沖縄に冷淡な高市早苗氏
沖縄に冷淡な高市早苗氏
今回自民党総裁選挙に女性議員で立候補された高市早苗氏。意外にも放言や失言(言ってはいけないこと)が多い人物であることが理解できます。
Wikipediaにて高市早苗と検索しますと、確かに問題発言が多い人物。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B8%82%E6%97%A9%E8%8B%97
わたしは「沖縄についてとても冷淡だった人物」として記憶しています。第1次安倍内閣の内閣府特命大臣(沖縄・北方領土・男女雇用機会うんぬん)だった時に、2008年頃に沖縄問題で発言されていました。
「沖縄の人達は自分たちの要求ばかりして、国に協力しようとする気持ちがない。」と発言しました。この発言には沖縄の自民党筋の人たちも激怒していました。
戦争中は凄惨な地上戦を体験し、敗戦後は27年間米軍統治下に置かれ、日本本土の米軍基地の多くが沖縄へ移設されました。立場の違いこそあれ、沖縄県の保守層も革新層も米軍基地問題で苦しんで来られました。
2008年頃と言えば保守系の仲井眞知事の時代でした。仲井眞さんも苦しんで、名護市辺野古の埋め立てを承認しました。これに対し翁長雄志さんは元は那覇市長での自民党の支部長も歴任された人でしたが、埋め立てに反対し知事選挙で仲井眞さんを破り当選されました。以後沖縄県と国との対立が続いています。
かつては自民党でも橋本龍太郎さん、小渕恵三さん、梶原静六さん、野中広務さんたちは、沖縄への「想い」があった自民党の政治家でした。
「日米安保条約は憲法違反ではない。全面撤去は難しい。だとすれば、沖縄が経済的に発展するような手厚い経済支援と政策を履行しないといけない。」ということでした。
太田県政時代の1998年頃沖縄には「全島フリーゾーン構想」があり、中国に返還された香港(1997年)の金融資本を沖縄に誘致しよう。カジノも認めようという構想でした。小渕さんは沖縄にサミット(G7)を誘致しました。当時のクリントン米国大統領は平和の礎に献花しました。
しかし小渕さんは病に倒れ逝去されました。
後継した2000年以降の自民党「清和会」系の政治家は、皆沖縄に無関心で冷淡でありました。高市早苗さんは特に冷淡であった1人です。
保守的な考え方の義母も生前は常に「沖縄には基地がたくさんあるので、いつ攻撃されるのかわからない。怖いです。」と言われていました。
かつては沖縄経済の3割程度が基地経済でしたが、今では数%の経済規模です。その分基地面積が大幅に減少したわけではなく今でも沖縄本土の多くの地域が米軍基地になっています。
自民党の政治家の皆さんは、ことあるごとに日本国憲法の改正を言い立てます。しかし憲法の上位にあるのが日米安保条約であり、日米地位協定です。そのことをスルーしていることがおかしいとは思いますね。
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