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2016年5月

2016.05.31

県政かわらばん51号

 下知地域代表の県議会議員である坂本茂雄さんは、「県政かわら版」という議員活動の紙媒体の新聞を発刊されています。先日51号をいただきました。2月定例県議会の代表質問の特集でした。

 2月定例県議会と言えば、3月7日の予算員会の坂本茂雄さんと県執行部との一問一答を傍聴に行っておりました。その様子はブログにレポートしています。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-5745.html

 今回の「県政かわら版 51号」では、「南海トラフ地震対策 長期浸水対策について」の質疑を詳細に行っていました。
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 津波避難シュミレーションの実効性確保については、「市が住民アンケートを実施し、それをもとに県が避難シュミレーションを作成する。地域の自主防災組織の意見も聞く」(危機管理部長)という回答でした。

 また要支援者の避難行動支援名簿はどの範囲に、どのような形で事前提供し、避難訓練への活用を想定しているのかと質問されました。

「各市町村が要支援者本人の同意を得た範囲内で行うもので、消防、警察、民生委員、自主防災組織、社会福祉協議会などの関係者に提供される。
 提供された名簿に基づき、地域で要支援者を支援する関係者が中心になって、個別避難計画を作成の上、避難行動や日頃の見守り活動に活移用し、発災時の迅速な避難伊つなげる。」(地域福祉部長)との回答。

 要は方向性だけ決めただけで、具体的な実践はこれからという回答ですね。二葉町では調査に同意した町民が対象ですが、既に自主防災会が「防災世帯調査」を実行しています。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-847b.html

 現在高知市下知地区では、昨年度は内閣府の「地区防災計画モデル地区」になり、地域内で議論を積み重ねて来ました。今年度も高知市の支援を受けて継続して行きます。
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 地区防災計画の評価・展開・支援・地域防災計画への位置づけについても坂本茂雄さんは質問されました。

「地区防災計画は,地区住民による自発的な防災活動に関する計画であり、計画策定を契機に、地域の防災について話し合い、防災力の向上とコミュニティの活性化に繋がる。
 地区防災計画は、地域で自発的に取り組むことに意義がある。市町村はそのような場合に、積極的に関わり支援して行く。」(危機管理部長)

 また坂本茂雄さんは、住民が主体の事前復興計画について、まちづくり協議会の組織化や、支援についても聞かれました。

「東日本大震災では、復興計画の作成段階から住民と話し合い、合意形成に時間をかけることで、結果的に早期復興につながったケースもある。
 平時から行政と住民が協働のもと、復興について議論を行うことは、早期の復興につながる重要なことと認識している。

 まちづくり協議会の組織化に向けて、市町村と協議をし、その結果を高知県震災復興都市計画指針に反映していく。あわせて住民向けのわかりやすい資料作りも検討して行く。」(土木部長)との回答。

 下知地区防災計画=事前復興計画の意義は県も認めているようです。「震災復興都市計画指針」ではなく、「事前復興都市計画指針」にしなければいけないと思いますね。

 災害時の市民搬送トリアージ(今治市防災士会が積極的に行っています。)についても問いました。こちらは県当局も検討課題に留まりました。

 注目すべきは災害対策を名目にした緊急事態要項をしきり政府側発言しています。知事は「必要ではないか」との答弁をしていることです。

 このあたりは5月22日の弁護士永井幸寿さんの講演「憲法に緊急事態要項は必要か」のなkではっきりと必要性を否定しています。災害現場である市町村に権限と予算を与え対処する方が、的確な災害支援ができます。

 災害対策基本法ですべて対処できるので、知事の答弁は落第です。
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2016.05.30

「浦戸湾の津波防災を考える 南海トラフ地震津波への備え」


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 2016年5月28日午前11時20分より、高知港海岸直轄海岸整備事業着手式終了後に、講演会が行われました。講師は磯部雅彦氏(高知工科大学学長)。表題は「浦戸湾の津波防災を考える 南海トラフ地震津波への備え」です。

 個人的にはとても眠い(深夜のU-23サッカー観戦が原因)。磯部さんの講演内容を書きとめてみました。(順不同です。)

「今後30年以内に70%の確立で南海トラフ巨大地震は起きるとされていました。それが提唱されたのは平成26年の事ですから、もう3年経過しています。あと27年以内に起きると思うべきです。」

「東日本大震災の教訓をデータで見ますと、過去の昭和三陸地震時の津波を各地で上回る高さの津波が来ています。その原因は海溝域のすべりのようです。よリ津波高が大きくなりた。」

「L1クラスの津波であれば防潮堤で防げれた。L2クラスの津波でも防潮堤が機能し、逃げる時間を稼いでくれました。」

「高知の西半分の地域は津波高が高い。」
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「いくつか堤防モデルと想定し、検討しました。その結果浦戸湾3重防御の堤防建設になりました。」
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「現在土佐沖海底で観測機器を海に入れて、地殻変動の動きを観察しています。また探索船ちきゅうにて海底6000メートルを掘削・収集し分析しています。」

「引き波が起きてから津波が襲来すると信じている人が多い。そうい打場合は多いですが、いきなり押波の津波が襲来することもあります。」

 また磯部雅彦氏は、別の観点から述べています。

「室戸のジオ・パークは南海地震が過去起きたことを表すものです。観光客誘致に役立っています。高知県民は昔から地震や津波と向き合い、たくましく生きて来ました。南海地震とはどのようなものなのかを理解するのに高知の各地の自然地形は有力です。」とも言われました。
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 磯部さんの説明で「復興計画」事も説明されていました。ただ現実問題として、大災害後身内がなくなっている状況で、冷静な再興策や、事業計画など立案できることは無理です。(それゆえわたしたちは地区防災計画のなかで事前復興計画を考案しました。)

 簡便な図面を見せられ、短い講演だけでは、3重防御やらで高知市の市街地の浸水被害がなくなるのか正直半信半疑です。それは考えようにも検討すべき資料や情報が手元にあまりにも少ないからです。
 
 今後該当地域(下知・高須・潮江・五台山)などでも行政主催の住民説明会があろうと思います。その場合は、自主防災会や町内会の会長だけ集めて説明をして「事足れり」ろ思わず、広く広報し、該当地域の住民に周知徹底していただきたいと思います。

 わたしも下知地域住民の1人として「高知港海岸直轄海岸整備事業着手式と記念講演」を聴講しました。可能な限り報告している義務があると思っています。

 わたしなりのバイアス(偏りや歪みを意味し、転じて偏見や 先入観という意味)をかけないように客観的に記述するように努力します。記録することは結構きつい作業ですね。

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2016.05.29

雨の中の田植え体験でした。


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 2016年5月29日(日曜)は、二葉町と下知地域の防災関係の関係者総勢11人で、仁淀川町長者へ行きました。朝から生憎の雨がしとしと降っていました。雨の中だんだんクラブの西森勇幸会長や岡崎信守副会長(農業担当)や4人のメンバーの皆様に田植え指導をしていただきました。また仁淀川町地域おこし協力隊の小原紀子さんも参加いただきました。
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 年寄り組と不慣れな組(私と家内と家内の友人Yさん)は、上の棚田。お元気組は下の棚田で田植え体験をしました。見かねてか横田政道さんが手伝いに来ていただいたので、助かりました。わたしは植え方が雑であると、西森会長にご指導を受けておりましたので。
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 オタマジャクシやアメンボウが水田には沢山いました。ヤモリもです。上の組の田植えが終わり、下の組の棚田の様子を見に行きました。こちらも田植えはほぼ終わり、子供たちがオタマジャクシを採っていました。荒木副会長も近所の保育園にもっていくということで採っています。
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 田植え体験は午前10時半前から12時前に終了。各人着替えてランチタイムになりました。その頃になりますと雨脚が強くなりました。田植えの時は小雨でしたので、楽でしたが。昼食は農村レストランだんだんの郷でお弁当を食べました。
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 西森だんだんくらぶ会長が挨拶され、森宏二葉町自主防災会会長も挨拶されました。森会長は「70年ぶりの」田植え体験だそうです。若々しいですね。
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 お弁当は地元食材ふんだんです。荒木さんが地元長者川で採れたあめごの天ぷらを皆にふるまっていただきました。美味しかったです。

 なんとか無事に2016年の田植え体験は無事に終了いたしました。帰路で池川茶園 お茶スイーツ工房で各種スイーツを買い込み、土佐和紙工芸村でコーヒーを飲んで帰りました。雨でしたが山の自然を少し満喫させていただきました。
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高知港海岸直轄海岸整備事業着手式


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 2016年5月28日(土曜)午前10時15分から11時過ぎまで、高知市ちより街テラホールにて「高知港海岸直轄海岸整備事業着手式」(主催国土交通省四国整備局・高知県)が開催されました。
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 下知地区減災連絡会は地元住民と言うことで、西村副会長と皆本副会長が出席いたしました。高知市沿岸部の各連合防災会の会長も出席されていました。前列には高知県知事、高知市長のほか、高知県選出の衆参両院の国会議員が全員揃って出席していました。これもまた異例の事。地元議員である坂本茂雄県議と高木妙市議も出席されていました。
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 国土交通省港湾局長菊池身智雄氏や、高知県知事や高知市長他県選出国会議員6人のスピーチもありました。
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 高知港海岸直轄海岸整備事業というのは総事業費が600億円、うち350億円が国の直轄事業、残りの250億円は県事業(おそらく大半は国の補助があると思われる)ということです。
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 役所側の説明では、「高知新港外側堤防」「浦戸湾入り口付近」「浦戸湾内部の堤防の耐震化」による3重防御で高知市の低地の市街地を守るというもの。工事は16年かかり、完成年度は平成44年とか。完成すれば昭和南海地震規模の地震(100年位に1度程度のL1想定)では、高知市街地の浸水は防がれるとの事。

 1000年位に1度の東日本大震災規模のL2規模でも浸水規模を抑え、はやく排水できるように海岸堤防を強靭化するとのことでした。

 式典会場の最前列に座っていた県知事。高知市長、県選出国会議員、国土交通省幹部、県市議会議長や南海中学生2名などがくす玉開披して式典は終了しました。
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2016.05.28

父はゴルフ・リハビリしました。

今日は深夜にU-23の日本VSイングランド戦を見ていたので1日眠い事。午前中から昼過ぎまでは「高知港直轄海岸整備事業着工式」とやらに地元住民として出席していました。

 戻ると父(96歳)が待ちかねていました。雨も降りやみゴルフ・リハビリに付き添いました。いつものように自己流の体操をし、経口補水液をがぶ飲みし、ゆっくりと125発を打ちました。
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 戻ると信州へご夫婦で移住する若松町の梅原孝司さんが「明日行く気に最後の挨拶」に来てくれていました。寂しくなりますね。家屋は買い手が見つかり慌ただしい引っ越し作業であったとか。先方に中古の家を購入しリフォームされたとか。還暦過ぎて新天地の生活も悪くはないですね。頑張ってください。

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糖尿病患者用災害マニュアル

 「糖尿病患者さんのための災害マニュアル」(監修八幡和明医師・配布元田辺三菱製薬・制作元・ジョンソン・エンドジョンソン)という小冊子が父の主治医である植田医院に配布されていました。

 糖尿病患者特有の非常持ち出し品として(経口薬、インスリン自己注射セット、血糖自己測定器、低血糖用のブドウ糖、糖尿病手帳、お薬手帳)などですが、共通している箇所もありますので、スキャナーして掲載することにしました。
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 うちは要介護認定を受けている超高齢者の両親(父96歳・母90歳)がいます。父は慢性腎不全であり、」主食は減タンパク食でなければなりません。母は認知症なので薬は必要です。

 チェックリストで再度持ち出し備品やチックの点検が必要ですね。
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2016.05.27

母とはりまや橋商店街へ行きました。

昼食後の午後からは、母(90歳)を連れてはりまや橋商店街に買い物&体操へ行きました。
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  いつものようにコロッケ屋さんで、夕飯用を購入。谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。
 体操前は冷やしぜんざいを食べました。
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 今日の活き活き100歳体操は18人の参加者があり、見学に高知大学医学部の学生が来て体験もされていました。
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母が体操をしている間少しだけ、ふくねこへ行きました。久しぶりでした。
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父も健康を維持しています

 週末は父(96歳)の付添で植田医院へ行きました。
 まずバイタル・チェック。9時10分の血圧は104-54.酸素濃度は96%。脈拍は85で良好でした。
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 「全体的に貧血もなくなり健康状態は申し分ないですね。」と植田一穂先生の診察。この調子であれば、5月29日に仁淀川町長者へ家内と一緒に昼間田植え体験をしますが、母(90歳)と一緒に留守番をしてもらいますが、大丈夫そうですね。

 超高齢者が健康を維持できることはとてもいいことであると、最近つくづく思います。
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9・5万人が浸水エリアに取り残されますね。


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 震度7の地震が高知市の海抜0メートルで軟弱地盤で海に近い高知市を襲う可能性は高い。

 高知新聞の記事は深刻です。

http://www.kochinews.co.jp/article/13694

 家屋の倒壊から命を長らえ、必死の思いでもよりの津波避難ビルに駆け上がり、浸水と津波から免れても、浸水エリアに居住する15万人とも言われる高知市民のうち現在の「机上の計算」でも、9・5万人の市民がドライエリアの避難所へ移動できません。

 常に行政の災害見込は「少な目」に試算したがるので、本当はもっと深刻ではないかと思います。

 二葉町有志が継続している仁淀川町との相互交流や、今治市防災士会との交流など、なかなかすぐには動いてくれない行政に代わって、地域同士の連携がますます必要ではないかと思います。

 熊本地震から内陸型の直下地震の可能性もあります。地域同士の「相互支援協定」は必要です。
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 (昭和南海地震(1946年)では、下知地区と潮江地区は長期間浸水が続きました。「実績」がありますから。

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2016.05.26

熊本地震への支援活動の報告


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 2016年5月24日下知地区減災連絡会の役員会の冒頭に、高知市役所地域防災推進課山中晶一係長の「平成28年熊本地震に係る支援活動の報告(概括)」を聴講いたしました。山中さんは熊本地震発生後の4月24日に主に益城町を中心に南阿蘇村、熊本市など支援活動をされていました。
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 山中晶一さんの講演は、これから南海トラフ巨大地震に遭遇せざるを得ない高知市下知(しもじ)地区住民各位には貴重な教訓は多く含まれていました。印象に残った言葉を記述します。

「初動で失敗すると挽回は困難」

「熊本地震は断層の上の直下型地震。震源域を外れますと被害は軽微か全くなかった。私たちが遠隔地から災害支援に来ているのに隣町では夜間照明でサッカーをやっていました。気持ちの上では釈然としません。」」

「支援する側と受援側(支援を受ける側)との連携が当初はなく、支援側が善意であるが押し付ける対応が多かった。」

「避難所運営も遠距離支援の自治体職員が仕切り、熊本県職員が外で駐車場整理をしている有様でした。」

「災害対策マニュアルは県にも被害市町村にもありましたが、活用されたようにはありませんでした。」

「避難所の支援に防災業者も売り込みに来ます。即座に購入するのかしないのかを判断しないといけないのです。それは当該地の市町村職員でないとできません。」

「家族や親せき筋が地震で亡くなっていたりすれば、住民自身による避難所委運営は極めて困難です。やはり事前の準備が必要です。」

「炊き出しボランティも来ます。生野菜を食べさせてあげたいうと言う申し入れもありました。避難所の衛生環境で判断しないといけないです。また宗教の勧誘などもありました。」

「最初ある小学校では早い者勝ちで教室を2家族で占有することなどがありました。パーテーションを導入し、1家族2㎡居住スペーズで体育館へ誘導しました。」

「ある小学校では教職員が避難所の運営・管理を行い大変そうでした。熊本県が5月9日から学校を再開する方針を出しました。避難施設の運営を避難者自身がやるように支援を行いました。」

「子供たちは楽で面白い仕事(食材の配布など)はしますが、トイレ掃除などはしませんでした。トイレも震災後4日目に仮設トイレが届き、毎日排泄物の回収をしてくれたので避難所のトイレは清潔さを保ちました。」

「連絡事項は避難所にQRコードで情報を貼り付けています。日々刻々と変化する情報がすぐに入手できます。こうしたデジタル機器も市民側も努力して使いこなすことも必要です。」

「避難所から短期間に出ていく人は生活力のある人。出て行かない(いけない人)は生活力の弱い人いです。いつまでも生活力の弱い人たちが避難所には残りますね。」

 山中晶一さんは熊本地震の支援の傍ら高知ではどうあるべきかを常に考えていたようです。

「やはり住宅の耐震化の促進ですね。更なる啓発と補助制度の検証が必要です。」

「物資の供給体制の確立が必要。必要なものが適切に即座に届ける体制が必要です。それには民間との協定内容に基づく運用方法の確立が必要です。

「テント村については功罪相半ばです。車中泊対策では一定の効果があります。テント村を設置する場合は事前の準備が必要です。テントには空調設備はないので、入居者の自己責任が問われます。」

「避難所運営については南海トラフ地震発生時は、市職員のみでの運営では不可能です。地域住民との協働が不可欠です。初動で失敗すると立て直しは困難です。運営体制やトイレ問題、レイアウトなどです。」

「結局は地域住民の意識啓発を行い、避難所運営のリーダーとなる住民の育成、避難所運営マニュアルを地域主体で作成し、初動対応の訓練も行うことが必要です。」

「現場での臨機応変な対応も必要です。物資の配布やボランティアに対する対応も事前に予見し対策を考える必要性がある。」

いただいた資料も画像にしました。多くの教訓が含まれています。
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 僅か30分の報告でしたが実に内容が濃い。また別の機会に講演を実施していただき、下知地域の地域住民との意見交換を行いたいと思いました。

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2016.05.25

健康診断の結果が送付されてきました。

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 2016年5月10日に受診した「総合けんぽ生活習慣病予防検診」の結果報告書が送付されてきました。

 まず悪い所は、「体重が1キロ増えている。」「BMIが0.4増えている」「ウエストが0.5cm増えている」こと。冬の間は無頓着に牛乳に森永ココアを入れて温めて、間食にミレービスケットをばりばり食べていたのでその分脇腹に「贅肉」が付着しました。

 視力も悪化してますね。眼鏡が合わなくなってきてますね。「便潜血反応」も出ました。こちらは1週間後の5月17日に横田胃腸科内科で大腸内視鏡検査をしました。全く異常はありませんでした。

 前回より改善されたところは、「総コレステロールが22改善された。」「LDLコレステロールが12改善された。」「血糖値が3改善された。」「尿酸値が0.3改善された。」「血圧も7下がった。」。

 「メタ判定は非該当」でした。今回調査した前立腺も「異常なし」でした。5勝4敗で勝ち越しているので、まあよしとしましょう。

 課題は「間食を少なくする」ことと、「運動量を増やす」ことでしょう。貧乏人ですので、自宅での晩酌は原則辞めました。酒の買い置きも廃止しました。菓子類も午後9時以降は食べないようにしないといけないですね。

 これから夏になりエネルギー消費も増えて来ます。ダイエットのチャンスですので、来年に向けて頑張ります。薄着で恥ずかしくない、Tシャツ姿で恥ずかしくない体型を目指します。脇腹の贅肉の削減を目指します。
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2016.05.24

しろくま皮膚科へ行きました。

 母(90歳)が週3回通所しているディサービル(ふれあいの郷・ゆい)のスタッフさんから「お母さんの足の巻き爪が酷いのでお医者さんに連れて行ってください。と言われました。
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 そこで以前知寄町にあった永野皮膚泌尿器科が、能茶山へ移転されたことを思いだし、母を連れて行きました。しろくま皮膚科と名称が変更され、医院の建物も新築されていて綺麗でした。

 受付事務の人も母の事を覚えていただいていました。もう移転されて3年位になるそうです。受付事務スタッフや看護師さんも、全員が女性。医師も永野弓枝さんで女性医師です。美容皮膚科もされていて、患者も女性が多いようです。
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 先生もスタッフも旧永野皮膚科時代の人達なので、安心感がありました。
「爪は水虫から盛り上がっています.風呂上がりなどでこまめに水虫の薬を塗ってください。タコの部位は、ワセリン上の薬を塗布すると柔らかくなります。足の裏がかさついたときに塗る薬も出します。」とのこと。
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 盛り上がっていた左足の親指は半分ぐらいは除去しました。水虫を薬を塗布すると爪も柔らかくなりますので、除去しやすいようです。右足の親指は巻き爪です。こちらは水虫の薬で柔らかくして、やすりなどで除去しますが、取れない場合は巻き爪専門医をご紹介します。」とのことでした。
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 塗り薬は週に3回通所しているディサービスへの分もお願いし、入浴後などに塗布していただきます。自宅でも塗ります。

 なんとか回復のめどがたちました。やれやれです。

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「ART×GENSAI」が読売新聞記事に


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 2016年5月18日に藁工ミュージアムで開催されました「第1回 ART×GENSAI」の様子を当日取材に来られていました読売新聞高知支局記者の畑本明義さんが記事にされていました。

 見出しにあるように「アートで防災 若者照準」「組織が高齢化 参加者増やす」「避難路で劇 道路表示・・提案」という項目が話されました。

 地域コミュニティの核である町内会や自主防災会へも参加しない現役世代、子育て世代が下知地域でもとても多い。地域の小学校では熱心に「防災教育」に取り組んでいますが、保護者世代がまだまだ地域で積極的に活動しているのかと言えば、そうはなっていないのが現実です。

 確かに「アート」は「世代の壁」を超えることが出来るのかもしれません。

 私個人の願いは「下知では減災が文化とたしなみである。」ようにしたいのです。子供たちも現役世代も、中高年も高齢者も、ハンディを持たれている人たちも、外国人も下知地域の「文化」を理解し、日々の生活で実践していただきたい。切にそう思います。

 声掛けいただきました藁工ミュージアムの松本志帆子さんには感謝です。

私のブログ記事です。 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-45a3.html

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2016.05.23

父は健康を維持しています。


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 来月の誕生日(24日)が来れば97歳になる父(96歳)です。今朝も植田医院へ診察と点滴に行きました。

 「クレアチリンは2.3以内に抑制されています。健康ですね。うちの患者さんからも熱中症の人が出ました。脱水症状が慢性腎不全には一番行けないので、水分補給をこまめにしてください。」と植田一穂先生に言われました。

 冬の感染症のリスクを超えますと今度は、脱水症状のリスクですね。なかなか超高齢者のリスク低減は難しいです。

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2016.05.22

最高の海の散帆

 いつもより早めに自宅を出ました。9時過ぎには海へ出ました。風は弱いですがいい天気なので気持ちがいいです。晴れていないと海は駄目です。

 とは言え深夜後半からですが、U-23のツーロン大会を観戦していました。1-2の情けない惨敗に腹が立ち、結果出掛ける時にデジカメを忘れました。画像はガラケー・携帯で撮りました。・
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 赤岡付近まで海の散帆が出来ました。暑いので保冷箱も持って行きました。脱水症状予防です。高知大学ヨット部とジュニア・ヨットクラブと社会人などで15艇出ていました。最高の散帆ができました。
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 いい天気なので午前中で海の散帆を終えるのは後ろ髪魅かれますが、「憲法に緊急事態条項は必要か。災害対策を憲法改悪のだしに使うな 講師・永井幸寿弁護士」を聴講に行く予定です。
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 地域防災を普段やっていますので捨て置けないテーマですから。今から出掛けます。

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日本パラグアイに1-2で敗戦

 トゥーロン国際大会のリーグ戦の初戦。日本はパラグアイと対戦1-2で敗れました。早寝して見るつもりが、寝過ごし気が付いたら後半になっていて0-1でリードされていました。
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 左サードにいた浅野にスルーパスが出て抜け出して相手DFをぶっちぎりシュートが決まり同点になりました。しかしその後も押し込まれ、ゴール前のFKを直接決められ結局1-2で負けました。
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 積極性が少なく、監督が言うように「後ろ向きのプレーばかりしていて。やられてばかり」のふがいない試合でした。U-23のアジア予選以来練習試合でも負けなしの日本でしたが、手痛い敗戦を糧にして立ち直ってほしい。
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 途中出場のオナイウ阿道が前線の起点になっていました。いいところはそれだけ。U-17やU-20の世界大会へ出ていない国際経験のなさが露呈しました。でもリオ五輪前の良い経験委はなりますから。

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長者だんだん通信5月号が発行されました

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 仁淀川町役場地域おこし協力隊の小原紀子さんより、「長者だんだんつうしん5月号」が送付されたきました。通算で7号になるようです。

 5月号には手作りの木製の水車の記事。高知大生と一緒に鯉のぼりを揚げた記事や、棚田の石垣修理や橋掛け作業の記事も掲載されています。

 今年は高知市下知地域二葉町関係の田植え体験は、だんだんくらぶ(西森勇幸・会長)さんのお世話で、5月29日(日曜日)に行われることになりました。
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 また今年も11月3日の高知市下知地域、ちより街テラスを会場に開催されます「昭和秋の感謝祭」にだんだんクラブの皆さんもご参加されます。
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2016.05.21

父はゴルフ・リハビリしました。

 早朝6時からの五台山にある市民農園「下知愛のふるさと農園」での作業補助が終わると一息入れて、父(96歳)のゴルフ・リハビリの付添に行きました。往路のラビータの温度計は9時で22度でした。
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 いつものように入念に自己流の体操をして、球を1発1発打っています。
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その間は私は読書タイム。図書館で借りた「さらば吉田茂」(片岡鉄哉・著・文藝春秋)を呼んでいます。今日返却日なので、半分ぐらいしか読めませんでした。読書感想文は書けませんね。
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 1カード分の125発を打ち終えました、まだ暑くないのでいいですね。水分補給は保冷箱を用意し、経口補水液(OS-1)をがぶ飲みしてもらうようにしています。
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 復路のラビータの温度表示は25度でした。夏日の高知市ですね。

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藁工ミュージアムでの講演会へ行きました。


 
 先週金曜日(5月13日)も藁工ミュージアムの講演会へ行きました.伊地知裕子さんの「コミュニティ・アート」の話は地域でのまちづくりに大変参考になりました

 2016年5月18日の講演会は「ART=アート」と「GENSAI=減災」です。講師は大槻知史さん(高知大学地域協働学部准教授)です。Federica Ionta(フェデリカ・イオンタ)さん(イタリア・サッサリ大学 建築デザイン・計画学科 3年生)です。ファシリテーターは藤岡武洋さん(シアターTACOGURA代表、NPO蛸蔵理事)です。
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 先週のコミュニティ・アートは大変興味がありました。またそれとは別に「下知の防災・減災意識を高めるために藁工ミュージアムに集うアートな人たちと連携できないものかと、意見交換も先週行いました。そういう「前置き」があって今日の講演会と意見交換会に参加しました。20人ぐらい集まっていました。

 最初に大槻知史さんの講演がありました。
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「まず参加された皆さんに床に座っていただきました。まさにこれが災害が起きた時の避難所と同じですね。防災畳(プラすチックとウレタンを貼り合わせた人工畳)と段ボールの上に座って話を聞いてください。」という「つかみ」から大槻先生の話は始まりました。以下大槻知史さんのお話の断片を記述します。

「災害は社会の抜き打ちテストです。」

「災害は社会のひずみをあからさまにします。」

「可視化されないことが可視化されました。神戸でも東北でも、熊本でも。」

「避難所から追われた障害者の人達が多くおられました。」

 発達障害などの精神障害の人達は、避難所生活になじめず、余震が続く中で被害のあった自宅へ戻るしかなかった。ということです。
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「野外で暮らした施設の入所者。建物が倒壊の危険があり、野外生活を強いられました。」
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「猫が避難所へ入れないため車中泊の人も多い。車を持っていない1人暮らしの高齢者の人達は、結局自宅へ戻られました。」

「避難所でおむすびが配られました。イスラム教徒の人達がいましたが、おむすびの具について聞くことができなかったそうです。(イスラム教では調味料でも豚を使用してはいけないと言う戒律がありますから。)

 大槻さんは熊本地震も支援に行かれたそうです。

「最初は混乱していた避難所も地震後2週間ぐらいしますと避難所運営の体制が出来ていました。強い人は避難所を出て行きますが、弱い人が避難所に残されますね。」

「排除・隔離・無視・我慢の強制をついついやってしまいがち。」

「大切なことは想像力を働かせること。人々それぞれの多様性を認め合うことです。」
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「高知県民が100人としますと。うち25人は65歳以上の高齢者です。9人は1人暮らしです。うち5人は介護を受けています。53人は女性です。12人は14歳以下の子供です。

 6人は障害者手帳を持っています。3人は食物アレルギーを持っています。」

 皆それぞれに立場があり、境遇もちかいます。
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「多様性であることを理解することはとても大事なことです。」

 続いてフェデリカ・イオンタさんの講演になりました。こちらも言葉の断片を拾い集めで来ました。
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「外国人の私からしますと津波避難ビルの位置が皆目わかりません。わかる標識もなにもありません。

「高齢者は手助けが必要です。外国人は「言葉の壁」があり、うまくコミュニケーションがとれません。」
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「1.芸術は私の気持ちを落ち着かせてくれます。

 2.言葉がいりません。

 3。芸術は人の手と心が繋がります。」

「劇場でのパフォーマンスは一時的な者。

 道路のグラフィックは永久的なものとなります。」


「ブラジルの都市部のスラム街。住民に地域を誇るために、多数の住民も参加し家屋をペイントしました。
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 フェデリカ・イオンタさんはまだ若いのに堂々とした説明でした。フェデリカ・イオンタさんがお話されることを。大槻知史さんが通訳をしていただきました。
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 話を聞いていて、先週聴講した「コミュニティ・アートの概念」に抵触するところがありますね。
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 参加者から意見が出されました。

「どこへ逃げたらいいかと万人が理解できる仕掛けは必要です。例えば皆が歌を歌う。声がする方に逃げればよい。という判断が出来ればいいですね。」

「私は明るい絵を描きたいです。明るい絵で人々に希望を与えたい。」

 私の方からはこう申し上げました。

「今下知地域では下知地区減災連絡会が地区防災計画を検討しています。下知地区では「事前復興計画になりました。そして「下知が幸せになる物語をこしらえる」ことが目標です。

 地域防災活動をし、避難訓練や講演会を開催しましても参加するのは年配者が中心です。若い現役世代の人達は参加しない。うまく情報が伝達されていません。

 そのあたりアートの力で、異なる世代間のコミュニケーションが出来たらいいなと思っています。」と言いました。

 防災講演と意見交換会でしたが、アートの場所で開催しますと、雰囲気も異なっている者であると感心しました。是非ともアートの人達も7月から始まる下知地区防災計画=事前復興計画のワークショップなどへ参加していただきたいと切に思います。

 今回の企画を実現いただきました藁工ミュージアムと蛸蔵の皆様に感謝です。

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2016.05.20

父も母も元気な1日でした。


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 週末の金曜日はせわしい。午前中は父(96歳)の付添で植田医院へ行きました。診察は特に異常はないとのこと。暑くもなく、寒くもない今の時期は超高齢者でも1番リスクが小さいです。
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 昼食後今度は母(90歳)の付添ではりまや橋商店街へ行きました。今日は晴天なので歩行補助車を積んで行きました。
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 魚の棚商店街のコロッケ屋さんで夕飯用に購入しました。
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 はりまや橋露店市では、光の村のせんべいと、10円饅頭を買いました。
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 谷ひろ子さんのお店では焼き菓子を買いました。
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 活き活き100歳体操の準備をする前に母と冷やしぜんざいを一緒に食べました。
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 今日の活き活き100歳体操は季節が良くなったこともあり20人の参加者がありました。皆元気です。
 配達や営業の途中なのか横田政道さんが立ち寄られました。
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ゴーヤと紫陽花の季節も近い


 梅雨が近づき、むしむし・じめじめの季節になると、ゴーヤさんや紫陽花が元気になりますね。

 遅くなり芽が出たゴーヤさん。

 今年はなんかばたばたでプタンターの準備が遅れました。それで日当たりのよい隣地の空地へ置させていただいています。
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 ご近所に紫陽花を育てている人がおられます。墨田花火紫陽花と言うらしいです。
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 5月29日は仁淀川町長者での田植え体験。6月12日は防火訓練。それまで梅雨入りは待ってほしい。

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下知コミュニティ・センター運営委員会の総会と懇親会がありました。

 2016年5月19日は、下知コミュニティ・センターの総会と懇親会がありました。高知プリンスホテルにて総会と懇親会が開催されました。
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 総会ですが、。まず運営委員会会長の坂本茂雄さんより挨拶がありました。
「2013年目に開館した下知コミュニティ.センター。順調に来館者や図書館利用者、会議室利用者数は増加で推移しています。地域の核施設として今後も頑張りたいと思います。」と言われました。
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 総会の議題は5つありました。前年度の平成27年度の事業報告と決算報告と監査報告。平成28年度の事業計画と事業予算案もすべて総会にて承認されました。そして下知コミュニティセンター運営委員会役員の紹介と、職員の紹介が行われました。案件はすべて承認され総会は終了いたしました。
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 引き続いて懇親会になりました。懇親会の司会進行を言われましたので、珍しくスーツ姿です。2016年度6回目です。加盟32団体の関係者が親しく懇親されています。
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 中締めを福谷下知町内会連合会会長が行い、最後に荒木三芳二葉町内会副会長が町内会行い無事に散会しました。

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沖縄の人でも眼鏡かけてますよ

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最近時折見かける新聞の広告。「沖縄の人は眼鏡をかけていない」「特別な食材を食べているからだ。」とか。何かの栄養補助食品の宣伝なのだろう。

 うちの家内は沖縄出身。家内も近視で眼鏡をかけています。家内の弟も眼鏡を子供の時からかけていました。沖縄の人が眼がいいと言うのは「神話」ではないかと思います。

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2016.05.19

ブーベンビリアの季節です。

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 家のブーゲンビリアが元気になりました。冬の間は事務所の中にしまいこんでいました。母(90歳)も「きれいだねと」喜んでいます。

 沖縄では巨木になります。植えた時は小鉢の苗木だったそうですが、2階に達する巨木に。娘が沖縄での学生時代に義母の家に下宿していた時の写真が出て来ました。確かにでかい。
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2016.05.18

大腸内・内視鏡検査をしました。

 2016年5月17日は横田胃腸科内科での大腸内・内視鏡検査。午後1時半からなので、午前中は看護士さんから先週診察時に説明を受けた下剤を朝8時過ぎから自宅で飲み続けました。
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 アルミ溶着の袋のなかに分厚い透明の袋にはいった下剤。袋の中に水を2L入れなかに入っている粉末を溶かします。説明書もありました。子供の頃粉末ジュースがありました。ジュースの素(もと)とか言って冷えた水でも溶けてジュースになりました。
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 なんとも言えない味でしたが、15分おきにコップ1回分(180CC)を8回飲み続け、ようやく検査が出来る状態になりました。ネットで見ると「車の運転はしないほうがいい」との説明もありました。息子に積んで行ってもらいために念のため両親がしている紙おむつを履いていきました。

 1時半から検査。検査衣服に着替え、すむとすぐに検査です。内視鏡がすぐに直腸から大腸へ入ります。私の腸の内部がテレビ画面に写っています。腸の曲がり角ですと言われ、小腸の入り口のところまで見せていただきました。

 戻りは写真撮影しながらゆっくりと帰りました。麻酔なしで痛くはないです。

「大腸をすべて見ましたが綺麗なものです。毛細血管もはっきりと見え健康そのものです。ポリープも1個もありません。大腸がんの心配はありません。ポリープから癌になりますが、ないので大丈夫です。それにしても腸が長いですね。」と言われました。
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横田哲夫先生は、以前大腸内・内視鏡検査の研修で英国にも留学されていたようです。
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 不安から解消されやれやれです。

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2016.05.17

父の健康状態は良好です


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 月曜日(5月16日)の朝1番は、植田医院へ父(96歳)の付添と点滴に行きます。先週13日の血液検査の結果を植田一穂先生は教えてくれました。

「クレアチリン値も改善され2.16になりました。(1.0以下が正常)。小康状態を保っています。尿素窒素もカリウムも正常値に近い数値に改善されました。
 ヘモグロビン値もp10.0で貧血状態(腎性貧血)を脱していますね。」と言われました。

 冬の間のリスクである感染症(風邪やインフルエンザ)などのリスクはなくなりましたが、暑くなると今度は脱水症状が心配になります。やかましく水分補給を促さないといけない時期になりましたね。

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2016.05.15

あわただしい1週間でした。

5月9日(月)から5月14日(土)の週は課外活動がなんだかせわしい1週間でした。
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 9日は日本記者クラブの皆さんとの意見交換会。10日は藁工ミュージアム関係者との意見交換会。11日は自宅にいてU-23のサッカーTV観戦。12日はフォルカー・フィンケ氏(ドイツのサッカー指導者)の講演会。13日は藁工ミュージアムで「コミュニティ・アートについて」(伊地知裕子氏)の講演会。14日は香南市夜須で「龍馬カップ」のヨットレースと懇親会でした。
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 5日にわたり意見交換会や講演会へ行きましたが、それぞれ分野の異なる人たちとの交流であり、刺激を受けました。狭い地域での活動しかしない私には刺激のある週でありました。

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両親は元気です。

 今日は義母の命日です。やさしい人でした。もう亡くなられて19年になります。うちの超高齢者の両親は元気です。

父のリハビリ・ゴルフ

 今日は香南市夜須でのヨットレース「龍馬カップ」の2日目。私はエントリーせず、朝は父(96歳)のリハビリ・ゴルフに付添しました。
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 晴天からどん曇りになりました。朝の気候は爽やかで暑くはなりません。入念に自己流の体操をして、経口補水液で水分補給をして、ゆっくりと125発の球を打ちました。
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 96歳で運動が出来ることはいいことですね。
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母とお菓子屋さんまで散歩

 父と戻りますと、今度は母が着替えて下へ降りて来ています。退屈そうにしているので、手を繋いで近所の和菓子屋さんまで行きました。途中腰が痛いといいますが、痛くても歩いていないと足が萎え、本当に歩けなくなります。
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 お菓子屋さんでは茶菓子をいただきました。母の好きなどら焼きや饅頭を買いました。歩いて戻りました。
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 自宅前にはブーゲンビリヤが綺麗です。
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沖縄返還の日と義母の命日

 昨日のヨットレースから一晩明けますと、全身が筋肉痛。階段生活の自宅では昇降時に痛くてたまらない。情けないことです。

 父(96歳)のゴルフリハビリへは付き添わないといけない。それは行かないといけないです。
 5月15日は、沖縄返還の日と義母の命日です。1972年に沖縄の施政権が返還され44年となりました。義母は1997年に亡くなられたのでもう19年になります。
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 日本の米軍基地の74%が狭い沖縄県に集中、そのうえに安倍内閣は強引に辺野古に米軍基地をこしらえようとしています。
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 義母は「沖縄には基地があるからいつ攻撃されるかもしれない。怖いことです。」と言われていました。軍事基地は安全をもたらさないことを体験的に知っているからでしょう。

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2016.05.14

なんとか完走出来ました。料理は最高でした


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 2016年5月14日(土曜日)は、第8回香南市長杯龍馬カップというヨットレースでした。県内外から50数人が参集、40数艇のヨットが海へ出ました。
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 午前11時に開会式が行われ、野中香南市副市長が歓迎の挨拶をされました。各自昼食をとり(わたしはあらかじめ訪のおむすびとたまご焼きを購入していました。)12時半過ぎに全艇が出艇し、レースを行いました。
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 絶好の晴天で波もない。しかし風は弱いです。風が弱いと技量の差が出ます。とにかく今回は「時間内完走」が目的ですので、上手な人の周りにいて動作を真似ていました。
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 3レースしましたが、いずれも完走できました。順位は私の後ろには数艇いましたが、中学生でセール面積も小さいので、多分私が最下位でしょう。完走できたので最高です。
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 風が弱かったんで腹筋・背筋は痛くはありませんが、足腰が痛い。艇を逆ヒールさせたりさせたりしていたからでしょう。明日はエントリーしません。父(96歳)のリハビリ・ゴルフの付添ですので。


素晴らしいウエルカム・パーティ

 5月14日の1日目のレース終了後、午後5時半から艇庫の中で、「ウエルカム・パーティ」が開催されました。私は明日出場しないので艇を片付け、水洗いし、体も洗いぎりぎりで駆けつけました。
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 お料理は地元香南市のトマトや小夏、しいらに長太郎貝、にら焼きばや、いたどり痛め、鰹のたたき、親子丼、フルーツ盛り合わせ、パンケーキ、フルーツポンチなどでした。
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 調理担当の地元の安芸智子さんと坂井るみさん、ジュニア・ヨットクラブの保護者会の皆様の料理が素晴らしかったです。ついつい食べ過ぎてしまいました。

 御釜で炊いたご飯は絶品でした。海の上でいたので良く食べました。皆さんに感謝です。

 全国のレースへ良くいかれている人に聞きますと、地元と選手が一緒に懇親し、地元料理がふりまわれる事例は殆どないようです。立派なもてなしであると思いました。
 
  関係者の皆様ありがとうございました。ご馳走になりました。
  
  音楽はピアノとフルートの演奏でした。いい演奏でした。
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炊き出し用流し台給排水ホースの点検

 2016年5月12日、下知コミュニティ・センター屋上部、4階貯水タンク部、1階排水溝を利用して、流し台へ給水ホースと。排水ホースの接続確認作業を行いました。
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 立ち合い確認者は、下知コミュニティセンターの下坂センター長。施設管理者側からは地域コミュニティ推進課の吉村氏。ツバメガスの小吉課長と岡村氏。防災部会長の西村でした。

 まず屋上部にブロック6枚を敷いて流し台の設置。排水ホース(5M)を接続しました。確認のために1階に西村が降りました。
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 排水の確認ですが、ホースが短く(2M程度不足)していましたので、西村が手で押さえ排水講へ放水させました。

 また給水ですが、4階の貯水タンク下部の蛇口にホースを繋ぎ、屋上まで問題なく給水できました。水圧は大丈夫でした。
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 給水ホース、排水用ホースも5M程度継いで使用すれば「問題ない」ことが確認できました。流し台と、ホースは4階の防災倉庫に収納できました。

 LPガス災害用ユニットも丁度ツバメガスさんがおられましたので、使用方法のレクチャーを下坂センター長と、吉村氏にしました。引継ぎも大事ですから。

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2016.05.13

初夏のはりまや橋サロン

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初夏を思わす高知市のお天気でした。日中は体が暑さに慣れていないので、夏日(25度程度)でも暑く感じてしまいます。

 お天気でしたので、母(90歳)を連れてはりまや橋商店街へ来ました。歩行補助車を押しながら買い物をしました。
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 まずはいつものコロッケ屋さんで夕飯用に調達しました。つぎにおやつとして「10円饅頭」を買いました。そして谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。
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 暑かったので、母と冷やし善哉を一緒に食べました。
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 今日の活き活き100歳体操(介護予防体操)は15人の参加者がありました。程よい風が吹いていましたので、テントの下は暑くは感じなかったことでしょう。

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二葉町町内会・資源・不燃物ステーション

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 2016年5月13日(金)は、高知市二葉町町内会の「資源・不燃物ステーション」の日です。荒木三芳副会長の指揮の下で、各班の当番が「仕分け」の指導をしています。毎月第2金曜日の午前6時から8時まで、下知コミュニティ・センター前道路で行われます。
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 今日はうちの資源・不燃物は少なめです。

 「高知方式」と言われる細かい仕分けの方式。瓶類は透明・青黒・茶に分けられ、段ボールも雑紙(印刷段ボール)と段ボールに仕分けされます。
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 月に1度の町民各位のコミュ二ケーションの場にもなってています。とても大事な町内会活動ではないかと思いますね。
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また今日は生ごみ類の収集日。町内各所の収集ステーションには早くも多くのごみ類が袋に入れられ置かれています。海に近い海抜0メートルの二葉町。住民同士の絆の再構築が求められますね。
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なんとか時間内にゴールすることが目標

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2016年5月14日・15日に香南市夜須沖で、第8回香南市長杯龍馬カップというヨットレースが開催されます。一応私もエントリーしました。14日のみの参加。[翌日は父のリハビリがありますので。)最下位は確定ですが、参加することに意義があります。完走が目的。

 写真にあるように地元食材を使用した郷土料理がふんだんに出て来ます。地元のご婦人やジュニア・ヨットクラブの保護者の皆さんがこしらえてくれます。
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 全国各地レースに出場されている人に聞きますと、これほど地元が一体になって歓迎していただける地域は殆どないように聞きました。レース当日は2日ともお天気も良く良いレースになりそうです。なんとか制限時間内にゴールしたいものです。

 2年前は娘の絵が大会ポスターになっておりました。写真の懇親会は昨年の様子です。
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2016.05.12

フォルカー・フィンケ氏の講演会を傾聴


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 2016年5月12日は、土佐経済同友会主催の講演会「ドイツ・ブンデスリーガーから学ぶ組織マネジメント 講師フォルカー・フィンケ氏」が、午後18時から高知市ラビ―タホールでありました。

 フォルカー・フィンケ氏は高知大学の招待で高知県へ週初めから高知県へ来られており、四万十町でも講演し、現地のサッカー少年たちとも交流されておられました。4月30日の土佐経済同友会(吉澤文治・代表幹事)主催のオープン・セミナーに参加したおりに、宮地貴嗣さんより直接今日の講演会のチラシをいただいていました。

 14日(土曜日)も夕方県民文化ホールでフォルカー・フィンケ氏をまじえてシンポがありますが、こちらは私は夜須でのヨットレースがあり、懇親会の時間帯ですので出席できません。

 わたしより1回り以上若い経済人が100人ほど参加されていました。完全アウエー状態でしたが、サッカーのお話ですので真摯に聴講しました。フォルカー・フィンケ氏の講話を高知大学サッカー部の監督の川田尚弘氏が通訳されていました。
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 フォルカー・フィンケ氏は小都市フライブルグのチームの監督を長年務められ、その時の教訓や、日本のJリーグ浦和レッズ監督も歴任されています。2014年W杯ではカメルーンの代表監督もされていました。ぞの実績からオファーは世界中から来るようですが、今は充電中の様子でした。

「サッカーを通じて大人も子供も男性も女性も夢中になれます。組織的なスポーツであり、会社の経営にも通じるところがたくさんあります。」

 ブンデス・リーグは、2006年のドイツでのW杯の後スタジアムがゲンダイ化し、収容人数が増加しました。また各クラブが努力したため、観客動員数も右肩上がりで大盛況です。」

「クラブの経営ですが、入場料収入は20%です。大きいのは広告収入が25%。メディア広告収入・放映権料などが28%です。グッズの収入が7%、選手の移籍金が8.8%。残りの12%は寄付などです。」
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「広告とメディアの関係がいかに重要か。TVを通じで見える試合場の看板や選手のユニフォームについているロゴマークなどで企業はお金を多額に出してくれます。日本の企業スズキなども良いスポンサーでした。」
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「小さいクラブは、選手を自前で育成し、スポンサーや広告収入で経営を安定させ、選手を育てビッククラブに移籍させて、移籍金を貰い経営の支えにすることも大事です。20万人のサッカー不毛の地であったフライブルクは、今ではホームの試合ですと2万人がスタジアムに駆けつけます。まちにはなくてはならない存在にフットボールクラブは成長したのです。」

 やはりドイツ人だけあって「体育馬鹿」ではないですね。「哲学」的な話もされていましたね。

「昔は階級社会のサッカーでした。前線のFWは守備をしない。DFの王様がいてチームを統率。その後ろにリベロがいると言うように。今は前線のFWもプレスをかけてボールを奪うプレスサッカースタイルです。

 選手間に階級や年代差はなくなりました。個性は出すが組織プレーになりました。展開が早くなり,得点数も増加、わくわくする試合が増え観客増になる好循環が続いています。」

「原口元気選手もドイツへ行って逞しくなりました。フレンドリーなチームですが、選手皆が切磋琢磨し向上心が強い。体もでかくなった。自分でテーマを決めて練習できる選手に成長しています。」とのことでした。
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「一流選手とそうでない選手の違いは。一回や2回は皆失敗する。3回目、4回目は工夫をして失敗し無くなるのが一流選手。そうでない選手は3回目も4回目も失敗し続けます。」

「自分を適切にグループの中で自己主張する。しないとパスは来ませんから。自分の能力を引き出す努力はしないといけない。」

「仲間と手を取り合い、お互いが認め合い、個性を出しあうこと。サッカーだけに限りません。」ドイツ人らしい哲学的な講演会でした。
 

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閖上復興だより 38号が送られてきました。

 「閖上復興だより もう一度心をひとつに」(編集長・格井直光さん)38号が送付されてきました。
 「閖上の5年」として、名取市閖上地区と、名取市役所前の絵灯篭とキャンドル・ナイトの様子が記事になっていました。

 今年の3月11日には、名取市閖上地区の日和山を訪問、メイプル館を訪問、その後名取市市民会館での追悼式へ参加し、名取市役所前広場で、格井直光さんにもお会いしました。

 震災から5年が経過し、閖上付近の復興工事も急ピッチでされています。閖上小学校も、閖上中学校も移転するため現地では解体工事がされていました。住宅再建は2年後ということです。

 地域のコミュニティをつなぐための「閖上復興だより」の役目はとても大きいと思いました。下知地区でもこうした新聞を発刊したいと思いました。

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2016.05.11

再検査になりました。


 2016年5月10日は、キャンセル待ちで健診したせいか、健康診断にはやたら時間がかかりました。終わったらお昼すぎていました。おおむね健康であるとのことでしたが、唯一便で潜血反応がでたようです。大腸がんや直腸がんの疑いもあるので、両親の主治医でもある横田哲夫先生(横田胃腸科内科)で調べてもらいます。紹介状を書いてもらいました。

 気分は晴れませんが、前向きに考えて行きたいと思います。。両親の主治医の横田哲夫先生ところで検査ができるので、午後夕方から言って説明を聞きまました。
「健康診断で大腸内視鏡検査必要ありの人は25分の1.検査して7割は異常はありません。3割は良性のポリープか癌もあります。
 
 発見できればその場で除去できますから。なければ30分程度、あっても1時間程度で終わります。」とか。
 横田哲夫先生は、大腸内視鏡検査の権威者です。英国へも留学され、開業医を継ぐ前は県立病院で勤務されていました。
 医学部時代は年間120日は海で帆走し、五輪代表候補にもなったとか。両親の主治医でもありますし、忌憚のないご意見を言ってくれるでしょう。
 学生時代の友人に聞きました・
「おれも2回ぐらい検査に引っかかって検査し、うち1度はポリープがあるとかで除去した。年をとるとだれでもできるわな。心配はいらん。」

 家内も以前検査していました。たいしたことはなかったようです。
 来週検査の予定を入れました。当日は朝から下剤を飲み、腸をサラサラにします。考えようによっては腸の宿便も全部掃除するのですから、必ずしも悪いことではないと納得しました。K1


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二葉町の2016年度防災訓練

  6月12日(日曜)消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練を実施します。

                            雨天決行
                            二葉町自主防災会会長 森宏

 なかなか放水訓練の実施は難しい。幸い近隣の青柳公園で実施が可能になりました。昨年度二葉町として消火栓用接続ホースセットを購入したので放水訓練が可能になりました。今後は順次買い足して、町内に配置し定期的に訓練を繰り返します。

 訓練の中で二葉町民の防災意識を啓発し、下知消防分団の指導を受けて、二葉町自衛消防隊をこしらえることを目標にしています。
 
 防火意識が高まれば、防災意識も高まります。訓練を通じて顔なじみになり、大災害が起きても隣近所で助け合う相互扶助を形成して行くことを目標としています。
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 6月12日は消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練を実施します。

(日時) 2016年6月12日(日曜日) 午前8時半集合 午前9時訓練開始。
     雨天決行(警報発令や火災出動がない限り嫉視します。)

(場所) 青柳公園 グランド外の南側一面

(訓練) 消火放水訓練・耐震貯水槽を活用した放水訓練

     消火器を使用した鎮火訓練

 耐震貯水槽から飲料水を汲みだし、防災倉庫のLPガス機器と鍋を使用し簡便     な炊き出し訓練を実施します。(材料は自宅の非常食などを持ち寄ってくださ     い。) 

(お願い)二葉町では、2012年4月2015年1月に大きな火災が発生しました。
     今回の訓練は実際に消火栓にホースを差し込み放水し、消火器で消火します。
     各班2人以上の参加をお願いします。

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2016.05.10

「レヴェナント:蘇えりし者」を観賞しました。

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 2016年4月29日は、大嫌いな禿鷹スーパーのシネコンで、「レヴェナント:蘇えりし者」(レオナルド・ディカプリオ主演・アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)を家内と2人で観賞しました。

 原題:The Revenant)は、2015年のアメリカ合衆国のウエスタン伝記映画作品である。原作は、作家マイケル・パンク(英語版)の小説『蘇った亡霊:ある復讐の物語』(The Revenant: A Novel of Revenge)で、アメリカの西部開拓時代を生きた実在の罠猟師ヒュー・グラスの半生と、彼が体験した過酷なサバイバルの旅を描いている。

 「自然光での撮影、それも特にマジックアワーと呼ばれる1日1時間半程度の黄昏時の撮影にこだわり、撮影セットは東向きの「朝用」と西向きの「夕方用」の2種類が用意された。また、劇中に登場する砦のセットは「全方位どこを写しても自然に見える」ことを目指して制作された。」
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「ロケ期間は9ヶ月に及んだ。撮影は極地で行われ、凍った川に入ったり、実際に生肉を食い、動物の死体の中で眠る等、過酷なものであった。」(解説はwikipediaより)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88:_%E8%98%87%E3%81%88%E3%82%8A%E3%81%97%E8%80%85
 レオナルド・ディカプリオ主演ということもあり若い女性やカップでの観客が多かったですね。しかし苛酷な自然情景と、全編殺し合いと格闘の連続で、「U-15」指定というのもうなづける残虐さではあります。大自然の中での殺し合いですから、それもまた「自然」であるということに納得してしまいました。

 当日は早朝は市民農園予定地での草刈り作業。夜須の海で強風の中での「海水浴」(ヨットは哀れにも沈したので)。3時間の映画鑑賞となかなか充実していました。
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 極寒の大自然の中の映画と言えば、大昔に観賞した「デルス・ウザーラ」(黒沢明監督作品・1975年)がありました。あの映画も極寒の大自然の中での探検の物語でした。少し思い出しました。

 字幕映画で疲れでうとうとするかと思っていましたが、寝ることなく最後まで見ました。家内が「この映画は劇場で見るものだ。」と言っていましたが、TVでCMが挿入される状態で見るものではないですね。
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 感想は、人間は逞しい。生きのびる意志があれば生き延びれると思いました。それに比べなんと私のひ弱なことか。疲れがあると称し。強風でくじけて海水浴をする体たらくですね。大規模災害でも「生きのびる」ノウハウのいくつかはこの映画の中にもありました。しかし実際に実践できるのかといえば、難しそうとは思いました。
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 レオナルド・ディカプリオさんですが、にやけた軟弱者の印象が何故かありましたが、なかなかサバイバルな経験をロケ地の酷寒地でされていて根性があるなと感心しました。

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2016.05.09

父の健康状態は良好です


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 2016年5月9日(月曜)は、世間様で言うところの「大型連休明け」の仕事日のスタートです。雨模様でしたが父(96歳)の通院する植田医院は大混雑でした。

「5月6日の血液検査ですが、消炎反応もなく感染症の疑いはありません。クレアチリン値も2.26で。2.30以下なので良しとしましょう。」と植田一穂先生は言われました。

 父の場合は慢性腎不全であり腎機能は悪いです。しかし尿酸値は6.0、総コレステロール値は112であり、わたしより健康的な数字。血圧も122-58で、血液酸素濃度も97%で良好です。

 午後からは介護予防通所リハビりへ行く予定です。足腰の機能を維持しておれば、超高齢者でも健康を維持できると思うからです。

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食料や水の「総合的な備蓄」をしよう


 貯金なんぞも殆どない「下流老人」予備軍の私です。かりに銀行預金してもゼロ金利どころか、マイナス金利の世の中ではありませんか。災害大国日本で、「下流老人予備軍」の人間が生きのびる知恵を少し考えてみました。

 今までの日本の勤労者は勤勉に汗水働き、せっせと郵便局や銀行に預貯金してきました。その資金を企業は生産活動に投資し、官僚は、財政投融資で公共事業を主導し、国民経済が好循環していました。最近「構造改革だ」「成長戦略だ」という新自由主義的な身勝手資本主義が日本に跋扈し始め、政府は、「大金持と、大企業の優遇策ばかりしている。」ようにも思えますね。国民経済はうまく回っていません。格差社会になりました。

 2016年4月15日に起きた熊本地震。10日になりますが、未だに終焉の兆しは見えません。多くの人達が地震の恐怖から自宅から逃れ、避難所へ来ておられます。水も食料も足らないことを訴えられています。

 熊本は高知と違い大きな都市であり、普段は豊かな都市生活を享受されたおられたと思います。一夜にして自宅が倒壊し、着の身着のままで避難生活がいきなり始まってしまえば混乱するのは当たり前ですね。避難所の中も大変、屋外も大変。車の避難も大変です。
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 隣町の横田政道さんが、市民農園を提案をされ、先週から借用した土地へ行っています。とりあえずは広くはないですが、草ぼうぼう。今日は草刈りをしました。雑草は根っこから抜かないと駄目でしょう。
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  欧州の人達を見習いましょう―総合的な食料備蓄への一歩

 又聞きの話なので正確かどうかわかりません。ロシアでは「ダーチャ」という市民農園があるそうですね。

「経済が著しく混乱していたソ連末期やロシア共和国初期、ハイパーインフレーションや給与支払いが半年、一年も滞り疲弊し切って、日々の食料調達もままならなかったロシア国民にとって、自活(自給自足)という最終手段で食料、現金収入を得る(自力で瓶詰加工など保存食も製造・保管していた)最後の場でもあった。これがロシアの知られざる力となっている。今では郊外の自然保護、自力で無農薬の安全な食料を確保する手段としても重要視されている。」(ウキィぺディアより)

 またドイツのクラインガルテンと呼ばれる市民農園も有名。利用者の数は50万人を超える。大小の差は大きいが、利用者1人当たりの平均面積は100坪(330平方メートル)ほどで、賃借期間は30年。野菜や果樹、草花が育てられ、ラウベ (laube) と呼ばれる小さな小屋が併設されている。」(ウキィぺディアより)

 2つの世界大戦や大不況時代もあり、欧州では政府や自治体が崩壊したこともありました。市民各位の知恵と生存域の確保のために市民農園はあったんではないでしょうか。

 欧州では主食のジャガイモなどは市民農園で栽培し、自宅の地下室などに貯蔵しているとも聞きました。最低限の食料や水は行政などに頼らず自分たちで確保していたのです。ソ連の崩壊した前後市民は食料品店に長い行列をしていましたが、どこか余裕のある表情をしていました。最低限の食料は自分でキープしていて、プラスアルファで食料確保で行列をしていたのです。

 自分たちの資産も自国の通貨で銀行預金するだけでなく、貴金属や金に変え、食料は自給できる市民農園でキープしている。国や自治体に依存しない逞しさを感じます。日本人は自国通貨で預金しています。銀行は国債を買い支えています。しかし政府は国民の「命と財産を守る」という役目を果たしているとは到底思えませんね。つまりあてにしてはいけないということですよ。

 わたしたちもそれだけ欧州の人達のようなスケールではありませんが、食料や水を工業製品として購入して備蓄するだけではなく、借地で畑をつくり、仁淀川町などの山間部と交流し、普段からの備えをよりしないといけないと真底思いました。
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 可能なら空き家も借用しましょう。
 

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2016.05.08

海はもう夏仕様

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プロフィール写真を「夏仕様」に変換しました。海の上で、自撮りした写真です。ウエット・スーツが長かったですが、今日はさすがに着用したくはありませんでした。

 上半身はTシャツ姿。足回りはアンダー・タイツを履き、つなぎ式の合羽(一応HHです。)を着用しています。それで丁度でした。

 私がいつもサングラスをしているのは「てらい」ではありません。白内症の予防のためです。年中海へ出ています。紫外線カットのためです。

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5月8日の夜須の海

今日は両親(父96歳・母90歳)の体調も良く、家内にお任せして5月になって3回目の夜須の海へ来ました。五台山南側から高知空港近くまで南国道路という無料高速道路が開通したので、夜須まで自宅から30分で行けるようになりました。随分楽です。
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 到着後やすらぎ市で昼食の訪のおむすびとたまご焼きを調達。保冷箱に入れました。そしてぎ装しました。ディンギーはぎ装は大変だと言われる人もおられますが、私にとりましては陸のリズムから海のリズムに切り替える貴重な時間。半時間ほどかかりますが、切り替えています。
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 準備が出来て海へ出ました。今日は「フリート・レース」であるとか。毎月第2日曜日にするそうです。来週「龍馬カップ」というヨットレースがあるせいか、20艇のヨットがレースに参加していたようです。
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 わたしはレース志向者ではないので、1人で赤岡沖を目指して海の散帆しました。風は程よく快適に帆走できました。観光地引網のブイを避けて沖合を通過し、赤岡港で折り返しました。
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 フリート・レースをやっていました。ヨットが同じ方向に帆走する風景はいいものです。
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 1度ハーバーへ上がり、お昼を食べました。食事後ヤッシーへ行き、山本宏幸さんといつもの「おっさん2ショット」です。今日は海の散帆をその後もするので玄関口で撮影しました。
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 午後からも出艇しましたが、風が弱く、帆走しにくいので1時間ほどで辞めました。でも前半はとても良い風(年寄り向けのやさしい風)でしたので大満足しています。
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 ディンギー・ヨットはぎ装(ヨットの組み立て)がめんどいと言う人が多くおられます。たしかに、めんどうです。でもロープと金具だけで、風と言う推進力を得られ、海の上ではどの方向へも進むことの出来る大きな「おもちゃ」です。安全点検もするのですから多少はめんどうです。

 ぎ装に30分ぐらいかかり、帆走後ぎ装解除は、備品の水洗作業がありますので1時間近くかかります。真冬時は辛い作業です。原則冬も夏も同じです。
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 私にとりましてヨットのぎ装は、「陸のリズムを海に切り替えるため」の段階です。ぎ装解除作業は、「海のリズムを陸に切りかえる」反省の時間です。とても大事な時間です。
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 何編がものぐさな私ですが、ヨットのぎ装とぎ装解除は丁寧にやります。自宅へ戻りますと水洗したシートロープや救命胴衣などは日陰で乾燥させます。手入れに時間がかかりますが、それもまた楽しい時間です。

今日は母の日

 昨日だか東京の娘が家内に母(90歳)の日プレゼントで、CNBLUEの新発売のCDを送るとか言っておりました。それで思いだし、うちの母にも母の日のプレゼントをしようと思いました。

 とは言えさしたるアイデアはなく、近所の洋菓子屋にて焼き菓子の詰め合わせを購入しプレゼントしました。一緒にお茶しました。父(96歳)も一緒に食べました。
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 ほどなく家内がスーパーから買い物から戻ると「さきほど息子のお土産の一六タルトを食べたばかり。食べ過ぎだ。」と指摘され叱られました。超高齢者でも食欲があるのでいいではありませんか。

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冷徹な損害保険会社

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 車の上乗せ保険の更新の後に、地元保険会社の人が「今後30年以内の地震の発生確率」というチラシをくれました。

 高知市下知地区は「震度5強以上の確率は  76・9%。震度6弱68.8%、震度6強以上は53.1%」とか。大変な高率です。

 交通事故で怪我する確率は24%。それより倍以上の高率ですね。

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2016.05.07

父のリハビリ・ゴルフ

初夏のような高知市ですね。朝は8時半過ぎに自宅を出て父(96歳)のゴルフ・リハビリに付添いました。

 ラビータの温度表示は19度。丁度の温度です。いつものように入念に体操をして、球をゆっくり打ちました。
 調子が良くないと言いつつも125発打ちました。その間は文芸春秋を読書していました。田中角栄がブームのようですね。
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 戻りにラビータの温度表示は23度でした。なんかだか暑くなりそうです。

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土佐経済同友会のパネルディスカッションを傾聴しました。


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 2016年4月30日は、土佐経済同友会(吉澤文治郎代表幹事)主催の長島忠美復興副大臣の講演会「来るべき大震災に備えるために家族の絆づくりと心構え」が第1部であり、第2部は長島忠美さんと、吉澤文治郎代表幹事と尾﨑正直高知県知事のシンポが行われました。コーディネーターは黒笹慈幾氏(高知大学特任教授)でした。

 コーディネーターの人は良く知りませんが、長年大手出版社におられ、長島忠美さんと面識があり、定年後高知へ家族で移住された人。高知大学特任教授にならています。

 http://www.kochi-rc.jp/faculty_member/694/

 知事に続いて、吉澤文治郎代表幹事の土佐経済同友会としての南海地震対策のプレゼンテーションがありました。

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 おおむね第1部で講演された長島忠美氏と同調するような提案でした。

「提言1は、被災関連死を防ぐ運営主体や役割を明からかにした避難所の整備の推進

提言2は、地縁保護を考えた避難所ー仮設住宅ー復興住宅 入居の体制確立です。(震災関連死の防止)」と言われました。
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 地縁。地域コミュニティを重視する災害対策を経済団体がきちんと提言することは大きいです。私たち下知地域の住民は独自に地区防災計画を立案すべく活動しています。それは「事前復興計画」であり、「しあわせになるまちづくり」なのです。希薄になりがちな都市市街地の地域コミュニティの再建・再興が、南海地震対策になるという点では、はからずも土佐経済同友会とは同じ方向を向いています。

 下知地区防災計画について

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat61923511/index.html

 
 尾﨑正直高知県知事も「つくることが目的の防災計画は無意味ですよ。」

 吉澤文治郎代表幹事は「どう魂を防災対策に入れていくのか。どうブラッシュ・アップするのか」

 長島忠美復興副大臣「神戸の大震災は他人事でした。自分たちが罹災し、全村避難するといかに家族の絆、地域の絆が大事であるかが、村民みんなが理解した。避難所の真ん中に新聞紙を敷いて、皆が集まって一緒に食事する風景が見られました。」

 共通する話題は「揺れから守る」「津波からどう逃げる」段階から、避難所で「助かった命。どう命を守る」ことをして、「どう地域を復旧、復興するのかが決まる」ということです。

 長島忠美復興副大臣は、「本当は行けない事なんでしょうが仮設の空き地に野菜を植え、ビランティアで支援に来てくれた人たちにお礼に送ろうと言うことが住民から上がりました。そしたらアスファルト剥いで畑にしてやればと言いました。

 野菜を送ったらまた繋がりが深くなって、その繋がりは12年経過した今も続いています。私も霞が関へ行くときは、山古志の野菜ですと配りました。」

 キーワードは「地域の繋がり」と「人間力」でした。

 話は多岐に及び教訓もいろいろありました。感動し聞き入っていて、メモが疎かになりました。

 今回の土佐経済同友会主催の講演会とパネルディスカッションは内容が濃く、素晴らしいものでした。関係者に感謝申し上げます。

 次回は経済人ですので1歩踏み込んで、食料支給や資材の供給で事前対策と災害時の物資供給につながる流通ポイントの提言などをお願いしたいと存します。

 熊本地震でも全国からどんどんくる支援物資と避難所をとの情報共有がうまくなされていないように思いました。流通業者や商業者、運送業者はいわば「仕分けのプロ」です。そのあたり流通団地を高台にこしらえ、それを仕分けセンターにするとか。いろいろアイデアは出てくると思います。
 


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2016.05.06

雨の中はりまや橋商店街へ母と行きました。横田胃腸科内科も行きました。

 5月最初のはりまや橋サロン。雨にもめげず母(90歳)と一緒に、はりまや橋商店街へ繰り出しました。幸い駐車場へ到着した時は降りやみでした。今日は歩行補助車はありません。母は「腰が痛い」と言いつつも歩きました。
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 まずは魚の棚商店街のコロッケ屋「ひろっちゃん」で夕飯分を購入しました。1万円札を出してお釣りをもらいました。
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 続いて谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。チョコレート・ケーキも購入したようです。今日のはりまや橋商店街金曜露店市の人出ですが、普段の金曜より少なめでした。観光客らしき人達も見かけませんでした。
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母とコーヒーを飲み、谷さんの焼き菓子を食べました。
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 活き活き100歳体操は雨模様でしたが、14人の参加者がありました。椅子を並べたり、道具を揃えたり、体操会場づくりは原則テントの下で主に私1人が来れるときはしています。
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 母も腕に重りをつけて体操を元気にしていました。やはり継続は力ですね。
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横田胃腸科内科へ行きました。

 母の活き活き100歳体操が終わりますと、一度事務所へ戻り、父(96歳)と合流し、潮江新町の横田胃腸科内科へ行きました。
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 両親とも診察を受けました。どこも医学的な所見はないとの横田哲夫先生の診断です。健康であるとのこと。血圧は父(96歳)は121-60、母(90さい)は、120-62で、正常値でした。父は午前9時隙に測定した植田医院でも114-66でしたから、安定しています。
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  両親とも1か月分の薬を近くの調剤薬局でもらいました。今日の両親の病院通いは無事終了です。なんとか連休を健康に乗り切りました。なによりですね。

 

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父は植田医院へ行きました。

 3日の連休後の植田医院。2日は朝から大混雑でしたので、今朝は早めに父(96歳)は来院しました。3番目の順番。(2日は8番目でした。)
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「咳も抜けられたようで回復されましたね。連休も乗り切られて何よりでした。」と植田一穂先生。ゆっくりですが自分の足で歩けて、自分で車へ乗りこんで、シートベルトもすることが出来ます。96歳の超高齢者としてはえいですね。
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 午後からは今度は母(90歳)を連れてはりまや橋商店街へ同行。戻ると父も合流して横田胃腸科内科へ行きます。病院通いで1日が終わりますね。

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長者地区での田植え体験は、29日です


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 二葉町と仁淀川町の住民有志は、東日本大震災直後の2011年6月から相互交流をしています。このたび仁淀川町長者の住民グループ「だんだん倶楽部」さんより田植えのご案内がありました。

「もしもの災害」の場合の「疎開を前提とした」交流事業です。災害時には顔の見える交流がなにより大事であると思います。田植えした稲は長者地区の皆様が大事に育ててくれます。

11月3日のちより街テラスの折、食材販売でだんだん倶楽部の皆さんが来てくれますが、お米を精米して持って来てくれます。(二葉町自主防災会)


(日時) 5月29日(日曜日) 現地集合 午前10時(長者小前駐車場)
               午前9時半に国道33号線沿い引地橋待ち合わせ
               各自・自家用車にて乗合で来てください。

(場所) 仁淀川町長者 集落改善センターだんだんの里前の棚田

(参加費)大人も子供も1000円
    保険料・昼食代(農村食堂だんだんの里の郷土料理のお弁当を含みます)

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2016.05.05

尾﨑正直高知県知事の講演会を聴講しました。

 2016年4月30日に土佐経済同友会(吉澤文治郎代表幹事)主催の講演会と、シンポジウムがありました。「被災者の健康維持対策と震災前対策に関する提言―平時である今からやっておくべき減災対策」というテーマでの講演会とシンポでした。

 第1部は、2004年の中越地震で当時山古志村村長であった長嶋忠美氏(現・復興副大臣・衆議院議員)の講演会でした。第2部は長島忠美さん、高知県知事の尾﨑正直さん、土佐経済同友会代表幹事の吉澤文治郎さんの3人によるパネル・ディスカッションでした。
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 その折、尾﨑正直高知県知事が「第3期高知県南海トラフ地震対策行動計画について」という表題で説明をしました。会場の大画面を利用し、パワーポイントにまとめられた資料で知事は要点を話しました。
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 冒頭にL2想定(東日本大震災規模のM9でのプレート型地震)ですと、
「想定死者数32万2千人。経済被害額220兆円。30都道府県の750市町村が被災。全国民の53%が被災し。製造品出荷額の被害は189兆円で、66%となります。大変な災害になりうるということを頭に入れて置いて下さい。」と説明されました。

「高知県はどうなのか。全県土で震度6弱以上。7の地域もあります。揺れも3分近い。沿岸部は髙い津波はすぐに襲来します。死者数は42000人。全壊。消失建物は153000棟。負傷者数は360000人(うち重症者20000人)。避難者は438000人。」断水人口は575000人(給水人口の82%)、停電軒数は521000軒(停電率99%)です。」と尾﨑正直高知県知事は淡々と説明されます。

 とんでもなく恐ろしい予想データではありませんか。高知県庁もその予想される惨状に手をこまねいているわけではないと尾﨑正直高知県知事は言います。

「県民の防災意識は熊本地震の直後だけに高まり、防災備品が品切れになることもあります。しかし全体としては意識は低い。県としてはおどろろしい南海地震対策の動画を制作しているので、近くに公開し県民の防災意識の向上を図ります。」

「地震対策の1丁目1番地は住宅の耐震化の促進です。従来は1.0にならないと耐震補強の補助金を出しませんでした。90万の補助があっても全体で2000万円かかる。それでは出来ないと言う声を聞きました。

 0・7(すぐには倒れない)補強をすることにも補助金を出すことにしました。筋違い1つ入れるだけで家は倒れにくくなりますから。」

「また県は第3期行動計画で重点的に取り組む8つの課題を示します。

 
 「命を守る」対策の徹底

①住宅の耐震化の加速化

②地域・地域での津波避難対策の実効性の確保

 「命をつなぐ」対策の掘り下げ

③避難所の確保と運営体制の充実

④地域に支援物資等を届けるためにルートの確保

⑤前方展開型による医療救護体制の確立

⑥応急期機能配置計画の策定

⑦高知市の長期浸水区域内における確実な避難と迅速な救助・救出

 共通課題

⑧震災に強い人づくり 県民への啓発と充実強化」を示しています。

 このあたりは今回尾﨑正直高知県知事が「やる気」になっているなと感じました。

 「怪我された県民を医療センターへ搬送するなど到底できません。被災地に野戦病院的機能を持たせ、どんどん救命治療を行えるようなしくみづくりをしたい。」とも言われました。

 海抜0メートルの市街地である下知地域の住民からすれば、「高知市の長期浸水区域内における確実な避難と迅速な救助・救出」にどうしても関心が向かいます。

 13万人とも言われている浸水エリアの市民。誰が、いつ、どのように、救出しmどこの度pライエリアの避難場所へ連れていかれるのか。

 それも地域コミュニティや町内に配慮したやり方を貫いていただけるのか。長島忠美さんの講演では「地域コミュニティの維持と育成」が救援支援でも復興でも1番役に立っていたと言われていました。

 そういう配慮は必要です。防災講演会のプレゼンターとしては、尾﨑正直高知県知事はわかりやすい言葉で、的確なプレゼンテーションをされていました。あの調子で霞が関の国家官僚相手に実施し効果を上げているのではと思いました。

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2016.05.04

なかなかハードなカヌー体験サポートでした


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 2016年5月4日はNPO法人YASU海の駅クラブ恒例のヨット・シーカヤック体験乗船会です。昨日の大雨から一転上天気に夜須はなりました。
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 しかし海は波が高い。うねりも強いので、ヨット(ハンザ・クラス)は中止にし、シーカヤック1人乗りと2人乗りのみを受け付けて開催することにしました。場所も海の駅クラブ前のビーチではなく、離岸堤があり、波が小さくなる隣のヤッシーパーク・ビーチで開催することにしました。
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 私はビーチでのカヌーの出艇。着艇のサポート。まずカヌーを丸岡理事長の運転で岡から4輪駆動車に載せてヤッシー・パークへ運搬しました。3往復し、テントやパドルなども運搬し、テントを張り準備作業もしました。
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 早速体験者が来られました。ますカヌーの漕ぎ方の指導ををし、今日の海の注意事項を言いました。ヤッシーから外の海へ出ない事。カヌーは波に対して常に垂直に向けること。横波を食らいますと簡単に転覆することを説明しました。
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 初体験の人達が多かったようですが、自分のペースで楽しまれていました。
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 午後からは」うねりは治まったものの、南風が強くなり風波が起こります。ヤッシーの中でも午後から少し波が高くなりました。救命艇のゴムボート2隻と、陸上砂浜スタッフ10人できっちりフォローしました。
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 昼休みの時間に私も1人乗りカヌーへ乗りましたが、思わぬ強風と風波が直撃し転覆してしましました。ビーチまで泳ぎました。今年2回目の海水浴をしました。
 
 風は体験者がすべて終了し、ヤッシー・ビーチからの撤収作業中も強く吹き、風波が起きました。ゴムボートで引き揚げましたが、風と波に翻弄されました。大型のゴムボートは、海の駅クラブ・ビーチでの引き上げは無理と判断し、東側の手結新外交のフナ揚げ場のスロープで上げました。トレーラーを道路を転がして運び、斜路から引き上げました。結構重労働でした。
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 反省会では体験者の感想文も披露されました。皆満足されたようです。なによりです。スタッフのジュニア・ヨットクラブの中学生や高校生たちがきびきびと動いておられました。年寄りは時折息切れをしていました。
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 少しはお腹の贅肉が少なくなったと思います。今晩は熟睡できそうです。
 ヤッシー・パーク道の駅やすは大繁盛のようでした。お天気で何よりでした。
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世界企業でも熊本地震では操業停止状態に

 やはりBCP(事業再構築計画)を策定しているはずの世界企業であるトヨタやホンダやソニーも熊本地震は「想定外」の事態であったようですね。
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 先日ある企業防災の担当者の方にお会いしました。こんな話を聞きました。

「熊本地震の前に首都圏で企業防災の研修会がありました。出席していたのは関東、東北、中部、関西、中四国の企業担当者。そういえば九州の企業の人達はいませんでしたね。とのこと。

「九州は地震なんか想定していないと思いますよ。20年前から九州には自動車関連やIT関連の企業が製造ラインをこしらえていますが、危機管理意識は薄かったと思います。世界のトヨタも操業停止せざるをえないでしょう。」とのことですね。

 「地震白紙地域」であった九州が、4月14日に発生した地震が未だに収まりません。行政や市民だけではなく、世界企業ですら「想定外」の事態であるようです。

 そうなると川内原子力発電所が何故「安全だ」と政府は言い切れるのか?全く疑問ですね。この事態に更に原発災害が起きれば日本国は滅亡します。
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 福島第1原子力発電所は関係者の懸命な努力にもかかわらず、未だに危険性を除去できていません。

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2016.05.03

ゴミを平気で出す馬鹿ども

  今日は祝日でゴミ収集は行いません。市役所の「あかるいまち」の市広報紙に書いてありました。家人に指摘して気が付きました。「今日はゴミは収集しません。との張り紙を出しました。
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 しかし別のゴミ収集ステーションでは、3つの張り紙をしました。それでもゴミを投棄する馬鹿者が町内にはいるようです。
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憲法施行69周年県民のつどいがありました


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 憲法施行69周年県民のつどい(高知憲法アクション・高知9条の会など11の市民団体)の共同主催で、2016年5月3日午後1時半より高知会館ホールで開催されました。270人の市民が参加しました。
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 司会は山崎秀一氏(平和運動センター議長)。「安倍政権による憲法改悪を許さないと言うことで、政党、労組、市民団体が結集今日の講演会が開催されました。また7月の参議院選挙に置きましても高知・徳島選挙区では野党統一候補が出来ました。」と言われました。

 最初の挨拶は安保法制に反対するママの会の中村さんがされました。
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「安保法制に反対するママの会が全国に100以上あります。連休中ですからひたすら家族で楽しく過ごしたいところですが、誰も兵士にさせない、誰の命を奪わないという決意です。平和が維持された70年が憲法改悪で破壊されようとしています。

 武力で平和は築けません。今みんなが声を上げなければ、どんどん悪い方向へ行ってしまします。皆で頑張りましょう。」と言われました。
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 講演は山内敏弘さん(一橋大学名誉教授・1940年1月3日 -は、日本の法学者。一橋大学名誉教授 。専門は憲法。「立憲平和主義」研究を主業績とする。法学博士 )です。

 演題は「憲法改悪の動向と立憲民主平和主義の課題」です。びっしりと文字の書かれた8ページのレジュメを用意され、淡々と憲法学の説明をされました。大学時代に大教室で憲法学の講義を受講しているような感じでした。120分の講義でしたから。

「私の尊敬する憲法学者の深瀬忠一先生(北海道大学名誉教授)は高知生まれです。先生は日本国憲法の特色を「立憲民主平和主義」という言葉で表現されていました。

 先生は日本が今後進む方向としては3つの選択肢があると言われました。

1)明文改憲の道

2)解釈改憲の道

3)立憲民主平和主義を活かして,恒久世界平和の建設に寄与する道

 であります。」

「つまり衆参両院の国会で、与党勢力が議席の3分の2以上獲得すれば、明文改憲(憲法改正動機の発議)になります。与党勢力が過半数越えの場合は、「解釈改憲」になります。今そのような厳しい、危険な状況であります。
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 2015年9月に成立した安保関連法制は、「平和安全法整備法」と「国際平和支援法」の2本立てです。いずれも違憲です。」

 山内敏弘さんは、「平和主義に違反する安保法制」「立憲主義に違反する安保法制」「民主主義に違反する安保法制」と具体的に論証されました。

 また「安保法制と特定秘密保護法制」は、一体化したものであり、「日本における報道の独立性は重大な脅威に直面している。」と国連からも日本政府は批判されています。

 「砂川事件の最高裁判決を、自民党は集団的自衛権を認めたとしていますが、初歩的な誤り。最高裁が認めたのは個別的自衛権であり、集団的自衛権ではありません。」

 とくに日本国憲法第9条はとても大事であると山内敏弘さんは言い切ります。
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「憲法9条は自由を下支えにしてきました。9条がなくなれば自由はなくなります。立憲主義も、民主主義も危機を迎えることになります。」

「立憲民主主義の前提である報道の自由度が日本は低下している。180か国のうちの72位と言う有様です。」

 また安保法制の違憲性が国民各位に浸透し、憲法改正への反対が各種世論調査でも多数を占めるようになりました。すると安倍政権は熊本地震に関連づけて、急に「緊急事態条項」による憲法改正を言いだしました。その根拠は、

①東日本大震災のような震災に対して政府が臨機応変に対応する必要性。

②衆議院選挙と同時期に緊急事態が発生した場合に、議員の空白が生じる。その場合に二は、特例として議員の任期の延長を認める必要がある。

③フランスやベルギーのようにテロが発生した場合に、臨機応変の対応をするためには、憲法に緊急事態に対処できる政府の権限を明記する必要がある。

④諸外国の憲法では、一般に緊急事態条項がある。 ということです。

 それに対し、山内敏弘さんは「自然災害に対しては災害対策基本法や災害救助法があります。むしろ中央に権限を集中すべきではなく、自治体に権限を委ねる方が復旧。復興も支援も手厚く迅速に出来る。」と言われました。

 衆議院が機能しない場合に、参議院があります。国会審議がとどこうる心配はありません。

 そもそもアメリカ憲法には緊急事態条項はありません。ドイツにはありますが、わーマール憲法の反省から緊急事態においても議会があくまで立法権を行使することになっています。また政府の違法な権力行使に対しては、国民の抵抗権まで定めています。」

 安倍政権の「緊急事態要項」も曖昧で根拠薄弱ということが良く理解できました。

 120分の憲法講義は苦痛ではなく、時に笑いも取られました。

 最後の挨拶に、たちあがる市民グループ高知ペタルの代表が感想を述べました。
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「職場や友人たちに憲法改悪の話や安保法制の話をしても、難しい話はえいと言われます。でも言い続けなければおかしな社会になってしまうという危機感が僕たちを動かしています。今日の講演は大変参考になりました。」と言われました。

  同じ高知会館では「憲法改正を推進する集い」が行われていたようです。
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 講演会が終わり外へ出ますと大雨でした。合羽を着用したのは大正解でした。
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憲法記念日に想う

 安倍政権のおかげで、日本国憲法が危なくなってきています。一体なぜ70年も親しまれていた日本国憲法を改正[改悪)しなければならないのでしょうか?わたしは全く必要性を感じません。

 むし政権政党や日本国首相は、日本国憲法に敬意を払い、護憲の姿勢と政治的な態度をすべきでしょうに。おかしな話です。

 よく憲法改正論者は「日本国憲法はアメリカ占領軍に押し付けられた憲法だ。日本国民の意志で改正しないといけない。」と主張します。

 アメリカ言いなりに日本ではなく、独立自尊の日本国たれとでも言いたいのでしょう。

 であるならば、アメリカ軍基地を整理縮小すべきでしょう。沖縄県だけに米軍基地を押し付けることは辞めましょう。辺野古への基地建設はとりうやめましょう。なにより「不平等条約」のようなものである「日米地位協定」を改正し、日本国に,不良米兵の逮捕・裁判権を確立すべきです。日本はアメリカの植民地ではありませんから。

 それからアメリカから「押し付けられた」原子力発電所をすべて廃炉にすべきです。これほど熊本地震の余震が続いているのに、川内原発の運転を停止し、安全点検をなぜしないのでしょうか?おかしな話です。

 大企業と大金持ばかり優遇する安倍政権。憲法をないがしろにする首相と閣僚は辞任すべきです。
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2016.05.02

父は体調回復しました。

 連休明けの父(96歳)の主治医である植田医院へ付添でいきました。午前9時から診察開始ですが、たぶん連休明けと、月初めと、明日からの3連休があるので、病院は混むだろう。それでいつもより早めに出発。

 しかし到着しますと、既に座る場所がないほど患者で溢れています。いられ[せっかちで、我慢が出来ない性分)の父は「えらい時間がかかるの。今日は1番かと思いきや8番目。驚いた。」と言います。しばし待ってからバイタル・チェック。酸素96%、血圧は110-60と良好でした。
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 前回処方された薬で咳が止まった事。体調が良好と植田一穂先生に報告しました。
「やはり風邪による消炎反応の影響で、クリアチリンの数値が少し悪くなっています。お風邪が治れば、また元へ戻るでしょう。」との診察でした。問診もしていただきましたが、特に医学的処方はないとのこと。
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 96歳の超高齢者の父ですが、今日も何とか直立2歩足歩行ができています。明日からの3連休も元気に乗り切ることでしょう。午後からは介護予防通所リハビリがあり、明日もと木曜日もありますから。金曜日(6日)にまた植田医院へ連れて行きます。
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 帰りに中宝永町にあるゴルフ練習場のプリペイトカード売り場で、125発分(通常は1000円ですが、ここで買えば950円)を購入しました。元気であればリハビリ・ゴルフへ連れていきます。
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吉田弘さんが高知へ来られました。

 2016年4月30日に吉田弘先輩が高知へ来られました。4日ほど前に「高知へ行くぞ」とのメッセージがありました。そしたら一昨日に東京から車で出発。途中岐阜で1泊して、今朝淡路―徳島経由で高知へ来られました。
 夕方宿泊されているホテルへお迎えに行き、高知で1番繁忙している居酒屋葉牡丹へ行きました。さすがに連休で超繁忙で10分ぐらい待ちました。
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 2階の部屋で一緒に飲みました。吉田さんは久松さんの先輩。学生時代と東京での会社員時代にお会いした記憶があります。でもそれは40年ほど前です。
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 吉田さんにも言われました。
「たぶん西村とは東京では殆どあったことはなかったと思う。でもFBのせいか違和感はないね。」と言われました。
 SUPのOGである家内にも会っていただきました。(写真はNGなので後ろ姿のみ)。事務所へも来ていただきました。楽しいひと時でした。
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 翌朝はは九州(吉田さんは大牟田の出身)へ渡り、大分―宮崎―鹿児島―福岡の周遊をされるそうです。ほんとうにタフな先輩でした。4月30日はお世話になりました。今後ともよろしくお願いします。

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長島忠美復興副大臣の講演とシンポ

 2016年4月30日は、土佐経済同友会(吉澤文治・代表幹事)主催のオープン・セミナーに下知地区有志とともに参加していました。講師は2004年の中越地震の時の旧山古志村(現在は合併して長岡市)の村長でありました長島忠美さん(復興副大臣)の講演会でした。
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 メモをしていましたが、書ききれないほどの教訓と先駆的事例が、山古志村には沢山あることを思い知りました。人は困難な状況になった際、「立ち上る」という心情的に的に強靭な人たちが、被災者を引っ張って行くような覚悟が各業界のながで求められるということを長島さんは言われました。
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「まさか自分のところで地震(壊滅的な被害が出て、避難生活が強いられる)とは、思っていませんでした。9年前(1995年)の阪神大震災がありましたが、どこか他人事のようにみんな思っていました。

 平成16年10月23日午後5時56分、猛烈な揺れ。立ち上がることができません。停電になり真っ黒闇になりました。」

「揺れが収まってから携帯ラジオをつけました。長岡や小地谷市のことは言っていますが、山古志の事は何も言わない。ひょっとして役場の機能がマヒしている状態で県庁に伝わっていないかもしれないと思いました。
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 翌朝明るくなって役場に向かって歩きましたが、道路と言う道路が崩落し無くなっていました。担当職員と連絡をつけ、出張中の職員には状況を伝え、山古志には戻って来るなと伝えました。道なき道をとうり、普段の4倍の時間をかけ役場へたどり着きました。

 途中見た風景は、見たこともない状況でした。家屋の倒壊、道路の崩落。山古志村は錦鯉の産地ですが、養殖用のため池が崩壊していました。村民は屋外で避難していました。」

「午前10時ごろに村の状況がわかりました。まもなく冬がやってきます。全村避難を決意しました。県知事に伝えました。そして自衛隊のヘリで全村民が長岡市に避難しました。

 避難所生活も、その後の仮設住宅の生活でも心がけたのは、普段の付き合いを重視し、コミュニティを意識して避難生活をするということを強く主張し実行しました。」

「よく広域避難と言うことが言われます。できるだけ被災地にちかいところに仮設住宅をつくりました。自分でできることは被災者自身がやること。物資の仕分けや、洗濯、トイレの掃除などは、ボランティアの手助けを受けながらも自分たちでやることにしていました。」

「仮設へ移ることは自立の第1歩。食事は自分でつくること。それで各業界に協力いただき、冷蔵庫や暖房器具を680個、鍋釜を220個寄贈いただき、全世帯に配布しました。
 
 発災から11日後にみんなで山古志へ帰ろうといいました。復旧業務での対応で避難所周りは深夜になり村民との対話が出来ないので、ノートを置き、それに思いを書いてもらいました。翌日讀んで返事を書きました。あるとき、いつも戻れるのかわからないと書いてありました。

 山古志は高齢者が多い。戻れるのが5年先、7年先ではいけない。それで2年で帰ろうということを宣言しました。」

「そのためには全村民から、どこへどう道路をつけようが、かまいません。という事前承認を受けるために、判子をもってきてもらい村に委任していただきました。その書類を県庁へもっていき、速やかな復旧・復興工事をスタートできました。」

 これは凄いことです。住民と役場の信頼関係、住民のコミュニティがしっかりしているからこそできたことです。「あいつかいるから嫌だ。」というバラバラの気持ちではありません。村民と役場が1つになり復旧に動くさまが良く理解できました。
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「ある時子供たちが元気がなくなっていることに気が付きました。聞いてみると大人たちは議論ばかりして詳しいことがわからない。ということでした。自衛隊にお願いしてへりで村の様子を上空から子供たちに見せてもらうことにしました。

 戻ってくると子供たちは泣いていました。後日子供たちも頑張ろうという意識がめばえ積極的に行動することになりました。地域に誇りを持つことを子供たちも理解しました。」

「考えられない災害はいつどこで起きるのかわかりません。熊本地震もそうです。5日間ぐらい救助や支援が来ないことを地域を家庭を守るにはどうしたらいいのか、事前にできることは対策しておくことが大事です。」

「耐震補強はしましょう。携帯電話は飛ばないように、保管しましょう。家族との連絡方法は遠くにいる親戚や友人に頼みましょう。中継基地になってもらいましょう。持病の薬は5日分ぐらい確保して下さい。薬手帳は携帯してください。」

「情報が途絶えることが1番いけないことです。マスコミの人達は多くの情報を持っています。たくさんの情報をいただきました。マスコミからの批判を恐れ、情報発信しなければ、人々の不安を煽ることになりますから。」

 長島忠美さんは、メモをみるいこともなく、淡々とお話してくれました。多くの教訓をいただきました。抜かっていることも多くあることでしょう。知事や同友会の吉澤代表幹事の対談の様子は後日また整理しまとめます。

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会場は200人来ていました。

 

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2016.05.01

朝から晩まで遊びました。

昨日は長島忠美さん講演会と知事を交えたシンポの後、学生時代のサークルの大先輩が高知へ来られたので、直後に会いに行きました。そのまま葉牡丹で3時間ぐらい懇親していました。

 東京から車で来られたとか。てっきり飛行機で来るかと思い、車で観光地を案内する予定でしたが、昨日のうちに桂浜も高知城も車で行って見たようです。それで今朝は日曜市を朝早く散策して九州(ふるさと)へ行かれました。
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 それで「空白の」日となりました。家内にお願いして夜須の海へ出掛けました。29日(金曜)は強風でろくにセーリングできませんでしたから。リベンジするぞと意気込ましたが、29日のような強風ではありませんでした。
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 でも年寄りには程よい風でした。朝から晩まで海に居ました。最高でした。帰りに道の駅やすへ寄りました。爺さん婆さん用に「野根饅頭」(濱口福月堂)を買いました。道の駅はご多忙ですので、事務所へは寄りませんでした。

 朝から晩まで子供のように海で遊びました。

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消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練について

 2016年は「昭和南海地震(1946年)」から70年の節目の年です。また昨年下知地域で実施した「下知地区防災計画」は、7月以降、昭和小学校とも提携し、ワークショップ方式(ワードカフェ)を実施し、「事前復興計画」(下知がしあわせになるまちづくり)策定を目指します。

 下知地区の16の自主防災会連合体である下知地区減災連絡会が稼働するのは7月からです。確定している事業は、「地区防災計画」「JICA研修生徒の意見交換会」(9月22日)、「下知地区一斉防災訓練」などです。

 それゆえ二葉町自主防災会単独事業は、5月29日実施予定の仁淀川町長者地区との交流事業である「田植え体験」と、6月12日実施予定の「消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練」です。6月に事業をしないと身動きできなくなります。
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 「消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練」について説明します。

1)この5年以内に二葉町内では大きな火災が2件(2012年2015年)とありました。町内の木造密集地区でした。防火意識の向上が町内であり、昨年度は消火栓接続器具とホース、消火栓BOX,消火器BOXを購入しました。

2)二葉町自主防災会会長の森宏さん(82歳)は、小学生時代に須崎市で昭和南海地震の津波を体験しています。危機管理意識はとても高い。
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 「地震津波対策も二葉町はとても大事。同時に「防火対策」もせんといかん。初期消火の訓練は絶対に必要。ホースを利用した放水消火訓練は技量が必要。消防署員と下知消防分団に指導していただいて、町民皆が取り扱いをするのが目標である。」と言われました。

3)消火器を使用した、消火訓練は、実際に消防署員に着火していただき、燃やしながら消火訓練をします。
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4)二葉町内の消火栓は道路の真ん中にあります。1つだけ下知コミュニティ・センター前の消火栓は、歩道にあります。隣のガソリンスタンドの休日の日曜日に塀に向かって放水訓練をする予定でした。しかし「消火栓周辺の家屋の水道水が濁る可能性がある。」との指摘を下知消防分団から受けました。

 4月13日に高知市水道局総務課山中係長と意見交換しました。下知消防分団の国見副団長に同席していただきました。

「放水訓練は青柳公園内地下にある耐震貯水槽を活用いただきたい。炊き出し訓練時にも、耐震貯水槽の水を活用いただきたい。」とのことでした。

 それで青柳公園内で、「消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練」がいっぺんに実施が可能になりました。

5)高知東消防署、みどり課、高知市水道局の許可は4月14日にいただきました。
  高知市水道局は「書類はとくにありません。OKです。」と山中係長に言われました。

  6月12日(日曜)実施予定の消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練の意義目的

 なかなか放水訓練の実施は難しい。幸い近隣の青柳公園で実施が可能になりました。消火栓用接続ホースセットを購入したので放水訓練が可能になりました。今後は順次買い足して、町内に配置し定期的に訓練を繰り返します。

 訓練の中で二葉町民の防災意識を啓発し、下知消防分団の指導を受けて、二葉町自衛消防隊をこしらえることを目標にしています。
 
 防火意識が高まれば、防災意識も高まります。訓練を通じて顔なじみになり、大災害が起きても隣近所で助け合う相互扶助を形成して行くことを目標としています。

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