子を見てください。」


「結核と言うのは考えられませんか?父は若い時代結核を罹患しています。」

「次回検査しましょう。2週間以上咳が続いたら結核を疑えと言う事も必要ですから」ということになり、金曜日22日に検査することになりました。

 植田先生の許可を得ましたので、今日の午後からは元気に介護予防通所リハビリへは出掛けました。
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五台山で市民農園の開始


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 2016年4月16日は、朝6時集合(若松町愛のふるさと石碑前).

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、横田政道さんが友人に借りた五台山地域の山と畑で、タケノコ堀をし、ねぎを植えました。
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 「若松町愛のふるさと農園」(田内千鶴子さんに由来)です。朝1番に良い汗をかきました。
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2016.04.17

「福島の事故から何を学べばいいのか」講演会へ参加しました。


 2016年4月10日は、人権啓発センターでの講演会「プロメテウスの罠取材で知った福島の人々」(講師・朝日新聞社・東京本社・文化くらし報道部BE編集部)依光隆明氏)を聴講しました。主催は原発をなくし・自然エネルギーを推進する高知県民連絡会(共同代表外京ゆり・徳弘嘉孝・山崎秀一)です。
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 会場が溢れるほど200人に近い参加者が来場していました。普段合わない知り合いの人に多く会いました。家内は美容院へ行きました。自宅からは往復徒歩で行きました。

 司会進行は外京ゆりさんがされました。「依光隆明さんは高知新聞記者時代は社会部で県闇融資問題を追及されていました。朝日新聞へ転職されてからも福島原発事故の検証をされておられます。ご清聴下さい。」と言われました。
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「2011年3月11日に東日本大震災が起きました。東京電力福島第1発電所はその時津波で浸水し多くの設備が破壊されました。」12日に1号機が水素爆発しました。14日に3号機が水素爆発しました。15日に甚大な放射性物質が出ました。
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 最初は南の風でしたが、夜になり南東方向からの風になり、雨と雪が降ったので放射性物質が地上に降り注ぎました。」

「3月15日夜 浪江町昼曽根で毎時330マイクロシーベルトが検出されました。3月17日夜に飯館村長泥で、毎時95マイクロシーベルトが検出されました。福島原発から33キロ地点。」

 事故当時政府は福島原発から20キロ以内は強制避難。30キロ以内は屋内待機だったそうです。33キロ地点での高濃度の放射性物質の検地は驚きでした。現場の担当者が懸命に測定し、霞が関に報告しても、「そんなことはありえない」という無責任な対応が相次ぎ、首相官邸まで貴重な現地情報が伝達されなかったそうです。
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「飯館村は農業の村。敗戦後開拓され農業で成り立っていて、原発マネーの恩恵はまるでありません。災害当初は沿岸部から避難民が多数やって来て、住民は炊き出しをし、おむすびをふるまっていました。」
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「しかし自分たちは普通の服装をしていているのに外からやってくる人たちが皆防護服を着用していました。住民が疑念を持ち始めた時に長崎大学の竹村先生は放射能は大丈夫と発言されました。」
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「原子力安全委員会の記録にも、福島原発から30キロ以内は危ないとの記録がされていました。30キロ以内が危ないということにあんると国民がパニックになるだろうとの国の配慮で公表はされませんでした。」

「国側は混乱することをひたすた恐れ住民は情報が得られず見捨てられました。」

「しかしアメリカは日本在留の米国人に対して、独自に福島原発から80キロ以内からの退避を要請しました。日本政府は20キロ以内の退避を言っている時にです。

 米国側の根拠は4号機の危険性からでした。そこには使用済み核燃料が783本と使用中の核燃料が548本あり、合計1335本の核燃料が保管されていたからです。もし4号機が爆発したら250キロ圏は強制退去になり東京・神奈川はアウトで関東は人が住めなくなっていたのです。
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 4号機は偶然水が張られていて、水素爆発で壁が吹っ飛び幸運にも大量の水が核燃料プールに流れ込み事なきを得ました。まさに日本は偶然助かりました。」

 問題点はいくつかあったと依光隆明さんは指摘しました。
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「事故対策マニアルでは13の省庁から45人の官僚がオフサイトセンターに駆けつけることになっていました。実際に来たのは5省庁の26人しか来ることが出来ず機能不全でした・。

 いくら立派なマニュアルや対策してあるから大丈夫なんて言えないですね。伊方でも同じことが起きる可能性だってあります。」

 「放射能測定装置のスピーディの173枚のデータは1枚も首相官邸に届いていませんでした。住民無視もはなはだしいものです。」

「文科省の官僚はそんな数字は出る筈はないと無視し、報道する側も小さな記事しか出しませんでした。」

 事実誤認の情報が何故生まれたのか?依光隆明さんは解説しました。

「放射能測定の現地の専門家2人は困難な状況の中で測定を繰り返し、正確な情報を霞が関へ送り続けていました。しかし現地の事情はことごとく無視されました。そういう場合報道機関が現地で検証し取材すべきですが、当時は現場が永田町になり官僚組織と東京電力本社が現場なり、現地取材が疎かになりました。
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 官邸や官庁や東京電力の発表を掲載し報道すれば楽ですし、その情報が間違っていても、官邸や官庁や東京電力の責任であり報道機関の責任ではないと言う安直さが横行しました。」

「すぐに専門家と称するひとをマスコミは使いますが、オールマイティの専門家なんていません。たとえば宮崎を言う原子力工学の専門家の見解として、福島原発の北西側が多く汚染されていることに関して、「山があり風は北西風なのでありえない」とか気象学の専門ではない発言をしています。風が常に方向が変わることは漁師さんならだれでもわかることでしょうに。」

「霞が関も新聞社も住民が対象地域に住んでいるのに「見ないことにして」いました。

「取材して思うのは、現地の住民(国民)は冷静です。パニックになっていたのは霞が関と東京電力でした。」

「福島原発直後は大本営発表だと国民の批判がありました。今はまた政府発表をそのままの報道に戻りました。確かに労力をかけて記事を書いても売り上げには繋がりません。ですが読者が新聞社をチェックしませんといけないのです。新聞は読者が育てるものですから。。

 読者の側も面白い記事はいいと言い。つまらん記事はつまらんと言うないと伝わりません。」

「報道は、権力の不正や隠し事を掘り出して吠える「ウォッチ・ドック」(番犬)でなければいけないはず。それがポチ(権力の飼い犬)になれば終わりです。」

 「情報は独自に住民側も収集し、判断しないといけない。行動する場合に必ず責任を取る人が必要です。国も県も逃げ回りましたが、三春町は全員に安定ヨウ素剤を飲ませました。それは副町長の深谷さんが「俺が責任を取る」と言われたからです。

「不幸になった人の教訓をくみ取ること。2度と不幸にならないようにすること。県などは避難計画をつくっているから安心だと言うのではなく、住民1人1人が事故が起きた時どうするのかを検証しないといけない。」といけない。

 講演終了後も8人から質疑応答がありました。盛況のうちに講演会は終了しました。
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2016.04.16

緊急地震速報のエリア・メールには驚いた海の散帆

 2016年4月16日は午前1時半の地震(震度3)には驚きました。寝室が鉄骨の3階なので、揺れを大きく感じました。それからNHKラジオをつけていました。熊本県と大分県での大きな地震が起きていて、夜が明けてテレビで見ますと物凄い被害がでています。

 今回は新潟中越地震(2004年)のような内陸型の活断層が動く地震。プレート型地震ではなさそうです。気になるのは日本最大の活断層である中央構造線に沿って震源域が東へ寄ってきていまして、地震が収まる気配がなく、午前1時半の地震の規模はマグニュチュード7.3と阪神大震災規模の巨大地震となりました。
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 とは言え、四国高知は震源域とは遠く離れていますので、大丈夫と判断し、五台山でのタケノコ堀りから戻り、一段落して両親の調子を見極め、家内にお願いして夜須の海へ出掛けました。
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とは言え、四国高知は震源域とは遠く離れていますので、大丈夫と判断し、タケノコ堀りから戻り、一段落して両親の調子を見極め、家内にお願いして夜須の海へ出掛けました。

高知大学ヨット部とジュニア・ヨットクラブも新入部員の体験帆走をしているようでした。
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 爽快な晴天で波もなく、程よい風ですいすいと赤岡漁港沖まで帆走しました。
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 今朝は朝6時スタートでしたので、午前5時過ぎに朝食を食べていました。お腹が空いたので、1度ハーバーへ上がって昼食を食べようと帰路についていました。
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 その時携帯のエリア・メールが送信されてきました。「緊急地震速報 日向灘で地震発錆強い揺れに備えてください。」との内容。ほどなく香南市の防災行政無線で「緊急地震速報です。高知で大きな地震が起きる可能性があります。海にいるひとはただちに避難してください。」とのこと。
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 慌ててハーバーへ着艇しました。ハーバーにグリーン旗が掲揚されました。出艇禁止になりました。事務局の横のポールにも黒と赤の吹き流しの「避難準備」も出ました。絶好のセーリング日和でしたが、断念しました。
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 結局日向灘の地震は誤報だったようです。やれやれでした。本当なら南海トラフ巨大地震ですから。良かったと思うしかありません。半日海の散帆が出来たので良しとしましょう。
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山本宏幸さんとおっさん2ショットです。

 絶好の「海の散帆」日和なので諦めきれずしばらくハーバーで待機していましたが、一向に「日向灘の地震」情報は解除されませんでした。
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 諦めました。道の駅やすへ行きました。今日は安倍内閣がないがしろにしている「憲法9条トレーナー」を着用しました。背中は英語版です。
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 キリスト教の牧師さんが作成したものです。貴重品ですよ。今や。家内が「大事に着用しなさい」と言われました。なんぞの集会の時に着用しないといけないですね。
 
  道の駅やすも季節が良いので大混雑でした。 
  

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健康に配慮し、悔いのない人生を過ごそう

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4月5日に95回目の献血した血液検査委の結果が判明しました。やはり冬場を超えてきたのでコレステロール値が高いです。父は131なんで、わたしは219です。上限値ギリギリですね。

 牛乳にココア入れて、お菓子を夜食してましたから。体脂肪も高いでしょう。春になったのでウォーキングするなりして、ダイエットをしないといけないです。

 さきほど大学時代の友人からの電話がありました。共通の友人がステージ4の癌であるとか。ショックでした。お互いそういう症状がでる年齢になったのかと。

 人には寿命があります。毎日日にち超高齢者の両親とわーわーやっていますが、他ならぬ同世代がステージ4とは。3年ほど前は高校時代の活動家仲間が脳梗塞で急逝しました。

 わたしも悔いがある人生を送って来ました。皆いつかは人生が終わります。納得ができる生き方をしないといけないと強く思いました。

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2016.04.15

母は元気にはりまや橋商店街へ繰り出しました。

 今日は午前中は父(96歳)の付添で植田医院へ。診察と点滴をしました。とくに異常はなく元気です。今日は午後から散歩へ行ったと聞きました。
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 午後からは母(90歳)と一緒にはりまや橋商店街へ行きました。お天気でしたので、歩行補助車を持って行き活用しました。まずは魚の棚商店街のコロッケ・ひろっちゃんで夕飯用を購入しました。
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 金曜露店市では、せんべいと10円饅頭を母は購入しました。いつもの谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。活き活き100歳体操(介護予防体操)まで時間がありましたので、母とお茶しました。コーヒーと焼き菓子を食べました。
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 今日の活き活き100歳体操は13人の高齢者の皆さんが参加されておられました。母の体操の時間帯に高知市役所の方が来られ、しばし打ち合わせをしました。
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 私が高知市の中心街商店街へ来るのは、毎週金曜日の13時半杉から15時までの間です。以前も報道各社の取材などもその時間帯にさせていただきました。

 横田政道さんにも会いました。サイバラ電車初めて見ました。


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ヤッシーの津波避難タワー予定地を確認しました


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 2016年4月9日は、道の駅の駅長である山本宏幸さんにお願いしてヤッシー・パークの中ほどにあるイベント緑地にこのほど建設される津波避難タワー予定を視察させていただきました。
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 海水浴場シーズンに稼働する更衣室とシャワー室、管理人事務所と会議室の部屋の建物の前で、3本のヤシの木が目印です。高さは6Mで円形状。階段と斜路が併用して設置されユニバーサルな施設になります。

 もともとヤッシー・パーク自体がミニ・スーパー堤防であり、標高が8Mあり盛り土してつくられています。8M+6Mで14Mの高さが確保され、300人が収容可能になります。
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 海で散帆していた折は、ヤッシー・パークへ着艇し、平成28年3月末完成予定のヤッシー内の津波避難タワーに駆け込むことが1番生存率が高いですね。

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2016.04.14

地区防災計画の事務局打ち合わせ

 4月になり年度が変りました。昨年内閣府のモデル事業で実施されました「下知地区防災計画」ですが、本年度も高知市の支援を受けて継続していくことになりました。それで2016年4月8日に、事務局スタッフ打ち合わせ会をしました。

 メンバーは下知減災連絡会西村副会長、坂本事務局長と、高知市地域防災推進課山中係長、山本氏、田中氏、中山氏でした。
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 「より深く」「より広範な人たちの参加」にて、「下知が幸せになる物語」を議論して行くことと同時に、個別の課題解決項目で、「揺れから守る」「長期浸水対策」を埋めていこうという方向性を確認しました。
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 どういう考え方でまちづくり(事前復興計画)をしていくのかの議論は計測しながらも、課題解決型の「宿題」もすべて完成させていく、同時並行させる方向性を確認しました。
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 新しいスタッフも加わり、顔合わせもあり、自由討議でしたので、取り留めもない事でもありましたが、新たな気持ちで新年度の下知地区防災計画のスタートをきることができました。
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 デジカメを忘れたので写真はガラケーで撮影したものと画像資料です。

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2016.04.13

介護の問題は深刻ですが、人間的でもあります。


 私のように還暦過ぎて両親が健在という事例は珍しいらしい。健在であっても超高齢者(父96歳・母90歳)ですので、なんらかの介護の上での問題は毎日発生します。

うちの場合は父が慢性腎不全で、要支援2.母は認知症で介護3です。幸い2人ともそれ以外の内臓疾患も持病もなく、歯もすべて自分の歯があり、直立2本足歩行が出来ます。トイレも着替えも食事も自分で出来ますから、幸運であると思います。

 尿失禁や便失禁は仕方がありません。認知ですぐ忘れることも仕方がありません。なんせ「超高齢者」ですから。世間では75歳以上を後期高齢者と言うそうですが、うちも場合は両親は90歳を超えていますからね。次元が違います。

 いずれにしろ健康で長寿であることに感謝しています。「転ばぬ先の介護」を常に心がけしてきました。今のところは成果が上がっていると思っています。でもいつまでも健康であるとは限りません。いつかは両親も衰え、終末が来ることでしょう。精一杯介護サポートをしたいものです。

 父が脳血管障害で倒れ、母が認知症と判明したのは2008年のこと。8年前の事です。介護認定を受けたのは5年前の2011年でした。それ以後人生観が変わりました。いい勉強になりました。世界観も変わりました。人格も変わりました。

 知らない人がよろけたり、車椅子で苦労していれば、すぐに駆け寄り自然体でサポートできるようになりました。体が反応するんです。それは毎日超高齢者の両親をサポートしているので自然にそうなりました。人間も鍛えられていると両親には感謝しています。

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2016.04.12

海の散帆中の津波避難対策


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 海の散帆は、高知県香南市夜須のNPO法人YASU海の駅クラブのハーバーに、ディンギーを陸置きしています。そこでぎ装し海へ出艇して行っています。

 もしも沖合で大津波警報が発令された場合はどうするのか。NPO法人YASU海の駅クラブ会報誌「SEA BREEZE」、「海から避難する際の高台と避難場所、地域の浸水想定、施設の対応のご案内」と言う記事に詳細はあります。
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 海の駅のハーバー付近であれば、400メートル離れた国道55号線の登り坂をひたすら登り、避難場所と表示された地点までいくしかありません。
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 来年はヤッシー・パークの緑地に津波避難タワーが出来ます。そこへ駆け込むしかありません。月見山沖であれば、着挺し、高潮堤防の階段を上がり、狭い階段を降り、国道55号線を超え、月見山参道まで駆け上がるしかありません。
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 30㎝の津波が夜須へ到達するのが地震発生後10~15分です。

 最大津波の浸水深さは、ヤッシーパークで12・1M。手結港で10~15M、海の駅クラブ付近前で5M~10Mです。

 実はヤッシー・パークも海の駅クラブのあるハーバーも1種のミニ・スーパー堤防です。ヤッシー・パークは海抜8Mの高さがあり、海の駅クラブのハーバーは海抜7Mです。

 それゆえヤッシー・パークの津波避難タワーの高さは6M程度です。国道の北側にある津波避難タワーは、地面の高さがヤッシーパークより低いので、より高くつくられています。夜須川の対岸ですので、ハーバーに居る時は避難できません。
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 遊んでいる時も常に地震・津波対策を意識しなければいけないのです。

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2016.04.11

ガソリンがまたまた値上げと科

いやはやまた明日ガソリンが値上げになるようです。2円/Lの値上げとか。それで終りでなく五月雨式に5月の大型連休前に4回程度の値上げがあり、120円/Lになるとか。

 一方でどんどん円高基調になっています。買う方は安くなるはずなのにこの逆光現象は訳がわかりません。どうなっているんでしょうかね。

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父は元気にはなりましたが・・・


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 今日は午前中は父(96歳)の付添で植田医院へ行きました。植田一穂先生の診察を受けました。
「血液検査の結果も小康状態で何よりですね。この年齢で安定されていることが驚きというか奇跡に近いことです。本人もご家族も頑張っておられます。」と言われました。
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 最近尿失禁が多いことの相談をしました。
「尿を多く出すことで腎機能を維持する薬を服薬しています。それを抑える薬は処方できないと思います。」と植田先生は言われました。

 となると母同様にパンツ式のおむつをするしかありません。最初は多少の抵抗はあるでしょうが、説得します。13日にケアマネージャーさんとの打ち合わせも予定していますので、相談してみます。

 足腰が弱って来ましたが、2歩足での歩行機能を維持するための介護予防通所リハビリへ午後から元気に行きました。
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高知市下知メガフロート(浮体人工地盤)構想を実現したい。

  現在高知市下知地域の海岸部と、河川堤防は、耐震護岸工事は、技研製作所が開発された、「インプラント工法」にて施工されています。

 インプラント工法  https://www.kochi-seizou.jp/attention/?hdnKey=596&lang=jp

 「地球と握手する」という画期的なインプラント工法による堤防工事によって、地震や津波で堤防が崩壊する危険性は格段に低くなりました。それは喜ばしいことです。

 しかしながら「南海地震が起きれば地盤が最大2M沈下する」と言われている下知地区。現在の0メートル地帯が、マイナス2M地区になりますので、浸水被害(海水による)は免れません。高知県土木部の説明では、「堤防が耐震化したので、排水はかなり短期間で可能になった。」と自画自賛していますが、現在のところ何日で浸水が解消するのかめどはたっていません。

 落ち着いて考えればわかりますが、2Mも家屋が海水に浸水したままでいますと、家屋は全壊と同じです。鉄筋・鉄骨の建物でも将来鉄部は腐食するでしょう。地下に埋まっている水道などの復旧はかなり先になるので、浸水地区の市民各位は家屋の片づけすら出来ません。

 堀川の浮桟橋とインプラント・ポッド工法はコラボできないものでしょうか?

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 この浮き桟橋は周囲はコンクリートや緩衝材で巻かれていますが、中身は高密度の発砲樹脂だそうです。つまり水に浮きます。潮の干満で浮桟橋は上下しますが、支柱によって取り付けられていて、外れて漂流することはありません。

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 但し、この支柱は、鉄製のパイプの中にコンクリートを流し込み、周りを硬質ゴムで巻いた構造。経年劣化で錆が来ています。よく見るとそれがわかります。

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 技研製作所の考案された「インプラント・ボット工法」は、支柱を地中深く打ち込み、津波・浸水で逃げ遅れた人の救済を想定されて開発されたようです。

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 この工法と、耐震堤防や護岸づくりに活用されているインプラント建設工法と、浮体構造物組み合わせで、下知地区全体が「メガフロート=浮体構造物地区」になれば、下知地区は安心・安全地区になり変わります。
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 地域全体を盛り土をし、かさ上げするのには莫大な経費と5年以上の時間がかかります。到底無理です。であるならば、以前小谷鉄穂さんとJSPやマリンフロントさんたちが考案いただいた「浮体構造物」を、人工地盤として市街地全体に施工すればいいのではないかと私は思います。

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 画像は普段は公園施設として普段使いしている場所が、浸水時に避難場所になるという逆転の発想です。それをより大きく考えて、下知地域の市街地全体が人工地盤になり、浮体構造物になればいいのではないか。とわたしは思います。

 技研製作所の技術とJSPの技術がコラボすれば実現は不可能ではありません。盛り土をせず、高密度発砲樹脂を地中に埋め込み、周りをインプラン工法で固めれば可能ではないでしょうか。

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2016.04.10

センスのいいおびさんマルシェ


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 2016年4月10には「おびさんマルシェ」がありました。中央公園ではなにやら商業イベントがありましたが、全くわたしは興味がありません。

 「福島の事故から何を学べばいいのか」講演会が、高知城前でありましたので、その道すがらの往復で見学しました。センスのあるアートな出店者が多く出ていました。こうしたセンスのある露店市はいいですね。
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 主催者の大西みちるさんに会いました。数年前までおびさんロード商店街の理事長をなさっていた中田豊さんが5日にご逝去されたと聞きました。1988年には一緒に東海岸の旅行も行きました。
 
 今年の年賀状に「一切身を引きますので今後賀状のやりとりは控えさせていただきます」と書かれておられました。今思えば症状の悪化があったのでしょうか。御冥福をお祈りします。
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 おびさんマルシェはだんだんと洗練されてきたように思います。今回はゆっくりと散策は出来ませんでしたが、次回はオープンカフェで食事などしてまったりしたいと思いました。アートな出し物も見て歩きたいものです。

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1時間早くゴルフ・リハビリです

 今朝は父(96歳)の尿失禁騒ぎで、スタートが1時間早くなりました。7時半には自宅を出発し打ち放しゴルフ練習場へ行きました。途中大橋通りのラビータの気温表示計は15度暖かいです。

 風はなく、高知県庁屋上の日章旗もだらりとしています。夜須のライブカメラを見ましても風待ちなのか、レーザー艇はハーバーに待機しています。
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 父はいつものルーチンで自己流の体操をして、水分補給はOS-1(経口補水液)で。ゆっくりと125発を打ちました。
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自販機も冷え冷えばかりになっていました。暖かい飲料は販売していません。
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 ゴルフ練習場の旗もだらりンとしています。
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 終了後の階段昇降も自力でできました。ひところのように息切れはなくなりました。
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生活不活発病の予防と対策は絶対に必要ですね

 先日ぼんやりとテレビを見ていましたら、大川弥生さんというベテラン医師と6人の医大生が東日本大震災の被災地の仮設住宅を調査訪問し、聞き取り調査する風景が映像に出ていました。

 目的は「生活不活発病の予防と治療」でありました。「生活不活発病」は、それまで「廃用症候群」と言われていた症状を大川弥生さんが、名称を替え、医療関係者をはじめ、広く社会に啓発活動をされておられます。

 ちなみに生活不活発病とは

 「外出せず運動もしないから体がなまった」などということは老若問わず我々が日常的に経験することだ。しかし、それが生活に支障をきたすほどの症状になった場合、医学上の「病気」と認定されることがある。それが「生活不活発病」だ。「廃用症候群」とも呼ばれ、出かけたり運動したりせず、生活が"不活発"になったことが原因で、体や頭のはたらき(機能)が低下する疾病で、とくに高齢者に多く見られるという。

 従来「廃用症候群」と言われていた症状を「生活不活発病」としたのは、積極的な社会参加こそが、予防になり、治療になるという考え方からだとのことです。

■社会参加から生活動作、心身機能という「上から下へ」の流れを把握

 人が生きるということは、大きく「社会参加」「生活動作」「心身機能」の三つのレベルに分けられ、「社会参加」を頂点とした三層構造になっている

。社会参加は生きることの目的であり、そのための手段として、「歩く」「話す」などの生活動作がある。そして生活動作の要素として、「足を動かす」「口を開く」などの心身機能がある。  

生活不活発病は、この三層の「上から下への因果関係」で起こる。すなわち、社会参加の制約が、生活動作の低下を引き起こし、そのことが心身機能の低下をもたらすのである。したがって治療や予防についても、この「上から下へ」で考える必要がある。  だが、他の病気については「下から上へ」で考えられることが多い

。心身機能が低下したから病気になり、社会参加ができない、というように。生活不活発病については逆の考え方をしなければならない。この発想の転換が、患者・利用者中心の医療・介護・福祉の発展にもつながっていくのである。

 引用は霞が関ナレッジスクウエアのホームページからです。

 http://www.kk2.ne.jp/kk2/biz02/00000128.html/

 うちの超高齢者である父(96歳)の生きるための動機は、「ゴルフの練習をすること」です。打ち話し場で球を125発打つために、足腰の鍛錬を週に3回介護予防通所リハビリ施設でしています。
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 2008年に脳血管障害で倒れ緊急搬送された病院で開頭手術し、3月のリハビをした時も、」そのメニューにゴルフクラブでの素振りを入れていただきました。懸命のリハビリに堪えたのも、その願望があればこそでした。

 認知症の母(90歳)は、明るく社交的な性格なので、どんどん外出させて、運動するようにしました。圧迫骨折や脊椎間狭窄症などで腰痛が持病ではありますが、何かに熱中していると痛みを忘れている時があります。
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 週に3回の1日ディ・サービスと、週に2回父と一緒に介護予防通所リハビリ施設へ行っています。金曜日の午後は、都合をつけて、はりまや橋商店街へ繰り出し、買い物と、活き活き100歳体操(介護予防体操)へ行っています。

 両親とも自分のやりたいことをやることで、「生活を活発にして」、生活不活発病を抑止していると言えると思います。4月4日は雨の中、地元二葉町町内会の大懇親会へも参加させていただきました。
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2016.04.09

4月9日の夜須の海


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 今日は移動性高気圧に覆われた温厚なお天気。香南市夜須のYASU海の駅クラブのハーバーへ到着しますと、県外からのヨット競技の選手の皆さんがヨットを降ろしたり、ぎ装(ヨットの組み立て)をされていました。
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 レーザー四国選手権が夜須であるらしく34艇のエントリーがあったようです。レースは午後からであると聞きました。事務局で1年分のヨットの艇置き料金と海の駅クラブの会費を支払いました。

 大崎修二さんが、横田政道さんの所有のヨットを買い取ったということで、午後にカートップで夜須へ来られると聞きました。それまで海の散帆をしようと思いぎ装し、海へ出ました。
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 それほど強い風ではなく波がなかったので、すいすいと赤岡沖まで帆走できました。赤岡港沖まで行って引き返しました。ヤッシー・パークまで戻ってきますと、大崎さんから電話がありました。着艇し、大崎さんの艇を降ろしました。降ろして一緒にヤッシー・パークで昼食を食べました。

  昼食後レーザーが出艇していました。
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 点検と水洗いとぎ装している間に午後から海へ出ました。レーザー選手権の様子を見に行きましたが、風が弱くレース海面へ近づけません。1時間ほどで断念して戻りました。着艇してぎ装解除していますと、大崎修二さんが艇を水洗してぎ装されていました。
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 「大学時代はヨット部でしたが、ヨットへ乗るのは40年ぶり」であるとか。シニア・ヨットクラブも「ヨット経験者」という強力なメンバーが現れました。

 体を洗って自分のヨットを片付けていますと、レーザー艇が戻って来ました。風がなくレースは1レースだけであるとか。お天気がいいのに残念でした。
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山本宏幸さんとおっさん2ショットです

 ハーバーから歩いて道の駅やすへ行きました。いつもの「おっさん2ショット」です。

 今日は私が派手目の帽子を被り、山本宏幸さんは日の丸の鉢巻きです。2人とも黒メガネです。
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二葉町不燃物・資源仕分けステーションの日


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 毎月第2金曜日の午前6時からは、高知市二葉町町内会の「不燃物・資源物の仕分けステーション」設置の日です。2016年4月8日も実施されました。
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 設置場所の下知コミュニティ・センター前の歩道では、荒木三芳二葉町町内会副会長のご指導で、仕分け作業の当番の班長たちが、手際よく町民が持ち込んできた資源物や不燃物を仕分けしています。
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 瓶類でも透明と青・黒と茶色に仕分けされています。段ボールも無地と印刷ダンボール(雑紙)とに仕分けされています。

 回収のコンテナーに整理して入れられています。4月から新年度になり各班の当番が変わったようです。
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 「高知方式」と言われる市民各位が資源・不燃物の仕分けを行う仕組みは、1976年から導入され、40年目になっています。

高知方式とは

76年7月に高知市が始めた家庭ごみのうちの資源・不燃物ごみの収集方烹町内会や衛生組合などが組織する登録団体が市内約1200カ所にある「資源・不燃物集積所」の管理や分別を担う。

資源化による利益の一部は「分別支援金」として各団体に還元される。この方式により、高知市は中間処理施設が不要になっている。

市民1人当たりのごみの排出量が全国市区町村の平均とほぼ同じにもかかわらず、1人当たりの年間処理経費は06年度で全国平均(1万3180円)の約7割(9540円)に抑えられている。
(2009-06-05 朝日新聞 朝刊 高知全県 1地方)

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2016.04.08

両親は健康を維持しています

4月2週目のはりまや橋サロン
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 屋外が気持ちの良い季節になりました。高知市の桜も満開が過ぎ、新緑の季節になっています。午後からは母(90歳)を連れてはりまや橋商店街へ行きました。
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 お天気なので歩行補助車で母は歩いています。まずは魚の棚商店街で夕飯のコロッケを買いました。続いて谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。
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 谷さんのお店も前で松田雅子さんが、とさぶんたんの皮むきをされておられました。昨年は「はりまやSTORY]で母も取り上げていただきましたので、母との2ショット写真を撮らせていただきました。
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 活き活き100歳体操(介護予防体操)が始まる前に、母とコーヒーを飲みました。谷さんところで注文し、焼き菓子を一緒に食べました。
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 今日の活き活き100歳体操は15人が参加していました。季節が良くなりますので。参加者は今後は増えることでしょう。
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横田胃腸科内科で診察しました。

 事務所へ戻り父(96歳)を連れて、横田胃腸科内科へいきました。横田哲夫先生に診察していただきました。

 父(96歳)は、血圧が132-62 で医学的な問題はないとか。
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 母(90歳)は、血圧が132-74で、こちらも医学的な問題はありません。両親とも健康であるということです。

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社会思想不在の不安な時代

 今の時代は、右翼も左翼も「これだ」という思想がない。裏付けなしに、自分たちは右翼だ、民族主義者だ、国を憂う国士であると自称したり、平和勢力で絶対的に自分たちは正しい。自分たちの勢力だけは進歩勢力で間違いない。という盲信にとらわれています。

 40年前の1976年。日時は忘れましたが、東京の品川公会堂で、共産主義者同盟叛旗派の解体集会が起こなわれていました。自分は構成員でもシンパでもありませんでしたが、関心があったので見学に行きました。

 壇上では幹部であった三上治氏と神津陽氏たちが、何やら言い合いをしていました。「顧問」である評論家の吉本隆明氏もその場にいて、何やら言っていました。激しい言葉の罵り合いでしたが、当時の風物詩のヘルメット姿で鉄パイプで殴り合うこともないようでした。

 党大衆構造の止揚」を唱えていた共産主義者同盟(ブント)叛旗派は解体しました。もうあれから40年も経過してしましました。

 では当時の指導者や構成員やまわりの皆さん方は40年も経過しましたが、どうなっているんでしょうか?吉本隆明さんは、2012年2月にご逝去されました。
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 右も左もきちんとした社会思想がないまま、迷走しているように見えます。不安な時代ですね。

 わたしは市井の市民、無名の大衆、生活者として日々生きています。何もなすこともなく還暦を超え、なんとか生きのびています。

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2016.04.07

大地震の危機は想定より早く来るらしい

4月4日(日曜日)に「真田丸」の後に放映された「巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ日本に迫る脅威  地震列島 見えてきた新たなリスク」を視聴しました。


http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160403

 地球の内部のマントルの動きは複雑。いままで日本は4つのプレートがぶつかり合っているという定説が覆り、複雑に10数個のプレートに分かれているとか。


 とくに今までノーマークであった活断層ではない内陸部で大きな地震がたはつすることもいわれました。
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 また宮崎県の日向地震が起きれば、誘発されて南海トラフ巨大地震が想定より(今後30年以内に70%の確率で起きる)のが、もっと早く起きるのではないかと若手の地震学者が言い始めました。そうなると「なにもかにも」が不十分な高知市下知地域。個人の備えも、地域の備えも、行政の備えも全く不十分ですね。

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2016.04.06

満開の堀川河畔の桜並木


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 今日は1日倉庫の片付けをしました。昼休みに堀川桜並木を歩きました。運動不足なので歩いて1週してきました。明日は雨なので今日で見納めですね。
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 元お花見遊覧船(双胴船)や元遊覧船(のり船)が空しく繋がれているのが残念です。水路から見る両岸の桜は最高なんですが・・。

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ようやく95回目の献血しました。

 本来なら3月17日に献血する予定でした。しかし3月11日から13日の東北遠征(内閣府・地区防災計画フォーラム出席)の後体調を崩していました。完全回復したのが27日でした。それでようやく4月第1週目で献血に来ることが出来ました。

 4月5日の午後は、月に1回の老師の整体。左腰に張りがあり、右の首に凝りがあるそうです。触るとわかるようです。整体歴70年のレジェンドですからね。90歳で現役ですから。見習わないといけないです。
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 その後会社に電話しましたが、込み入った用事がないと言うので、95回目の献血をすることにしました。私の血液はA型ですがRHマイナス型。A型は日本人の30%はいるそうですが、RHマイナス型になりますと、0.5%しかいないのです。

 400CC献血は1年に3回しかできません。健康体であれば、今年は97回。100回目は来年の秋ということになります。だんだんと年を取り、健康を維持をするのが難しくなります。持病が出来、服薬をするようになると献血は原則アウトですからね。
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  95回目の記念写真は、担当の看護士さんにお願いしました。最近「フット・クロス」とか言う運動をするようにと言われました。献血しながら足先をクロスさせ、運動しますと献血後に、気分が悪くなることを防ぐそうです。昨年の11月から導入されたようです。
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 今日へ平日ですが献血センターのハートピアやまももは結構献血者が来ておりました。
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2016.04.05

2016年とその昔の堀川桜並木について

堀川の両岸の桜並木をじっくりと見ました。8分咲きというところでしょうか?こちらの桜は60年ほど前に農人町町内会と対岸の九反田町内会が植えたと聞いています。
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 もともとは運河として堀川はつくられ、戦前・戦中は海運で農人町界隈は栄えていました。海運会社や船具提供会社や倉庫会社が岸辺に並んでいました。若松町には得月楼本店があり、「下の新地」として飲食・歓楽街までありました。

 空襲と翌年の昭和南海地震で被害を受けました。堀川も南海地震の瓦礫で埋まり、水深が浅くなり、大きな船舶ので出入りが難しくなりました。それでは街が寂れるというので、堀川両岸の農人町町内会と、九反田町内会で桜を植樹したと聞いています。先代の村田本店社長(創業120年)に15年ほど前に聞きました。

 桜も「高齢者」になり樹勢が衰えているのかもしれません。10年ほど前のような満開状態になりませんから。
 お花見遊覧船も諸般事情で運行されなくなりました。とっても残念ですね。
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 2011年から運行ができなくなりました。残念です。思い出の写真(お花見遊覧船)と当時の満開の堀川と今の堀川の風景写真を載せました。4枚ほどあります。福祉専門学校も入学式をしていたようです。(運行していた時代の写真です。桜もひときわ綺麗です。)
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 こちらは数年前に芝藤さんの手漕ぎ和船での風景です。
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 今年の堀川の桜も今日あたりが見ごろでしょうね。明日は風が強くなり夕方から雨。明後日は1日雨で桜は散ると思いますね。
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両親は元気に介護予防通所リハビリへ行きました。

 さきほど超高齢の両親(父96歳・母90歳)は揃って介護予防通所リハビリ施設へ出掛けました。
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 送迎の介護士さんが言われるには、4月3日は通所施設のお花見会でしたが(うちの二葉町町内会も同じ日)、生憎の雨で地場産センターで懇親会をされたと聞きました。
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 お天気も良く介護予防の筋トレや持久力向上のトレーニングをしてもらいたいものです。随分生活が変わります。超高齢者にも運動能力や身体能力は必要です。健康寿命に絡んできますので。
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復興・復旧は3年以内が限界でしょう

 関係者が懸命に努力はされていますが、昨年と今年1部ですが東北各地の東日本大震災での被災地を見学し、現地の地元紙である河北新報の記事で知る限り、復興・復旧に大変時間がかかっています。

 津波や浸水の脅威から免れるために、山を削って高台に住居地域をこしらえる。あるいは津波で浸水した地域を盛り土で嵩上げをして土地をこしらえそこへ住居を建築する。震災後5年が経過しますが、未だに基盤整備中の箇所が多いようで、個人の住居が建築されていません。

 2004年のスマトラ大津波で大きな被害が出たインドネシアのアチェ市。訪問してきた学識者の人に聞きますと、「跡形もなく街は再興されている。」とのこと。「日本は復興・復旧が遅すぎる。」との見解を示されました。

 「高台や嵩上げ工事は5年かかる」と言われています。また事業費用も多額の費用がかかるようです。いち早く復興した地域は、津波の来ない地域に、集団移転していています。そちらは3年以内に復旧・復興され、個人の住宅や職場環境まで再建されていました。

 どの復旧・復興方法も最終的には、地元住民と基礎自治体の行政の判断であると思います。

 但し、人生設計や、個人のライフサイクルから言えば、「3年以内の復興。復旧」が望ましいことです。そうでなければ難しいと思います。

 ひるがえって高知市下知地域。全域が海抜0メートル地帯。そこへ9400世帯、2万人が居住しています。2万人がそっくり移住できる高台の土地は高知市近辺にあるのでしょうか?まったくわかりません。

 でも民間市民有志が探す必要はあるでしょう。また3年以内に復旧・復興できる方法手段があるのではないか。それを研究する必要性がありますね。

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2016.04.04

雛人形を撤収してきました。

明日雛人形を撤収する予定でした。明日に所用が入り、今日の午後から晴れ間が見えたため、急遽ヤッシー・道の駅へ行きました。2月・3月とギャラリーで展示いただいていましたうちの雛人形を回収してきました。
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 箱が意外に大きく乗用車には積めないので、箱バンで行きました。また狭い自宅では階段を上がり、狭い納戸に置きました。また来年お世話になると思います。
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 雛人形の組み立てと飾り付け、撤収と収納など大変。ヤッシーの女性スタッフが4人でされておられました。お蔭様で普段は狭い場所で収納されている雛人形が広々とした場所で置かれて良かったと思いました。今年は数回対面させていただきました。
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山本宏幸さんとの2ショット写真も撮影しました。
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父の体調は回復しました。

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 3月20日頃から風邪気味で体調不良であった父(96歳)ですが、完全に体調は回復したようです。4月1日に実施した血液検査の結果が出ました。主治医の植田一穂先生のコメントです。

「消炎反応はないですね。クレアチリン値も小康状態。尿素窒素もカリウムも許容範囲です。咳が出るのはアレルギー性の物でしょう。心配はいりません。」とのことでした。」

 確かに尿酸値やコレステロール値も正常値。父の場合は腎機能が低下している以外は健康体ですね。ヘモグロビン値も10・9で腎性貧血にもなっていません。超高齢者で健康に過ごすことはいいことであると思っています。

 今しがた介護予防通所リハビリ施設の送迎車が来て元気に出掛けました。今日は母(90歳)は1日ディサービスへ朝から行っております。

 今から雛人形を取りに夜須の道の駅へ向かいます。

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気になる5M表示

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 高知市内の市街地で、とくに0メートル地域の国道で見かける「5M表示」。諸説が色々あり、高知市街地の0メートル地帯では、最大5M浸水するという意味なんでしょうか?

 写真は高知市のはりまや町1丁目。歩道橋の先には新堀川がありその先は菜園場町。海抜2M以来ですから、5M表示とあっても、道路である国道32号線からの高さは3Mぐらいでしょう。

 これが300Mぐらい先の宝永町や二葉町になりますと、この5M表示が見上げるぐらいの高さになり、3階建ての床面程度の高さになります。それは宝永町や二葉町が海抜0メートル地域であるからです。

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 なんせ二葉町や宝永町・若松町や丸池町や弥生町などは、昭和小学校の周りの市街地は「海抜0メートルの島」なんですから。
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2016.04.03

二葉町町内会の大懇親会

 2016年4月3日(日曜日)は、二葉町町内会の最大行事である大懇親会が開催されました。晴れれば青柳公園での花見を兼ねた懇親会ですが、昨年と同じく雨になりました。会場は、下知コミュニティ・センターの4階の多目的室です。

 うちは父(96歳)と母(90歳)という超高齢者が2人います。家内と2人でサポートしながら、自宅からゆっくり歩いて会場の下知コミュニティ・センターまで行きました。午前10時半頃集合と聞いていましたが、到底その時間帯には出れません。 なんとか着替えをさせて徒歩で向かうようになったのは11時前です。
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 お弁当は二葉町内にある森食料品店の2段重ねの折詰。お酒やドリンクは西森酒店。懇親会に要の店舗が町内にあるのはいいことです。カラオケも町内の音響サービスからレンタルしたようです。二葉町最大の行事なので、町内会役員各位は大はりきりで準備をされていました。
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午前11時過ぎから大懇親会は始まりました。町内会長と役員各位の挨拶もそこそこに、すぐに乾杯。カラオケ大会も始まりました。両親も機嫌よく食べ、皆と懇談しています。父も飲酒しています。坂本茂雄さんもカラオケしていました。
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 12時半過ぎになり一段落したので、両親を自宅へ連れて帰りました。戻ると私のリクエストした「海その愛」がかかりました。あまりに長いので皆辟易したと思われます。
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 町内の各班のコーナーを巡り飲みました。いつもの倍ぐらい飲んでしましました。午後2時半過ぎにようやく散会しました。飲み過ぎたんで一度昼寝をしました。しんどいです。
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 昼間のお酒はききますね。たまにはいいことです。
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久しぶりの父のリハビリ・ゴルフ

 父(96歳)は、3月20日頃から風邪を引き、体調不良が続いていました。体から消炎反応も消え、先週から介護予防通所リハビリへも行けるようになりました。主治医の植田一穂先生の許可も得ましたので、雨の中ゴルフの打ち放し練習場へ連れて行きました。

 でも暖かい。ラビータの気温表示は16度です。日差しはありませんが、雨の日は風も吹かないのでしのげるでしょうから。

 いつものように自己流の体操をし、水分補給はOS-1です。ゆっくりと球を打ちます。ブランクは感じません。父はゴルフを始めたのは54歳頃と遅かったようですが、40年以上練習しているので、体に沁みこんでいるんでしょう。無事に125発打ちました。
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 近所の堀川の桜並木は5分咲きですね。
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 私はゴルフをしないので、何が面白いのか理解は出来ませんが、プロ競技があるぐらいなので奥行きが深いスポーツなんでしょう。父が球を打つ間は読書をしています。岩波新書の「現代思想の断層 「神なき時代の」の模索」(徳永恂・著・2009年刊)を読んでいます。今読んでいる箇所は、ドイツの社会思想家マックス・ウェーバー夫妻がアメリカへ船旅をし、全米各地を旅行し、散策し、代表作「プロテスタンティズムと資本主義の精神」がアメリカの市民社会各層の影響であったのかということをこの著作で初めて知りました。

 一段落しますと、今度は両親を連れて二葉町町内会の大懇親会へ行きます。今日は昼間から飲んだくれて終わりですね。雨でもありますから。それもいいでしょう。

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四国ブロック大会での記念写真

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2016年3月25日の四国ブロック研修会での記念撮影です。講師の西やんは目立っております。講演も大好評でした。

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2016.04.02

春の海は変則ですね


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 春先は天候が不安定。昨日が雨で、今日は晴れ間が出る予報ですが、朝からどん曇り。明日は雨の予報です。来週は火曜日以外は雨の予報が続いています。
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 ハーバーで様子見をしました。慎重にぎ装(ヨットの組み立て)しました。また様子見しました。今日は高知大学ヨット部もジュニア・ヨットクラブ(中学生・高校生)も練習は休みとか。午前中は私1人で海の散帆となりました。強風対策で、ウエット・スーツの上に合羽の上下を着こんでいます。
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 井土コーチに天気予報を見ていただきますと、やはりわたしが確認したとうり、午前中は4M以下で午後から強風の予想とか。年寄りですので、午前中限定で海へ出ることにしました。
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 海の上もどん曇り。先週は晴れていましたが、雷注意報と竜巻注意報が出ていました。今週はどん曇り。晴れません。水面に墨を流したような薄暗い雲に空全体が覆われています。強風・波浪注意報が出ていました。沖合はうねりもありました。
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 こういう天気はいつ強風になるのかが予測できません。たぶんいきなりです。しばらく1人でワンマン・セーリングしていました。後半中学生が2艇レーザーで出艇してきました。着艇しますと押岡さんと山村さんが夜須で、ぎ装されていました。来週レーザークラスの四国選手権が夜須であるそうです。
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 午前中に2時間ぐらい海の散帆をして終わりました。海で癒されました。片付けして、体を洗って、昼食時に海を眺めていましたが、今日は強風になることはなく終わりました。こういうお天気は予測がつかないですね。


山本宏幸さんとの2ショットです

  ヨットの片付けを済ませて、道の駅やすへ行きました。ギャラリーでは女性スタッフの皆様たちが、2月・3月と展示いただいた雛人形を片付け、雛段を解体し、雛人形を丁寧に箱へ入れていただいていました。大変お忙しそうなので、おっさん2ショット写真は、自撮です。(いつもは女性スタッフの皆様に呆れながらも撮影いただいております。
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 今日は山本さんは芸西村(夜須の隣村)の伝統工芸の職人さんが作成した竹製の日よけ笠を被っておられます。なんと28000円もするそうです。

 わたしの方は、塗装作業用の帽子です。メーカーにもらったものです。雛人形は来週お天気の良い日に箱バンで獲りに行くことになりました。(箱が大きくて乗用車には載りませんので)
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 南国市の香長平野では水田に水を引き込み、田植えの準備の真っ最中です。今頃植えられた稲は8月末には収穫されるようです。

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長島忠美復興副大臣講演会


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 2016年4月30日(土曜)は、午後1時半より、高知市クラウンパレス新阪急高知にて復興副大臣である長島忠美氏の講演会があります。表題は「来るべき大震災に備えるための家族の絆づくりと心構え」です。主催は土佐経済同友会。

 第2部では高知県知事と同友会代表幹事の吉澤文治郎氏を含めたパネル・ディスカッションも予定されています。
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 良い企画であると思います。長島忠美さんは2004年の中越地震の時の山古志村村長。地域コミュニティや人々の絆を大事にし、全村避難をされ、そして見事に復興されました。避難所生活でも応急仮設住宅でも集落単位や地域コミュニティ単位での移動を重要視されました。良く行政にありがちな「抽選による」地域コミュニティ壊しを一切されなかったリーダーでした。

 当時旧山古志村を訪問際れた西田政雄さんのレポートです。

http://www.nc-21.co.jp/doko…/whatnew1/nishida/yamakoshi.html

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 2016年3月11日には、宮城県名取市での5年目の追悼式典に参加され、ご自身の言葉で追悼のスピーチをされていました。
 
 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/…/…/03/post-31a0.html
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 間違いなく来るであろう南海トラフ巨大地震。多数の高知県民は長島忠美氏の講演を傾聴すべきであると思います。(2004年当時の中越地震後の山古志村の写真は西田政雄さんから借用しました。
 チラシは土佐経済同友会の横山敬さんにいただきました。町内で回覧しています。

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2016.04.01

4月2日の天気は悩ましい


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仕事が終わって、明日の「海の散帆」の段取りの1つである天気予報のチェックをしました。明日予想天気図を見ますと高気圧と低気圧がやたら近くにいます。実に変則的で傾向がしろうとには掴めません。

 明日の天気は曇り時々晴れの予報。午前中と昼間の活動時間帯は晴れています。

 yahooの天気予報は香南市は3M程度の風。ウエザー・ニュースは7Mの風との予報が出ています。高知新聞の夕刊の予報も「海上では南東の風強く」の予報です。
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 いずれにしても波が3Mということは風が強いということですね。どちらの予報が正しいかわかりませんが、おおむねウエザー・ニュースの予報が夜須では当たりますね。

 日和見のシニア・ヨットクラブは強風には実に弱い。様子見でくじけて見学に終わる可能性が高いですね。それはそれで仕方がないですが。斜路の青のり落としで終わる可能性も高いです。それはそれでいいんです。長靴を用意しました。

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雨のはりまや橋サロン


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 4月最初のはりまや橋サロンは雨のスタートとなりました。雨ですので歩行補助車は搭載していません。傘をさして母(90歳)は歩いています。すこし派手目の傘です。
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 まずは魚の棚商店街のコロッケ・ひろっちゃんで夕飯のおかずを購入しました。
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 次に谷ひろ子さんのお店にて焼き菓子と今日はシフォン・ケーキも購入しました。活き活き100歳体操(介護予防体操)まで時間がありましたので、母とお茶(コーヒー)をしました。
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 今日の活き活き100歳体操は雨でしたが13人の参加者がありました。ひところから言えば屋外でも寒くはなくなり楽になりました。
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 帰りには九反田・農人町の堀川運河沿いの桜並木前を通りました。九反田側が開花は早く、農人町側は遅めですね。明日植田先生の事業所は堀川の九反田側でお花見とか。良いですね。最高ですね。
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父(96歳)の風邪の症状も一段落しました。85%は治りました。


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植田一穂先生の診断は、
「先日お電話でも言いましたが、血液検査でも消炎反応は出ていません。風邪はほぼ治りました。運動もかまいません。飲酒もいいですよ。」とのことでした。

 昨日の自宅での転倒もお話しました。現時点で痛みがなく、頭部を強打していなければ大丈夫ですよ。とのことでした。日曜日は朝1番にはゴルフ・リハビリも2週ぶりに行けます。町内会の慰安会での食事も飲酒も許可をいただきました。

 とは言え最近足元がふら付いているので、付き添う場合はこちらもとっさの対応が出来る精神的な余裕を常にないといけないですね。思い知りました。
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値上げの4月のスタート

  契約しているガソリンスタンドからの電話がありました。

「ガソリンですが、4月5日から3円/Lの値上げになります。また時期はわかりませんが、連休前にももう一段の値上げになります。」とのことでした。

 高知のガソリン価格はこのところ乱売気味で、100円/Lぐらいになっていましたが、またまた値上げ基調になるようです。公共料金や医療費や介護保険料なども値上げになるようで、新年度は「値上げのスタート」となりました。

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