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2017年3月

2017.03.24

いの町長からの素っ気ない回答にがっかりです


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 私の両親は高知市の隣町のいの町町民です。父(97歳)の自宅もあり、いの町には税金も父は納税しています。父(97歳)はいの町川内の出身。母(91歳)と結婚して高知市に住んでいました。昭和41年(1966年)にいの町に自宅を建築しました。以来51年間両親はいの町住民でした。

 今年両親の介護認定があり、父は要介護度1、母は要介護3でした。父は介護度は低いですが、慢性腎不全でありステージ4です。透析1歩手前で踏ん張っています。そのために週3回専門医の診察と点滴治療に週3回植田医院に通院しないといけません。

 母は身体的には問題は何もありません。しかしアルツハイマー型認知症と9年前から判定されました。2011年から介護判定され、介護予防通所リハビリ施設や、ディサービスを利用しています。

 今年からいの町独自の福祉政策で評価していました「在宅高齢者などオムツチケット交付事業」と「家族介護支給金」が打ち切られてしまいました。

 その理由が「ご両親は住民登録されておりますが、居住地がいの町でないということからオムツチケットの支給要件を満たしていないことになっております。」との「素っ気ない」回答が文章でいの町長から来ました。

 固定資産税や住民税、介護保険料などの納税を両親は一切いの町に滞納しておりません。51年間支払い続けています。

 「役場の裁量」で出来ることらしいですが、いの町長は「福祉の専門家」を全面に出して昨年の町長選挙で当選された人だけに、「事なかれ主義」の「役所点数稼ぎ主義」の対応には、「大いに失望しました。」。がっかりです。

 最近とみに両親は尿失禁と便失禁が多くなりました。オムツの使用量も増えました家計の負担も大変です。在宅介護で懸命に踏ん張っているところです。

 「小さな役場の理屈」で、納税者であるいの町民の支給される権利が奪われる現実には、釈然としません。両親も事情があって高知市の私の自宅に同居しているに過ぎません。仕事しながら在宅介護ケアするのは、職場と自宅が一緒でないと駄目です。その事情に配慮してくれない「社会保障」ってなんだか釈然としませんね。

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2017.03.23

再び日本は暗黒国家を目指すのか

2017年3月23日は「ファシスト小学校・森友学園」を財務省や大阪府の「大変な親切とサポート」で設立しようとした「愛国者ビジネスマン」の権化である籠池氏の国会での証人喚問がありそうです。しかしこのワイドショーよりも遥かに重要な問題があります。

 悪名高い「共謀罪」(テロ等準備罪)が閣議決定されました。平成の「治安維持法」と称される国民の基本的人権及び言論の自由、思想信条の自由、政治活動・社会運動の自由を脅かす危険な法律です。

 日弁連も明確に反対しています。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/complicity.html

 「治安維持法」が国民を縛り上げ、日本は戦争国家になり多くの国民に犠牲を強いたことはつい71年前のことにすぎません。あの悪夢が台頭する可能性が高くなります。SNS社会なので、常に警察・公安は国民各位のSNSやWEBを監視するようになるでしょう。

 「言いたいことが言えない」「重苦しい」雰囲気の暗黒の日本社会になるでしょう。

 支配階級はまともではありません。自衛隊の南スーダン派兵に関し、情報を自衛隊幹部が隠匿しようとした事件。森友学園という教育基本法を全く無視したファシスト小学校に国や大阪府が「とても親切」に便宜を図りました。

 「まともでない政府閣僚や与党の連中」に、全体主義国家をつくらせてはいけないと思います。わたしは共謀罪に反対します。

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「君と僕との防災」特集は秀作

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 ビックコミック・スピリッツ(小学館)15号は、「総力特集・君と僕との防災」です。付録に「永久携帯版・防災MINI BOOK」が、2冊」ついています。

 グラビアページには、AKB48メンバーの舞木香純さん。中学1年生の時に福島で被災。やがて原発避難で住んでいた街に住めなくなり疎開されたとか。「AKB48が被災地訪問に来てくれて、わたしも勇気づけられた1人。震災を経験したものとして次の世代に伝えて行きたいです。」
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 同じくAKBメンバーの佐藤七海さんは「東日本大震災の時仙台にいて小学6年生でした。授業中、校舎の4階でひどく揺れて・・。窓から外を見ると黒いものがワーっときて、「なんだろうあれは」と思ったら津波でした。

 停電してガスも水道もダメになって、避難所の小学校の教室や体育館に逃げてきた人が溢れてたのを良く覚えています。その経験があるので、防災については家族みんなで考えてて、家具に突っ張り棒をするのは当たり前、いつ地震が起きても大丈夫なように水や非常食を車に積んでいます。付録の「防災ミニブック」はわたしみたいに震災を経験した人ではなく、どれほど怖いものか知らない人に、渡したいと思いますね。」
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 若い人達は防災に無関心であると良く言われますが、そんなことはありません。アイドルだって被災するし、災害に遭遇するのです。
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 そういえば昨年7月のビックコミック・スピリッツは「丸ごと日本入ってます。」ということで、「日本国憲法の特集」をしていました。放送メディアや大新聞社が、政府に取り込まれ、「権力の番犬化」していく時流に抗して「自由な精神」を発露していましたね。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-4481.html

(スピリッツは日本国憲法特集でした 2-16年7月)

 東日本大震災から6年が経過し、防災に関する関心が薄くなっています。次世代を担う若い人たちに防災に関心をもってほしい。スピリッツ編集部の高い志を感じました。

 付録の「防災MINI BOOK」は優れものですね。是非購入してください。お薦めの雑誌です。
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2017.03.22

父は午後から散歩しました


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 2017年3月22日(水)ですが、午後から父(97歳)は、自宅から青柳公園まで散歩しました。4月2日にお天気であれば二葉町町内会のお花見・慰安会の予定です。(雨が降れば下知コミュニティ・センター)です。
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 往路は途中で2回休憩をとり、OS-1(経口補水液)で水分補給しながら、青柳公園へたどり着きました。20分ぐらいあればなんとか到達できます。
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 帰路は、下知コミュニティ・センター経由で。トイレを借り、一休みして自宅へ戻りました。戻って父はおやつを食べました。
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「快適都市」はコンパクト・シティそのもの


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 2017年3月11日(土曜日)の「コミュニティ計画推進市民会議」に初めて出席しておりました。その席上に懐かしい人達に再開し、昔話をしました。

 FBでも交流のある漁師明さんと、元高知短期大学教授の福田善乙さん、市役所の山地さんでした。わたしが27年前の高知青年会議所時代にこしらえた「快適都市」という概念と、小冊子(1990年から92年にかけて都市再開発セミナーを展開、3冊冊子を発刊しました)

 当時は記録媒体がWEBが今の時代のように普遍化していませんでした。紙媒体の小冊子にこだわり作成したものでした。

 現在高知市の「まちづくり」は、知るうるだけで4つのまちづくり計画が、ばらばらに相互連携されず、生真面目に真摯に行われています。

1)地域コミュニティ推進課の
「コミュ二ィティ計画」があります。

2)福祉の関係のまちづくり(福祉関係部署と社会福祉協議会。

「私たちが市と一体的に立てた地域福祉活動推進計画の中でうたっている「誰もが安心して暮らせる支えあいのあるまちづくり」


3)コンパクト・シティ計画(都市計画課)

 都市機能の「立地適正化計画」がある。

4)下知地区防災計画(事前復興まちづくり計画)地域防災推進課と下知地域住民との協働。

 それぞれが秀作の活動をしていますが、ばらばらです。一緒にやれないものでしょうか。

 そんなとき「快適都市」をこしらえた時代を思いだし、3人で昔話をしていました。

「27年も経過しているが、「快適都市」で言われていたことは古びてはいない。今こそやるべきであはないか。」

「高知青年会議所に当時期待していたが、その後は継承される動きはなかったのが残念ですね。」とか言われました。

 当時はバブリーな時代でしたが、アメリカの都市再開発の概念を学んでいました。徹底した市民参加と情報公開の原則。それだけは今でも覚えています。
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 (NYのサウスストリート・シーポート・1988年)

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(ボルティモア・イナハーバー1988年)
 どんな地域計画づくりの場合も「計画策定段階からの市民の参加」は保証され、」市民自治や市民の自主管理まで到達しないと本物ではないと思うからです。

 住民の合意形成を無視した行政側のごり押しによる復興事業などは、まちとコミュニティの破壊活動以外なにものでもありませんから。

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丸池町・東雲町・小倉町の津波避難場所

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 2017年3月定例市議会の代表質問で、下知地域代表の市議会議員である高木妙さんが、高知市下知地区の丸池町・東雲町・小倉町の津波退避場所について問いただしていただきました。

1)まず丸池町の勤労者交流館を丸池地区の津波避難場所にするための対策について聞かれました。またこの地域には高齢者が多数居住しています。また隣接して障害者の方の通所施設「すずめ共同作業所」があります。

 高知市役所の回答は、「自然高台が遠くて津波避難ビルも少ない。平成29年度に勤労者K交流会屋上へ避難できる外付け階段と、屋上部分に安全を確保するフェンスを設置することになりました。
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 敷地が狭い関係からスロープを設置しうるのは困難である。高齢者に優しい蹴上の高さや穏やかな傾斜の階段となるようにバリヤフリー新法(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)の「建築物移動等円滑化誘導基準」に基づいた設計で施工する。」との回答を得ました。

 確かに昨年実施されたすずめ共同作業所の避難訓練では、作業者からちより街テラスまで20分かかりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-b798.html


 また丸池町から昭和小まで20分徒歩でかかりました。階段昇降時に体調を崩された高齢者がおられ、緊急搬送されたこともありました。
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-d69c.html

2)「小倉町町内会が従来から津波避難施設として期待されていた下知水再生センター管理棟が耐震強度がないことが判明しました。どう津波避難場所を確保するのか。」と高木妙市議は問いました。

 市役所側の回答は以下のとうりです。

「下知再生センター管理棟は耐震強度に乏しいので、建て替えをすることになりました。その期間中に、南海地震が発生した場合は、管理棟に隣接して水処理棟の屋上があります。地上から8Mの高さがありますので、一時雛場所といて活用できるのではないかと検討している。」とのことでした。
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 丸池・東雲・小倉地区は海抜0メートルの低地で軟弱地盤です。江ノ口川と久万川に隣接しています。津波避難ビルも少ない地域です。今回の高知市議会の質疑で、津波避難施設の確保が徐々に進展していることがわかりました。

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2017.03.21

3連休で静養させていただきました


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 このたびは土曜・日曜・月曜(祝日)と3日間ゆっくり静養させていただきました。海の散帆あり、焼肉三昧、カラオケ三昧あり、野草三昧あり、昼寝三昧あり、雑用三昧で過ごしました。
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 3日間は地域の防災活動や防災講演会もなく、またWEBでの問い合わせも、注文もなく精神的にも休養させていただきました。充電出来ました。お蔭様で起床時のめまいも起こりません。

 休み明けは早速朝は父(97歳)の通院の付添です。混んでいると思います。午後は集金と支払いの業務があります。
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 夜中から雨なので、うっとうしいです。でも暖かくなりました。気分新たに頑張ります。天気図を見ますと「南岸低気圧」が四国沖を東進中。その後を大陸からの高気圧が張り出してくるので、天気は回復するでしょうが、冷たい風が午後から吹きそうですね。

 春先は寒暖差が1日の中でも大きいので体調管理が大変ですね。

父の通院。病院も道路も混んでいました

 3連休明けの高知市。夜半からの雨が降り続いています。父(97歳)の通院日です。植田一穂先生に診察していただきました。

「休みも元気で過ごされたようで何よりです。運動もされていること腎機能に良い影響を与えています。」と言われました。

 ゆっくりですが2本足で歩いています。戻りにゴルフ練習場のプリペイト・カードを購入しました。午後から両親は介護予防通所リハビリ施設へ行きます。

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広報・下知減災2月号が発刊


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 下知地区減災連絡会・広報紙「広報下知減災」(2017年2月号・15号)が発刊されました。事務局長の坂本茂雄さんのご尽力です。
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 今回の紙面は現在下知地域で取り組んでいる下知地区防災計画特集です。2017年2月1日に開催された「第7回下知地区防災計画検討会」の詳細な報告がされています。昭和小6年生の「防災学習の発表会」は素晴らしく、大いに地域の底上げになりました。

 下知地域では、昨年度の内閣府のモデル事業でスタートしましたが、当初から「事前復興計画をこしらえる」ということで意見交換と検討を繰り返してきました。そして5つの課題に集約して行くことになりました・
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「子供」「高齢者・障害者」「働く世代」「コミュニティ」「防災に「も」強いまち」です。それぞれに課題があります。どうすれば、今までのワークショップやワードカフェを通じて出てきた意見を実現させるためにはなにが必要なのか?

 今後はより実践的な「アクション・プラン」を立案し、どんどん実践し、地域全体を盛り上げる創意工夫が必要となりますね。下知地区が「モデル地区」ですから、なんとか成功事例とし、他の地域へも波及させていかなければ、地区防災計画は成功しません。
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2017.03.20

だんだんついしん・3月号が来ました


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 高知市下知地域の(二葉町など)と地域交流をしている仁淀川町長者地区。だんだんくらぶ(会長・西森勇幸氏)の地域活動紙である「だんだんつうしん」(2017年3月号)が送付されてきました。

 作成されましたのは、仁淀川町の地域おこし協力隊の小原紀子さんです。今回も長者地区の地域情報盛りだくさんですね。「棚田の景観保存策」「長者小の学習発表会」「「だんだんの里(農村レストラン)の恵方巻きの販売」「秋葉祭り雪のため一部行事中止」など。

 裏面は長者だんだんくらぶと交流している高知大学地域協働学部の学生たちの紹介や、事業計画などの紹介がありました。

 人口減少、少子高齢化の進行する中山間部ですが、仁淀川町長者地区は元気です。
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2017.03.19

山菜&野草ウォーキング


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 2017年3月19日は、YASU海の駅クラブ事業「春満載 山菜&野草ウォーキング」に家内と参加しました。午前8時半に集合なので、家内は両親の弁当をこしらえ8時に自宅を出ました。
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 到着しますと40人ぐらいの参加者がおられました。今回の事業は地元香南市夜須の千切と駅前の町内防災会の企画です。防災炊き出し訓練も兼ねていると言うことで、参加費が無料になりました。
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 講師は土佐和ハーブ協会会長の松岡和久さん。押岡洋子さんも野草採取の支援に来られていました。ご主人は海上で大学ヨット部の熱血指導をされておられます。今日は最高のお天気。ハーバーには高知大学ヨット部やジュニア・ヨットクラブが出艇しておりました。
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 海の駅クラブを出発、サイクリングロードを歩きました。この道は土佐電鉄安芸線の軌道跡です。途中トンネルもあります。高台にあるので、津波災害時に地域住民の避難場所になるようです。防災倉庫もすぐ近くにあるとか。
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 途中で道端の雑草を松岡和久さんが「これは食べられます」「これは毒草です」と瞬時に判断されます。ご指摘に従い参加者は次々に野草を採取していきます。いわば「道草」ウォーキング。雑草採取に熱中してますと先へなかなか進めません。
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 次から次へと松岡さんは食べられる野草を指摘されますが、到底1度万々えと姿を見ただけでは覚えきれるものではありません。渡された16種類の野草の写真と見比べますが、なかなかわかりません。
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 ウィーキングコースは、手結山から塩谷へ。手結岬から坂道を下り、大岐の浜へ降りて行きました。かつてこの浜にマリーナ建設の話があり、夜須町内が賛成反対に分かれ対立して大変な時代がありました。結局バブル崩壊で立ち消えになり、強引に着工されたものの、堤防の1部が建設されて工事は凍結されました。
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 その後手結の真行寺付近の山へ。手結地区の避難場所の広場の上の高台へそのまま葉っぱをハガキとして出せる野草もありました。
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 1時間半のウォーキング後は、参加者各位は古新聞の上に採取した野草を広げ、松岡和久さんに鑑定いただきました。
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 食べられる野草。成長しすぎて硬くて食べるのは避けたほうがいい野草。洗った方がいい野草。洗わないほうがいい野草があるうことがわかりました。

 昼食は地元の防災会の人達が準備いただきました。炊き込みご飯は、「缶詰のひじき、、魚の缶詰、コーンの缶詰を使いました。防災食品は5年持つと言われます。でも高い。スーパーで売っている缶詰は3年。でも安い。今日のように3年が来る前に食べて入れ替えればいい。」という素晴らしい実践をされています。
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 傍らで採取した野草を松岡さんや押岡さんが、衣をつけて天ぷらをこしらえていただきました。何種類か食べましたがどれも美味しかったです。野草を食べられる知識があれば山の中に避難しても生きのびることが出来ることがわかりました。
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 夜須町の人達は先進的ですね。感心しました。お世話になりました。

 

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漫画家大会議へ行きました。


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 2017年3月12日は、土佐のお客と、おびさんマルシェを見学して、カルポートで開催されている「第3回漫画家大会議」へ行きました。
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 石ノ森章太郎複製原画展や海洋堂のコーナーや、漫画家のトークショーもありました。石ノ森章太郎氏の原画は、2015年に宮城県石巻市を訪ねた折に記念館で見ました。遠目で、漫画か家作家全員が参加したトークショーを見ました。
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 高橋昌美さんご一家にお会いしました。ある漫画家さんのサイン会に参加されるとか。一応の展示を一通り見て、漫画「グラゼニ」の作者アダチケイジさんのトークショーを拝聴しました。

 漫画「グラゼニ」は、週刊モーニングに連載されている野球漫画です。主人公の投手凡田夏之助と周りの選手やスタッフの人間模様や葛藤が面白い。「グラゼニ」とは、「グランドに銭が落ちている」というぎすぎすしたことですが、アダチ氏の画風が柔らかく、それを感じさせません。
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 トークは女性アナウンサーが司会進行し、アダチケイジ氏と、モーニング副編集長と、高知出身の元プロ野球選手江本孟紀氏との掛け合いでした。

 最初は女性アナの進行が悪く、漫画の話で話ではなく[高知のお酒の話」とかばかりして15分ぐらい空費してしまいました。総じて高知の女子アナウンサーはしゃべりすぎますね。司会役と言うのはゲストの話を聞きだし役の筈。黒子のはず。完全な人選ミスですね。

 ようやく本題のグラゼニの話になりました。そこは副編集長が「グラゼニは、原作者の森高夕次氏が絵が描けるので詳細な絵入りの進行表を期日内にきちんと描いてくれます。それをアダチケイジさんが柔らかい絵でしあげてくれます。どろどろした話が、度きつくなりません。」

 江本氏が「あまりに野球界の裏側がリアルすぎる。だれか内通者がいるのではないか」と突っ込みをいれましたが、作者も編集者もやんわりと否定しました。

 江本氏は高知FDのGMもしているので、話は自然に元大リーグのレジェンドラミレス選手のことに。今日はアダチケイジさんは高知市営球場に訪ね、似顔絵を描かれたり交流されたそうです。

「大変フレンドリーな人でした。似顔絵を描きますと喜んでいただきました。携帯で写メしてました。打撃練習になると目つきが変ります。只者ではないとわかりました。」

 江本氏は「我慢して長くいてくれたらいいんですがね。」と少々心配気味です。「4月1日の開幕戦は来てくださいね。」とPRをされていました。

 グラゼニの愛読者の95%は、男性だそうですが、今後は「グラゼニ女子」も増やしていきたいとのことでした。面白いトークショウでした。
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 惜しむらくは、特設フードブースでの漫画の味を再現した食事を食べられなかったことですね。グラゼニの「から揚げチャーハン」は、高知が1番原作に近いと編集者が絶賛していました。
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ありがとう横山恵理子さん


 2017年3月18日は、YASU海の駅クラブ事務局の横山理恵子さんのお別れ会がありました。ノンアルコールで出席いたしました。6年間お疲れ様でした。
 会場は香南市野市の焼き肉店。なかなか繁忙しているようです。
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 かつて青年海外協力隊でスリランカに何年間滞在されておられたそうです。今後は日本とスリランカの友好親善のお仕事をされたいとの事でした。YASU海の駅クラブ(丸岡克典理事長)の理事と事務局員が出席しました。
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 感謝の気持ちで一同殻花束や記念品が渡されました。横山恵理子さんから謝辞があり、スリランカのお土産を一同いただきました。ありがとうございました。

 二次会は丸岡理事長の音頭で近くのカラオケ店へ行きました。皆さんアルコールが入っています。私はしらふで久しぶりに歌いました。楽しかったです。明日はYASU海の駅クラブのウォーキングの行事に家内と参加します。
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スリランカのお土産

 横山恵理子さんにスリランカのお土産をいただきました。
 紅茶にアイルベータの効用があるというハーブ・ティ。お菓子です。
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 自宅へ戻ると午後11時を過ぎていました。わたしにすれば夜更かししました。

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2017.03.18

3月18日の夜須の海

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言われていますが、この冬は暖冬でしたが、3月になって寒い日が多くかったです。今日は朝1番は五台山市民農園での作業。父(97歳)のリハビリ・ゴルフに付添後、夜須の海へやってきました。
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 「温厚な天気」であると予想したので年寄りは来ました。ぎ装して海へでますと11時をすぎていました。今日は夕方近くまで海の散帆をゆったりと楽しみますぎ装をして着替えて出艇したのは12時を過ぎていました。
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 今日は美波町から船木さんも来られていました。高知大学のヨット部とジュニア・ヨットクラブが海上練習をしていました。
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 程よい風でした。波もなく快適でした。赤岡まで行けました。風はそこそこ強くなりハイクアウトの連続でした。堪能させていただきました。
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 片付けしているうちにどんどん曇りになりました。道の駅やすへ行き、雛人形と対面しました。今日は山本宏幸さんはお休みなので、「おっさん2ショット」はありません。
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  夕方は6年間YASU海の駅クラブの事務局で奮闘いただきました横山恵理子さんの送別パーティが、野市でありますので、夜須で久しぶりにまったりしました。

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おびさんマルシェへ行きました。

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 2017年3月12日は、土佐のお客と同時開催で「おびさんマルシェ」も同時に開催されていました。騒々しい帯屋町アーケード街から、1本南の街路のおびさんロードで開催されています。
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 手作りの作品が各分野それぞれにテントの下に並んでいます。主催者の大西みちるさんご夫妻にもお会いしました。
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 こちらは文化的な臭いのするイベントです。久しぶりに見学させていただきました。お天気になり寒くもなかったので良かったです。

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父はゴルフリハビリへ行きました。


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 2017年3月18日ですが、父(97歳)は、朝食後体調を整え、ゴルフ・リハビリへ行きました。朝方は冷え込んで温度は低かったですが、午前中は風がなく、また打席は日当たりが良いので、球打ちは寒くはないはずです。
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 いつものように自分で準備をして、自己流の体操をして、水分補給をOS-1(経口補水液)を摂取して脱水対策もしています。今日は往路の気温は8度、復路は12度。午前中は風が弱めですので寒くはなかったと思います。
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 ゆっくり、ゆっくりと球を打ちます。その間私は読書です。先日から韓国情勢も気になることもあり、ブックオフで「親日派のための弁明」(金 完燮・著・2002年刊)を読んでいます。
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 1時間ほどで終了。片付けして、海の準備して、久しぶりの「海の散帆:へ出掛けます。結局午後からの帆走になりますね。段取り悪いから

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2017.03.17

3月17日のはりまや橋サロン

 朝は肌寒かったですが、午後になると暖かくなり事務所で焚いていた灯油ストーブも消しました。先週は父(97歳)の付添でプロギア・レディスを観戦に行きましたので、母(91歳)は2週間ぶりのはりまや橋サロンです。

 お天気でしたので歩行補助車でお買い物。最初はコロッケひろっちゃんで、夕飯用を買いました。続いて谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。今回は娘に送りますので、別に購入しました。
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 今日の活き活き100歳体操は、15人の参加がありました。明さん元気に屋外で体操をしました。「先週はどうしました?」と体操仲間の人達に母は言われていました。ありがたいことです。
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土佐のおきゃくへ行きました。


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 2017年3月12日は、午後から「土佐のおきゃく2017」へ自宅から歩いて家内と一緒に行きました。先月の高知青年会議所の「還暦祝い」に出席した折、3月11日・12日限定の「前売り券」を購入していました。
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 絶好の晴天で温厚なお天気。明日から夕方は全部地域の会合で埋まっているので、本来なら「海の散帆」で浮かんでいたいのですが・・。苦手なイベントを見に行きました。
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 会場となっている中央公園は大変な人出。また普段は休日でも閑散として自転車が走り回っている帯屋町や大橋通りのアーケード街も、賑やかなイベントや飲食ブースが出店していました。
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結局帯屋町2丁目のブースで、家内と2人のラーメン’500円×2)とビール(500円)、サワー(400円)とおでん(300円)で「前売り券」は使い果たしました。
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 真昼間から衆人環視のアーケード下で食事をして酒を飲むことは、「なんだかもったいない」と思いますね。ビール1杯で赤ら顔になる私は恥ずかしかったです。

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2017.03.16

第7回コミュニティ計画推進市民会議

 2017年3月11日(東日本大震災から6年目)は、「コミュニティ計画推進市民会議・第7回全体交流会」へ参加ししておりました。午後1時半から17時半までの長丁場。終了後は懇親会がありました。

 下知地域内協議会会長の国見俊介さんと、連携協の個人会員であり、」高知市まちづくり未来塾のメンバーの鍋島佐和さんのお誘いがありましたので、急遽参加しました。本来なら前日プロギア・レディスの父(97歳)の観戦を車椅子を持参ししていました。上天気でしたので「海の散帆」へ行く予定でした。高知市の地域コミュニティ推進課関係の会合は、3月13日にも予定されています。

 最初に吉岡章副市長の挨拶と、「高知市のコミュニティ施策」訪うテーマで講演がありました。」
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 そもそも論でいきますと吉岡副市長のお話で理解しましたが、高知市のコミュ二ティ計画の歴史は古く、坂本昭時代に「コミュニティ・カルテ」(坂本市長は医師でしたので、地域の実情と課題をカルテと呼んでいた。)があり、対応部署として昭和51年に「自治活動課」をこしらえました。

 ところが同時期の昭和50年と51年に高知市は大雨洪水災害が2年連続で起きました。その後を継いだ横山龍雄市長は、市民の命と財産を守るために排水施設整備や雨水対策を最優先課題として長年やりました。

 どんどん人口が増えていた時代でありました。そして平成5年から「地域コミュニティ計画」づくりを各地域と一緒になって策定していきました。最近では少子高齢化問題や、人口減少問題と南海トラフ地震対策が高知市政の大きな課題となっています。

 「住民主体のコミュニティ」を目指しています。と説明されました。

 続いて一宮地区、布師田地区、下知地区、朝倉地区の各地域活動の発表がありました。
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 一宮地区はコミュニティ計画を実現するための活動が報告されました。「地域の見守り」「青少年の育成」「安心・安全」「文化・厚生」「地域福祉」「コミュニティ」等が事業として活発に展開されています。

 布師田地区は、地域の中にある歴史資源と自然を活用したコミュニティづくりを実践されています。「ぬのしだめぐり」というウォーキング・マップをこしらえています。布師田の旗をこしらえ、お祭りを企画し、餅まきや寄せ鍋などを行い、地域の親睦から、コミュニティづくりをされています。
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 下知地区は、国見俊介会長が、地域の事業の報告と意義をお話しされました。「無理なく。継続できる、ゆるい交流事業を心がけました。」と言われました。
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 ラジオ体操は土日はお休みで2週間・10日間実施しました。参加した子供たちには景品も差し上げました。大人にもです。スマイル・フェスは、7月にちより街テラスで開催しています。地域に関連した団体や商店がお店を出し、コンサートや踊り、で参加者も盛り上がりました。また昭和秋の感謝祭(11月3日)には、防災を手軽に体験してもらう工夫もし、実施されています。
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 BONDS(ボンズ)という地域コミュニティ紙を、下知地域内にある藁工ミュージアムと連携して作成し、下知地区の全世帯に配布しました。現在下知地区防災計画も推進されております、そのテーマは「事前復興まちづくり計画」なんです。

朝倉地区の場合は、朝倉小と朝倉第2小の住民同士の交流を目的に活動されています。どの地域にも共通な課題「やっている人達が年配者ばかり」「後継者が育たない」「若い現役世代が地域活動に参加しない。」悩みを抱えています。

 地域コミュニティの強化しなけば地域は元気になりません。「地域コミュニティの再構築は、多様な主体が協働する新たな地域・個性ある地域」を間褪しているようです。

 各地域の活動は多様性があります。でもベースは人の絆であり、地域内でお互いが顔見知りになり、一緒に行動することにつきます。
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 交流カフェを挟んで、地域コミュニティの先進地区である岡山県倉敷市箭田(やだ)地区の取り組みと活動内容の説明を受けました。とにかく尋常な活動ではない。8つの班が年中なにがしかの活動をしています。

 内容は素晴らしいし、レベルも高いです。しかし岡山県は災害がシクなく、大手企業も倉敷市には立地し、同時に観光都市でもあります。倉敷は50万都市(企業も多く税収が多い)。高知市は30万。経済力もありますし、市民各位が余裕があるように感じました。高知と条件が違いますので真似はできないと思いました。
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 続いて懇親会をしました。こちらは高知流の宴会となりました。当初は参加に躊躇しましたが、行って見ていろんな「世界」があることが分かっただけでも大成果です。
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2017.03.15

久しぶりの五台山市民農園

 2月の半ばあたりから体調が悪く、五台山下知愛のふるさと農園(農園主・横田政道さん)へ行っていませんでした。2017年3月11日(土曜日)は午前6時に横田邸へ集合しました。
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 横田政道さん、福谷幸雄さん、黒岩博さん、大崎修二さんの4人は常連メンバー。水曜日も行かれています。今日は私まで加わりましたので総勢5人の参加でした。

 五台山農協婦人部の良心市で、キャベツとトマト(小さめの)を購入しました
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 まずは「農園」のほうの手入れをしました。ネギを収穫しました。先日植えた大根ですが黒いマルチを被せ、苗がでているところに穴をあけました。雑草予防です。
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 続いて「果樹園」のほうでは伐採した竹の片付けをしました。5袋竹のくずを落としました。その後横田さんの案内で、竹林を見に行きました。農園を借りている所有者の土地であるそうです。
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2017.03.14

机上の空論の復興計画

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 過日地元紙の高知新聞に高知県庁が発表した「南海トラフ地震発生後の復興作業の流れ」というものがありました。

 震災後1か月後に「都市復興基本方針策定(県)]「第1次建築制限」とあり。

2か月後に「都市復興基本計画(県)」「第二次建築制限・災害危険区域指定」「区画整理事業」「防災集団移転促進事業(高台移転)へとあります。

 6か月後に「復興計画策定(県、市町村)を策定し、「復興事業がスタート」することになっています。

 実際に手際よい復興事業のスタートが、震災後僅か半年後に可能なんでしょうか?このチャートに、地域住民のことが全く表現されていません。どうなっているのでしょうか?

 これでは高知県庁が「あらかじめ(事前)に」住民に相談なしで、協議することなしで、「復興計画」なるものをこしらえ、半年後に事業をスタートさせるとしか考えられません。

 住民不在の復興委事業が上手くいかないのは当たり前。阪神大震災の経験や教訓を高知県庁は全く考慮しているように思えませんね。おかしい。

 半年以内という時間的制約は、おそらく国の支援や制度融資、交付金の締め切りがそうなっているからではないでしょうか?本末転倒ではないでしょうか?よくわかりません

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2017.03.13

父は絶好調のようです


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 暖冬と言われながらも案外寒かった冬がようやく終息し、春がやってきました。父(97歳)も冬場の感染症のリスクを乗り越えたようです。週初めに主治医の植田一穂先生の診察を受けました。

「血液検査の結果は良好です。クレアチリン値も2・05(前回2/24は2・40)と改善されています。全般の数値も良好です。人参の漢方薬が効いて、ヘモグロビン値も10.2と10台をキープできました。言うことはありません。」とのこと。

 先週1週間は、介護予防通所リハビリに4日、ゴルフ・リハビリに2日、プロギア・レディス観戦ウォーキングに1日行きましたので、父は毎日運動をしていました。

 午後1番にも元気に介護予防通所リハビリへ行きました。何よりです。

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第8回下知地区防災計画

 「第8回下知地区防災計画」(事前復興計画)は、2017年3月9日午後6時より、下知コミュニティ・エンターで開催されました。2015年度に内閣府の「モデル事業」としてスタートした下知地区防災計画。2016年度・2017年度は高知市のモデル事業として推進されてきました。

 今回は2年間の意見交換会のまとめを行い、2017年度に繋げる会合です。また意見交換会の後は、講師・指導員の鍵屋一先生も参加して、懇親会も予定されています。

18時から20時までは、今までの振り返り、地区防災計画の意義目的について、鍵屋先生と坂本事務局長に報告いただきました。
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 続いて参加者全員でのワークショップをしました。今回のテーマは「挨拶が出来る街下知」のアクション.プランです。どうやったらみんなが気持ちよくあいさつできるのか。そのプランを皆で出し合いました。
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 立ち会っていただいたコメントを天野先生(福島大学)と大槻先生(高知大学)に頂きました。最後に高知市役所地域防災推進課の山中係長から、今後の展望と課題の問題提起があり、森宏下知地区減災連絡会会長の講評で意見交換会は終了しました。
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 引く続いて近くの居酒屋びっくり鳥を貸し切りにして懇親会をしました。2時間限定の筈が大幅時間オーバーになり、中締めで帰りましたが23時半になっていました。
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父はゴルフ・リハビリに行きました。


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 2017年3月12日は穏やかな晴天です。放射冷却現象で早朝は温度が低く、往路のラビータ前の気温表示は7度で低目です。でもゴルフ練習が終わった復路では12度になっていました。風が弱ければ暖かい1日になりそうですね。
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 いつものルーチンな風景ですが、父(97歳)は、自分で靴を履き、自己流の体操をして、水分補給[経口補水液]を飲んで、球を打ちます。20発ぐらい打って、休憩します。体調的にはよさそうでした。
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 脱いだジャンパーを着用し、チャックをはめるのもリハビリ。歩いて階段昇降も大変そうですが、打ち放し練習後は頑張って昇降しています。
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 今週1週間は父は運動の毎日でした。5日の日曜日はゴルフリハビリ。6日、7日は介護予防通所リハビリ。8日は特別にゴルフ・リハビリに行きました。9日は介護予防通所リハビリ。10日(金曜)は、会社を休んでプロギア・レディス会場の土佐CCへ行きました。11日は介護予防通所リハビリに行きました。今日はゴルフリハビリです。

 特に疲れた様子もなく、元気です。

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2017.03.12

父の付添で、プロギア・レディースを観戦しました。


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 2017年3月10日は良い晴天でした。休みを取り午前8時過ぎに自宅を出ました。ギャラリー駐車場のあるヤッシー・パークに行きました。父(97歳)は土佐C・Cへの送迎バス乗り場で待ってもらいました。駐車場がなんせ遠い。
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 ようやくシャトル・バスへ乗り込みゴルフ場へいくことになりました。大荷物のリックと車椅子はバスの収納BOXへ預かっていただきました。バスの乗降は1番先に乗り込み、下車は1番後でした。

 入口ゲートでチケットを見せてゲートを通過。資料ももらいました。ゲートを通過して車椅子をバックから出し、組み立てました。バックを係りの人に預かっていただきたいとお願いしましたが、すげなく拒否されました。
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 (預かってくれないのでリックの中に無理やり詰め込みました。)

 父を車椅子に乗せ、急峻な坂道を押して登坂しないといけないです。途中で息が切れました。大勢ボランティア・スタッフはいましたが、誰1人手伝ってくれません。主催者側が指示していないからでしょう。
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 ようやく1番ホールに到着。しかし父のお目当ての横峰さくら選手は既にスタートしていました。大山志保選手とアン・ソンジュ選手のスタートを見ました。そこで2組見ました。
 
 続いて隣接する9番ホールでアプローチとパットを見ました。どの選手たちがわかりませんでしたが、3人ともバーディを取りました。そこで4組ぐらい見ました。

 気が付くと11時30分を過ぎていました。父のトイレを先に済ませ、」ギャラリー・プラザで家内がこしらえてくれました弁当を食べました。美味しかったです。ゆっくり時間をかけて食べました。
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 ボートの前などで父を撮影し、香南市観光協会のブースで丸岡克典さんが販売員をしていましたので、手結山の餅と夜須のフルーツ・トマトを購入しました。
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 今までと少し違うのは、父を車椅子の乗せて坂道などを移動していますとボランティア・スタッフの人が「お手伝いしましょう。」と声掛けしてくれました。また観戦者の人で、実際に車いすを押してくれた人もいました。いずれも若い人達。

 多く来ていた中高年以降の初期高齢者のゴルフ愛好者は,ゴルフしか興味のない身勝手な人たちばかりでした。「ゴルフは紳士のスポーツ」と言われているらしいですが嘘ですね。

 女子プロの選手の人達は、アスリートです。しなやかにスイングし、速足で歩き、きびきびとされています。服装も皆お洒落で、体育着のような服装はいません。午後から18番ホールでチップイン・バーデーも見ることが出来ました。
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 予想どうり午後からは冷たい北西の強風が吹き出しました。風を避けるために18番ホールへ降りて行き、しばらく見ていました。ほどなく風が回り出し、吹き付けてくるようになりましたので。父が「寒いから帰ろう。」というので3時間余りの観戦で引き上げました。

 ヤッシー・パークへ戻ってから、うちの雛人形の展示を父と見に行きました。写真は女性スタッフの人に撮影いただきました。海を見ますと白波が出てますから、10メートルの突風も吹いていますね。
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 父芝の上を結構歩きました。いい運動になりました。運動して腸が動いたので、帰り際でヤッシーパークの車椅子用トイレで便をしました。転倒することもなく、元気で無事に帰ることができました。
 
  父の着替えや、車いす用のバックなどを詰めこんだ大きなリックサックを背負いゴルフ場を移動していましたので、疲れました。眠いです。

 戻って来てから母(91歳)も交え、手結山の餅を父と一緒にお茶を入れて食べました。恒例の「春の儀式」は無事に終了しました。やれやれです。

 さて主催者の経営姿勢は、環境問題についてのコメントはあるようです。しかし「ユニバーサルな観点」はまるでないようですね。以前に比べスタッフの対応は少しましにはなりましたが、「思いやりを形にする」ことが出来ていません。ゴルフ観戦の観客の多くも身勝手な愛好者が大半ですね。「お互い様」の気持ちが。年配者にも乏しいのが残念ですね。いつかは自分のも高齢者になるのに。

 

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2017.03.11

不燃物とプロギア観戦


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 2017年3月10日は、二葉町町内会の不燃物・資源ステーション。昨日の懇親会で遅くまでやっていたので、起床が遅くバタバタでいきました。多くの当番の皆様が仕分け指導していました。
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 戻ると父(97歳)のプロギア・レディースの観戦のための準備。家内に弁当(父は慢性腎不全ゆえ市販品が食べられない。をこしらえてもらいました。
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 着替え一式や車いすも車に積み込みました。移動は大変。仕事するほうが楽です。
 幸い晴天。日中は温度も上がりそうで観戦日和ですね。もうすぐ出ます。父のペーズでいかないといけないです。何事もなく帰ることが目標です。

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2017.03.10

両親は元気に介護予防通所リハビリへ


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 今日は予想どうり午後から風が強くなり寒い。やはり西高東低の気圧配置です。そんな中父(97歳)と母(91歳)は揃って介護予防通所リハビリへ行きました。筋トレや体操、歩行訓練など専門家の指導でやってくれます。
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 週1の通所から始めましたが今年で6年目。父は週に4回、母は2回通所しています。

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 両親を送迎車へ送り出しました。さきほど町内の今年班長当番の人が来られました。

「実はうちの102歳の母の具合がよろしくない。夜中に呼ばれることが多いので、班長はようしません。次の当番予定の人も体調が悪いとのこと。飛びますが、班長をしてください。」との申し入れがありました。

 3年後は当番やらんといかんなと思っていましたが、思惑早くなってしまいました。でも考えようによっては超高齢者の父は3年後は100歳。母は94歳です。どうなっているのかわかりません。

 両親が元気なうちに町内の当番をやったほうがいいね。と考え方をかえました。ものは考えようですね。

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2017.03.09

ロープ1本が人を救う


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 横田政道さんが、ロープワークをされますと、JICA研修生の皆さんも瞬時に理解していただきました。ロープや国際信号旗は万国共通なんです。

 私たちは英語でのコミュニケーションは出来ませんが、ロープワークでコミュニケーションがとれました。次回はロープワーク寸劇、国際信号旗寸劇を考え上演してみたいと思いました。

 下知地区は長期浸水する。救助は宮古市長が言われるように「海からやってくる」のですから。下知地区ではロープワークと国際信号旗は、「必須科目」になりました。
 (写真は 2017年3月2日JICA研修生の皆さんとの意見交換会です)

横田政道さんが、下知コミュニティ・センターの3階ベランダから、津波で流され、逃げ遅れた人を救助するためにロープを垂らし、釣り上げる「イメージ図」を作成いただきました。
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 山田伝津館の菅野和夫さんが「ロープワークで漂流している人、逃げ遅れた人を引き上げることができる。」と言われていました。

「大湊小学校と大湊保育所の立地位置から避難方法を電話で聞きました。

そしたら、いずれも近場の避難タワーに駆け込むことになっておりますと近場にタワーが完成し逃げ込めば助かると安心しきっているようです。それが送って頂いた大湊避難タワーでした。

DVDを送り、このような津波がくることを想定してロープとブルーシートを準備するか、逃げる際に持ち込むように話しましたら首を傾げていました。

話して納得して頂きましたが実現出来るかどうか。

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(南国市大湊津波避難タワー)


大湊小高見節生校長さんから聞きましたが、200名収容で屋上には備蓄品もあるとか。
話しましたが、備蓄品は生き延びた方々が利用できるのであって、その前にやることがあるのでは。

それは、タワーまで在校生58名の命をいち早くタワーに誘導できるか。子供らがロープにすがって同一歩行で走る。

学年別前後には端端を持った職員が監視しながら急ぐ。

タワーに向かっている際に過呼吸や狭心症で倒れた児童が出た場合、ブル―シートに包んで職員や高学年の子供等に運搬させる。万が一タワーに辿り着いて避難者200名の中から死者が出た場合はシートで包んで生徒には見せない。等に使える。

 こちらでも、3.11当日坂を駆け上っていたおばあちゃんが急死した例がありました。

避難ビル、タワーにロープ、ブルーシートの備えを訴える資料造りに勤しんでいます。

出来ました見て頂きたいです。


山田伝津館 菅野和夫」

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(香南市夜須町坪井・津波避難タワー)

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2017.03.08

坂本茂雄氏の県議会での1問一答について

2017年3月6日(月)は、父(97歳)の通院が順調に終わったので、高知県議会を傍聴に行きました。下知地域代表の坂本茂雄さんが質問されるとのこと。「南海地震対策」や「バリヤフリー・ツアー」などの興味深いテーマでした。
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 写真は県議会議会棟の入口。議場の写真は休憩時間に撮りました。雨が降りそうでしたので車で行きました。吉本豊道さんに会いました。また傍聴席では笹岡和泉さんにお会いしました。傍聴後意見交換しました。
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 冒頭に坂本茂雄さんは。「下知地区の昭和小では防災・減災教育に力を入れています。命を守る教育です。子供たちと先生と地域とで考え、実践しています。昭和小減災新聞が2年連続で受賞し、昨年は教育長賞をもらいました。

 関連記事 「昭和小防災学習発表会」

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-d208.html

 防災に関心が薄いとされている20代から40代の世代への周知をどのように教育的な観点からされるのか。教育長にお聞きします。」と言われました。→が回答です。

1 南海トラフ地震対策について          

(1) 防災教育・啓発について (教育長)に質問。

→参観日に避難訓練や防災キャンプを組み合わせるように、啓発に努めています。

ア 小中学校と地域が連携した訓練のシステム化について

→地域と連携して訓練をしている学校は増加しています。


イ 県立高校への防災関連科の創設について

 兵庫県の舞子高校は、2000年の設立されました。宮城県の高城高校にも防災専門科があり、防災のスペシャリストを養成しています。南海トラフ巨大地震の襲来が確実とされている高知県の県立高校に設立する意義があります。設立すべきであると思います。

→若者に防災意識を高めることは大事なことです。昨年11月には世界津波高校生サミットが開催されました。現在は県立高校に防災専門家をつくる計画はありません。(教育長)

→ 防災スペシャリストの養成の必要性は理解できます。それが高校なのか、もっと上の学校なのか、別の仕組みなのか。検討の余地はあります。(知事)


(2) 緊急防災・減災事業債の在り方について (危機管理部長)

ア 津波避難対策等加速化臨時交付金の措置の継続について

→津波避難対策等加速化臨時交付金につきましては、県内沿岸部にほぼ津波避難タワーは建設できました。また避難路等の整備については、南海トラフ地震対策特別措置法を活用します。(危機管理部長)


イ 地域の実情に応じた対策について

→新たな問題が出れば、その都度対応していきます。(危機管理部長)

(3) 長期浸水対策と広域避難の検討について (危機管理部長)

 平成24年度に「広域避難対策の取り組みの加速化を行うとしていたが、未だに殆ど進展していません。長期浸水の被害の出る地域住民は不安です。今年度の進捗状況を聞きます。


ア 取り組みの加速化について

イ 広域避難に備え地域間交流を行う地域などへの支援について

 県の積極的な支援が必要であると思う。

→安芸・高幡・幡多地域では地域連携が進んでいます。県内の避難者すべてを県内で引き受ける方針で進捗しています。(危機管理部長)


2 バリアフリーツーリズムについて

(1) バリアフリーツアーセンターの開設について 

 全国にバリヤフリーセンターは21か所あります。四国では新居浜にあるだけです。宿泊・運送・介護・医療が連携した取り組みが必要であると思う。三重県の事例では、バリヤフリーツアーセンターが出来てから観光客が大きく伸びています。

→ いろんな部署が関わる領域です。現在情報を収集すています。(観光振興部長)

(2) バリアフリー・モニター会議の機能的再開について(地域福祉部長)

→現在は解散しています。事前のヒアリングなどを実施いたします。

(3) 東京オリンピック・パラリンピックなどの事前合宿の誘致などを契機とした宿泊施設や移動サービスのバリアフリー対応の拡充について

 2008年の香港では、北京五輪に対応して、バリヤフリー対策をしました。車椅子で7~8人搭乗できるバスだとか導入刺激です。

→大事な問題なので、関係部署と協議します。(地域福祉部長)


3 自民党改憲案の緊急事態条項について (知 事)に聞きます。

(1) 緊急事態要件を憲法に限定的に定めていないことについて

(2) 緊急事態宣言の期間に制限が設けられていないことについて


(3) 国会開会中でも、内閣が国会の法律に代わる政令を制定できること    について

(4) 事後に議会の承認が得られない場合、効力を失う旨の規定がないこ    とについて


(5) 緊急政令で制定できる対象に憲法上の制限がないことについて

 災害対策基本法で、災害対策はできます。あえて緊急事態用件を出す必要性はあります。


→あくまで立憲主義に基づいた、なんらかの法整備が必要であると思います。(知事)

4 動物愛護教室について                        

(1)開催回数と参加対象生徒数について

(2) 知事の見学について

→行事が立て込んでいまして、出席することが出来ませんでした。機会をつくりたいと思います。(知事)

 質疑と応答で40分。とても短い。まし坂本茂雄さんは、事前に独自に調査し、行政部局に出向き問い合わせをされたり、詳細な準備をされておられます。それだけに中身が濃く、全く時間が足りませんでした。

 私なりの傍聴した感想です。私見もです。

1)県立防災高校は必要でしょう。イベントも大事ですが、専門部署の能力を向上させるためには専門高校や大学は必要であると思います。

2)海抜0メートルの地震後の長期浸水する地域に住んでいる者としては、県の広域連携の取り組みは遅々として進んでいません。取り組みの加速化と、どこまで進展しているのかが見えない。

 また県や市町村が「勝手に」連携したところで、受け入れる側の住民にとっては、「顔の見えない交流」が押し付けられるだけではないのか。下知地域と仁淀川町長者地区のように、「顔の見える交流」をしている地域の支援をお願いしたいものです。

3)バリヤフリー・ツーリズムについては、高知県観光の柱にすべきです。日本1の長寿県構想とリンクさせ、高齢者や障害者にやさしい高知県なるべきで、施設や観光地、移動交通機関、支える仕組みをこしらえるべきでしょう。

4)既にバリヤフリー・ツーリズムを実践している新京町にある「ふくねこ」(「タウンモビリティステーション)がボランティアでやっている。県や市の観光協会は全く対応していません。

 ふくねこに業務を委託してバリヤフリー・ツーリズム・ステーションとして稼動させることです。障害者の雇用にもつながります。

5)緊急事態要項は、災害対策にかこつけた粗悪な法律にすぎません。普段から減災対策を実践しておれば、全く必要ではないことが明確です。何も実践しない机上の防災対策をしようとする議員が賛同しているだけ。もっと地域防災を勉強していただきたい。

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2017.03.07

両親は元気に介護予防通所リハビリへ


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 今日は予想どうり午後から風が強くなり寒い。やはり西高東低の気圧配置です。そんな中父(97歳)と母(91歳)は揃って介護予防通所リハビリへ行きました。筋トレや体操、歩行訓練など専門家の指導でやってくれます。
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 週1の通所から始めましたが今年で6年目。父は週に4回、母は2回通所しています。さきほど町内の今年班長当番の人が来られました。

「実はうちの102歳の母の具合がよろしくない。夜中に呼ばれることが多いので、班長はようしません。次の当番予定の人も体調が悪いとのこと。飛びますが、班長をしてください。」との申し入れがありました。

 3年後は当番やらんといかんなと思っていましたが、思惑早くなってしまいました。でも考えようによっては超高齢者の父は3年後は100歳。母は94歳です。どうなっているのかわかりません。

 両親が元気なうちに町内の当番をやったほうがいいね。と考え方をかえました。ものは考えようですね。

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地球33番地のイベント

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2017年3月3日午前10時半過ぎです。父(97歳)の通院時間が延び、戻るのが遅くなりました。一文橋公園でのイベントのは関係者が集まっていました。
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 地域のオープンハートさんもブースを出されていました。関連企業の人達が多く来られているようでした。このイベントですが、1番最初は平成3年3月3日午後3時33分位に始まった記憶があります。
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 長男が昭和小の3年3組だった関係で見に行きました。当時横田橋の下の河原から子どもらが鯉を放流していました。26年ぶりに見学しました。生憎会社から呼び出され2分ぐらいの滞在でした。お天気が良くて何よりでした。

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2017.03.06

JICA研修生との意見交換会

 2015年、2016年に続いて、3回目の高知市下知地区でのJICA研修生の皆さん15人と高知大学関係者が訪問されての意見交換会。2017年3月2日午前9時半から下知コミュニティ・センターで開催されました。
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JICAの研修生が来られる前に午前8時半に下知のスタッフは集合しました。屋上での国際信号旗の掲揚。LPガス災害時ユニットの準備。4階研修会場の設営。3階食事会場の準備をしました。
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 ほどなくJICAの研修生と、高知大学の関係者、通訳の人達が午前9時半に来られました。15人のJICA研修生の皆様は、それぞれのお国へ帰れば、「地震津波啓発センター所長」「「国家防災機構防災担当官」「地方自治・住宅・環境技官」などのキャリアの国家官僚の皆さんがたですね。会話は英語です。
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 まず高知大学准教授の大槻知史さんが、「地域での防災活動の実際 高知県の事例」ということで講義をされました。すべて英語での講義でしたので、10%程度しか内容はわかりませんでした。
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 続いて高知市役所地域防災推進課の山中晶一係長からは「高知市の共助支援と協働」というテーマで講演頂きました。

「地域コミュニティ防災のサポートだけでなく、トータルプロジュースをして、県や国にも地域の要望を伝え提言する。トータルなプロジューサーが必ずしも市役所職員でなくてもいい。学識者や地域のキーパーソンでもいいのです。」

 「下知地域で取り組んでいる地区防災計画こそがまさに、地域の住民と市役所が一体となって取り組んでいます。事前の復興計画を立てることがとてもい大事です。」

 午前が終わり屋上へ。横田政道さんが掲揚されている国際信号旗の説明をしました。続いて小吉浩之さんが、災害時対応LPガスの説明をされました。安全装置をかましているので、ハス漏れはなくなりましたとのこと。
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 LPガス発電機で電気を起こし、電動工具を稼動させました。JICA研修生の皆さんから活発な質問が出ました。
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 LPガス災害対応ユニットで沸かしたお湯で、3階会議室にてアルファ米、レトルトサバ、おむすび(電気がまにて炊飯)を関係者全員で食べました。結構美味しいです。
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 昼食後は2つの別れ下知のまち歩き。南地区を担当しました。二葉町を巡回し、いかに海と街が隣接しているのかを研修生の皆様に体感していただきました。
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 若松町の説明は横田政道さんです。広い町内には、高知市認定の津波避難ビルが1棟しかありません。若松町防災会と若松マンションが提携し、信頼関係を構築して地区避難ビルになっています。

 マンション住民と若松町住民が一体化して、若松マンションで訓練しています。今回はマンション内にある避難倉庫を見せていただきました。

 下知コミュニティ・センターへ戻りました。「住民目線の減災対策 」と「街の未来をつくる地区防災計画」というテーマでお話をしました。 日本語しか話せない地域住民は、通訳の人のお力を借りて、下知地域の住民力による減災活動と、地域住民と基礎自治体との協働で行っている「地区防災計画」=事前復興計画(私は事前復興まちづくり計画と称している)について、説明し、意見交換をしました。地域コミュニティを強化しながら、二葉町では防災世帯調査を行い、地域の要支援者情報を把握しています。
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 仁淀川町との地域交流は、田植え体験やお祭りに有志が参加。先日は空き家の訪問もしました。11月3日は下知へ来ていただいて仁淀川町の食材を販売していただいています。

 「地区防災計画」は下知地区では「事前復興計画」として取り組んできました。昨年から全体会としては8回のワークショップ。広がりとして町内会単位やマンション自主防と周辺の自主防災会が共催するなど8回のワークショップをしています。

「あるべき下知地域の姿」を徹底議論しました。そして2年目の到達点としては「子供」「高齢者・障害者」「働く世代」「コミュニティ」「災害にも強いまち」で整理しました。そして参加者各位が評価して絞り込みをしています。

 続いて「高層マンションでの防災活動」ということで、サーパス知寄町1自主防災会橋本副会長より、マンション防災のありかたについて説明がありました。
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 「マンション防災カフェ」はより多くの住民参加がされています。

 横田政道さんからは、五台山での市民農園活動についての意義目的が話されました。手順を踏んで土地を借用し、楽しみながらの農園作業され、地元農家の人達とも顔見り交流をされています。

 国見俊介さんからは、「のれん33番地の取り組み」についてお話しされました。昭和小の児童を事件や災害から守ることを目的にのれん33番地は結成され、協賛広告で運営されています。夏休みはスタンプラリーをしています。子供たちは元気にあいさつができるようになりました。

 松本志帆子さんからは、藁工ミュージアムとしての地域の関わり方、アートと防災、演劇集団の力も借りながら「防災キャンプ」も実施された報告がありました。
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 下知地域全世帯に配布した地域メディア紙ボンズの発刊。藁工夏祭りの実施や、下知のイベントへは積極に参加されています。

 最後に研修生と下知地域の発表者は4つの班に分かれ、今日の研修の感想や意見交換をしました。一緒に意見交換した方からは「事前に真摯に対策を考えているところが素晴らしい。」「住民が積極参加しているところは評価します。「講義だけではなく、イベントやお祭りや、いろんな行動様式で防災に取り組んでいることには評価します。」と言われました。

 なかなか熱心なJICA研修生の皆さんでした。大槻先生を始め、関係者の皆様お疲れ様でした。

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ラ・ラ・ランドを観賞しました


 3月5日の海の散帆は最高でした。どん曇りの予報が外れ、晴天でした。風も程よくあり、運動不足の年寄りは筋肉痛になるぐらいに帆走しましたから。おかげで疲れからか足がもつれてハーバーで2回も転倒。膝を擦りむきました。阿呆ですね。

 家内が、夕食が終わり両親を寝かしつけたら、映画「ラ・ラ・ランド」を見に行こうとの提案がありました。家内は昨夜も映画を観賞。このところ映画マニアになっています。1日遊ばせていただいたので逆らうことはできません。「いろいろと今月は地域活動がせわしいらしい。思い立ったら行かないと行けないから。と言われますとそのとうりですから。

 午後8時45分からの上映とか。終わると11時過ぎますね。映画の間はお疲れモードで寝るかもしれませんね。話題の映画だけに、遅い上映時間でしたが60人ぐらきていました。やはり若い年齢層が多い。

http://eiga.com/movie/82024/(作品情報)

 ストーリーは観賞してみてください。米国の俳優は皆「歌って踊れる」のが当たり前なんでしょうか。歌唱力もあり、バレーも出来、演奏力もあり、音楽の場面が多く退屈はしませんでした。

 「無事」に起床できました。今朝は回転性のめまいはありません。体の節々が痛いです。やはり頭が疲れている時は、海に浮かんで肉体を酷使するに限りますね。
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2017.03.05

3月初めての夜須の海

 2015年3月5日。家内の許可が出て、両親の体調も良いので、海に散帆へ行くことになりました。今週来週と地域の行事も多くあります。当然仕事と在宅介護は当たり前にありますので、心身の体調維持がなにより大事ですから。
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 どん曇りの予報でしたが、幸い夜須へ到着しますと晴れていました。急いでぎ装(ヨットの組み立てをしました。ご無沙汰しているので手抜かりがあってはいけないので、慎重にしました。時間がかかってしまいました。

 ドライスーツも持参はしましたが、ウエット・スーツで出来そうでしたので着替えました。高知大学とジュニア・ヨットクラブ、小学6年生たちも海へ出ました。シニア・ヨットクラブのKさんも来られえました。今年初めてとか。
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 先週(2月26日)と打って変わって今日の海は波がなく、風は程よく吹き快適な海の散帆が出来ました。午前中は赤岡港まで行きましたから。お昼にハーバーへ上がり、朝訪で購入したおむすびと卵焼きを食べました。そしてぎ装してすぐに午後も海へ出ました。
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 午後は朝より風が強く、ハイクアウトしないとバランスが取れないので海での写真は撮れませんでした。結構「筋トレ」しました。両腕。・両足・腹筋に背筋にフル動員です。少しは贅肉がのいたかもしれません。
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 海に浮かんでいますと心が癒されました。充電できましたので、今週も頑張ります。

 片付けしてヤッシーパークへ寄りました。

 山本宏幸さんは、今日はご多忙で不在でした。かわりにホールの雛人形を撮影しました。うちの雛人形は大きくはなく、ひな壇にお庭があるものです。小さ目でしたが、狭い自宅では常時置ける部屋はありませんでした。
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 普段は納戸にしまわれていますが、3年ほど前から、こちらで二か月間のびのびとしています。

帰り際はどん曇り。雨までぱらつきました。今日は幸運でした。
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伊藤若冲の凄さ


 恥ずかしながら最近まで江戸中期の絵師、伊藤若冲(じゃくちゅう)という人を知りませんでした。1716年から1800年までの84歳の生涯でしたが、その画力の凄さ、色使いの凄さ、デザイン力の凄さには、実物を見たことはありませんが、雑誌の写真でも感じました。

 3月1日は父(97歳)の付添で植田医院に、「サライ」という雑誌が待合室にあり、父が点滴治療をしている間病室で読んでいました。確かに只者ではない。京都の青物問屋の息子として生を受け家業に専念し、40歳で家督を弟に譲り、独学で絵を描いたそうです。
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 当時の京都は政治的な中心ではなくなりましたが、工芸が盛んでした。また明国の文化人が滞在していましたが、滅亡で帰国できなくなり京都にいたそうです。若沖は、明国の絵や仏画の多くを見、観察し、模写し画力を磨いたとか。

 また青物問屋は、今でいう総合商社のようなもので、多大な経済力があったそうです。引退しても世間から隔絶していたわけではなく、商売上のもめ事もちゃんと解決していたようです。

 今日から日本経済新聞の最終紙面に連載されている「私の履歴書」の筆者はジョー・プライス氏(米国美術収集家)。若冲作品に出合ったのは64年前であるといいます。日本では忘れられていた存在の天才絵師が、米国人美術収集家のコレクションにより、再び注目され、昨年の「生誕300年記念 若沖展」(東京美術館)では。44万人の来場者があったそうです。
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 うちは子供の1人が芸大へ進学し、アート関係の仕事をしていますが、うかつにも天才絵師の存在をつい最近まで知りませんでした。偶然サライの記事で見、日本経済新聞の記事で読みました。江戸時代の日本社会に世界を突き抜ける存在の天才絵師がいたことにただただ驚くばかりです。

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2017.03.04

父はゴルフ・リハビリへ行きました。

 今朝早朝は起床時に回転性めまいが発症しましたので、五台山市民農園での作業はお休みしました。徐々に治まり、朝食も食べることが出来ました。吐き気も治りました。それで父)97歳)のゴルフ・リハビリに付き添いました。

 往路のラビータの気温表示は8度、復路は12度でした。先週より随分暖かいです。
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 到着しますと父は自己流の体操をし、水分はOS-1(経口補水液)をがぶ飲みしています。
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 「調子が良くない」とか言いながら、休みながら125発(1カード分)打ち終えました。運動療法になっていると思います。
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 福祉関係者の1部に「ゴルフは贅沢なスポーツではないか」との偏見が未だにあるようです。父の場合、超高齢者になった今でも運動習慣になり、生きるための強い動機や目的の1つになっています。9年前脳血管障害で緊急搬送され、開頭手術し、長いリハビリに耐えられたのも、ゴルフと言う運動習慣があったからです。
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 運動習慣のない高齢者はリハビリの辛さに耐えられない人が多い。熱を出したりして体が耐えられないので、身体能力がどんどん落ち、介護度が悪化するのです。父の場合はゴルフを始めた年齢は遅く55歳ごろでした。しかし40年継続してますから。
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 わたしは全くゴルフはしませんが、運動習慣の大事さは理解しています。私の場合は「海の散帆」(セーリング)ですので、日本ではマイナースポーツです。より理解してくれないでしょうね。福祉関係者の皆さんがたには。
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 昼食後に父(97歳)は、介護予防通所リハビリへ元気に行きました。やはり運動療法も「目的」があればこそ長続きするものなんです。効果はじわじわでてくるでしょう。

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二葉町耐震護岸の工事状況の報告


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 二葉町堀川岸壁で行われている耐震護岸工事ですが、今年度工事は、鋼管を油圧で海中に押し込んで終わりのようです。後の堤防建設は、来年度(4月以降の)工事のようです。

 再来年3月末で工事は終わりそうです。

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2017.03.03

3月最初のはりまや橋サロン

 2017年3月3日は、母(91歳)ははりまや橋サロンへ行きました。晴天なので歩行補助車を積んで行きました。
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 まず最初にコロッケ屋さんで夕飯用のコロッケを買いました。今日は鰹ふんだんコロッケが100円(通常は168円)でしたので購入しました。
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 次に谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を購入しました。出るのが遅かったので、ぜんざいを食べる時間がなく、また暖かいのでテントを出て屋外で体操をしました。
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 今日の活き活き100歳体操は、15人が参加しました。暖かくなると参加者も増えます。これから寒くなることはもうないでしょうから。

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 横田胃腸科内科へ行きました。
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 活き活き100歳体操から母(91歳)から戻りますと、父(97歳)と合流して主治医の横田胃腸科内科へ行きました。

 血圧は父は136-72、母は130-68で上等ですね。「特にお2人とも医学的な所見はありません。」と横田哲夫先生。家族は安心です。
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 薬の処方箋が出ましたので、近くの調剤薬局から薬を購入しました。

 2人の超高齢者を古いタイプの乗用車(17年目)に載せて移動するのは、乗車時、乗降時には神経を使います。一時期福祉車両の導入も検討したり、横開きの車の導入も検討しましたが、高価であること、立体駐車場へはいらないこと。などで父は週3回の通院があり契約駐車場がタワーパーキングですからね。検討は保留にしています。

 超高齢者2人を車で連れまわすのは、疲れました。横開きの車が楽です。そうなるとデイサービスが送迎用の車になりますね。箱バンです。家族用としては大きすぎます。本当に悩ましい限りです。

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二葉町町内会新旧班長会


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 2017年2月28日は、午後7時より下知コミュニティ・センターにて、二葉町町内会に新旧班長会が開催されました。二葉町町内会の役員と新旧の班長ら32人が出席しました。

 班長会の前に「地域猫の会」の人と、高知市保健所の人が、「地域の奈良猫対策」の話をされ、意見交換をしましたが、簡単な問題ではないと思い知りました。防災で地域の人をいかに犠牲者を出さない工夫を考えているので、野良猫の事まで頭が回りません。

 続いて二葉町町内会の行事予定の審議をしますた。最大の行事の1つである町内親睦会は、4月2日に決まりました。晴天なら青柳公園。雨天時は下知コミュニティ・センターです。この2年は雨天が続き下知コミュニティ・センターでしています。

 月に一度の資源・不燃物ステーションの仕分け当番。6月から8月までの間に町内の消毒作業も確認されました。午後8時半位に散会しました。

 うちの13班は来年度当番予定の人が、体調が悪いとかで、「飛んで」うちになるやもしれません。

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2017.03.02

岡村教授高新大賞受賞祝賀会


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2017年2月25日は、高知市二十代町の居酒屋ポンタにて、「岡村教授高新大賞受賞祝賀会」(主催・NPO法人高知減災ネットワーク)が午後18時から開催されました。岡村眞先生にゆかりのある関係者が20人集まりました。

 岡村眞先生が、第24回高新大賞(高知新聞厚生文化事業団主催)で授賞式があったのが、2017年1月6日の事。随分日にちが立ちましたが県下各地から防災関係者が参集しました。

 学識者、行政関係者、自主防災会活動者(安芸市・高知市・土佐市・黒潮町)から来ていました。
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 岡村眞先生はスピーチの中でこう言われました。

「私が高知で防災講演会を始めて今年で37年になります。昨日の室戸市の講演会で、海上に7万人の県民の皆さんが来てくれました。

 でもやはり聴講者は年配者が多い、1番聞いていただきたい、子育て中のお父さん、お母さんに聞いていただきたいです、子供さんの命を守らなければいけません。わたしは残りの人生それにかけたいと思います。」

「津波の被災地を回りましても、津波が到達していない高台の上に日本国中神社があります。それはその地へ逃げて命が助かった住民が、「神様のご利益のお蔭だ。」ということで自分たちが資金と労力を提供して建てています。凄く現世の利益があったからなんですね。」

「黒潮町津波想定が34Mですが、スマトラ地震時には平地の海岸で40Mの大津波が来ています。別に驚くべきことでもなんでもありません。」

「やはり防災対策、減災対策は文化にしないと駄目でしす。

「過去5回の南海地震はどうですかと問いますと、ほとんどの人が回答できません。文化が浸透していない証拠です。

 正解は1458年(明応地震)、1605年(慶長地震)、1707年(宝永地震)、1854年(安政地震)、1946年(昭和南海地震)です。」

「やはり若い人達は地震津波に安心な高台へ住んでもらたい。防災講演会へ来ないから、みすみす津波の来る地域や、液状化する地域に家を建てます。それをなんとか山させたいですね。強制ではな「気づき」になればいいなと思います。」

「わたしは大学に研究室は退官後もあります。出身地の佐賀へは帰らず、高知で次の南海地震が来るまで見守ります。」
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 やはり信念をもたれている岡村眞先生の言葉は思いです。先生にご指導を頂きながら高知市下知地区で「防災文化」「減災文化」を広めて行きたいと思いました。

 岡村眞先生本当にご苦労さまでした。これからも至らぬ私どもにご指導をよろしくお願いします。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-f930.htmlhttp://futaba-

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2017.03.01

何年経過しても悔しい3月1日

 3月1日は、高知の県立高校の卒業式。わたしは1972年3月1日に祖卒業できず、その後教師から一切の連絡がなく、4月の始業式の日に登校し、職員室へ行って初めて留年が確定しました。翌年の1973年3月1日に卒業しました。

 今を去る45年前の事ですが、昨日の事のようです。お馬鹿な高校生でした。7割は私の責任ですが、制服が変った事や、教科書が変ったことなど一切連絡をくれなかった当時の教師集団にも3割ぐらいの責任はあるでしょう。

 「若気の至り」と言えばそれまでですが、当時バカ息子を懸命に支えてくれた両親の存在があればこそ、今日の小市民の生活があります。介護の真似事をするのは当然であると思っています。

 今日も高知県の高校生は進学に就職に期待に胸を膨らませ巣立っていくことでしょう。

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富士市事前都市復興計画―概要版

 先日の下知地区防災計画の事務局会の時に、コンサルタントの方に静岡県の「富士市事前都市復興計画 概要版」の資料を頂きました。詳しくはホームページにあるとか。

http://www.city.fuji.shizuoka.jp/machi/c1201/fmervo0000012vzc.html

(富士市事前都市復興計画を策定しました)

 ホームページには事前都市復興計画についての見解を書かれています。

事前復興とは

 事前復興とは、過去の震災等の教訓から、自然災害により大きな被害が発生したことを想定し、減災や復興のためのまちづくりを住民や事業者と行政との協働で推進していく取組のことです。

 東日本大震災では、発災後の混乱の中、復興に向けたまちづくりに着手しましたが、膨大な復興業務に対する人手不足や行政主導の復興計画の策定に対する住民等の不満、地域コミュニティの崩壊など、復興に対する様々な問題が発生し、復興の遅れ等につながっています。

 このような問題を解決するため、平常時から復興に向けたまちづくりを住民・事業者・行政の協働で進めていくことが事前復興の大きな考え方のひとつです。
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富士市事前都市復興計画とは

 富士市事前都市復興計画とは、事前復興の考え方を基に、本市において発生が危惧されております南海トラフ巨大地震による被害を想定し、発災後、迅速かつ着実に復興できるよう、復興の方針や進め方など、復興に向けたまちづくりに関することを平常時から市民・事業者・行政で共有するための計画です。

 平成26年度と平成27年度の2ヵ年で策定しました。

 都市計画課が策定の主導をしており、行政が事務局機能を担っているようですね。

 市民参加はどうなっているのかと言いますと、何回かの「委員会方式」であり、後から「パブリック・コメントを受け付ける式のようですね。

策定体制

 計画策定に当たっては、庁内の関係部署で構成される計画策定委員会と学識者や関係団体、市民委員で構成される計画策定市民懇話会を組織し、検討を進めました。

 私の私見。

 全市的に取り組んでいくことは素晴らしいことであると思います。高知市の「コンパクト・シティ」の検討会成るものが、14万人の浸水予定地区の市民の暮らしや生活に殆ど言及していない事から言えば「100倍まし」であるように思います。

 しかしながら概要版のなかにある「復興まちづくりへの意識向上の取り組み」という項目は、啓発活動に留まっているようであり、市民参加、市民自治の観点は弱いのではないかと思います。

 日頃から言っている「計画策定段階からの市民参加の保障」がなければ、事前復興計画であろうが、災害後の復興計画であろうが、市民と遊離したものになるでしょう。

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