龍文堂が明日開店します
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今朝は父(97歳)の付添で植田医院へ行きました。診察と点滴です。
「腎機能は横ばいで踏ん張っています。現在25%が腎機能が働いています。15%以下になると透析対象です。そうならないように減タンパク食、適度な運動、水分補給、点滴で頑張ってますよ。」植田一穂先生は言われます。
植田先生の守備範囲外ですが、このところ父の歩行能力の低下が著しい。いつ転倒するかわからない。植田医院ではスリッパに履き替えますが、靴を履く動作も危なかしい。日ざまづいては履かせないといけなくなりました。転倒すると超高齢者は重大な危機に陥る可能性が高いので目離しは出来ません。
よく言われるADL((Activities of Daily Living)は、一般的には『日常生活動作』と訳されます。日常生活を営む上で、普通におこなっている行為、行動のことです。具体的には、食事や排泄、整容、移動、入浴等の基本的な行動をさします。)の低下を防止するために、介護ケアを懸命にやっているに過ぎません。
http://kaigoouen.net/knowledge/care/care_1.html
母(90歳)は8年前からアルツハイマー型認知症と判定されました。こちらも画像の表示のように急激な下り線ではなく、徐々に認知機能が衰えて来ています。尿意や便意を感じなくなります。
人間が生まれて、親に庇護される状態から言葉を覚え、オムツが外れ、トイレへ行けるようになり、礼節も「しつけ」としてされ、幼少期に社会的常識、たしなみなども獲得されていきます。
長い間かかって幼少期に獲得された能力が、老齢期になると衰え「劣化」していきます。ADLなりQOLなりという福祉用語の言葉も少しは勉強しました。
ただ「財政難」を理由に介護状態の軽微だと思われる要支援1・2や要介護1・2の人達を介護保険制度から切り捨てす政策を安倍内閣はやり続けています。「切り捨て」ながら介護離職ゼロなんぞ戯言を言っております。現場の発想ではありません。
そもそも介護保険制度が発足した2000年に時点で、日本が急速な少子高齢化になることは予見できたはず。頭の良い国家官僚はわかっていたはずです。それを今更社会保障制度を破壊する発言ばかりして、年寄り虐めするから景気は良くなりません。
日本経済の6割は個人消費であり、個人資産の70%は70歳以上の高齢者です。社会保障に不安を与える政策ばかりやってますから、高齢者はお金を使いません。景気が良くなるわけがない。
麻生財務大臣が「高齢者が老後のためにお金を使わないのはナンセンスだ」とかのたまわっていますが、恵まれた大金持ちの麻生さんではわからないのですよ。庶民の不安が。
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高知自動車道路という山岳高速道路を走行して、四国巡業に行きました。需要先へのPR活動と年末の挨拶回りです。連続して宿泊して回れば楽ですが、超高齢者の両親の体調が心配なこともあり、日帰り出張です。10時間も走行するとやはりぼろの車は疲れます。
1Mの建設費用が900万円もかかった高知自動車道路。高知県民は恩恵は受けたいます。仕事に観光に、フルに活用すべきでしょう。
今回は新居浜と高松を巡回しました。高知と異なり新居浜は工業都市ですね。異国へ来た気分。
高松も商業施設が新たに出来たり変化してますね。需要先の事業所3カ所がすべて移転しており、移転先を探し当てるのに今日は苦労しました。時間を食いました。
昼食は屋島のわら屋のうどんですね。食後は異人館でコーヒーを飲み長距離運転を癒しました。次は徳島方面へ行く予定です。
山越えしてまんのう町の小谷鐡穂さんところと、森近さんところへ寄りました。さすがに少し疲れました。木曜日は徳島遠征を予定しています。
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「”地震列島に生きる覚悟”東日本大震災と熊本地震から何を学び、南海地震・津波にどう向かうか」というテーマで、2016年11月26日に下知コミュニティ・センターにて講演会がありました。講師は山本明夫氏(元NHK記者・現松陰大学教授)でした。主催は若松町自主防災会(横田政道・会長)でした。
山本明夫さんんは高知市のご出身。NHKの報道記者をされておられ、阪神大震災や、中越地震、東日本大震災を取材、退職後も熊本地震の現地へ何度も訪問されておられます。講演冒頭から、2011年3月11日の東日本大震災の時のNHKの番組が編集され視聴しました。
津波が押し寄せる気仙沼や釜石の様子は5年経ってみても驚愕することばかり。」最初の報道では、津波注意報でありましたが、画面ではだんだん津波が大きくなり、車が通過していた道路が浸水し、水没して行く有様が映像になっていました。
最初は何ともなかった気仙沼港の石油タンクが、やがて傾き、破損して、流されていきました。釜石でも何台もの車が津波に流されていきました。
「津波は物凄い力で押し寄せます。津波が30㎝の高さで来れば歩けません。2Mで木造の家は浮き上がり流されます。下知地区の場合は高台がないので、5階建て以上の丈夫な建物に駆け上がることです。」
「地震発生後5分で逃げてください。市役所のハザードマップには30分以内に到達などと書いてあります。もっと早く来るでしょう。」
東日本大震災での津波の様子を見せていただきました。改めて気が付きました。津波のスピードが予想以上に早いです。海の近くで津波に遭遇したら到底逃げられるものではありません。
また山本さんは、「覚悟」を常に持っていないといけないと言われました。
「1)大地震はいつ起きるかわからない。
2)起きた時の準備をしよう。
3)正しい情報をキャッチする。
4)火事を起こさない、避難の訓練をする。
5)防災グッズの準備・保存食・水を備蓄する。」
「防災備品として、アルミシート’防寒用)と笛、マスクは必要です。」
「最近ではポータブル蓄電池などもあります。ソーラー・パネルと組み合わせればかなりの電氣を確保することが出来ます。」
また山本さんは下知の事情にも大変詳しいです。空港到着後、お迎えに行かれた横田政道さんと下知地区を車で巡回されたとか。各地の被災地を見られたことからの提案をいただきました。
「青柳公園あたりから、丸池公園、下水処理場あたりまで、5Mは最低嵩上げ盛り土します。そこを避難場所にします。そこをつくれば数千人の住民が逃げることができます。
そうなれば支援物資も来ます。また浸水した地域が復興するまでそこへ留まり生活することも可能です。トレーラー・ハウスやキャンピングカーを全国から集めレンタルします。
体育館のような場所に密集して生活する非人間的な避難生活をするべきではありません。」
一種のスーパー堤防をつくり避難拠点とするだけでなく、復興j拠点とする発想はいいなと思いました。大変参考になりました。
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昨日の早朝は五台山市民農園で雑草引き。戻ると父(97歳)の付添でゴルフ・リハビリ。昼食後は田辺浩三さんを偲ぶ会。夕方は若松町防災会主催の防災講演会。
途中はりまや橋商店街では「100円市」を賑やかに開催されていました。
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2016年10月13日(木曜)に仁淀川町長者地区での稲刈り体験に参加しました。長者小学校の農業体験授業に参加させていただきました。高知市二葉町からは荒木三芳さんと西村健一、田植え体験にも参加された吉川真由美さんが参加しました。
長者だんだんクラブの皆様が集合写真を撮影していただきました。長者地区との交流は4年目を迎え、今年も11月3日の「昭和秋の感謝祭」に来ていただきました。11月5日の「長者キャンドルナイト」には、二葉町関係者8人が参加していました。
私たちにすれば「もしもの時の疎開」を前提とした「顔の見える交流」をしています。東日本大震災から5年半が経過しましたが、未だに、市町村相互支援協定なども締結されておらず、公助の支援は全くありません。
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2016年11月26日は、父(97歳)の昼食が終わり、洗い物をして12時半過ぎに出掛けました。家内は組合の婦人部の食事会へ出掛けていましたが、3時までに帰宅するとこのと。4時過ぎにディから戻る母の受け入れをお願いしました。
高知市龍馬の生まれた町・記念館にて「浩三を語る会」が開催されました。
去る9月10日に急逝された映画人田辺浩三さん。こちらの話は一切聞かず、一方的にお気に入りの映画の話をすえう田辺浩三さんでした。無理強いされていくつか映画を見せられましたが、駄作はなく。良い映画ばかりでした。
葬儀は行けなかったので、偲ぶ会へは行きました。知り合いも何人かいました田辺浩三さんゆかりの人達が、5分間で田辺さんとのエピソードを話されていました。
「こちらの都合などおかまいなしに押しかけてきて映画の話を熱く語る。しかも大きな声で。見せられた映画はいい映画ばかりでした。」
「時代を読む力を映画で、表現していた。体を悪くされていたのでお酒を飲まない人でしたが、映画の話をすると止まらない人でした。」
「朝倉にお住まいだったので、大学へは良く来ていて授業も熱心に聴講され、質問もされていました。教官をやる気にさせる人でした。」などその人なりのユニークなエピソードが披露されました。聞いていて退屈はしませんでした。
休憩を挟んで音楽アーティストである堀江真美さんのライブもありました。40年帆ほど前から田辺浩三さんとの交流があったそうです。田辺さんの周遊ルートの中に堀江さんの自宅もあり、時に迷惑なこともありましたが、お手紙が良くは入っていたそうです。田辺さんゆかりの曲を演奏し、歌ってくれました。
最後に娘さんの小夏さんの挨拶があり、田辺浩三さんを偲ぶ会は盛況のうちに終わりました。
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2016年11月24日。午後6時半から下知地区減災連絡会役員会が、午後6時半から下知消防分団会議室で開催されました。議題は「12月18日の下知総合防災訓練」の打ち合わせです。23人の役員が出席していました。高知市地域防災推進課からは、山本、中山両職員も出席されました。
森宏会長から、開会の挨拶がありました。坂本茂雄事務局長から、各防災会の10月以降の事業報告と、下知地区防災計画ブロック別意見交換会の報告がありました。
続いて12月18日の下知地区総合防災訓練の概要が説明され、意見交換を行いました。活発な意見が出されました。
「午前中の昭和小での避難訓練には周辺町内である日ノ出町、弥生町、丸池町は出来るだけ多くの住民が参加していただきたい。」
「午後からの下知コミュニティ・センターでの避難訓練には、チーム班長と、実務者と、流れをチェックするリーダーの役割が必要。近日中に事務局会で詳細を詰める。」
「今回の訓練の目的は、避難所開設に関われる人材の育成と発掘である。要支援者をメインとした訓練とする。」
午後8時半位に会合は散会しました。
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「災害弱者」と呼ばれる超高齢者。日常の観察から事前の避難行動や対策に繋げたいものです。でも現実はシビアです。
慢性腎不全でステージ4の父(97歳)です。植田一穂先生のお蔭で、腎機能は25%程度は維持され、減タンパク食摂取と、適度な運動と、植田医院での診察、指導とと点滴で生活を維持しています。
しかしながら今年は猛暑が続き、週3回の植田医院での点滴と水分補給で、腎機能の低下は防止したものの、外出を猛暑で最低限に控えたために、足腰が弱りました。歩行速度が遅くなり、転倒する危険性も増加しました。目を父から話すことが出来なくなりました。
自動車への乗降は立ち合いをしないといけないですね。特にドアの開閉時には。古い車なので、ドアの先端が尖がっていて、ゴムで巻いていません。両親は背が低いので、自分でドアを閉めると、その鋭角の金属部の先端が顔へ当たりますから。
今はなんとか自分で乗りこめ、自分でシートベルトを締められます。降りる時は怖いので、立ち上がりの補助とドアの閉める場合の補助は絶対にしないと危険になりました。車の買い替えも検討していますが、どのメーカーも適切な車はありません。
車高高が1・55M以下で、ドアが横開きの車を探していますが、ありません。何故1・55Mniこだわるかといえば、立体駐車場に入庫できる高さです。横開きは超高齢者の乗降が楽に出来るからですね。現状では横開き車は車高が高く、立体駐車場へは入れないです。
転倒すれば大事になります。要支援2であった叔母は自宅での転倒がもとで救急搬送され、歩けなくなり、要介護4となり自宅生活が不可能になり、特養に入所しています。
うちは狭い2階建て。3階建て住居なので、バリヤ・アリーの生活環境です。足腰が弱ると生活の維持が困難になります。それゆえ少しでも残存じている機能を維持管理し、足腰の衰えを防止する対策を今まで以上に慎重にする必要がありますね。
介護予防通所リハビリ施設も見学し、管理者と話し合わないといけないのかもしれません。家族の介護ケアには当然限界があります。政府与党が、介護保険制度を破壊しようとしていますので、先行きには暗雲が立ち込めていますね。
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平成の町村合併後、四万十町(窪川)、四万十市(中村)、黒潮町(大方)とか言うらしいですが、10年以上経過してもなじめません。年末の四国巡業が今日からスタートしました。
窪川まで高速で繋がりましたので1時間で行けるようになりました。そこから中村までは1時間はかかりますね。遠いです。国道56号線は佐賀へはいると海岸線を走るので景色はいいですが、津波が来ればアウトですね。
業務の終わりに黒潮町役場へも寄ってみました。明日からは「世界津波の日・高校生サミットIN黒潮町」が開催されるようです。情報防災課へ寄り少しだけ話をしました。黒潮町での「地区防災計画」は、60いくつかに地区のうち42の地区でスタートしたとか。町職員が地区の支援員・調整役で地区に入り、住民と意見交換されているとか。全庁挙げてやっているところが凄いところではありますね。
帰路は佐賀や須崎の沿岸を走行しました。やはり外洋に近い街は、津波対策をしないといけないと思いました。実際のところどうなっているんでしょうか?
今夕は下知地区減災連絡会の役員会です。毎日日にち「地域防災」というのもなかなかヘビーではありますね。
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下知地区防災計画=事前復興まちづくり計画の意見交換会。2016年11月23日は午後3時から丸池公民館で開催されました。 丸池町,日の出弥生町、日の出町南町から23人の住民が参加していました。他地区や企業井関係者の参加もあり30人が参加していました。
午後1時から野第1部は、高知市役所地域防災推進課の山本美咲さんが「南海トラフ地震に備えて」という防災講演会をされていました。「1・南海トラフ地震とは」「2・揺れから命を守る」「3・津波から命を守る」「4・命を守った後に」というテーマで。前方スクリーンを使用して説明されていました。
午後3時15分からの「下知地区防災計画=事前復興まちづくり計画の意見交換会。」(丸池町,日の出弥生町、日の出町南町)では、地域内の企業である四国ガスの従業員の方も参加されていました。
地区防災計画の狙い、とくに「事前復興まちづくり計画」の意義目的について、西村健一下知地区減災連絡会副会長から説明がありました。山本美咲高知市地域防災推進課主査からは、地区防災計画の概要説明がありました。
参加者を3つの班に分けで、意見交換会を実施しました。初めての参加者も多く、最初こそとまどっていましたが、打ち解けますとそれぞれの班ごとに意見がたくさん出ていました。
発表会では、「もともと下知は海だった。海に帰して高台へ集団移転する。」「丸池公民館を5階建てにして、一時避難場所機能の拠点にする。」「区画整理事業を推進し高層住宅を地域に建設する。」「地区運動会を復活させる。」「下知全体を浮島にする」などの意見が出ました。
最後に坂本茂雄下知減災連絡会事務局長が、「今までは各地域の防災リーダーたちに集まり意見交換会をやってきました。より深く、より広がりをもたせるために下知地域を8つのブロックに分け、意見公開会を11月はやっていて、今日で6回目です。今日出された意見を国際興業がまとめます。そして2月1日の全体意見交換会でも検討されます。
12月18日に実施予定の下知地区防災訓練に是非ご参加ください。午前中は昭和小学校で参観日になっていて2時限目に南海地震が発災した想定での避難訓練をします。午後からは下知コミュニティ・センターで避難所運営訓練をします。」と言われました。
丸池自主防災会会長の吉本豊道さん、段取り準備、呼びかけなどお疲れ様でした。
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今日は休日。勤労感謝の日です。昨夜は下知地域内連携協議会の忘年会。利害のない、立場も世代も異なる人たちとの懇親会はいいものですね。つい適量以上の飲んでしまい、今朝早朝の五台山農園での作業(雑草引き)へは参加出来ませんでした。
朝食後に父(97歳)のゴルフ・リハビリに付き添いました。今日はいつも以上に道路が空いています。勤労感謝の日だからでしょうか?逆にゴルフ練習場は混んでいました。15度くらいの気温ですから運動するには快適ですね。
いつものように自己流の体操をして、経口補水液(OS-1)で水分補給します。20発ぐらい打つと休憩し、ゆっくり球を打っています。私はその間は読書タイム。「社会学入門」(見田宗介・著・岩波新書)を読んでいます。
歩行や階段昇降はおぼつかない。力強さはありません。それでも歩行をしていただかないといけない。歩行トレーニングもしていますが、すぐには効果はでませんね。
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2016年11月19日は午後6時半から下知コミュニティ・センターにて、「下知地区防災計画=事前復興まちづくり計画」のブロック意見交換会が行われました。参加したのは宝永町町内会、中宝永町自主防災会、南宝永町防災会でした。12人が参加しました。
最初に坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長の説明があり、、昭和小の教員が制作した石巻市の教育関係者の取材したVTRを資料しました。「自分の命は自分で守る。助け合う心。」「体力をつけよう。想定の勉強をしましょう。人を助けましょう」を石巻市の教育関係者は言われていました。
ブロック別意見交換会について坂本事務局長は、「広く地域内で意見を聞くことで、つく防災計画も浸透して行きます。今日はいろんな意見を遠慮なく言ってください。」
山中晶一高知市地域防災推進課係長は「行政が支援をしようにも共助の手がかりがなければ支援のしようがない。地域で受援力(支援を受ける力)をつけてください。下知地区のいいところは、リーダーだけの意見を集約するだけでなく、こうしたブロック別の町内事の意見交換会を実施していることです。」と言われました。
参加者を2つの班に分け、大きな下知地区の白地図を机の上に広げ、意見交換をしました。実現しそうもない計画を議論してもしよういがない。という否定的な意見も初参加の人から出ました。ルールとして原則意見は否定しない。参加者みんなが発言することに意義があることを申しあげ、納得いただきました。
そして班ごととの発表しました。
「国が手出しをできる事業を着想し、支援を受ける形で実現しよう。」
「技術も進歩しているので、児童公園に1つ、浮体式のベンチを置けばいい。浮体式の人工地盤は下知地域には必要。」
「幹線道路の高架は必要。それがそのまま避難施設になるから。」
「区画整理をして再開発をするにも地籍調査が必要ではないでしょうか。」
「今回の意見交換会でも参加者は年配者が多い。若い子育て世代の参加刺せる仕組みづくりは是非必要です。」との意見がだされました。
12月18日の午前中に実施される昭和小の避難訓練に児童も教員も、父兄も地域住民も参加することが必要であることが確認されました。
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先週に引き続き夜須へ行きました。今日はヤッシーパークのイベントで「ヤッシー秋祭り」があります。JA青年部が大根をトラックで販売するというので到着して買いに行きました。
ところが大根の販売は9時からという事。20分前でしたが既に長蛇の行列が。諦めました。イベントは9時からで準備が慌ただしい。道の駅やすの駅長山本宏幸さんも準備作業に追われていました。出店者も多く、会場準備も大変です。
訪れでおむすびを購入して、ハーバーへ行きました。既に高知大学ヨット部やジュニア・ヨットクラブは来ています。
慎重にぎ装して海へ出ました。ところが先週以上に風が吹きません。しかも波も静。SUPの人達もいません。ヤッシー・パークの沖合から動きません。しばらく風待ちしましたが、1時間ほどで諦めました。
午後もヤッシーの秋祭り会場で昼食をし、見学をしました。ハーバーでぎ装し、出艇しました。午前中よりは風が当初はありました。沖合まで行けました。ヤッシー秋祭り会場で会った丸岡克典さんが「ヨットもヤッシーへ入ってきたら賑やかだ。」と言われるので、しばらく帆走してヤッシーに西開口部から入りました。中ほどで無風になり帆走に苦労しました。
暖かく、風もなく年寄りは安全に帆走できたのでよしとしましょう。
お昼にハーバーへ上がり、ヤッシー秋祭りを見学しました。なかなか大変な人。海は風がなくどうしようもありませんが、陸上は暖かくいいことでしょう。ブースも22も出ています。他に刑務所の家具販売や陸上自衛隊の車両展示や各車メーカーの展示販売もされ、ステージではライブをやっています。
ボードウォークではミニトロッコ列車が走っていました。ヤッシー入口付近はフリーマーケットが開催されていました。
車の展示販売をしていた丸岡克典さんに会いました。・話を聞きますと、7月のマリンフェスティバルより多く出店者も多いし、入場者も多いようです。
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2016年11月16日は、父(97歳)の主治医である横田哲夫先生(横田胃腸科内科)に紹介状を書いていただき、近森病院の内科神経科の楠目大輔先生に診察を受けました。目的は父の言動が、最近おかしいと思われることがあるので、認知症ではないかとの診断を受けに行きました。
近森病院は4年ぶり。本館と外来病棟が3階で、繋がっていますし、館内にセブンイレブンが開業しているし、以前入り巨大化して様変わりです。外来病棟から100Mほど離れた本館の駐車場に車を入れて、父と歩いて行きました。
受付もロビーもまるでホテルのようです。内科の受付には電光表示され、、診察順番が表示されています。紹介状での診察なので、長時間待たされることもなく診察を受けることができました。
先に問診票に記入し、自動血圧測定器で父の血圧を測定。150-70と植田医院や横田胃腸科内科での測定よりは高めの数字でした。ほどなく順番を呼ばれ診察しました。
「今日は何のために診察に来たのですか?」と楠目先生に言われました。
「父の言動が最近なんとなくおかしいと思ったからです。」と答えました。
「今日は何月何日ですか?ここはどこですか?」と父に質問します。父はとっさに答えれません。次に先生の人差し指と父の人差し指を突き合わすことを指示されますと出来ました。
「100引く7はいくつですか?」と質問されても回答できません。
「桜・電車・猫」と言いまして、すぐに言ってくださいと言われても回答できません。」
これらはよく認知症の判定に使用される長谷川式のテストです。
https://info.ninchisho.net/check
楠目先生の質問にかろうじて回答できたのは「今日は何月何日」ぐらいでした。父は質問の意味も半分ぐらいしか理解できません。回答も正確さは殆どありません。
生活全般の質問もされました。
「散歩に出掛けられて自宅へ戻って来れますか?」に対しては私は「戻って来ます」と言いました。
「自宅へ戻って来れるのならアルツハイマー型認知症ではないですね。」とのことでした。
私が「毎週週刊現代を私が購入してきますと読んでいます。そのなかでクイズは自分で回答し、ハガキを出しています。また袋とじのグラビアのページも物差しで開封しています。」と言いました。
「ちゃんと記事を読めるのならいいことです。また袋とじを物差しで開封できる能力が残存しています。道具を使用できる能力です。」と言われました。
結論は「年相応の認知症。いわゆるまだらボケ。あえてMRIの検査をして、抑制のス薬を服薬する必要性もないとは思います。」とのこと。
ということはこのまま治療する必要性もなく、このまま見守ってください。とのことでした。
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今日は母(91歳)を1日ディ・サービスへの送り出しをしました。また家内が吉川さんと前田さんと3人で食事会を香川県まんのう町のカフェ・ピッコロで行うと言うので、見送りました。
それで自宅を出るのが9時半過ぎになりました。朝は五台山農園では雨に降られ散々でしたが、出掛ける時間帯には雨は止んでいました。父(97歳)のゴルフ・リハビリはいつもより1時間ぐらい遅いスタートとなりました。
時間帯が違っても父のやることは変りはありません。自己流の体操をして水分補給は経口補水液(OS-1)で。そしてゴルフボールをゆっくり打ちます。20発前後打ったら休憩して、OS-1を飲み、また打ちます。今日も125発打ちました。
わたしはその間に読書しました。「日本会議の研究](菅野完・著・芙桑支社・2016年刊)を読んでいました。暖かい日ですね。午後から上天気。不思議な天気ですね。
という訳で今は父と2人で留守番です。・「真田丸」の再放送見たりしています。
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雨の予報でしたが午前6時には降りやんでいました。横田政道さんの自宅へ集合。大崎修二さんと3人で五台山市民農園へ向かいました。
途中五台山農協婦人部が土曜日と水曜日の早朝開いている良心市。私はトマト(150円)とピーマン(50円)を購入しました。
そして市民農園の登坂階段を登ります。横田さんは切株を持参。目的は竹を伐採するための「作業台」であるそうです。竹の伐採や雑草引きをしていた矢先、雨が降り出しました。
今日は観天望気は外れました。午前6時前のWEBでの雨雲レーダーには雨雲は近辺にありませんでした。ところが瀬戸内に会った雨雲が東に向かうかと思いきや、高知へ南下したのです。思惑が外れました。
雨がやまないので撤収です。合羽もなにも持参シテいませんので、ずぶぬれになりました。
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2016年11月15日は、「下知地区防災計画の 知寄町2・3丁目,サーパス知寄町Ⅰ,セルヴィ21ブロック意見交換会」です。下知地区では先週12日の「二葉町・稲荷町ブリック」に次いで4度目です。13人が出席していました。
下知地区防災計画の意義目的について、高知市地域防災推進課の山中晶一係長から説明がありました。
「平成25年に災害対策基本法が改正され、地元住民と自治体とでつくりあげるのが地区防災計画です。決して押しつけではなく自分たちで議論して計画を作り上げていくものです。また地域のリーダー層だけでなく、各町内に降ろして議論することはとてもいいことです。
また課題解決型から魅力増進型の地区防災計画であります。事前復興計画で議論をすすめましょう。魂をつくって計画をつくりましょう」」
またサーパス知寄町1自主防災会副会長であり、下知地区減災連絡会事務局長の坂本茂雄氏より、下知地区防災計画の経過報告がありました。
「今日で下知地区ブロック会としては4回目です。今までの意見交換会では各自主防災会から1人から2人の参加でした。それが地域に降りることによって、何倍にも広がります。下知を安全で魅力ある街にするために、みんなでアイデアを出し合うことです。
その場合のルールは、決して否定的な意見を言わないことです。誰も否定しない。多様な人が集まり多様な意見を出し合う。それが地域の魅力につながります。」
2つの班に分かれ、今まで出ていた意見の説明がテーブルの上の地図であり、各人が自由に意見を出し合いました。
「幅100メートル以上のスーパー堤防をつくる。可能なら下知地区全体のスーパー堤防をつくります。耐震地盤にします。そこへドイツをモデルにした総合型スポーツ施設と総合型スポーツクラブをつくります。
「こうしたワークショップはいろんな世代の人達がしないといけない。下知コミュニティ・センターに下知の白地図を置くとか、昭和小学校や城東中学にも置くべき。」など今日も多様な意見が出されました。
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今日母が」91歳になりました。昨日週に3回通所していますディ・サービス結で、お誕生会をしていただいたようです。誕生日ケーキをスタッフの皆さんが生地からこしらえ、生クルームでデコレーションしてつくられたとか。皆で美味しく食べたそうです。
母は身体は元気。内臓疾患はありません。圧迫骨折と脊椎間狭窄症、すべり症で腰が痛いといいます。2つの整形外科で診察していただきましたが、なんせ超高齢者なのでどうしようもないと言うのが結論。痛くても歩かせないといけない。歩けなくなりますから。
認知症だけが症状です。トイレへは行きますが失敗が多くなりました。尿意や便意が自分ではわからなくなっています。それでもあっけらかんと明るい認知症の母。
話を調子合わせてしますし、「あなたは綺麗な人や」とお上手を言います。けれど、すぐに言ったことを忘れてしまいます。起床時に毎日おむつを替えるのが私の業務です。おむつを脱がすとおしっこで重たい。新しいいおむつを履かせると「ありがとう」と言います。
身体能力はあるので、なんとか認知症が良くならないものかと家族としては願っています。
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下知地区防災計画・二葉町・稲荷町ブロック意見交換会が、2016年11月12日(土曜日)に、下知コミュニティ・センターにて開催されました。対象の二葉町と稲荷町から13人の町民が集まりました。行楽の秋かなんかわかりませんが、とても参加者が少なくて残念でした。
最初に森宏下知地区減災連絡会会長が挨拶しました。つづいて西村健一副会長が、下知地区防災計画の意義目的とと経過報告を行いました。
坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長からは、12月18日に実施予定の下知地区総合防災訓練の説明がされました。地区防災計画のより詳細な説明がありました。
山中晶一高知市地域防災推進課係長から高知市の立場の説明がありました。「上からおりてくるだけの防災計画ではなく、住民同士の議論はとても大事です。役員やリーダーだけでなく、各町内での今日のような議論がされることはとても意義があることで」大事なことです。」と言われました。
原点に返った議論は必要です。まずは初対面の人もおられるので、各人自己紹介をしていただきました。初めてこうした計画があることを知ったという人もおられました。防災に関心はあるが、この種の会合には出てこない悩みも聞きました。
ワークショップは2つの班にわけてやりました。地図に落とし込んでいる意見の説明をしました。それぞれの関心を聞きました。
「下知は人が減り、空き地ばかりで地価は下がっている。計画は実現できるかどうか疑問だ。」との意見も出されました。
「その割には、量販店が出店したり、専門店やコンビニが下知地区に多くある。交通量も多く、便利な街だから」との指摘もありました。
「街が綺麗になって、安全になれば、人が集まってくると思いますよ。」との意見もあり、いろんなアイデアがでました。
「青柳橋を耐震化する。」「五台山モノレールの復活は大賛成」「幹線国道を高架にして避難タワーにする。」「高齢者と子供がともに楽しい施設をつくる。」「区画整理をして事前に耐震高層住宅をこしらえる。高齢者も障害者は最初から避難する。」などの意見が出されました。
「下知地域が1・6万人いると言われていますが、ワークショップに参加しているひとは1%もいません。もっと広めていく必要がありますね。」
いろいろな問題点も指摘され、会合は終わりました。
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(工事前の二葉町工区。屏風のような薄い高潮堤防があるだけです。耐震性はない堤防です。)
2016年9月から二葉町工区の耐震護岸工事が始まりました。施主は高知県土木部高知土木事務所です。陸上部が大半の隣町の若松町工区と異なり、二葉町工区は、すべて」海側に鋼管を埋め込み、その上に護岸を建設する工法です。
(若松町工区・東側の海での耐震護岸工事)
若松町の東側地区で、青柳橋西詰付近は海側に耐震護岸堤防が建設されていました。それと同じでしょう。
陸上側に若松町のように建設資材を置くスペースがないので、大きな工事用の台船がやってきて工事が行われています。詳細は近づけないのでわかりませんが、クレーンで鋼管を吊り上げ、油圧のサイレントパイラーで27メートル鋼管を埋め込むようですね。。
コンクリートも採石も海から運搬し、耐震護岸を建設するようです。来年3月には完成予定です。いわゆる「インプラント工法」での耐震護岸工事。堤防が鋼管で粘り強く鳴り、液状化で崩壊したり、津波で崩壊しにくくなるとのことです。
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午前6時前は真っ暗です。6時に横田政道さん宅へ集合しました。大崎修二さんが来られていました。吉本豊道さんもバイクでほどなく来られ、3人で自転車を15分漕いで五台山市民農園を目指します。吉本さんは先に行かれました。まだ日差しは弱いです
途中JA五台山農協婦人部の良心市を覗きます。ここでは露地物の新鮮な野菜が販売されています。わたしはフルーツトマトとピーマンを買いました。そうこうしているうちに空が明るくなりました。
市民農園ではもっぱら雑草引きです。横田さんはウネにマルチを被せ、その穴から玉ねぎの苗を1本1本植えていました。1つの穴に1つが原則とか。根っこは先を伸ばし、7センチぐらい土に埋めます。おがくずをかけ、水やりしました。
下の竹林果樹園では文旦が実をつけています。日当たりを良くするために竹を伐採しました。一段落して今日の作業は終わりました。
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10月10日以来の海の散帆でした。季節は夏から晩秋へ。ウエット・スーツを着用して海の散帆をしました。
なんせ1月来ていないので、ぎ装(ヨットの組み立て)も忘れ気味。慎重に時間をかけて点検しながら行いました。今日はフリート・レースとか。高知大学が運営をするらしい。いつもの大学生・高校生・中学生以外に社会人の姿が多いようです。私を入れて19艇のヨットが浮かんでいました。
お天気は薄曇り。風も弱く、波も小さい。欲を言えばもう少し風が吹けばいいですが。まだ海水は暖かく、風も暖かい。でも海上はウエット・スーツで丁度の気候でした。Tシャツ・短パンからいきなりウエット・スーツですからね。
赤岡まで帆走して、みっちり海の散帆しました。充電させていただきました。今日はいい天気でなによりでした。
「おっさん2ショット」は山本宏之さんがお休みということでしたので、ありません。来週は「ヤッシー・秋祭り」。大根を買いに行こうと思います。
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今日は上天気です。西日本は移動性高気圧に覆われ「温厚な」晴天です。行きがけの大橋通りのラビータの温度は14度ですが、風が弱いので寒くは感じません。
父(97歳)のリハビリ・ゴルフです。最近足腰がめっきり父は弱くなりました。歩幅も小さく歩くスピードが極端に遅い。それでもなんとか2本足直立歩行しています。
ゴルフと言うとなんだか贅沢なスポーツのように思われていますが、」父が頑張っているのは、週に1度この打ち放し練習場へ来て、球を打ちたい一心なんですね。それがあるので、介護予防リハビリへ通所し、自宅でもDVDを見て活き活き100歳体操を自習してますから。
今日は3月まで下知コミュニティ・センターの所長をされておられた有光さんにお会いしました。来週友人たちと泊り込みでゴルフ・ツアーへ行かれるので猛練習をされていました。
父の場合はこれほど足腰が弱れば、ゴルフ場へいくことは夢のまた夢の世界です。地道に歩行練習をして足腰の筋力をつけるしかありません。本人はとても意欲がありますが身体の衰えが早いようです。転倒しない前に対策をしないといけないですね。
超高齢者は転倒は致命傷になりますから。なんだかんだ休みながらなんとか125発打ちました。歩行や階段昇降はしんどそうです。自宅の階段もようようで昇降しました。
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今日の高知市は「温厚な小春日和」です。気温も午後になり20度を超えました。母(90歳)と一緒にはりまや橋商店街へ行きました。
歩行補助車を持って行きました。母は腰が痛い(圧迫骨折・脊椎間狭窄症・すべり症)なんですが、超高齢者のため外科的な手術は出来ません。ですが腰が痛いと言っても歩かないと、どんどん足腰は弱ります。それゆえ買い物と体操に金曜日は午後から私が連れ出しています。
まずは魚の棚のコロッケ屋さんへ行きました。コロッケを買いました。
次に谷ひろ子さんのお店で焼き菓子とケーキを買いました。写真を撮るのを忘れました。コーヒーと焼き菓子を依頼し、母とお茶をしました。
活き活き100歳体操は、今日は気持がよく、風も弱めでしたので、テントの外へ椅子を段取りして実施しました。お元気な高齢者の皆さんが参加していました。母がそのなかでも1番の高齢者ですが、動作に遅れることなくついて行っていました。
横田政道さんも来られ、一緒にコーヒーを飲みました。明日朝は、朝6時に横田政道さん宅へ集合。五台山市民農園へ出掛けます。早起きしないといけないですが、最近は暗いのでだんだん起きるのが辛くなりますね。
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原則月曜・水曜・金曜の週に3回、父(97歳)は植田医院へ行き、点滴をしています。最近は寒いので、血流が悪くなり、点滴の針も入りにくいこともありますね。腕に入らないときは、手首の血管に差すらしく、痛いのか内出血で腫れあがっています。
現在の父のクレアチリンは2・2前後。慢性腎不全ではステージ4です。腎機能は」25%の稼働です。15%以下になれば人工透析治療になりますが、人工透析の人達の腎機能は6~7%程度しか機能していないと植田先生は言います。
腎機能はなんとか踏ん張って維持をしています。最近は足腰の衰えが目立ちます。超高齢者が転倒すれば大事になるので、道路の歩行や自動車の乗降、病院での移動などには最新の注意と見守りをしています。
超高齢者の両親の見守り、ケアは平常心でなければ集中力を欠いて危ない目にあわすこともありました。心を平穏にしないといけないのですが、結構ストレスまみれの生活をローカルでしているので、心のバランス維持は大変です。
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2016年12月4日(日曜日)は、午後12時半から16時半の予定で、「その初動が命を守る!」という講演会とワークショップが開催されます。
主催は市民とつくる防災フォーラム実行委員会です。場所は高知市総合あんしんセンターです。
講師の高砂春美氏は、阪神淡路大震災の最中に避難所運営本部を立ち上げ、被災者の自立と復興を目標に活動をされてこられました。東日本大震災後も支援活をなさっておられます。
「繰り返される自然災害での対応を見ていると、被災者側にも支援者側にも、災害の教訓が活かされていない場面が散見される。
行政には対応の限界がありますので、早い段階から外部の応援部隊を頼るべきですし、被災者は自らニーズを発信して、少しでも置かれた環境を改善して行く努力をすべきです。」と言われています。
春野東小学校と南海中学校の取り組みの発表や、7つの体験・体感コーナー(シェイクアウト・簡易トイレ・自分の部屋・緊急処置・避難所運営・ガラス飛散防止・アルファ米試食)などもあり、実践的な内容となっています。
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いやはや見事に予想が外れました。わたしの予想は「ヒラリー圧勝」でしたが、重点州であるフロリダもオハイオもトランプが獲得したので当選は確実。アメリカ市民も「ちゃぶ台返し」をやったもんですね。
同じアングロサクソンの英国が、国民投票でEU離脱を決めたばかり。7つの海をかつて200年にわたり支配していた英国も分離独立志向を強め、「世界の警察官」を自認していたアメリカも「ただの経済大国・強い国」を目指すことになりました。
第1次世界大戦後から100年間続いたアメリカの覇権。パックス・アメリカが終焉しました。アメリカ市民はよその国におせっかいをするのではなく、その経済力と軍事力を活用して「わがままに。アメリカらしく」生きることを選択しました。
ロシアや中国はほくそ笑んでいることでしょう。お仲間だと思いますね。日本の安倍政権と韓国の朴政権は筋書きが狂いました。どうなるんでしょうTPP。トランプ氏は履行しないと言ってますから。
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97歳で慢性腎不全の父。植田医院で原則月曜・水曜・金曜の午前中に週3回点滴をしています。昔と異なり最近の腎不全の治療は「適度な水分補給」「適度な運動」「減タンパク食」が3つの柱です。
週3回の点滴で父は脱水気味になる猛暑も乗り切りました。秋になりましたが週3回の点滴は必要なので付添をしています。父は血管が細く硬いのでなかなか点滴の針が刺さらず看護士さんたちが苦労しています。
週3回も点滴のやり方を観察していますが、看護士さんと同じように出来るのかと言えば出来ません。やはり専門的な医療の知識が必要です。最近は報道され亡くなりましたが、横浜市の病院での「点滴殺人」は医療知識のある人の犯行ではないかと思いますね。素人は無理ですから。
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今朝の事務所の温度は17度。湿度は59%。ようやく雨も上がりましたが、西高東低の気圧配置になり、日中は全国的に冷たい北風が吹くでしょう。
家内は弾丸ロック・コンサートツアーへ行きました。
ひいきのロックバンドが出演すると言うので、家内は休暇を取り、大阪へ長距離バスで出掛けます。お気に入りのバンドが出演するのは午後6時ごろ。9時過ぎまでコンサートがあります。それから夜行バスで明朝戻ります。結構ハードです。0泊2日の弾丸ツアーです。
この夏も家内は娘と一緒に香川県まんのう公園のモンスター・バッシュ2016へも行きました。炎天下の野外ロックコンサートでした。お元気な人です。
という訳で今日は爺さん婆さんの世話をしないといけない。「老いても子に従わない」両親なので大変です。
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2016年11月5日は6時前に横田政道さんところへ集合。大崎修二さんも来て久しぶりに(3週間ぶりに)五台山市民農園へ行きました。見学に学生さんも同行しました。最初に五台山農協婦人部の良心市へ行きました。
ホウレンソウを購入しました。150円でした。農園では雑草引きをしました。下の農園では雑草引きと竹を伐採しました。自生している文旦の日照の確保のためです。3個ぐらいとりました。まだ青いですが、古新聞にくるんで黄色くなるまで熟成すれば食べごろになるそうです。
西欧や東欧では市民農園が盛んです。ドイツではクライン・ガルテン、ロシアではダーチャと言われています。主食のジャガイモなどは栽培し、収穫して自宅の納屋や地下室に保存しているとか。2つの世界大戦や内乱や革命が相次いだ欧州では市民が自衛のための食料確保をしているようです。
個人資産の1部を市民農園へ投資し自分たち家族の食料を確保しています。歴史も規模も違いますが、見習う必要はあります。五台山市民農園は横田政道さんの尽力で土地を借用し、今年から始めました。2つ合わせて70坪ぐらいの市民農園ですが、雑草と竹と虫が強く、悩まされています。先ごろサツマイモを横田さんにいただきました。
「浸水時に役に立つ」レベルには程遠い限りですが、構想は大きく持って活動をしていきます。なかなか行けないところが悩ましいです。今後は行けるように努力します
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韓国のソウルで道路に穴が開き、陥没しているニュースを時折見聞していましたが、日本でも起こりました。やはり地下鉄工事の関係だそうですね。人口が集積している大都市部の繁華街では、電気も水道も電話線もガスも地中の道路下に穴を掘り埋め込みます。交通手段も地下鉄を建設します。
道路を通行止めに原則できないので、道路に覆工板で蓋をし、その上をアスファルトで舗装するので、見た目には何事もないように思われます。しかし地下には大きな空洞が開いています。テレビの映像でも陥没した道路のすぐ先に地下鉄の階段がありました。
博多も2つの川に挟まれ中州の軟弱地盤の上の都市市街地です。地盤も弱いし、常に工事は水との戦いです。幸いだったのは、けが人がいなかったことです。
わたしが東京で仕事をしていた36年前も鉄板にエポキシレジモルを表面に塗布した覆工板で蓋をして、地下空間に天井をつくり、地下鉄工事やCAB工事をしていましたから。
新宿や渋谷や銀座の幹線道路下は、博多と同じ状況にいつなるかもしれません。地震でもなんでもない時に陥没しました。首都圏直下型地震がくればどうなるのか想像できません。怖いです。
以前にも博多で道路陥没があったやに聞きました。土木建設業者もしっかりと施工wをしていただきたいものです。
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11月7日(月曜)に父(97歳)の付添で植田医院へ行きました。11月4日の血液検査の検査報告書を先生から渡されました。
「クレアチリンは前回(10月6日は、2・13)より今回(2・11)と改善され小康状態を維持しています。(正常値は1.0以下です。)。
年齢を考慮すると頑張っていると思います。ヘモグロビン値は9・7で10を上回ってはいません。次回からもう少しきつめの注射にします。」とのことです。
透析1歩手前で父は踏ん張って在宅治療をしています。この状態を極力維持したいと家族としては思います。
立冬で寒くなりました。血管が委縮するのかなかなか点滴の針が刺さらず看護士さんが苦労していました。早く落とすと痛くなるので、ゆっくりめに落とすと時間がかかりました。午後から父は介護予防通所リハビリ(母(90歳)は朝から1日ディサービス)です。)あわただしい1週間のスタートですね。
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「第31回紙と遊ぼう作品展 大賞」を昭和小学校の6年生たちが受賞されています。その作品が国見俊介さん(下知地域内連携協議会・会長)の仲立ちで、ちより街テラス1階の日産サティオ高知のロビーに展示されています。
2016年度の昭和秋の感謝祭の折に初めて見せていただきました。紙を使用した立体作品。よさこい踊りを踊る人たちが活き活きと大勢表現されています。
「5~6人での作品ではなく6年生全体で取り組んで、まとまった作品になりました。これは担当教員の頑張りがとても大きいですね。」と伊藤校長先生。なかなか昭和小の子供たちは頑張っていますね。感心しました。
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2016年11月6日(日曜)は、下知地区防災計画の意見交換会は、各町内のブロック会になっています。小倉町、アルファスティツ知寄Ⅱ を対象に、18時半から小倉東丸池集会所にて開催されました。18人の住民が出席されていました。。」
最初に中岡寛典アルファスティツ知寄Ⅱ自主防災会会長が挨拶されました。「マンション自主防災会と、周りの小倉町自主防災会は連携しないといけない。この会合を開催する前に小倉町の世話役の人と3時間にわたり居酒屋にて懇談し、濃密な意見交換をしました。」と言われました。
続いて坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長からは、地区防災計画の狙いと目的、昨年1年間の経過などが説明されました。山本美咲高知市地域防災推進課主査からは、概要説明がありました。各自の自己紹介が終わりますと、3つの班に分けて意見交換会が始まりました。
やはり低地で地盤が弱いと言う地域特性をなんとかしたい。今更家の耐震化や建て替えも出来ない。丸池公園と旧下水処理場後に広大な市有地があるので、そこを活用して耐震高層住宅を建てて、そこへ皆が住めばいいのでは。という意見も出されていました。
各班の意見は国際興業さんが持ち帰り、まとめていただくことになっています。
会場は最初は寒かったですが、議論が白熱しますと暑く感じられました。8時過ぎに散会しました。
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「おたくのお母さんが、服用されているご自分の薬を、通所者の人達にお菓子だと言って配布していました。事前に回収しました。」とディサービスから電話があったそうです。
(薬は名前の入っている袋に何種類か入っています。お菓子と母は錯覚したのでしょうか。)
ついに母(90歳)が「問題行動」を起こすようになったかとショックを受けました。認知症がより進行したのかもしれません。
父も最近身体機能が衰えています。母も歩行能力が低下気味。狭い自宅での在宅介護は無理になりつつあるのかもしれません。かといって介護施設へ入居させたら、一気に介護度は悪化し、認知症はより進行するでしょう。どこも人手不足ですから家族のような介護ケアは出来る訳がありません。
「問題行動」を未然に抑止する方法を考えませんと。「退所勧告」を受けないようにしないと。
一方で介護保険制度での「切り捨て」、社会保障費の削減がニュースになります。やはり新自由主義では社会保障制度は破壊されるばかりですね。
父(97歳)の歩行訓練もしました。
最近足腰が弱っている傾向の父です。歩幅も小さくふら付く傾向に。本当に歩行時に転倒すると超高齢者は重症・重篤になる可能性があります。それで今回も母が使用している歩行補助車を使用し歩行訓練です。
前回300メートル歩くのに5回の休息が必要でした。今回は3回で良くなりました。少しは筋力が付いてきたのかもしれません。なかなか身体能力は回復しませんね。
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2016年11月5日は、午後2時に自宅を出発し、私が運転して横田政道さんと吉本豊道さん、吉川真由美さんの4人で、仁淀川町長者のキャンドル・ナイトへ行きました。4人は5月29日に雨の中「田植え体験」に参加しました。途中仁淀川町・池川の439市で仁淀川町名物の「いりもち」を土産に購入しました。
長者へ着きますと午後4時前。ステージでは子供たちの勇壮な和太鼓が演奏されていました。だんだんクラブの西森勇幸会長や、11月3日に昭和秋の感謝祭に来ていただきました岡﨑守信副会長や、地域支援員の小原さんや、だんだんの里の大野さん達にもお会いしました。
また下知地区からは荒木三芳さんが、奥さんと奥さんの友人2人とで来られていました。席を確保し、田楽や、お寿司、ピザやから揚げ、イカリング、焼き鳥などの食材を確保。飲酒できる人達(横田さんと吉本さん)は、ビールやら焼酎を買い込み楽しそうに飲んでいました。
フラダンスのショーがステージでされていました。西森会長が言うには、RKCの女性アナウンサーの井手上恵さんも踊っているとか。綺麗な女性たちが楽しそうに踊られていました。
フラダンスが終わりますと、いよいよキャンドルナイトの点火です。着火マンを貸していただいて、石垣づくりの棚田のあぜ道に置かれている2016個のキャンドルにみんなが点火して行きました。私たちは田植えに行った上の方の棚田の点火を中心にしました。
そして日が沈んで空が暗くなると、キャンドルが浮き上がり「絶景」になってきます。ステージでは演歌やら、ロックやら、フォークや沖縄ソングなどのセミプロの歌手たちが声を張り上げて歌っていました。
暗くなりますと棚田に置かれた2016本のキャンドルが浮かび上がります。なかなかの絶景で参加者は皆感嘆していました。わたしも4年ぶりに参加しました。西森勇幸会長によれば、長者のキャンドルナイトは、2007年から始まり、今年で10回目とか。雪が降って寒かったり、雨で小学校の体育館で実施したりしていたそうです。今日は快晴で最高のお天気でした。
たまるか言う位にたくさんの人が長者へ来られていました。実に楽しいキャンドルナイトでした。長者のだんだんクラブの皆様ありがとうございました。参加者皆大満足でした。
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「世界津波の日」であります2016年11月5日。昼食後は父の歩行訓練をしました。官製の防災訓練やデモ(広報啓発事業)は各地で開催されてはいますが、実際に要支援者と言われている超高齢者が、自宅から自力で津波避難ビルへ行けるのか。到着して階段昇降が出来るのかは、うちにとっては大きなテーマ。官製の防災訓練より遥かに大事なことです。
今年の夏場は猛暑。大事とり父は外出を控えていました。その分足腰が弱っていました。そこで1か月前から週に1度、母(90歳)がレンタルしている歩行補助車で父の歩行訓練をしています。
初回はわずか400Mの道路の歩行ですが6回ぐらい休まないとたどり着けませんでした。今日は4回目ですので、3回の休憩でたどり着き、休憩時間も短くなり、歩行スピードも上がりました。1時間かかっていたのが、50分で行けました。
とはいえ自立歩行という点ではまだまだです。もう一月自主トレをすれば、1人で散歩しても大丈夫な状態になると思います。
自分の口で食べることと、自分の足で歩くことが基本です。ちゃんとできるように家族としてサポートしないといけないと思いました。
もう少しして仁淀川町長者での「キャンドル・ナイト」へ下知地区有志で出掛けます。私は運転手で飲酒は出来ませんが、同乗者の皆さん方は大いにイベントを楽しんできていただきたいものです。地域間交流はなにより大事ですから。
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日本発の「世界津波の日」なんですね。さすがは地震大国、災害大国日本です。軍事力での国際協力よりも、「減災」で世界に日本はもっと貢献すべきですよ。
第70回国連総会本会議(平成27年12月22日)で「世界津波の日」を定める決議がコンセンサスにより採択されました。この決議は,第3回国連防災世界会議及び持続可能な開発のための2030アジェンダのフォローアップとして,我が国をはじめ142か国が共に提案したもので,11月5日を「世界津波の日」として制定するものです。この決議により,津波の脅威について関心が高まり,その対策が進むことが期待されます。
決議の具体的な内容としては,(1)11月5日を「世界津波の日」として制定すること,(2)早期警報,伝統的知識の活用,「より良い復興」を通じた災害への備えと迅速な情報共有の重要性を認識すること,(3)すべての加盟国,組織,個人に対して,津波に関する意識を向上するために,適切な方法で,世界津波の日を遵守することを要請すること,等を含んでいます。
また,11月5日を指定することは,安政元年(1854年)11月5日に和歌山県で起きた大津波の際に,村人が自らの収穫した稲むらに火をつけることで早期に警報を発し,避難させたことにより村民の命を救い,被災地のより良い復興に尽力した「稲むらの火」の逸話に由来しています。
我が国では,東日本大震災による甚大な津波被害を踏まえ,2011年6月に制定された「津波対策の推進に関する法律」において,広く津波対策についての理解と関心を深めることを目的として,毎年11月5日を「津波防災の日」と定め,全国で様々な活動や教育に取り組んでいるところです。(外務省のサイトより引用)
今日は高知新港で国土交通省主催の防災訓練が行われています。黒潮町では世界津波の日・高校生サミットが開催されていますね。
内閣府も「津波防災ひろめ隊サイト」を開設しております。
http://tsunamibousai.jp/
3月12日に仙台市で行われました「地区防災計画フォーラム」にて、内閣府の中丸さんが壇上で「津波避難ポーズ」をお披露目していただきました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/・・・/03/post-1e28.html
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今は退任された舛添要一前東京都知事時代に作成され、全都民に一斉配付された「東京防災」(東京都総務局総合防災部防災管理課・編集発行)。平成27年9月に発行されていますが、版を重ね、5刷目は今年8月の発行。値段は130円と消費税と格安。
最も1300万東京都民に無償配布されたもの。東京都民である娘も自宅に所有しているとか。防災に関心がありますので、2016年10月29日に東京の書店にて購入してきました。
ビジターとして東京へ行った折、首都圏直下型地震に遭遇した場合はどうすればいいのか。どこへ避難したらいいのかという疑問に、「それなりに」丁寧に回答しています。
駅や電車で遭遇した場合の心構え。高層ビルやエレベーター内で遭遇した場合。電車や駅で遭遇した場合、百貨店で遭遇した場合の対処の仕方などが絵で表現されています。
また「地区内残留地区」とか「避難場所」、「防災公園」などの説明も的確でした。問題はその公園が一体どこにあり、万が1災害に遭遇した場合に、ビジターは安全委たどり着けるのか?という疑問は残ります。
わかりやすい防災の冊子であるとは思います。問題は都市の風景の中で、「わかりやすい表示」が出来ているかどうかです。とってもビジターにはわかりにくい。
外国人は理解できるのでしょうか?
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2016年11月4日は、はりまや橋商店街へ母(90歳)は行きました。先週は東京出張のため欠席していました。2週間ぶりでしたので、遅くなりました。お天気でしたので歩行補助車を持って行きました。
コロッケ屋さんで夕飯のコロッケを買いました。今日は谷ひろ子さんはお休みでした。お菓子は買うことは出来ませんでした。
今日の活き活き100歳体操は13人のお元気な高齢者の皆さんが来られていました。屋外で体操するのもいい季節となりました。
横田胃腸科内科へ行きました。
戻って父(97歳)と合流し横田胃腸科内科へいきました。2人とも「医学的な所見は見られないとの事。」血圧は父が136-74で、母が134-76で上等でした。1カ月分の薬を調剤薬局でもらいました。
今晩は減災連絡会の会合でした。さきほどまで忘れていました。手帳を見て思い出しました。明日は長者キャンドルナイトの運転手。明後日は地区防災計画のブロック別説明会。なんだか週末は全部地域の行事で夕方はすべてつぶれますね。なんだか落ち着かないですね。
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2016年11月3日(祝日・日本国憲法公布日)は、高知市知寄町2丁目のちより街テラスにて、「第5回昭和秋の感謝祭」(下知地域内連携協議会主催・国見俊介会長)で開催されました。
快晴で申し分のないお天気でした。急遽森会長(二葉町自主防災会会長)が、鳥の空揚げを行うことになり、フライヤーを大橋通りの店舗へ取に行くことになり、意外に準備に時間がかかったため、仁淀川町の遠来来られただんだんクラブの皆さんより後にくる羽目になりました。
ブルーシートを敷き、その上に段ボールを敷き、吉川真由美さんにお借りしたテントをだんだんくらぶさんたちにお貸しし、会場設営しました。だんだんくらぶさんたちは、いろりを準備し、田楽の串刺し販売をされました。それが炭で焼くのでとても美味しいです。
二葉町のお隣は、だんだんクラブの皆様。お寿司やこんにゃく、いちょうまんじゅう、田楽などを即売されていました。
豚串屋さんや、地元のこみベーカリー、ツバメガス、たけしま薬局なども出店されていました。すずめ共同作業所や若松町町内会、下知地区減災連絡会。交通安全会議、オリパラ焼き、KSキッチンなど地元飲食販売も出店されていました。
高知県の防災キャラクターのヘルパちゃんとたいさくくんも現れていました。起震車や煙体験も賑わっていました。昨年よりこちらの会場で開催し始めましたが、人出は多くなったようです。全戸配布の下知コミュニティ・センター便りや、下知地域内連携協議会誌ボンズの発行も効果があったと思います。
取材対応もしていました。朝1番からなにかと段取りが狂い、暑さでのぼせながら1日が終わりました。関係者の皆様、ご参加された皆様、だんだんクラブの皆様ありがとうございました。
事故もなく無事に終了できて何よりでした。
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先週末は東京出張で、父(97歳)のゴルフ・リハビリは出来ませんでした。2016年11月2日の午後は、なんとか仕事の都合をつけて、ゴルフ・リハビリにいつものゴルフ練習場へ行きました。
気温は19度。丁度の季節です。平日ですが、結構若い人たちもおられ、盛況でした。いつものように父は自己流の体操をします。水分補給もOS-1を飲んでいます。
1発1発打ちます。夏ごろと違い休憩時間が短くなりました。その間私は読書タイム。「売る力 心をつかむ仕事術」(鈴木敏文・著・2013年 文藝春秋刊)を読んでいます。つい最近セブンイレブンから「追放」された鈴木敏文氏。絶頂期に出された書籍です。ブックオフで買いました。
歩きも、階段昇りも大変です。「渾身の力」を入れていますが、歩みは遅く苦労しています。
やはり平日ですので、問い合わせの電話もありました。2件あり結構時間がかかりました。戻ってきて「小分け」作業をしたらはや日没に。1日が短くなりましたね。
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東日本大震災で児童74人と教職員10人の84人が津波に流され、亡くなりました。昨年現地を訪れましたが、言葉を失いました。大川小学校は鉄筋2階建てでしたが、すぐ近くの北上川の堤防よりも敷地は低く、津波は屋上まで達したと言います。
小学校などの避難行動では校舎から運動場へ児童を集め、教職員が点呼ををとり、次の避難行動をとります。
問題は校庭で30分以上待機し、ようやく次の避難行動に北上川河川堤防へ向かい始めた時に、堤防を越えた津波に押し場がされました。学校に隣接して山がありましたが、そこへ逃げると言う避難行動はとりませんでした。
遺族の一部が管理者である県と石巻市を訴えた裁判でした。仙台地裁(高宮健二裁判長)は26日、学校の責任を認め、計約14億2660万円を支払うよう市と県に命じました。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201610/20161026_13046.html
災害は予見できないほど大きかったようですが、何故近くの山へ逃げる行動を教職員がしなかったのかがわかりません。周囲で校舎より高い所はそこしかありません。
ひるがえって海抜0メートルの高知市下知地区。自然地形の山もありません。避難場所も全然足りません。
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2016年10月28日から30日まで、横浜・東京へ出張しておりました。若い頃(と言いましてもかれこれ36年前に)大学時代と社会人時代を過ごした場所ではありますが、街の変化と活力に田舎者はついていけません。
10月28日は、羽田近くの流通センターで午前中は商談。新たに取引条件の提示がありました。即答は出来ないので持ち帰りとなりました。午後1時からは横浜へ移動し、取引先の全国販売店会。需要家対策の提案がありました。会合は13時から17時までみっちりあり、懇親会が横浜中華街でありました。
その後横浜で地域活動をなさっている青木美佳さんに2年ぶりにお会いしました。情報交換をしました。横浜はやはりラーメンは美味しいですね。
10月29日は、10年ぶりぐらいになるんでしょうか、義弟夫妻にお会いしました。近況報告をいしました。吉祥寺も変貌はしていますが、商店街の雰囲気は変わりませんね。
午後からは新宿の東京オペラハウス53階にある居酒屋北海道へ行きました。大学時代のサークルの同窓会。段取りは東京在住の安部卓彦さんがしてくれました。北海道から久松伸一さんも仕事で東京五輪への商談のついでに参加されました。野村幸代さん、菊池光夫さん、飯田松男、丸山さんなどが集まりました。このメンバーで集まったのは11年ぶりですね。
皆全員気分は40年前の学生時代に戻ってはいますが、私も含めみんな爺さん、婆さんになりました。仕事、病気、子供、孫、地域の話などで盛り上がりました。またの再開を約束しました。
30日は首都圏で頑張っている下の子供に会いました。新宿駅前で待ち合わせをしましたが、人の波に酔いました。街並みを観察して高知のような地方都市と違うのは、ビルの貸室に空き家がないということです。看板がすべて埋まっています。なんだかんだいっても東京は景気がいいんです。
災害時の避難場所を看板で見ました。指定避難場所が遠い。地震が起きたら丈夫そうなビルへ一時退避し、収まってから移動するしかない。しかし距離は遠い。旅行時も最低限の水と食べ物や最低限の避難グッズは用意しないといけないことが良く理解できました。
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