「ドラゴン桜」の設計思想
今日は週刊モーニング(講談社)の発売日(毎週木曜)です。近くのコンビニへゴミ拾いしながら早朝行きました。GIANT KILLINGとかグラゼニ、クッキングパパとかジパングとか老舗作家の作品も満載ですが、新人作家の登竜門でもあるようです。知らない作者の作品が多い。
今週号(30号)で「面白い」と思ったのは、「モーニングを作った漫画たち」(コージイ城倉)です。「ドラゴン桜」(三田紀房・作・2003年~2007年迄)でした。10年前に連載は終了していますが、関連本も出版されドラマ化もされました。
丁度娘が高校時代に担任教師が「ドラゴン桜」の愛読者だったらしく、授業中に「古典の源氏物語は「あさきゆめみし」(大和和紀の漫画)を読め」と言ったそうです。
「先生それは今週号の「ドラゴン桜で桜木が言ってました。」とネタバレ発言をしたそうです。現職教員[特に受験指導担当)に隠れた愛読者が多かったようですね。
P259は龍山高校3年生。特進クラスの生徒の水野直美にたいして桜木建二(弁護士で、私立龍山高等学校の運営問題を請け負人)が言い放つ場面が特集されています。
「社会のルールっていうやつは、すべて頭のいい奴が作っている。」
「それは つまりどういうことか。そのルールは頭のいい奴に都合のいいように作られてるんだ。」
「つまりお前らみたいに頭使わずに面倒くさってると、一生だまされて高い金払わされるんだ。」
「・・だまされたくなかったら、損して負けたくなかったら、自分でルール作る側にまわれ。勉強しろ」
「お前らガキは社会について何も知らないからだ」
「知らないと言うより大人は教えないんだ そのかわり 未知の無限の可能性なんて何の根拠もない無責任な妄想を植え付けるんだ」
「そんなもんに踊らされて 個性生かして人と違う人生遅れると思ったら大間違いだ!社会はそういうシステムになってない。 それを知らずに放り出される。」
「そこに待っているのは不満と後悔が渦巻く現実だ。」と。
高校時代にこうした「現実」を思い知らせてくれる教師との出会いは残念なことにありませんでした。「社会革命」が本当に起きるかもしれないと信じていた幼稚な高校生でしたから。
卒業できずただ1人留年して、2度目の3年生をしていました。運動体も壊滅し、高知から出て行きたいと思っていました。幸い父の家業も順調で学力さえ伴えば進学は可能でした。でも英語が全然ダメでした。
9月になって担任教師が執拗に旺文社の実力テストを受けろと言いました。いやいやながら受けました。そしたら英語が15点、社会が95点、国語が90点でした。[英語さえ点数がとれたら私大文化系学部へは進学できる」ことがわかりました。
そしたら母の女学校時代の友人の息子さんがある国立大学の医学部学生(土佐高校卒)で何故かぶらぶらしているとの事。その人に母が英語の家庭教師を10月に依頼しました。
その人曰く「お前ら県立高校はな全然英語が駄目。ましてお前はまだ駄目。時間がない。赤尾の馬鹿たんを丸暗記しろ。英文読解と英作文だけやれ。授業が終わったら英語だけ勉強しろ。」とか言われ、1日8時間ぐらい受験英語の勉強をしました。
「国語と社会は100点取れ。取りこぼしをするな。英語が50点取れればどっかの私大へは入れるから。」と言われました。11月の実力テストで英語が50点取れるようになりました。
しかし基礎のない「付け焼刃」なので、50点から上がることはありませんでした。翌年2月に立命館・文と日大・法は不合格、専修・経済へ合格しました。進学先はどこでも良かったので、留年して「現役」で大学へ進学できました。
結局10月から4か月半の猛勉強に過ぎませんでした。結果論ですが1年前から猛勉強していたら英語が80点は取れるようになれば、もっと偏差値の高い私大へ進学できたのでしょうが、所詮は「たらねば」の世界です。
「そこに待っているのは不満と後悔が渦巻く現実だ。」というには全くそのとうりでした。中学―高校と信じていた社会運動全般が破たんし、理想がすべて幻滅に変りました。「連合赤軍と新自由主義の総括」を試みていますが、未だにきちんと自分の中で出来ていません。現実の社会の変化が早く、アナログ人間の私はついていけないのですから。
「ドラゴン桜」の桜木の言葉は真実です。
「社会のルールっていうやつは、すべて頭のいい奴が作っている。」
「それは つまりどういうことか。そのルールは頭のいい奴に都合のいいように作られてるんだ。」
「つまりお前らみたいに頭使わずに面倒くさってると、一生だまされて高い金払わされるんだ。」
森友学園事件、加計学園事件などまさに「頭のいい奴が都合のよいように社会にしくみを作り替え、やりたい放題をやっている」ことにつきますね。
福島原発の後始末も未だに出来ないのに、地震列島、災害大国日本で原発を再稼働させるのも、「頭の良い人達の自己都合」なんでしょう。
馬鹿で還暦過ぎたおっさんが今更受験勉強して東京大学を目指すことができません。でもやれることは真摯に出来る範囲で地域活動をして、「社会のしくみ」を勉強して、避難困難地区で1人の犠牲者を出さない下知地区防災計画をこしらえることでしょうか。
偏差値の低い市井の市民でも「やるときはやる」ことを人生掛けて証明したいと思います。「負け戦」の連続の人生ではありますが、そこから学ぶことも多いし、へこたれ中ればたまに「勝つ」こともあるでしょうから。
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