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2022年2月

2022.02.28

激動日本左翼史を読んで

激動日本左翼史・池上・佐藤1_NEW
[激動日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972」(池上彰・佐藤優・共著・講談社現代新書・2021年12月刊)を読みました。

「いかがわしい」社会評論家と私は池上彰氏と佐藤優氏についてはそう思います。仮に彼らがそうであるとしても今回の著作は、時代考証をキチンとしながら記述されています。

「なぜ、過去の遺物と化した新左翼の思想を今読むのか。それは、自分の命を投げ打ち、時には他人を殺すことも正当化する思想の力というものを、現代に生きる読者に反省的に学んでほしいからです。
激動日本左翼史・池上・佐藤2_NEW
 危機の時代には必ず激しい思想が現れます。こういう過去があったということを知るだけで、危険な思想への免疫ができるはうです。」(P43「序章60年代前史」・佐藤優)

 佐藤優氏の言われる「自分の命を投げ打ち、時には他人を殺すことも正当化する思想の力というもの」とは一体何かという疑問をわたしは、50年前の高校生時代から考えてきました。

 高校生反戦会議(高1)、高共闘(高2)、高校生評議会(高3)と形と名称を変えながら新左翼に影響された高校生組織づくりに勉強もせずに奔走していました。惨めに敗北し、卒業も出来ず暗澹たる気分でいたところに『連合赤軍事件」が起こりました。信じていた当時の「革命思想」は崩壊しました。

「私たちが学ぶべき左翼の「失敗の本質」が見えてくるでしょう。崇高な理想から始まったのに、次第に暴力に覆われ、分裂を繰り返すうちに暴走して自滅する―。左翼がたどった歴史を反復することがないように、現代の教訓につなげていけたらと思います。」(P43池上彰)

 また歴史小説家と言われていた司馬遼太郎さんも講演集の中でこう言われていました。(引用が長くなります。)

「子供の時からお酒を飲みつけていて、お酒をしょっちゅう飲んでいるような人は、お酒が切れるとだめですね。アルコール中毒と同じで、いらいらしてしまう。

 イデオロギーもそうですね。違うお酒が必要なんです。日本人のそういう心理の中で、戦後のマルキシズムが果たした役割があります。」(「うその思想」)

 司馬遼太郎は、ヨーロッパ世界のキリスト教原理も、東アジア儒教も「飼い馴らし」の原理といった。当時日本では高く評価する向きがあった文化大革命と紅衛兵に冷静な批評的発言をし(71年)、日本人のほとんどが心情的に加担した南ベトナム民族解放戦線に対しても、「歴史や政治的正義はそこまでは崇高ではない」(「人間の集団について」-ベトナムから考える)」と言い切ったのである。73年と言う時代相を考えれば、これは果敢な発言であった。」(P402 「解説「思想嫌い」の思想」)「司馬遼太郎全講演1 1965-1974」(朝日新聞社・2003年刊)

 司馬さん流に言うと、私は中学3年生の事から高校4年間、大学4年間の9年間「極左新左翼イデオロギー」に酔っぱらっていたのでしょう。

 そのあたりは左翼も右翼も関係ないようです。閉ざされた小さな組織や集団では、より過激な意見が優勢になり、状況が見えなくなり、自滅する行動に駆り立てられ破綻していきますね。

 また幕末の頃日本国中で流行していた「尊王攘夷」という思想ですが、薄っぺらな思想であり、討幕運動の原動力になっても、新しい国づくりには全く役立たないものでした。

 そのため明治の初めに政府閣僚の主要メンバーが2年間も欧米に滞在し、先進列強の制度を研究し、アレンジして急ごしらえしたのが明治国家でした。尊王攘夷では国づくりが全く出来かったからでしょう。

 老舗左翼の体たらくと新左翼の登場

 日本の左翼運動で1番の老舗は日本共産党。今年結党100年であるとか。西欧型民主主義国で、共産党と名乗って国政や地方議会で議席を獲得しているのは日本共産党ぐらいでしょう。

 しかしその歴史は決して輝かしいものではありませんでした。戦前は特高警察などに弾圧され、最盛期でも党員数は1500人程度でした。しかも非合法。1928年頃には主要な幹部が検挙され党組織は壊滅しました。

 日中戦争や二次大戦など無謀な戦争を阻止できません江した。

 敗戦後は占領軍により刑務所から幹部が一斉に釈放されました。その時当時の共産党の指導者は致命的な間違いをしました。アメリカ主体の占領軍を「ファシズムから日本人民を解放した解放軍規定」をしてしまいました。

 1949年の中国革命の影響からか、山村工作隊などの武将闘争を展開し、さしたる成果を上げることなく壊滅しました。1955年に再建大会を行い武装闘争を廃棄しました。その後も党内で旧ソ連派と中国派が対立、路線が右往左往していました。

 その後宮本顕治氏が党の実権を掌握し、旧ソ連や中国共産党とも対峙し独自路線で党運営をするようになりました。

 旧社会党は、戦前の労働派の流れを源流に敗戦後結党され。共産党の路線争いに嫌気した人たちや、朝鮮戦争前後のえん戦気分の国民を取り込み党勢を拡大していきました。

 旧社会党の平和革命路線の内実は、旧ソ連の軍事力を背景に社会主義革命を成し遂げるということを提唱していました。

 旧ソ連がアメリカと対峙していた頃は。それなりの説得力がありましたが、旧ソ連が崩壊するとほどなく旧社会党も崩壊してしまいました。一時期は国会の衆参両議院あわせて200人を超える時期もあった日本社会党でしたが、その後は見る影なく衰退し、分裂し党名すらなくなりました。

 1959年からの三井三池闘争と1960年の安保闘争などで、新左翼の活動家たちも社会党と共闘したりしていました。共産党は党組織運営に従わない新左翼を徹底的に排除しましたから、旧社会党は一時期は「新左翼の培養器」のような役目をしていたようですね。今回この本を読んで改めて思いました。
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 ブント(共産主義者同盟)の登場は颯爽としていました。

 当時東京大学の学生であった姫岡玲治氏(本名青木昌彦・スタッフォード大学教授)の小論「民主義的言辞による資本主義への忠勤-国家独占資本主義段階における改良主義批判(1959年・ブント機関紙共産主義)は突き抜けていました。

 佐藤優氏は、P188で引用しています。出典は日本経済新聞に1か月単位で連載される「私の履歴書 人生越境ゲーム」の中で青木昌彦・著で書かれたものでした。

「論争の相手は主にソ連を盟主とする共産党正統派(日本共産党主流を含む)、(イタリア共産党の影響を受けた)共産党構造改革的改良派、第4インターであったが、私の重要な論点は次のようなことにあった。

①ソ連は官僚の特権的地位を維持する国家に変質したので、革命運動の指導者の立場にもなければ、擁護の対象にもなりえない。

②日本の資本主義は、戦中・戦前から小農などの古い要素を抱えつつも、それを利用しつつ高度の発展を遂げた。

 したがってそれはアメリカ資本主義に益々従属するというような後進性によっては特徴づけられない。

③強力な独占企業体性は国家の援助によって出現したとはいえ、それは資本主義の独自の運動法則の発展の表現である。(国家独占資本主義)。それは政府の政策の結果として生まれたものでなければ、それによって民主化されうるものでもない。」(42~43頁)

 なおそのすぐ後の箇所には、当時この姫岡国独資論に対して、日本共産党構造改革派の代表格である不破哲三が噛みついてきてきたこととその後の顛末も書かれています。

「このような20歳になったばかりの私の書いた一連のいわゆる「姫岡理論」に対して、後に共産党の党首となる不破哲三は氏は、党機関誌「前衛」1959年6月号誌上で「現代トロキズム批判-平和と社会主義に敵対する「世界革命」論を発表して、論理にならない罵詈雑言を浴びせたすえ、「もはや理論的批判の必要はない」「この反革命的反社会主義的本質を徹底的に暴露して、政治思想的に粉砕しつくすことだけが残っている」と締めくくっていた。

 しかし20年後のソ連崩壊に関して、彼は①に準じたことをいわざるを得なくなったし、②についてはやがて沈黙を守らざるを得なかった。」(43頁)佐藤優)

 池上彰氏は「本来、共産党にとっては取るに足りない弱小勢力の若者の論文に過敏に反応した。それだけ姫岡論文は影響力があったんですね。」(P189)と述べています。

 当時の20歳の大学生姫岡玲治氏の社会的影響力は、現在の将棋界を席巻し五冠を19歳で達成した藤井聡太氏のような存在でしたね。

 その後の「新左翼」の論客は姫岡氏を超えるレベルの人達は出て来ませんでした。’

また革共同革マル派の創業者であり教祖的存在であった黒田寛一氏も独自の理論構築を行い、当時の旧ソ連―日本共産党の理論と対峙できるだけの内容がありました。

「黒田の疎外論の特徴は,今を生きている我々1人1人が疎外された人間であり、真の問題はその自分が疎外されている状況にさえ気づけていないことなのだと指摘したこと。

 そしてその「気づく」ということはすなわち、プロレタリア的な人間になること以外ないと言い切ったことにありました。

 我々はプロレタリア的な人間になり共産主義革命を実現することによって、そこで初めてプロレタリアだの資本家だのといった階級による断絶を受けない、すべての人が手をつなぎ合えるようなような人間のあり方を回復することが出来るだろうという社会観が黒田の思想の根本にはあります。

 黒田のこの疎外論は、ルカーチからの影響を非常に強く受けていると思われますが、マルクスの考えた疎外論をヘーゲルと結び付けて捉えなおしているという点で、本当に考え抜かれたものです。」(佐藤優・174頁 「思想家黒田寛一の凄み」・第3章新左翼の理論家たち)

 革マル派は黒田の理論と旧国鉄の労組員であった松崎明氏との連動で動労という労組に確固とした組織基盤をつくりました。警察側の資料によれば現在も5500人の勢力を持っています。共産党や社会党とも別の運動体になることに成功しています。

 また社青同解放派も一時期ユニークな存在でした。それは新旧左翼を問わず「神格化」されていたロシア革命の象徴であるレーニンを徹底的に批判したことでした。

「解放派の代表的理論家の一人であり第二代議長も務めた滝口弘人(弘人)は、解放派の綱領的文章である「共産主義=革命的マルクス主義の旗を奪還する為の闘争宣言(草案)(1961年5月社青同東大班機関紙「解放」NO6掲載 のちの高見出版より刊行)で次のように書いyています。」

「レーニン主義=ボルシェゥビィズムは、プロレタリアートが階級意識=共産主義的意識を生み出すことを否定し、sレと共にこの意識を体現する自分自身の党を生み出すことを否定する。

 プロレタリアートの党は、プロレタリアート自身が生み出すのではなくて、プロレタリアートの外部から与えられる他はないとされている!

 従ってレーニンの”前衛党”は、厳密にはプロレタリア党ではない。それは社会主義的中間層の支配する党、完全に”観念とされたプロレタリア”の党である。この党は、全プロレタリアに完全に超越した党である。

 ・・・社会主義理論を純粋に護持する”理論家”がただちにプロレタリアート解放闘争の実践的「前衛」つまり「党」であであることは正しいのか?

 我々はこれには、はっきりと答えなければならない。それは共産主義=革命的マルクス主義への決定的な背反である。」(199頁 佐藤優「社青同解放派「レーニン批判の論理」

「レーニンを否定した解放派が依拠したのが戦前のドイツ共産党の指導者であり、1919年の「スパルタクス団蜂起」(ドイツ共産党がドイツ・ワイマール共和国に対して武装蜂起しベルリン各地の主要施設を占拠したものの鎮圧された事件)で民兵組織に虐殺された女性革命家ローザ・ルクセンブルグの理論でした。

 ロシア革命以前からレーニンの「前衛党」や「民主集中制」論を批判してあくまで労働者階級が主体となった、言い換えれば民衆の力を信ずる革命を志向したローザの理論に立脚することで、解放派は官僚主義的独裁を排した、より民主的な共産主義革命が実現できると考えたんです。」(201頁)

 佐藤優氏によれば、解放派のルーツは労農派の山川均であると。同じ社会主義協会の向坂逸郎氏がレーニンを賛美していましたが、山川均氏は全くしなかったそうですから。

 また「外部収奪論」は説得力がありました。資本家が労働者から収奪するだけでなく、富裕層が貧困層から、日本がアジア諸国から収奪しているということなどが資本主義の最大の悪と主張し、ブントや中核派等にも影響を与えました。

P202には興味深いやりとりがありました。

池上「大阪市立大学准教授の斎藤幸平さんが書いた2020年のベストセラー「人新世の「資本論」(集英社新書)でも外部収奪論は特に強調されている点ですね。

 その点でも解放派の思想は現代に通じる部分もありそうですね。」

佐藤「そのとうりでしょうね。ただ佐藤幸平さんがまさにそうなのですが、彼のようにヨーロッパでマルクス主義を学んでくると、基本的にレーニンは傍流で、ローザが主流なので、自然にそこに注目するようになるんです。

 日本みたいに資本主義国でありながらスターリン主義のマルクス主義が強い国は実はかなり珍しいのです。」(P202)

 連合赤軍などは、外部注入論のレーニン主義を踏襲しているし、党員は党幹部に絶対服従というレーニン主義の民主集中制の権化で暴走し、仲間殺しを行い自壊しました。

 大学時代のサークルの先輩たちが関わっていたブント(共産主義者同盟)叛旗派も「党大衆構造の止揚・変革」などと党幹部を絶対視する党運営とは無縁の様でした。叛旗派と解放派は一時期「仲良し」の時代があり相互影響し合ったかもしれないですね。

 初期のマルクスが提唱していた「疎外論」は、1960年代当時の日本共産党には抜け落ちていて、少数会派に過ぎない指導者たちの知的水準はブントにしろ革マル派にしろ社青同解放派にしろ高かったと思いました。
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 しかし佐藤優氏は、新左翼の弱点も指摘しています。

池上「たしかにあの当時の学生運動のリーダーたちの知的水準は今考えると驚くほど高かったですね。さきほど言ったように60年代末期は大学の大衆化の始まりのじきではありましたが、そうはいっても今とは全然違い、大学生は紛れもなく知的エリートでした。」

佐藤「末端の方は継承できるだけの知力がありませんから次第に殺しの話しかしなくなってしまったかもしれないけれど、それでもやはり運動を始めた人たちは非常に賢かった。ですからなおのこと、これほど多くの知的な人たちが運動を指導した半世紀後の日本がこうなっていることが不思議です。

 もはや社会で交わされる言葉に思想性もなんて欠片もありません。

 だから左翼というのは始まりの時点では非常に知的でありながらも、ある地点まで行ってしまうと思考が止まる仕組みがどこかに内包されていると思います。そしてその仕組みは、リベラルではなく、左翼の思想のどこかにあるはずなのす。」

[私の考えでは、その核心部分は左翼が理性で世の中を組み立てらっると思っているところにあります。理想だけでは世の中は動かないし、理屈だけでは割り切ることもできない。

 人間には理屈では割り切れないドロドロした部分が絶対にあるのに、それらをすべて捨象しても社会は構築できると考えてしまうこと、そしてその不完全さを自覚出来ないことが左翼の弱さの根本部分だと思うのです。」(P209)


 欧米とは異なり政治に何も残せなかった新左翼

 わたしは中学生時代から政治に興味があり、総選挙などでは各政党の選挙事務所を訪問して話を聞いたり、資料をいただいたりしていました。

 人生の多感な時代、1番楽しい時代、いゆゆる青春時代U15からU23までは時代の影響もあり。政治活動や社会運動に打ち込んでいました。しかし成果が出たことは殆どなく、惨めな敗北体験しかありません。

 佐藤優氏は新左翼の政治への影響力については、「まるでなかった。」と突き放しています。

「哲学・思想の面で新左翼に優れたものがあったのは間違いありません。しかし、政治的には全く無意味な運動であったと言わざるを得ないでしょうね。

 革命を成就させられなかっただけでなく、その後の日本社会に何らかのポジティブな影響を及ぼしたわけではありませんでした。

 正義感と知的能力に優れた多くの若者たちが必死に取り組んだけれども、その結果として彼らは相互に殺し合い、生き残った者の大半も人生を棒に振った。

 だから彼らと同形態の異議申し立ては今後決して繰り返してはならない、ということに尽きると思います。」

 同時期のフランス5月革命も挫折はしましたが、社会的な成果はたくさんありました。女性の社会参加、男女平等がその後フランス社会では各段に進展したそうですから。

 ドイツなどでも環境保護を唱える「緑の党」などは国政へ進出し今や連立政権で閣僚も輩出しています。かつての英国首相のブレアや米国のクリントン元大統領も学生時代はベトナムは寝ん運動をしていました。日本だけは「なにもない」状況を作り出し、政治に無関心な層を大量に生み出しました。

{日本の新左翼も暴力に走らなければ、あるいは暴力に走ったとしても権力に対する暴力にとどめておれば一定の存在感を残せていた可能性もあったのでしょうが、内部での殺し合いに走ったことが致命的でしたね。
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 あるいは日本の新左翼運動が残したものは、島耕作型のサラリーマンを大量生産したことかもしれません。

 個としての自立にはこだわるけれど、目の前の利益にだけ執着するという生き方です。
島耕作は社内の派閥には属さないけれど仕事はでき、出世のチャンスは逃さないという男でしょう。

 新左翼の連中は信頼していた仲間に裏切られ、党も何も信用できず頼れるのは自分だけ、という局面を程度の差こそあれ経験しているから、運動から身を引いた後にこのタイプのサラリーマンになった人たちは多かったとはずです。

 もうひとつは「最後に信用できるのは家族だけ」という意識から発する生活保守主義です。政治など社会の問題に対して、自分たちと地続きの問題として真剣に捉えず、多摩に話題にすることがあっても居酒屋論議レベルの無責任な議論しかしない。

 「政治」や「社会」と、自分たちの「生活」だけ大事にし、後は自分のキャリアアップの為だけに頑張る。そういう新自由主義の母体をつくったという意味では新左翼運動の影響は大いにあったと思います。」(P248)

 その後「しらけ世代」や「政治に無関心層を大量に生み出してしまったことも新左翼運動の悪しき影響であると思います。
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 また代議民主主義制度を「戦後民主主義の否定」と当時の新左翼党派は主張していました。私なども影響を受けました。では代議制民主主義、議会制民主主義(間接民主主義)を否定すならば、どのような仕組みで民意を集約し、国政を動かすのかという仕組みの提案も結局新左翼は出来ずじまいでした。

 佐藤優氏が70年代後半に同志社大学である教授から言われた以下の言葉が、とても印象に残りました。長いですが引用します。

「佐藤君、政治には「大人の政治」と「子供の政治」がある。私は、君たち学生が学友会(ブントが握る同志社の学生組織)で活動することも、神学部自治会がアナーキズム運動をやることも全くかまわない。君等は怒るかもしれないがそれは「子供の政治」だからだ。

 その「子供の政治」を経験しながら、様々に試行錯誤していくのは学生にとって必要なことだし、同志社は元々そういう経験を許容する空間だった。

 政治の世界で起きることはパターンとしては全部同じだから、人をまとめるのがどれほど大変で、どんなところから諍いが起きるか小宇宙での体験を通じて知っておけば、卒業後に大きな政治に遭遇したときに、それが保守系であろうが革新系であろうが、あるいは企業内の政治であろうが過度に戸惑わずに済むからだ。

 ただし民青や中核派、あるいは統一教会は違う。これは「大人の政治」、大人が自分たちの組織的目的のために子供たちを利用する政治だ。

 我々は教育的観点で、そうした「大人の政治」から君たちを守る義務がある。というんです。(P258)

 寛容な管理者が多様な価値観を認め「小宇宙空間」をこしらえているところは羨ましいと思いました。卒業後に「小宇宙」を体験したリーダーたちは、民間企業やアカデミズム、ジャーナリスト,教会、政界などで活躍しています。

池上「閉ざされた空間、人間関係の中で同じ理論集団が議論していれば、より過激なことを言うやつが勝つに決まっている。」


 不毛な議論、不毛な仲間同士の殺し合いを防ぐための処方性の1つは、佐藤優氏は「だら幹(堕落した幹部)を作っておき、その現実主義を認めることであるです。(P261)

 仲間殺し際限のない不毛な内ゲバの負のスパイラルになってしまう大きな原因の1つが「戦前共産党の社民打撃論に由来しているようだ」と佐藤優氏は言います。

「革命を成就させるためには、自分たち「真の革命勢力」の周辺にいる革命を装っている連中を殲滅して革命の隊列を1本化しなばいけないと考えた戦前の日本共産党の理論と体質。

 これを新左翼が断ち切ろうとせず、無自覚に継承しまったことによる過ちです。ですから内ゲバの入り口としての社民打撃論を学び、その上でこれを克服することは、現代でも社会変革を目指す人にとっては非常に重要だと思います。」(P261(過激化する新左翼)

 私個人のテーマである『連合赤軍と新自由主義の総括」ですが、今年も総括はできませんでした。連合赤軍事件から今年は50年目。総括こそ出来ませんでしたが、なんらかの足がかりを得たように思います。

 共産主義運動におけるレーニン主義の悪弊は新旧左翼全般に浸透しています。「外部注入論」:「民主集中制による党運営」、「社民打撃論」による独善主義への転落。

 日本の新左翼運動が大量の白け世代を生み出し、政治への無関心層を生み出してしまいました。

 私個人としては53年前の高校1年生の4月に高知大学へ高知県下の30人を超える高校生たちと集まり高校生反戦会議に参加しました。高校生運動や社会運動に関わり、50年前の1972年3月に県立高校を卒業できなくなりました。

 翌年だだ1人で留年し、やっとこさ卒業し関東の大学へ進学しました。そこで大学闘争(学費値上げ反対闘争)に関わりました。しかしほどなく凄惨な内ゲバの時代になりました。

 私はどの党派にも属しませんでしたが、本来なら仲間である人達が殺し合いをし、現実に知り合いの先輩が対立党派の襲撃で亡くなりました。なんとも悲しくおぞましい出来事でした。

 2022年になりロシアが兄弟国であるウクライナに対して軍事力で侵攻しています。なにやら日本でも「勇ましい議論」がされています。

 でも頭を冷やしましょう。コロナ感染症対策も満足できない体たらくの日本が戦争へ参加するんぞ出来るはずありません。
天安門1986年
 専制国家中国は短期間で100万人の市民のPCR検査が出来ます。日本は全くできません。すでに国力の差が大きく中国に引き反されています。こと軍事論に関しては「感情的な議論」はすべきではありません。

 今の国政の与野党では、コロナ禍にも、近隣国との適切なお付き合いも難しいと思います。きちんとした活動をしてきちんとした政治を行うためには、国民1人1人が政治に関心を持ち、多様な意見早を言い合い、押し切るのではなく、地道に合意形成を図るべきです。つくづくそう思いました。

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2022.02.27

おんぶらっく挑戦中

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 県福祉交流プラザで2月18日に借りて来ましたおんぶらっく。バリアアリーの自宅での階段昇降に使用が、ようやく出来るようになりました。
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 2022年2月26日は96歳の母をおんぶらっくで背負い二階から1階の事務所まで降りました。問題なく出来ました。

 昨日は逆に階段を1階から二階におんぶらっくで背負いました。上手く行きました。
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 バリアアリー住宅では階段昇降が1番大変。とくに階段を降りる時が、母も介助する私も家内も相当疲れます。特に家内は階段降りるときに「疲れる」というので、おんぶらっくで私が母を背負うと監視役だけなので楽であるとか。
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 母も怖がりません。階段を降りる動作で母は疲れてぃませんでした。今日は朝デイサービスの車が迎えに来ていただきました。いつもはもたつく車への乗降がスムーズにできました。足がすぐに上がります。

 今後は二階から1階の事務所に降りる時は、おんぶらっくを使おうと言うことになりました。上がる時も使用します。もう1週間借りていますので、練習します。
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 まだ1人では着脱が出来ませんから。家内にサポートしていただき、ベルトの位置の確認をしている状態です。
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2022.02.26

コロナ禍は3年でおさまらないと思います。

 100年目に全世界で大流行したスペイン風邪も3年で収まったといいます。それで2020年の中国の武漢市から始まった新型コロナウィルス感染症ですが、何回かの変異種が現れ、現在は第6波が来ています。巷には「スペイン風邪は3年で収まったから、コロナも3年で収まるから、出口戦略を考え経済を回さないといけない。」などと声高に言う人たちがいます。

 人間のご都合をウイルスが言うことを聞くはずもない。ということは3年では収まらないようにも思いますね。来年も再来年も変異種が現全世界で流行を繰り返す可能性も否定できません。ローカルな話ですが、高知龍馬マラソンも、よさこい祭りも来年も。再来年も開催できない可能性もありますから。

 ではそうなった場合、コロナ禍がこの先数年以上続くとしたら、どう各人凌ぎますか?ということを皆で検討しないといけないと思います。
人口の3分の1が死亡したペストという恐ろしい病気も蔓延したこともありました。でも「いつの間にか」終息しました。コロナも「いつの間にか」終息するでしょう。でもそれがいつ終息するのかは、だれにもわからないですね。

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2022.02.25

母は主治医の診察を受けました。

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2022年2月25日ですが、96歳の母は主治医の診察を受けました。

血圧は140 80でした。脈拍は60で不整脈はありません。残留酸素濃度は95でした。

横田哲夫先生は「身体機能がよくなれば血圧は上がります。心配はいりません。」「足が少し浮腫んていますので利尿剤をだします。」と言われました。

医療的には回復基調です。足腰の身体機能回復はまだまだです。

午後から母は元気に介護予防通所リハビリに元気で行きました。

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2022.02.24

母は3回目の接種しました

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2022年2月22日ですが、母(96歳)は、いの町の病院で、3回目のコロナワクチン接種(モデルナ)をしました。


 


 1回目も2回目もこちらの病院でファイザーを接種しました。医師とも顔なじみになりました。
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 ただ車で片道1時間10分かかりました。風が冷たく強く吹いていました。無事に戻って来ました。母は副反応はありません。
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 明日も元気にデイサービスに行けるとは思います。ようやくうちの世帯の3回目のブースター接種は終わりました。やれやれですね。
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2022.02.23

おんぶらっく 下元佳子さんにご指導受けました。

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2022年2月20日ですが、おんぶらっくの装着指導を下元佳子さんに受けました。
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下元佳子さんは理学療法士です。また介護福祉分野の大御所でもあります。ご多忙の中来ていただきました。
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動画を見ただけではわからないところがありました。装着方法を間違えていましたね。

母も喜んでいました。専門家に習う事は大事ですね。
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2022.02.22

中野勇人さん後援会だより

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 先日中野勇人さんより「中野勇人後援会便り」82022年2月1日号)をいただきました。

 中野勇人さんは、北海道留萌市生まれ。旧国鉄に勤務されていましたが、国鉄が分割民営化にともないJRに移管する中で解雇されました。

 高知市と姉妹都市である北見市にも居住されていました。1面の写真は高知市農人町にある北光社移民団の出発地の記念碑のところです。私が毎日リハビリ・ウォーキング堀川浮桟橋に隣接しています。
中野勇人便り2022年2月2
 昨年12月まで高知県平和運動センター事務長を退職なさりました。東日本大震災で破壊されました福島第1原子力発電所近辺や、多数の沖縄県民が反対されている名護市辺野古基地建設現場などを訪問され、日本社会の矛盾や問題点を学ばれてこられました。貴重な体験をなさっておられます。

 バイアスのかかった断片的なマスコミの情報では「真実」がわかりません。中野勇人さんの現地訪問は貴重な地域の財産であると私は思います、
屋上検温
 
 隣町の稲荷町にお住いであり、稲荷町自主防災会会長として、昨年11月7日の二葉町総合防災訓練時に共催団体として多大なご協力をいただきました。下知地区減災連絡会役員としてともに下知地区の減災活動に取り組んできました。
中野坂本
 高知市交通安全指導指導員でもあり、昭和校区青少年育成協議会推進協議会指導員です。日頃から地域活動を手を抜くことなく真摯になさっています。


 なにより強健な体力の持ち主であり、100キロマラソンを30回以上完走されています。なかなか出来ることではありません。

 2019年高知市議選結果_NEW
 2019年の高知市議選に挑戦されましたが、364票差で当選出来ませんでした。下知地区の市議会議員は高木妙さんがおられます。下知地区としてはもう1人の地域代表市議が必要であると思います。

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2022.02.21

坂本茂雄県政かわら版67号

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 高知市下知地域代表の県議会議員である坂本茂雄さん。同じ町内に事務所があります。先ほど歩いて来られて「坂本茂雄県政かわら版 67号」をいただきました。

 2003年に県議会議員に当選されて19年目ですが、67号ですから年間4回平均で発行されています。また「県政報告会」も市内各地で開催されておられます。

 県議会のご自身の発言内容や活動報告だけでなく、県庁の予算の解説や狙いについての詳細な分析もあり、勉強になりますね。

 67号の1面は昨年の12月県議会の定例会での発言を中心にまとめられています。9月定例会での一問一答の質問内容もまとめられています。

 この中で坂本茂雄氏は「自宅療養を県民が強いられることなく医療体制の充実を図り、感染防止の観点から無料のPCR検査の実施も迫っています。(私も1月16日に無料の抗原検査を受けました。直後に抗原検査キットが不足し、できなくなっているようです。)
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 2面には「コロナ感染者の「自宅療養ゼロ宣言」迫るとあります。

 医師に聞きますと「コロナ感染症は肺炎に必ずなります。肺炎は重篤な病気です。必ず医師の処方が必要です。自宅療養など原則としてありえません。」とのことです。

 3面では坂本茂雄さんが「自宅療養ゼロ宣言を」という提案は決して無理難題ではありません。実現可能なコロナ感染症から県民を守るための優れた提案であると思います。

 しかし県知坂本茂雄県政かわら版2022年2月・67号3_NEW事の答弁は「自宅療養は出来るだけ少なくなるように対応したいがやむを得ずお願いせざるを得ない場合はある。」との答弁に終始していました。

 現在第6波の事態は予想より深刻です。2月19日の高知県での感染者数派219人で連日200人を超えています。自宅療養者は2000人を超えています。(2月18日で2011人)
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 コロナの蔓延は医療機関や高齢者介護施設などでもあいついで感染者が増加してこともあり、入院者と家族との面会も出来ない状態が続いています。

 坂本茂雄さんはオンライン面会を推進するためにフリーWIFIの導入も提唱しています。県知事は「努力目標」として対応していくと答弁はされていました。
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 4面では「賃貸住宅における家具固定の加速化について」という大事な問題を取り上げられています。

 土木部長の答弁では「家具固定器具のねじ穴などの原状回復義務は免除していることをしっかりと周知し、次回の定期募集時から周知徹底したい。」とのことです。

 「自宅からの安全な避難」はとても重要です。民間の賃貸物件でも啓発に努めていただきたいと思います。業界としての取り組みに期待したいですね。

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2022.02.20

重厚な内容の広報下知減災

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 下知地区減災連絡会の広報紙「広報下知減災」。年間3回程度発刊され2300部が下知地区の18の単位自主防災会を通して下知地域に配布されています。

 

 編集・発行人は坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長です。今回の2022年2月・第27号は、特に内容の濃い記事満載でした。

 

 1面は「事前復興まちづくり計画」を8年以上前から実践し、「見える化」している徳島県由岐地区。2021年12月21日にそのリーダーの1人である井若和久さん(徳島大学人と地域共創センター学術研究員・由岐地区在住)に講演いただきました。また現地からZOOMにて浜大吾郎さん(美波のSORA会長)も参加いただきました。

 

「住民主体の事前復興まちづくり~徳島県美波町由岐湾内地区の挑戦」と題して8年間の歩みの成果と課題を詳細に説明いただきました。

 

 成果としては、地域で「事前復興まちづくり計画が認知された。」「高台住宅地の開発」「土地利用の立案と町計画への提言」「地域継承意識の醸成」「美波町への波及」などが挙げられています。

 

 特に単なる災害抑止や災害復興計画にとどまらず、地域継承意識の醸成事業として、「コミュニュティ・カフェ」や「学校連携」「海山連携」などが具体化しているところが素晴らしいと思いました。

 

 また「課題」としては、いくつか深刻な問題もあるようです。

 

「避難行動要支援者の対応が充分ではない。」

 

「集落単位活良好な避難所施設が確保できない。近隣に仮設住宅商店街をたてる土地がない。」

 

「防災集団移転促進事業緩和や地区防災計画の制度だけは解決できない。」

 

 課題は、由岐地区が「事前復興末づくり計画」を住民主体で実践してきたゆえの気づきであり、獲得目標です。

 

 

 わたしなりに当日の講演会の様子をブログにm止めてみました。

 

 住民主体に事前復興まちづくり(井若和久んさん講演)

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-a5121a.html

 

 ふるさとの守り人をめざして(浜大吾郎さん講演)

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-a90096.html

 

 

 読売新聞が記事にしていただきました。

 

 事前に復興計画を

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-2166f5.html

 

 先進地域ゆえの「課題」や「悩み」があることがよく理解出来ました。

 

 2014年に美波町の皆様が下知へ訪問いただいてはじまった地域間交流です。その後も個人的に訪問して情報交換はしてきました。

 

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-5095.html
(美波町自主防災連合会の皆さんとの意見交換会)2014年

 

 

 今回の講演会の後に、2022年1月に高知市議会議員の高木妙さんたち4人の市議さんたちが、美波町由岐地区を訪問されて意見交換をされました。とてもいいことです。

 

https://www.facebook.com/tae.takagi/posts/2446041098860943

 

 広報下知減災の2面から3面は「1年越しの高知市との意見交換」がまとめられています。」
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 「各課からの回答」を読んでいて、「机上論」や「行政得意の悪平等主義」へのとらわれが多いことに辟易します。

 

 とくに「防災政策課」の回答は酷い。

 

 「広域地域間交流と、どこの避難所へ行くのか明確にしてほしい。」と地域コミュニュティの維持と、避難先の事前交流の必要性をこちらは主張しています。

 

 防災政策課の回答は「市として当該候補施設にどの街に追い住いの方を広域避難していtだく可能性をになるのか事前に決める予定は現時点ではありません。」とか地域コミュニュティ維持に配慮しない「悪平等主義」にとらわれていますね。

 

 阪神大震災時に仮設住宅や震災復興住宅の入居を神戸市は地域コミュニュティを一切無視して悪平等な抽選にしました。それにより、震災関連死や孤独死が激増しました。

 

 その苦い体験を神戸市長田区鷹取東地区の人達は、」2004年の新潟中越地震尾の被災地である山古志村(現在は長岡市に統合)に伝え、山古志村では地域コミュニュティごとに避難所生活を送り、仮設住宅暮らしも貫き、全村避難。全村帰宅を成し遂げました。ちゃんと震災の教訓を高知市防災性先化は学習してほしい。

 

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/nishida/nishida1.html (神戸と山古志からの教訓とは)

 

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/nishida/yamakoshi.html

 

 県が主催している「高知県事前復興まちづくり計画」への計画段階からの住民参加がなされていないとの指摘に対して「具体的な事前復興計画は市町村がつくります。あくまで県は沿岸市町村の事前復興計画の方針を決定する場」にあるとか。

 

 逆に言えば「県の検討会」では下知地区他低地の震災後の長期浸水対策が全く議論されていません。市町村ン歩特性として「県が議論の俎上に上げていない課題を議論してはいけない。」という地方公務員の「特性」があるので、県の計画が「ざっとしたものであれば、市町村の事前復興計画はより粗悪になります。

 

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 防災政策課の長期浸水地域への救助救出計画も「完全な机上論」でした。浸水地区に救命ボートを配備するという「前向き」な発想が皆無な事には驚くばかりです。

 

 私たちは2019年に地域に救命ボート(浮力体としてのカヤックとボードを配備しています。

 

机上論としての救助救出計画(高知市防災政策課)

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-f8e4b0.html

 

 地域としての実践的な取り組み

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-28bb1f.html

 

 其の他の意見交換も生憎のコロナ禍で進展していません。コロナもまた災害であり、疫病と同時に日本では自然災害(地震・津波・噴火・台風・洪水)は起きていまた。

 

 今後もより真剣な意見交換は必要であると思います。

 

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 4面は「1・17のミニ慰霊祭:の報告と「3・11ミニ慰霊祭とZOOM会議の告知」です。

 

 また1月29日にピースウィンズ・ジャパンの竹中奈津子さんのお世話で、オンライン意見交換会「あの日に1日に戻れたら 平時の備え、平時のつながり」を大切に」というテーマで、2011年の東日本大震災で被災された岩手県大槌町職員の四戸直紀さんと、2020年の熊本豪雨災害で被災された溝口隼平さん(リバーガイド)をげすとに意見交換をされました。

 

 わたしは当日前日に退院した母(96歳)を連れて主治医の診察に連れて行っていました。それは訪問看護を週に1日受診するために、主治医の意見書が必要になるからです。2度と母が誤嚥性肺炎を行さないように、言語聴覚士(ST)さんに食事指導をしていただくためです。動画を撮影しているようなので、じっくり見たいです。

 

 今回の広報下知減災は中身のある重厚な内容でした。ようやく読解することができました。

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2022.02.19

おんぶらっく借りました

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バリアアリー住宅で母(96歳)の階段昇降に退院後に苦労しています。

理学療法士でもある下元佳子さんに相談しますと「おんぶらっくというのがありますよ。お試しされるなら、県福祉交流プラザで貸してくれます。」との情報をいただきました。
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2022年2月18日ですが、借りに行きました。高知県社会福祉協議会いきいきライフ推進課相談員の小西恵美さんに説明を受け、説明書もいただき、器具を借りて来ました。
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母と体格がほぼ同じの家内でテストしました。やりかたがまずくあえなく失敗しました。息子がやると上手に背負い階段昇降が出来ました。
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どんくさい私が身体機能の衰えている母を背負うのはかなり練習が必要であることを思い知りました。
練習あるのみですね。

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2022.02.18

3回目のコロナワクチン接種

病院玄関
2022年2月16日ですが、近所の病院にて3回目のコロナワクチンを接種しました。

一回目、二回目も同じ病院でした。

接種後の副反応はありません。二回目接種が2021年6月15日でしたので、ちょうど8ヶ月目でした。
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政府の当初の接種予定通りでした。高齢者は前倒しして早めの接種するとか政府は言っていましたが、全然そうはならないようです。

接種後15分待機しましたが、異常はありません。多分副反応も出ないと思います。
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次は22日に母(96歳)の3回目接種に連れていきます。本来なら1月21日でしたが、当日入院していましたので1か月間先延ばしになりました。

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2022.02.17

訪問看護に敬服


 母(96歳)の「見守り」として、ケアマネージャーさんが週に1回枠で訪問看護を毎週木曜日に設定していただきました。主に嚥下機能の評価と訓練を言語聴覚士の方がしていただいています。

 その枠で月に1度看護士の在宅訪問があり2022年2月15日に看護士さんが自宅へ来ていただきました。私は1階の事務所で仕事をしていました。ご挨拶だけさせていただき、主に家内が母を交え対応させていただきました。あとで話を聞きました。

「お母さんの足のむくみは、座ってばっかりいると水分が足に降りてきます。寝るときに足を上げるとか、座るときも台を用意し足を載せるだけでも違いますよ。」

「歯磨きも食べ物の滓を搔きだすようにスポンジブラシを使用すて下さい。」と実演いただいたようです。

「便がだらだら出る場合は手袋して、肛門に手を突っ込んで搔きだしてやればよく出ます。」

「お尻周りの洗浄はぬるま湯でします。感染症防止になりますので丁寧にやってください。あとでオロナインなど軟膏を塗りましょう」とか。

「困った時の医療相談も電話でしています。いつでも対応しますので遠慮なくしてください。」

「訪問診察してくれる医師や歯科医師もご紹介します。」となんとも心強いことでした。

 ありがたい存在でした。毎日日にち続く老々介護に私も家内も疲れ果てていました。頼りがいにある「援軍」が現れた気分です。

 1月14日にも母が食べ物を詰まらせて苦しんでいるときも、おろおろするばかりでしたが、そんな時に相談すべきでした。

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2022.02.16

体はすっきり、頭はぼんやり

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2年ほど前から世界的に新型コロナウィルス感染症が蔓延し、当時から運動目的に通っていた香南市夜須のヨットハーバーや高知市内のスポーツジムも閉鎖された時期がありました。

 一方で「コロナに負けるな!」ということで、きちんと米飯主体の家内がつくる料理を食べていると「太り」ました。体重が重たくなると「胴長短足」である私の場合は、やっかいな腰痛が現れます。

なにか毎日継続できる運動はないか?ということで、ランニングと自転車散策とウォーキングを思い浮かべました。

 まずランニングですが、いきなり素人が走るのは危険であると思いました。きちんとした指導者に走り方を習わないと怪我すると思いました。まず私らのような年寄り相手に教えてくれる指導者はいません。

 自転車はコストもかかります。主に車と尾内車道を走行するので事故の心配があります。ということでランニングと自転車は諦めました。

 それで残るのは「腰痛開園リハビリ・ウォーキング」となりました。ただし私の場合は自営業形態とはいえフルタイムで午前8時過ぎから午後18時頃まで働いています。ウォーキングの時間も早朝にしかできないことがわかりました。

 母(96歳)のデイサービスの送迎者が来るのが午前9時すぐです。それですと午前7時に母を起こし、階段を下ろしてトイレ誘導しないといけない。朝食を摂り、薬も飲まし、トイレをすませて着替えて1階に降ろさないといけないです。

 自営業形態とはいえ、8時半から17時頃はフルタイムで働いていますから、休日以外は日中のリハビリ・ウォーキングはできません。となると早朝の時間帯に1時間歩けるぐらいです。

 毎朝午前3時半過ぎに起床です。すぐに着替えて朝食をこしらえます。家内が調理していただいた前日のおかずの残りや、冷蔵庫に入れてある米飯などをレンジで温めます。新聞を読んだり、メールをチェックし、トイレを済ませます。

 午前5時20分ごろいから6時半までリハビリ・ウォーキングをします。原則毎日で雨が降れば合羽とレーンシューズで歩きます。

 就寝するのは午後21時を目標にしています。翌朝午前3時半起床ですから、6時間半くらいしか寝ていません。

 午後の昼食後1時間後くらいが眠いです。最近はいつもそうですが「体はすっきり、頭はぼんやり」しています。やはり私の場合は長時間惰眠をしないと頭が働きませんね。

 ナポレオンさんのように、1日3時間の睡眠で活動できることが羨ましいですね。

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2022.02.15

介護の絵本を読んで

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 家内が下知市民図書館から借りてきた「コータリン&サイバラの介護の絵本」(神足裕司(要介護5のコラムニスト)・著・西原理恵子・絵・文芸春秋社・2020年刊)を読みました。

 字が大きくて、西原理恵子氏の絵も面白く一気に読みました。しかし要介護5の神足裕司氏の書かれていることは驚きの連続えした。
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 バリアアリーの住宅で要介護3(認知症)の母(96歳)を家内と2人で毎日、仕事しながら老老介護しているもみの上。笑い飛ばせるだけではありませんでした。

 筆者の思いのたけの文章を拾うだけでも参考になります。
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「体が動かななってからのボクは、いろいろな意味で葛藤の毎日でもあった。

 ああ、車椅子に乗っているボクだって普通の人間だ。ごくごく普通に生きていきたい。ただそれだけだ。

 普通の生活に近づけるのはどうしたらよいか。最新の器具も試してみるし、ぎゃくに健常者と同じことをしてみたらどう困るのか、困らないかもしれないし、も試してみたかった。」

「本屋に行って探している本を手に取りたいし、ラーメン脱手食べたい。普通に旅行だって行きたい。原っぱで日向ぼっこもしたいし、海にだって行きたい。

 出かけるときに困ることなくトイレにも。それにそれに普通に仕事もしたい。謙譲だったころ足り前だったことが出来るのは、なんて贅沢な事なんだろうと思う。」

「いつも誰かの助けを請わなければ生きてもいけない。けれど、生きていかなっくてはいけない。ならばやっぱり少しでもおもしろいことをしたいじゃないか。

 60歳超えてもまだまだやってないことだらけだからね。

 ちょっとはツンツンとげを出して生きていきたい、車椅子でどんなことができるだろう?たくさんの助けてくれた方々に感謝の気持ちをこめて歩きたい。}(P9「はじめに」

 と「決意表明:が書かれています。その感覚少しだけわかります。96歳の母を連れて思うのは、近所のスーパーなどは、所詮は「健常者用の店舗」に過ぎないことです。母を介助しながら来店しても、アルコール消毒液を母の手に吹き付けることはできません。また母が買い物途中で疲れ果てても休むための椅子もありません。

 「同じ人間なのに」明らかに差別されていますね。筆者のいうことはよく理解できますね。

 要介護5の神足裕司氏は様々な出来事や体験を書いてくれているので、その「いちいち」が納得します、なるほどと思いますね。家内と2人で1番苦労している1つが、母のトイレ介助問題。それを解決してくれる装置の存在を知りました。

「自動排泄処理装置「キュラコ」が我が家にやってきた。
テニスボールがすっと通るほどの大きさのホースが述べていて、ホースの反対側に付いている布製の防水オムツカバーのようなものをつけるのだ。
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 ボクは恥ずかしい話、おしっこが出るときがわからない。そんな情けない自分の味方になってくっるんじゃないだろうか。まず、長時間動かない夜間に使用してみた、

 キュラコの良い点は、局部のフィット感.お尻から前側までピタッと密着している。朝まで装着していたが漏れはもちろんなかった。

 おしっこが出るとキュラコが「ボワー」っと音を立てる。おしっこを吸い取る→局部を洗浄→乾かす、という操作をしている音だ。嫌なにおいもない。「なかなか良いじゃないか!」その装着のぶかっこうさを除けば、だけど。」(P41[自動排泄処理装置の使い心地」

 確かにいい装置ですね。調べるとありました。

 https://www.tokai-corp.com/silver/items_rental/items_rental-1350/

(キュラコ(キュラコ株式会社)

https://www.youtube.com/watch?v=lzq1QfDL2FY

(動画もありました。)

 筆者はその2週間後おなかを壊し、ひっきりなしに下痢をしたそうdすがたそうです。「キュラコ」のお陰でベットもシーツも汚すことなくすんだとのことでした。

 また自宅の電動リフトが壊れてしまい、新しい装置をつけるのに2か月かかるときに「スカラモービル」(可搬型階段昇降機)も勝機されていました。
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 「我が家の玄関・14段の壁」(P41)

 スカラモービル

https://www.asahicaresupport.jp/scalamobil/

 うちも「バリアアリー」の階段生活。同じですね。

 筆者は家族ともに「国際福祉機器展」へも出かけているそうです。
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 家族でハワイへ行かれたり、ディニー・リゾートへも行かれたりしているようです。何より原則なんでもやってみる。それを支える家族も凄い。

 この著作は2020年8月に発刊されています。当時から今に至るまでコロナ禍で皆、自宅引きこもり生活が強いられました。

 「コロナ禍になって始めたこととして「ZOOM]がある。中略。ボクも喋れないけど参加。いいところは、ホワイトボードという機能を使い、文字でも参加できることだ。

 使って思ったのは、インターネット環境を整えて子供たちに学ばせるのなら、同様に高齢者や障害者にも、顔と顔とつなげられるZOOMの簡易版、テレビ電話みたいなものを早急に各j世帯に配ったほうがいい。

 顔と顔がつながっているだけでも安心するのだ。」

(コロナ禍で変わったボクの日常 P149)

「いつも思うのだけれどもこうしたハイテク機器と高齢者、障害者の相性はとても良い。ハンディがあるから無理だろうと言うのは、想像力が欠けた人が考えることだ。
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 先入観がないと、物事がすんなり行け入れられる。コロナ禍をきっかけに高齢者や障碍者を含め、「外出出来ない時間」「リモートワーク」を体験した人たちが、今まで眠っていた身近なハイテクを取り入れるときがきた。」(P152「コロナ禍のおかげで発展したこと」

 なかなか参考になりました。人間どんな状況になっも、明るく前向きであるべきであると思いました。推薦図書の1つですね。

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2022.02.14

介護予防通所リハビリ施設を参観しました。

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木曜日に通所していましたが、金曜日に変更しました。

母は初めてのクラスでしたが、親切な先輩格のお婆さんが親切に世話していただいていました。
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1番軽い運動をしていました。椅子に座り手の上げ降ろしです。職員の人に母との写真を撮っていただきました。
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入院前の身体機能になるには、時間がかかりそうです。
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2022.02.13

二葉町不燃物・資源ステーション


 2022年2月11日(金)は、二葉町町内会(楠瀬繁三会長)の不燃物・資源ステーションが、下知コミュニュティ・センター前で午前6時から8時まで開催されました

 荒木三芳二葉町副会長(衛生委員)の指導で、町内会の16の班の班長さんたちが、仕分けをきちんとされています。
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 うちは携帯金庫が壊れたので持っていきました。大型資源・不燃物には今朝は大きな長椅子が出ていました。
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 今朝は外気温が2度で寒い朝でした。当番の皆様お疲れさまでした。瓶類も3種類、段ボールも2種類にきちんと仕分けされていました。
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 不燃物・資源ステーションは地域コミュニュティの核ですね。つくづくそう思います。
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2022.02.12

バリアアリー住宅での在宅介護 トイレ介助

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14日の誤嚥性肺炎での入院生活で足腰の弱ったは母(96歳)の老老介護は、トイレの介助が大変労力のかかる動作でした。

母がトイレで用足ししたあとは、温水シャワーでお尻を洗い、お尻を拭きます。そのためには、一度母を立ち上がらせます。意外に力がいるので、私が母の脇の下に両手を入れて立たします。
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そして私が片手で母が倒れないように抑えます。そうしている間に家内がしゃがみ込んで母のお尻を拭きます。紙パンツに尿とりパッドを押しこんで、ズボンを上げます。

一度蓋をした便器に母をゆっくりと座らせ、方向を変えて立ち上がらせ、洗面所に誘導していました。

2月4日にその様子をケアマネジャーと理学療法士と、介護備品専門相談員に見ていただきました。

それで提案されたのが、玄関にある「つっぱり棒」をトイレの中に2本入れる方法でした。
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2月8日に介護備品専門員の担当者が、その「つっばり棒」を2本持って来ていただきました。設置していただきました。

違和感がありません。早速母のトイレ時に利用しました。母は介助なく、「つっばり棒」を使用して自力で立ち上がりました。感動しました。

そしてトイレから出る時も「つっばり棒」使って手を移動させて、少しだけ介助すれば出て来ました。
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おかげ様で、トイレ介助が随分楽になりました。次は階段昇降をなんとかしたいです。

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2022.02.11

連合赤軍から50年目

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 日本経済新聞2月7日の記事は,「現代史メモランダム」の特集記事。第1回目は連合赤軍事件を取り上げています。

「連合赤軍 問いは今も」

「漫画レッドが描く事件 言葉が人間支配」

「学生時代は合唱団 傾倒した「普通の若者」と見出しにはあります。

 私は直接連合赤軍に関わっていたわけではありませんが、当時関わっていた高校生運動が敗北し、中心的な仲間たちは退学処分になり、あるいは自主退学しました。私はと言えば卒業できなくなり、担任教師は執拗に自主退学を勧めていた時期でした。

 連合赤軍事件は自宅で、母と2人で見ていました。積雪のあるなかに人質をとって立てこもる連合赤軍。警察が重機に大きな鉄球を吊るして、建物を破壊し、そこへ放水を繰り返す。

 報道では3人の警察官が銃で撃たれ殉職されました。長い時間の攻防性があり、警官隊が突入し、全員が逮捕され事件は終わりました。立てこもっていた連合赤軍の中には、私と同年齢の高校生もいました。
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 母の励ましと支援もあり、私は同じ高校に留年することになりました。母は世間体を気にせず支援してくれました。おかげで私はは翌年卒業し、大学へも進学することができました。

 大学でも学生運動気分を味わいましたが、夏休みでロックアウトされました。そして時代は陰惨な内ゲバ時代になり、殺意が国家権力に向かうのではなく、同じ新左翼の党派同士の殺し合いになりました。

 今にしても思いますのは『連合赤軍」と「内ゲバ」が、日本の社会運動のブラックホール的な存在になり、「政治に無関心層」を大量に生み出すことになりました。

 記事では裁判での判決文も「差別的感情剝き出しで」あり、事件の教訓をかんがえにくくさせている。とも指摘しています。
 生真面目な社会的使命に燃えた若者たちが、おぞましい仲間のリンチ殺害を平然と行う原因が何だったのかが、50年してもわかりません。

 私は10年ほど前から個人ブログ記事で『連合赤軍と新自由主義の総括」と称し考え込んできました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html

 しかし「総括」することが50年経過してもできませんでした。

 私が100歳になる頃にはできるのでしょうか?僅か32年後のとこですから難しいとは思いますね。

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2022.02.10

70歳が老化の分かれ道

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 日本経済新聞2022年2月6日号の広告(詩想社)が目に入りました。広告のコピーも辛辣であり、いちいち突き刺さりますね。

「70歳からの生き方が、あなたの「老いの速さ」「寿命」を決める!」

「若さを持続する人。一気に衰える人の分岐点はココだ!」

 とまあ仰々しい。70歳なんてはるか先の事かと思い切んでいましたが、今年(2022年)では、わたしも家内も69歳。来年は70歳になります。「現実」のお話ではあります。

 著者は和田秀樹氏(医師)です。書籍の宣伝文は以下のように書かれています。

「70代は「最後の活動期」となった。この時期に努力すれば要介護となる時期を遅らせ、若さを持続できる。

 しかし、健康寿命は平均寿命の延びにおいついていない。70代をうまく乗り越えないと、長生きはできても、よぼよぼの期間が長い晩年となってしまう。

 老年医学の専門家が70代のリスクを回避し、老いを防ぐ生活を説く。」

 ごもっともなご意見ですね。確かに「健康寿命」と「平均寿命」には差はありますから。
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 日本人の平均寿命は男性が81・41歳に対して健康寿命は72・68歳。女性は87・45歳に対して、75.38歳です。(令和元年データ)。


https://www.satsuki-jutaku.jp/journal/article/p=1836

 献血も70歳が「定年」ですね。今までは献血が出来る体が目標でした。これからはどういう目標で健康に過ごすのか思案のしどころですね。

 また同じ広告では「施設に入らず「自宅」を竟の住処(すみか)にする方法」という書籍も面白そうですね。

 著者は、田中聡氏(一級建築士・元介護施設長)です。

 説明文では「介護施設を設計し、その施設長も務めた著者が、最後まで暮らせる安心老後住宅のつくり方を説く。

 マンション、戸建ての改築から新築まで、自宅を理想的な終の住処にする方法を紹介。介護士施設の裏事情とともに、良い施設の見分け方も説く。

 2冊とも読んでみたいです。うちはなんせ「バリヤアリー住宅」ですから。老後のことなど考えず、34歳の時に狭い敷地の3階建て住宅を建てましたから。

 母(96歳)の在宅介護で苦戦しております。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat24345371/index.html

(バリヤアリー住宅)

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2022.02.08

危ない日本の社会公共インフラ施設

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 日本経済新聞2022年2月6日(日曜)の朝刊1面記事は、大きな記事で「インフラ とまらぬ高齢化」「トンネル4割寿命 修繕費膨張 年12兆円も」と見出しがあります。


 記事によりますと、「インフラは建設後50年が寿命とされる。国土交通省によると、全国の道路橋は33年に(2033年)に全体の63%、水門など河川管理施設は62%、トンネルは42%がその目安に達する。」とあります。
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 日本の社会は、国民全体が「少子高齢化」と言われて久しい。それだけでなく社会を支えている橋や港湾施設、トンネルなども「高齢化」していて、修繕をきちんとしないと将来社会生活に支障が出るとのことですね。

 防災の観点からも施設の点検と定期的な修繕はきちんと予算化されしないと甚大な被害が出ることは間違いないので、やるべきです。

 わたしも65歳にして「防錆屋」というある意味壮大なホームページを作成しました。それは「あらゆる分野の錆対策に貢献する」という事業をしたいと決意したからです。

 とは言うものの公共社会インフラ施設への実績はありません。私は防錆管理士(錆を防ぐ専門家)の資格と防災士の資格を持っています。仕事でも社会に貢献したいと思っています。
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 ローマ帝国は古代社会ですが、あの広大な領土に会った道路や橋、水道橋や施設、劇場や神殿、大浴場など、首都ローマだけでなく、属州の拠点都市の施設も約500年維持したと言われています。

 たかだか50年ほどで「高齢化」する日本の社会インフラも情けない限りですが、今ある社会インフラをきちんと使用できる状態で次世代に渡すことは、私たちの義務です。

 それにしてもG7で唯一公共投資が縮小した国です。これも情けない限りです。
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2022.02.07

牧野富太郎さんの魅力について

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 既にFB上で、多くの皆様が2023年上期のNHKの連続テレビ小説に植物博士牧野富太郎氏がモデルとなったドラマが制作され放映されることが決定されました。

 高知県民の1人としてとても嬉しいです。既にコメントなさった皆さんとは少し異なる視点で述べさせてください。
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 昔話で恐縮ですが、わたしは2000年3月加羅2008年10月まで高知シティFM放送というコミュニュティFM(ラジオ)で番組を制作し、出演し、それを自分でホームページを制作し毎週放送後に局の許可を得てアップロードしていました。

 今は全く更新されていないホームページ「けんちゃんのどこでもコミュニュティ」ですが、同じタイトルで2003年4月加羅2006年2月まで3年間番組制作していました。すべてボランティア活動でした。報酬どころかスポンサーまで獲得していましたから。

 その中で2005年7月に出演していただきました里見和彦さん(高知県立牧野植物園学芸員・展示デザイナー)に牧野富太郎さんの魅力や凄さについて詳しくお話を聞くことが出来ました。

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/gesuto6/satomi.html

 それをテープ起こしをして記述しました。わたしのホームページに掲載している写真や資料は、すべて「牧野植物園の許可を得て掲載しています。
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 里見さんは牧野富太郎さんについてこうお話しされました。

 「植物園にいますと牧野富太郎さんまるで生きているように思います。」

 「是非大河ドラマにしていただきたいですね。牧野博士の生き方そのものがドラマですし。奥様の壽衛(すえ)さんを主人公にしたドラマにしたらいいですね」

 「日本での植物を分類するという明確な目的がありましたから、どんな苦難にも都都逸を唄って克服され、95歳まで生きられました。名誉も地位にも無関心で、今のお金で一時は数億円の借金をものともせず、1日の3時間しか睡眠をとらず業績を上げられた人です」
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 アーカイブのホームページですが、私にしては当時珍しく詳細に里見さんの発言を正確に記述しました。ご本人に原稿を確認いただき承認していただいたうえで掲載しています。

 お時間の余裕のある人は以下のページを読んでいただければ幸いです。(とても濃い内容です。

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/satomi/satomi1.html

 もう17年も前の収録記録ですが、今読み直しても全く古びていません。(5ページあります。)
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2022.02.06

コーナンPROの説明会

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 2022年2月9日に午後7時より、このたび若松町に開店するコーナンPROの住民説明会が、下知コミュティ・センタ0-で開催されます。

 コーナンは西日本主体のホームセンターであり、その別種形態のコーナンPROは、プロの建築職人を顧客とする商業店舗のようです。

https://kohnan-pro.com/

 海抜0メートルの若松町地域に出店します。7から8年前に出店した弥右衛門のホームセンターダイキは浸水地区ゆえに2階部駐車場が地域の津波避難ビルになりました。

 品揃えがずれてはいますが防災用品も店内に在庫しています。当日は私は母(96歳)の在宅介護で食事介助の時間帯であり、出席することが出来ません。

 下知地区の防災関係者の出席を望みます。

①津波避難ビルの機能があるのか?

②下知地区減災連絡会と協力支援関係を構築できるのか?

 などを聞いていただければ幸いです。

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2022.02.05

介護は人間の尊厳

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 先日ある人から、「人間と動物の違いは何かわかりますか?」と言われました。私はとっさに答えられませんでした。

 ある人は「それはね。動物は親の介護をしません。人間はします。動物は子育てはします。親は命がけで子育てします。成長した子供は、今度は自分の子育てに懸命になります。親は見捨てられ、野垂れ死にします。人間は親の介護をします。人間と動物の違いは、親の介護をするのが人間。しないのが胴部っつです。

 先週金曜日に母(96歳)が誤嚥性肺炎から生還し、バリアアリー住宅に戻ってきました。僅か14日間の入院生活で、足腰の身体機能は予想以上に低下していました。
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 歩くことも手を添えないとダメです。トイレ介助が自立して立てないので、おしり拭きが重労働になりました。筋トレですが、普段あまり使用しない筋肉を酷使するので案外疲れますね。

 来週から入院前のように週に5回デイサービスへ行くようになります。行っている間は介護負担はなくなるので、仕事ができます。
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 本当に介護士さんたちは偉いとつくづく思います。体の機能の衰えた高齢者相手の尊い仕事です。しかし聞くと重労働の割には、賃金が安く、常に人手不足の業界になっているようです。

 経済関係者の中には介護委の仕事を公然とかるん時ている人gたちもいます。「低賃金で外国人にやらしたらいい」とかいう人たちもいます。さきほどの「動物以下」の人でなしですね。

 よくバリヤフリー住宅にしろなどと理想論をのたまう人もいますが、わたしのような経済力のないものは狭い敷地にバリヤアリー住宅を建てるしかありませんから。
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 バリアアリー住宅で足腰の弱った母を同介護することが正解なのかがわかりません。だれも教えてくれないですから辛いです。

 つくづく自分が介護をやってみて人間の尊厳が試される行為であると思いました。

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2022.02.04

誤嚥性肺炎は怖い感染症

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 母(96歳)がかろうじて生還できました。誤嚥性肺炎は、高齢になって嚥下能力が低下した高齢者には怖い感染症です。

 欠けているとはいえ28本歯がある母ですし、入れ歯は1本もありません。食欲も旺盛で胃腸も丈夫です。それだけに誤嚥性肺炎になるとは思いませんでした。
 よくぞ生還できたと思います。
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 ただ嚥下能力は「足腰や腕などの筋トレのように簡単には鍛えることが出来ない」と医療関係者はいいます。
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慎重にペースト食を食べさせるので、1時間から1時間半かかります。時間がいくらあっても足りません。あっという間に時間は経過しますね。
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2022.02.03

来週から母はデイサービスに通所します。

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来週から母(96歳)はデイサービスに通所を再開します。昨日ケアマネさんと様子見に来てくれました。

1月28日(金曜日)に退院してからは「在宅介護の合間に仕事」する状態でした。

母の身体機能は入院前とはほど遠いですが、徐々に回復しています。
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息子の嫁が制作し、先週末の下知文化展に出展していましたフラワーアレンジメントを切り取り、コンパクトな形で持って来てくれました。癒やされます。

来週から週5日はデイサービスに母は通所します。1日は訪問看護を受けます。

社会生活のなかで母の機能回復はされることでしょう。
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2022.02.02

母の食事風景です。

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母の在宅介護で日が暮れますね。
写真は2022年2月1日の96歳の母の食事風景(朝食)です。

水もとろみを入れます。おかゆやおかずはペースト食。小さなスプーンでゆっくりたべさせています。
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最初は1時間半かかりました。最近は少しなれ1時間位になりました。

小さな家ですが、バリアアリーですから、歩行移動には神経をつかいます。
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食べたら便も出ます。排泄介助も重労働です。歩行もふらつくので介助が必要です。階段はやはり大変です。
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介護のしがいがあります。

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2022.02.01

1月の重大ニュースは2つありました


 2022年も1月が終わりました。相変わらずというか、予想医以上にコロナ感染症は、日本国内の感染が拡大しています。身近な人たちが感染し「コロナが身近に」なってきました怖いです。一方でコロナワクチン3回目接種は私ら夫婦は16日、母が22日になりました。それまでにコロナにり患しないように細心の注意が必要です。

 さて1月ですが今年の「重大ニュースに」なる出来事が2つありました。

① 母(96歳)が誤嚥性肺炎と膀胱炎の感染症で高知医療センターに緊急入院しました。

  1月14日に夕飯の食事中にむせ込み苦しんでいました。手を握ると冷たく表情もないので救急車を呼びました。高知医療センターに行きました。点滴したらすぐい戻るだろうと思いきや、「感染症で危ない状態なので入院します。」とのlことでした。集中治療室で抗生剤投与がおこなわれました。

  17日は危険な状態でしたが、19日ごろから好転し、28日に退院しました。奇跡です。ただし身体機能が低下していますので、リハビリは自宅でしていますが大変です。

② 1月2日に浦戸湾1周ウィーキングしました。

  正月休みの重手づくりに浦戸湾一周を当日想いたち歩きました。26キロでした。自宅から五台山周囲から,仁井田や種﨑、桂浜、長浜、横浜、竹島、潮江新町と歩きました。6時間歩きました。

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