
「世界史を創ったビジネスモデル」(野口悠紀夫・著・新潮書店・2017年刊)の読書感想文をようやく書くことが出来ました。実は昨年10月7日に名古屋大学へ意見交換会に行った翌日に、名古屋市の丸善で購入し(空港で面談したかおちゃんにサインしてもらいました).父(98歳)の通院する植田医院での点滴治療の合間に読み終えていました。


しかし10月は仕事で滅茶苦茶せわしく、11月になり父が身体機能が低下し、足のむくみが酷くなり、12月になり母(92歳)が自宅で火傷し入院し、「ダブル介護」状態になりました。介護ケアは肉体的にきつくはありませんが、精神的になんか疲れます。最近ようやく慣れてきたこともあるし、1月7日の海の散帆で疲れも癒えました。感想文を書いてみます。
まずタイトルに惹かれました。「世界史を創ったビジネスモデル」です。「ローマ帝国」「大航海時代の大英帝国」「マイクロソフトとアップル」「グーグルの成長」などが取り上げられています。「ITとビックデータはどんな世界を創るのか」と見出しにあり興味はつきません。
著者の野口悠紀夫氏と言えば、経済学者であり、情報整理の「達人」であり「超整理法」とう著作を以前読んだことがありました。ハイテクやグローバル経済に長けた学者であり、ネット時代以前からその社会に対応する仕組みを20年前から考案されていました。

「歴史」といえば、「ローマ人の物語」(塩野七生)だとか、佐藤優氏や、内田樹氏や、古くは司馬遼太郎氏「この国のかたち」などを読んでいました。経済学者でハイテクやグローバル経済に長けた学者野口悠紀夫氏が「歴史について」記述すること事態が新鮮でした。

「歴史からビジネスモデルを学ぶ」としてこう記述しています。
「ビジネスモデルとは、普通は企業が事業を遂行するための具体的な手段や方法を指す。いかなる顧客を対象として、どのような商品やサービスを、どのように提供するかといったことだ。
適切な微視ネスモデルの具体的な形は、環境条件が変れば変る。とりわけ、新しい技術が現れれば、大きく変わる。そうした場合にいかなるモデルを構築するべきかは、けっして簡単なことではない。」
中略
「その際、過去のケースを調べて役立ちそうな事例を抽出するのは、有効な方法だ。ビジネスモデルの研究は。必然的にケースメソッドになる。」(P17)
→「ケースメソッド」は企業研修として注目されている学習手法の一つです。自己研究とディスカッションによって構成され能動的に学習に取り組むため、実践力とリーダーシップといった非認知能力が身につくとされています。(調べました)
古代ローマ帝国は東西ローマ帝国に分裂するまで500年続き、東ローマ帝国は1500年も続きました。地中海全域を支配した大帝国が500年も続くことは、かつて人類の歴史上在りません。旧ソ連邦も広大な面積を支配しましたが、僅か74年しか続きませんでした。
ビジネスモデルの2つの基本概念があると野口氏は言います。
「重要な概念は「多様性の確保」と「フロンティアの拡大」である。
多様性を実現できた国や企業は、出来なかった国や企業に対して優位になることが多い。
中略
現代ではナチスドイツの異民族排斥政策がその典型だ。企業も多様性を失うと、80年代のIBMの例にみられるように衰退する。」
「多様性は、分権化と結びついている。これは特に現代国家における国の構造について、重要な意味を持つ。企業の場合でも、単に巨大化するのではなくて、意思決定を分権化することが必要だ。
分権化を実現する手立ては、経済的な問題をについては市場メカニズムの活用であり、政治的には分権化である。」(P24)
筆者が著作を起草した動機は、長らく続く日本経済の停滞であることでしょう。多様化を拒否し、分権を拒否し続ける日本の政治と経済。人口減で労働力人口が減少し、高齢化が世界に例を見ない速度で進行しているのに、移民の受け入れをしない日本社会の現実は、経済学の観点からは全く不意合理であると筆者は述べています。
日本と対照的なやりかたで世界帝国を建設し、しかも500年間存続させた古代ローマ帝国を事例として野口悠紀夫氏独自の視点で分析しています。
「ローマ帝国は成功した。それは、分権化した国家機構、小さな官僚機構、自由な経済活動、平和、強力な軍などの条件による。」
「ナチスドイツが寛容政策を取っていれば、第2次大戦の結末は違うものになっただろう。ソ連が市場経済制度を導入していれば、集権下に伴う問題を回避できただろう。
ナチスもソ連も、歴史の教訓に学ぶことができなかったのだ。」(P441)
「企業が失敗する条件もさまざまだ。新しい技術の価値を評価せず、古いビジネスモデルに固執し、異質性を排除し、同質の人々のグループになってしまうこと。短期的利益にとらわれて、長期的見通しを失うこと、などなど」(P442)
まるで最近の日本の大企業の体たらくを指摘しているようですね。東芝やシャープのていたらく。品質管理の不祥事の酷さ。株高で空前の好景気と安倍政権は宣伝していますが、日銀の大幅な金融緩和政策でゆるゆるの利益向上であって、大半が内部留保と海外投資に廻り、新技術の開発投資や賃金への還元、人材投資は殆ど行われていません。
野口悠紀夫氏は日本の現実をこう指摘しています。
「今の日本では、分権的な機能が機能しておらず、官僚機構が肥大化している。国全体も地域も企業も、異質のものを排除し同じ仲間だけで集まろうとする。
古いビジネスモデルに固執して、新しい技術の導入を怠っている。異常な記入緩和政策で財政支出をまかない、企業は国の介入に依存するようになってきている。これらはきわめて深刻な兆候だ。しかも無視ないしは、軽視されている。
日本は歴史に学ぶことができるのだろうか?」(P443)
筆者は終章で本質を述べています。
「ナチスは人種的偏見のためにユダヤ人科学者を失った。これは、ローマ帝国がその末期に、ローマを守るゲルマン人を人種的偏見から排斥したのとそっくりだ。だから失敗すると予測できる。」
「ソ連の全体主義計画経済は、ディオクレティヌス帝以降のローマ帝国と殆ど同じ構造である。したがって、ローマ帝国のような崩壊の道を辿るだろうと予測できる。」
「中世のイタリアでは、都市国家が発展した。近代のヨーロッパも国家が分立していたからこそ進歩した。ところがEUはそうしたヨーロッパの歴史と異質のものである。
EUはローマ帝国と同じだと思っている人が多いが全く異質だ。したがって、いずれ失敗すると予測できる。イギリスのEU離脱は、EUが終わりに向かう過程の始まりだろう。」
「ドナルド・トランプ米大統領は、自由な貿易を否定し、伝統的な製造業をアメリカに復活させることによって、失業した労働者に職を与えようとしている。そして移民や外国人労働者に対して非寛容な政策をとろうとしている。
こうした政策が失敗するのは、火を見るより明らかだ。このような政策がアメリカを強くするなど、決してない。それは確実にアメリカの産業力を弱めるだろう。
トランプ大統領の政策は、控えめにいっても時代錯誤の復古主義だが、国のビジネスモデルの基本から見ても明らかに誤りだ。
建国以来のアメリカは、古代ローマの再建を目指し、そのビジネスモデルを意識的に模倣した。その理念は「異質性の尊重と寛容」だ。バラク・オバマ大統領が退任演説で強調したとうりである。」
「IBMがサービス事業に転換し、アップルが水平分業を実現し、グーグルがインターネット時代のビジネスモデルを構築した後の世界において、モノを作ることに固執するのは無意味である。
シャープが失敗するだろうことは、かなりの確度をもって予測できた。これはビジネスモデル選択の問題であり、よく指摘されているような人事をめぐる内紛の問題ではなかったのだ。」(P447)
「予測の自己実現効果で社会が進歩する。」
引用箇所が多いですが、この本の「エキス」であると思いますので、そのまま引用します。
「歴史の知識は、勝ち馬に乗ろうとする個人を助けるだけではないことだ。それは社会全体に利益を与える。何故なら多くの人々が歴史法則を知れば、成功すると予測されるビジネスモデルに対する支持が強まり、実際に成功するからである。」
「たとえば、ある会社が、歴史法則から見て成功するだろうと考えられるなら、優秀な人が集まる。そして、会社は実際に成功するだろう。予測は自己実現するのだ。これは「オイディプス効果」とか「マタイ効果」とよばれるものだ。歴史法則も自己実現するのである。」
「成功するだろうと歴史法則によって評価されるビジネスモデルは「正しい」モデルだ。
それが、偶然の些細な条件によって挫折してしまうという事態を避けることができ、本来成功すべきビジネスモデルが実際に成功できれば、社会は進歩する。」
「ナチスのドイツから逃げたユダヤ人の科学者たちは、アメリカが成功すると考えてアメリカに来た。そして、彼らの寄与により、アメリカの科学技術が実際に発展した。
IT革命も同じだ。これはアメリカ人が実現したと言うよりは、シリコンバレーに来た外国人、とくにインド人や中国人が実現したのである。これらはアメリカのビジネスモデルが成功するだろうと言う予測が自己実現した例だ。」
「インターネット時代になって歴史のデータを引き出すのが容易になったので、歴史法則の自己実現効果は強まった。それを巧みに利用できる企業や国家の成長が加速化することになる。」
「ところで、歴史と言う集団記憶を維持できるのは、人類だけである。恐竜は遺伝子を通じて身体の機能や形態を進化させた。そして環境に適応して繁栄し続けた。しかし、集団的な記憶を持っていたのは遺伝子であり、歴史ではなかった。人類だけが歴史を用いて進化することができるのだ。
ナチスドイツやソ連のような国家は、これからは現れないと思う。ただし、それは人々が歴史を知っている場合の事だ。北朝鮮のように歪められた歴史が教えられている国では、抑止効果は働かない。
歴史に対する誠実さを欠く社会は、進歩から見放された社会だ。」(P446)
昔の人は「故きを温ねて新しきを知る」とか温故知新ということを言いました。まさに野口悠紀夫氏の著作は「過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと」そのものでした。」一読されることをお薦めしたい。税別で1700円しますが、それだけの価値はありました。
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