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2021年3月

2021.03.31

自分の体も自然の一部

 
 3月29日は午後から整体に行きました。実は先週の土曜日から1年1か月ぶりに本格的な腰痛になりました。家内が私の歩く姿を見て「歪んでいる。体が傾いて苦しそうに歩いている。」と指摘しました。毎日の立ち振る舞いを長い間見てくれていますので変化は敏感わかります。

 今回の腰痛の原因は心当たりがありません。土曜日の朝、リハビリ・ウォーキング(腰痛予防のための)に出かけようと起床し、寝床に座ると同時に腰痛が発生しました。気にせずに普段どうりに起きて歩いて、トイレへ行き手を洗い朝食を食べてリハビリ・うぉいーキングに行きました。そして母(95歳)送り出し、夜須へヨットに出かけました。ぎ装し、海の散帆を午前と午後に楽しみました。戻ると近所の町内会のお仲間と堀川の桜見物した後に居酒屋で懇親会をしました。

 日曜日は1日雨。朝から腰が痛くどうしようかと思いましたが、雨の中堀川を朝晩歩きました。そして大相撲中継で照ノ富士の優勝を見ました。月曜日も朝はいつものとうり、リハビリ・ウォーキングをしました。歩いて体が温まると腰痛は収まります。冷えると痛みます。

 午後から老師のお弟子さんの整体師のところへ行きました。診断は体の奥の部位8インナーマッスル)が一部ちじんでいますね。と指摘されました。痛みのある腰の部位には触れず、首肩や足の先などをほぐしていきます。そして腹式呼吸を習いました。すると痛みが治まります。施術後は体が軽くなり腰痛も半減しました。そして火曜日起床時には痛みは3分の1になりました。

 痛みが体の隅から抜けていく感覚がわかります。自分の体に敏感になりました。いいことです。

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2021.03.30

市民の自助努力は「明日への希望」があればこそ

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 ある放送関係者が「役所の防災部署の幹部は、県民が自助努力をよりするようになる啓発番組をこしらえてほしいと言われています。何かアイデアはありますか?」と言いました。

 私は「今の高知市下知地区にはありません。現状ではいくら自助努力をしても、助かることも難しいし、まして生活再建の希望もないもないからです・」と言いました。

 その理由は2から3年前から言われていますが、「高知市には海抜0mと2m以下の低地の市街地が2800ヘクタールあり、その地域に13万人の市民が生活しています。現在高台移転や現地の嵩上げ工事をやるという市や県の意向は全くありません。希望がないのに自助努力をよりしようという県民はいません。」ということです。

 この事実を高知市役所や高知県庁の防災部署の担当者や管理職職員にぶつけても常に「0回答」何もしないし、やる気も全く見られません。この状態で「県民の自助努力の啓発を」という方がおかしい。「明日への希望」が見えないと努力はしません。

 対照的なのは高知県黒潮町ですね。役場を高台地区に移転し、周辺の高台の宅地整備をしています。町営住宅などが高台へ移転します。羨ましい限り。「明日への希望」がありますから。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-dc252c.html


 今年の目標は「明日への希望」の見える化です。それを出したいと思います。

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2021.03.29

日本はITと医療の後進国

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 LINEという便利そうな通信手段が、実は韓国で開発され、中国の企業が情報管理していました。多数の日本人の大事な個人情報が専制国家中国の情報機関に把握されてしまいました。

 一時期厚労省のコロナ感染症に関するアンケートや高知県庁の防災情報もLINEで執拗に来ていました。「今日お花見飲み会を歩いて花見後に居酒屋でやろう。」という与太話のやりとりはLINEでする程度は構わないでしょうが、官公庁の医療や防災に関する「公共性のある」情報のやり取りを外国企業にゆだねる姿勢は安全保障上どうなのかの議論をしないけいけませんね、

 コロナワクチンも何故自国生産が出来ないのか?アメリカや欧州の企業が開発したワクチンを100%輸入に依存する日本。一般国民の予防接種の予定すら未だに明確ではない。必要量の確保すらできていません。

 中国やロシアでさえ自国でワクチンを開発し、「ワクチン外交」を展開しています。

「2021年3月からマイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになります!」というチラシがうちの会社の方にも全国健康保険協会高知支部から送付されていました。

 しかし実際にはそのとうりにならず、全く利用できない状態です。完全に日本国は「ITの後進国」。何故それほど成り下がったのか?
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 想像するに長期政権の弊害と政権与党への「忖度」、総務省接待に象徴される官僚のレベルの低下、特定企業と政権との癒着などが大きな原因ではないかと思われます。

 この1件でも情けない気分になりますね。

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2021.03.28

雨の中でもリハビリ・ウォーキングは続く

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 2021年3月28日は前線を伴う低気圧の通過で夜半から雨。とくに夜明け前は強く降っていました。
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 今朝は起床時から腰痛に。雨だし眠いしどうしようかと思いました。しかし堀川浮桟橋を歩くことを「リハビリ・ウォーキング」と称し、毎日SNSで公開しています。だからどうのではなく、本当にリハビリ効果がありますので、強い雨の中、合羽の上下を着用し、堀川浮桟橋を傘をさして歩きました。
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 浮桟橋は水面に浮かんでいま。適度な弾力があり、足腰に優しいと思いました。それで今朝のリハビリ・ウォーキングは、堀川浮桟橋を2往復しました。腰痛が緩和されました。

 人類は2本足直立歩行するようになってから、両手を使えるようになりました。しかし、腰痛になります。それは人類の宿命でしょう。治療法などありません。私の場合は、だらだらとひたすら歩くことです。
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 雨だろうが、夜明け前だろうが、とにかく毎朝1時位間程度は歩く。それだけ。事実昨年2月8日からだらだらリハビリ・ウォーキングは1日も休まず続けています。愚直にです。効果はありました。

 ですが今朝腰痛は起こりました。そういう事態はあり得ます。ですので無理のない範囲でひたすら歩きます。歩いて治癒する努力はし続けます。

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2021.03.27

母は久しぶりにはりまや橋サロンへ行きました。

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 2021年3月26日(金)ですが、母(95歳)は3か月ぶりに、はりまや橋商店街サロンへ行きました。駐車場から歩行補助車で行きました。コロッケ屋さんで夕飯用のコロッケを購入しました。
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 谷ひろ子さんのお店でチョコケーキとチーズケーキを購入しました。

 今日の活き活き100歳体操は7人の参加者でした。母も3か月ぶりの出席でした。動きは悪くはないです。「若い」高齢者の皆様についていっていました。おやつも食べました。
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 やはり身体機能を維持するためには、超高齢者も適度な運動と交流は必要ですね。母も楽しんで体操していました。元気であることは何よりです。
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2021.03.26

下知コミュニュティ・センター役員会

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 2021年3月24日(水)ですが、下知コミュニュティ・センター運営委員会(坂本茂雄会長)が開催されました。会長・副会長、各部会長(地域活動部・図書館部・防災部会)と事務局職員、高知市コミュニュティ推進課担当職員などが出席しました。

 議題は「2021年定時総会の提案議題」と「各専門部からの報告・連絡」などです。

 防災部会として「今後の避難所運営体制の見直し」も含めた提案をしました。
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 防災部会としての考え方と提案をしました。単年度計画だけでなく、中期的な計画も提案しました。異見交換が目的です。

防災部会2021年事業計画

 下知コミュニュティ・センターが下知地区南部の拠点避難施設であることを強化するための備品の整備や購入を引き続いて行います。

①防災関係者の施設見学と意見交換会

  昨年度は2件の視察。意見交換会が中止になりました。今年度もコロナ禍が酷いので
 現時点での展望はわかりません。

②防災訓練の実施

 防災部会も共催している二葉町総合防災訓練は、今年は10月31日(日)に開催予定。
地元二葉町、近隣の若松町、稲荷町や近隣防災会の支援を受けて開催します。

 コロナ感染症は収まっていないと想定、昨年同様に感染症対策を行い実施します。
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③防災関連備品の購入

 防災部会費(年間15万円)で整備できる防災備品を購入します。

④施設管理者・防災部署との協議と意見交換会

  施設管理者(地コミ)や市防災部署とも意見交換し、支援を受けます。

 2021年度の防災部会の方向性と施設整備計画について

 2020年度の高知市防災政策課作成の高知市救助救出計画の概要が提出されました。下知地区減災連絡会役員会で説明され、2021年1月19日では役員会各位が意見を述べ合うワークショップも開催されました。

 南海トラフ地震が想定どおりに発生した場合、低地の高知市市街地は地盤が沈下し水没。長期浸水状態になることが想定されています。高知市防災政策課作成の高知市救助救出計画を検討しましたが、救助救出に最悪10日程度かかることが予想されます。

(長期浸水地区の救助救出計画によれば、地震発生後72時間(3日間は)より緊急性が高い被災地の救命支援活動を最優先します。長期浸水地域への救援し活動の開始は発災後4日目からです。4日目から10日目までに浸水地区の住民を全員救出し、ドライエリアの避難所へ送る計画です。)

防災部会としての避難所運営の考え方

 下知コミュニュティ・センターの浸水地区の一次避難所ではありますが、「最悪10日間、300人の住民が籠城して救助救出を待つ」ことを想定しています。

 また「消極的な避難所」ではなく「地域の復興の拠点施設」として最大限に活用するために以下の対策をすべきであると考えます。中長期的な課題もあれば、即実行できる課題もあります。

 そのためには高知市の施設管理者(地域コミュニュティ推進課)と下知地区担当の地域防災推進課及防災政策課のご理解も必要です。検討・協議すべき課題を列挙します。

①近隣の住民代表に下知コミュニュティ・センターの鍵を渡していただきたい

 台風水害時には避難所となる場合は、市職員が駆け付け避難所を開設します。南海トラフ地震時、津波時は地域住民が避難所運営を担うことになっています。

 しかしながら市役所の関与は薄く、昨年の10月25日の二葉町総合防災訓練はコロナ禍にもかかわらず100人を超える近隣住民が参加し、自ら避難所を開設し、運営しました。毎年1回は訓練を今後も行います。市役所職員は地域防災推進課職員の2人が参加しただけでした。施設管理者である地域コミュニュティ推進課職員や長期浸水時の救命救出計画を策定した防災政策課職員は参加していません。

 また台風災害時に避難所開設を行う市職員との連携は現在取れていません。

 しかし災害は日時を選びません。夜間早朝時やセンター休館日に地震・津波が発生した場合は、「言い伝えでは」震度5以上で非常口が開錠するということになっていますが、開所後8年になりますが、1度も開錠するかどうか確かめていません。

 津波警報が発令された場合は、屋上の防災放送設備を活用し、」近隣住民の下知コミュニュティ・センターへの避難を促し、間に合わない住民は、近隣の津波避難ビルや地区指定避難ビルに駆け上がり避難することを放送で呼びかけます。

 万が1開錠しなかった場合はどうするのか?対策は鍵を信頼できる地域住民代表に渡すべきです。

 鍵を渡す人  坂本茂雄(運営委員会会長)・西村健一(運営委員会防災部長・二葉町自主防災会会長)・国見俊介(運営委員会地域部会長・下知消防分団長)・楠瀬繁三(下知町内会連合会会長・二葉町町内会長)・荒木三芳(二葉町町内会・防災会副会長。児童民生委員)

②フェーズフリー(減災活動を日常化する)の活動を目指します。

 南海トラフ地震はいつ何時発生してもおかしくない状態です。困らないように普段からの対策が必要です。それには避難所としての下知コミュニュティ・センターの非常時の在り方を再構築すべきであると思います。

 建物は耐震性がありますが、会議室にある机や、電子室に収納している展示会などで使用するキャスター付きボード(下知文化展などで使用)は、強い揺れで「暴れまわり暴走し」備品類を傷つけ破損させる可能性があります。

 固定する必要があります。(収納場所が狭いので限界があります。センター利用者の預かり備品は新年度からすべて3階の備品倉庫から撤去すべきであると思います。)

 防災部会が管理している防災倉庫に毛布と非常用トイレ備品が半分のスペースを占拠していて防災備品を十分に収納できません。整理整頓の必要性があります。

③LPガスによる熱源(炊き出し、暖房、インバーター対応発電機)の必要性

「最悪10日間、300人の住民が籠城して救助救出を待つ」ことを想定しています。

 従来型の「消極的な避難所」(とりあえず避難してひたすら救助を待つ)のではなく「地域の復興の拠点施設」として最大限に活用するために以下の対策をすべきであると考えます。」

そのためには「備蓄可能なLPガス容器の保管」と「20キロガスボンベの増設」「インバーター型LPガス発電機」「LPガス対応暖房機器」が必要であると思います。

 理由は最悪想定の南海トラフ地震が起きた場合、二葉町周辺の地盤が沈下し、入り込んできた津波による海水が排出されず地域全体が長期浸水状態になる可能性があります。

 高知市役所策定の「高知市救助救出計画」(2020年10月策定)では、下知地区に関しては、城西公園にボートを集め、2キロの浸水地帯を進行し、各地の津波避難ビルに避難している市民を救助救出するというものです。(それは発災後4日目からです。3日間は籠城しないといけません。)

 全員の救出には10日間かかるとの表記があり、下知コミュニュティ・センターの「炊き出し施設」の重要性は増加すると思います。

 地域の企業である(株)ツバメガス様のご協力で必要な備品、LPガスなどの見積もりを出していただきました。ご検討ください。(別添資料参考)

 市役所側の理解や協力支援がなければ実現できない事柄も含まれています。
中長期的な検討が必要であると考えます。

 台風・大雨災害の避難所と地震津波災害時の避難所が現時点では、つながりがなく「分断」されています。台風災害時も防災部会も地域防災会も支援協力しますし、地震・津波災害時の避難訓練時も市役所の台風・大雨災害時の支援職員の参加もお願いしたいところです。

 縦割り行政の問題点はありますが、真摯な協議や意見交換で「バリヤフリー」な運営にしたいところです。

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2021.03.25

いの町の家も安全ではないようです。

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 高知新聞2021年3月23日号はいの町の住宅地の最悪浸水予想と展望が記事になっていました。見出しは「いの町 氾濫対策効果薄」「堤防決壊時 人的被害軽減9% 国交省試算」とあります。

 記事によりますと「国は昨年7月の熊本豪雨を受け、ダムのみに頼らず、周囲の地形や居住の実態、避難態勢などを考慮した「流域治水」への転換を表明。自治体などを含めた協議会を設置し、各一級河川の対策を検討している。」とあります。

 「千年に一度の級の洪水が起きた場合の水系の水量や流速を算出し、各エリア内で1か所堤防が決壊したと想定。現在の各エリアの高さや位置データと重ねて、最上階まで浸水する民家の数などから人的被害をはじいた。」ということです。

 いの町は「洪水に備えた河川の浚渫や、福祉施設にあるベットを上階への移動などの対策をとっても危険の軽減率は9%にとどまっています。同様な調査では土佐市の波介川地域では軽減率55%、日高村の日下川流域では31%、高知市春野町の新川流域では39%の軽減率になります。

 いの町の軽減率は低い理由は、「いの町中心部は面積が狭い。後背地が山に囲まれているので、水が流れ込むと溜まりやすい地形になっているのも一因とか。

 国土交通省 四国地方建設局 高知河川国道事務所 調査課 水防企画係長の村上睦実さんにお話を聞きました。

「地球温暖化の影響なのかわかりません。今まで大雨が降らない地域に大雨が降り、千年に1度の災害であるならば、国土交通省だけの防災対策では追い付かないと思います。流域自治体を含め、根本的な対策をしなければならないでしょう。まだ始まったばかりです。」とのことでした。

http://www.skr.mlit.go.jp/kochi/press/r2/030317.pdf

「仁淀川水系 洪水浸水想定区域図(想定最大規模)(国管理区間)もいただきました。いの町の古家のある地域は3mから5mの浸水が予想されています。

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 急な訪問にもかかわず村上さんは丁寧に説明していただきました。現在いの町の平屋の家屋には息子夫婦が住んでいます。「千年に1度」めったに起こりません。でも東日本大震災がそうでした。西日本豪雨や熊本豪雨も想定以上の雨量が現実にあり、甚大な被害を地域にもたらしました。

 1975年(昭和50年)にいの町は大雨洪水水害で甚大な被害が出ました。当時大学生で帰省していました。床上15センチの浸水被害でした。 仁淀川の水位が上昇し、いの町の住宅地を流れる宇治川や中小河川が氾濫し、土砂崩れもあり甚大な被害でした。

 それから46年間、堤防を改築し、河川を浚渫し、地下に雨水を貯める施設を作り、排水ポンプ場も建設。更に低地の枝川地区の雨水を地下の排水トンネルを経由し、直接仁淀川に放流する工事もしました。しかし「それでも」限界があるとのことです。
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 私が住んでいる高知市二葉町は海に隣接し海抜0mの軟弱地盤。息子たちが住んでいる現在の場所は海抜13mです。しかし「1000年に1度の豪雨」時には水没する危険性が高いことが判明しました。どちらの家屋も安全ではありません。

 ではどうするのか?頭が痛い問題です。
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2021.03.24

閖上だより04号

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 一般社団法人ふらむ名取が発行する地域コミュニュティ紙「閖上(ゆりあげ)だより04号」(編集長・格井直光さん)が発行されました。今回は震災10年の追悼号になっています。

 1面は「追悼3・11 天にとどけ、みんなの思い」の記事でした。「犠牲になった方たちへの10年の思いを言葉、絵、折り紙、灯篭などで表現し、追悼行事を行いました。」とのことでした。「閖上住民、内陸移転した人、県外で暮らしている人など、皆さんに思いを寄せていただきました。」とあります。

 確かに作品展は、多様な表現で各人の思いが表現されているようです。掲載されている写真から伝わってきます。記事にはこう書かれています。

「10年前、突然の別れを余儀なくされた私たち。話したいこと、話忘れたこと。教えて欲しかったこと、成長したわが子や孫のこと、ご主人・奥さん。お爺ちゃん。おばあちゃんへの報告や、仲の良かった友達、同級生へ伝えたいこと、みんなのそれぞれの思いを作品に表現して追悼しました。」
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 2面は年末年始の閖上地区でのお祭りやミュージカル、地元アイドルの動向記事でした。1月14日の閖上神社内(昨年11月に社殿の竣工)での「どんと祭」の報告記事。

 地元アイドルみちのく仙台ORI姫隊が閖上海岸と朝市会場での「姫のアサカツ(清掃活動)を行い、朝市デッキで元気な歌とダンスを披露し、皆に元気を送っていただいたそうです。

 年末にはわらび座によるミュージカルと和太鼓演奏があったという報告記事でした。
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 3面は高齢の「閖上散歩」と「閖上自転車紀行」の投稿記事が掲載されていました。12月27日には閖上第21団地での恒例のもちつき会が行われ100人に配られたとか。コロナ禍でもあり、みんなでの会食は控え配布されました。

 編集部に届いたお便りの紹介「いつもスマイル」コーナーもありました。

 4面は「日和山の石碑 英霊碑」の説明記事がありました。閖上沖での海難事故での犠牲者を弔う碑の由来の説明がありました。日和山には多くのの石碑があり、そのほかには昭和三陸津波の記念碑、大東亜戦争戦死者氏名碑、英霊碑、忠魂碑と並んでいるようです。
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 「その日に備える防災メモ」には明治5年(1872年)以来当地域には、M6・5以上の地震は67回観測されています。その教訓から「地震があったら津波の用心」「からぶってもいいんでねえの助かれば」心構えで、命を守る行動を早く撮りましょう。との啓発記事もあります。

 地域の企業の協賛広告も、地域情報として貴重です。「編集後記」では以下のように記述されています。

「震災から丸10年を迎えた閖上。あの日を境に日常のありがたさを身に沁みました。
天にとどけのメッセージでは住民の方が10年の想いを繰り返し表現していただきました。

 前を向いている姿がとても印象的で感動しました。新たな閖上の夜明けを告げるスタートです。」

 紙面全体から閖上の皆様の強い地域への想いを感じました。

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2021.03.23

「高台移転」を急ぎたい

 3月2日に宮城県で最大深度6強の地震がありました。今年は2回東北地方で地震がありました。幸い死者が出ることはありませんでしたが、「東日本大震災の余震」という気象庁の情報提供には驚きました。南海トラフ地震も近い将来起きると思います。

 

 最近も和歌山や徳島や九州でも小さな地震がありました。「30年以内に80%の買う率で起きる」と言われていますが、私は「10年以内に南海トラフ地震は起きる」のではないかと真底思うようになりました。

 

 津波浸水の脅威のない地域へ移転したい。もしくは浸水地区でもマンションへ移転したい。いずれも多額の費用がかかります。でもそれを具体化しないと現状では零細企業を災害後に再建することは難しい。なんとかしたい。でもいまのところなんともならない。もどかしい。何とか打開したい。

 

 今年こそ打開策を見つけ、高台移転を実現したい。

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2021.03.22

今だからできること

今だから出来ること
 下知地区減災連絡会が2018年にまとめ上げた「下知地区防災計画」の核心は「字z電復興計画」です。それは行政側が「勝手に」講演したものではなく、住民参加で3年間議論してこしらえたものです。

 下知地区防災計画の設計思想は「伸び伸びと遊ぶ子供たちを中心に、地域のつながりで、楽しく安心して暮らせる、災害にも「も」強いまち下知(しもじ)」です。

https://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/12/sitasirutikubousaikeikaku.html?fbclid=IwAR3L1Mjr6Hl01kUGpsrfjR23GLObbxSWsjOJ5JMkZWsVLxy8l8tXaeWX3xY
(下知地区防災計画)

 命がけで大災害から生き延び、私たちにも「準備しろ」「生き延びろ」と言われました。
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「南海地震は間違いなく近い将来来るんでしょう。ならば住民も勉強して、行政とともにべ協会を開いて、地域を安全にし、すぐに地域が復興できる計画づくりを今から始めなはれ。」と背中を押していただいたのは故石井弘利さん(神戸市長田区鷹取東地区地域リーダー)の言葉です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/2-4326.html

 宮城県石巻市雄勝地区の阿部晃成さんの言葉「高知の人に申し訳なく思うんです。良い復興の形を示せなくて」は、とても重たいです。2015年に雄勝の話を聞きましたが、贖いきれない「大きな力」に押し切られたように伺いました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/33-0bb5.html
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 名取市閖上地区の格井直光さんたちの地域での頑張りも並大抵ではないと思いました。
仙台市という大都市の近郊でありながら、地域コミュニュティをつなぎ、再生させたご努力は見習わないといけないと思いました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html

 記事にありますように「南海トラフ地震に備え、あらかじめ復興の道筋を経過kジュしておく事前復興は、地区のリーダーたちが訪ねた東北で得た「教訓」が土台になっている。」その体験を無駄にしたくはありません。
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 黒潮町の高台移転計画のように「見える化」を下知地区でも出来なければいけないと真しこ思います。「ことが起きてからしか動かない」国の制度、復興事業の壁は厚い。あきらめずにあらゆる手段や方法を屈指して、事前復興計画を高知市下知地区で実現したいと思います。

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2021.03.21

復興という名の災害

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 高知新聞2021年3月18日の大山泰志記者の署名記事「復興という名の災害」という記事には身につまされました。

 震災前に4300人の人口があった宮城県石巻市雄勝町は、高台整備したにもかかわらず1137人と激減。なんと74%も人口減になりました。
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 2015年6月に、下知地区の有志5人を含む8人で現地滞在4日間の東北被災地ツアーを行いました。3日目に石巻市尾勝地区を訪問.阿部晃成さんにお会いしました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/33-0bb5.html


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-b3e0.html

 阿部さんたちは雄勝の中心部の復興も含めた意見を市側に出しましたが「市は住民側が早く同意しないと国からの予算が出なくなる。」と急き立て、議論を尽くさず多数決で高台整備を決めてしまい、阿部さんたちの意見は聞き入られませんでした。

 住民の分断が起きてしまいました。高台整備事業は予想どうり時間がかかり、完成した雄勝の高台には現在殆ど家屋が建っていません。多くの人達は雄勝の外の内陸部に造成された団地へ移り住みました。

 名取市の閖上地区でも、多くの住民が要望した内陸部への集団移転を市側が一方的に却下し現地での嵩上げによる復興事業になり、仲の良かった住民同士の対立も起きたと格井直光さんに聞きました。

 これは国の制度の欠陥です。大災害後半年以内に被災地の復興計画を出さなければ、復興予算を出しませんという制度ですから。多くは被災住民不在の中での復興計画が作られ、やたら時間がかかり、完成した後には想定どうり住民は戻らない事態が多いようですから。


 以前に「復興<災害>―阪神・淡路大震災と東日本大震災」(塩崎賢明・著・岩波新書)を読みました。

「震災で一命をとりとめたのにもかかわらず、復興途上で亡くなったり、健康を害して、苦しんだりする人々が大勢いる。その被害は個人の責任だけに帰することはできないと思えた。この復興による災厄は「復興災害」と呼ぶ以外にはあるまい。これは自然の猛威ではなく、社会の仕組みによって引き起こされる人災であり、本来防ぐことが可能な災害である。」
復興災害書籍
   中略

「実は、現在の防災・減災対策の中で、復興施策はほとんど位置づけられていない。命さえ助かればあとは自分で、という形になっているといっても過言ではない、しかしそれでは多くの被災者は生きて行けず、生活再建はできない。そこに復興災害が発生する根本原因がある。

 復興の事業の多くは公共施策として行われるが、その内容は貧弱で、被災者の実情に合っていないことが多い。」(P3)

 筆者は震災後20年が経過しても、阪神・淡路大震災の被災地では「復興災害」にさいなまれている人たちが存在していると指摘されています。それが2011年の東日本大震災での復興事業に活かされているとは言い難い現実があるとも言われています。

 記事の中で「復興について、事前に住民主体で考えて置かんと、どうにもならん」と私(下知地区減災連絡会副会長)がつぶやいたとありました。

 つぶやいても事態はかわりません。現実に高知県庁は、ごく一部の学識者(地元事情をほとんど知らない人たち)と5つの自治体の首長たちとで「事前復興計画検討委員会」を立ち上げました。

 石巻市の雄勝地区や名取市閖上地区と同じように、「住民不在」の事前復興計画が勝手に」審議され「国の墨付き」をもらい、気っと地域に押し付けられることでしょう。

「そうはさせんぜよ」の気概で事態を帰るべく活動を継続します。阿部さんや格井さんのご助言を糧にして活動を続けます。

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2021.03.20

下知地区減災連絡会WSの報告(詳細)


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 2021年3月18日に下知地区減災連絡会(皆本隆章会長)の役員会とオーp8運参加でのWS(ワークショップ・意見交換会)が、夕方に下知コミュニュティ・センターで開催されました。

 今回の意見交換会のテーマは「避難行動要支援者対策」でした。とても大事な重たい問題です。下知地区減災連絡会の役員・関係者だけでなく、高知市社会福祉協議会、高知市障害者福祉センター、ケアマネ―ジャー、介護事業所責任者など合計31人が出席しました。


 最初の報告者は高知市役所地域防災推進課の下知地区担当から。「①災害対策基本法が東日本大震災後に改正され、市町村に避難行動要支援者名簿の作成が義務付けられました。②要支援者の同意を得たうえで、災害の発生の備えて、消防機関、民生委員、自主防災会組織などの「避難支援等関係者」に提供します。

 ③災害時には、本人の同意を得ることなく、、各種情報の提供が可能になります。」と説明されました。
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 続いて丸池町のすずめ共同作業所に通所する利用者のすすめ家族の会会長の入交智子さんから利用者、職員の人達、家族の命を守る取り組みの話がありました。

「現在のすずめ共同作業所は海抜0Mの土地に平屋の建物があります。利用者は現在56人で、10歳から80歳の人達です。車椅子利用者は13人で、うち9人が電動式の車椅子です。スタッフは17人です。避難訓練は毎月、事業所の前にある勤労者交流館の屋上が津波避難ビルなのでしています。」
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「自分たちで出来ることと、できないことがあります。」

「なんでも自分でやる。できないから諦める。のではなく、ときに他人の力や支援も得て「命を守る」「命をつなぐ」ためにできることをしています。

「大阪の温井恵美子先生(福祉防災コミュニュティ協会認定 福祉防災士上級コーチ)のご指導もすずめ家族会で何度も受けています。その中の取り組みの1つとしてすずめ共同作業所SOSカードを発案しました。」

「すすめ共同作業所カードは、ゼッケン型にして、事業所に通所時に着用します。そしていつも呼ばれているニックネームで名前を表示しています。避難の際に呼び掛けや、お手伝いをお願いします。と表示しています。支援者の輪を広げるための道具です。」

「近い将来すずめ共同作業所は建て替えをして5階建てになります。1階部は利用者の駐車場です。新しいすずめ共同作業所は、地元丸池町の人達の避難所にもなります。地域との連携を深めていく必要があります。」と説明されました。

わたしのSOSカード(下知地区防災カード SOS 私を助けてください)についての概略説明です。前段階として「二葉町防災世帯調査」がありました。防災会独自の世帯調査。役員を信用していただき、個人情報(病歴・介護歴・薬手帳)を二葉町町民の賛同を得て書き込んでいただきました。回収率は6割程度です。

 私の方からは「二葉町防災世帯調査」と「SOSカード」について説明をしました。

 現実に母(95歳・要介護3・認知症)と同居し在宅介護しています。実際の大災害に遭遇した場合、母と一緒に命を永らえることが、この海抜0M地帯の高知市二葉町で可能なのか?


1)二葉町防災世帯調査

 二葉町全町民を対象に2008年度より3回実施(2008年、2014年、2018年しました。町内16ある班に班長さんが防災世帯調査表を配布し、封筒にいれて回収しました。

究極の個人情報です。回収した調査表は下知コミュニュティ・センター5階の防災倉庫の金庫に保管しています。(災害時に使用します。)

防災備品や取得している「有資格」の調査もしました。

2)SOSカードとは
SOSカード私の情報カード
ご自身の障害や基礎疾患などを表記し、病歴や親族などの連絡先、健康保険書番号や薬手帳のコピーなどをカードに挟み込みます。常時携帯します。

 避難訓練時には、首からかけて参加します。「自分はこうした病気で困っている」情報を表明することで、救援・支援を早く受けることが出来ます。
 「受援力」(上手に助けを受ける力)を向上させるカードです。


 「SOSカード」10年ほど前から必要性を行政などに訴えてきましたが実現しませんでした。2019年に内閣府の防災コンサルタント会社である(株)総合防災ソリューションの須田様のご支援もあり「下知SOSカード」は実現しました。

 ちなみに制作費は耐水紙+はがきサイズカードケース+ストラップで。500セットで16万円程度でした。1セットあたり330円になります。

 実際に昨年10月25日の二葉町総合防災訓練で活用しました。避難所受付の「密を避ける」ために最初からSOSカードの中の「私の情報」欄に電話番号や住所、病歴などを書いていただきました。カード事受付を預けます。記入後返却します・とても合理的なやり方でした。コロナ感染症対策にもなりました。

 続いて6つの班に分かれて意見交換会(ワークショップ)をしました。「誰も地域で取り残さない。」「皆で支援する方法について」それぞれが要支援者対策を話しました。

 地域防災に取り組んでいる人。介護の専門職。障害者支援の専門職。活発な意見交換をしました。原則出された意見は批判しないこと。自分たちの班から1人を残し別の班へ皆行くことで、他の班の意見を知ること。そしてまたもとに戻り、意見を話し合いまとめて行きました。

「地域と繋がろうと言われています。でも私は介護事業所に勤務しています。地域との繋がりが弱いのが悩みです。」

「ある津波避難ビルになっていいただいている分譲マンションがあります。でもそこは地震津波時は避難がOKですが、台風や大雨洪水時が避難はNGと言われていて困っています。」

「会社でBCPに取り組んできました。でもなんか最近狭い了見のように思います。会社も地域のなかにあります。地域と共に減災になるように、支援し、支援される関係を作りたいものです。」

「やはり地域で顔見知りになり、助け合うことを日頃からやるべきでしょう。」

「若い人たちの関心を高めるための工夫が必要です。押しつけは駄目でしょう。どの地域も若い世代や現役世代の参加が少ないことが課題ですね。」

「SOSカードは良いと思います。企業の協賛を得て資金を集め作成すべきでしょう。

 最後は参加者全員が、赤点のシールを持ち、自分の班以外を巡回して「いいね」とおもった考え方にシールをつけていきます。各班で意見を3つにまとめていただいています。その考え方を別の班の人達が評価します。
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 この集合知の考え方で、ある程度(というか大半の)意見集約ができます。でも少数意見もあわせて表示するようにします。「全員参加・全員の意志表明」は大事なことですね。それを思いました。

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2021.03.19

チーム王冠の支援活動に敬服

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 日本経済新聞2021年3月11日号は、東日本大震災での被災地宮城での在宅避難者を中心に支援されてこられた一般社団法人「チーム王冠」の代表理事伊藤健哉さん(54歳)の活動についての特集記事でした。

 「今もそばに」「生活取り戻し 一緒に笑いましょう」と見出しにあります。チーム王冠は、公的支援が行き届かない壊れた家で生活を続けている被災者に寄り添って活動を続けられています。
チーム王冠記事・日経311-2_NEW
 壊れている家、傾いた家でありながら「住める家がある」という理由で、仮設住宅などへ入居できない人たちを支援されてこられました。今でも120世帯を支援されているとか。
チーム王冠家屋
 2015年の有志8人で「チーム王冠」を訪ねました。そこで被災された人の話を聞き、メンバーのご案内で傾いた家で生活されている2軒を訪ね話を聞きました。
チーム王冠内部
 一部損壊ということで住宅が再建できない人。県道の拡幅工事が遅れ、損壊家屋に住み続けている人の話を聞きました。あれから6年が経過しましたが、どうされているのでしょうか?

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/22-8d88.html

 うちも母(95歳)が認知症で要介護3です。一応鉄骨3階建てなので、在宅避難になろうかと思います。地盤が悪い場所なので、傾いた家に住むことになるかも知れないです。他人事ではないと読んで思いました。6年前の視察を思い出しました。

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2021.03.18

町内会の役員になりました。


 二葉町自主防災会の会長を昨年6月に森宏会長が急逝したため、会長になりました。それだけでも大変なのに、今度は二葉町町内会の役員も引き受けることになりました。先日楠瀬町内会長と荒木町内会副会長が来られ、役員就任の依頼を受けました。

 お話を聞きますと、現在の副会長がお病気になりましたので、空席になり打診がありました。副会長はあと2人おられます。それで引き受けることになりました。家内も承諾してくれました。防災会は町内会の「子会社」のようなもの。地域コミュニュティの基本は町内会です。町内会幹部の意向は「親会社の役員に依頼された」ことなので、お断りはできません。

 時間の使い方を一段と工夫しませんと。4月から仕事も多忙になります。2020年はコロナ禍で売り上げが低迷しました。今年は取り戻すべく奮闘中です。やれる範囲で頑張ります。

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2021.03.16

月に1度の口腔ケア

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 私は3年前に99歳で亡くなった父を見習い、月に1度歯科医院で口腔ケアをしています。特に虫歯があるとか、歯がぐらついているとか、詰め物が取れるという状態ではありません。

 歯の状態と歯茎の状態を診ていただき、磨き残しや、歯垢やプラークを除去していただいています。自宅では歯磨きは食後すぐに行い、完食した後も歯磨きをしています。

 しかし「口腔衛生管理」票では、奥歯などに磨き残しがあると指摘されています。自分なりに歯間ブラシもしていますが、十分ではないようです。

 回転式の機械や、歯間ブラシなどで、プラークなどを除去していただきました。自分なりに歯磨きは丁寧にしているので「歯周ポケットはありますが、歯茎がしまり出血もなくなりました。」とのコメントを歯科衛生士さんからいただきました。

 亡き父は99歳にして28本の歯がありました。わたしも口腔ケアに励み、毎日の歯磨きも丁寧にして、口腔ケアに励みます。

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2021.03.15

春の変則強風に対応できす。

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 今日は晴れて気持ちの良いお天気でした。家人の許可も得て、午前中から夜須のハーバーへ行きました。先日Yさんから譲渡いただきましたセール(帆)のお試しもします。慎重にぎ装しました。
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 最初こそ風は緩めでしたが、ぎ装(ヨットの組みたて)をしているうちに、風が釣与kジュなりました。しかも強いだけでなく、風軸(風の方向)が瞬時に変わります。あまりにも強い風が、くるくると方向が変わりますので、年寄りは無理しないので、様子見して海へ出ませんでした。早めのお昼を食べました。
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 昼過ぎに大﨑修二さんが来られました。「一緒に乗ろう」と言われました。気をとりなして、ぎ装をしました。強風対策用のぎ装をしました。出艇前に高知大学ヨット部の学生たちが戻って来ました。様子を聞きますと、やはり風軸が沖合でも90度は瞬時に代わるとか。これは乗りにくい。

 海へ出るためにアンカーを打ち、ヨットを風上に立てます。トレーラーを陸へ上げ乗り込もうとすると突風が吹き、あえなく転覆。早速沈しました。乗り込む前に転覆ですから。

 起こしてようやく乗り込んでシートを引き込んで海へ出ました。やはり予想外の方向からの強風。シートを緩めたり、引いたり、方向転換して帆走しました。しばらく帆走しますと、また予想外の方向からの強風に遭遇。風を逃がして沈を免れました。
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 しばらく帆走しましたが、またまた思わぬ方向からの強風。大きく艇が傾き、沈しそうになりました。踏ん張ってなんとかバランスを取りましたが、また強風が。

 恐怖心を感じましたので、ハーバーへ戻る決断をしました。僅か10分足らずの海の散帆でした。風が渦を巻いているような感じ。砂浜への着艇までが長い事。ようやく着艇。沈せずに戻ることができました。

 ハーバーの斜路より東の砂浜へ着艇。艇を風上に向けながら船首をもって運びましたが、強い風が方向が定まらず、引っ張るのに苦労しました。途中諦めて砂浜へ打ち上げ、運搬用のトレーラーを持ってきて砂浜を運びました。
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 ぎ装解除も思わぬ方向からの強風で、「ブームパンチ」を後頭部に食らいましたb。厚めの毛糸の帽子を被っていましたので、ケガをしませんでした。

 春の海は怖いです。技量のない年寄りは苦戦しました。でも気持ちが良いです。海はいいです。

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2021.03.14

NHK高知放送局・こうちいちばんの番組解説

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 2021年3月11日(未曽有の大災害である東日本大震災から10年)でしたが、当日NHK高知放送局は、「こうちいちばん」というローカルニュース枠にて『高知市長期浸水への備え」ということで、僅か6分間の番組でしたが、中身は凝縮され、わかりやすく求められていました。
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 番組は当日(2021年3月11日)の午後6時21分過ぎから、高知市青柳公園で生中継のスタート。事前取材をしていただきましたNHK高知放送局伊藤詩織記者が、青柳公園で間もなく東日本大震災から10年の追悼式が行われますとカメラに向かい話されました。(下知地域で小規模な追悼式が何故行われるのかを話していただきました。)

 続いて20秒の制限時間で画面に登場。伊藤記者が「この10年どうでしたか?住民の意識の変化はありましたか?」と問いかけました。

 私は「画面であの大津波の様子とまちが壊れていく様子を見て危機感が出ました。二葉町内会の役員各位も同じでした。2007年に結成されました二葉町自主防災会ですが。、当時やや中だるみ状態でしたが、なんとかしなければという意識になりました。」としどろもどろに回答しました。

 伊藤記者が「東日本大震災から10年経過しましたが、自主防災会活動により住民の意識の変化はありましたか」と聞かれました。

「危機感だけでは長続きしません。いかに自分事にするかが大事です。まだまだ住民各位には浸透しておらず、これからの課題ですね。」と回答しました。丁度タイムアウトです。

 僅か20秒足らずのやり取りでしたが、3回ぐらいリハーサルで練習しました。手短に思いを正確に画面を通じて伝達することはとても難しいと思いました。

 現場はこれでお終い。実際の現場は、追悼の黙とうし、別会場でのオンラインでの交流のある宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の地域リーダーの格井直光さんとの意見交換をしました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/03/post-f57814.html
(東日本大震災10年目のミニ慰会とオンライン意見交換会)

 あとで録画してあったNHKの番組を見ました。
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 青柳公園の東日本大震災のミニ追悼式の様子や、当時仕事中に被災した大﨑修二さん(下知地区減災連絡会副会長)の被災体験の話も1部放映されていました。

 番組のテーマが「高知市 長期浸水への備え」とあります。
 1946年12月21日の昭和南海地震の映像(高知県庁作成)が流され、下知地区は地盤沈下と堤防の決壊で1か月以上水没した様子が出ました。
岸田康彦さんDSCN4706
 当時中学生で昭和南海地震を下知地区で体験されました岸田康彦さん(二葉町在住)は「寒いし、食べ物もなく、水も引かなくて不安でした。」と話されました。実体験者の言葉はとても重たいです。つい75年前のことですから。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-7f1d.html

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-c646.html


 まず高知市災害対策部防災政策課森尾祐二課長に取材されています。
高知市防災政策課森尾課長
 「これだけ広範囲になると救助や救出が早い段階で迅速に行われるかというと難しい。」と言われていました。事実高知市防災政策課の作成した、高知市の長期浸水地域に対する「高知市救助救出計画」にしても「文面には震災後3日間は救出に行けない。4日目から10日の間に救助を検討」と記述されていました。机上論にすぎません。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-f8e4b0.html

 「公助」の限界を思い切り、改めて感じました。ただ高知市役所側も手をこまねいているわけではなく、国内外の災害支援活動で実績のあるNPO法人ピースウィンズ・ジャパンと高知市は「災害時支援協定」を締結しました。
災害時支援協定
 画面で締結の様子も映していました。それは心強い限りです。

 ピーズウインズ・ジャパンの本部の国内事業部長の國田博史さんと次長の橋本笙子さんが締結後の午後から下知コミュニュティ・センターへ来ていただきました。2021年2月19日のことでした。
二葉町まち歩き下知Cno
 まずは下知地区(二葉町)のまち歩きをしました。低地で海がまじかにあります。防災会で努力して地区避難ビル(その1つであるコーポシーロード)を見ていただきました。屋上から街並みを見ていただきました。
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-bcad38.html

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-ad3d32.html

 まち歩きの様子や、下知コミュニュティ・センターの施設や防災倉庫も見ていただき、意見交換しました。その様子も映像に出ています。

 あらためて下知地区の「長期浸水状態」になって「生き延びる」こともとても大変ですし、「命を繋ぐこと」もより大変です。また「生活を再建する」ことなど現状では不可能に近いお話であることが、よく理解出来ました。

 僅か6分足らずで映像化されますと、あらためて高知市下知地区の「深刻さ」と「課題満載」状態がわかりました。
 
 番組の中でも「300人が下知コミュニュティ・センターに駆け込んできて10日間籠城できる体制(現状は4日程度)を今年から時間をかけてつくりたいと本気で思っています。

 コロナ感染症対策も市ながら、今年も10月31日(日曜日)に二葉町総合防災訓練を実施します。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-02ecb9.html
(2020年二葉町総合防災訓練)

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2021.03.13

東日本大震災10年目のミニ追悼式とオンライン意見交換会

 2021年3月11日に高知市青柳公園にて、東日本大震災10年の集いが、午後6時半からおこなわれました。
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 竹製のキャンドル蝋燭で「3・11」と地面に表示し、蝋燭に火をつけて黙祷しました。下知地区の住民30人が参加しました。テレビ局が3つ(NHK高知放送局・高知さんさんテレビ・テレビ高知)が来ていました。
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 狭い場所で、カメラの位置取りで、あれこれしていました。NHKのご指名で「生中継します。しゃべる時間は1分ほど。そのあとに5分30秒ほどの下知地区の長期浸水をテーマにした番組を放映します。」とのこと。要するに前触れで少しだけ登場し、あとの編集したテーマ番組(今回は長期浸水問題)への先導役であることが、ようやく理解出来ました。
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 夕方のローカル・ニュース枠で放映されたようです。録画で後で視聴します。
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格井直光さんとリモート交流しました。
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夕方は高知市青柳公園での東日本大震災のミニ慰霊をしました。
その後会場を下知コミュニティセンターに移動して、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の住民リーダーの格井直光さんから「閖上の10年とこれから」の話を傾聴しました。
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「やはり地域のコミュニティは大事です。」


 


「避難生活の間も芋煮会をやり続けました。住民同士の絆になりました。」と言われていました。


 


 でもそれは大変な労力であったと思います。講演後にいくつか質問をしました。


 


格井直光さんへのご質問
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①そもそも論ですが


 


 名取市は閖上地区は海が近く甚大な津波の被害がありました。
 しかし名取市役所や市民会館周辺部は被害を受けていません。高知市と違い安全な地域が平野部にあるように思いました。何故集団移転をされなかったのでしょうか?


 


 東松島市では海沿いの大曲地区は甚大な被害が出ました。2015年に見学した集団移転先は、矢本西団地でした。震災後4年後には個人の住宅や災害公営住宅(平屋形式)が建築されていました。


 


 2015年度は閖上地区は盛り土工事(嵩上げ)の真っ最中でした。私個人は2016年にも閖上を訪れました。閖上港付近も水産加工会社は建設されていました。統合した閖上小中学校が建築中でした。


 


 盛り土整備も高台整備も時間がかかります。2015年に訪れました石巻市雄勝地区では、震災直後は被害住民の大半が高台移転を支持しました。しかし10年経過して整備された高台にはほとんど家屋が建っていません。


 


 閖上地区は盛り土工事に長い年月が経過しましたが、何割の地区の人達が戻られましたか?他の地域より戻られた人は多いように思います。ばらばらに避難された方を繋ぐ絆が「閖上復興だより」でしたのでしょうか?


 


 


②名取市も津波の大きな被害がありました。閖上には慰霊碑があり、記念館もあります。
 他の被災地域にあるような「震災遺構」がありませせん。


 


 2015年に見学した石巻市の門脇小学校跡や、大川小学校跡も震災遺構として残されると聞きました。震災遺構は見るだけで、一瞬で津波の怖さがわかります。


 


 名取市や閖上地区は震災遺構を残さなかった理由を教えてください。


 


③閖上復興だよりや、閖上だよりは地域コミュニュティ紙として内容もとても重質しています。地域行事満載です。仙台市という大都市近郊でありながら地域コミュニュティがしっかりあります。


 


 コニュニティー作りで工夫されていることはありますか?また下知地区でこういうことをしたらいいよというご助言があればお願いします。


 


 


④戻ってこられた人たちの年代別人口比率はどうですか?子育て世代や現役世代は戻られましたか?また他の地域からの移住された人はおられますか?


 


 


⑤「防災は事前対策がすべて」言われます。格井さんのアドバイスとして、事前対策として地域として是非やったほうがいい。ということがありましたらお願いします。


 


 成功事例などがありましたらよろしくお願いします。


 


格井さんはまとめて答えていただきました。


 


「東松島市のように当初は集団移転をのぞんでいました。しかし名取市の有識者の委員会で、集団移転は否定されました。現地のかさ上げ後に再建することになりました。」


 


「名取市は震災遺構がありません。私達は閖上に唯一残った笹かまぼこ工場跡も市の意向でて撤去されました。」


 


話を聴講し厳しい現実を知りました。でも閖上には希望があると思いました

「閖上は子育て世代に人気があります。名取市は子育て支援に力を入れています。」
まちづくりの担い手も育っているようです。また芋煮会やお祭り以外に、住民の作品展を公民館で開催したら大好評だった。」とのことでした。


 


 また格井さんが編集長をされていた閖上復興便りは60号まで発行され、離ればなれの避難生活されていた閖上住民の絆になっていました。
 また同時に全国に閖上の支援者を数多く産み出しました。市役所の広報紙ではそうは絶対になりません。


 


格井直光さん達の閖上の皆様に敬意を表します。大変ご多忙のなか、ご出演いただきありがとうございました。

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2021.03.12

全国展開するSOSカード?!


 先日「下知SOSカード」の作成で大変お世話になりました内閣府専属の防災コンサルタント会社である総合防災ソリューションの須田俊彦さんから電話がありました。
SOSカードSOSカード私の情報カード
 「出雲市で鍵屋一先生とご一緒したときに、先生が「下知SOSカード」を講演会で示しになり、広めていきましょうと言われて驚きました。」と言われました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-0db323.html
(下知SOSカード関連記事です。)

 私は「鍵屋一先生が昨年11月5日の、内閣府地区防災計画のZOOM会議の前撮りと取材に来られた時に。下知SOSカードを見られ「それいいね頂戴。」と言われ、私が携帯していた下知SOSカードを差し上げました。
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 須田さんは「その後いかがですか?スポンサーはつきましたか?」と言われました。残念ながら資金の獲得まで行っていません。スポンサーは行政でも、民間企業でも公益法人でもいいんです。とにかく作成して地域の皆が情報共有に使用できればいいのですから。

 鍵屋一先生は全国各地で講演され、地区防災計画策定へのご助言をされています。鍵屋先生が認定いただいた「SOSカード」。全国へ広がっていただきたいですね。
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私の情報カード

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2021.03.11

ミニ慰霊祭とZOOM会議と報道

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 既に下知地区減災連絡会(皆本隆章・会長)の事務局長である坂本茂雄さんからの投稿記事もありますが、私(二葉町自主防災会)のほうからも「東日本大震災10年ミニ慰霊祭と東北被災地の皆様とのZOOM会議」について記述させていただきます。


1)東日本大震災ミニ慰霊祭

 場所は高知市青柳公園北口付近。時間は午後6時半から7時までの予定。

 「3・11」と竹キャンドル蝋燭で表示。東北の皆さまに学び、避難困難地区の下知
 の現実を語り合います。

  今年1月17日の早朝に「阪神大震災26年目のミニ慰霊祭」を同場所で開催。

  http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/01/post-09779b.html

2)名取市閖上地区のリーダー格井直光さんとのZOOM会議
f3f36de9格井直光さん
  ミニ慰霊祭終了後、場所を下知コミュニュティ・センター3階会議室へ移動

  午後7時20分から8時までの予定でZOOM会議で意見交換会を実施します。

  格井直光さんとは2015年に閖上現地でお会いし、翌年も会いました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html

3)NHK高知放送局のこうち1番で二葉町が取り上げられます。

  高知ローカル放映ですが午後6時10分から7時までの間です。

「▽東日本大震災から10年 県内でも黙とう・祈り ▽津波後の長期浸水 」
PWJ-高知市災害時支援協定記事_NEW大
 ということでミニ慰霊祭の取材にも来られ、PWJ(ピースウインズ・ジャパン)の國田さんと橋本さんが広島本部から高知市と災害時支援協定締結後に、下知コミュニュティ・センターを訪問されました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-ad3d32.html

 二葉町は海抜0メートル地帯で海が近いです。まち歩きや防災会指定津波避難ビルなどを視察いただきました。下知コミュニュティ・センターの防災装置や倉庫、備品などを見ていただき、今後何を備えればいいのかをご助言いただきました。
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 その様子を短時間でしょうがNHK高知が「津波後の長期浸水」というテーマで放映します。

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母は歯科医院へ行きました

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2021年3月9日ですが母(95歳)は、月に一度の歯科での口腔ケアに行きました。
歯磨きと、歯間ブラシで歯の汚れを取りました。歯茎のマッサージもしていただきました。
「ご自分で歯磨きしているので歯磨きもしまっています。歯茎からの出血もありません。」と歯科衛生士さんに誉めていただきました。

 口腔ケアは、とても大事です。「自分の足で直立歩行が出来て、自分の歯で一般食が美味しく食べられる。」ことは、健康の証拠ではないかと思います。高齢者であっても同じです。母の場合は95歳という超高齢者ですが、一応自分の足で歩けます。歯も割れたり欠けたりしていますが、28本自分の歯が残っています。
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 2018年5月に99歳で他界した父も、慢性腎不全の悪化で高度医療機関に入院するまで(98歳時に)、自分の足で歩き、自分の歯(父は28本の歯が母よりしっかりありました。)

 来月も母を口腔ケアに連れて行きます。
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2021.03.10

災害危険区域内の零細企業とBCP

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 今年の3月11日は東日本大震災から10年になります。各テレビ局や新聞は、東日本大震災の特集を組み放映し、記事を掲載しています。

 今後30年以内に80%の確立で起きる南海トラフ巨大地震。高知市下知地区の二葉町は、海に隣接し、海抜0メートルの災害危険区域にあります。地震が起きれば最大震度7の揺れと、地盤沈下による長期浸水が想定される地域です。

 こういう状況になった場合、現時点では企業の再建など無理ですね。よく世間様でがBCP(事業継続計画)と言いますが、現地点で「想定どうりの南海トラフ巨大地震」が起きれば再建・再興は不可能です。

 せめて浸水や地震の脅威が少ない高台地域へ移転して初めて「BCP」(事業継続計画)が出来ると思います。現状では、自己破産ををして廃業、生活支援を行政に申し入れるしか出来ませんから。

 高知県庁も高知市役所も、零細企業の商業者の高台地区移転や住んでいる地域の盛り土か嵩上げ計画は「まったく」計画さえされていません。高知市の産業構造では70%強が、第3次産業であるといわれているのに、何の手立ても災害対策支援もありませんから。

 東日本大震災の映像を見ていて「明日は我が身」であるとひしひしと感じます。

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2021.03.09

壊れるヤッシーパークを嘆く

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 3月6日(土曜)に高知県香南市夜須町のヤッシーパークへ行きました。いつもは海の上からヤッシーパークを眺めていましたが、今回はヤッシーパークを歩きました。
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 ヤッシーパークの名物の600メートルのボードウォーク(木の歩道)の東西部分がは来とられ、あろうことかアスファルト舗装されていました。
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 85Mあったヤッシーパーク西側開口口は、テトラ285個が投入され、ヤッシーパークの海側の景観が破壊されました。
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 陸側の「名物」のボードウィークも破壊されました。もう何の魅力もヤッシーパークになくなりました。(と申してもそれはわたしの個人の感想と思いにすぎません。)
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 思い起こせば1987年に安岡正博さんの企画にてアメリカ西海岸研修ツアーがすべてでした。

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/yasuoka/koborebanashi.html

 安岡さんは2011年に63歳の若さで亡くなられました。
ヤッシーパークが県土木事務所の「公共事業」(県民の税金)で破壊されることを安岡さんは嘆かれておられると思います。

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2021.03.08

父の墓参りに行きました。

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 2021年3月7日(日曜)ですが、父(2018年5月13日没)の墓参りに、行きました。家内と母(95歳)と一緒に行きました。
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 お正月に墓参りに行く予定でしたが、今年は思いのほか寒く断念しました。3月に入り暖かくなり、風もないので、行きました。
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 歩行補助車を持参して行きました。墓地公園は道幅がそこそこありますので、利用できました。椅子代わりに座れます。とはいえまだまだ肌寒いので、父に祈祷して戻りました。
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 家族の健康と商売繁盛、地域の安全を父の墓前に誓いました。
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2021.03.07

ショック体脂肪が増加!?

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 2021年3月6日(土曜)ですが、歩いて自宅からスポーツジムへ行きました。そこで対成分分析をしました。結果は「腹部肥満・過脂肪体形」という判定でした。

 昨年2月8日から1日も休まず「リハビリ・ウォーキング」をしていまのに、とてもショックでした。やはり「だらだらウォーキング」だけでは、お腹周りのぜい肉は取れませんでしたが、数値でも「腹部肥満」という結果が出ましたから。

 ある意味仕方はないと思います。何故なら人間も動物ですから、野生動物同様に人間も冬は体に脂肪がたまる。と思いますから。

 焦らずだらだら歩きを続けます。春本番になり、腰痛が完全に収まれば、筋トレや早足歩きを始めます。

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2021.03.06

二葉町自主防災会2021年の事業計画案

10月31日に二葉町防災訓練をやります。

 今年も昨年に続いてコロナ禍ですが、10月31日(日曜日)に、二葉町総合防災訓練を実施する予定です。昨年ご事情があって参加され得ちない方も、今年は是非ご参加してください。

 参加されて、いろんな部署(総務・登録・衛生・情報伝達・食料調達)を経験なさってください。下知コミュニュティ・センターの防災倉庫にどんな防災備品があるのかを覚えてください。それは受際に災害が起きたとき、1度でも避難訓練に参加したら、避難所が開設できるようになることです。

PWJさんが二葉町まち歩きと倉庫の点検していただきました。

 2021年2月19日ですが、広島県からNPO法人ピースウインズ・ジャパン(PWJ)の国内事業部長の國田博史さんと次長の橋本祥子さんが、下知コミュニュティ・センターへ来ていただきました。高知市と災害時支援締結をされた後にこいていただきました。
 昨年の避難訓練時に、6種類の段ボールベットを岡山県から持ってきていただきました。

 二葉町の町内と地区避難ビルを見ていただき、下知コミュニュティ・センターの防災備品も見ていただきました。後日何が足りなくて、何を備えるべきかを教えていただきます。

その様子は3月11日(木)のNHK高知放送局の「高知いちばん」の中で放映される予定です。


 2021年の事業計画

 やはりコロナ禍で他の防災会との交流事業は出来そうもありません。今年度は地域の足元を固める事業をいくつか計画しています。

1)二葉町総合防災訓練の実施

 10月31日(日)に下知コミュニュティ・センターに手。避難所開設・運営訓練を行います。

2)ロープワーク講座の実施

 5年連続の開催です。低地の二葉町は浸水の可能性があります。自分を守り、他人を助けるロープワークを覚えましょう。(自助努力の事業)

3)消火器BOXの配備

 現在二葉町の9か所に、液体消火器2本入りの消火器BOXを配備しています。2021年度には、町内4か所に配備する予定です。

4)炊き出し訓練の実施

 下知コミュニュティ・センター屋上や青柳公園で、炊き出し訓練を行い、そのあとで試食会を開催したいと思います。

5)消化訓練と救命訓練の実施

 消防部署の協力で行います。

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2021.03.05

今南海トラフ地震が来たらホームレスの無産者になります。

 高知市下知地区やその中の二葉町は、「先進的」な防災活動が展開されていると言われています。行政側の枠を超え、独自の動きが各報道機関に注目され、取材や報道をされたこともあります。

 しかし海抜0Mの地盤が5Mくらい嵩上げされたわけでもありません。二葉町住民有志が皆高台地区へ集団移転したわけでもありません。あるいは町内全体が耐震共同住宅に入居したわけではありません。「安全性」は懸命な自主防災活動にも関わらず、この13年来(2007年に二葉町防災会結成)何らの進展はありません。

 地域間交流事業(疎開を前提とした交流事業)も何の支援も行政側からありませんでした。南海トラフ地震が想定どうり起きれば、高知県は7・7万戸の住宅が必要ですが、数年前の情報では2・3万戸しか確保できていません。にもかかわらず、県は地域間交流を全く使用としていません。要するに10万人強の県民が高知県内で避難生活が出来ないのです。

 東日本大震災から10年経過しましたが、何の進展もありません。県も高知市も「やる気」が感じられません。地域の防災リーダーの1人として無力感を感じる今日この頃です。

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2021.03.04

紙媒体の二葉町防災新聞

二葉町防災新聞2021年2月号_NEW
 二葉町町内会の回覧板用に作成しました。
二葉町自主防災会の活動報告や行事の予告につきましては、個人のフェイスブックや、ブログの「二葉町防災新聞」に掲載しています。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/ 

 しかしながらそうした電子媒体に慣れ親しんでいない町内の皆様が多く、少しの労力ですが紙媒体にしました。内容は今年も10月31日(日曜日)に昨年同様にコロナ禍でも感染症対策をしながら、下知コミュニュティ・センターで二葉町総合防災訓練を実施します。

 9月頃には自助努力の方便の1つである「ロープワーク講座」を行います。二葉町は海抜0メートルの浸水危険地域なので、「自分を助け、ご近所の皆さんを救うロープワーク」を取得することを目指します。5年連続の開催です。

 また消火器BOX(液体消火器2本入り)は、今年の1月に町内で火事がありました。防火啓発の意味でも町内の4か所に配備する予定です。

 今年もまたコロナ感染症対策で、二葉町町内会の最大行事である「二葉町お花見・大懇親会」(青柳公園にて実施)についても、見送りの公算が高いようです。代替行事で公園と下知コミュニュティ・センターで「炊き出し訓練と防災食事会」の実施のご要望が町内会役員の方からありました。検討中です。

 消火訓練と昨年出来ませんでした救命訓練も実施する予定です。これもまたコロナ感染症次第です。高知市消防局のご指導を受けるわけですが、現在のところコロナ感染症対策で対外的な研修はできないと消防局には聞いていますので、わかりません。

 2021年2月19日に、昨年の二葉町総合防災訓練で「段ボールベット6組の持参」していただいた災害時支援団体であるNPO法人ピース・ウィンズジャパン(PWJ)の国田部長と橋本次長が、高知市との災害時支援協定締結後に、二葉町に来訪いただきました。

 低地の市街地の二葉町のまち歩きと、防災会指定の「地区避難ビル」(建築年次が古いという理由で市役所の津波避難ビルになれないビル)を視察いただきました。その後下知コミュニュティ・センターの防災設備や防災倉庫を視察いただき、ご助言をいただきました。

 その様子をNHK高知放送局が取材しており、3月11日のローカル番組「こうちいちばん」で放映される予定です。

 といった内容を紙媒体の「二葉町防災新聞」に掲載し、二葉町町内会を回覧しtれいただいています。

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2021.03.03

坂本茂雄「県政かわら版」64号

坂本茂雄県政かわら版64号ー1_NEW
 地域代表の高知県議会議員である坂本茂雄さんの「県政かわら版 64号・2021年早春号」が発行されました。

 1面は県議会の12月定例会についてです。新型コロナ感染症防止が県政の緊急課題です。コロナ感染症拡大の抑制のための飲食店などの時短営業への協力金の増額など2020年度一般会計補正予算が執行部から提案され採択されました。
 また飲食店との未知な取引をされている食品関係、酒類、タクシー、宿泊、観光施設などへの業種などが臨時給付金の支給対象です。営業時間短縮要請対応臨時給付金を支給するために26億4100万円の補正予算が出され採択されました。
坂本茂雄県政かわら版64号ー2_NEW坂本茂雄県政かわら版64号ー3_NEW
 坂本茂雄さんが所属している県民の会(上田周五代表)と浜田省司高知県知事との県政要望に関する意見交換の様子が記事になっています。紙面の2面と3面は5項目、15件の要望に対する知事の回答が掲載されています。

 コロナ感染症対策、福祉・教育問題、南海トラフ地震対策、社会基盤整備の対策、人権の尊重問題などの意見交換がされていました。
坂本茂雄県政かわら版64号ー4_NEW
 4面は、「高知医療センター 新型コロナ感染症対応医療最前線の苦境」という見出しには驚きました。記事では限られた医療資源をコロナ感染症対策で再編し、なんとかやりくりしている現状を知りました。

 コロナ感染症の第4波の体制も沈静化させための方策が検討されているようでした。

 県政のあり様がよく理解出来ました。

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2021.03.02

広報下知減災・第25号

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 下知地区減災連絡会(皆本隆章会長)の広報紙「広報下知減災・2021年2月号・第25号)がこの度発刊されました。事務局長の坂本茂雄さんのご尽力で編集・発行されました。

 第1面では「コロナ禍での地区防災計画の実践」ということで、被災地支援を神戸からなさっておられる宮定章さん(まち@コミュニュケーション代表理事)の講演会「復興まちづくりから事前復興まちづくりへ」という講演の記事が掲載されています。

 また3月11日(木曜)は、午後18時30分から高知市青柳公園で「東日本大震災10年のミニ追悼の集い」を開催します。19時20分から、下知コミュニュティ・センターにて、ZOOM会議方式で、宮城県名取市閖上地区のリーダーの格井直光さんと意見交換をします。
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 実は2015年6月23日に下知地区の有志5人を含む8人で、東北被災者交流ツアーとして現地を訪問していました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html
広報下知減災2021年2月号2_NEW
 2面では「下知地区防災計画も3年目でバージョンアップへ」ということで、独自の取り組みの報告をしています。「感染症対策と避難行動・避難所運営・二葉町訓練などを踏まえて」「長期浸水対策 高知市救助救出訓練を踏まえて」「臨時情報 高知市対応を踏まえて」など行いました。

 3月18日は「避難行動要支援者対策 すずめ作業所・SOSカードなどを踏まえて」でメンバー各位のワークショプが予定されています。
広報下知減災2021年2月号3_NEW
 3面は「感染症対策と避難行動・避難所運営」と「長期浸水対策」とワークショップでの取りまとめが掲載されています。
広報下知減災2021年2月号4_NEW
 4面は「コロナ禍でも、地域の工夫で多様な訓練・防災イベント実施」の報告でした。二葉町総合防災訓練(2020年10月28日)、弥右衛門公園防災拠点オープンイベント(2020年11月23日)、丸池・東弥生防災訓練(2020年11月25日)、昭和小防災オープンDAY(2021年2月6日)の実施内容が掲載されています。

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2021.03.01

49年経過しても悔しい思い出


 1972年の3月1日は、通学していた県立高校を卒業出来ませんでした。出来が悪く、教師たちに悪態をついていた私は、執拗に「自主退学」を薦められました。2月に担任教師が自宅へ来て母も交え話をしましたが、物別れに終わりました。
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 4月の登校日まで高校側から何の連絡もなく、仕方がないので職員室へ行くと教師たちが「お前何しに来たんだ!」と言いました。「留年しに来たんだ!」と言いますと、教師たちは想定外だったしく狼狽し、「お前を受け入れるクラスを決める臨時職員会議をするので、校長室で待て。」とかいう展開。

 30分ほどしてようやくクラスが決まり、指示された教室へ行くと中ほどの席が空席になっており、着席し、1学年下の連中との高校生活が始まりました。

 大学と異なり、当時の県立高校は、留年(原級留置と言います)は、全科目再履修しないと卒業出来ません。当時の私は1単位足りなくて卒業出来ませんでした。大学であれば落とした単位の科目だけ翌年に再履修し、出席日数と試験で合格点を取ればOKでした。担任教師が「自主退学」を執拗にすすめる理由がようやくわかりました。

 全科目を再履修することは、出席日数も足りないといけないし、試験で全科目合格点を取らないといけない。制服を着用し、時間内に登校し、遅刻もいけない。いわば執行猶予のついた罪人扱いです。

 ではなぜ卒業できなかったといかと言いますと。当時の社会運動に熱中し、高校1年時から、学外の高校生組織の結成に加わり、その中での離合集散や対立にエネルギーを注いでいたからですね。偏狭な社会理論に傾倒し、バカであったと今は思います。
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 学業を疎かにして打ち込んだ社会運動の殆どが「間違いであった。」という現実は、精神的に耐えられなかったところがありました。ただその苦い経験から得た結論は「自分にとって面白いことはやるべきだ。」「おもしろくないことはどんなに社会的な意義があろうとやってはいけない。」ということです。

 以後その考え方で判断し、その後の人生を過ごしてきました。判断軸は「面白いか、面白くないか」であり、「社会的な意義があるのかないのか」ではありません。

 仕事や家族の関りは、面白くなくてもしないといけない場合があります。でも極力「面白く」するように心がけますと、不思議にうまく行くようになりました。最近では地域活動もそうしています。

 今年はコロナ禍で、連合赤軍事件もメディアが殆ど取り上げません。東京五輪ファシズム運動も強烈に展開されてますから。

 でも田舎の高校生に49年前に刻まれた体験は、いまでも「卒業」の季節が来る前に思い出します。「総括」などはたぶんできないでしょう。でもこだわりは一生持ち続けることだと思います。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html
(連合赤軍と新自由主義の総括)

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