日大アメフト部問題についてのコメント
最近のニュースや午後の時間のワイドショーや、夕方のバラエティ番組の「特集は」日本大学アメリカンフットボール部の違法タックル問題に明け暮れています。ようやくこの頃下火になりました。その前は、ジャニーズのグループでセクハラを強要した山口なんやらの話題でした。
アメリカンフットボールの違法で危険極まりないタックルの場面が何度も映像で流され、テレビのコメンター達は「これはいかんだろう」のコメントの嵐。
その後タックルした日大アメフト部の20歳の宮川君の堂々とした謝罪会見がありました。翌日の日大の内田前監督と井上前コーチの記者会見がありました。酷いお内容の会見で、司会進行していた日大広報部のおっさんが「逆切れ」して場外乱闘気味に。
日大学長の謝罪会見もありましたがお粗末極まりない内容。アメリカンフットボールと言うモダンなスポーツであるのに、封建制度まる出し気味の日大の実態が露わになり、ますます興味本位にメディアに取り上げられるようになりました。いい加減に食傷気味になりましたね。他に取り上げなければいけない問題(加計学園疑惑・森友学園疑惑)や防衛省や働き方改革問題など国政の重要課題がいくらでもいあるのに。
やはり現政権批判はマスコミ各社には出来ない話。「談合記者クラブ制度」と「官邸機密費」でマスコミ幹部一同は、現政権に「取りこまれて」いるとしか思えません。要するに安倍内閣を「守るために、煙幕的に日大アメフト部の問題を執拗にマスコミ各社は報道し続けていますから。バラエティ番組でもしつこく未だに話題にしています。
さて私仕事の大昔の話をします。アメリカン・フットボールに関してもお話です。
1973年に高校4年で卒業し1年遅れで大学へ入学しました。私は当時としては体格のいい方でしたので体育系クラブから勧誘され、なかでもしつこい勧誘を受けたのがアメリカンフットボール部でした。
当時のわたしは若者で、今の私のように醜い贅肉がなく身体能力もありました。運動神経は鈍重でしたが、腕立て伏せは100回は出来ました。背筋力も学年1でした。モダンな競技に少しは興味がありましたが、上級生や先輩OBに無条件に服従しへつらわないといけない体育系クラブは嫌でした。まして同年齢の学生が2年生になっており、へいこらしないといけないのですから。丁重にお断りしました。文化系サークルに入会していました。
入学当時は、学費値上げ反対闘争もあったりして、サークル連合の学生たちが学生部長を取り囲み、青空大衆団交もしていました。のんびりと集会の輪の中にいて見学していましたが。突然スーツ姿の体格のいい一団が集会の輪の中に乱入して来ました。大学の職員たちです。学生部長の「奪還」に来たのです。
軟弱な学生は蹴散らされ、追われます。学生部長の奪還はもうすぐと言う時に、サークル旗が集められ、皆が竹竿の旗を大学職員に突き付け押し倒しました。大学職員に蹴散らされていた学生たちが反撃し、屈強な大学職員を追い払いました。
後で聞きますと学生部長奪還に来られた大学職員はアメリカンフットボール部のOBで「暴力職員」と学生たちに恐れられていました。大学構内での警察官役。ガードマン役をやってましたから。今回話題の日本大学も体育会系クラブの卒業生が、こうした役割の大学職員になっていたと思われますね。
日本大学の田中理事長の周りを取り囲んでいた人達は、相撲部OBの人達なんでしょう。皆格闘技系の体格の男たちでしたから。
ヨット部にも誘われ憧れもありましたが、「1年生はバイトをして部費を稼がないといけない」とか言われ奴隷労働が予想されたこともあり体育会系クラブの入部をすべて断りました。
卒業して入社した会社でも京都大卒の同年入社がいて体格がいいのでアメリカンフットボール部の練習に参加したとか。当時から京都大学は関西で台頭し関西学院大学と競っていましたから。私の入学した大学も1度だけ甲子園ボウルへ出場したことがあるうようです。
関東では日本大学アメリカンフットボール部は 篠竹監督が長年勤められ全盛期を形成していました。攻撃の時「ショットガン。フォーメーション」が有名で、パスをQBから受けるレシーバーが分散し、相手守備のマークを外しながら受ける戦術が特色でした。
東京勤務時代に日大VS京都大戦を観戦したことがありました。陣取りゲームで面白いと思います。しかし27年ぶりに甲子園ボウルを制覇した日本大学が、監督・コーチのパワハラで滅茶苦茶になるとは。OBも現役選手も悔しかろうと思いますね。
ただこの問題は可能であれば体育関係者の自浄作用で解決していただきたいと思います。警察や司法の国家権力の介入は出来るだけしないでいただきたいと個人的には思います。
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